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中国は嫌いじゃないが、資本主義も嫌いだがというよりどうにかもっといい形に出来ないかと思うが、共産主義はもっと嫌いだ。歴史のあやまちを見ても分かることだ。一部資本主義を取り入れて力をつけた共産主義はもっと厄介だ。昨日のニュースの日中会談での日本に対する中国の対応を見ると、あからさまに北朝鮮と同じ態度をとっている。要するにバカにされているのだ。中国国民が暴徒化したこと以上に腹立たしい。小ズルイ、よく言う姑息な手段を使って日本への外交政治を操ろうとする中国には今流の嫌な奴的悪役の登場を思わせる。(○○的というのは中国的表現である)映画の中で最近まったくの悪役ではないが悪役よりも陰湿で性質が悪いといった登場人物がいる。それが今時の共産国だ。はたまたまたも発生した異常な思考を持つ少年による始末に終えない犯罪。要するに今の世の中は異常分子を作りやすい世の中だと考えてもいいのではないか?世の中の膿がたまりやすい世の中なのでは?だからといって異常分子予備軍の弾圧をして、人々の自由を奪うようなことになってはいけないのは言うまでもない。それとはまったく違う意味だ。(管理社会反対!)ひょっとしたら管理者側に膿がたまっていてそのとびひかもしれないのだ。少年犯罪の原因として教育が悪いと世間が責めることも似たようなところがあって、そうではなくて社会全体の責任として社会そのものを見直す必要がある。(もちろん教育は大事で、直接的な原因は家庭や教育現場にあるだろうが)決して人を責めるようなことをして「ひとみごくう」を作ってはならない!これからの世の中はこのような異常分子をどう予防、対策するか、それが核の脅威以上に人類にとっての大きな課題となるだろう。飛行機事故の大半が人間のミスが原因である(ヒューマンファクター)ということと同じように核の問題や、戦争まで含めた国際政治の問題も、このヒューマンファクターにどう対処、予防するかにかかっている。核のボタンもこの異常な?人間(人間が異常?)が押してしまう。(しかし「ターミネーター」のような機械文明社会反対!)ヒューマンファクターの問題を皆で考えなければいけない。京都議定書でのアメリカのように「俺は知らんよ」という態度ではなく。
2005.04.25
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私は小説や物語を書いていました。今も書いていますが、今書いていることが現実になりつつあります。過去に書いてきたことも全て?いや、そのほとんどが、高い確率で現実のものとなりました。いや、なってしまっています。もちろん良いことも悪いこともです。中には想像もつかないような超現実的なことが現実になってしまったこともあります。そういう願望がどこかにあったのでしょうか?逆に現実で体験したことをそのまま小説に書きたいくらいです。「世にも奇妙な物語」のようだと思うかもしれません。ここに、その現実になったことの具体例を書き記すわけにはいきませんが、同じような経験をされた方も多いのではないかと思います。そういった方には、私の言うことは何のおかしなこともないでしょう。私は今、現実の方を良い方向へ変えていくため、書く内容を変えていこうと思っています。できれば、話はでたらめでいいから一度全てがハッピーな私の理想の人生を描いてみたほうがいいのかもしれません。2005/4/20
2005.04.20
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君は純粋な人だから話しかけてくれた人の話を真剣に受け止めるその他人の笑顔を疑いもせず、素直に話を受け入れるどんな人も決して分け隔てせずしかし君はまだ知らないその他人の笑顔の中に人の真実が隠れていることを話を受け入れたが最後、じわじわと君は相手の話の毒に犯されていく皮肉と中傷が君を遠回りして痛めつけるその笑顔が次第に悪の笑顔に変わっていくのを見続けながら君はどうすることも出来ないでいる君は毒入りのリンゴを食べてしまった白雪姫だまさかその好意というリンゴに毒が入っているとはつゆも考えず好意と受け取った自分の好意が仇となり、君は毒に犯されて寝込んでしまうその君を救えるのは愛する人のキスだけ愛が唯一君の孤独と辛さをやわらげてくれるでなければ君は永遠に眠り続けるだろうもう好意という毒を飲み込んでしまわないように眠った君は愛する人が口づけをくれるのをひたすら待ち続けるそしていつの日にか・・・しかしそれも夢の中の話かもしれないどちらかというと、毒入りのリンゴの方が現実なのだから
2005.04.18
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今物凄い反日の暴動が続いている。中国政府が上海市民一人一人の携帯に明日のデモを止めるよう指示したメールを送ったというがそれでもデモは起き続けている。逆にネットのどさくさにまぎれて中国政府筋の関係者が、デモを扇動しているのではないかと思うほどの勢いと規模の大きさだ。今日、関西のネットのテレビでその反日暴動についてやっていたのだが、関東地域その他の方は観れなかったと思うのでここに掲載したい。政治と経済のジャーナリストだったか、青山茂晴という男がいる。今日のテレビで青山氏は、中国政府は北朝鮮と同じく未だに世界で残り少ない独裁に偏りやすい共産主義の国で、今回の暴動は天安門の頃から計画されていた政府の筋書きにのっとったものでしかないという。当時から中国政府当局においても、共産主義で続けていくには経済だけ自由にしますといって国が豊かになっても、どこかで国民と政府の間にヒズミが出てくることは予測済みで、その不満の捌け口を中国政府ではなく日本に向けて吐き出されるように歴史問題を刷り込み教育して計画されたものだという。アメリカも安保で日本の若者が反抗的になったときにアメリカンカルチャー、セックスと暴力、漫画などで怒りを麻痺させたことを思い出して欲しい。中国は所詮共産国であって、多かれ少なかれ彼らは洗脳されているのだ。(資本主義でもそうかもしれないが)尖閣諸島の問題も、元々は日本の領土だった尖閣諸島に石油があると分かったその翌年に中国が尖閣諸島の領有権に名乗りを上げたらしい。日中友好条約が締結されたのはその数年後だが、そのときは尖閣諸島の問題を30年棚上げにしましょうという約束だったという。田中角栄がそんな約束をしていたとは知らなかった。しかし、田中が当時そうした決断をすることによって今日に至るまで少しでも中国に親日家を増やすことに役立ったかもしれない。その30年後が今やって来たのだ。その時期がやってくることも中国政府は計算済みで今回のことをあらかじめ計画していたのだという。しかし中国にとって誤算なのは、このまま暴動をほったらかしにしておくようなことがあれば、次回北京で開かれる予定のオリンピックを大阪に変更される恐れがあるという。そんな危ない国にオリンピック委員会が日本の選手団を遣れないからだ。オリンピックの開催地は予定があっても変更できるそうだ。過去1度そういう例もあるらしい。今回、予選で漏れたのはパリと大阪だが、ヨーロッパでは何度もやってるので北京に近いところでと考えたら大阪になる可能性は高いらしい。開催されれば当然経済効果は計り知れない。中国は今のまま暴動を容認していればそれを逃すことになるかもしれないのだ。さすが青山氏。これぞ政治のように思える。しかし、このことは根本的に問題の解決にはならない。私は中国は好きだし、中国映画も中国の国民も好きだ。戦争のことは素直に謝りたい。私が謝って許してもらえるものなら…。しかしそれ以上のことはしない。北の方の中国人の友人に、南の人々は盗みや悪いことをするガラの悪い人々だという噂があるということを聞いた。日本に来てだいたい悪さをするのもそういった人たちだということらしい。だから日本でも中国のある南の地域の出身者は面接に行っても職を得にくいという。そういった関係もあるのだろうが、今回南の地域での暴動が多いことが気になっている。中国だけが悪い訳ではないとは思う。首相の行動はあまりにも幼稚である。自粛反省していただきたい。韓国もそうだが、一刻も早く政治・政府の思惑の関係ない仲のいい隣国同士になりたいものだ。
2005.04.18
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とは、金魚のことらしい。多分学名だろう。あの世界に類を見ない美しさは品種改良して作られた美しさだという。2.純粋さとは一体何のエネルギーになるのだろう?純粋さで傷ついた経験はないだろうか?純粋さによって無限の底力を発揮したことは?なんか小学生の文の様になってきたので止めます。3.目が見えないからといって、決して醜い女性と結婚するわけではない。逆に美しい女性と縁があるようだ。顔が似ている人は縁があると思う。全盲の人が選んだ女性(男性)もお互い顔がものすごく似ている。目が見えないことは縁に関係ない。むしろ、それこそ”目に見えない”強い縁によって引き寄せられたようだ。意外なようで、それは当然のことといえば当然。いやそれ以上に、運命論から言えば至極もっともなことだと思う。神が存在すると思える。このような強い好縁に恵まれたいものだ。4.テレビ「世界で一番受けたい授業」の齋藤孝先生の言うことには、今の子供たちは無駄にシャイだという。出しゃばりや虚栄心の強い人間も嫌なものだが、日本人もそろそろ人付き合いに関して程よいバランスを身に付けたいものだ。
2005.04.06
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以前から「マグダラのマリア」がなぜあんなにもキリストにくっついて来るのか疑問だった。まるでグルーピー?追っかけファン、下手するとストーカーのようだ。なぜかというと、あくまで一方的な想いだとされているからだからだ。彼女が最後のハリツケにまで、まるで家族のように母マリアの側にくっついて面倒を見、キリストの側から離れないか?これが一方的な想いならまったくおかしなことではないか?それとも教会側は女性の信者の代表が欲しかったのだろうか?女性はあくまで陰で支え見守り、決してでしゃばるなと?マグダラのマリアの常識を超えた行動はキリストに性的な憧れまで感じて妄信しているとしか思えない。これはどこやらの教祖様にマインドコントロールされてついていく女性信者のようではないか?もし単なる追っかけなら、客観的に見て彼女はただの狂信者ではないか?そうではいけない。そうであっては逆にキリストの名が汚れてしまうと私は思う。キリストの復活も、実はマグダラのマリアだけが知る事実だったらしい。これは教会が意図した女性信者のあるべき構図なら、彼女はでしゃばり過ぎなのでは?そして以前から、マグダラのマリアは、キリストのブライド(結婚相手)ではないのか?という風に私は疑っていた。それがどうやら当たっていたようだということを先日のテレビで知った。タケシの番組でダビンチの「モナリザの微笑み」の謎についての番組だった。モナリザは若いモナリザ像が実はもうひとつあったということだった。若く初々しい優しい微笑を浮かべるモナリザと、年を取り大らかな愛の笑みを浮かべるモナリザと。その両者に共通する胸をはだけ、装飾を身に付けない描き方から、彼女はマグダラのマリアだというのだ。しかもキリスト教会に抹殺されていた「事実」を秘密結社の一員であるダビンチは知っていたという。彼らが隠したがっていた事実とは、キリストはマグダラのマリアと(性的関係と書いてはいけなさそうだ)「結婚」していて子供がいて、しかもその子孫が現在生きているということだ。子孫が残っているとまでは考えもしなかったが、それも当然といえば当然のこととなる。何度も取り上げるが映画「最後の誘惑」では、キリストがハリツケになった後、彼はあの「神よ、私を見捨てるのですか」という言葉をもらす。そしてその言葉を聴いた天使(これが後に悪魔だと分かるのだが)が降りてきて彼をハリツケから救う。ストーリーの中で、死を免れて普通人に戻ったキリストはマグダラのマリアと結婚して子供をもうける。マグダラのマリアは早く神に召され、残されたキリストはまた別のつまらない農家の女と結婚して子供を作りまくる。そして年老いてみっともなくも無残に死ぬ。この映画の原作本は、教会から異端の書とされて追放された。なぜ?それがハッキリしなかった。多分キリストがセックスをし、人類を救うためのハリツケの義務を逃れ、のうのうと自堕落とも思える普通人の生活をしたということが教会の気に触っていたのかと思っていた。しかし、はっきりとした根拠があるならば、それはこの本が、極秘だった『キリストが「マグダラのマリア」と結婚した事実』を公にしたからだ。教会の、キリストの秘密を暴いたということが、異端とされた一番の大きな理由だったのだ。しかしいずれにせよ、結論として「キリストも人間だった」ということだ。いや、誤解のないように「人間の形を借りて来た高い次元の魂の救世主」だということだ。逆に言うと「救世主でも人間の姿を借りて人間界に降りてきた以上人間である」ということだ。もしなにかを変えたかったら相手を知り、その懐に飛び込んでいくことが大事だと思う。庶民の立場に立てる者こそが救世主だと思う。彼はそれをやった!彼は人間になり(いや、であり)人間を救ったのだ。教会が何より一番封じたがっているのは『キリストも人間である』という事実なのだろう。
2005.04.03
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1.現実の生き方とドラマの主人公のあり方「特技(優位性)」「チラリズム」「善良性」「目的」「孤独との闘い」「すぐれた人物の変なひと性」「冒険の旅」「誘惑」「障害」「かせ」「性格による行動」「精神」「武器」「導く人」「制限時間の設定と成果」「何かを犠牲にして得ること」(サクリファイスの否定)「成長」「自分にとっての本当に美しいもの」社会2.ドラマの中の悲劇「良かれと思うことが仇となる」アメリカ3.怒りの対処の仕方と、夢のコントロールの相関性4.怒りの救世主キリスト「マグダラのマリア」5.体の中の医学的「陰」と「陽」6.「光」
2005.04.02
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