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今日は旅の後初めてのナバホ織り教室。旅の話を同じ気持ちで話合える仲間に会って、皆のテンションはまたまた上昇。台風が近づいているので、名残惜しさを残して早めに帰ってきました。被害をもたらしているこの台風、これ以上の被害がありませんように。『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(14)『ビッグホーガンで空を眺めながら♪』モニュメントバレーは、数年前にナバホに返還され、今はナショナル・パークからナバホの管理になっているそうだ。先に行ったキャニオン・デ・シェイも、ナバホへに返還されることを求めているけれど、まだそれは叶わないそうだ。モニュメント・バレーは、馬に乗って見学することもでき、時折こういう姿も見かけた。この広大な景色を馬の背から見たら、ジョン・ウェインになったような気分になれるでしょうか。この方は多分ガイドさんそびえ立つ岩・ビュートには、様々な名前が付けられているが、オフロードを走って奥の方にある“モカシン・アーチ”や、“サンズ・アイ”、“ビッグ・ホーガン”のところまで行った。”太陽の目”ビッグ・ホーガン天井の穴を通った光が岩壁に映っている太鼓の音が聴こえて来たので、あわてて言ってみたけれど、ツアー客のためにナバホの人が演奏していたみたいで、残念ながら私が到着した時には太鼓の演奏は終わってしまっていた。こんなふうに壁にもたれて、綺麗な縞模様のできた大きな岩(big Hogan)にあいた穴から空を眺めていると、澄んだ歌声が聴こえて来た。近くに座っていた若い女性が歌を歌い始めたのだ。その歌声は岩に響いて、天使の歌声のように聴こえる。英語とナバホ語で歌っていた彼女。歌い終わってから、「こうして歌うことで、現代の暮らしと、自分の中にある本来の自分とのバランスを取ることができる」と話てくれた。こんな素晴らしい歌声を、岩にもたれながら聴くことができるなんて、本当に私達は幸運だった。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月30日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(13)『モニュメントバレー』翌日はモニュメントバレーへ。途中で観た火山の噴火した後の残骸料金所を過ぎた頃、ヒツジが前を横切っていった。左右のミトンの辺りは、たくさんの車でラッシュ!この日は週末だったせいか、夏のなごりか、たくさんの人が訪れていた。“スリー・シスターズ”をバックに並ぶ、3姉妹、を撮る3姉妹♪ナバホの精霊“イエイビチ”&トーテム・ポール何故か表示は左右が逆になっているよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月29日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(12) 『サンダーバードでランチ♪』ランチは、キャニオン・デ・シェイの入り口にあるサンダーバードのレストランで。お店の壁には、たくさんの素敵なラグが飾られていて、売り物になっているので値段が着いているけれど、1500ドル~♪ 2000ドル~♪ もっと~♪ と、とってもいい値がついている。でもこうして素敵なラグに囲まれて食事をするのは、とってもいい気持ち。食事も自分で選んで、最後にレジで精算するので、眼で見て食べたいものを選ぶことができる。レストラン前の庭で夜はこの辺りでは一件だけあるという、ナバホの人が経営しているアナサジ・インへ。レストランも併設されていて、お客さんはローカルな人が多かった。お料理はワイルドで、グルービーにどっぷり浸かったお肉や、エビフライが山盛りになったシュリンプなんちゃら(写真を撮らせてもらうのを忘れたのが悔やまれる・・・)や、セットサラダと特別に頼んだディナー・サラダがどうみても同じに見えたりと、記憶に残るお食事となりました♪突然観光バスがやってきて、フランスからのたくさんのお客さんが入ってきた。笑顔で挨拶してくれるけれど、フランス語は「シルブ・プレ」「メルシー」「ジュ・テーム」しか言えない。けど、この場合「ジュ・テーム」は場違いな気がするし・・・ああ、そうだ、「ボンジュール」なら言える!「よし、ボンジュールでいこう」でも翌朝、ヤッコさんはフランス語でお話してた。。。。フランス人の団体さんは、モニュメントバレー観光に来たそうだ。いいなあ、他の言語が話せるって。夜明けよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月29日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(11)『スパイダー・ウーマン・ロック』ナバホ織りをするのなら、やっぱりスパイダー・ウーマン・ロックを見に行かなくちゃサンダーバードホテル付近まで戻り、再び私達のバンに乗ってスパイダー・ウーマン・ロックへ。歴史ではナバホ織りはプエブロ・インディアンから伝えられたと言われているけれど、ナバホの伝説では、スパイダー・ウーマンからチャンジング・ウーマンが織物を教わり、それをナバホの人々に織り方を伝えたとされている。そのスパイダー・ウーマンが住むと言われている岩を、見下ろせるところまで行った。スパイダー・ウーマン・ロックナバホの子供達は、悪いことをすると、スパイダー・ウーマンにあの岩の上に連れていかれると言われていて、スパイダー・ウーマンは恐れられていた存在たったようだ。岩のてっぺんの白く見えるところは、連れて行かれた子供の骨だと言われているそうだ。望遠レンズで、てっぺんを撮ってみました。でもやっぱりこれは、遠くから見ていた方がいいようですね。いつも上から見下ろす形で岩を見ているけれど、キャニオンの下まで下りてスパイダー・ロックを見上げることができるトレッキングコースもあるそうだ。下から見上げたら、どんなふうに見えるだろう。スパイダー・ウーマン・ロックを見ると、いよいよ、ナバホ織りのウィーバー、サラさんが近づいてきたようでワクワクします。織り機を作ったといわれるスパイダーマンの岩を教えてもらったのだけれど、多分これがそうだったような。。。。大きく写しすぎて、よくわからなくなってしまった。全体の写真の中では、スパイダー・ウーマンを中央にして、奥の方の壁の左方向に位置しています。中央奥の方にあるのが、スパイダー・マンとスパイダー・ウーマンの子供の岩近くにはお店を開いている女性達がいて、なかなか素敵な手作りの品を広げていた。お土産屋さんもいいけれど、やっぱりこうして直接ナバホの人から話をしながら買うのは楽しいし、お金も直接落としていけるので、こういう屋台はとっても好き。アンテロープを彫ったと見せてくれている。昔はこの辺に、たくさんアンテロープがいたのですね。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月28日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(10)『アナサジの智恵』同じアナサジ文化を持つチャコキャニオンには、天文の知識を活かしていたのがうかがわれるものがたくさんあるが、渓谷であるキャニオン・デ・シェイは見上げる空の面積がチャコとは全く違うので、天文はあまり利用していなかったのかな・・・と、チャーリーに尋ねてみた。岩穴の中にいて、手前のトウモロコシより、ちっちゃく見えるのが私達♪「いやここでも、天文の技術は農耕などに使われていた」そうだ。例えば畑は岩にあたった日光が反射して、作物が最も育ちやすいところに位置しているそうだ。そういえば私達が寝袋で眠った場所も、地面が熱を溜めていたので、夜になってもとても暖かかった。岩が屋根になるので、テントを張ることもなく、地面にシートを敷いて、その上に寝袋を置いて眠ることができた。キャンプをしたすぐ隣には、アナサジの遺跡がそのままに残っている。暖かい場所に、住居を建てていたのだろうか。壁にはペトログリフがハッキリと残っている。この動物は、ずっとヤギかヒツジかと思っていたけれど、アンテロープなのだそうだ。だからこのキャンプ場のお店は、アンテロープという名前だったんだ!ナバホにとって聖なる数字は4か?という問に、チャーリーは13だと思うと話をしてくれた。0の発見の話や、マヤも13が大切な数字だということなど、砂に文字を書きながら皆であれこれ話し合った。この旅に参加したメンバーの数が13人ってのも、すごいじゃないよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月27日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(9)『スクワ~ッシュ!』前に来た時は5月末で、畑らしき場所には何も作物ができていなかった。「あそこは、コーン畑だったんだろうか・・・」と時折話題に上っていたので、昨日到着してすぐに記念撮影。やっぱりコーンの畑だった。夜のコーン畑しかし今年は気候が乾燥しすぎて、コーンの出来があまり良くないようだ。そのコーンの間に、黄色い花が咲いている。かぼちゃの花に似ている。「あれは、もしかして、スクワッシュ?」「そうだよ」「これが、あのスクワッシュ?!」インディアンの人々の定番食材で、作物の「三姉妹」と呼ばれている、豆・とうもろこしと並ぶのがスクワッシュ。スクワッシュは食べるだけでなく、ナバホのジュエリーのモチーフとしても用いられている。後でポウンというインディアン質屋さんを訪れたけれど、その店頭には、かなり昔のものとおもわれる、ゴージャスなスクワッシュ・デザインのネックレスが展示されているのをみかけた。そのスクワッシュ。ずっと実物を見たいと思っていた。もちろん、ダッシュで写真撮影。「スクワッシュ!、スクワッシュ!」とコーン畑の周りをピョンピョンしていたのを、皆さんきっと「なんだろう~」と思われたことでしょう。スクワッシュの花を実際に目にすることができて、本当に嬉しかった!できれば、スクワッシュ料理というのも食べてみたい・・・・。今回は白い大きな花もまたあちこちに見かけた。この植物は毒を持っているので、食べるのはもちろん、触ったりしてもいけないとのことだった。前回5月末にはコットンウッドの綿毛がフワフワ飛んでいたけれど、今回は黄色いサンフラワーやサボテンをはじめ、夏の名残の花があちこちに咲いていた。 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月27日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(8)『キャニオン・デ・シェイの夜明け』岩の頂上を赤く染めて、キャニオン・デ・シェイの夜が明けていく。岩肌の色が刻刻と変わり、ゆっくりと日が昇ってくるのがうかがえる。そして岩にあたる光の面が次第に大きくなり、すっかり明るくなった。前回は流星がビュンビュンと流れていたので、ずっと空を仰いでいたけれど、今回は早朝あちこちに、こうしてじっと地面を見つめる姿が。。。。「ちょっと、ちょっと皆さ~ん、いったい何をしているの~?」それは、ここでお店を開いていた少年が、綺麗に磨いた石を売っていたからか。よくみるとキャニオン・デ・シェイには、綺麗な石がたくさん落ちている。透き通った白、薄い茶色、レンガ色・・・・、雨が降ると辺り一面川になるという地面には、あちこちに、丸く角の取れた様々な色の綺麗な石が散らばっている。みんな、そんな石達に魅せられて、ずっと下を向いていたのだった。朝食は、焼きたてのトルティーアとコーヒー。そうそう、前回は前扉のない(!)トイレが2つ並んでいた(カニの横ばいで前を通過!)のだけれど、今回は少し離れたところにかわいいトイレが2つできていた。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月26日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(7)『ああ~、ストーリーテリング』時々車から降りて話を聞いたり、写真を撮ったりして、一時間半ほどかかって、大岩の下に大きく穴のあいたキャンプ場に到着!20、30m程高さのある岩に囲まれているキャンプ場は、どんどん日が陰って、すぐに薄暗くなった。アダムさんちの手作りのナバホ・タコはシンプルだけれど、アッサリしていて美味しかった。黄色い花の向こうある大きな岩山の下でキャンピング♪焚き火の火が灯されて、アダムさんのストーリーテリングが始まった。お父さんも太鼓を叩きながら、歌を歌ってくれた。前回はナバホの伝統通り、お母さん、お父さん、おばあさん、おじいさんの出身クランの話から始まって、ナバホの歴史まで語ってくれた大ストーリーテリングだったけれど、今回は3つのお話のコンパクト版だった。アダムさんお父さんアダムさんの流れるような声を楽しもうと思って、のんびり座っていた時、チャーリーに呼ばれて、アダムさんの横に立って日本語に訳すようもよおされた。これは本当に一生の不覚というか、初めて聞く話を、それもまだゆっくり話していない人の英語を、そしてまたストーリー性のある話の訳を安易に引き受けるべきじゃなかった。。。前にイギリス人ストーリー・テラーのジェフと、英語と日本語で語りをしたことはあったけれど、内容はもちろん事前に確認し、練習を重ねて、ジェフの話の流れを損なわないように注意を払って行った。なのに、その場で意味を確認したり、アダムさんも初めてだから、ひとつひとつの文章が長くなって、聴き終わった時には話し始めに何を言っていたのか忘れてしまっている・・・・ということになってしまった。。。録音してくれている人もいたので、日本に帰ってから聴き直して要約するべきだった。そしてこの場では、ストーリーテラーであるアダムさんの声や雰囲気を楽しんでもらうべきだった・・・・途中で決意して、アダムさんのストーリーを楽しんでもらうことにして、私はひっこませてもらったけれど、後は動揺して自分自身がお話どころではなくなってしまった。コヨーテの話も大好きで集めているのに、白いカブトムシという名前のコヨーテの話も頭に入らなかった・・・・。でもコヨーテの歌、“ユピユピ エイエイ♪”というフレーズはちゃんと覚えています。。。。ああ、、、、録音された方、後で聞かせてください・・・・。できないことは、その場ですぐに判断してできないと言わなくちゃいけなかった・・夜もふけ、聞えてくるのはパチパチと燃える焚き火の音だけ。夜は、静かに静かに更けていった。。。。。明け方寝袋から見上げた空よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月26日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(6)『キャニオン・デ・シェイへ』ツアー最初の夜は、キャニオン・デ・シェイでのキャンピング。キャンプをするにあたっては、いろいろと届けを出さないといけないそうで、住所氏名を明記しデイブに届けを出してもらった。前回2010年の時より規制が厳しくなり、キャンプ場での食事のサービスができなくなったということで、入口のレストランで食事をする予定だった。けれど特別に許可が出たということで、キャンプ地で夕朝食をとることができることになった。サンダーバードホテル付近で、アダムさん一家に会い、四躯のバン3台に分乗して渓谷に入っていった。前回は5月末で浅い川のようになった路面を走っていったが、今回路面は乾燥していた。相変わらずのデコボコ道で、車の中で上に行ったり下に下がったりしながら、掴まれるところあちこちを握り締めて乗っていたのは同じだったけれど。キャニオン・デ・シェイは、昔アナサジの人々が暮らしていた場所で、その子孫はプエブロインディアン。ある時忽然と消えたとされているアナサジがいなくなった後、ナバホが入ってきているので、ナバホとアナサジの間に血縁関係はないけれど、今はナバホ居留地になっている。アナサジという言葉は公式には使われていないのか、同じアナサジ族とされるチャコ・キャニオンではチャコアンと呼ばれていたので、ここでも公式には別の呼び名があるのかもしれない。車が奥へ入っていくほどに、両脇に立っていた赤い岩は、どんどん狭まって迫ってくる。時折、このあたりの人が飼っているという馬が歩いているのに出会う。大きな岩にはアナサジの遺跡が今も残っていて、時々車を停めてそのようすを見せてくれる。今は岩壁の真ん中に住居がみえるけれど、その時代には住居の7~10mくらい下のところまで大地があり、長い年月の間に大地が侵食されて、この高さになっているそうだ。ガイドを勤めてくれたのは、アダムさんとお父さんと甥(?)の3人。まだ若い甥の英語は私にもわかるけれど、お父さんの言葉はなかなか聞取れない。年齢が高くなる程、私には聴き取りが難しくなっていく。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月25日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ』(6)『ハッブル邸見学』 ハッブル・トレーディングポストの裏手にある、ハッブル氏の家やゲストハウスを見学をさせてもらったが、前回はお店だけで感激だったので、裏手にある家まで気が回らなかったけれど、これは見学させてもらって本当にラッキー!当時の白人家族の日々の暮らしと、その店を訪れるインディアンの人々の様子を思い浮かべ、タイムスリップした気分になってくる。ハッブル邸の居間ワッフル・メーカー♪これはなんでしょう?答:洗濯機で~す!家の中の撮影も自由だったけれど、一枚だけ撮してはいけない絵があった。それはホピの宗教行事を描いた絵だそうで、宗教行事の様子が他に流失すること嫌うホピの考えを尊重して、その絵だけは撮影禁止ということのようだ。ゲストハウス日時計ゲストハウスから数十メートル離れたところに、こんもりした小さな小山があり、そこにハッブル氏や家族が埋葬されているそうだ。「これはこのあたりの埋葬の形ですか?」という質問が出て、その答は;ハッブル氏にはとても親しくしていたナバホの男性がいて、ふたりはいつもいろんなことを語りあっていた。ある日、ふたりは死について語り合い、死が訪れても離れ離れになりたくないということで、この土地に一緒に埋葬されることを決めたということだった。多分私達にわかるようなシンプルな言葉で説明してくれたので、もっと複雑なストーリーがあったのかもしれないけれど、パーク・サービスのガイドさんはわかりやすい言葉で丁寧に対応して下さった。ハッブル家の人々が埋葬されている小山よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月25日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ(5)』(5)『ハッブル・トレーディングポストへ』 ニューメキシコからアリゾナに入り、ハッブル・トレーディングポストへ。ナバホにある交易所の中で一番古く、当時の趣を残して今も営業している。2010年のナバホツアーの時に立ち寄ってラグを一枚購入したけれど、それ以来また訪れてみたいと思っていた場所だ。ハッブル・トレーディングポスト今回は、ホピのカチーナを一体購入。み~んな連れて帰りたい気分でしたが、右側の頭に黒い羽がたくさんついているカチーナを選びました。ハッブル・トレーディングポストは、ナバホの”ロングウォーク”として知られる追放から、元の場所に戻ることを許されてから10年後に、ハッブル氏によって開かれ、1967年にナショナル・パーク・サービスに売られるまで経営されていたそうだ。今は国立史跡になっていて、お店の裏手にあるハッブル氏の家の見学も時間によってできるそうだ。私たちが到着した時には、もう見学時間が終わってしまっていたけれど、ガイドの方がチャーリーの知り合いだということで、特別に私達を案内してくれることになったよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月24日
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(4)『シルバースミス?』 アルバカーキのホテルを出発し、途中のウォルマートの駐車場で今回一緒に廻ってくれる女性スタッフのダーリンと合流。初めて会ったダーリンは、大型の車もガンガン運転し、荷物もバンバン積み下ろしをしてくれる、さっぱりして、頼りになるナバホ族の女性でした。ジュエリーを作っているお父さんが車で送ってくれていて、手作りのターコイズや銀、ビーズのジュエリーを見せてくれた。お店に卸す前のものなので、とってもお値打ちで、早速皆さんお買い物。ターコイズやシルバーはお父さんで、ビーズはダーリンが作っているそうだ。銀細工をする人のこと又はジュエリーを作る人のことを、どうも「シルバースミス」というようだ。アルバカーキを出発お昼ご飯を食べたレストランの入口付近には、インディアンの人々がお店を開いていたり、中のお客さんのテーブルの間を、自分の造ったものを持って回ることが許されているということで、たくさんの人が手作りの品を持って私達のテーブルにも訪れた。必ずしも本物を扱っているわけではなく、シルバーでも〇〇シルバーというフェイク(というのかな)だったり、壷も自分で焼いたものではなく市販の壷に絵を描いたりしたというものもあるようだけれど、「それが素敵だと思えば買えばいいし、いらなければ断ればいいんだよ」と言われていたので、次々に品物を持ってやってくる人達とのやりとりを楽しんだ。「その壷は誰が作ったの?」「私よ。ほら、ここに私の名前が彫ってあるでしょ」そんな会話を交わしながら、買い物もしながら食事をした。売り歩いていた人達は、ニコニコと話好きな人もいれば、硬い表情のまま言葉少なに廻ってくる人もいて、女性も男性もいて年齢も様々だった。旅で最初に食べるランチは、私はやっぱりナバホタコ!ナバホに来たら、ナバホタコを食べなくちゃ、旅は始まらない!メニューの絵が何やら不思議だったので、注文してみた“ワカモーレ”とかなんとか・・・・チップスやサラダによく付いてくる緑色のディップで、美味しかった!結局、あの絵はアボガドだったんだ。ワカモーレ?雨のウィンドウ・ロックも“10 minutes!”というチャーリーの声で、大慌てで見学。 ナバホトーカーとウィンドウ・ロックよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月23日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ(3)』(3)『あれ~、荷物だけ乗り遅れちゃった!』アルバカーキ空港に到着すると、いつものチャーリー&デイブが・・・・、いない。。。。。「まあ荷物を受け取っている間に、来るだろう」と階段を降りて、荷物の回転テーブルへ。アルバカーキの空港は何度か来ているので、ここはちょっと余裕。飛行機も通路を挟んで2席ずつしかない小さい飛行機だったので、出てくる荷物も少ない。が、待てどくらせど、ふたり分の荷物が出てこない。空港スタッフに調べてもらうと、荷物は乗り遅れてロスアンジェルスに残っているとのこと。デンバー経由で夜9時には空港に届くので、ホテルに届けてくれるということで、ひとまず安心。無事チャーリー&デイブとも合流し、公式ツアーの前夜祭が始まった。13人のメンバーのうち8人は、2年前のウールフェスティバルのツアーのリピーターなので、チャーリー&デイブともハグしたり握手をしたりですぐに打ち解けた。ツアーはいつも、サンディア・カジノのバッフェで始まるのだが、今回はサンディア・カジノではなく、ハードロック・カジノに向かった。インディアン文化を前面に出しているサンディアとは違って、マイケルジャクソンや有名なロック歌手の衣装やギターなどが飾られている。運営は、イスレタ(Isleta)プエブロ。サンディアもイスレタも、プエブロインディアンのひとつの部族だ。イスレタ・プエブロのハードロック・カジノハード・ロックカジノのレストランにて 結局、乗り遅れた荷物は9時には届かず、アルバカーキ空港に電話をしたところ、「次の直行便で届くので、お届けは真夜中を過ぎます」とのこと。無事夜中にホテルに届けてもらったけれど、旅慣れた方の荷物だったので助かりました。それにしてもあの飛行機に乗り遅れていたら、私達自身が真夜中のアルバカーキ到着だったかも。。。。ホテルの朝食は、手作りのワッフルから。これもお決まりのコースかな。 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月22日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ(2)』(2)『ロス乗り換え60分! 』 成田を定刻に飛び立ったものの、気がかりはロスアンジェルスでの乗り換え時間の短さ。到着予定時刻を見ているうちに、とうとう60分あるかないかということになってしまった。そのうえ半分は機内の後ろの方の席で、私の席は飛び地になっていて一番後に近い。「これはもうダメかもしれない」と、フライトアテンダントの方に相談してみた。「シートベルト着用サインの点灯が消えたらすぐに動けるように準備をして、とにかく誰かひとり乗り継ぎ便にたどり着くように」ということで、通路を移動して旅なれた人にアルバカーキ行き飛行機に向かってもらうようにお願いし、他の人にはとにかく少しでも前に前に進むよう気持ちの準備をしてもらう。そうしているうちに、ほぼ満席に近い座席の、それも前の方に6席私達のために席を用意してくれたということで、後に座っていた6人は移動させてもらえることになった。言ってみるもんだ。声に出してみるもんだ。シートベルト着用の灯りが消えると同時に、「エクスキューズミー!」を連発して前へ前へ前へ。「乗り継ぎ時間が短いので、ごめんなさい」と遅れ気味の方も前にしていただき、無事入国。荷物を受け取り、6ターミナルから8ターミナルまで必死で歩く。どうしてこんなに長いのかと思いながら、できる限りの早足で歩く。先発隊は、アルバカーキ行きの飛行機にたどり着いてくれているだろうか・・・・・その時ひとりいないのに気づく。さっき数えた数では、ひとり足りない。。。。O1さんがいない・・・もうダメだ・・・・・私達の名前、アナウンスで呼ばれているし・・・・・ようやくたどり着いたローカル線乗り場。「O1さんは乗っていますか?」「O1さんはそこにいますよ」「それはO2さんで、O1さんとは違います。O1さんです、O1さん」「調べて見ましょう・・・・。O1さんは、もう乗っていますよ。あなたが最後の乗客です」この時ばかりは、涙が出た・・・・「助かった・・・・」周りの皆様、本当にありがとうございました。国内線が一本無くなったということで、航空会社から便の変更連絡があってからずっと心配してきましたが、皆さんのご理解ご協力のおかげで無事アルバカーキ行きの飛行機に全員乗ることができました。ロス上空 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月21日
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『サラさんと13人のジャバホ・ウィーバーズ(1)』(1)『それぞれの夢を乗せて』9月6日午後、成田空港に集合した私達13人は、ユナイテッドでロスアンジェルス経由アルバカーキに向かった。アメリカインディアン・ナバホ族の伝統織り物であるナバホ織りを、ナバホのウィーバー(織り手)サラ・ナタニさんから直接教わるため、アメリカのニューメキシコ州に向かった。八ヶ岳山麓でナバホ織りを習っていた私は、雑誌で読んだ記事を見て、「サラさんに会いたい」と思っていた。その願いは、ニューメキシコのタオスで開かれた2010年のウールフェスティバルを訪れるツアーで、偶然にも叶った。そしてその時、この素敵な笑顔のサラさんや娘さん、そしてお茶目なお孫さんの側で過ごしてみたいと思った。このツアーに参加した人達は、ナバホの毛糸の消費を助けるために、日本で本を頼りにナバホ織りを学び広めてきたり、ヨーロッパでサラさんの講習を受けもう一度会いたいと思っていたり、是非ナバホの大地でナバホ織りを学んでみたいと願っていたり、それぞれの思いを抱いて参加した13人の日本人。サラさんがニューメキシコ州テーブル・メッサでワークショップを開いていることはインターネットですぐにわかったけれど、日本人である私達のペースで私達のためにワークショップをしていただけたら、ありがたいと思い、あれこれコンタクトを取ろうとした。けれどなかなかうまくいかず諦めかけた時、いつもツアーを組んでくれるナバホのチャーリーがテーブル・メッサのサラさんの家を訪ね、私達の夢実現の架け橋を作ってくれた。「そんな有名な人から教わるのは無理だよ」と言われていたけれど、折にふれ言い続けてみるもんだ。「無理だ」と言われたことが、こうして実現するのだから!そんなこんなで、私達ナバホ織りを学ぶ日本人ウィーバー13人の夢を乗せ、ユナイテッドは成田を出発した。アルバカーキに向かう上空からよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月20日
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アルバカーキの空港で、ナバホ織り用の糸つむぎの道具スピンドルが機内持ち込みできず、購入した方達の4本のスピンドルを持ってセキュリティをあちこち移動したりもしましたが、結局チャーリーが日本に郵送してくれるということで一件落着し、その後は全てスムーズに、早め早めの到着で全員無事帰国しました。(あっ、ふたりアメリカ西海岸と中米に残してきましたが・・・)写真はどれくらい撮ったでしょう。ずっと写真を撮ってきている方が撮っていたところは、同じ位置に立って撮ってみたりもしましたが、どんなものになっているのかこれから見てみます。砂地で過ごしていたので、カメラはちょっとジャリジャリいっています。“シュッシュっての”で、まず砂をはらってから手入れしないといけないですね。旅をしながらだと、なんだか焦ってカチャカチャ撮っていて、量は撮ったけれど、もっと落ち着いて撮らなくちゃいけなかったなあ・・・と思い返してもいます。今回もまた旅の仲間に恵まれ、楽しい旅になりました。ナバホから帰ったら、きっとそのまま燃え尽きてしまうだろうと思っていましたが、次が見えてきたので、「忙しくなりそうだね」と皆さんとお別れしてきました。知恵を出し合って、自分たちのできることを真摯にやっていけば、きっとできると今思っています。そして私自身のもうひとつの次も、ちょっと楽しみができましたよかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月17日
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私の夢だけで無く、沢山の夢を乗せてやってきたサラさんナバホ織りワークショップの旅ですが、数えきれない程の想い出を残して終了しました。サラさん、タナバさん、孫のウインターローズちゃんをはじめご家族親戚の方々に出会い、素晴らしいものになりました。最終日の昨日は、ナバホディナーを用意して下さったのですが、私はフライドブレッドを作らせていただいちゃいました!!別れは惜しかったですが、思いがけない素晴らしいプランの提案を頂き、是非実現しようと話し合っています。私達の夢の実現を導いて下さった全て方々に感謝しながら、テーブルメッサを後にしました。テーブルメッサにもまた、虹がかかっていました.
2012年09月14日
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サラさんのナバホ織物ワークショップが始りましたが、夢のような時間が過ぎもう明日一日を残すのみにまりましたサラさんは本当に魅力的娘さんのタナバさんも とっても素敵で ここまできてほんとうによかったと思います今日は ナバホティをつんだり キャナリアンの根を掘ったり 媒染用のジプソンという石のようなものを拾いにいって ウールを染めました英語なので、時々参加者されてる方とサラさんの話がうまくいくように 『インタープリター!』と呼ばれていましたが、とうとうサラさんが私にインディアンネームというのか アメリカンネームというのか名前をつけてくれて その名前で呼ばれるようになりました写真も山のように撮っています 帰りには ホテルの上に くっきりと虹がかかっていましたそれも二重の虹
2012年09月13日
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キャニオンデシェイでのキャンピングを楽しんで届く、カイエンタに来ていますこれから朝食を取って モニュメントバレーへ!
2012年09月09日
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60分という脅威の乗継ぎ時間になってしまいましたが、13人の連携と皆さんのご親切のおかげで、無事ロスアンジェルス空港で乗り継ぎ完了!迷子になってしまったと心配した方が飛行機に乗っていたのを確認して 最後の搭乗者として 出発時刻直前に飛行機に乗った時は 涙がでました!荷物ふたつが乗り遅れるというハプニングもあり 配達予定時刻になってもホテルに届かないというトラブルもありましたが、アルバカーキ空港に電話で確認して次のフライトで届くことを確認多分もうホテルのフロントに届いているはずそんなこともありましたが、みなアルバカーキを楽しんでいますいよいよ明日からツアーが始ります!
2012年09月07日
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「願いは叶うことはないかもしれない、でも願わなかったら叶うこともない」と、“鶴瓶の家族に乾杯”でバトミントンの小椋久美子さんが、別府のAPUのバトミントン部の学生に話していた。「私はオリンピックにでられたけど、メダルは取れなかった。でもオリンピックに出たいと思っていても、出られなかった人もいる。でも最初から願わなかったら、それは決して叶わない」、と。オリンピックってわけじゃないけれど、会いたいな~と思っていた、ナバホのウィーバー・サラさんにお会いでき、ワークショップを受けてみたいと思っていながらも、なかなか連絡がとれないでいたのが、こうして現実になろうとしている。サラさんにナバホ織りを教わりたいと口にした時、「そういう有名な人には、なかなか教わることはできないよ」と軽くいなされたけれど、折に触れ、ちょっとずつ「ナバホのウィーバーさんのワークショップを受けてみたいなあ、例えばサラ・ナタニさんとかね」と言っていたのが功を奏したんだと思う。ナバホ織りの技術を持っている仲間がたくさんいるから、帰ってからみんなで情報交換しあえば、きっといろんなことを学び合えると思う。私は、そうして学んでいる人達の様子を記録して、今回行けなかった仲間にもその様子を伝えたいと思う。そしてもしできたら、サラさん自身のストーリーをうかがえたらいいなと思う。ナバホに生まれて、お母さんやおばあちゃんからナバホ織りを教わり、家族の生活のためにそしてナバホ織りを広めるために織ったり、あちこちでワークショップを開いてきた行動派のウィーバー・サラ・ナタニさんが、どんなことを思ってきたのかうかがってみたい。誰とでもすぐに話が盛り上げるというタイプでもないし、人見知りだから打ち解けるのに時間がかかるし、英語も充分話せないし・・・、負の材料はたくさんあるけれど、サラさんの横に座って、お話しに耳をじっと傾けることができたらいいな・・・・と願っています。お世話になった皆様、応援してくださる皆様、ありがとうございました~では日本のウィーバー13人、ちょっくらナバホに行ってきますゴールは ひとつのマイルストーンになった よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月05日
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バレリーナの森下洋子さんが、 一日練習を休むと、自分にわかる。 二日練習を休むと、周りの人にわかる。 三日練習を休むと、観客にわかる。と言われていましたが、ダイエットは、5kg痩せると、自分でわかる。10kg痩せると、仲の良い女友達が気づく。15kg痩せると、みんなが気づく。まあ、元がどれくらいかによりますけどね。120kgのコメディアンが20kg痩せても、あんまり気づかれなかったと言ってたし。ローカロ・ディッシュ、ウォーキング、ロングブレス、置き換え食、などなど、ちょっとずつあれこれやってみたけれど、目標の三ヶ月目はナバホにいるので、一応2ヶ月と3週間でシメてみました。結果は、5kg減。なんだ~、あんなに頑張ったのに。健康のことを考えたらこれくらいがちょうどいいけれど、ダラダラいつまでもやっているより、10kgくらいバーンと一気に痩せたかったのになあ~。そしてナバホから帰ったら、次のことに進みたかったなあ。。。「やると決めたら、すぐ動く」、で、それなりの結果も出したかったのに。5kgじゃ、誰も気づかない。自分では、ジーンズのウエストやモモの入り具合が楽になったのでわかるけれど、またもう1ラウンドやらないといけないかと思うとがっがりだわ。ナバホ・タコ食べ過ぎないようにしないと、日本に戻ったら、元に戻ったりしてたら目も当てられない。20kg痩せて、若返って綺麗になった人が目の前にいると、自分でもできそうな気がしてくる。ロールモデルって、威力抜群。きっと、ダイエットだけじゃなくて、他のことでもそうなんだと思う。焼き鮭のおろし煮 138kcalポークロールのトマトソース 155kcal「別冊エッセ」、とても参考になってます♪ナバホ行きが近づいて来たら、ロスアンゼルス空港での乗り換えが心配で。。。取り敢えず乗り換えの流れはわかったけれど、頭の中でぐるぐる回ってる。一度同じように通っているから、行けば思い出すかな。ひとりで頑張らなくちゃ、いや、みんながいるから何とかなるか・・・あ、ああ、きっと行きの飛行機は到着時間と乗り換えのことが気になって映画も楽しめないかも。アルバカーキ行きの飛行機に無事乗れたら、ほっとするだろうなあ~よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月04日
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今日は久しぶりに、同じ仕事をする仲間とのミーティング。“ローカロ弁当”を持って行きました。おやつにバナナも持参。小さめの唐揚げ2つチンしたから、ちょっとカロリー上がったかも一ヶ月半ぶりに会うので、足取りも軽く、なんだか顔を観ているだけで気持ちが明るくなってくる。している内容もそうだけど、一緒に何かをすることが楽しい人達ってのがいるけれど、彼女達はそんな仲間。私が仕事を続けていられるのも、きっと彼女達と企画したり、活動する、そのことが楽しいからだと思う。ミーティングの後は、余興のお品作り。遊びにも、アイディアを絞り、一生懸命やちゃうところもいいよね。今までずっと人に恵まれていたんだな~と、密かに感謝しました。ありがとう~声に出さないと伝わらないかな。でもきっと伝わっているよね。ありがとう。。。。よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月03日
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カジキの中華風キノコあんかけ たっぷりきのこは、えのき・しめじ・しいたけで。レンコンとパプリカは、素揚げになっていましたが、揚げ物をしたくなかったの、軽く茹でて焼いてみました。だから、レシピでは204kcal になっていますが、もうちょっとローカロリーかな?きのこで埋まってますが、メインはメカジキですシャキシャキれんこんも美味 よかったら、クリックしてくださいね! ↓ ↓ Thanks!!
2012年09月02日
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