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在日米軍再編による、小松基地への米軍戦闘機訓練移転問題。ビラ完成へ最終作業です。 要望を受けて、基地周辺で配布するものと、それ以外の金沢などで配布するものと2つのパターンを作成しました。 基地周辺で配布するものは、騒音、事故が具体的にどうなるかがわかるように。それ以外では、「当面、協定を守る」としたことがいかに、受け入れ容認をとりつける方便であるかがわかるように。 明日はメーデー。会場周辺では、日本共産党としてこのビラを配布することになります。
2006年04月30日
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米軍再編による小松基地への米軍戦闘機訓練移転問題で、訓練回数の制限などを定めた「協定を当面守る」から、と受け入れを要求してきたという新しい事態を受けて、基地周辺などで配布するビラの作成作業にとりかかりました。 今日は、輪島-金沢間を自転車リレーでつなぐ青年たちの「ピースチャリンコ」(ピーチャリ)が、輪島を出発。 ビラの大きな枠組みは完成したので、あとは、わかりやすく、字数もなるべく削って見やすくする作業。これが一番難しい。
2006年04月29日
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午前、米軍再編による小松基地への米軍戦闘機訓練移転問題で、県知事あての申し入れに同席しました。 以下、申し入れの全文を紹介します。石川県知事 谷本正憲 殿際限のない基地強化につながる米軍戦闘機訓練移転の受け入れを拒否するよう求める申し入れ 二〇〇六年四月二十八日 日本共産党石川県委員会 委員長 秋元 邦宏 日本共産党 県議会議員 尾西 洋子 日本共産党加南地区委員会 委員長 西村 祐士 在日米軍再編にともなう米軍戦闘機訓練の小松基地移転について、大阪防衛施設局は三月に続き、四月二十四日・二十五日と、小松市・県などに説明を行なった。全国各地で広がる基地強化反対の動きに対して、まず小松市に受け入れさせて突破口を開くとともに、既成事実を積み重ねて訓練を拡大していくことをねらったものでり、わが党は受け入れを拒否するよう重ねて申し入れるものである。 訓練移転の目的は、在日米軍再編を担当するローレス米国防副次官が「訓練を減らすことが目的ではなく、空自との共同訓練を拡大して同盟を強化する」(昨年十二月十三日)と述べているように、日米航空部隊の一体化=共同作戦能力の強化であり、日本全土での基地強化をすすめることにある。だからこそ嘉手納のF15だけでなく、米空母夜間着艦訓練まで行なう岩国のFA18、核爆弾発射作動スイッチが装備されF15同様イラク戦争に派兵された三沢のF16の訓練移転を要求するとともに、いつでも訓練ができるよう訓練回数の上限撤廃や追加施設の建設まで要求したのである。 わが党は、四月四日に井上哲士・仁比聡平両参議院議員、尾西洋子県議、橋本米子小松市議らが防衛庁交渉を行ったが、飛行コースも区域も決まっておらず、岩国で行なっている爆音をふりまくタッチ・アンド・ゴー(離着陸飛行訓練)や三沢で行なっている超低空飛行訓練についても、「ないとは言えない」とあいまいな態度に終始し、「米軍は防衛庁と自治体の『協定』を守る義務をもたない」とのわが党の指摘にも口を濁すだけだった。 日米両政府の立場は「各基地の年間の訓練回数制限を一律に撤廃する」ことにある。一九八二年に結んだ「日米共同訓練に関する協定書」を尊重したなどと述べているが、それは「当面」であり、「平均して四回ならいいのではないか、五回やったからただちに協定違反にはならないのではないか」とまで述べた。過去七年間の日米共同訓練は三回(〇一年は二回計八日、〇五年は一回三日)という実績にてらしてみても、爆音被害や事故の危険がはるかに増大することは明白である。FA18は「クラスA」と呼ぶ重大事故を年平均十件もおこし、F16も多くの事故を起こしているが、防衛施設局長の態度は、安全確保は「十分かつ適切な対策を講じるよう訓練実施部隊にお伝えします」、騒音対策は「適切に対応してまいります」という極めて消極的なものである。千歳市の質問に対する、札幌防衛施設局の回答によると、政府は訓練の「移転元」を「当面、嘉手納、三沢、岩国の3飛行場」と、「当面」の措置としており、米空母艦載機などの訓練移転も否定していない。嘉手納基地には、常駐機以外の戦闘機が飛来し、訓練を行っているが、こうした訓練まで移転される危険がある。 追加施設についても、現地調査は「米軍により」実施されるものであり、「当局としては・・・必要ないと考えています」と述べるにとどまり、「新たな基地強化に繋がるものであり、絶対に受け入れられ」ないとした小松市長の言明を守ろうとする態度は見られない。「協定内なら受け入れてもいいのではないか」との声もあるが、こうした経過から見て、いったん訓練移転を受け入れれば、訓練の常態化、際限のない基地強化、恒久的な米軍基地化に道を開くものとなることは明白である。それは、基地周辺住民に、より深刻な騒音被害、墜落などを含めた事故被害とその恐怖、アメリカ兵の犯罪被害、漁業被害の拡大などをもたらすことになる。「騒音被害に悩まされている・・・これ以上の新たな負担の増大については直ちに受け入れがたい」との小松市長の言明を生かす道は、訓練移転を拒否することである。知事自身も、「これ以上の騒音は勘弁してほしいというのが地元の率直な思い」と述べたが、そうであるなら、県として今回の問題点を直視し、移転拒否の態度をとることが、不安を抱える基地周辺住民の気持ちに応える道である。住民の生命と安全・財産を守る県知事の役割が今ほど求められているときはない。移転受け入れを拒否する態度を明確にして、政府に意見を述べるよう、あらためて強く要請するものである。 以上
2006年04月28日
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米軍再編による小松基地への米軍戦闘機訓練移転問題。小松市議会に提出された2つの文書が入手できました。 一つは、「これ以上の新たな負担の増大については、直ちに受け入れられるものではありません」とした3月23日付の小松市長の大阪防衛施設局長あての文書。 もう一つは、この文書の回答として、大阪防衛施設局長が小松市長あてにむけた文書。「当面、改定を行なわない」「当面、...追加的な施設整備は必要ない」という文言があるものです。 どちらも大事な文書ですので、いずれかの日記で全文を紹介したいと思います。 この2つの文書を読みこなしつつ、明日28日金曜日に、県知事あての申し入れ日程が決定。 夕方の会議に参加したあと、事務所に戻り、千歳基地をかかえる日本共産党北海道委員会や地元市議の方とも連絡をとり情報収集。最終的な申し入れ案文を作成し、関係者の方々の意見をまとめて完成させました。
2006年04月27日
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24日、大阪防衛施設局長が小松市を訪れ、これまで要求してきた、米軍戦闘機の訓練回数の制限撤廃を「当面」撤回、追加施設の整備もしないので、訓練移転を容認するよう求めてきました。 25日付、26日付けの各紙報道に目を通し、情報収集。新しい情勢の変化を受けて、日本共産党県委員会としての県知事あて申し入れの準備。 午後参加を予定していた会議をキャンセルしなくてはいけない事態となり、その連絡。 明日のミーティングの準備、申し入れ文書の作成、夜の党支部の会議参加の準備など、めまぐるしい1日となりました。
2006年04月26日
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米軍再編による小松基地への米軍戦闘機訓練問題で新たな動きがありました。 昨日24日、大阪防衛施設局長が小松市を訪れ、これまで要求してきた、米軍戦闘機の訓練回数の制限撤廃を「当面」撤回、 追加施設の整備もしないので、訓練移転を容認するよう求めてきた、とのニュースが昨日飛び込んできました。新聞報道によれば、小松市長は「個人的には理解した」とのこと。 懐柔という作戦に出てきたようです。 これから忙しくなりそうです。
2006年04月25日
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月曜日は、民報「新石川」の編集作業が山場を迎える曜日です。 今日も、全体の構成、レイアウト、パンチの効いたタイトルを考え、赤ペンを入れる作業。簡単なようでもあり、しかし、なかなか難しいもの。タイトルは、スローガン的なものでなく、「おっ」と読ませるものに。記事も、人々の喜怒哀楽というか人間ドラマというか、そういうものがにじみでるものに…。 日々訓練です。
2006年04月24日
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終日、民報「新石川」の記事執筆や、資料整理など。 資料の整理は、どういうふうに資料を区分するか、どこに保管するかなど、よほど能率的、効率的にやらないとなかなかたいへんなのも、こういう仕事ならではこそです。
2006年04月23日
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午前中、地元の党支部の方々と行動。 昼、取材をかねて、金沢市内の「浅野・明成九条の会」の結成総会に参加しました。元町会区長さん、天理教文教会長さんなど14氏の呼びかけ人で結成されました。 憲法・教育基本法一座「Mande(まんで)おもっしい座」によるコントがまたおもしろい。「みな疑問た」氏の司会によるクイズ「ミリオネラ」には「こわ泉単純一郎」氏と「モー善朗」が登場。会場は爆笑の渦に。私も爆笑。「Mande(まんで)おもっしい座」のお一人は、私も知っている方でしたので、相手の方が握手を求めてきてくれたので、握手しながら「おもしろかったです。機会があれば、私も座の一員として参加したいと思います」とお話しすると、「それはいいアイデアです」と意気投合。 生々しい戦争体験を振り返りながら、「絶対憲法を変えてはならない」との発言は私の胸にもつきささります。 いま、こうした草の根の「九条の会」は全国で、4千をこえたようです。県内でも60前後の草の根の「九条の会」がつくられました。この草の根の「九条の会」が県内各地に広げていこう、との思いを強くしました。 夜は、民青同盟の班会議に参加。みんなが関心を持っていることを出し合って学習しよう、ということに。学習の援助として参加した私にとっては、どきどきものです。どんなテーマが出てくるか分からない…。 出されたテーマは、北陸新幹線建設費の地元負担問題と、竹島問題。過度な負担を強いられるとともに在来線廃止の危険性が指摘されている新幹線問題、竹島は1905年の領有手続き以前にも、日本が実効支配をしていた歴史的事実があり日本に領有権があるとの主張には根拠があること、同時に、1905年の領有手続きは、日本が朝鮮半島の植民地支配をすすめる過程のなかでおこったことであり、韓国側の主張も検討しなければいけないこと、などを話しました。 次回の会議はどんなテーマが出されるか、日々の勉強が大事だと、あらためて実感したひとときでした。
2006年04月22日
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午前、日本共産党綱領と科学的社会主義、選挙に強くなる党づくりなどについて集中的に学習した内容の報告会。 夜、青年党員たちがとりくんだ、「日本共産党を語る会」に出席。 チャーハンやオムライスなど軽食が出されていました。「ごはんを食べてくるんじゃなかった…」との後悔も先にたたず…。 学生時代の先輩であるお医者さんがメインの講師。久しぶりに先輩と会いましたが、学生時代と変わらず、若く、さわやかです。たしか、4つ年上だと思うのですが、おそらく私の方がふけてみえるでしょう。なぜ日本の医療費は高いのか、なぜアメリカいいなりなのか、教育基本法の改悪はなぜすすめられるのか――先輩の語り口は、さすがにわかりやく「いろんな問題が、みんなつながっているんですね。身震いしてきました」と参加した青年から感想が。 「共産党はいいこと言っていると思います。でもなぜなかなか伸びないんですか」との疑問が出され、「じゃあそれは、選挙に何回も出ている佐藤さんにこたえてもらいましょう」と先輩。 それならば、ということで、日本共産党がまともなことを言っているからこそ、なんとか日本共産党の前進をおさえようといろんなことがやられていること――戦前は「非国民」「アカ」、最近は二大政党制づくりと小選挙区制の導入やマスコミで共産党をとりあげないようにすること。私たちは、そうした動きがあっても、選挙で前進できるように、強く大きな党をつくりたいとがんばっており、ぜひ一緒に共産党に入ってがんばろう、訴えました。 青年たちは、こうした「日本共産党を語る会」を定期的に開こうと相談中。たのもしい限りです。
2006年04月21日
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午前、午後とミーティング。 夜は、2つの支部会議をわたり歩きました。
2006年04月20日
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明日のミーティングの準備、金曜日午前中に行なう、日本共産党綱領と科学的社会主義、選挙に強くなる党づくりなどについて集中的に学習した内容の報告会の準備などに追われた1日でした。
2006年04月19日
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午後、民報「新石川」編集会議に、責任者として出席。 夜、原水爆禁止石川県協議会(石川原水協)の総会に、常任理事として出席。昨年来続いている青年たちの「ピースチャリンコ」のとりくみ、米軍再編による米軍戦闘機小松基地訓練移転問題で発言しました。 続けて、党支部会議に参加。
2006年04月18日
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昨日4月16日付けの「しんぶん赤旗」日曜版は、学生新入生むけ特集号でもありました。 教育評論家・法政大学教授の尾木直樹さんのメッセージを読んで、自分の学生時代を思い出しました。 尾木さんは、「私は『ありのままに、今をかがやく』というメッセージを若い人たちに送っています。『自己肯定感』をもってほしいんです」「『ありのままの自分』を認めてやることが大事だと思います。だれか他人の評価基準に合わせて生きなくていいんです。悩んで1年留年することもあるかもしれない、それも必要な時間なんだろうと思います。体の疲れたときは休み。時にはサボる勇気が必要な場合もあります」と述べています。 私も、1年間の浪人のすえ、第2志望だった金沢大学に入学。「どうせ第2志望の大学だから…」と後ろ向きの気持ちでしたが、大学生協の先輩たちとの出会い。そして民青同盟と日本共産党との出会いが、私の生き方を大きく変てくれました。どの大学に入るかが問題ではない、テストの成績は人間を測るひとつのモノサシでしかないこと、大学生協では「協同」という言葉をつかいましたが、人と人との協同の輪を広げていくことが、社会を変える大きな力であること――などなど。私自身が、当時は「自己肯定感」という言葉は使いませんでしたが、「ありのままの自分」をみつめ、それを認めることができたと思います。 私が学生のとき以上に、「自己肯定感」をもちにくい大学生活になっていることを痛感します。 日本共産党や民青同盟が、こうした学生たちの思いにこたえ、明るく、やさしく、強く、たくましく生きている力を一緒に育んでいくことが大切だと思います。
2006年04月17日
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午後、清潔で明るい小松をつくる会(小松・市民の会)、新しい県政をつくる県民の会(県民の会)などが主催した「基地強化反対 平和をと安全を守る県民集会」に参加。 米軍再編による、米軍戦闘機の小松基地訓練移転計画に反対するために開かれたもの。 会場となった小松市公会堂で、ビデオ収録の役割ももっての参加でした。 米空母艦載機部隊の岩国移住に反対の意思を示した住民投票にとりくんだ、艦載機受け入れに反対する会の会長、吉岡光則さんのお話は圧巻でした。3週間あまりの間に、ビラの全戸配布3回(16万枚)、のぼり500本・ポスター1千枚の掲示、全固定電話2万8千台への電話かけ作戦・・・。こうした「会」のとりくみで、安倍官房長官や県知事の圧力をはねのけ、基地との共存を強いられてきた岩国を変えた住民投票のとりくみ。別の演説会で、吉岡さんは「保守対革新のたたかいではなく、安全・安心の暮らしを保障してほしいという広範な市民各層の一致する要求と、ごく一部の反動勢力とのたたかい」と述べていますが、なるほど納得です。 衆院比例候補の山口のりひささんも、短時間の訴えですが、さすがです。「このたたかいは、アジアと世界の平和を守る、大義と誇りあるたたかい」と明快に、かつ大きな視野での訴え。 集会後、尾西県議、山口のりひささん、橋本米子・小松市議、県民の会の木村よしのぶさんを先頭に、吉岡さんも参加してのデモ行進。 夜は、党支部の方と、「しんぶん赤旗」読者を増やす活動。
2006年04月16日
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きたる衆院選の比例代表北陸信越ブロック予定候補としてがんばる山口典久さんが石川県入り。 午前中、国会議員団石川県事務所長として、山口さんと打ち合わせ。 午後、山口さんと党支部の方といっしょに行動。酒屋さんでは「わざわざ長野から来てくれたんですか」と対話に。「お酒の規制緩和でたいへんでしょう」とお聞きすると、「金沢は8月で規制緩和の制限がなくなるので、これからが大変になります。コンビ二などでお酒が自由に売られるようになると、未成年の人たちがお酒を買ったりしてしまうのではないかということが心配なんです」とのこと。 事務所に戻って、少し調べてみたら、この酒屋さんのおっしゃったことの意味が分かり、勉強不足を反省しました。 至酔性飲料である酒類は、健康や社会の影響などから、販売には一定の規制がありました。犯罪歴がないなどの「人的要件」、酒販点間の距離を一定に保つ「距離基準」、地域人口あたりの酒販店数の上限を定める「人口基準」を要件とする免許制で、酒販店乱立を抑えてきました。が、アメリカや大手流通業界など財界の圧力でこの規制が緩められ、2001年に距離基準は廃止、2003年には9月には人口基準も廃止に。 しかし、国税庁の調査でも、90年度に販売数量の8割を占めていた一般酒店が2000年度には5割台に激減。そのため。2003年4月に「酒類小売業者の経営の改善等に関する緊急措置法」が成立し、1年間は酒販免許の新規付与などを行なわない地域を「緊急調整地域」として税務署長が指定することになりました。金沢市もこの「緊急調整地域」に指定されました。与党自ら招いた深刻な事態に対応が迫られたのです。 この緊急措置の期限を延長する法案が、2005年7月19日、衆院財務金融委員会で全会一致で可決。2006年8月31日まで1年間延長されることに。 ああ、あの酒屋さんが言っていたことは、このことなんだな、とようやく理解することができました。 やはり、対話、そして学習が大事だな、と実感したひととき。 夕方は、民青同盟の青年と実務作業。
2006年04月15日
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いっせい地方選挙まで、あと1年となりました。石川県では、党議席のある自治体でいうと、県議選、津幡町議選、内灘町議選、金沢市議選、野々市町議選、小松市議選…ほんとうに選挙が集中する時期です。そうであるがゆえに、準備を早くすることが肝要です。 午後は、県議選の準備をぬかりなくすすめる知恵だしの会議。 03年4月、それまでの4年間の党議席空白を克服して議会に送り出された尾西洋子県議は、この3年間、唯一の県政野党としてかけがえのない役割を果たしてきました。 こうした党議席の値うちを、選挙区である金沢市民のみなさんに、そして県民のみなさんにわかりやすく伝えることが、大切だと実感した会議。私は政策担当の一員として参加しましたが、その役割を発揮してがんばりたいと思います。
2006年04月14日
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午前、午後とミーティング。 あさって15日、きたる衆院選で、比例代表北陸信越ブロックの予定候補としてがんばる山口典久さんが、石川県入りします。 国会議員団石川県事務所長として、受け入れ準備の一端をにない、いっしょに行動する予定です。
2006年04月13日
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前にも紹介した、國房魁(くにふさ はじめ)さんの「歌いたくなる写真集3」を手にいれました。新日本出版社刊。題名も「ブンブンブン ハチがとぶ」。表紙の女の子の笑顔をはじめ、本の中には「どうしてこんな表情を写真で撮れるのだろう」「どうしてこんなかわいらしい表情を子どもはできるんだろう」と思わせるものばかりです。 この写真集は、どうやら第3巻で完結のよう。ちょっぴり残念。願わくば、第4巻、第5巻を出してほしい…。写真集が発売されたら、即、「買い」ですね。 「はじめに」には、「子どもと歌って下さい。歌えば必ず元気になります。一家で声を揃えればたちまち明るい家庭になります。試してみて下さい」とあります。 希望を見出しにくい今の世の中。この写真集を使って歌う家族の輪をどんどん広げていきたいと思います。家族が安心して暮らせる社会をめざす、日本共産党員の一員として。
2006年04月12日
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日記に書こう書こうと思っていたことがあります。 3月23日付けの「新婦人しんぶん」1面をかざった、元バレーボール選手、益子直美さんのインタビューです。 トリノオリンピックでの荒川静香さんの金メダル、ワールドベースボールクラシックの王ジャパンの優勝…最近スポーツの話題には事欠きません。 益子さんのインタビューの記事で気になったのは、「敗者の気持ちがわかるレポーターに」と、「仲間をおもいやれるスポーツ」という小見出しです。 現役時代、テレビで放映される試合にけっこうでていたという益子さんは、「『オリンピックに何回出ましたか』といわれるのですが、じつは1回も出ていないんです。それが引け目にもなったりしているのですが、逆に出ることができなかったから味わえた精神的なものもわかるので、勝者より敗者の気持ちがわかるレポーターでありたい」。 「バレーボールをやって、人間としての基本の部分をしっかり教えてもらいました。中学校時代から口すっぱくしていわれたのは、『自分の身を挺してでも、次の人を楽にさせてあげられるようなボールを上げろ。最後に打つ人は、そういう人たちの気持ちをしっかりくんで打て』ということでした」と益子さん。 なんだかせつなく、でも益子さんの強さとやさしさがにじみでてくるような内容でした。 スポーツは勝負の世界なのでしょう。大きな大会など、注目が集まれば集まるほど結果がどうだったか、が重視されるのかもしれません。 勝ち組・負け組などといわれ、モテ系などの言葉も飛び交うこの頃。そういうものをこえる、人間の素晴らしさをはぐくみあうスポーツであってほしいと願っています。 日本共産党の発行する「しんぶん赤旗」は、一貫してそういう立場を貫いているの思うのです。ぜひ、一度ご覧あれ。
2006年04月11日
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先日、3つのテーマ(日本共産党綱領、科学的社会主義、強く大きな党づくり)で集中的に学習した内容を、報告する機会がもたれました。 2時間ほどの中で、私より活動経験な豊富な方々に何をどう報告するか--これはなかなか難しい。 学習会の講師などでは、参加者の方々はどんな顔ぶれかなどを念頭において話すようにしています。同じ内容のものを語るときも、おのずと話し方の角度、とりあげ方が違ってきます。そのへんがなかなか難しい。どこかで聞いた話だな、と印象に残らないのも考えものだからです。 このへんのことは、民青同盟の活動や、過去4回の国政選挙の候補者活動で実感したことであり、最近政策活動に携わり、ビラをつくったりするときなどにも生かしています。 痛感しているのは、やはり普段の学習の質と量。そして、考えていることをまとめる作業。さらに、話したことがどう相手に伝わっているかつかむこと、話そうとする問題についてどんなふうに思っているのか、どこで理解がしにくくなっているのか、どう話せば理解が深まるのか、ということに常に頭においておくこと。 こうして、常に問題意識をもち、深めていく作業と、いろんな引出しに豊富な材料を整理して詰め込んでおくこと。そして話すときや討論では、その引出しを駆使することかな、と思います。 今日の報告会では、どこまでそのことができたでしょうか...。
2006年04月10日
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毎月6と9のつく日は、核兵器廃絶を実現するための署名にとりくむ「6・9行動」が実施されます。ヒロシマ・ナガサキの日に合わせたもの。 金沢市内の繁華街で行われた、宣伝署名行動に参加。「核兵器をなくすための署名です」と声をかけました。若者たちを中心に、署名に応じてくれます。こういった行動に参加して、多くのみなさんの気持ちにふれるたびに、地道な活動ではありますが世論を大きくすることの大切を実感します。
2006年04月09日
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午前、午後とミーティング。 夜は、民青同盟の会議に参加して1時間の学習会の講師。しかし、時間は45分に短縮。短い時間のなかで、いかに「なるほどな」と目からウロコの講義ができるか...自分の力が試されます。 結果は...不十分なものにならざるを得ませんでしたが、中心点をつかんでもらった部分もあり、少しほっとしています。 こういった学習会の講師を幾度となくやってきましたが、いちばん勉強になっているのは私自身です。自分が話した内容をどう理解してもらっているか試され、どうすれば理解をしてもらえるかまた勉強する...あり人が、「日々、自分が豊かになっていくことへの心地よさを感じている」と言っていましたが、言いえて妙です。
2006年04月08日
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午前、憲法を守る運動をつよめるための知恵だしの会議。 昼、県内の大学の入学式会場に向かい、民青同盟のパンフレットと日本共産党の「なんでも相談」ビラを配布。 午後、明日の民青同盟の学習会の講師の準備。今、自分が語れるものをすべて伝えたい、との思いで、レジュメをつくりました。
2006年04月07日
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午前、午後とミーティング。4月4日に日本共産党石川県委員会が、井上哲士参議院議員(比例代表予定候補)、山口典久・衆院比例代表北陸信越ブロック予定候補らとともに行なった防衛庁交渉の詳細を聞きました。 一つのポイントは、爆音の大きい離発着訓練(タッチ・アンド・ゴー)も、住宅地や山間部をぬって飛行し急上昇・急降下を繰り返す超低空飛行訓練について、小松基地では「ないとは言えない」と可能性を認めたことです。もう一つは、1982年(昭和57年)に名古屋防衛施設局長と小松市長が結んだ「日米共同訓練に関する協定書」を米軍は守る義務がない、ということです。 防衛庁交渉に同席した仁比聡平参議院議員が5日、参院決算委員会で質問した角度も大事なポイントです。移転を計画している6-12機程度の米軍機による8―14日間の訓練が、これまでの自衛隊基地ではほとんど実施されてこなかった規模であり、これが実施されることになれば、格段に騒音や事故被害が大きくなることは明らかです。 防衛庁交渉で明らかになった点もふまえて、たたかいを大きく広げていきたいと気持ちを新たにしました。
2006年04月06日
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この春、大学に入学してくる新入生向けに配布するビラの最終仕上げ。表には、「親元を離れての一人暮らし。なにかと不安なことや悩みなどありませんか?」「日本共産党は学生生活を応援します。一緒に解決してきましょう」。裏には、バイトだってもっている労働者の権利を知らせるミ二講座。 多くの学生に党の姿を知らせ、学生生活をサポートするためにいくばくかの力になれば…そんな思いをこめて、ビラを仕上げて印刷に。両面印刷のため、インクを乾かすためにも、裏の印刷は明日です。
2006年04月05日
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本日、日本共産党石川県委員会は、防衛庁交渉を行ないました。参加したのは、尾西洋子県議、橋本米子小松市議、西村祐士加南地区委員長、山口典久衆院比例代表北陸信越ブロック予定候補に加え、来年夏の参議院比例代表でがんばる井上哲士・参議院国対委員長、そして仁比聡平参議院議員と国会議員が2人も同席しました。 私は同席できなかったのが残念です。明日、どうのようなことが明らかになったか、報告を聞くのが楽しみです。 以下、申し入れの全文を紹介します。防衛庁長官 額賀福志郎 殿地元の合意なしに、米軍機訓練移転を強行しないことを求める申し入れ2006年4月4日 日本共産党石川県委員会 委員長 秋元 邦宏 日本共産党 県議会議員 尾西 洋子 日本共産党加南地区委員会 委員長 西村 祐士 日本共産党 小松市市議会議員 橋本 米子 在日米軍再編にともなう米軍戦闘機の小松基地移転について、大阪防衛施設局は3月21日・22日と、小松市・県などに「経過の説明」と「要請」を行ないました。その内容は、1982年に結んだ「日米共同訓練に関する協定書」の内容を大きく超える、極めて重大なものでした。 訓練移転は、沖縄県・嘉手納基地のF15だけでなく、山口県・岩国基地のFA18戦闘機、青森県・三沢基地のF16攻撃機もその対象であることが明らかになりました。 今度の訓練移転は、小松基地周辺住民に対し、より深刻な騒音被害をおしつけ、墜落などを含めた事故の危険性と恐怖を拡大するものであり、大阪防衛施設局長が「日米間の相互運用の向上」と述べたように、「負担軽減」ではなく日本全土での基地強化をすすめるものです。 重大なのは、1982年に防衛施設局と小松市との間に結ばれた「日米共同訓練に関する協定書」に明記されてある「年約4回、年間合計約4週間」の回数制限の撤廃を求め、いつでも訓練ができるようにしようとしていることです。さらに「米軍が必要とすれば基地内に米軍施設を建設する可能性がある」とも述べています。 しかも政府は、「地元との調整を完了することを確約する」(昨年10月の日米共同文書)とした自らの誓約もふみにじって、地元同意なしで「最終合意」をおしつけようとしていることは重大です。 大阪防衛施設局の「要請」を受けて、小松市長は「騒音被害にさらされており、これ以上の新たな負担は直ちに受け入れられるものではない」と協定書の訓練回数の上限撤廃や追加施設の建設について拒否する回答を防衛施設局側に手渡しました。谷本正憲知事も「小松市の意向を尊重して県として対応していかないといけない」と述べており、小松市と歩調を合わせていく考えを明らかにしています。 今回の米軍戦闘機訓練移転が、基地被害を拡大するとともに、米軍の海外への出撃基地化をめざすものであり、絶対に反対というのが私たちの立場です。しかし、少なくとも小松市長が求めている、米軍機訓練移転については「これ以上のあらたな負担の増大は現状では受け入れることが出来ない」「地元の合意の尊重を」の声は、長年自衛隊の騒音被害に苦しんできた小松市民の最低限の願いを代弁するものです。 防衛庁が、米軍機の訓練移転にあたって、地元の合意なしに強行しないことを強く申し入れます。 以上
2006年04月04日
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一定の期間、日本共産党綱領などの学習に集中的にとりくんで感じたことがあります。 それは、謙虚に学び続けること。文献はもちろん、苦労している党員や支部の方たち、そして小泉改革のなかで苦しむ方々から学ぶこと。国民の多数の支持を得て民主的政権をつくる、そのためにも大きな党をつくることをめざす私たちにとって、多くの人たちから学ぶ、ということももちろん重要です。 日々自己改革です。
2006年04月03日
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強く大きな党をつくるための集中的な学習。 大多数の日本共産党員は、仕事をもちながら、あるいは年金生活に入っていろんな活動をしながら、学生をしながら、日本共産党の活動をしています。 私は、日本共産党の活動そのものを仕事としています。そういう意味では、日本共産党員の中でも特殊な活動形態だと言えます。 私がいつも思うのは、こうした、仕事をもちながらなどして日本共産党の活動をしている人たちと苦楽をともにしたい、ということです。あたりまえのことなのですが。今の日本共産党を支えているのは、こうした第一線で活動している人たちだからです。いっしょに喜び、いっしょに泣き、いっしょに悔しみ、いっしょに怒る。そんな人間ドラマをつむぎあいたい。 一方で、私のような職業として日本共産党の活動をする人たちの役割も重要です。そういう一員として、常に自分を研鑽しながら、がんばりたいと思うのです。
2006年04月02日
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強く大きな党をつくるための集中的な学習も2日目。 強く大きな党をつくるには、やはり選挙で前進することがどうしても必要です。選挙にかてるだけの力をもつ党をつくる、選挙をたたかうなかで党を強くしていく――この両面が大事だと思っています。 日本共産党の綱領では、「民主主義的な変革は、労働者、勤労市民、農漁民、中小企業家、知識人、女性、青年、学生など、独立、民主主義、平和、生活向上を求めるすべての人びとを結集した統一戦線によって、実現される「日本共産党と統一戦線の勢力が、国民多数の支持を得て、国会で安定した過半数を占めるならば、統一戦線の政府・民主連合政府をつくることができる。日本共産党は『国民が主人公』を一貫した信条として活動してきた政党として、国会の多数の支持を得て民主連合政府をつくるために奮闘する」と明記しています。小選挙区制という、国民の意思を性格に反映しない選挙制度が導入されたもとで、多くのみなさんの支持を得て「国民が主人公」の日本をつくるためには、まだまだ日本共産党の力は足りないと思うのです。 学んだ、蓄積された豊富な選挙戦のノウハウをしっかりうけつぎつつ、強く大きな党をつくることへの思いを新たにしています。
2006年04月01日
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