MoMo太郎日記

MoMo太郎日記

2019年02月15日
XML
テーマ: 九州発見♪(524)
カテゴリ: 九州ぐらし
風浪宮とはどのような由緒の神社なのか、境内にあるこの「白鷲の楠」と呼ばれる大木が示すように大変歴史のある神社です。

ヒントとなるのはこののほりに書いてある「 神功賑海路往来 」の文字です。この風浪宮、神豪皇后と航海に関係ある神社ということになります。

御由緒としては次のようなことのようです。
神功皇后が三韓征伐よりの帰途(西暦一九二年)軍船を筑後葦原の津(今の大川市榎津)にやってきた時、皇后の乗る船に白鷺が忽然として現われ、艮(東北)の方角に飛び去ったそうです。
皇后はその白鷺こそ我が勝運の道を開き給うた少童命(わたつみのみこ=日本神話の海の神)の御化身なりとして白鷺の止った鷺見(今の大川市酒見)の里を聖地として、武内大臣に命じて仮宮(年塚の宮)を営ませ、時の海上指令であった阿曇連磯良丸を斉主として少童命を祀ったことに始まるそうです。

そのような次第で、古来より風浪の灘を除けることができるようにと、「風浪」を社号とし代々の久留米有馬藩主の崇敬を受け、また、筑後国一円の信仰をあつめているとのこです。

本殿に祀られている阿曇連磯良丸(あづみのいそらまる)の木像です。
神豪皇后が、三韓征伐にあたり諸神を招いたところ、海底に住むが阿曇連磯良丸が現れ、龍宮から潮を操る霊力を持つ潮盈珠・潮乾珠(日本神話の海幸山幸神話にも登場する)を借り受けて皇后に献上したところの姿を木像にしたものだそうです。


そのような話が、この紙に書いてありました。

こちらは、国指定重要文化財の「石造五重の塔」が置かれているところです。

この石造五重の塔は、正平10(1355)年の銘記により俗に正平塔と呼ばれていて、二重基壇の上に五層の軸部と屋根とを重ねた塔身と頂上に相輪をもつ石塔です(→→→ こちら )。

【つづく】


人気ブログランキング

風浪宮大祭「おふろうさん」(その2)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2019年02月15日 00時10分10秒
コメント(16) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

カレンダー

プロフィール

MoMo太郎009

MoMo太郎009

キーワードサーチ

▼キーワード検索

お気に入りブログ

無理せず、体調回復… New! neko天使さん

弾き語り・・・ New! あきてもさん

富士山と蛍 New! mamatamさん

こだわりのある文房… New! super☆makoさん

🍑新作「忘れな草を… New! 神風スズキさん

骨が盛り上がって自… New! まちおこしおーさん

〔草野球チーム ガ… New! あけやん2515さん

静鉄×ヒロアカ電車…… New! ヴェルデ0205さん

サルナシとキウイフ… New! notonoteさん

昆布も絶滅へ・・・ New! 歩世亜さん

コメント新着


© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: