2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全3件 (3件中 1-3件目)
1
でました~(^^ライフカード、新CM a Xmas night編クリスマスなのに残業のオダギリ。契約書を持ってお得意先の古田さんのもとに急ぐのですが、 「めちゃめちゃいそいでマス~」なぜか書類が「くましゃん」になってしまって… え~ なんで~ 「メリーつづきマス~~」ってことで、お決まりの続編は「探す」「あきらめる」「ごまかす」今回はさらに笑える展開です~! 必見~~~!
2005.11.22
それはとても不思議な光景でした。不思議というよりも、異様、いや、不気味といったほうが適切かもしれません。アルゼンチン、パタゴニアのリオ・ピントゥラス「手の洞窟」無数の手がなにかを語りかけてくる。強烈なメッセージを感じます。怖いくらいの。荒涼たる岩と渓谷、吹きすさぶ強風の大地のはてのはて、そこに開かれたみどりの川のほとりの岩屋、がけの中腹の穴にその手型はあります。一万年以上前にアジアを旅立って南半球に行きついた先住民・テウエルチェがその地に暮らしていたのだそうです。無数の手、手、手…男の手、女の手、子どもの手、6本指の手もある…なぜ、そこに手型を残したのか?なんのために?一万年以上前にそこに生きていた人たちはなにを思っていたのか?テウエルチェはお決まりのようにヨーロッパ人の迫害を受け、虐殺されました。最後のひとりが02年に亡くなって、この世界からテウエルチェは消えた。その言葉も永遠に消滅した。手型のまわりには、狩猟民族だった彼らの狩の様子をしるした絵もあって、神のめぐみを享受しながら、自然の中で生き生きと暮らしていた時代の様子が浮かびます。「私たちはここにいました」オダギリジョーのナレーションは最後にそう言いました。低い声が心にずっしり響いたのは、私が彼のファンだから、というだけではなかったと思います。
2005.11.21

バスジャックに遭遇したシンゴとテツとサキ。事件後3ヶ月、ありきたりの毎日にうんざりしている警察官シンゴ(加瀬亮)が孤高の便所掃除人・テツ(オダギリジョー)に偶然再会する。「クソみたいな人生はまっぴら」と考えているテツは「世の中を肥溜めにしちゃってるバカども」に欠けている「想像力」で世界を変えていこうと持ちかける。最初は笑えるいたずらレベルの復習シミュレーションだったそれはやがてエスカレート、悲劇的な結末に…シンゴには「殺したい政治家」も「死ぬほど欲しい女」もいない。「何に苛立っているのか?」と聞かれても答えられない。父親の精神を病ませてしまった社会への怒りを持つテツや先天的な障害のため社会に阻害されてきたサキ(栗山千明)とは違う。シンゴは、毎日にうんざりなのに、誰かが来て、何かが起こって、それを変えてくれるのを待っている。自分からは動けない。みんなシンゴだよね。同じだ。テツの行動力もないし、サキのように爆薬を作ることもできない。ただ「こんな人生クソだ」「変えてくれー!」と心の中で叫ぶだけ。結局、テツやサキのように別の世界に行けなかったシンゴは「誰も助けられなかった」「なにも変えられなかった」と、ひとりこの世界に取り残される。シンゴのような鬱屈を、毎日すごく感じていた頃を思い出させられた。それが消えるのは、命を賭けて守らなければならないものを持ったとき。その時、クソみたいな人生を自分の力で生きぬいていかなければならないことを悟る。苦しみや苛立ちは、自分で越えていかなければならないことを知る。世界は自分では変えられないことを知る。それはあきらめでもあり、同時に人生を継続する力でもある。シンゴの側にこのあいだまでいたのにいつの間にか藪田の側にいることに気付く。「世の中にはな、てめえの復習ゴッコなんかじゃ満たされねえ怒りが腐るほどあるんだよ!」藪田(柄本明)のセリフと羽毛を摘んだ廃品回収車、フジファブリックの「蜃気楼」この三つが観終えた後もいつまでもリフレインする。その中に立ちつくすシンゴ。…痛快、絶望、「飛べそうな気分」「いっしょに行こう」、孤独…・フジファブリック、知りませんでした。「蜃気楼」かなり、いい。・見どころ…オダギリのデ・○―ロのものまね。 その他、いっぱいあるけど、素晴らしく汚いトイレ基地。 SCRAP HEAVEN 李 相日:監督・脚本
2005.11.08
全3件 (3件中 1-3件目)
1