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2026.06.04
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カテゴリ: 坐禅
大智禅師偈頌講話 沢木興道


 終日搬柴運水中 (終日柴を搬び水を運ぶ中(うち))
 分明顕露主人公 (分明に顕露す主人公)
 三千日月観成敗 (三千の日月成敗を観る)
 坐断須弥第一峯 (坐断す須弥の第一峯)


 その次に、たとえ山居であっても、することをせねばならん、ということを説く。小人閑居して不善をなすというが、もうはや今時分の小僧は、山の中に一人おってもなんにもならん。
 しかし、山居というものはここに仕事がある。人間生活であれば、ここで冬籠りをするのには、焚き物をはこばんならん。焚き物なしではいかん。この毎日の生活に、水なしでもいかん。水を運ばんならん。で、「終日柴を搬び水を運ぶ中」これは作務である。これはなにを象徴しているかというと、われわれの生活、生活即宗教、四威儀挙足投足、一切が悉くこれ修行。修行というものは別に坐禅だけが修行ではない。物をいうのも、起きるのも、寝るのも、食事するのも、一切これ修行である。終日柴を搬び水を運ぶ中、「分明に顕露す主人公」日々の生活、起居動作、その態度によって、その人の修行というものが現れる。「三千の日月成敗を観る」この宇宙の全景を一目に見る。この絶対の宇宙を一目に見る。「坐断す須弥の第一峯」須弥山の絶頂におって、ジッとして、こう世界を一目に見るようなー。それだから、坐禅堂に「遍界一覧亭」という額のかけてあるところがある。
 以上が「鳳山山居」の八首である。すなわち、これが名高い山居の偈である。この八首の偈は面山和尚のいう如くならば普縁真如である。(大智禅師偈頌講話p.32-33)





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最終更新日  2026.06.04 01:00:05


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