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彼と別れたのはある事件がきっかけだった。それから全てがぐちゃぐちゃになり、天と地がひっくり返ったような、もうそれはひどく感情的な別れ方で。でも今回彼に久しぶりに会ってみて気付いたことがある。それは、私たちが別れたのはその事件が原因でではなかったということ。結局二人は性格的に合わなかったのだということ。その事件が起きなくてもいずれ似たようなことが起こっていたと思うし、私たちが人生において大切と感じることは、表面的には全く同じものに見えて実はかなりかなり違うもだったのだろう、ということ。最近も街で似たような背格好の人を見つけると彼かもしれない、とベビーカーを止めて目で追っていた私。いや、そんなはずない、彼はシドニーにいるはずない、と自分を諌めていた。常に考えなくても時々やっぱり考えてしまう、彼はそういう存在だった。これからももしかするとずっとそういう存在であり続けるのかもしれない。だけど、ひとまず、今回彼に思い切って会ってみて、本当によかったと感じたのだ。それは私にとって彼は過去なんだと確信出来たから。私はリチャードと一緒になって本当によかったと改めて感じることが出来たから。彼の妻でよかった、と感じる瞬間ですね。リチャードは私を不安にさせたりしない。元彼との恋は本当に常にドキドキして、ものすごくロマンティックで、毎日がドラマのようだったけど、、、、私は結局振り回され、彼にいつも不安な気持ちにさせられていた。帰ってからしばらくして、リチに、”ねぇ、私の夫でいてくれて本当にありがとう。”と言わずにはいられなかった私。リチャードは何も知らずに(ごめん)とても嬉しそうにしていた。(別に何もなくてもたまにはこういうことを言うこともあるしね、別にすごくすごく怪しいことではないんですよ!)でも本当にラッキーです、私。色々愚痴はあっても、やっぱり夫婦ですね。ちゃんちゃんっ。(オチがなくてあんまり面白くなかったですねー、すみません!)
September 25, 2005
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実は今回元彼と会うときに、ぎゅーっと情熱的なハグをされたらどうしよう、もしかして熱いキスまでされちゃったらどうしよう、とかなり妄想が入っていた私。いやでも多分、実は軽く頬に挨拶のキスをされるだけかもしれないし、もしかしたらハグさえないかもしれない、まー、いいや、あまり考えすぎないようにしよう、と。どっちにしても彼を見た瞬間体中に電気が走るような感覚をまた覚えるのではないか、または倒れそうになるのではないか、と自分の感情がどうなるかにも自信がなかった。結果はですね、意外にもそういうコントロール不可の感情がなかったの。これは本当に私にとってはほっとする事実。だってまだ彼のことを大好きで引きずっているということがわかったら、それはある意味悲しいもの。まぁねー、会うときと別れるとき、実は彼の今の彼女の監視下だったのよー。そんな情況で情熱的なキスとか何とかあるわけないよね。会うときも別れるときも私は彼女の手前どうしたらいいか少し戸惑ったんだけど、彼の方から普通にハグとほっぺにキスされた。まぁ、久しぶりだしこちらでは挨拶で当たり前と言えば当たり前だけど。そのときね、何だろう、一瞬時が止まると言うか、その瞬間がものすごく長く感じるとか、彼女がいなかったら、もしかしたらそういう感覚になったのかもしれない。でもそうじゃなかった。普通に挨拶って感じ。彼と4年前別れたときは彼に指一本触れることがどんなに愛しく感じたか、それだけで震えそうだったのに。時間が解決してくれることも世の中には沢山あるんだな、と。ただ、彼女が私たちがハグ&キスをするのを見る目が、やっぱりかなり複雑な感じの目でしたね。そりゃそうだよ、だって、今の彼と色々あって別れた元彼女だもん。彼のことだからまた言わなくてもいいことまで私のこともべらべらしゃべってるはず。その彼女の目を気にしながら、その一瞬はある意味やっぱり長かったのかもしれない。彼は彼女の前でではないけれど、私が会ってくれてよかった、と言った。もう会ってくれないかもしれないと思ったから、と。これで彼も少しは吹っ切れてくれればいいのだけれど。何でも終わってしまった恋は綺麗に見えるもの。楽しい時の思い出だけが鮮明に残る。本当はひどい思いをしたことも沢山、沢山あったのに、、、。別れ際、"Nice meeting you."と握手をするため彼女に手を差し出したのは私の方だった。少し立ち話で場が和んでいたような気がしたので、打ち解けた気がしていたのだが、、、、彼女の手を握ったとき、その力のなさに、一瞬どうしていいかわからず、そのままするっと滑り落ちるように握手は終わった。ああいう握手をしたのは初めてだった。やっぱり、彼女と私とを会わせた彼の決断は普通じゃないと改めて感じた。もちろん、その条件で会うと決めた私はもっと自分勝手なのかもしれないけれど。
September 25, 2005
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マフィンをほおばりながらピクニックキャッチアップを続ける私たち。このように相変わらずの彼(ネガティブな意味で)に半ば呆れながらも、中には涙が込み上げてきそうな場面もあった。それは彼が私が持って行った何枚かの写真の中にウェディングフォトを見つけたとき。まぁ、どんな不細工なお嫁さんでもみんな結婚式の写真を見ればこう言うでしょう。”とっても綺麗だ。本当に、、、。”彼はその写真をじっと見つめていた。このありきたりの誉め言葉が、それが色々思い入れのあった元彼から出た言葉だったので、やっぱり私は平常心を保てなかった。全身が熱くなって言葉が出てこなかった。何だろう、もう一生人を好きになれないかもとさえ思ったのに、今はリチと海がいて、私は幸せな生活を送っている。あの時期を乗り越えることが出来たこと、そしてこの幸せな報告が彼に出来たこと、そして、彼と着るかもしれなかったウェディングドレスの写真をこうして彼に見せていること、、、。最近の私らしくもなく、かなりセンチメンタルな感情が込み上げてきた。海は最初知らない人だから人見知りをしたのか静かだったが、そのうち彼とボールで遊び出し、笑顔も出てきた。彼に抱かれても平気でいる。と、彼が口を開いた。”今あるこの風景が自分のものだったらいいのに。君が僕の妻で、この子が僕の子供で、家族で一緒に公園でピクニックをしている。どんなに素敵なことだろう。”(↑全く、こういううまい言葉に今も昔もずっと騙され続けましたね)さらに、別れる直前には、私の婚約指輪も気になったらしく話をそちらに持っていった。ひそかにその指輪をじっと見ていた彼。そんな一瞬一瞬にドキドキしてしまう私。一番ジーンときたのは、”僕がいつもそう思っていたように、君はとってもいい母親になったね(←事実はどうか別として少し会っただけなのでそう見えたのだろうか)。君は素晴らしい妻、そして母になることを僕はいつも知っていた。将来君と結婚するラッキーな誰かがこの世の中にいることも。”でも最後まで、私が今幸せな生活を送っていることを嬉しく思う、とは言わなかった。夫とはうまくいっているか、とか、言いにくいが私ができちゃった結婚をしたときはあまりハッピーに思えなかったけど(フリーページ参照)などと言っていた。彼が自分の人生において彼なりの幸せを見つけるのはいつの日になることかしら、、、。私が心配することじゃないけど。そして彼の今の彼女は、、、(続く)
September 24, 2005
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彼は言うことはかなり優しく、ものすごくロマンティックで、女の子の多くがメロメロになるタイプ。っていうか、やっぱり私を含め見る目のない女がハマってしまうのかもしれない。私と付き合っている時も、”もし自分の子供が女の子だった場合、愛する妻の分身が出来て、愛する女性が二人になる。小さな愛する女性の分身がそこら中を走り回る。愛する女性に囲まれて生活する。それってどんなに素晴らしいことなんだろう。”とか、”君との子供の名前を考えよう。男の子だった場合と女の子だった場合、両方考えておこう。”とか、お決まりのキザなセリフ(っていうか、こういうのに感動していた私、バカですね)を連発していた。結局は泥沼で別れてしまったけど、そのあと付き合った女性にも私と全く同じようなことをしている。先の彼女はまたかなり傷付けて別れてしまったようだし、今回の彼女も結婚したがっているようなのに、彼にその気はないらしい。ちなみに私は当時結婚願望がなかったので別れた理由は別にあるのだけれど。常に結婚、子供、と落ち着きたい願望だけは強いのに、誰と付き合っても幸せに出来ない男。彼はそんな人だ。とっても優柔不断で優しく人を傷つける。今もやはり、”だって、僕は子供が好きだからもし子供が出来たら彼女より愛してしまいそうで怖い。それが怖くて結婚に踏み切れない。”とかまたアホらしいことを言っていましたね。わたしは、”そんなの当たり前じゃん。パートナーを愛していたら、その愛が減るわけじゃなくて、今まで知りえなかった、それよりさらに大きな愛情が子供に対して湧くわけで、それのどこがいけないわけ?”と言っておいてやった。さらに、”今の彼女がいい母親になれるかどうかわからない。どんな母親になるか想像出来ない。”とも言っていたが、”そんなの想像したり、話し合ったりするだけムダよ。彼女の性格に問題なければそれでいいじゃない。だって私だって子供が生まれるまで自分がどんな母親になるかなんて想像もつかなかったよ。”と言っときましたね。さらに、”周りには離婚するカップルが多すぎて、、、自分も自信ない。”まぁ、これは私も以前思ったことが歩けど、結局先のことを考えすぎても始まらない!うだうだ考えすぎている間に年をとっちゃいますね。
September 24, 2005
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事前の連絡で知っていたが、彼は今の彼女とシドニーに来ている。でも彼女は彼が私と会っている間買い物をすると言っていた(こういうやり方はかなりプレイボーイの彼らしい)。彼女も来るんだったらやっぱり会わないことにしようと思っていたが、そういうことならやっぱり会ってみようと思った私(←彼女には悪いと思ったがやっぱり会いたい気持ちの方が強かった)。待ち合わせ場所でそわそわ待っていると、彼が現れた。、、、と、彼女も一緒だった(爆)。っち、やっぱり気を変えやがったか、彼らしいなと思ったが、そのあと挨拶だけしてやっぱり彼女は買い物に行ってしまった。彼女は29歳のオージー。私と別れたすぐあと付き合い始めた彼の元カノはブロンドだったので、今回の彼女もまたブロンドかと思ったらダークブラウンヘアだった。ちょっと意外な地味気なタイプ。それから彼と二人きり(プラス息子)で過ごすこと2時間弱。ここ何年かのニュースを聞いているだけであっと言う間に時が過ぎた。私があれから変わったのは、香水左手薬指のリング産後の肉付き(涙)彼も見た目は少し小じわが増えた程度であまり変わりはなかった。そして中身も、かなり変わりなかった。やっぱり彼は彼だった。
September 24, 2005
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昨日はかなりハイな感情で準備。海がいるため元彼とは公園(先日に引き続きまたオペラハウス近くの植物園に行くことに)で会うことになったので、ピクニックの準備に精を出す。今回作ったのはポテト&チーズマフィンダブルチョコレートマフィンフルーツサラダおにぎり(海用)(→こんなことはしょっちゅうしているのでリチも特にどうこう思うことはないらしい。)そしてムダ毛処理プラスお肌の手入れに精を出す。(→こんなこともたまにはしているので、やっぱりどうこう思うことはないらしい。)今朝は特に気合を入れてメイク。と、あまりにも時間をかけていたからか、ついにリチ、”Mika、いつも言ってるじゃないか、君にメイクは必要ないよ。そんなにしなくてもいいのに。”(→ちなみにもう三十路なので本当はマジで必要である。さらにこういう気合を入れている時に限ってマスカラで目潰しをくらい、苦しんでいる間に目の周りも黒くなってやり直すことになるのだ。リチには”いつも言ってるじゃなーい、もう年だから必要なのよー。”と言ってごまかす。)そしてレジャーシートも、水筒も、海のボールも持ったし、、、これで準備万端。あとは、本当に、本当に、、、、あの元彼と会うことになるのね!ちなみにリチにはママ友と会うと言って出かけましたね、嘘も方便です(??)
September 24, 2005
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忘れた頃にやってくる、それは元彼からのメール。かなり久しぶりだったが、今回はキャンベラでのスキーの後シドニー経由でブリスベンに帰るので会えないかとのこと。彼からのメールが来たのを発見するだけで、心臓がドキドキする。内容を読んで体全体がしびれるような、すごい衝撃が走った。もう彼と別れて丸4年になる。あれから一度も会っていない。もう一生会うこともないかと思っていたのに。誰でも一生の内一度や二度は気が狂うような恋をすることがあるのではないかと思う。私にとって彼はそういう存在だった。多分一生忘れられない。今のパートナーリチへの平和な愛情とは違い、もう自分ではどうにも出来ないすごいパワーでコントロールされていたような気がする。リチと付き合い始めてからも随分長い間彼のことが忘れられなかった。そのためリチとの別れを考えたことも何度もあった。以前は写真を見ただけで涙が止まらなかったし、ましてや会うなんてとんでもないことだと思っていた。またあのどうしようもない感情が戻ってきそうで怖かったのだ。いくら気持ちの上で整理をつけた人でも、会ってしまうと自分がどうなるかわからなかった。今回も随分迷った。でも、今回は何故か会いたいと思ったのだ。それも二人ではなく、1歳8ヶ月の息子海と一緒に会いたかった。一度は深く愛した女の子供を彼に見てもらいたかった。そして子供が大好きな彼が我が子とどう接するか見てみたかった。何となく、彼が父親だったらどんな感じだったか、その雰囲気を確かめてみたかったのだ。自分への言い訳かもしれないが、今息子は言葉も出て来て可愛い時期で遊び甲斐もある。さらに海の年齢がこれ以上上がるともっと情況が深く飲み込めて、例えばリチにも何か言うかもしれない。それを避けるために、そして元彼に一度は自分の子供を見てもらいたいために、今回会うことに決めた。結果は、本当に会ってよかった。。。。
September 24, 2005
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明日はシドニー25度になるそう。オペラハウスとハーバーブリッジを臨むボタニカルガーデンでママ友たちとピクニック予定。普段はバスで行くところをシドニーハーバーをフェリーで寄り道しながら行く予定なので子供たちも喜ぶだろう。左から明日のリチ、私、海のお弁当。朝作る暇がないので今晩作っちゃった。リチのご飯の上には今晩のひじき入り麻婆豆腐の残りをのっけてみた。海のには彼の大好きな人参のグラッセ&トマトを沢山。みんな美味しく食べてくれますように!
September 21, 2005
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週末にはかなりブルーな出来事があり、、、、。はぁー、今日も何だかまだ引きずってる、、、。愚痴日記になりそうなので、見たくない人はとばしてください。土曜日は家族で初めて最近出来たCross City Tunnelというシドニーの街の中心部分地下を横切るトンネルを通ってボンダイビーチに行ってきた。Pyrmontというシティの西にあるこの地域から何と15分でビーチまで行け、感動!今まで距離的にはそんなにないのに、シティ付近の渋滞のため結構時間がかかっていたボンダイへの道のり。これで今年はもっとビーチに行けそうだわ。海も大喜びだった。横着をして昼も夜もカフェでご飯。楽チン&楽しい週末だわ~!なんて思っていたら、日曜日はとんでもない展開に、、、、。数ヶ月に一度は大家族みんなが集まるリチファミリー。日曜日はそれも宗教関係(彼らは敬虔なカソリック)の集まりだったので家族でただ1人カソリックでない私はただでさえあまり気乗りしないイベントだったのに。まぁ、行かなきゃいけませんね、一応嫁なので。最初は”私の考えすぎかなぁ。”と思っていた姑の私への嫌味。最近拍車がかかってきて、いや、これは絶対、私の考えすぎではない、と今回確信できた。いつも私がペーパードライバーで運転する気がないことが気に入らず、いつ練習して、いつウィークディにも孫を連れてきてくれるのか、と聞いてくる彼女。大体毎週末会いに行っているのよ。私が例え運転してもあんたたちなんかの所へ、それもリチなしで行ったりしませんよ!!今日の尋問はこう始まった。リチが帰りの運転があるからワインは一杯にしておく、と言った時のこと。”今日はどっちが運転して帰るの?”、、、、、、、、、、ここで私は固まった。あれだけいつも”いつ運転するの、いつ運転するの、とうるさく聞いてくる姑がリチと私のどちらが運転して帰るのかと聞いているのだ。そしてすぐに続けて言うには、”あぁ、そう言えばMikaは運転しないんだったわね。それで、いつ練習を始めるの?”、、、、有り得ない。こうして大家族のランチの席でみんなの注目を集める。つまりこれが彼女の手。それからじゃあ今シティ(シドニーの中心部)にはどのようにして行っているのか、バスや市電を使っているなら料金はいくらか、あら高いわね、と嫌味が続く。大体車でシティなんて駐車が大変なので、この辺りに住んでいる人は誰も車でなんか行かない。駐車料金の方がよっぽど高くつくわ。そしてこれは今度はリチパパも一緒になって、”最近イタリア人夫婦の友人から聞いた話なんだけど、彼らは子供が小さいとき、家庭ではイタリア語しか話さなかったと言っていた。だから子供たちが学校に行き始めて初めて英語を習ったらしいんだ。とってもStrangeな話だね。”はぁ???あんたら自分たちが移民してきたオーストラリアが英語を話してからイギリスと同じ言語だっただけで、もしそれがフランスだったら家でフランス語しゃべるんですか?日本だったら、日本語をしゃべってるの??私の周りの日本人夫婦はみーんな、オーストラリアに住んでいても家では日本語よ。それが普通だと思いますけどね!それでバイリンガルになるんだったらそっちの方がよっぽどいいと思いますけど!と心の中で叫んだがああいえばこう言う人たちなので言わなかったけど。大体、このリチパパ、医者をやってたくらいの人なのに、この前インドネシアの言語はアラビア語だなんてとんちんかんなこと言ってましたよ!!!彼らのアジアに対する理解って何ですか!?昨日もまた恐ろしい眉間にしわをよせた顔で私たちの方を見ているのでドキドキしていたら、リチが”お母さん、どうしたの?何か問題ある?”と聞いてくれた。私には一回も聞いてくれたことがないけど、”リチャード、疲れているように見えるけど。仕事のストレスなの?”と心配そうに聞く。私が妊娠中、リチが飲んだくれて朝帰りしたときも、”リチャード、聞いたわよ。今日はゆっくり休みなさいね。”ときたもんな。そりゃ、やっぱり実の子が、それもリチは6人兄弟の末っ子だし、それはそれはかわいいよねぇ。しつけにもかなり厳しい人なので、海がmisbehaveしようものなら何を言われるかわからない。目を光らせてそそうのないようにしなければいけない。この前も”子供が我がままになるかどうかは親のしつけ次第です。”と怖い顔をされた。6人の子供を育て上げたプライドも十分感じられる。文化の違いに関しては、彼ら(特にリチママ)の言いたいことは、郷に入っては郷に従えということだろう。彼らの話を聞いていると、私が海にいつも日本語で話し掛けることも、私が日本にちょくちょく帰ることも、私が和食をよく作ることも、私が日本人ママ友に会うことも、快く思っていないことがよくわかる。いつも海をオージーのプレイグループに連れて行ってるの?とか英語で話しかけないの?とか聞いてくるのだ。宗教に関しては結婚するときに改宗するのかと聞かれましたね。全くする気はなかったのでしないと答えたが、自分たちに全て合わせることを期待する彼らに本当に驚いた。挙句の果てには自分たちは昔お金もなく、イギリスにいる親の死に目にも会えなかった、とある意味プライドを持って言う。何ですか、私にも親の死に目に会うなと言いたいんですか?大体子供6人を皆プライベートスクールに入れたはいいけど、今はその6人全員から経済的な援助も受けているんですよ。それなのに意外といい買い物をしていたりして、あなたたち、本当に私たちからのお金必要なの?この間いつものように私が海に日本語で話し掛けることに対してまた嫌味っぽく言われたので、国際結婚をしている日本人の友人が皆言うことだが、いくら母親又は父親だけが日本語を話しても、いずれ住んでいる国、ここではオーストラリアの英語が優勢になり、日本語をキープする方が難しいのだということをきっぱりと伝えた。ところが一蹴、"I don't think so."ですと。話になりませんわ。リチのお兄さんがフィリピン人と結婚したときも、あの娘は財産目当てだとか、フィリピン人は気性が荒い、などと言って色々心配してたらしい。結局はリチ兄よりよく稼いでいるくらいで、夫が求職中のときはかなり長い間1人で働き彼をサポートしてましたよ。私は出来ちゃった婚だったけど、最初に家族から中絶の可能性(私がオーストラリアでやって行けるのか、宗教の違いは、などと詰問された。もしダメな場合結婚も子供を持つことも考え直した方がいいということだった。)なんかについて話をされたときにはこんな私もかなり泣きましたよ。普段言いたいことはズバズバ言う私も昨日はかなりブルーになって、帰りの車の中で涙が止まらなくなった。もう、家族全員イベント以外は本当に行きたくない。毎回何かしら嫌味を言われるんだもの。リチは間で気を使ってお義母さんのことは気にしなくていいと言うけれど。私は大のおじいちゃん子なので海にもじいばあと出来るだけ会わせてやりたいと、私の気持ちは別として毎週連れて行っているのに。おまけに毎回手作りのお菓子やパンなど貢物も用意してね。もう、ほんと、しばらくは、適当に理由を作って行かないわ。はー、でも人間結婚を通して成長するってこういうことなのね。嫌なことも受け入れ、それなりに我慢していかなきゃいけないんだもの。世の中には同居して苦労している人もいるわけだし。それに、考えてみたら私の元彼のママなんて、リチママの100倍ひどかったわ。私がYesと言えばNo、Noと言えばYes、全て逆意見で、敵対心丸見えだったもの。あれよりかはましだわ。だけど、私もいつか海のパートナーとごたごたしているのかも。時代は繰り返されるのかなぁ。だから女の子がよかったのよねー、なんて。結局は母親と子供のつながりが一番強いんだから母を敵に回すと大変なのよ。
September 12, 2005
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最近近所の仲のいい日本人のママ友3人が日本帰国の話で盛り上がっていた。オーストラリアから日本って独占市場なのでかなり高く、今時安いチケットでも直行便だと10万を越える。大体私はいつも海のものも合わせて15万くらい出して帰っている。なのでママ友の多くは日本に一度帰ると最低1ヶ月は滞在。35日FIXの次が90日FIXなので、せっかく割高のチケットを買うならと、2~3ヶ月帰る人も少なくない。年に2度1ヶ月ずつとか、年に一度3ヶ月とか、そんな感じ。海が生まれてから私は35日ぎりぎりまでの滞在でしか帰ったことはないが、子供が2歳になると今までの大人の10%料金のチケットから突然上がって75%払わなければならなくなる。なのでそうなると今までのように年に2度の帰国は難しくなりそうだ。なら年に一度思い切って3ヶ月近く帰りたいなぁ、と思っているのだが。みんな大体同じようなことを考えているらしいのだが、要はパートナー次第、だよなぁ。その友人たちの旦那さんは皆日本人だがこちらで仕事をしているし、3ヶ月くらいの帰国も許してくれるとのこと。ところが、、、リッチとなると、、、、。そうはいきませんね。1ヶ月だって淋しい淋しいの繰り返しでなかなかいい顔をしてくれないし、この前日本から帰って来たときには、姑にも、”Richard was missing you!"と嫌味を言われたもんな。そのあとにとってつけたように、"we missed you too."って言われたけど、いかにもうちの可愛い末息子をよくも置いて帰ったわね、と言わんばかりだった。この間なんて耳を疑ったけど、うちの85歳になる最愛のおじいちゃんが入院したということも知っていて、”カイはひいおじいさんとはこれからいくらでも会えるわ、まだ沢山時間があるものね。”なんて言うのだ。おい!!85だぞ、ババァ!!(失礼、、、)私がなるべく日本に帰りたい理由の第一が、海をおじいちゃんに会わせる事なのに。姑は長生きしそうだけどなーーーー。まあ、とにかく、長期で帰るのはかなり勇気がいる。帰りたいけど、かなり難しい。それに、リチャードを1人置いて行って浮気されやしないか!?いや、リチは優しい人だし、そんなことをする人じゃないと信じているんだけど、、、、例えば私がダーと海チに1人置いて行かれたとする。1ヶ月、とか3ヶ月とか、、、?そ、それって!!!!???絶対私浮気するーーー!!!こう見えて実は結構寂しがりやの私(意志が弱いだけとも言う)。彼がいつも一緒にいてくれれば変わらぬ愛を確信できるのに、いったん体が離れてしまうと、これってヤバイかも、という自分のとーっても意志の弱い部分に気付かされたこと、いままで何度もあり。そしてたまにセカチューとかヘビーかつピュアな恋愛ものを見ると、突然又自分の心を改め、リチに優しくしてみたりする(←単純、実はこんなときリチにどうして今日は優しいの?と聞かれたことも何度もあり)。あくまでも、私の目標は若くして愛する妻を亡くしたのに、年をとってもずーっと、ずーっと、愛し続け、庭の花を摘んでは自転車でお墓に届けていたうちのじいのような生き方。だけど、だけど、、、自分の立場に置き換えて想像してみると、やっぱり3ヶ月ダーリンと海チと離れ離れになるのって、、、それって辛すぎる!!!グレてやる!!ヤケになって、もう何でも何でもやってやるーーーーーー!!!!と突っ走ってしまいそうな予感。そんな自分なので、置いて行くことになっても、その罪悪感からリチの浮気を心配してしまう。だって、、、、もし私が置いて行かれたら、”私を置いて3ヶ月もいなくなってしまうなんて、例え私が浮気したって、私のせいじゃないわーーー。”と叫んでいるだろう。(↑いや、結婚ってそういうものじゃないはずだ、が。それによく考えると、今までいつもいなくなっていたのは私で、リチは忍耐強く待っていてくれたではないか!!バックパッキング中は7ヶ月も離れていたのに!置いて行くのは構わないっていうのは自分勝手すぎやしないか?)あーーーーーーーーー。どうすればいいのぉ!!じいとも沢山沢山一緒に時を過ごしたいのよぉ!!!(愛する男が日本とAUSに離れているのってとっても、とっても辛いわぁ!!!)今日”その情況下では私絶対浮気する!”と言う私にママ友たちはびっくり。彼女らは”旦那と子供が3ヶ月くらいいなくても、友達と楽しい生活を送るわー。”ということらしいが、、、、。えぇ?それって普通?私が変なのぉ??ひとまずどっちにしても次回の帰国予定は立たないまま、、、怖くて3ヶ月滞在なんてこともリチに言えないまま、時は過ぎていっております。。。。
September 9, 2005
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スフレ、ラザニア、ハンバーグと洋食が続いたので今晩はかぶと里芋の味噌煮を作った。月一でうちの近所で開かれるGrowers' Marketで日本のカブを手に入れたのだ。それもオーがニック。一つ2ドルは高かったけど買った甲斐あって”こんなの何年ぶりーーー!?”と叫びたくなるような懐かしい味に仕上がった。このレシピ(だし、砂糖、味噌で味付け)は以前から気になっていたのだが、カブが手に入らなかったので試したことが無かったのだ。ちゃんと葉も捨てずに調理。こういう地味な和食が海外にいると美味しい!リチが雑食なので本当に楽なのだが、こんなコテコテ和食も彼はかなり喜んで食べてくれた。今日は明日のママ友ピクニックのためにケーキを焼こうと思っていたが、疲れたのでもうこれから寝る。だって、、、友達に借りた日本の童謡ベスト50というCDをかけたら海チが大興奮で踊り出し、私が座ると”たっち、たっち!”と怒って一緒に踊れとうるさいんだもん。数曲自分の知っている曲(もう飽きたらしい)は早く飛ばせとうるさく言うのでとばしたが、一つのCDに入っていた25曲のほとんどを二人で歌って踊りながら聞いた。ダンスミュージックを聞きながらノリノリで踊るのとは違って、童謡に合わせて無理矢理ハイパーに踊るのって疲れるわ、、、。海のお昼寝後はもう一つのCDで後半戦、、、。ふぃ~~~、、、私も年だわーー。あぁ、、、でも明日のリチや海のお弁当、、、誰か作ってぇ!!!もう本当に目が瞑りそうよ、、、、!!!
September 7, 2005
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日本もアメリカも自然災害が大変…。私が以前住んでいた杉並区も集中豪雨ですごい被害を受けたと今日親が教えてくれた。私が住んでいたのは半地下だったからあそこも浸かってしまったのかもしれない。1階部分は天井まで水が来て、ドアが洪水のため開かず窓から逃げた人がいるという話も聞いた。それにアメリカの南部のハリケーン、恐ろしすぎる。災害の程度もひどいが、そのあとの治安のレポートが信じられない。アメリカは怖い国だと思っていたが、あそこまでひどい情況とは思わなかった。オーストラリアでも”これが世界で一番パワフルな国だと豪語している国の実態だ。”とかなりみんな信じられない感が強い。でもオーストラリア政府が援助しようとすると、”自国で苦しんでいる人を援助せずに他国を援助するのは間違っている。”という人もいてこれまたびっくりした。確かに世界中では常に色んなひどい情況下で沢山の人が亡くなっているが、だからと言って今さしあたって生きるか死ぬかの情況にある人たちを援助しないというのはどう考えても理解しがたい。もしこういうことが自分に起きたら一秒でも早く助けが来て欲しいと思うだろうに。テレビに映るどこか遠い国や場所のことだと思っている人がいるとしたら悲しいことだ。もちろん、上の理論でいくと、アフリカで飢餓で亡くなっている人にも、イラクの戦争で亡くなっている人にも、同じように援助物資や人を送るべきだということになるが、正しいのはアメリカを含む全てのケースにおいて”そうするべき”なのであって、他のケースでしていないのにアメリカにだけ援助を送るのはおかしい、という理論はやはり理解できない。何だか今自分がお腹一杯食べているのも申し訳ない気がしてくる。せめてご飯は残さないように食べないと。
September 7, 2005
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相変わらず一歳児の世話でバタバタな日々です。シドニーは春が来て暖かくなってきたので(と言ってもここは一年中春のようなものですが)最近海と毎日のように泳いでます。海チも水は大好き。でも私は公園に連れて行ったり(シドニーは坂だらけだからベビーカーを押すのも大変)泳いだりでくたくたになるので、海と一緒によく昼寝をするようになりました。これで随分疲れ方も違うのだけど、夜は夜でまたベッドに横になったらすぐ深い眠りに落ちる日々。そして2秒後(くらいに感じる)にはまた次の日がやってくる。やっぱり疲れてるのね。さて、本題の私の弟の件。先日ネットで日本のニュースを読んでいたら朝日新聞記者の記事ねつ造問題が取り上げられていて気になって読んだ。今弟も記者をやっていて彼の担当しているのが選挙だから、まさに彼の仕事に関係している部分なのだ。まぁうちの弟は結構正義感が強いのでねつ造なんてしないと思うけど、仕事的にどういう影響を受けているだろうと心配になった。さっそく実家に電話をかけてみてびっくり。だって普段は私よりよっぽど弟に甘いうちの母親が、”お父さんと一緒にねー、○○(弟の名前)もねつ造とかやりそうで怖いねーって言っっとったんよ。”・・・ひぇーーー!何それ、自分の息子のことそんなに信用できないの!?そして母が続けて言うには、”だって、学生のころ郵便配達のバイトしてたときもダイレクトメール捨てたって言ってたし、スーパーでバイトしてたときは、聞かれた商品の値段がわからなかったからタダでお客にあげたって言ってたのよ。”・・・・細かいことをよく覚えている。さすが母親。そうかーーー、確かにあいつ結構いい加減だもんなぁ。記事ねつ造なんてしなきゃいいけどなーーーー(←急に一緒に心配し出す私。やっぱり信用ないのか)。そんでうちの母親が電話で彼と話したところ、ねつ造なんてするくらいなら記者を辞めると言ったらしい。まぁ、そうだよねー、事実を書くだけでさえ忙しいのにわざわざそんな細かい芸を入れなくてもねぇ。よっぽど社内での自分のステイタスを気にする人なのか。嘘の記事を書くなんて本当に記者失格。ネットにも書いてあったけど東京築地の本社に出入りする朝日新聞社員にインタビューしたらみんな自分とは関係のない部署なのでとノーコメントらしいが、うちの弟はどうしているんだろうと思った。一応彼の担当だったわけだし。母親にこの件も聞いてみると、何か一言言っても社を代表して名前入りでコメントが載るので何も答えられないと言ったらしい。今は裏口から出入りしているとか。まぁ、世間一般の人々はこういうインタビューにどう答えて欲しいのだろう。謝罪とかその事件に対する意見とかやっぱりきっぱり言って欲しい気もする。だからこういうこそこそした対応はあまりよく見られないかもしれないなぁ。まぁ、でもそれが弟のこととなるとちょっと可愛そうになったりして。やっぱり最近かなり仕事をやり辛くなったらしいしね。私が日本に帰っても仕事が忙しくて初甥にもなかなか会えない弟。子供が大好きなので子供関係の記事を書くときとか、夏に高校野球の担当をやったときにはかなり生き生きしていた。自身も昔野球部員だったしね。昔自分が好きだったプロ野球選手へのインタビューが叶ったときにはかなり興奮した様子だった。実家の母に、昔もらったその選手のサイン色紙を探してくれと頼んだらしい。それを見せてのインタビューなら確かに話が弾むかもしれない。ミーハ―な姉の私はいつかベッカムか誰かのサインでももらってきてくれればなぁと思っているのだけど。至近距離で見たベッカムはやはり(ビクトリアとのバカップルぶりはさておき)かなりかっこよかったらしい。いーなー。
September 2, 2005
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