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年々時間のスピードが速まってる気がするけど今年ももう3分の1が過ぎてしまった。この半年もほとんど福岡に居て一つ一つの仕事を何とか片付けてきてるけど最近『このままでええんかな?』という思いが尽きない。不況は若干の上向き傾向を見せているけどまだまだ市場は活性化していない状況で今年を勝負と考えていた転職活動が進んでいない。それも自分の努力不足を棚に上げながら不景気を大義名分にしてるのが腹立たしい。そしてバツイチになってもうすぐ6年になるのになかなか次の兆しが見えない。これにしても、積極的に動いてるわけでも動く為の準備をしているわけでもないのにただただ年齢的な部分で焦り始めているだけだ。こんな感じで時間が移り行くとなると3年、5年そして10年なんてもうそこに来ている気がする。そしてそれはどうしたって止められない。超久々にブログをアップしたのをきっかけにそして東京に戻ってきたことを起点として忙しい日々にただ流されるのではなくてしっかりした毎日を刻んでいこうと思う。
2009.05.10
もう過ぎ去って一ヶ月経ってしまったけど一応2008年のことを刻んでおきたいと思う。暮れに一年の世相を表す一文字が発表されるけどこの一年は自分にとって「失」だった気がする。2008年の自分にとって大きな出来事とは付き合っていた彼女と別れたこととそして慕ってくれていた職場の後輩を事故で亡くしたこと。今まで普通に有ったものがそうでなくなってしまうこと。その無念さを改めて知り、憂えた一年だったように感じる。彼女との別れは自分にも原因があり空虚感を覚えながらも、意地で立ててたように思う。でも、後輩の死はやっぱり今もどこかで引っ掛かってるしどこまで立ち直れているのか、彼が望む形でちゃんと思い出に出来ているのかさえも自信がない。あれからもう4ヶ月経っても、まだそんな状態だ。人はそれでも前に進んでいかなくてはいかない。いつまでもそこに立ち止まって思い出に浸ることは許されない。人生って何だろう、明日って本当に来るんだろうか。そんなネガティブな気持ちを抱えたままでも一秒一秒やってくる未来に立ち向かうことが人生なんだと志半ばにこの世を去った後輩に教えられたのも事実。前の彼女が今も暮らしていてそして後輩が生まれ育ち愛して止まなかっただろう福岡に仕事の都合で2009年も長く居ることになりそうだ。この土地で新たに何と出会い、何と別れるのか期待もあるし不安もある状況だけれどやっぱり後輩に教えられた人生観を大切にしながらしっかりと地面を踏み締めながら歩いていけるそんな一年にできたらと願っている。
2008.12.31
快晴の東京競馬場で開催された秋の天皇賞。コース形態と距離が絶妙なこのレースは過去にも幾多の名勝負が繰り広げられてきたけど今年のレースはそんな中でも1、2を争う激戦になった。故障で7ヶ月の休み明けとなるダイワスカーレットと完全復活を遂げたいウオッカの一騎討ちとなるところに日本ダービーを含む春二冠馬のディープスカイ参戦で三つ巴の様相を呈した時点で激戦の予感はあった。レースはダイワスカーレットが好スタートから快調なスピードでレースを引っ張る必勝パターンに持ち込みディープスカイとウオッカは前を行く強敵を意識してか少しペースを乱しながらも普段より前を進む形。1000m通過が58秒7とハイペースになったのは先導したダイワスカーレットが久々で掛かったのとすぐ後ろからずっと競り掛けられる展開になったからだろうけど明らかにオーバーペース気味だったし、ダイワスカーレットの勝ち負けは無いだろうと直線入り口でそう思った。対していつもより前を進んだとはいえ本来の直線でスパートする展開に持ち込めたディープスカイとウオッカは2頭並んで競り合いながら先頭のダイワスカーレットを捉える勢い。しかし、この2頭で決まると思った残り100mでインコースを走るダイワスカーレットがもう一度伸びてきて驚いた。テレビでの観戦だったけど、何だかその姿に感激してしまいまさに画面に食い入るように迫ったところでゴール。真ん中を走ったディープスカイがやや遅れたのは分かったけど内と外のダイワスカーレットとウオッカのどちらが先着したかは微妙。当然の如く、写真判定に持ち込まれて決着を待つことに。いつもだとせいぜい5分程度で発表される着順が今回は10分待ってもなかなか出てこない。いつもより時間が掛かった原因は、着差を確認する写真をいつもより大きく引き伸ばさないと分からなかったかららしい。約15分後に発表された結果はウオッカの勝利。その差は何と2cmだったとのこと。ほんのちょっと顔が大きいとか、ほんの少し首が柔らかいとかで結果はどうにでも転びそうなぐらいの差だったわけでそりゃ素人が録画したレースを再生してゴールラインギリギリで一時停止したところで、テレビも20インチだし分かるわけが無い。それにしても本当に良いレースだった。ウオッカとダイワスカーレットは同い年の牝馬同士で対戦成績はこれでウオッカの2勝3敗。直接対決の分は悪いけど、ウオッカは牝馬ながら牡馬に混じってダービーや天皇賞を勝った事に凄みがあるしダイワスカーレットはこれまでウオッカ以外の牝馬に負けたことが無く、去年牝馬のG1を3勝しているしまさに絶好のライバル関係にある。時に惨敗したこともありながら、勝つ時はド派手に突き抜けるウオッカとやや地味なレース運びながら安定感抜群の強さを誇るダイワスカーレット。何だか人間にもそんなライバル関係がそこかしこに存在している気がするしこの2頭に人気が集まる背景が垣間見える。来年も現役続行となるこの2頭に今日のようなレースをまだまだ見せてもらいたいと思う。それにしても、このレースをライブで観られなかったのは本当に残念。。。
2008.11.02
わずか25年弱でこの世を去ってしまった後輩へ。第一報を受けてから今日見送るまでずっと時間が止まったままのような気がします。それはオマエにとって時間が止まってしまったことを何とか同じ気持ちになって受け止めようとしているのでしょうか。「僕はまだ生きたい」という聞こえないはずの叫びを必死になって聞こうとしているからでしょうか。問い掛けても無意味な質問を何度となく繰り返しています。失敗に対して曖昧な言い訳をした時に執拗に問い質した時は苦し紛れでも答えを出してくれいてたオマエはもう、何を聞いても答えてくれないと分かり、本当に残念です。せめてこの日のことを書き残しておこうと何度も試みましたが何を書いてもオマエの顔が浮かんできて一向に進みません。オレが東京に戻った後に入社してきたから一緒に仕事をする時間は本当に限られていました。どちらかと言うと大人しい性格のオマエにとって一回り近く年上のやかましい関西人はやり難かったんじゃない?オレも元々は口数が多い方ではなかったけれどあるタイミング、それこそ社会に出てから出会った人たちのお陰で秘められていた自己に目覚めて人を笑わせることが好きになりました。昔からそんな性格だったら、もっと巧くいったんじゃないかと思うような恋愛であったり友人関係があったからひょっとしたらオマエも同じ気持ちになれるかと思い半ば強引に話を広げることを強いてきたこともあったな。会う度に少しずつ変わっていく姿にオレは喜んでいたけど実際のところ、オマエはどう感じてたのか気になります。何か、本当に脈略の無いことしか書けません。オレはオマエではないけど、でも、諦めがつきません。人に優しかったオマエが人を困らせるはずはないのだけどしかし、ご両親と彼女はこの世で一番悲しいことを知ってしまいました。きっとオマエが一番不本意だとは分かっているけれど遠い未来に天国で会う時が来たら、真っ先に謝れよ。忙しいばかりの毎日で、直ぐにネガティブになってしまうけれどその辛さ、苦しさ、プレッシャーすらもオマエは感じたくてももう感じられないという事実を受け止めて人生を生きるということに真摯に向き合う覚悟です。毎日慌ただしくてゆっくりするヒマも無かっただろうしもう仕事のことは一切忘れてのんびりして下さい。でも、なるべくオレのことを覚えておいて下さい。そっちに行く頃にはもうネタ切れで親父ギャグ連発かもしれないけど必ずまた笑わせてやります。さようなら。
2008.08.24
随分と時期外れになってしまったけど、4年に1度のことなのでブログに残しておきたくて駆け込み更新。競泳平泳ぎの北島康介が二冠連覇を達成。我々凡人からしてみるとその功績の大きさや4年間の苦労を感じることも計り知ることも全くと言って良いほど出来ないけどメダルを掛けてもらう姿に自然と拍手を贈りたくなったそれだけ彼の泳ぎは素晴らしかったし、稚拙な表現だけどかっこよかった。「プレッシャーを楽しめるぐらいに」と以前のインタビューで言ってたけど、世界レベルの大舞台で4年間の蓄積を出し切るということに対するプレッシャーはとても楽しめるようなものではないと思う。頂点を極めた者だけが見ることが出来る景色があるのなら今の彼はとてつもなく素晴らしい景色を眺めているだろうしきっと4年前とは全然違うんだろうなと考えるとこの上なく羨ましく感じる。初めてのオリンピックだったシドニーでは、4位と後一歩のところでメダルを逃してしまい「4年後には真ん中に立てるようにこれから努力したい」と語っていたのは随分昔のことだけどあの時の気持ちを持ち続けて今の地位に立っているということは即ち有言実行なわけで、それが一層彼の価値を高めているように思う。気が早いお祭り好きのマスコミは栄誉に浸る時間も与えずに直ぐ去就問題で騒いでいて興ざめだけどゴールを決めてそこに確実に向かえる彼にしてみれば傍で何を騒いでてもきっと気にもしてないんだろうと思う。願わくば、二冠三連覇を見てみたいという気持ちはあるけど彼がどういう選択をするのか楽しみにしていたい。
2008.08.14
アップが遅くなってしまったけど。。。今年も誕生日を迎え35歳になった。四捨五入したら40代が見えてくるという考えてみれば恐ろしい年代に差し掛かった。40歳といえば不惑。あと5年で余計な迷いや戸惑いを払拭して自分が進むべき道をきちんと選べているのか。何か今の感じだと自信が無いのだけれど誰もが通る道として、きっちり進んでいきたい。しかし周りの同年代は家族が居て家も建ててといわば自分史のハイライトを生きているのに自分はそんな気配も無くて少し寂しい気になる。その気になれば、ローンを組んで家を建てるのは何とかなるような気がするけどでも家族を築くというのはそんなに簡単ではない。一度巧くいかなかった経験があってその後も出会いと別れがあった中でまだ、家族という形が見えてきていない現状だ。しかし、いずれその日が来た時のために息子とキャッチボールがしっかり出来るように娘に何でも買ってあげられる様に体も財布もしっかり鍛えておこうと思う。・・・来年はちょっとは違う内容で書けたらいいな。
2008.07.24
福岡に来て早一ヵ月半が経過した。そもそもの任務については大体巧くいっていて本来ならもう帰京できていたはずだけどかつて居た職場の混乱が余りにも烈しくて半ば志願するような形で引き続き残留している。「最近の若者」と口にする年代になったもののいやいや彼らはしっかり頑張っていると思う。自分の2、3年目の頃を思い出せば相当に高いレベルの仕事を十分な経験もさせてもらえない内に否応無くやらされているのだから、むしろ可哀想なぐらいだ。このところ、どこでも問題になっている「うつ」は残念なことに自分の身の回りにも結構広がっていて技術課所属約50名居る中で常に2、3人は休んでいる。そして、それは常に勤続5年以下の若者である。2週間から1ヶ月の休暇を経て復帰する者も居ればそのまま退社してしまう者も居る。難しくノルマが高すぎる仕事のプレッシャーのせいで図面一枚出すのに異常なまでの見直しを繰り返したり一回目のトライでとんでもない形状不良が発覚してしまい何を思ったか工場を車で飛び出して小一時間徘徊したり明らかに尋常ではない行動にその症状を見せる者も居れば前日まで何の兆しも見せないまま、その日から来なくなる者までそのタイプも様々だから対処も難しい。自分が若い頃は何でも出来たなんてことは勿論無くてそんなに難しく無い仕事を繰り返しやらせてもらいしかもそんな中でも出てくるミスを先輩がフォローしてくれた。だからプレッシャーというものとは少し距離があったしそれでも「出来なかったことが出来るようになった」という達成感を少しずつでも感じながら成長できていたように思う。しかし今はどの仕事も難易度が高い状態。様々なケーススタディを実践していても判断が難しいことをほとんど経験が無い状態で見極めなくてはならずアドバイスを乞うにしても先輩も忙しくてなかなかままならない。その繰り返しが山積してしまったところでその山が圧し掛かってきたら耐えられないのは当たり前だと思う。この状態をどう打開していけるかは全体で考えるしかない。確実に今そこにある危機を回避できなければ会社員、技術屋である前に一人の人間であるという原点さえ足元からひっくり返されてしまうかもしれないのだ。
2008.07.06
今日からいよいよ福岡に一時赴任してプロジェクトが始動。某大手メーカー向けの新アイテムを複数立ち上げて年末商戦に向けての量産体制を整えなくてはならない。今の会社に入ってからは一番の大仕事になる。その為、会社としても本腰を入れることとなり設計、製造、生産、営業の各部門からメンバーを選抜してプロジェクトチームを発足させたぐらいだ。有難いことに設計部門のチーフに任命してもらい普段の勤務地である東京から期間限定で福岡に来ることになった。一応6月末までで一通りの設計は終わる予定なので今日から約1ヵ月半の期間は気合を入れていきたい。とはいえ、福岡は一昨年暮れまで3年余り勤務していた場所だし当時の先輩や後輩が多数居るから違和感は全然無い。違和感が無いどころか、懐かしい親近感があるぐらいでやりやすい。後輩達も本当に逞しく成長の跡を見せてくれていてその更に後輩に対して指導している姿を見ると感慨深い。何人か居る後輩の中で、今回同じチームで仕事が出来るのは1人だけどまたあの頃を思い出しながら面倒を見てやりたいと思う。それにしても、今年の新入社員は大卒で一回り下になる。自分が高校でクラブや恋愛に青春していた頃にまだ幼稚園にも行っていなかったことになるワケでそう考えると、話やら考え方が合うのかとても心配。「最近の若いヤツ」とは言いたくないし彼らにしても今まで親と先生以外の大人に接したことはほぼ無いだろうし何というか、柔軟に大人というか仕事を覚えてもらいたいのでその辺はしっかりと注意を払っていきたいと考えている。ともかく1ヵ月半後に「やり切った!」とブログに書くことが今一番の目標になっている。
2008.05.12
最後にいつ更新したかも思い出せないほどさぼっていた。その間、実に色んな事があった。但し、住む家も働く職場も変わっていない。仕事は相変わらず忙しい。イヤになる事も多々あるしたまに舞い込む転職サイトからのスカウトメールに以前よりも興味を示してる自分が居る。でも、新しいジャンルへの市場開拓が進んで目先はガラッと変わったこともあるから色々と発見したり新しい人脈が出来たりそれはそれで悪くない、というか望ましい状況である。会社の組織的な問題は依然不満が募る。待遇も他と比べれば「隣りの芝は青々と見える」ぐらい贔屓目に見ても明らかに物足りない。でも何となく見つかってしまった新しいやりがいと自分を崩しながらでも組織で生きていく大変さを天秤に掛けて今は未だやりがいを燃料に走り続ける方が自身の為になりそう。(来月急遽転職したとしたら、それはもうよっぽど。。。)生活も特に変化は無い。相変わらず東京の西の果てで自然に溢れ静かな土地で暮らしている。この時期は花粉症で悲惨な目に遭うのは分かっていてもやはり都心部の喧騒や排気ガスの中で住む気は起こらない。・・・大きく変わったこと。再び独りになってしまったことだ。将来をそれなりに見据えていたつもりだけどきっとその「つもり」がダメだったんだと思う。今となっては何とでも解釈できるし弁明も出来る。でもいよいよ雲行きが怪しくなって以降の二人の間ではこれといった解決策も見出せないままだった。自分に男として、年上としての強引さが欠けてた気もする。二人の関係において、そこは結構重視していた割りにいざという場面でそれを発揮する事が出来なかった。ただ救いというか、良かったと感じる点は彼女が自身で弱いと悟っていた部分を克服して新しい自分を見つける上でオレの存在が役に立ったと最後にそう伝えてくれた事は、それなりの意味がある。思い描いた形にならない事もある。でも、それをどこまで形に出来るか思い描いた形にならないなら、どういった形に出来るかそれを常に、しかし暗に意識しながら生きる事が人生を送る醍醐味でも難しさでもあるのだろうけどこと恋愛に関しては本当に難しさばかりが先立つ。上手い下手の問題ではないだろうけど感情よりも理論理屈が先に出てしまう自分にとってはまだまだこれからの人生で乗り越えていかないといけない課題。次の恋愛がいつどのような形で始まるか今の時点では全然見当もつかない状態だけれどいつそれが訪れても対応できるように今はただ春を待つ心境で己を磨いていこうと思う。何やかんやあって、ようやく整理がついてブログに書けた。もちろん恋が終わった事に打ちひしがれて塞ぎ込んでたワケじゃないし時期的に年度末で仕事の負荷もマックスに近い状態な上に毎年恒例の花粉症が今年はハイパワーで襲来しているので思った以上に回復というか再起動に時間が掛かったのは事実。春の訪れと共に、またしっかり歩いていけるように今月は自分をニュートラルに合わせることに努めたい。そしてまた桜に元気を貰いながら、新たな一歩を踏み出そう。
2008.03.18
福岡時代の職場のアシスタントが今日結婚式を挙げた。去年自分が転勤するまで約2年一緒に仕事をしてきてとにかく周りがホッとできる笑顔が印象的だった。仕事でもプライベートでも色々と相談を持ちかけてきて時には満足に応えてあげられないこともあったけどそれなりの信頼関係を得られたような気がする。そんな経緯があって結婚式に招待してもらい彼女の門出を祝福できたのは感慨深い。新郎とは必ずしも順調な毎日ではなかったようでその辺のことも時には相談されていたのだけど結局二人がこういう形を見つけ出せたことは本当に自分のことのように嬉しく思う。快晴に恵まれた式と披露宴は実に華やかだった。「突き抜ける青空はきっといつもの笑顔へのご褒美」と上司が祝辞にアドリブで入れたのも見事だったけど誰もそれに異論を挟む余地は無かった。そして招かれる度にこちらも泣きそうになる両親への手紙では普段の職場では絶対に想像出来ないような号泣で何度も沈黙し新郎に支えられながら最後まで読み切った姿にこちらも相当ギリギリの状態に追い込まれたものの向かいに座っている憎たらしい後輩連中に涙は見せまいと必死に踏み止まったのは30代半ばの大人の意地だった。人生の門出としては申し分の無い舞台で大勢の人達に祝福されて幸せそうだった二人の姿が非常に印象的だったし、心から今後の幸せを願いたい。
2007.11.17
ここ暫くずっと楽しみにしていたコブクロの新曲“蒼く 優しく”がリリース。今回もまたドラマとのタイアップで、これで5曲連続となるらしいけどそれはさておきこの曲も「やっぱりええもんはええなぁ」と具に感じさせてくれる一枚になっている。歌は詩とメロディーで成り立っているものであり聴いた以上はまず耳での心地良さを感じて追い掛ける様に詩のニュアンスが入ってくるものだと思うけど自分の中でヘビーローテーションになるような歌は聴いた時に詩とメロディーが一緒に心に入り込むような印象が強い。そして今一番気に入っているアーティストであるコブクロの場合はほとんどの曲をそんな感じで聴けている。願わくば、息の長い活躍をこのまま続けてほしい。もしブームが落ち着いてもコアなファンはずっと応援していくものだと思うけどやはり少しでも多くの人に聴いてもらうことで彼らの歌はより豊になるような気がするからだ。そして彼らなりにこれから年をとっていく中で年齢や人生に沿った詩を綴りメロディーを奏でてほしいと思う。世代が近い自分にとって彼らの歌はそのまま応援歌みたいなものでこれからもいろいろな事を気付かせてくれたり心を癒してくれる事に期待している。
2007.11.07
今年のプロ野球は中日ドラゴンズが4勝1敗で日本シリーズを制し53年振りの日本一に立って幕を閉じた。去年と全く同じカードで同じ勝ち負けだったので完璧にリベンジを果たした上での日本一奪回した形になる。セリーグも今年からプレーオフが導入されたので本来のリーグ戦は巨人が優勝ということになっていてやっぱりどこかスッキリしない一面もあるのだけれどそれでもその巨人を3タテで降してのシリーズ出場だったので初めから決まっていたルールでもあるわけだし異論は無い。落合監督が就任して4年で3回目の日本シリーズ出場。中日というチームを考えた場合、そして落合監督以前の中日の成績を考えた場合には驚くべき変貌を遂げたと思う。確かにピッチャーの質と量はセリーグ一だろうし谷繁、井端、荒木のセンターラインの守備も球界一だろう。しかし点を取らないと勝てないのが野球であり打力で見劣る中日はセリーグを勝ち抜けないと感じていた。それでも落合は「守り勝つ野球」を身上として頑ななまでにその戦い方を変えないばかりか磨き続けた。「プロなんだから9回あれば何だかんだで1、2点は獲れるのであとは如何に1点すらやらない野球が出来るか」と言い続けて限りなくその形に近い野球を実践してきた。意外なのは落合は現役時代屈指の打者であり普通に考えれば攻撃重視の野球を描きそうなのに真逆の守備野球を理想に掲げた点である。その辺り「野球を知っている」と評される所以なのだろうか。そして最終戦で論議を呼んだ最終回での投手交代劇。8回まで完全に抑え込んでいた先発山井に代えて守護神である岩瀬を投入した場面だ。評論家の大半が「有り得ない」「プロのやることではない」と言い果ては「自分が記録に拘らなかったことの見せしめか」との辛辣な批判まで飛び出したあの場面について素人的に言わせてもらえれば「投げさせてやってよ」というところだがあれはあれで中日、そして落合にとって正解だったのだろう。山井は「8回までで燃料切れを起こした」みたいなコメントをして落合も「本人がダメそうな感じだったから迷わなかった」と言った。しかし完全試合が懸かるとはいえ1対0のこの場面で続投してもし引っ繰り返されでもしたらその勢いでシリーズまで落とすかもしれない。何より落合は現役時代に巨人・斎藤のノーヒットノーラン劇を土壇場のサヨナラ逆転ホームランで消し去った実績もあるのだ。慎重な上に慎重を期する落合ならばその場面を思い出しての交代だった可能性は有る。そして53年振りにあと一歩と迫った究極の場面でこの4年間ずっと抑えの切り札を務めてくれた岩瀬を信じるのは当然だし結果としてチームは日本一を勝ち取ったのだから、それで良い気がする。去年はリーグ制覇時に歓喜の涙に声を詰まらせた落合が今年はそれより大きな日本一を達成したというのにインタビューでは淡々と「連覇してこそ本物」と言い切ったのが何とも印象的だった。
2007.11.01
秋の天皇賞はメイショウサムソンが見事に制覇。春の天皇賞も制しているので連覇達成だ。上位人気馬が揃って残念な結果に終わった中で唯一人気に応えて実力を発揮したのが素晴らしい。このレースから鞍上を務めた武豊もこのレースに勝つことの意味をしっかりと踏みしめていた。さすがはナンバーワンジョッキーだと思う。元々は去年の皐月賞と日本ダービーを制してその後は一時不調に陥ったものの年が明けて天皇賞を含む2勝2着1回と復調していた。血統背景や実績を考慮して秋は凱旋門賞に挑むことが決まり陣営もその準備をしていた矢先に例の馬インフルエンザ騒動が起こった。サムソン自身も陽性と判定されて症状は軽かったものの複雑で厳しい海外検疫の壁に阻まれる形で断念することになった。結果論だけど去年ほどのレベルではないライバル馬が相手だったのでもしかすると日本馬初制覇も夢ではなかった気がする。そんなマイナスから馬を立て直して「ダメなものは仕方ない」と腹を括って国内レースに専念した結果ライバルを寄せ付けない完勝劇を見せてくれた。血統からすれば2000mのスピード比べは分が悪く秋の王道で一番難しいと思われたレースを圧勝したのには馬の実力はもちろんのこと、目標を定め直して仕上げた陣営や前レースまでの鞍上を任されていた石橋騎手が惜しむことなく馬の癖や特徴を武豊に伝えていたことが大きいと思う。海外のビッグレースに挑むことによる武へのスイッチは不条理にも感じつつ、仕方ないような気もするのだが苦労人だったベテランジョッキーは「自分にこれだけ勝たせてくれた馬をこれからも勝たせてやってほしい」と後輩に託したという記事を読み厳しさと温かさが同居したプロの世界を感じた。この後はジャパンカップ、有馬記念とレースが進む。ジャパンカップには出走を断念した凱旋門賞を勝った馬も来日する。地の利を考えれば勝ったからといって凱旋門賞を勝てたとは言えないけど来年改めて挑戦しようとするという点ではアッサリ退けてもらいたい。ディープインパクトが去った競馬界はやはり寂しい感は拭えないがスターというのは入れ替わるように現れるものだということも分かりサムソンには堂々と主役を張って盛り上げてもらいたい。
2007.10.28
一念発起した妹がとうとう実家を出て一人暮らしを始めた。といっても両親と喧嘩が絶えなくてとか自由が欲しくてではなく仕事が大変なので少しでも通勤を楽にしたいのが理由。バス→電車(乗り換え一回有り)→バスで一時間半。それも半分弱はラッシュに揺られて立ちっ放しだから辛いはずだ。しかも帰りの時間には電車はともかくバスの本数が極端に減り余りに待ち時間が長い時は自腹でタクシーを使ったりしてるらしくとにかく通勤がかなりのストレスになっていた様子。前から出るような話は聞いていたけど、多分踏み切れない理由の半分は母親を一人実家に残すことに不安があったと思う。この夏までは父親も微妙に単身赴任が続いていたし兄である自分は全く帰ってくる気配が無い。もう10年近く前に始まった母娘の二人暮らしをこのタイミングでいきなり終わりにすることに抵抗があったように思う。気丈な母親にそんな相談を持ち掛ければ出て行くことを勧めただろうがそこを思い止まるのが何となく我が妹の性格だと感じる。しかしいよいよ父親が単身赴任を終えて大阪に帰ってくるとそこからの動きは実に早かったようだ。8月一杯を使って物件を見て歩き、部屋を決めると家財道具や電化製品を一通り揃えてしまったらしい。一応契約直前には両親も見に行ったらしいけれど「自分が暮らす部屋は自分で決める、後悔しても自己責任」と竹を割ったようなあっけらかんとした性格は昔から変わらない。そんな経緯を経て今日は一家で引越し手伝い。新規に買ったものは店が届けてくれるとして食器やら衣類やら本やらといった身の回りのものを車に積めるだけ積んで、溢れたものは一切処分してしまった。引越しの度に毎回悩んで迷って結局持って行く自分とは大違い。そして辿り着いた新居は駅も近くて広さもそこそこ。この季節は鈴虫の鳴き声が無いと眠れない自分には合わないけど駅前もスーパーや蔦屋なんかがあって生活は便利そうだ。築二年目ということでまだまだ新築並みの雰囲気だったしレディースマンションではないものの女性入居者が大半を占め24時間セキュリティ完備な上に交差点の向こうが交番と色んな意味で至れり尽くせりの我が城だった。荷物を運び込むのに部屋に上がった父親が実に落ち着かない様子でソワソワしていたのが何ともおかしく口では「しょっちゅう帰ってきたりするな」とは言うもののやはり若干寂しそうなのが妙に印象的だった。本来の形とは違うような気がするけれどこれで子供は完全に親元を離れた。自分達は自分達なりの生活を展開していきたいと思いつつ34年振りに二人だけの生活に戻った両親にも時折は喧嘩しながらでも仲良く過ごしていって貰いたいものだ。
2007.09.23
この連休は久々に実家に帰省。夏も帰って来れなかったし、最近は年3回のペースは守れず正月プラス1になってきている。家族が居てということならそれでも許されるだろうが一人で気ままに生きさせてもらっているのが実際なのでここはもう少し親孝行をしなくてはいけない。ということで、妹と共同スポンサーになり両親と父方の叔父夫婦を連れて「うえの」に行って来た。妹が見つけた(実際に北摂ではなかなか有名。。。)店で本店は我が高校の直ぐ傍にあるらしい。箕面店はいわば二号店で、箕面駅から滝道を歩いて程無い場所にひっそりと軒を構えている。店内は個室が3つとやや広めの部屋が1つ。昼と夜でそれぞれ4組しか予約を取らないらしく連休のこの日を押さえた妹は密かなファインプレーだったと思う。いわゆる創作割烹というジャンルになるようで旬の素材を丁寧で優しい味付けで料理していた。正直に言えば苦手な食材もあったのだけれど見事にその食材の苦味が消されていてすんなりと食べられた。前菜から和え物、焼き物、煮物、椀物、お食事に至るまで一品一品は少量に感じたけれど徐々に満腹感を覚え始めてラストの鮭ときのこの炊き込みご飯は茶碗に軽く一杯で十分だった。同じ満腹感でもいつもみたいに限られた時間で一気にかき込み味も良く分からないままに満腹になるのとは違って少しずつ幸せな気持ちを感じながらなので満足感が大きい。どれもこれも本当に美味しかった。木々に囲まれた静かな雰囲気の中でじっくり選ばれた器に味も見た目も素晴らしい料理をいただく。日本らしい空気に浸っただけでもリフレッシュできた気になる。こういう店はきっともっとあちこちにあるのだろうしこれからはそういう隠れ家的な店を見つけていきたいと思う。ちなみに、食べるのに夢中でブログ用の撮影を忘れたのではなく何故か携帯の写真がアップできないので悪しからず。。。
2007.09.22
突然の安倍首相の辞任劇。10日に所信表明演説を行ったばかりとあって世間はもちろんかなり近い側近筋にとっても青天の霹靂となる驚きの一報だったらしい。言ってみれば「頑張ります」と言っておきながら「やっぱり頑張れません」と前言撤回したわけだから一国の主としては頼りないの一語に尽きる気がするし参院選後の続投宣言も相まってやっぱりトップに立つべき人ではないのかなと感じる。負けた時、ミスをしてしまった時の引き際は大事だと思う。それは何も未来永劫の退却を意味するものではなく間違いを間違いを認めた上で、責任ある立場から降りる。立場ある人が責任を取るというのはそれしかないし自分の下についてきている者やライバルに対してその姿勢こそがケジメであり誠意だと思うのだ。そうやって一度退いたとして、そのまま埋もれていくならきっとその人はそこまでの実力しかなかったわけでもし首相という立場が相応しい器の持ち主であればその後の立ち直りを周囲が見逃さずに再びその座に就くチャンスが回ってくるような気がする。今回の安倍さんの場合は惨めに縋り付いたというよりは他に方向性を見い出せなくて自らスケープゴートになったように思うしもう少し側近というかブレーンがしっかりしていればここまでボロボロになることもなかったとは思うけどいずれにしても本人の往生際の悪さが仇にはなっている。総理大臣とはいかなくても自分もいずれは責任ある立場になるかもしれないしその時は失脚とか退陣に追い込まれるような負けは喫したくないけれど最悪そうなってしまった場合はスパッと引ける潔さを身に付けたい。
2007.09.12
週末を跨いでの福岡出張となったこともあって土日は特に予定も無く彼女と過ごそうと思っていたものの急遽前の職場の先輩から飲みに誘われた。よくよく考えてみると福岡在籍の3年余りに於いて先輩とサシ飲みなんてことは一度も無かった。決してそりが合わなかったとかいう事でも無いけれど何でか特に理由が無いまま、行かずに終わっていた。歳は先輩が一つ上になるが、高専を出て直ぐに就職しているので社会人のキャリアとしては何だかんだで5年の差がある。そう感じさせられるだけの仕事の質の差を見せられていたしまず自分に厳しいという面では大いに参考にさせてもらった。そんな先輩から誘われたのは意外と言えば意外だったしでも出来れば現状を踏まえて色々話をしたいとも思っていたので結果的にそういう場を持てたのは有難い話でもあった。先輩は自分が福岡にくると決まった時点で今回の飲みを決めていたらしい。現場を離れて8ヵ月半になる自分から観て今の雰囲気がどう映るのかが気掛かりだった様だ。どう伝えていいものか少しの迷いはあったけれど苦しんでいる後輩達の姿を思い、わざわざ休日に場を設けてくれた先輩の心意気にも応えるべく、真摯に思うところを伝えた。その一つ一つを先輩もじっくりと聞いてくれて頷いてくれた。先輩曰く「後輩たちの○○への慕い方はハンパじゃなかった」とのことで立場の違い(係長と主任)がどうしても垣根の高さに影響していたとはいえほとんどの若手社員の悩みやプライベートまで把握していた自分に少なからずの嫉妬みたいなものもあったとも打ち明けられた。自分としても先輩を見習っていた部分は大いにあるし仕事の進め方においては後輩達にも見習うように指導していた事やそれを踏まえて、たまに彼らのところまで降りていって本当にどうでもいいようなくだらないバカ話なんかをしていくと彼らが感じる距離感が良い意味で縮まっていくと思うという事を『是非そうなって欲しい』と願いながら伝えた。先輩も堅苦しい人ではないのできっと出来ると思うのだ。次第にざっくばらんに話が進み始めて二人居る娘さんが可愛くて仕方ない話やら自分の恋愛事情や結婚の予定にまで踏み込みつつ普段はそんなに飲まない自分の酒量もここしばらく無かったぐらいに進んだ結果最後の方の会話の詳細はあんまり覚えていない。ただ帰り際に「出来たら帰ってきて欲しいんやけどな」と言われたことはしっかり覚えていて、何となく感慨深い気持ちにもなったけれどそれに対しては未だ答えを濁さざるを得なかった。頼りにされることはもちろん嬉しいし充実感を覚えるけど気持ちの中では『今戻ることは自分にとっても彼らにとっても違う』と思うし形は違っても彼らが殻を破る手助けは出来ると信じているからそんな心積もりの中で、これからも先輩を支えていきたい。そして次のサシ飲みでは二人して「理想の職場になってきたなぁ」と今回と比べて一段と気持ちの良い酒を酌み交わせたら最高だ。
2007.09.01
久々に福岡へ出張。8月頭に完成した新棟への引越しが終わり自分が足を踏み入れるのは初めてだったから向かいながらもワクワクしていた。綺麗で頑丈そうな造りの新棟は確かに立派だけど思ったよりも窓が少ないのがちょっとガッカリ。そのせいか、中に入ると電気が点いていてもどこか暗い。しかし気になったのがそこで働く人たちのテンションの低さだ。朝だというのに既に元気を失っていて覇気が無い。黙々と作業をしている中で電話だけが響く感じ。聞けば相変わらず忙しさは頂点を極めたまま横ばいで終わらない問題が片付かない内に新規が舞い込んできてどうにもこうにもこなせない程の仕事があるらしい。若手社員が徹夜に近い形で描き上げた図面をチェックするだけの人手が足りない。設備は何週間も前に出来上がっているのにそれを評価する人手が足りない。この何ヶ月かはずっとそんな状態らしい。自分が転勤した先では試作を担当していて、一通りの結果を出してそれをフィードバックして量産に繋げているつもりだったけどそれらはほとんど立ち上がっていないというのが現状だった。当然自分も納期との戦いを強いられて何とかやり抜いた経緯があるからそんな状態でその先が止まっていることを知らされると何とも言えない複雑な気持ちになったのは事実だけど少なくても彼らに何かを言える様な現状ではない。何とか手を打ってこの状況は打破していく必要がある。一人二人が頑張ってどうこうなるものではないし組織として何かを変えていかないときっとこのままだと思う。とにかく折角新棟に移って気持ちも新たに出来るこの機会にあんなにどんよりした雰囲気が出てしまうことが無いように自分に何が出来るかを少しでも考えたいと感じた。その為にもやっぱり窓を増やして欲しいんやけどな。。。
2007.08.30
今年も熱戦が続いた夏の甲子園。ヒーローとなるようなハンカチ王子もマー君も居なくて大会への注目度は去年以下だったとは思うけどその分、波乱ありドラマありの毎日だった気がする。最終的に頂点に立ったのは佐賀北高校。春夏通算で甲子園出場二回目の公立校が勢いに乗って日本一になった。開幕試合でチームとしての甲子園初勝利を挙げて二回戦で伝統校を破ったと思えば三回戦では引き分け再試合を圧勝で制するほどの強さを発揮した。この辺りの過程が優勝後に監督がインタビューで言っていた「甲子園でチームが別物のように強くなった」証だったのだろう。準々決勝で私学の名門・帝京を延長の末に下すと直前の練習試合で完敗したという長崎日大をも圧倒してとうとう決勝の舞台に辿り着いてしまった。もうこの頃は恐いもの無しの状態になっていたかもしれない。しかし決勝の相手となった広陵は選抜で優勝経験もあり甲子園では常連中の常連であっただけに一方的なゲームも予想された。佐賀北の勢いも素晴らしいものだったけれど広陵も初戦で駒大苫小牧の3連覇を阻止した勢いがあり加えて監督やチームの甲子園実績も十分だったからさすがに決勝という大舞台での平常心という点で分があると思ったからだ。実際に佐賀北の先発投手の制球難を確実に突いて先制すると広陵のエースは快調に三振の山を築いて完全に試合を制圧していた。7回に追加点を取って4-0になったところで勝負ありでもおかしくなかった。しかし、ここからの佐賀北の粘りと甲子園全体を包む空気は圧巻だった。勝ちを意識したのかどことなく広陵エースの投げ急ぎが目立った8回に佐賀北は連打と四球で満塁とすると、微妙な判定の末に押し出しでまず1点を返す。再び満塁で打席に入った三番打者はここまで2三振を喫していたとはいえ今大会通算で2本塁打を記録していた強打者でありその真価を発揮して、甘く入ったスライダーをレフトスタンドに運んだ。「ここで一発出れば逆転」という満塁は野球でよくあるケースだが実際にそこでホームランが出るケースはあんまり見たことが無い。ましてや甲子園の決勝の舞台ということを考えれば打者は必要以上に力み投手の方はホームランさえ打たれなければ最悪同点と開き直れる。しかし、このケースでは無心でバットを振った打者が勝った。ホームランが出る直前の押し出しの場面での球審の判定はその後に物議を醸すほどに際どいものだったことは事実であり投手が明らかに動揺していたのもまた事実だったと思うけどやはりあそこは力まずに打った打者を誉めるべきだと感じたし間違いなく勝敗を分けた場面だった。今年は特待生問題が重く圧し掛かり、色々と不透明な部分も見えた中で特待生とは無縁の一般の公立校が日本一になったことに意義があると思う。ここ最近は常連校が実力を発揮して日本一を掴むケースが多くてそれはそれで見事ではあるものの、やはり「まさか自分達が?」というチームが無心で勝ち取った栄光というのも高校生らしい清々しさがあって良い。自分も高校時代に違う競技とはいえ私学に太刀打ち出来なかった経験がありそれを少しでも晴らしてくれたような有難さもプラスされているかもしれない。これを機に名門校、伝統校のチームの作り方がよりクリアになって欲しいし公立校も「その気でやれば出来る」をモットーに甲子園を目指せばきっと来年以降も甲子園は甲子園であり続けるような気がした。
2007.08.22
11、12日とさいたまスーパーアリーナで開催されたコブクロライブに連日参戦した。ライブは初めてだったものの周りから素晴らしさを聞いていたしここ最近リリースされた2本のライブDVDは繰り返し観ていて非常に濃厚な3時間を過ごせることは約束されたも同然だった。1万9千人という客数はコブクロライブ単発での記録更新らしくしかし隅々まで自分達の音を届かせるという意味を考えるとこれ以上のキャパでのライブはやれないというのが方針らしい。実際に今回のチケットも全日即時完売だし、確かに商売重視なら東京ドームでやったとしても経費はペイできる上に儲かるだろう。しかしながら、この辺りの会場を限度枠とする姿勢の裏には路上で誰も立ち止まってくれない中で寒々と歌い続けた過去があってそれを思えば、売れるようになったからとにかく大きい所でやりたいとはなかなか発想できないものらしく、何とも彼ららしくて良い。さて、待ちに待ったライブは一曲目から新曲で度肝を抜かれてそれ以降も多くの新曲披露の影で過去の名曲を別アレンジで聴けたり定番となっている曲を念願叶って生で聴けて感動したりととにかくずっとココロが震わされっ放しだった。"赤い糸"はある理由で自分のことを歌ったような曲に感じるけどアコースティックだった曲調が新しくアレンジされて奥行きが広がり結果として詩が鮮明に染み入ってくる感じになっていた。今回のツアーのテーマ曲にもなっている"蕾"は目下自分にとってのコブクロナンバーワンにランキングされている状態だけど切々と歌い上げる二人の声を生で聴いて本当に全身が震えたしラストの部分でスクリーンに映された東京の夜景が放つ煌びやかさと寂しげに蝋燭の灯を灯すような歌声とのコントラストが鮮やかでその後の曲にまつわるエピソード紹介と併せて、さらに思い入れが増した。こんなに素晴らしい音を奏でる二人なのにMCが異常に面白い。間に入るMCでは30分以上も喋り続けるものの一向に飽きさせない。そこらへんのお笑いコンビよりも遥かにネタの完成度が高いしあの喋りすらもコブクロの音として聴き入ってしまう程だ。歌といい喋りといい、その息の合い方やテンポの良さは抜群でこれほどの名コンビはなかなか生まれないと思うぐらいに観ていても何とも微笑ましくなるような二人である。前評判に違わぬ素晴らしいライブを二日間聴く事ができて何となく体から力が湧いてくるような気持ちになった。またしばらく彼らの歌を生で聴く日は先になるけれどその日を楽しみにしながら毎日を歩いていこうと思う。
2007.08.12
ヤンキース松井がメジャー通算100号ホームランを放った。メジャーに渡って今年で5年目であり、ケガで休んだ期間を考えても正直に言えば「やや遅い」と感じてしまうペースではある。巨人時代にポンポンと右へ左へとスタンドインさせていただけにいくらメジャー相手とはいえ、ここまでホームラン数が落ちるとは残念ながら想定していなかっただけに、やはり物足りない。彼自身が「メジャーではメジャーなりのバッティングがある」とか「大きいのを狙うよりもチームの勝利に貢献したい」とコメントするものの巨人時代は自らのホームランで決着させることもしばしばでやはり相手チームが諦めるような打球をスタンドインさせて欲しい。そんな期待も空しく今年もシーズン早々に肉離れで戦列を離れていてチームも松井個人の成績もあんまり芳しく無い状態が続いていたけどしかしこの7月から勢いの角度が明らかに高まった。暑い夏が余程好きなのか、体のキレが抜群に良いのか何と7月の月間ホームランは13本を記録してメジャー1位。初の月間MVPを獲得して、さらに調子を上げる気配だ。この勢いで8月、9月のゲームでも打ち続ければシーズン40本もありえるし何より悲願のワールドシリーズ制覇に向けて、リーグ制覇あるいはワイルドカードでのプレーオフ出場の機運も高まる。とにかくこの1ヶ月で「松井はメジャーでもホームランを打てる」ことを彼自身もファンも再確認できたことが何よりも嬉しい。もちろん状態やゲームの流れを度外視して彼が狙うことは無いだろうけど今まで打っていた感覚でメジャーでも打てると分かれば戦況に応じて思い切ったスイングも出来るようになるだろうしそうなれば、自ずとホームランも量産される気がする。目下アメリカンリーグではヤンキースとマリナーズがワイルドカードで争い残りゲームを考えればどちらかしかプレーオフに出れない可能性もあるのでヤンキースだけに肩入れし辛い状況ではあるもののこれまで毎年無念なプレーオフを過ごしている松井を思えばやはり今年こそはワールドシリーズの舞台に立ちゲームを決めるホームランをかっ飛ばしてスタンディングオベージョンを浴びながらダイヤモンドを一周するゴジラの姿を観たいと願う。
2007.08.06
昨日の参院選では下馬評以上に自民党が惨敗。さすがに今回ばかりは勝てまいと思ったいたけど予想以上に逆風が吹いた結果になった。年金問題が最大の争点ということでそれだけでも劣勢に立たされていた自民党ではあったもののさらに足を引っ張る形で大臣クラスが失言を連発して駄目押しとばかりに赤城農相が事務所経費問題で珍騒動。ただでさえ注目を浴びてるのにも拘らずあれだけ絆創膏を張り倒して出てきながら「何でもありません!」の連呼は国民をバカにしているとしか思えない。いかにも防御力の低いボンボン育ちが、矢面に立たされてキレただけだ。目を覆いたくなるような結果でも厳粛に受け止めるかと思いきやリーダー自ら目を覆ってしまって開票が終わる前の段階で続投宣言してしまうし国民の声を問うはずの選挙だったのに、それを無視するようではリーダーとしての資質が無いことを露呈したに過ぎない気がする。いっそ小泉前首相ぐらい、良くも悪くも国民を無視するならまだしも安倍首相の場合は頻繁に「民意を問う」をアピールしながら都合の悪い民意はあっさり受け流すのだから堪らない。ムーディー勝山も驚くぐらいの受け流しっ振りだ。一方、風を掴んで大勝となった民主党とて盤石ではない。大概、追う立場が楽なのは世の常でありいざ追われる立場になっても、その姿勢や勢いを失わずにマニフェストをきちんち実行できるかどうかに浮沈が懸かっている。今回の選挙に関しては年金問題のガンを暴き出した長妻議員のファインプレーで「じゃあ民主党に任せれば立て直せるのか?」が次の課題である。誰しも国会議員になるのに余りにも必死でその座を守ることに関しては獅子奮迅の頑張りを見せたりするし落ちたらこの世の果てみたいなどんよりした空気が漂うのを見て『よっぽど甘い汁が吸えるんやろうな』と常に思う。もちろん、それだけの責任を背負う訳だし好奇の目にも晒される。それを踏まえれば少々の特権が与えられることは当然だと思うがとにかく「選ばれた」ということを忘れずに、間違っても私利私欲を肥やさず混沌とする日本を正しい方向に導いて欲しい。倒れそうなぐらい暑い中を歩いて選挙に行った自分はそう期待することぐらいは許されても良いはずだ。
2007.07.30
サッカーアジアカップ3位決定戦は何とももどかしい結末。韓国に退場者が出たのに攻め切れなかったのが全てだと思う。ましてや韓国はベストメンバーから一枚落ちで日本はというと現時点でのベストメンバーだったにも拘らずどことなく力負けした感すらも否めない状態。オシムの掲げる考えて走るサッカーは定着していると思う。その教えを以前から叩き込んでいた千葉のプレイヤーも多くそれ以外のチーム出身者でも代表クラスとなれば一定以上の理解があれば動けるものだという気もする。しかし、個々の能力は十分だったとしてもまだそれが結実したサッカーにはなっていないように見える。サイドから崩すにしてもトップ下から前線に流すにしてもボールを出す側と受ける側での意図が合っていなくてみすみす相手に取られたりラインを割ったりしてシュートあるいはゴールという形に結びついていかない。ただ俊輔と高原の間にはそれらしい呼吸が出来ていて今大会でも二人で生んだゴールが幾つかあったけれどそれ以外だとなかなか思い出せるゴールが無い。以前の決定力不足という大きな病気に関して言えば高原がピークを迎えつつあるここ最近は解消されているしパスを出せるプレイヤーは相変わらず豊富なので巻なり佐藤なり矢野が落ち着いてボールを捌ける様になればもっとゴールを量産できるような気もするけどただシュートに至る最後のところをもう少し丁寧に処理して欲しい。少し前の日本代表で言えば中田であり小野でありがペナルティエリアの周辺でドリブルで切れ込んでフォワードに合わせてたしああいうプレーも交えられればディフェンスも守り難いだろうけど今はミドルシュートもドリブル突破も無いのでディフェンスはフォワードをマークした上で引いて守れている。あのディフェンスを何とか引っ張り出せれば、その分パスコースも増えるしその為には個々の力での突破が要求されると思う。日本のディフェンス陣は川口、中沢を中心にしっかり守れているし中盤も相変わらず精力的に守備にも労力を惜しまない。そうなるとやはり求められるのはもう一段高い攻撃力だ。オシム就任から一年余りで人選もほぼ終わった段階だと思う。あとは選ばれたメンバーが個々の力をマックスで出し合った時にチームとして表現できるプレーのバリエーションを増やして欲しい。来年からはいよいよ2010年の予選がスタートする。否が応でも出る事が当たり前になってしまったワールドカップへ照準を合わせる為には、そろそろオシムジャパンの形を固めてその精度を徹底的に磨いてもらいたい。
2007.07.28
今日は34回目の誕生日だった。もう何年も前から決しておめでたいだけの日ではなくなっていてむしろ両親への感謝であったり、祝ってくれる人が居ることの喜びとかどちらかというと、そういうことへ意識が行くようになっている。何回考えてみたって両親無しに自分は居ないわけだしそう思えば二人が出会ったことに感謝するしかない。そして生まれた後もしっかり育ててくれたことにも感謝したい。仕事だ、恋だと言えるのも、まずはそこがスタートラインなのだ。しかし父親が34歳の頃といえば、もう妹も生まれていて自分は小学校に上がった頃の話になる。自転車の補助輪を外す練習に明け暮れた頃でありあの時のスパルタ親父が今の自分と同年齢と考えれば何となくだけど、自分もあんな感じで乗ることを覚えさせただろうしちょっとだけ許せる気がしてきた。父親参観や運動会での出番の際にはしっかり動けていたし忙しかったであろう毎日の中でも日曜日はほとんど毎週のように遊びなり買い物なりに連れて行ってくれていたことを思えばやっぱり自分のことを大切に考えてくれていたんだと気付かされる。自分も小学校や幼稚園に通うぐらいの子供が居て良い年齢になり今更ながら分かる当時の両親の言葉や態度に感慨を覚えそういう意味で、正しく育ててくれたことがつくづく有難い。平均寿命を思えば、未だ人生は折り返し地点の手前でありこれまでは両親や周りの力を借りて育ててもらったのが大半である反面これからはそうして自立することができた自分の頑張りによってどうにでも転がるんだと思えば、やはり迂闊なことは出来ないけど一度限りの人生なのである程度の冒険もしてみたい。一年に一度、両親に感謝してこれからの人生に野望を抱く。きっと誕生日ってそんな日なんだろうとつくづく思う。
2007.07.24
今日は模擬同棲生活最終日。何だかんだで10日連続で一緒に居たのは初めてで思ってた以上に有意義な毎日を送れたせいでやはり最終日という感慨は格別だった。それは彼女にしても同じことだったみたいで朝から前夜までとは明らかに違う負のオーラを出し始めていた。もちろんそれを責めることなんて出来るはずもなかったし男の意地を張り巡らしていた自分だって明らかに落ちていたに違いない。そんな感じで重い最終日を過ごすのはイヤだったので朝から将来に向けた前向きな話をした。純然たるプロポーズではないけれど二人の間で何となく決めている"それぞれに頑張る期間"を越えたらその後はずっとこんな毎日を過ごしたいということと前から分かってたけど、オマエと一緒が良いということをしっかりと自分の気持ちとして伝えた。彼女も同意してくれて「約束だよ」と返事をくれた。それを聞いて、どこか心身が引き締まる気がした。ネガティブになりそうだった一日をそういうやり取りでポジティブに変えそれなりに過ごす事が出来たのだから、きっと巧くいくんだと思う。若干テンションを上げ気味の自分や彼女に気付きながらずっとそんなことを考えていた。正直に言えば、この10日間でもぶつかることもあったし"いつものパターン"に陥って少々辟易する部分も無かったわけではない。けど、そんなことすらも毎日の一部だと解釈できたしその波がプラスに転じた時の居心地の良さと比較すれば全然やり過ごすことが出来るぐらいのレベルであってむしろプラスの部分を失うことの方が明らかに損失だった。この先の人生なんてぼんやりとしか想像出来ないし何が起こるかなんて全くと言っていいほど予測も出来ないけれどもう自分が一緒に歩いて行ける相手は見つかった気がする。まだちょっと先に進まないと果たせない約束だけれどこれからの人生において必ず果たしたい約束になった。乗り越えるもの、蓄えるものをそれぞれにクリアしながら最良の形を迎えられるような準備をしたいと思っている。そんな自分の気持ちを込めて、今日彼女にプレゼントをした。それが彼女の首で輝いている限り、自分は頑張っていけると思う。
2007.07.22
彼女が福岡から遊びに来て、今日は初めて仕事で自宅を空けた。まだまだ東京事情の勝手を知らない彼女なので昼間をどう過ごすかは完全に委ねて合鍵を渡した。いつも通りの仕事なのに絶えず心はソワソワしっぱなし。昼頃に来たメールでは吉祥寺をウロついている報告があったけどそれはそれで『迷子にならへんか』と余計な心配をしてしまう。早く帰ろうと思ってたのに、こんな日に限って色々あって結局自宅に辿り着いたのは21時過ぎ。でも、バス停から自宅アパートに向かって歩いていると普段見かけない風景が視界に飛び込んできた。いつもは真っ暗でカーテンが閉められている我が部屋に今日は煌々と明かりが灯っているのだ。以前結婚してた時期があるので初めての出来事ではないけれどやはり何とも言えない温かみが中から染み出していてしばらく外から眺めて居たくなった位だ。鍵は持っていたけど、調子に乗って普段押さないブザーを押して中から開けてくれるのを待ってみたりもした。「おかえり」と迎えられるのは、どことなくくすぐったいけどでも出来ることなら毎日聞きたいような響きがあった。些細なことだけど、そこから喜びを感じる事が出来る。離婚を経験して『もう結婚はええわ』と思った時期もあるし今でも自分だけの時間を満喫できている状態ではあるけれど何となく、そういうことに安心とか喜びを感じる感性も取り戻しつつありもう一度そこを目指す心の準備が自分にある事が分かった。というか、結構求めていたりするのかもしれない。
2007.07.17
台風4号が九州から関東方面にやってきている最中を敢えて台風には歯向かう形で一路御殿場へ向かった。目的はもちろんアウトレットでのショッピング。元々この日に行く予定にしていたので悪天候だからといって簡単に中止にすることも出来ずただ、結構悩んだのは車で行くか電車で行くかについてだった。車のメリットとデメリット、そして電車のメリットとデメリットをじっくり並べて検討した結果、男気全開で車のエンジンを掛けた。前回は一人で行って、なかなかの素晴らしさを実感したのでそれをそのまま彼女に伝えたところ、完璧に興味を持ってしまい大分前から「次回は必ず」と燃えていたらしい。時期的にボーナスが出たばかりということもありかなりガッツリ買い込む気配が十分だった為に電車だと持ち運びが不便という壁にぶち当たる心配があってそれも車を選んだ重要ファクターだった。幸い、思っていたほどに台風の直撃を受けることも無くて生憎富士山はほとんど全く観る事が出来なかったけどそこそこ快適なドライブを楽しみながら目的地に到着。前日に十分にマップを眺めていた効果もあって手際よく、お互いに立ち寄りたい店を次々と覗いていった。正直に言うと、昔から女性との買い物は苦手。服やら帽子やらを試着した彼女に何て言ったら良いのかが未だに巧くというか、自然に出てこないのである。一緒に歩いて回ること自体は決して退屈なわけではなくてそれに、彼女のどことなく嬉しそうな様子を見ているとどちらかと言えばこちらもいい気分になれるのだけどしかし、それを巧く表現できないのが何とももどかしいのだ。ついついありきたりなことをモショモショ言ってしまう事になって結果として、呆れられてしまった経験が山積みである。そういう自分事情はあったものの今日は何となく自分のテンションも上がっていたのか敢えてここでは書かないけれど、それなりの言葉が出てきて驚いたことにその一押しによって彼女が買う決心をしたりして少しは苦手意識を克服できたような副産物もあった。かくして今日の戦利品としては車の後部座席がギッシリ埋まるぐらいにあれやこれやと獲得する事が出来て大満足だった。車を選んだこともバッチリ吉と出た形になって帰路も台風の追い風を受けて快適に走る事が出来た。不思議なのは、女性って買った服を帰るなり直ぐに着てみること。皆が皆そうではないのだろうとは思いつつも今まで付き合った女性は大体そんな感じだった気がする。今日も例に漏れず極めて身内でのファッションショーと相成り気持ちの何処かでちょっと辟易しながらも幸せそうな彼女を見ているだけで自分も満たされた気がする。前回に続いて自分的に絶好調の御殿場アウトレットはきっとこれからもシーズンに一度ぐらいの割合で利用することになると思う。3ヶ月振りだったけど店ごとのアイテムも結構入れ替わっていたし更に少し拡張するとかいうウワサもあり、なかなか奥が深そうである。
2007.07.15
昨日の晩から来週の日曜日まで同棲生活することに。福岡に住む彼女が仕事柄で盆には休めないので今週一週間を夏期休暇に充てて東京に来るのだ。今日から3連休でもあり、自分の誕生日も近いしまぁ何となくノリでそういう話になった。普段から自宅は寝るための空間なのであんまり散らかることも汚れることも無いとはいえ今回に限っては自分が居ない時間に彼女が居ることになり隅々までチェックされるとは思わないものの思わぬところで評判を落としたくもなかったので昨日までにちょこちょこと掃除や整理を進めていた。そんな準備を経て始まった同棲生活。これまでも週末3日間をお互いの自宅へ行き来したことはあるけど1週間となるとやっぱり少し感覚が違う。別に結婚へ向けての試験という位置付けではないし普段は遠距離なので、可能な限り長く時間を共にしたいだけなのにやっぱりあんまり慣れない間合いというか、距離感でありどことなく落ち着かないような不思議な感じがする。でも、きっと来週の今頃は一旦の終焉を間近に迎えて何とも言えないような寂しい気持ちに覆われているだろうし今はただこの時間を存分に満喫しようと思う。これで『一緒に暮らしたい』指数が100になったら最終日にプロポーズするかもしれへんね。。。
2007.07.14
外資系ではありえない縁起の悪いこんな日に純和風の我が会社では夏季ボーナスが支給された。景気はここ一年以上は絶えず上向きを告げられ(真相は闇だが。。。)自社的にも年度売り上げも純利益も過去最高を記録したとのことで多少は期待していたものの、今週初めにあった発表でその期待もあっさりと崩されてしまって、つまるところ平年並みだった。一つには昨秋上場を果たしたこともあってこれからは利益を社内だけに還元する事は出来なくなった。株主の大半が社員であり、社歴が長い人ほど多くを所有する実情で株主への還元を大義名分するのは甚だ疑問ではあるもののやはりそういうシガラミはどうしても出てくるだろう。自らのミスによって都度数万~数十万のロスを出していることもあるしそこを深く強く突っ込む為には、もう少し自分の仕事の質を上げる必要がある。それにしても、これで社会人になって19回目のボーナスである。入社一年目の夏は寸志だったし、転職最初の夏も在籍期間分の日割りだったけどボーナスだけでも相当な金額を手にしている計算になる。直ぐに思い出せるのは一部で、大半が知らない間に消えている感じでそれだけの金額が自分の下を去っていると考えるとぞっとする。今回もローン返済も無ければボーナス払いも予定が無いのでじっくり使い道を考えた上で、極力多くを老後に残そうと思う。年金問題が今の時点で大騒ぎになっているぐらいだから自分が定年を迎える頃には「自力ジジイがかっこいい」なんてことになっていそうでそのときになって狼狽しなくて済むようにコツコツ頑張りたい。しかし、トータルで変わらんとはいえ住民税が酷く引かれてた。。。自宅周辺の街灯が消えてたりしたら速攻で市役所に電話してやりたい気分や。
2007.07.13
メジャーリーグのオールスターゲームでイチローがMVPに輝いた。彼自身初で、アジア出身のプレイヤーとしても初の栄誉である。オールスター史上初の"インサイドパークホームラン"を含む3安打は痛烈なゴロも狙ったようにポトリと落ちるフライもあってまさにイチローのダイジェストともいえる芸術作品だった。彼の中で印象深いのは「ヒットで良いならいつでも打てる」というコメント。「チームの勝利のために進塁打を要求されたり、大きいのを狙わざるを得ないからどうしても計算外の結果になってしまうけど、当ててヒットで良いなら毎年打率4割を狙うことだって不可能ではない」というものだ。当時は既に200本安打を達成してオリックスを優勝にも導き名実共にスタープレイヤーの域に達していた頃だったけど同い年ということもあってか、随分と自信家に感じたし余りに堂々としているのが却って生意気さを増幅させていて決して好きになれなかったプレイヤーだった。見方が変わったのは彼が海を渡って以降のことだ。一年目から首位打者、最多安打、盗塁王のタイトルを獲得しオールスターにもファン投票で出場した上にアメリカンリーグMVPと新人王にも輝いた。文句のつけ様の無い大活躍に、もう負の感情は抱けなくなりそれ以降はただただ応援するだけになった。メジャーに渡って今年で7年目に入るというのにその勢いや輝きは衰えるどころか年々増していっている。体力的には少しずつ下り坂になりそうな時期なのに並大抵ではない意思と努力によって維持できているのだろうし心技体で体が少々落ちたとしても心と技で十二分にカバーできている。毎年の様にオールスターに選ばれて、シーズン200安打をクリアする。イチローだからそれが当たり前のことに感じてしまうけれどメジャーリーグ広しといえど、このレベルの活躍を続けているのは投手・野手を合わせても片手ぐらいしか居ないだろう。シーズン通してゲームに出続ける実力と健全な体を持ち高い水準でモチベーションを保たなくてはならないからメジャーレベルのプレイヤーでもかなり厳しい現実だと思う。もう既にスーパースターの域に達していたと思うけれど今回の活躍でいよいよ本物になってくれたような気がする。ゲーム前のアリーグのロッカールームではスタープレイヤー揃いの中でイチローが号令を掛けたそうだ。ベースボール発祥国で、しかもそのトップレベルのスターが集う中で日本人が号令を掛けるなんて本当に素晴らしいと思うし同じ日本人、同年代として誇りに思うと同時にしっかり刺激を受けて自分の領域で活躍したいと思う。
2007.07.11
久々に映画レビュー。何の気なく出掛けた先で公開したばかりの本作品に遭遇してしかも今日は映画の日でお得だったので何も考えずに入ってみた。結論を真っ先に言うと「メッチャ面白かった」に尽きる。とにかく最初から最後まで激しいアクションの連続であっという間にラストまで持ってくる手際の良さ。ストーリーも簡潔であり、裏読みも推測も必要無くただただブルース・ウイリスが娘を命懸けで救出する姿をじっと手に汗を握りながら観ていれば良いというスタイルだ。”アメリカ人、こんなん大好きやなぁ”というカーチェイスがありさらにはコンボイトラックを戦闘機が追うという現実では考えられないシーンを問答無用で見せつけながらついつい引き込まれるのはそれだけのスリルがある上に細切れで挟まれる演者の心理作戦的なやり取りが巧妙で次のシーンを予測しつつずっと楽しめた。ストーリーはここでは敢えて触れないけれどよく出来ていると思う。そしてどんどん渋さを増しているマクレーン警部もかっこいい。年齢を重ねて、とうとうスキンヘッドになってしまったが屈強な体と鋭くも温かい目つきにはむしろその方が似合っている。きっと不平不満を言いながらも次の事件が起きればまた犯人相手に大暴れするに違いない。とにかく痛快な気分になりたければオススメの一本である。これだけのアクション映画はやはり映画館で観た方が楽しめると思う。
2007.07.01
パイレーツの桑田が遂にメジャー昇格を果たした。シーズンイン直前まで好調で昇格寸前まで行きながら球審との接触で右足を負傷して以来毎日が苦闘だったと思われるものの、ようやくそれが報われた形だ。去年のオフに追われる様にして巨人を退団することになり「まだまだ自分は終われない」とメジャー行きを決断した。今年で39歳になった桑田にとってみれば遅すぎたとはいえ、ようやく夢に挑むチャンスが与えられた。高卒から直ぐに活躍を続けて積み重ねた170個余りの勝ちをこれからの残り少ない選手生活で区切りの200個にするのは正直に言えば厳しいとは思うけど、彼にその拘りは無い。「野球を夢の舞台で続けられるなら記録なんて要らない」とインタビューで答える桑田の目は非常に真っ直ぐだった。入団の際に巨人、そして大人によって悪者にされてプロ入り後も若くして多額の借金を背負ったり登板日漏洩疑惑などでダーティーなイメージばかりが先行した。しかし、彼の野球に対する姿勢は常に真摯であり高校野球や少年野球の投手はおろか、プロ入りしてくるような一流投手の中にも桑田を尊敬するという声は多かった。今年からレッドソックスで活躍している松坂も桑田に憧れて18番に拘り、毎年オフに桑田との食事を楽しみにしていたという話を聞いた事がある。プロ野球選手という職業を考えれば、多くの子供達が自分を目標とし、目指してくれる事が何よりの栄誉だろうし松坂のような選手が食事を楽しみにしてくれるなんてそれだけで選手冥利に尽きるように思う。バリバリだった頃のスピードやキレは失われている。指先を離れたボールが導かれるようにアウトコース低め一杯に決まる桑田独特のストレートは今は投げられないかもしれないけれど抜群のコントロールと培った投球術で打者を交わしてくれるに違いない。一発を狙う強打者たちが裏を衝かれて空振りを続けるシーンが観たい。拘り続ける事によって、苦難を乗り越えてでも夢を掴むストーリー。桑田が見せてくれるそのストーリーはまだまだ序章だと思う。これから夢の舞台で彼がどんなストーリーを描き栄光や挫折を見せてくれるのかに今まで以上に注目していきたい。
2007.06.09
久々のアップ。この期間で思い切り苦戦した仕事についてじっくり記録に残そうと思っていたけれど忙しすぎて結局ほとんど書く事が出来なかった。とりあえず、波乱だらけで始まった仕事がどういう結果になったかだけは記しておきたい。終わってみれば自社の技術力の確かさを再認識した。協力工場と比べれば規模も大きいし人も多いから会社としての体力は確かにあるのだけれど全体的にモノ作りに対しての意識の高さがしっかりしている。だから、こだわり過ぎて異常に働いているけれど。。。修復し直してテストしたものの形にすらならなくてしかも、それが何故なのかは原因が見出せない。それが16日の状態であり、とりあえずは暫定的に打てそうな対策を少しずつ取り入れながら一進一退を繰り返し18日にギブアップ宣言されてしまった。その3日間で全く話にならないことは十分分かっていたけどまさかそのタイミングから別の協力工場を探すことも出来ず何とかこちらのペースで形にすることを狙っていたのに最後は続けることで赤字になることを察知して早々に手を引かれた形。もうそうなるとどうしようも無いのが現実。やれることとしては自社で引き取ってやり抜くしかない。18日の晩に決裂してから一気に動きを掛けて(元々ヤバそうな感じだったので手は打っていた。。。)出来損ないの設備を自社へ発送してもらって自らも福岡に飛んだ。それが19日の出来事。土曜日にも拘らず、既に対策チームが結成されていて自分が着くなり直ぐに対策検討会が開催されて夕方には必要なパーツの再作製が始まった。日曜日の夕方には一通りの修正が完了していざテスト。すると一発目から形にはなっていた。何が拙いかを見極められた上に、適切な修正が出来たのでやはり結果は歴然としていた。モノ作りが偶然ではなく必然であることを再認識した瞬間だ。製品として組み立てたときに諸問題が出てきてそこから今日に至るまで微調整を繰り返すことになったけどそれは試作時にはよくあることなので仕方ない。果たして今日には全ての規格を満たした完成品をお客さんの元に発送する事が出来た。もちろん、これからの評価によって不具合もあるかもしれないし競合先の方が出来が良くて採用にならないかもしれない。でも紆余曲折が重なり続けた仕事を最終的に纏められて思っていた以上に自社内で協力を受けられたこともあって結果が大切とはいえ、ここに至れたことに満足している。もちろん協力工場で進めるに当たってこちらの事前確認が足りていなかったことであったりこの仕事をやり遂げる体力があるかの見極めも拙く最後に逃げられてしまったのは自分の至らなさなので次回以降へ大きな教訓は残したけれど改めて自社の技術力を再確認できたことと無理や無茶なお願いでも協力してもらえるだけの人間関係をこれまでの仕事を通して作れていたことを知って何だかそれが自分にとって大きな財産となった気がした。仕事に限らず物事が思うようにいかないことは多々ありやはり人間は一人ではどうにも出来ない事が多々ある。そこで必要となるのは適切な判断力と確かな信頼関係なんだろう。そのことをこれからも肝に銘じていきたい。
2007.05.25
仕事で仙台から福岡行きの飛行機に乗った。ここ三日ほど深夜に及んでいた疲れもあって搭乗してシートベルトをした直後に眠りに落ち何と目覚めたのはちょうど飛行機が福岡空港の駐機場に止まったタイミングだった。ほぼ二時間の行程だけど丸々寝たことになる。余程疲れていたのだろう、という話なのだけどよく考えると自分は飛行機で起きてることが少ない。高所恐怖症だとか、揺れるのが苦手とかはなくてむしろ幼少時に毎年一往復乗っていた飛行機は着いた先に住む祖母と会えるのと同等に楽しみだった。どうしてもチケットが取れずに新幹線になったときは母親にずっと文句を言っていた記憶さえある。飛行機に乗るといつも落ち着きなく窓の外を眺めて離陸への滑走では高鳴る気持ちを必死で抑えて飛び立った後はどんどん遠ざかる地面を食い入るように見つめてその後は持ち込んだ本を読んだり機内サービスのジュースを飲んだり年に二時間しか味わえない空間を十分に満喫していた。それが社会人になり、営業職に就くと同時に出張で飛行機に乗る機会が格段に増えた。首都圏勤務で九州地区に工場を持つ顧客を担当していたからそれこそ週一ぐらいのペースで乗っていた。さらに年に二回は実家の大阪に帰っていたけどそのときも大体飛行機を使っていた。ところがその空間を昔のように満喫することはなくなった。もちろん当時の童心は失っているし、慣れもあるだろう。しかし、何よりも機内で寝ることを体が覚えてしまった。若干体が沈むあのシートが余程合うのかはたまた適度な揺れが眠気を増幅させるのか定かではないけど今回の例は極端だとしても、大体離陸直後から着陸準備の機内アナウンスを聞くぐらいまでの間は寝ている。昔はあんなに楽しみにしていた機内サービスのドリンクは飲まないままに降りることの方が圧倒的に多い。不思議なことに新幹線だとそこまでは眠れない。同じぐらいに疲れていたとしても大体ずっと起きている。買い込んだ飲み物は必ず空にしているし文庫本でも雑誌でもかなりのページ数を読む事が出来る。この差は一体何なのかよく分からない。でも、いずれにしても快適に心地良く移動する術をいつの間にか身に付けられていたことは転勤に伴って出張が増えた今の自分にとっては大きなメリット。一つ心配なのは、いずれ結婚して新婚旅行で飛行機に乗ったときに離陸するや否や眠ってしまい、嫁さんを呆れさせないか、である。・・・新幹線で行ける所にした方がええんかな。
2007.05.19
阪神が辛うじて巨人の追撃を振り切って勝ち、連敗を9で止めた。4月26日以来の勝ちという事なので驚いたことにゴールデンウィーク中は一度も勝っていないのだ。これだけを見ると、かつての暗黒時代よりも酷い。あの頃は5月末ぐらいに借金は二桁に到達し首位とはおよそ逆転不可能な差がついているのが常で「6月以降は消化試合」と揶揄されていたけれどそれでも連休中に一勝もできないなんてことは無かったはずだ。今年の阪神はとにかく打てない。そこそこの長打力もあり足も速い鳥谷を一番に据えているけどここまでの打率が2割8分、出塁率3割7部ではリードオフマンとしての活躍をしているとは言い難い。そして去年までリードオフマンとしてチームを牽引していた赤星は腰を痛めてなかなか調子が上がらなかったばかりか深刻に傷めてしまったようで昨日登録抹消になってしまった。中軸もシーツが研究され尽くしたのか待つ球はなかなか来ず4番の金本、5番の今岡共に気持ちが空回りして長打が出ない。強くなったここ数年は7番バッターからでも得点していた下位打線も打撃不調の矢野をキャッチャーとして使わざるを得ないせいか全くといって良いほど機能していなかった。そんな野手陣を支えていた投手陣も根負けするようにゲームの中盤、終盤で崩れて持ち応えられない。先発の核であった井川の穴も決して埋められてはいないし鉄板だった中継ぎ・抑えのJFKも時に逆転を許していた。それこそ、これだけの要因が揃えば負けるのも当然だけどファン心理の悲しさで、ここ数年の常勝軍団への変貌がもはや当たり前のこととなってしまったので、なかなか認めたくない。あれだけ辛酸を舐めさせられた時代をベースに今が最高とはならずあの頃を忘れてしまって今を基準としてしまっているから当たり前のように負けるここ数試合が歯痒くて仕方が無い状態。でも、よくよく考えればそういう思いもファンだからこそ感じるもの。「出来の悪い子ほど可愛い」ではないけれど負けることも緩慢なプレーをすることも「しゃあない」と受け止めてそれでも尚且つ戦う選手達を応援するのがファンだと思うから今のこの状態を苛立ちながらも温かく見守ってやがて復調して勝ち星を重ね始めたら、更に声援を送るべきだろう。セリーグも今年からプレーオフ制度が導入された。極論すればリーグ戦終了時点で3位以内に入っていればまだまだ日本一の可能性が残されるわけだ。現時点で5位の阪神は3位中日と4ゲーム差なので全然追い付き追い越すだけのチャンスは残っているわけだ。こういう"楽観視"は何となくあの頃を思い出させるけれど当時と違ってチームの根っこがしっかりしているのできっとその期待に応えてくれるに違いない。
2007.05.10
昨日のメールと電話でトラブルを聞かされてその状況を確かめるべく早朝6時に家を出て仙台へと向かった。東京までの一時間は眠気が戻って寝ていたけどそこから二時間弱は心配ばかりが立ってボーッとしていた。到着すると応接室に通されて、いきなりコーヒーが出てきた。内心『いやいや、まずは現場を見せてよ』と思いつつ仕方なくコーヒーに手を伸ばすと工場長と技術部長が入ってきた。開口一番「こちらのミスで金型を破損させてしまいました」と言われ「修復について尽くせる手を尽くしたいのですが、どうやっても2週間掛かってしまいます」と苦しそうに激白された。ちなみに初回品の納期は2週間後に迫っている。このプラスチック部品を含めた組立て品としての納期だから遅くともその4、5日前にはプラスチック部品が出来上がっていないと組立て品としての調整が全く出来ずにバラバラでの納品になるのだ。当然その辺の事情は取り掛かる前から念入りに説明していたし契約を取り交わした以上、並大抵のことでは反故にはできない。そういう背景を意識した上での先制パンチといったところだったはずだ。相手は明らかに目上だし役職としても上。仕事を依頼している側と請けている側という関係であってもやはりキャリアや役職まで一気に覆せるはずはない。しかしこの時の自分は『一歩も引かんぞ』と決め込んでいた。「まずは現場を見せてください。その上で話しましょう」と伝えその場でこれ以上の話をすることを拒んだ。なし崩し的に「無理です、無茶です」を聞いてしまって相手のペースに持ち込ませたくなかったからだ。自分でも『イヤな奴やなぁ』とは感じつつも冷静に状況を踏まえて最良の道を進もうとしている自分も観ていた。調べた結果、確かに破損の状態は並大抵ではなく時間が掛かる細かいパーツは軒並みアウトだった。ざっと見積もって自社で全てやったとしても24時間2交代で丸一週間ぐらいといったところだった。あまり言葉の無い現場から再び応接室へと移動しての打合せ。「思っていたより状況は悪いこと」「一日、二日での修復はまず無理なこと」「とはいえ、納期はそう簡単に調整できないこと」「ミスの発端は相手側にあること」を穏やかに、しかしちゃんと響くように伝えた。腕組みをして固まられたが、やがて妥協案が出てきた。「修復に全力を注ぐ上で、御社にも助けて欲しい」というもので時間が掛かるパーツの一部の造り直しを手伝うということ。確かに方法としてそれは一つだし、そこまでしてでも前倒しが必要だった。その場で直ぐ結論が出せる話ではなかったので持ち帰ったが直ぐに東京に戻って、その手配に取り掛かった。元々組んでいる工程に予定外の、しかも重たい仕事を割り込ませるのだから二つ返事ですんなり受け入れてくれるはずは無かったけれどとにかく頼み込んで最大限の協力を得る事が出来た。それは同時に、協力工場を煽るための後ろ盾が出来たのと同然だった。こうして破損からの修復は始まった。もちろん突貫での手抜きやミスは許されない状況だったが協力工場も自社だけでなくグループ会社等を当たりまくって何とかトータルで一週間という見通しを立てる事が出来た。これで巧くいけば納期には十分間に合うところまで挽回できる見込みだったのに実際には修復後の立ち上げに大苦戦することになった。仕事って本当に思うようにはいかないものである。
2007.05.08
連休明けの初日は外注先からのメールで幕を開けた。そして、そのメールが嵐の到来を告げるものだということを後に知ることになった。本来なら今日から自分も立ち会ってテストするはずだったのをある意味では気を利かせて、わざわざ連休に出てまで事前確認していたらしいのだが、その際に不手際で破損させたとのこと。メールの末尾は「とりあえず状況確認に来て欲しい」で締められていた。この一文で只ならぬ気配は十分に感じた。何てことなければむしろ黙っておくだろうし、見られたらバレるとしても「こういうことが起きたけど、無事に修復しました」で済むはずだ。状況確認に行かなくてはいけない時点で「現状どうしようもない」わけでその一文は本当に重く圧し掛かってきた。とにかくそう言われた以上は、状況を見に行くしかなくなった。さすがに今日いきなりというワケには行かなかったので差し当たり明日から現地入りすることにした。このトラブルは自分の社会人史の中でも屈指でありこの先ほぼ三週間に亘って悲喜こもごもの出来事が起こるので先々振り返る事が出来るように、なるべく細かく書き綴っていきたい。
2007.05.07
ここ数年は色んな意味で老朽化が進むマイボディ。「忙しい」を理由になかなか運動もせず「酒もタバコもやらん」を理由に食は自由主義。健康診断での内臓機能はいつも良い判定を貰えているけど基本的に気にしなくてはいけない部分がおざなりだった。加えて『もう一度バスケットをやりたい』という思いさえも到底叶わぬまま時間ばかりが過ぎていた。転勤して早4ヵ月半。以前の職場よりは仕事への拘束時間が短くて尚且つ土曜出勤になることも少ない。そして、いよいよ生活のペースも安定したこともあり一念発起してスポーツクラブへ入会した。過去に二度ほど通っていた事がある。学生時代は自宅から最寄りの駅にあったから土日以外はほとんど毎日のように通って有効活用していた。当時はサークルや地元でバスケットをやっていたこともあり持久力維持の為にバイクを漕いだり走ったり今では想像もつかないぐらい激しく動いていたと思う。そして前職時代は提携クラブがあったから正規会員ではなく、一回毎に数百円の利用料を支払って週1~2回のペースで一年ぐらい通っていた。この頃はバスケットはやっていなかったもののそれこそ健康維持の目的で地味にやっていたように思う。今回は実に6年振りぐらいのスポーツクラブである。どういうワケか八王子周辺はスポーツクラブが多いので一通り見学させてもらった結果、コナミに決めた。設備が一番充実している上に風呂が綺麗で広いからだ。体調がイマイチ良くない時や時間がほとんど無い時でもタオルだけ持っていればサウナで汗を流してゆっくり風呂に浸かって帰る事が出来るのは魅力だった。果たして本格的始動となった今日をキッカケにして目標としてはひと夏を越した今秋にはコートに立ちたい。全盛だった高校~大学の頃の動きは無理だとしても思うようにドリブル、パス、シュートが出来るぐらいには何とかもう一度自分を持って行きたいと考えている。
2007.05.05

昨日から東京に出てきた両親と今日は神田~日本橋界隈を散歩した。父親は高校卒業後直ぐに就職で東京に出てきて数年後に母親と出会ったらしいけれど今でも読書家の父親にとって当時から神田は大好きな街だったようだ。最初からこの日は神田と日本橋を歩くと決めていたようで付いて行く立場(珍しく強引に誘われたのだが。。。)としては「折角ならミッドタウンとか新丸ビルに多少並んででも」というささやかな提案をアッサリ却下された時点で、本当に付いて行くのみ。でも、これが後々正解だったことを思い知らされることになるのだ。まずは神田駅前の寿司屋で軽く昼ごはんを食べた。「江戸っ子寿司」と言えば知ってる人も多いだろうけど神田界隈に5店舗ほどを構えており、休日でも2、3店舗は営業している。ネタの大部分は当日朝に築地で仕入れていて鮮度抜群であり板前さんの技やしゃべりも随所にアクセントを与えてくれてそれでいてランチセットは12貫程度の盛り合わせで1000円である。前の会社は大手町に本社があって当時の営業さんが教えてくれて以来都心に遊びに来た時は結構使っていたけれど3年半ぶりに福岡から戻ってきても、相変わらず盛況だったので安心した。今回始めて一緒に来て知ることになったのだけれど父親もこの店は以前から知っていて、昼時に近くに仕事で来た時はしばしば使っていたというから実に驚いた。同じ店を気に入るとは、やはり血は争えないものだとつくづく感じた。その後は予定通り、駿河下の本屋街へ歩いて向かった。とりあえず30分フリータイムとして思い思いの店に向かい読みたかった文庫本と雑誌を一冊購入したけど合流した父親は3冊完結の小説と新書を2冊買っていた。おそらく一週間ちょっとで読破してしまうらしい。いつまで経っても息子は親父に敵わないワケである。「昔はもっと西洋っぽい喫茶店が多かった」という懐古もあったものの今はもうそれらはスターバックスやドトールに変わってしまっていてとりあえずはスタバで一休みすることにした。メニューを見てピンと来てない両親をリードする事が出来てここは現在を生きる息子としての面目躍如といったところだ。その後は一路日本橋方面に足を伸ばした。東京駅といっても丸の内口にたまに行く程度だったので日本橋界隈には足を運ぶことなんてまず無かったからこの散歩は自分にとっても実に有意義なものになった。日本銀行をはじめとして金融関係の古いビルが建ち並びそういう意味では大阪の北浜に少し雰囲気が似ている。(写真は日本銀行本店)その後、日本橋を生まれて初めて(実際は違うらしいが記憶に無い)渡り日本橋コレドと高島屋日本橋本店へ足を運ぶ。高島屋では来週に迫った母の日と来月の父の日を見越して備前焼のビアペアマグをプレゼントに買った。最近暑くなってきたしちょうど良かったと思う。飲み過ぎる二人ではないけど「いつまでもビールをのめるぐらい健康で」という息子の言外の思いを、きっと受け取ってくれていると信じたい。コレドには自分も今回初めて行ったのだけれど一階にユナイテッド・アローズ、二階にバナナ・リパブリックが入っていて上層階は少し趣向を凝らした飲食店が並んでいた。その他にもノンジャンルの雑貨屋もあったりしてそれこそ"プチ丸ビル"という趣きがあってなかなか良かった。アクセスが微妙に良くないのが玉に瑕でありそれこそ八重洲口の真ん前にでもあればもっと行きやすいけれどそれだと"コレド八重洲口"になってしまってビジネスホテルみたいか。。。本来ならそろそろ解散の予定だったけれど時間は18時過ぎで「折角だから」ということでコレド裏の洋食屋たいめいけんに行った。このたいめいけんは昭和6年創業で元々は"泰明軒"だったらしい。もう創業76年になるのだから、たいめいけんにしてみれば"コレド裏"ではなく"たいめいけん裏に出来たコレド"が正しいだろう。さて、たいめいけんに来るのももちろん初めてだったけど名前とそこの名物がオムライスであることぐらいは知っていたので迷うことなくオムハヤシを注文した。両親は数十年前になる交際当時に来た事があるらしくそれを聞かされると何だか不思議な気持ちになった。待つ事20分余り(無茶苦茶混んでた。。。)、いよいよ登場。運ばれて来た時は皿にオムライスと別添えでハヤシソースだったので何となく掛けてみたけど実に美味しそうに仕上がった。『これはブログに』と徐に携帯で撮影する息子を横目に両親は早くも食べ始めていた。。。味は・・・実に美味しかった。本来生卵はダメで、親子丼やカツ丼も半熟過ぎると苦手なのだけどこのオムライスに関しては半熟過ぎても非常に美味しく食べる事が出来た。ハヤシソースも甘ったるくなくて、若干酸味が効いた様なコクがあって脂身の無い、しっかりした歯応えの肉も良いアクセントだった。20分以上待ったのに、わずか数分で完食してしまった。呆気ない気もしたけど、やっぱり美味しいものは美味しい。こうして親子三人での東京散歩は幕を閉じた。後から調べたらミッドタウンも新丸ビルも予想以上に混んでいたようだしこれまた予想以上に上がった気温の下、ひたすら混雑と格闘するのは共に還暦を過ぎた両親以前に、関西人の血が濃い自分に限界が来たはず。それに対して、両親の昔話を聞きながら東京の由緒ある街をのんびり歩くのもなかなか乙で感慨深い、思い出の一日になった。
2007.05.04
高野連が躍起になって「根絶する」という高校野球の特待生問題。今日までの申告で全国376校、7900余人が対象となったらしい。言うまでも無く西武の裏金問題に端を発しているとは思うけれどどうしても不可解な点が三つある。一つは何故今更?である。インタビューで応えていた元プロ野球選手の金村義明が「僕らの頃にもすっかり定着していた制度」と断言していたけれどそうなると30年以上はそうやって成り立ってきたのである。プロとアマに断崖絶壁のような隔たりが古くからある日本球界では元プロであってもアマへの直接指導は許されない。極論すれば元プロ選手の息子が中、高で野球部に入っていたら一切始動してはいけないことになっているのだ。キャッチボールはして良いけど、淡々と投げ合うだけ。ノックをしても良いけど、機械的に打ち続けるだけ。子供の素振りを見るのはいいけど、黙って見ているだけ。ありえないようなルールが存在している特殊な世界でずっと行われてきていた慣習が、何故今更公の目を気にして正すことにしたのか。二つ目は何故野球だけ?である。私立校での特待生制度は今や当たり前だと誰もが考えている。それが税金から支払われるなら大騒ぎになるだろうけどあくまでも自らの学校法人の中でのことであれば当然だと思う。私立校である以上は生徒に入学してもらわない限りは経営が成り立たず生徒を集めるために進学実績を上げたり、スポーツ・文化で有名になるのは最短というか、学校という器を考えたらそれしか方法は無いと思う。そして例えば入試でトップクラスの成績だった生徒の授業料を免除したり全国クラスの活躍をしたクラブの主力選手の遠征費を負担したりそれについては一切問題ないものとしてやっているのに、何故野球だけなのか。全く説明が無く「規則だから」と言い張る高野連には呆れてしまう。そして三つ目がその高野連の責任の取り方である。これだけの騒動を引き起こし、お金とは関係なく野球を頑張る生徒から大好きな野球をする権利を一ヶ月とはいえ剥奪しておいて高校野球を取り仕切る組織に一切責任は無いとは言わせない。もう30年以上も当たり前とされてきた事を今になって「言語道断、野球道に悖る」と必死になるぐらいなら毎年あるいは毎月でも各学校を調査することは出来ただろうし色々と問題が出てきてから重い腰を上げて「高校野球を守る」と言われても誰一人として「素晴らしい」とは思わない。高校野球が素晴らしいことは誰もが知っている。特待生制度があることも越境入学がまかり通っていることも知った上で地方予選から熱心に追い掛けるファンも多く居るのだ。それを大人のエゴで選手やファンをあっちやこっちへ都合の良いように振り回すのだけは断じて辞めるべきだと思う。この問題が最終的にどういう落とし所を見つけるのか。徹底的にやるというのであれば、当然プロとの繋がりだってあるだろうし下手すれば夏あるいは来年の選抜が中止にだってなり兼ねない。自らの立場を守るために大義名分を掲げてあらぬ方向へ行かないか。未だに古い「野球道」とやらを崇めているお爺さん達が舵取りなのでいささか心許ないのが正直なところだ。
2007.05.03
今日は大事な会議があったので出社。気持ち的には昨日休みを貰えたし、もう一日休んで9連休にしたかったけど一方で9日も休んだら再起動できる自信が全く無い。前にも書いた事があるけど、休み明けのあの未読メールの山を憂鬱な気分で一つずつ捌くのが非常に苦手である。『これ、何のことやったっけ?』『えーっ、こうなってたか?』が多くその辺りを紐解くのに丸一日以上は要することになる。しかし、やっぱり今日はどこか気合いが入らない。大事な会議は午前と午後の早い時間で終わってしまったので14時以降は17時半を延々待ち続ける感じだった。お客さんは休みのところが多いから電話もならないし協力工場にもわざわざ電話して話すほどの用事もなかったから結局これ幸いとばかりに5日後の出勤後に戸惑わないように今ホットな事柄について進捗状況と、まず何からすべきかを纏めた。5つの項目についてみっちり書き並べると2時間ぐらい掛かり時間的にもほぼ定時までを埋める事が出来たしいつも連休明けにバタバタしていた時間が削減できそうなのでもしかしたら出勤前夜がいつもみたいに憂鬱じゃなくなるかもしれない。それにしても、前日にそんな時間を取れるのだからやっぱり職場が変わって随分と仕事に追われる事が無くなった。それはそれでもちろん良いことなのだけれど正直に言えば少し張り合いが無くなった様にも感じる。福岡に居た時の連休前夜はそれこそ突貫で一通りの決着を着けてその勢いで近所の焼き鳥屋に後輩を引き連れて深夜までグダグダになってた。あれはあれで充実していたし、何ともいえない一体感があった。定時になったら、一人また一人と静かに帰っていくのを見ながらほんの少しの寂しさを覚え、一方で4日間の休日があることに満足した。いつもよりちょっと豪華な惣菜やデザートをデパ地下で調達して明日から何をして過ごすか思い浮かべながらの晩ご飯に無上の幸せを感じた。
2007.05.02
ご存知ミスチルのナンバーである。ドラマ「14歳の母」の主題歌として書き下ろされたかつてのミスチルらしさがベースにあるバラード。ここ数年のミスチルはどうも自分の好みのラインから外れていてその間に一気にコブクロが台頭してきたから次第に聴く機会がどんどん減っていた。ドラマ自体は全く観ていないからこの曲と内容がマッチしているのかどうかは分からない。でもそんなことは無関係として良いのである。"ダーリン ダーリン 色んな角度から君を見てきた そのどれもが素晴らしくて 僕は愛を思い知るんだ"一番目のサビの部分の歌詞である。何とも包容力を感じさせるこの部分がたまらなく良い。なかなかこう達観出来るほど相手のことを見れないと思う。"泣いたり 笑ったり不安定な思いだけど それが君と僕のしるし"間奏からラストのサビへと進む部分での歌詞でこの曲のタイトルにもなっている"しるし"というフレーズが出てくる。自分の国語力での解釈は何とも心許ないけど敢えて言うのであれば、"しるし"は即ち"自然体"という感じだろうか。自分にとっての恋愛のベースにしたいのが自然体であるからこの部分も一定以上に胸に来るものがある。"ダーリン ダーリン 色んな角度から君を見てきた 共に生きれない日が来たって どうせ愛してしまうと思うんだ"最後のサビの部分。この二行目が一番好きなフレーズである。何となくだけど、恋愛対象の相手に対してこの感情を抱けたらおそらく次のステージに進む事が出来るのではないだろうか。この曲のこの部分を初めて聴いた時から、ずっとそう感じている。まだまだおぼろげで確たる輪郭が見えてこないけれどいずれプロポーズするという段階になったとしたら受け売りでちょっと恥ずかしい気持ちは持ちつつも自分の感性に響いた言葉として、このフレーズは使いそうな気がする。昔はよく聴いていたミスチルが何となく帰ってきてくれた様に感じる。もちろん、そんなのは自分の中の捉え方の問題だけど最近は楽曲からも色々な刺激を受けるようになった自分としては何とも嬉しい限りで、今後生み出される作品にも期待したい。
2007.05.01
大枠を思い付いてから一ケ月余り、少しずつ準備してきたサプライズ。遠距離中の相手を驚かせて喜ばせたいが為だけの計画でありその狙いを考えれば大成功だった。離れてから4ヵ月経つ今までは月一以上のペースで東京か福岡で会えてはいるけどたまたま出張で彼女の住む福岡に行く機会が2回あったからでこれを例えば隔週にしようとなるとお互いに決してラクではない。年齢差があるから当然基準か違う上に、女性は身の回りにあれこれと掛かってしまってどうしてもフトコロ事情は違ってくる。自分的にはその気になれば出来なくはないし、彼女もそれは理解しながら自分に甘えたくないから我慢している部分もあって、そんな様子をいじらしく感じながらも彼女の気持ちを尊重して必要以上のことはしてこなかった。だから会うときは少々の贅沢はしたし、お金を掛けてそれ以上の満足や充実を得られるなら進んでそうするようになった。そういうのも抑えて一回の飛行機チケットにする手段も有りなのかもしれないけれどこれについてはお互いの価値観をちゃんと合わせた上でのことであってそこに存在するのは純粋に楽しみたいという気持ちだったと思う。ただやはりそうは言っても、これでまた離れ離れというタイミングではそれなりの感傷もあって『もう1日だけ居たい』と彼女が素直に思いを吐き出すこともあった。だから、今回はその願いを叶えようと思ったのだ。それも、より大胆に叶えるために手間暇と少しのお金も掛けて。。。28日からの3連休に彼女が東京へ出てくる計画を元々立てていたけど彼女の会社カレンダーでは9連休になっていて、自分は谷間が出勤になっていた。なのでブチ抜き9日間というわけにはいかず、また自分にも彼女にも後半の4連休にはそれぞれ予定が入ってしまった。但し彼女のスケジュール的にはこちらの事情が許せば2日まで東京に居たいという意向であり、自分の仕事的には2日だけは絶対に出なくてはならない会議があったから必然的に1日をXデーに決定した。『ちょっとでも長く。。。』というお互いの気持ちを尊重する形で彼女には金曜の夜便で東京に来てもらったけど、実はこれは既に計画の一部だった。そうすることで「30日までしか一緒に過ごせない」という気持ちがより強くなると考えたからだ。考え様によっては酷なやり方にも思えるけど、全てはフィナーレへの助走として許してもらおうと割り切るしかなかった。そして日曜の夕方までを十分に楽しんだ後、彼女を羽田まで送って行った。ここで何も知らずいつも通りに名残惜しそうにする彼女に対していよいよサプライズがクライマックスへと近付いていることを知ってる自分とでは温度差があって、勘繰られないようにちょっと頑張った。彼女が17時発の飛行機に乗り込んだ後、「翌朝からのテスト立会いに備えて長野まで前日移動しなくてはいけない」自分は、実際には19時発福岡行きの便に乗る為、品川の会社宿舎に預けておいた一泊分の荷物を取りに行き飛行機に乗る前に「一旦帰宅して今から長野に向かう」メールを彼女に入れておいた。これに対して福岡に着いて飛行機から降りた彼女は、案の定「今福岡に着いたよ」とレスしてくれたのだけれど、その頃自分は飛行機に乗っているのでレス出来なかった。彼女にとって自分はその時間は電車で移動しているはずなのでメール出来るはずなのに一向にレスが無いので結構心配したらしい。後でそう聞いたときは申し訳なく思ったけど、それも仕方なかった。結局21時過ぎに福岡に到着し、そこから真っ直ぐ彼女の家の近くまで辿り着いてから徐に彼女に電話した。「メールを何度かもらってたけど電波が悪くて履歴が出たのはついさっきだった」とまずは謝った。空の上だったから確かに電波は悪かったのだけど、その時間は奇しくも(実際には計算していたけど)長野に着いているはずの時間だったから彼女は疑うことなく電車移動中の電波が悪かったものとして会話が成り立っていた。5分ぐらいの道をゆっくり歩きながらこちらがしっかりと気持ちを落ち着かせる一方で彼女は他愛の無い話を続けていた。いよいよ玄関前に到着。音を拾わないように一瞬携帯をバッグに忍ばせてからブザーを押す。「誰か来たみたいやわ」「えっ、こんな時間に?」という会話を携帯でした相手と5秒後に「はい?」「オレやけど」という会話をインターホンでするとは予想もしてなかったのだろう。もっと言えば長野に居るはずの人間が玄関前に居るなんて思ってもみなかったはずだ。ダッシュで玄関まで来て物凄い勢いでドアを開けた。そして、ドアの前につい3時間程前にバイバイした相手が立っているのを見て何とも言えない顔になって飛び付いて来た。全般的にはまどろっこしい部分もあり、素直に最初から1日まで過ごせることにしておけば、それはそれで違った楽しみ方が出来たのだとは思う。でも、付き合っていく中での緩急はやっぱりあった方が良いだろうと思うしマンネリとかいうことを抜きにしても、時々はこういうサプライズも必要だろう。そうやって生み出された「あと1日」はとても充実した1日になったのだから。。。
2007.04.30
かなり久々にディズニーランドに行った。思い返してみると前回行ったのは非独身だった頃だから実に4年以上前ということになる。GW二日目の今日は汗ばむぐらいの陽気に恵まれた為相変わらずというか、ディズニーランドらしくというか一日中何処へ行っても混雑していたけれどガラガラのディズニーランドもいかにも興醒めなのでそれはそれで良かったと思う。一緒に行った彼女も前回は学生時代に友人とということで二人揃って、変わったようで変わらない園内を記憶を紐解きながら歩き回る一日だった。しかし印象的だったのは小さな子供達の楽しそうな姿である。街中に家族で買い物に来ている子供達は何となく退屈そうで疲れた表情を浮かべたり、限界を超えて泣いたりそういうネガティブなイメージの方が強いけどさすがにディズニーランドを走り回る子供達は一様に嬉しそうだ。ところどころでは食べたい物、欲しいおもちゃを獲得できずに駄々をこねて号泣している子供も見掛けるけど彼らにしたって、楽しんでいる一環で叶わぬ願いに対して泣いているわけで気持ちとしては決してネガティブではないに違いない。自分が幼い頃ももちろん両親は遊園地に連れて行ってくれた。でも、果たしてそんなに嬉しそうに走り回っていたかというと記憶は定かではないものの、多分そうではなかったように思う。特に厳格な両親ではなかったし、乗りたいものや食べたいものは基本的に何でもOKしてくれていたように思うけど自分がそれに対して子供らしく大喜びしていたかというと自信が無い。園内を走り回る子供達に何故か自分の幼い頃を重ね合わせてそこから逆に両親の顔を思い起こしてみると何となくだけど、甲斐無い様子が浮かび上がってしまう。ただはっきり覚えているのは3つ下の妹がそういう場面を初めとして喜怒哀楽の権化みたいな子供だったから一日遊びに行けば必ず喜怒哀楽の全てをフル稼働させていてその点で両親は妹にやり甲斐を見出していたかもしれない。何となくそんなことを考えながら自分の内面の変化に気付いた。彼女と行ったディズニーランドでそんなことを考えるなんて全く予定外ではあったけれど、そこに気付いたのは良いことだ。おそらくは高校生ぐらいまでは喜怒哀楽はあんまり表に出さず浪人、学生時代で少しずつ表現力が目覚めてきて社会人になると、埋もれない為に自己主張が要求されて気が付くと喜怒哀楽を表に出す人間へと変わってきている。さらに自分だけではなく、人を怒らせたり喜ばせたりということも以前と比べると圧倒的に増えたことは間違いない。夕方休憩がてらベンチに座り、彼女にそんな話をしていた。昔の自分を知らない彼女はどこと無くピンと来ていないようでそれでも何となく想像できた様子で最後まで話を聞いてくれた。「出来なかったことが何時の間にか出来るようになったのだからそれって絶対良いことだよね」って言われて、そんな気持ちになった。人と人の間で生きる人間として感情を持った動物である人間として根幹にある喜怒哀楽をしっかり表現して生きる事を大事にしよう。そしてそれを受け止めてくれる周りの人たちを大事にしよう。自分も大切な人たちの喜怒哀楽をしっかり受け止めよう。久々に訪れたディズニーランドで、改めてそう誓う一日になった。
2007.04.29
青山円形劇場で毎年開催される鶴瓶噺。鶴瓶が毎日2時間×5日間連続でしゃべり続けるという至ってシンプルなイベントだけど今年で14回目だそうだ。5年前と3年前にそれぞれ1日ずつ参加して2時間腹筋が捻れるぐらい笑い続けた記憶がありチケット争奪戦は異常に厳しいことを承知で今年は久々に自分が東京に帰ってきた事もあって何としても獲得しようと抽選に応募しまくった。しかし、青山での開催は今年がラストという告知があって来年以降のことはハッキリしない状況だったからかいつもよりも遥かに電話もネットも繋がらず結局アウト。泣く泣くネットオークションに手を出して最初は出回る数も少ないから高騰してしまってこちらとしては2枚必要だったこともあってなかなか落とせず最終的には5日前に何とか入手できた状態だった。そういう経緯があっての参戦だったからテンションも高くそしてそんなファンが多く集まった熱気が鶴瓶にも伝わったのか定番ネタから新ネタまで次から次へと披露してくれた。鶴瓶といえば生放送で脱いだり後輩に弄られたり全然本来の地位が分からなくなるような芸風であってその落差を「媚びてる」と評価する向きも多いと思う。正直、あのキャリアでまだ「いいとも」に出てるのはファンとしても如何なものかと思う部分はある。しかし、やはりあの話芸は素晴らしい。もちろんそこには落語家という下地は十分にあるだろうし長年のキャリアを考えれば我々素人を笑わせるのは楽勝だろう。一つの話がすぐに他所へ逸れていくにも関わらず逸れた先で確実に一つ二つの爆笑を生んでおいてちゃんと元の場所へ戻ってきてオチで大爆笑を呼ぶ。決して流暢では無いけれど、臨場感が溢れるしゃべりとオチを最後までチラつかせずに巧く垂直的に落とされるからこちらとしてはノーガードで腹筋を打たれ続ける感じ。島田紳助や松本人志が「一人語りならダントツ」と声を揃え業界内にも鶴瓶ネタのファンは多いらしいけど確かにあれこそはプロの笑いだと思う。定番ネタだって毎回脚色があったり微妙に変わったりはなく毎回毎回同じテンポで同じ順序で話すからオチまで分かってるのにどうしても毎回同じ場所で同じだけ笑ってしまう。来年からライブで聴けなくなるとしたら非常に残念だ。今年が鶴瓶噺を立ち上げた元テレビ朝日のプロデューサーの七回忌らしくそれが「区切りで終わりにする」と言っていた一因なのかもしれない。300人定員の会場を満員にして毎年5日間やってきて14年。鶴瓶自身もしみじみ言ってたけど、単純計算で2万人余りが足を運び2時間心の底から腹筋が切れる寸前まで笑っている。「これは芸人辞めるまで辞められへん」という言葉を信じて来年もプロの笑いを堪能できることに期待したい。
2007.04.28
サッカー・スコットランドリーグでセルティックが連覇を達成した。それもドロー濃厚だった試合のラストで中村俊輔が劇的なFKを決めての見事なフィナーレだった。壁はこれまでの俊輔のFKを分析したかのようにいかにもコースが無くなる様に聳え立ち仮に壁を越えられたとしてもここしか来ないという場所にキーパーが構えているシフトを敷かれた状況でそれこそ壁の間を狙って奇跡的にコースが変わるぐらいしかゴールがイメージできない場面だったと思う。ところがその数秒後、自分がつくづく素人だと気付かされた。全く予想していなかったコースにボールが飛んで行き絶妙な地点でバウンドしながらゴールネットを揺らしたのだ。"ここで待っていれば壁に当たるか、難なく捕れるか"と立っていたキーパーも一歩も動くことなく、ゴールに吸い込まれたボールだけを見ていたのが印象的。実際には、プロのレベルでもそれだけ究極のゴールだったのだろうと思う。更に驚いたのはゴールを決めた俊輔がユニフォームを脱ぎながら歓喜に沸くサポーターの待つスタンドに一直線に走っていったこと。CLのマンチェスター戦で鮮やかなFKを決めたときもゴールを噛み締めるようにしながら小走りでスタンドに向かったけど今日に限っては、それこそ一目散だった。きっとそれだけの感激や充実感があったのだろうしこれまでもどちらかと言えば冷静沈着なタイプだった俊輔なので意外にも映ったし、観ているこっちまで感激した。そして、数年前にレッドソックスとのプレーオフで土壇場に同点ホームを踏み歓喜の余り、その場で何度も飛び跳ねた松井の姿と重なった。そんな俊輔を迎えたサポーターの温かい雰囲気も実に良かった。来年も残留することを決めたみたいだけど、きっとベストの選択だと思う。ベストの状態の内に日本へ戻ることを表明しているのでおそらくはもう一年セルティックでプレーした後に帰国するだろう。願わくば、スペインあるいはイタリア、イングランドリーグでそれもトップクラスのチームでプレーしている俊輔を観たいけれどスコットランドリーグだって十分にレベルは高いしCL決勝トーナメント進出を果たし、ミランと互角の戦いを見せたことでそれを証明してくれたのも俊輔率いるセルティックだった。もう十分にワールドクラスのプレーヤーになったと思う。かつてのマラドーナや現在のロナウジーニョのようにサッカーを知らない人でも名前を知っているというワケにはいなかくてもサッカーファンならその名前とプレーを知っているというレベルにはおそらくこの一年で一気に到達したように思う。セルティックに来た頃は1億円余りだった移籍金も今動こうとした場合には12~15億円に達しているらしいから世界サッカー市場でもそれだけ評価を得ていることになるし何より選手の投票で選出されるリーグMVPの栄誉を日本人として初めて得られたことでも異議は無いように思う。2010年まであと3年余り。その前に課される厳しい予選までは2年しか無くなっている。ジーコの後を継いたオシムジャパンも正直に言えばまだまだ不安定だ。若くて新しい血を次々と投入し、可能性や幅を広げる戦略は良いけど今年はいよいよその形を具体化していく一年にして欲しいしやはりチームを率いるリーダーとして俊輔に頑張ってもらいたい。
2007.04.23
前々から行きたいと思っていた御殿場アウトレットへ。HPを見てショップラインナップを確認する度に『行きたい、ガッツリ買いたい!』という思いを募らせつつ決して近くはなく、しかし遠すぎない微妙な距離を言い訳に今日まで足を運べてはいなかった。しかし金曜日に貯まっていた出張精算金がどっと返って来てしかも何の用事も無い一日はまたしばらくないという絶妙な背景がこれまでの距離の壁を一気にブチ破ってくれた。あれやこれやと買い込めば袋だらけになるから車で行こうか。いやいや周辺渋滞が烈しくて駐車場キープや帰路が大変。。。と迷った挙げ句、初回だから様子見ということで電車を選択。当日だと空席が無いかもしれないという情報を入手して大慌てで小田急ホームページからネット予約の手配をした。朝は仕事に行く時間には起きて準備を整え小田急に乗り換える町田に向かいながら早くもワクワクが止まらない。買い物自体、凄く好きでも大嫌いでもない(経済事情にも依る。。。)がこんなにテンションが上がった状態で何らかの店に向かうのは珍しい。同僚か友人を誘う手もあったけど、広い敷地を片っ端から見て回るには一人の方が好都合という考えの下で一人旅を選択したけどドトールでパンとコーヒーを買い編集し直したMP3と読みかけの小説を携えて気分は本当にちょっとした旅行だった。いざ御殿場に着くと高麗地らしく冷えた空気と速い雲の流れを感じほんの時折雲の切れ間から覗く富士山は週末の大雪で一段と大きな白い帽子を被っていた。着いたのが11時ということもあってバスや道はそんなに混んでいない。しかし現地に辿り着くと、そこには既に多くのお客さんが居た。ショッピングゾーンに隣接した駐車場は開店前に満車だったらしい。前夜シミュレーション及びリストアップを念入りに行っていたのでまずはその順番に回っていくことにした。敷地のレイアウト的に一番奥まで行ったら折り返すしか無かったから進んでいく中で気になった店は帰りに見れば良かった。予算はやや高めに設定していたのに実際には結構迷ってしまった。『まだまだ見る店はあるし、ここでこれを買ってしまったら・・・』の脅迫観念になかなか財布は"開"にはならなくて結局往路では店ごとに欲しいものをリストアップした。約1時間ちょっと掛けて全ての店を見尽くしてコーヒーショップでリストアップした一覧と財布の仲裁をして復路では一つずつ気になったものをもう一度確かめながら買って行った。最終的な戦利品としては・腕時計(スウォッチですが。。。)・ネクタイ2本・ワイシャツ1枚・食器とタオル類少々ちょうど大き目のデパートの袋一枚分に収まるぐらいのコンパクトさで予算的にもオーバーすることなく、しかし御殿場まで来ただけの成果は得た。結局現地滞在は3時間弱だったけど、十分過ぎる下調べと何より一人でホイホイ動けるスムーズさのお陰で完全に網羅できた。女性同伴者が居たとしたら現地フリータイムにするかずっと一緒に見て回るなら一日掛かりにしないときっと無理。それぐらいショップラインナップも個々のショップの品揃えも充実。それこそ車で行くなら開店前着で現地を目指して15時ぐらいに切り上げられれば、そのまま富士山五合目経由で中央道へ抜けドライブしながら帰路に着くというのが最良のルートかもしれない。アウトレットはこれまでも何ヶ所か行った経験はあって実際には充実度がイマイチなのでリピートしたことはほぼ無いけどこの御殿場に関しては非常に満足度も高かったので半年に一回ぐらいは物欲を満たし、綺麗な空気でリフレッシュする為に足を運んでも良い様な気持ちになった。
2007.04.21
今年の皐月賞は痛快且つ絶妙な逃走劇に沸いた。田中勝春騎乗のヴィクトリーが馬の行く気に任せて逃げてそのまままんまと後続を封じ込めて逃げ切ったけれど展開のアヤを超えた馬の実力と騎手の勇気がファインプレーの裏側にあった様に思う。まず馬はビッグレースを勝っても不思議無い良血だった。それを裏付けるようにデビュー戦で能力の違いで5馬身差の逃走を決め二戦目でもキャリアの浅さを克服して2着に食い込んだ。その後、軽度の脚部不安を発症したものの前走のオープン戦では再び逃走して優勝。血統的に距離が長いレースが向きそうな馬なので今回の皐月賞はステップとして、本当に目指したのは5月の日本ダービーや10月の菊花賞だったと思う。能力の開花と共に荒すぎる気性面の成長も待たれたからだ。調教時には必ずと言って良いほど乗り役を振り落とす。ベテランの調教助手が乗ってもペース配分など一切無視して自分の走りたいペースで序盤からブッチ切ってラストはバタバタ。そんな調教師か出来ない馬でビッグレースを制した例はおそらく無い。そして今日の皐月賞にしても行きたがる気性はそのままだった。正面スタンド前からスタートすると湧き上がる大歓声にスイッチオン。そのまま1コーナーを回る頃には一気に先頭に立った。普通なら引っ張ってでも2、3番手に控えたいところをこの馬に初めて乗った田中騎手は敢えて行きたいように行かせた。レース後のインタビューでは「物凄い勢いでなだめる自信が無かったから」と冗談と本気が半々でそれでも最後まで粘り切らせた腕前はさすがにトップクラスの騎手のもの。ビッグレースでは後続馬の格好のペースメーカーになりたくないので普通は格が落ちる馬が奇襲戦法的に逃げを打つことはあるが今回はそこそこ人気があって実力も確かな馬だったから逃げて凡走ではレース後に叩かれる事は必至な状況だったのに覚悟を決めて馬の気に任せられる勇気がアスリートのそれだと感じた。騎手自身も15年振りのG1制覇。「あぁ、こんな感じだったかなと少し思い出した」とお立ち台で笑っていたがこの15年に惜しい2着は何度と無くあったのでホッとした事だろう。さて、次は3歳馬にとって最高の栄誉が懸かる日本ダービー。本来なら獲ってもおかしくないだけの血統背景を備えつつもまだまだ幼くその風格は備えていないヴィクトリーが勢いで勝つのか。それとも今回人気を背負って敗れた馬が巻き返すのか。東京競馬場の2400mなら展開のアヤも紛れも無い実力勝負になるしどの馬が一番強いのか、じっくり見極めたいと思う。
2007.04.15
今の職場に移ってきて早4ヶ月弱経った。本質は変わらなくても進め方や判断基準が変わり基本的に社内に居た以前と比べて週の半分は外出している今はリズムが全く違う。そんな中で何とかフィットさせようと努力してきた。本来ならもっと突き詰めたいところを妥協したりスピードの速さに対応し切れず苦悶したりそういうことを辛うじて乗り越えてここまで来た感じ。そういう紆余曲折を経て最近見えてきたもの。・・・どうやら自分は駆け引きが苦手である。『もうそんなんええから、ホンマのところはどうなん?』が常に自分の仕事に付きまとっている気がする。自分自身が全てに対して常に本音で言い訳無しではない。時には巧くすり抜けて時間稼ぎをしたりもする。でも、以前の職場では1000分の1ミリを詰めていたからかいい加減なやり取りでその場を立ち去っても数日後、数週間後にその1000分の1ミリが跳ね返ってきた。そんな教訓から、基本的には本音や真実でのやり取りが主体だったし自身もそう心掛け、周囲にもハンパは認めなかった。「できないものはできない、あと二日欲しい」を正直に言われて納得した上で、その二日間をスケジュールに組み込んでいた。しかし、今の職場はその辺が凄くルーズ。製作を依頼している協力会社もそれに影響を受けているのか明日納期のはずなのに前日夕方に「明後日が目一杯」と言ってくる。それを「仕方無いよね」で済ませてしまう空気。先日堪り兼ねて事情を聞くべく呼びつけた事がある。今までの感覚として、"約束を守れず謝る"のだから出向くのが当然で自分がその立場だったら場所を問わず行くだろう。しかし、その業者は「どうしても時間が取れないので来て頂ければ説明する」と言い出した。社会人として自分が持つ限度が凄く低いのかもしれないけどもうその時点で沸騰してしまっていた。電話でグダグダやるのは嫌いだったけど10分近く捲くし立てた。結局ちゃんと来て苦しい説明を聞かされたものの矛盾だらけの言い訳はどこからでも崩す事が出来たし自分の性格からして、そういうのは基本的に大嫌いなので後々『やり過ぎた』と反省するぐらい、バラバラにしてしまった。前職では営業やマーケティングという立場で客先に出向き確かに苦しい言い訳をして窮地に追い込まれもしたし技術部隊の盾となるはずが、純度の高い油を注いだこともあった。その過程で学んだ交渉時の注意事項は今でも大切にしているし少しずつリバイスしながら、現役を引退するまで自分の糧にしていくはず。どうしても譲れない自分の基準ていうものが出来ている歳でありむしろ無い方が問題だと考えている。一方でそれを押し付けがちな自分の性格もまだまだ改善の余地があるしそれを知らん振りしてこのまま生きていけるとも思わない。ただ、自分の味方であるべき自分の職場の空気がどちらかというと自分とは対角の雰囲気になっている事が今一番ストレスを感じることである。毎日足を運び、一日の大半を過ごす場所だけに深刻である。ゆっくりやっていくしかないとは分かってるし会社を出て飲みに行ったりすると、相当盛り上がって良い感じなんだけどなぁ。
2007.04.13
開幕したばかりのMLB。それなのにヤンキースの松井が左大腿部の軽い肉離れで故障者リスト入りしてしまった。日米通算2000本安打まであと10本と迫りその達成を機に今年は大爆発して欲しいと期待していたから何とも残念というか、拍子抜けした気持ちになった。昨年は5月に左手首の骨折をプレー中に負い9月までの約4ヶ月を休養していた。松井といえば、プロ入り2年目から休み無く試合に出続けていて「野球が好きだし、自分を観に来てくれるファンの為にも」とスランプであったり、どこかしら体が痛いという日でも黙って打席に立ち続けてきた男である。日本人ホームランバッターといえば王、田淵、門田、落合と錚々たる面々が思い浮かぶけれど、それらの偉大な打者と比べても松井のホームランはとにかく「速く、遠くへ」が魅力で一度だけ東京ドームでライブで観る事が出来たけど打球が上がった瞬間の『あっ』からスタンドに落下したのを確認した『凄ぇぇ』までが本当に一瞬の出来事だったのが、今でも鮮烈な記憶である。楽天・野村監督が「速い球を投げる、打球を遠くへ飛ばすの二つは野球人として天性の才能だ」とかつて言っていた記憶があるけどその時に「遠くへ飛ばす」については松井の名を挙げていた。そして「だからイチローより松井の方が打者として天才だ」とも。ここでイチローと松井の打撃を比較するつもりは全く無い。ただ、数々の記録を打ち立ててMLBでもスーパースターとしてファンの注目を集めているイチローに当たるスポットライトの量と松井に当たるそれとが余りに違い過ぎるのが悲しい。もちろん、松井だって一流として認められていて年俸ランクならイチローと変わらないぐらいに上位に居る。でも、日本でファンの夢としてスタンドにアーチを架けていたのがMLBに行ってからバッタリ減ってしまった事が残念で『松井ならアメリカでも打ちまくる』と期待していた自分としてはやっぱり絶対的な物足りなさを感じる。球場の広さ、ボールの違い、投手のレベルの高さがそれぞれ日本よりもホームランを打てなくなった要因だろうけどそういうものもパワーと技術で弾き飛ばしてくれると信じていたしまだまだ続く現役生活で、何とかアメリカのファンにも「オレはゴジラのホームランをこの目で見たんだ」と言わせて欲しい。それともう一つ。シーズン中も何度と無く対決し、新たなライバルとなるであろう松坂がライバルチーム・レッドソックス入りが決まったにも拘らず対戦したいバッターとして松井に触れもしなかったことは自分的にはかなり屈辱的な出来事として残ってしまっているので是非とも初対決で打ち崩し「もう松井さんしか見えない」と言わしめて欲しい。去年に続き、シーズン序盤での休養を余儀なくされたけどこれも災い転じて・・・となるように今はしっかり休んで治し復帰後は毎試合のように火を噴くゴジラとして頑張ってもらいたい。悲願のワールドシリーズ制覇はもちろんのこととしてもう一度ホームランバッターとしての復活を願う。
2007.04.09
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