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自分のブツをつかんで”ちんちんっ”と嬉しそうな海チ。一緒にお風呂に入ると私の股間の辺りをこれまた”ちんちんっ!”と探す。”ママにはねー、おちんちんはないのよ。”と教えるのだが、そんなことわかれと言う方が難しいか。ところが、最近何を勘違いしたのか私のおへそを指差してちんちん!と言うではないか!!おおぃ!!それは何度も言っているがちんちんではぬわぃ!!ママにはちんちんはついてないのだーーー!!こっちが正すと余計に面白がってちんちんを連発する海、、、。さらに私がかがんだりしたとき(ズボンの上から)パンツが見えると、すかさず、”ぱんぷー!!”と指でパチン!と私の下着をはじくようになった。この前G-stringをはいていた時なんて、横のヒモ部分を指でなぞりながら”トコトコトコトコ、、、。”そして真中まで来たかと思うとイキナリお尻の割れ目に沿って今度は”ウィーーーーーーー!!!”あんた、そこでまさか、滑り台を滑っているの!!??つまりトコトコの部分は階段を上がっているところで、ウィーのところは滑っている効果音ですわ。滑り台大好きな海なのでこの効果音ですぐにわかりましたよ、、、。子供の想像力ってすごいって言うけど、こういうことなのね、、、。
July 27, 2005
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息子海が17日で無事1歳6ヶ月を迎えることが出来た。ガールフレンドが二人も出来て会うたびハグハグちゅっちゅっ!この前なんてプレイグループに二人とも来てて二人にちゅーしてた、浮気者!!先月の終りに何語ぐらい言えるようになっただろうと思って数を数えてみたら約80語。それがこの半月でさらにその倍には増えた勢い。毎日どんどん色んなことを吸収していく。まぁ、言えるようになったと言ってもはっきりは言えないものも多数なんだけど。例えば”ジェイミーを””メイミー”と言ったり、”おにぎり”を”ぎり”と言ったりね。相変わらず食いしん坊で食べてばかり。今晩も2回おかわり。”おかわり”も似たようなことを言うようになった。それにしても、聞いてはいたが、男の子の育児はほんと体力勝負だ。最近追い掛け回さなきゃいけないし、暴れ狂うのを羽交い絞めにしなきゃいけないし、私の腰も肩ももうバリバリ、、、。肩なんて痛いと思ったら岩のように固かった。もう立派なオバサンだわぁ。。。昨日夕方電話があり今日はママ友二人が遊びに来ることに。いつも綺麗にしとけばいいんだけど昨日夜は掃除でばたばたしたし、今日は朝6時起きでケーキを焼いたし、夜は人参パンも焼いたし、、、。昼間は近くの公園で2時間以上もピクニックしたし、、、かなり盛り沢山の一日で疲れちゃった。1歳までは大変だったのでものすごーく長く感じたけど、1歳を過ぎてから毎日がすごいスピードで過ぎていく。気付けばベッドに倒れこんで一日が終わるといった風。大体毎日午前午後お昼寝を挟んで2回海を連れ出し(ガールフレンドに会わせ)、海が夜寝てからリチとの夕食に掃除など。その後普通の日記&育児日記をつけ、シャワーを浴びてストレッチをして寝る、という毎日同じ事の繰り返しなんだけど。実は体重も気になるのでこれに水泳を加えたいところ。何とか夜泳げないかなぁと思うんだけどご飯を食べるとなんかまったりしちゃうんだよねぇ。冬だから寒いしぃ、、、とどんどん太くまたオバサン化。ダメだ、ダメだ!!!気合だぁ!!!
July 19, 2005
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前回の日記に書いたおじいちゃんの話と関連して、今の世の中を考えずにはいられない。現在、民主主義の世の中においては、言論の自由が保障されていて(実際はそうではないが)、皆誰もが好きなことを言える。だから人の意見にとやかく言うことも出来ない。だけど、私にとっては、これだけは誰にも譲れないという考えがある。どんなに間違っていると言われても、私にとってはこれが全てであるし、相手側がどんなに自分が正しいと言っても、私は胸を張って、とことんまで相手が間違っていると主張したいことがあるのだ。それは、戦争の是非。広島で生まれ育ち、さらにあの平和な心の持ち主であるおじいちゃんと一緒に暮らしてきた結果、私にとってはどんな理由があっても戦争はしてはいけないもの。現実的に難しいとか、利害関係がどうとか、色んな人が色んな意見で戦争を支持、又は仕方ないとしても、私にとっては答えは一つしかない。どんな理由があっても武力にだけは訴えてはならない。今日もテレビのニュースでロンドンのテロで息子を亡くした人が、どんなに不公平なことが起こったか、息子を亡くしたことがどんなに悲しいことであるか、を訴えていた。それを見た多くの人は一体どういう感想を持つのだろう。アメリカやイギリスの首相が声を大にして言っている”テロに負けるな、テロに打ち勝て!”精神で言えば、”本当だ、あの人は何てひどい経験をしたんだろう。こんなことを引き起こしたテロ組織に屈してはいけない。私たちはいつもの生活を崩さずに、テロ組織にこんなこと意味はないということを示さねばならないのだ。”と思ったとしたら、それは、大戦中にヒットラー率いるドイツナチスを支持した人と同じ事だと私は思う。こういう考えを持った人(私)は、例えばアメリカでは”危険な考え”を持ったextreme派のカテゴリーに入れられると思うが、実際私にとって今世界で起こっていることと、今までの歴史上で起こったあらゆる全ての残虐な行為、とは全く同じに思えるのだ。どういう殺し方でも人が人を殺す、ということに変わりはない。人が1人死のうが何百万人死のうが、人間の尊い命が失われたことには変わりがない。今まで起こった戦争には全て理由があったが、そのどの理由もある国(国々)の政府のお偉方が国民に信じ込ませようとした、客観的に見ればとてつもなく間違っている考え、それを何故か大多数の国民が信じてしまったから起こっているのである。ある究極の情況下において国民が同じ方向に流れていくのは、実はこれほど簡単なことはなくて、実際起こるときにはあっけないほど簡単に起こってしまう。歴史の教科書で過去についての文章を読んだとすれば、”どうしてこんな考えに多くの人が流されてしまったんだろう。”と誰もがわかるようなことが、ある一時代のある情況下においては、全く意味をなすことであり得、誰も疑わなくて当然のことになり得る。過去の戦争というものは全てそうして起こった、恐ろしいことに。第一次世界大戦が起こる前だって戦争反対を掲げた人は沢山いた。でも戦争は起こった。それがどんなに悲惨な状態で終わっても、人間は永遠に過去から学ぶことの出来ない動物なのであり、やはり第二次大戦も起こった。そしてそれがどんなに、どんなに悲惨な状態で終わっても、やはり人間は争うことをやめようとはしない。常に戦争を正当化する理由はあり、常にそれを信じる人たちがいる。ホロコーストでユダヤ教&ユダヤ教徒をこの世から無くしてしまうことが出来なかったように、いつの時代にどんなやり方を使っても、ある信念を、宗教を、根本から無くしてしまう事は絶対に不可能だ。それをまるで子供の喧嘩レベルで各国のお偉方が叫んでいる、正当化している理論というのが、私には信じられないくらいこっけいに、そして悲しく映る。ロンドンで息子を失った人が叫んでいた言葉は、そっくりそのまま、イラクで亡くなった多くの罪の無い市民が叫んだ言葉なのだ。多くのイラクの人々の言葉を代弁しているのだ。それをいかにもテロリストに対する反撃文として放送している資本主義メディアは、テロリストから見たらバカとしか言いようがない。私たちが叫べば叫ぶほど向こうは笑っているだろう。今まで自分たちのしてきたことをやっと心にしみて感じるようになったか、と。全てが彼らの思う壺に思えてならない。私たちが生きているこの世の中において、ほんのたった一部の豊かな国では、インターネットもテレビも整備され、知りたい情報が全て届けられると思っている人が多いのではないか。だけど、それは全然違う。私たちの政府にコントロールされた、私たちの政府が国民に信じ込ませたい情報だけ、入手出来ているに過ぎない。それは真実どころか、真実とは程遠い大嘘かもしれないのだ。世界の弱い国々の人たちは自国の人が何百万人殺されようと、その真実をどれだけ世界の国々に発信出来るだろう。例えばロンドンやNYで1人の人が殺されても、その家族が、友人が、その悲しみがどんなに深いかを世界中に知らせることが出来る。でも私たちの政府がやっていることにより亡くなった、世界の多くの国の人々は、その悲しみを、苦しみを、悔しさを、世界に伝えることは出来ない。常にそこには私たち政府のフィルターがあるのだから。間接的に人を殺している私たち殺人者は、自分たちの政府を変えようとすることもなく、常に自分の個人利益をのみ考えて行動する。9・11のテロが起こったとき、東京の友人が”戦争より、目下の経済不安定が心配だよ。”と言ったとき、私は吐きそうなくらい気分が悪くなった。今でもドイツは過去の大戦で犯した罪を攻められ、他国から”あの歴史的過ちを繰り返さないように”とまるで自分は全く悪に荷担していないかのような口を叩かれる。多くの人が気付いていない。あのひどいことをやったのは、そして今でもやっているのは、他の国の、他の全然知らない誰かではなくて、自分自身なのだ。仏教的な考え、”自身は全人類、全人類は自分自身”という考え方は本当によく意味をなしていると思う。自分のやったことは全て自分に返って来るのだ。過去も未来も国境もない。自分が、自分の家族が、自分の友人が、皆幸せであるために、どうして私たちは今は目の前に見えないけど、世界のどこか他の国で同じように暮らしている人たちや家族のことを想うことが出来ないのだろう。共存という精神を知らない限り、皆滅びてしまうということを人間はいつになってもわからない。息子海はまだ1歳だけど、彼がこれから生きていく世界から戦争がなくなることはないのだろうか。戦争を生き残った私のおじいちゃんの願いが世界に届くことはないのだろうか。おじいちゃんの入院中に見た過去のトラウマ(前回日記参照)を通じて改めて平和への願いを強くしている私なのだった。いつかおじいちゃんが亡くなって天国に行った時、この世でやはり戦争が続いているのを見て、一体何を思うだろう。その魂は永遠に報われることがないという気がしてならない。
July 12, 2005
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先月の日記に書いた、胃潰瘍で入院した私の最愛のおじいちゃんが退院した。85歳という年を考えるととてもラッキーなことで、昨日は早速ウェブ上でテレビ電話もした。久しぶりにひいじいを見た海は大喜び。夜改めてじいの退院のことを考えていたらほっとして、力が抜けて、涙がどんどん溢れてきた。1ヶ月近くの入院中、私は付添っている母かおばの携帯に一日3回励ましのメールを送ってじいに読んでもらっていた。そして毎日沢山海の写真を撮り、2日に一度くらい郵送していた。じいと直接は話せないけど電話もしょっちゅうして容体をうかがった。家事育児で忙しい中、この作業が加わったので睡眠時間は削られかなりのお疲れモードに。でも一番大変なのは、一番頑張っているのはじいなんだからと、私もシドニーから出来るだけのことはしてきた。側にいられないのが本当に歯がゆかった。今日は退院祝い&これからも無理をしないようにという内容で、又海の写真を同封して便箋に何枚ものラブレターを書いた。1ヶ月もベッドに寝ていたんだからやはり足腰が弱っているのに、今日はうちの母がちょっと目を離した隙に早速畑仕事をしていたというからびっくりだ。こんな時に転んで骨でも折ったらもう永遠に入院生活になってしまうかもしれないのに。せっかく退院したんだから、無理せず体に気を付けて生活してもらわないと。ところで、この最愛のじいの入院中、私にとってとてもショックなことがあった。それは、あの、絶対涙を見せない、絶対人を恨まない、どんなことがあっても常に平和な心を乱さない私の大好きなおじいちゃんが、入院中ボケのためにかなりのせん妄に悩まされたのだ。その内容というのが、私にとってのおじいちゃんのイメージを覆すものだった。例えば野営をしていて風がきつすぎるから飛ばされる、とベッドの柵にしがみついたり、うじなどの虫が沢山わいていて気持ち悪いと言ったり、浮浪者が沢山入ってきて部屋を占領していると言ったり、高いところにいて恐ろしいから下ろして欲しいと言ったり、、、、これは内容的に何だか彼の戦争体験がトラウマとして戻ってきているようなものだったのだ。私の知っているおじいちゃんはいつも仏様のように平和な心の持ち主だった。若い頃かなりの額のお金を騙し取られたりした経験もあったが、”あの人にも何かそれなりの事情があったんだろう。”とゆっくり語る、そんなおじいちゃんだった。戦争の体験談も沢山語ってくれたが、”あの時代は何でも起こりえる時代だった。”と全てを達観した眼差しで話して聞かせてくれたのだ。兄弟が亡くなっても、”人はいつかは死ぬのだから。”と涙もこぼさずいつもの平静さを崩さぬ彼だった。そんなおじいちゃんだが、私には不思議でならないことがあったのだ。戦争という、自分の力ではどうにもならないものに飲み込まれ、翻弄されたとき、人は何を信じ、どんな希望を持って生きるのだろうということ。あの平和主義のじいだが、戦争中ジャングルで戦っていたとき、殺すか殺されるかの毎日を送っていたとき、どんな平和な心を保てたのだろうか、ということだ。戦争において恐怖心もなく、平静心を保って、誰が、どんな形で、一体何を信じて生きれるのだろう、ということが私には理解出来なかった。あの平和なじいの心と戦争というものをつなぎ合わせることが出来なかった。おじいちゃんとは今まで日本でずっと一緒に暮らしてきたが、彼はトラウマや恨みというものは一切見せなかったのだ。彼が言うことと言えば、誰も恨んではいない、今の私たちのように国に関わりなく友人を作って生活することが世界平和への一番の道だ、ということ。そのおじいちゃんに、実は何十年も前のトラウマが残っていた。この事実は、私にとって本当にショックだった。傷付いた人の心は、どんなに時が経って、どんなに癒されているように見えても、実は、その傷は、完全に癒された訳ではなく、深い深いところに眠り続けているのであって、いつ何らかの拍子にぱっと突然現れてくることがあるのだ。私にとっておじいちゃんは平和の象徴だった。どんなに世の中がひどい状態になっても、おじいちゃんの信念だけ思い出せば、私には平和の意味が理解出来ると信じていた。だけど、こんなに平和なおじいちゃんの中にも、戦争というものは深く刻まれていた。戦争という経験をしたからこそ、彼の中での平和が(元々そういう性格だったとは言え)さらに強くなったのかも知れないが。続く…
July 12, 2005
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パン作りのその後報告。Bloody コンビニ in the city!!前回の日記に書いたあのバカ高い小麦粉(400グラム9.75ドル)、実は4袋も買ってきてたのよね。買った私がバカだったんだけど、昨日Northにある日本のスーパー東京マートにダメ元でもう一度電話したら何と倍量が半額で、つまり4分の1の値段で出てた!!!うっそー!何週間か前に電話したときは品切れで入るまで3週間以上かかると言われ、しつこく今月初めに電話したときにも全く同じ事を言われたので、こりゃいつ入るかわかりゃしないと思って諦めていた東京マート。昨日また電話してみたらストックが入った、おまけに安いときてる。一箱に1キロX15袋入ってて、その単位なら個人でオーダーも出来るとのこと。一袋5ドル弱だから箱単位で買っても日本から送るよりずっとお徳だ。あそこはきらしていることもあるので、あるときにまとめ買いしてなくなる前に買いに行くか、なかったらオーダー(でも4週間だか40日だかかかるらしい)するようにしよう。今日も日本から送ってもらった強力粉で1.5斤千円(ひぇぇぇぇ!!)のパンを焼きましたよ。トーストするとふんわりやわらかくて、もう、やっぱり癖になりそう!!結構あっという間になくなるので一日おきくらいに焼かないとだめかも。リチには私が”必要だ、どこにもない”なんて言うからシティのコンビニに騙されて値段をつり上げられたんだ、と言われた。最初はそんな筈無いと思ったけど、今になって思えばあの値段はやっぱりおかしい。これからは気をつけよう。
July 9, 2005
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再び世界の田舎オーストラリアに住む悲しさを実感しているところ。パンを焼こうと思っても強力粉が手に入らない。こちらで似ていると聞いたSpelt小麦で試しに作ってみたけど全然ダメ。茶色くていつもより固めのパンが出来上がった。焼きたては美味しかったけど、何より変な味がついてる。こっちのパンが全てこんな味(少し苦いというか、酸っぱいというか)がするのは、やっぱり小麦粉のせいだったんだ。先日やっとシティのある日本のコンビニでオーダーしてくれると聞き、あまりに嬉しくて小躍りしそうだった。だけど今日来たものを取りにいってがっかり。何と400グラム入りの袋が9.75ドル(約800円)もするのだ。日本の実家辺りでは1キロ200円ちょっとで売っている。この前母が800円分の強力粉を送料8000円以上払って送ってくれたことは前回の日記で書いたが、この割合ではこちらで買ってもそれに近いではないか。ありえない、信じられない。うちのブレッドメイカーでは1.5斤焼けるので、1回食パンを作ればこの9.75ドルの袋を一袋使うことになる。つまり、1.5斤は800円分の小麦粉プラス他の材料費で成り立っているのだ。いくら美味しいパンが焼けると言っても、これじゃ手が震えますぅ、、、。アメリカやヨーロッパではもっと需要がありそうだから、強力粉も手に入りやすいのかしら。それとももっと似た感じの小麦粉があるのかな。海外在住でパン作りをしている人のサイトも沢山あるけど、みんなどうやって強力粉を手に入れているのだろう。手に入らないと思うと余計に欲しくなるのが人ってもの。でもどうしようもない。ないものはないのだから。日本から船便で送ってもらうといくらくらいするのか調べてみなきゃ。でも親にも迷惑かけるからなるべく頼みたくないんだけどね。オー、ス、ト、ラー、リ、ア(怨!!!)
July 7, 2005
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毎月第一土曜日の朝開かれるGrowers' Marketに行って来た。朝7時から11時くらいまでやっているらしいが、遅く行くと品数が少ないので8時くらいには着くようにしている。朝が苦手な私は以前から興味はあったが無理だと諦めていた。しかし、この前帰国中じいが畑で育てた野菜や果物を食べると何と美味しい事!改めてシドニーの食べ物のまずさに気付き、重い腰を上げ先月初めて行ってみたのだ。残念ながら期待に反して有機野菜はほとんどなし。でもその名の通りgrowers(育てた人)がお店に出す前に直接持ち寄って店を出しているので普通のスーパーで買うものよりは新鮮で美味しい。うちから歩いて10分ほどの所にあるので朝の散歩も気持ちいい。このマーケットは店の数もかなりあるし、朝から人でごった返している。日本のお店も2件ほど出ていた。先月はリチ&海と行ったが、今月は朝起きれなかったリチに海の世話も任せて置いて行った。でも沢山買い物をするので空のベビーカー持参。先月に引き続きベビーカーが一杯になるくらい色んなものを買ってきた。日本の甘いサツマイモ(こちらのものはパサパサして甘味が少ない)、大きなパックに入ったイチゴ(海が大好き)、フレンチ風手作り無塩バター、他にもいくらに似た卵(魚の種類は違うらしいが)、パン、野菜など色々調達してきて満足、満足。そして海とリチのお昼寝後、午後からは去年の暮れにCrows Nestという所に出来たオーガニックショップMacroに行ってきた。ここはオーがニックカフェも併設されている結構大きなお店。野菜、お肉から石鹸などの日用品までオーガニック製品が揃う。野菜なんてうちのおじいちゃんが畑で育てているような感じの見た目も大きさもそれぞれのものが並べられている。何かいい感じ、、、、。だが、、、うげぇ、高い!どの商品も普通のスーパーの倍近くする。私たちのような貧乏人には好きなものをぽんぽんかごに入れることなんて出来ないわぁ。でもせっかく来たんだし、とちまちま値段を見ながら買うものを決める。でも結局物珍しさからか細々したものも積もり積もってかなり買っちゃった。ここでコソコソとお会計はリチの見ていない内に済ませて、と。実はこのお店で一番買いたかったものはSpelt Flourという特別な小麦粉。せっかく日本でパン焼き機を買ってきてパン作りにハマりそうだったのに、シドニーでは強力粉が手に入り難いことが発覚。だからこっちのパンは日本のパンのようにふわふわしていないのだ。最近日本のお店に電話をしまくってシドニーで売られている強力粉の買占めを図っているのは実は私だったりして。実家の母が4袋計800円分の強力粉を郵送してくれたらしいが、何と信じられない!送料に8000円も払ったそう。それじゃ元の値段の10倍!!??ありえないーーー、どうしてそんなもの送ったの!!??いいって言ったのにーー!!ネットで調べてみたところ、このSpelt小麦とやらが強力粉に近いのだとか。でも見た目は何だか細かい色のついたものが混ざってる、、、ううぅ、、、期待薄そう。今度はひとまずこの粉でパン作りを試してみよう。帰ってきて今日買ったオーガニックブルーベリーヨーグルトを食べてみると、おおぅ!!ほんのり甘いがさっぱりしていて素朴な味!さすが、美味しいぞ!牛肉も普通のスーパーで売っているあのどろどろした怪しい色のものとは違ってすごく新鮮そう!あぁ、お金持ち一家だったらオーガニックショップで毎日でも買い物したいわぁ!!
July 2, 2005
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