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082のメディア嫌いはご存知のはず。それでも日本の民主主義の根本であるマスコミたまには良いことを言うことはある。何時も082から「突っ込みがたりない」、「ピンボケだ」と言われても、下でご紹介する今朝の日経朝刊記事は凄く的を得ていた。元々ライブドアショック後のマスコミによるホリエモンバッシングにはうんざりしていることは以前話した。ホリエモンの功罪と貢献は確り分けて考えるべきだ。では彼の功罪とは一体何だったんだろう。先ずは次の記事を読んで欲しい。******** 2006/02/06, 日本経済新聞 朝刊 5ページ ********資本主義の規範取り戻せ――公正な市場の審判役を(核心) 「資本主義を破壊させ社会の土台すら壊しかねない」と「感染性の強欲」に怒ったのはあのアラン・グリーンスパン氏だった。エンロン、ワールドコム事件のあと、米国のビジネス社会を取材したことがある。米国の資本主義は大揺れになっていた。ヘンリー・カウフマン氏は「会計を超えたところに問題の根がある」と危機感をあらわにした。不正会計を見逃した監査法人が消滅させられるなかで、ライバルの監査法人トップは規制の行方に神経をとがらせていた。 この米大企業の不正会計事件と日本のライブドア事件とを単純には比べられない。しかし資本主義の根幹を揺さぶっていることに変わりはない。危機に際し米国が底力をみせたのは、企業改革法(サーベンス・オクスリー法)の制定など米資本主義の信頼を回復するための迅速な行動だった。資本主義の規範を取り戻すために、日本はいま何をすべきかが問われている。 ライブドア事件は様々な角度から語られるが、議論の混乱もある。はき違えてならないのは、第一に、この事件は国民の資産である証券市場で違法行為をした若い経営者の過ちであり、改革のせいではないという点だ。小泉改革が批判されるとすれば、改革が遅れ、内容も不十分であるという理由からだろう。冷戦後のグローバルな改革競争で日本は周回遅れである。どんな政権であれ、改革の流れは変えるべきではない。 第二に、IT(情報技術)革命のせいでもない。人口減少社会が現実になるなかで、日本の優先課題はどう成長力を高めるかだ。ITをてこにした生産性向上こそ成長力底上げのカギを握る。IT革命はこれから日本の出番である。 第三に、事件でM&A(企業の合併・買収)の潮流が変わるわけではない。ダイナミックな技術革新の時代に、本業を軸に明確な事業ビジョンを実現するためのM&Aは「時間を買う」有効な経営手法である。経済活性化にもつながる。一方で、事業ビジョンもなく錬金術のような敵対的買収は人材の流出などによりほとんど成功しない。「良いM&A」と「悪いM&A」をどう見分けるかだ。 ライブドア事件がみせつけたのは、「資本主義の規範」がいかに欠落していたかである。 日本資本主義の父である渋沢栄一は『論語と算盤(そろばん)』のなかで「富を成す根源は何かといえば、仁義道徳、正しい道理の富でなければ、その富は永続することができぬ」と述べ、徳と富の一致を説いている。マックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、禁欲的な宗教倫理と資本主義精神のかかわりを分析してみせた。 一見懸け離れてみえる倫理観と資本主義精神の融合が経済発展を導く。資本主義の勃興(ぼっこう)期に唱えられた巨人たちのメッセージは時代を超えて、いまに生きている。 市場主義の先駆者、アダム・スミスの経済学も原点は道徳哲学にある。「人間がどんなに利己的なものと想定されうるにしても」という書き出しで始まる『道徳感情論』は人々の抑制的な「同感」で市場社会は形成されると説いた。だから、正義が守られなければ社会は崩壊するとみる。 「倫理なき自由経済は破滅に向かう」と日本経団連の次期会長、御手洗冨士夫氏は警告する。資本主義を支える二本の柱は倫理観と規律(ルール)である。市場の自由に見合う高い規律がいかに重要であるかをこの事件は示した。 証券市場に公正な審判役が不在だったことが、不正を放置する結果につながったのは事実だろう。いまの金融行政の仕組みに基本的な問題がある。金融庁のもとに証券取引等監視委員会を置くのは、コーチ(業者行政)のもとに審判(市場監視)を置くようなものである。これでは、とても公正なゲームは望めない。 証券監視委の増員などでお茶を濁すのではなく、金融庁から切り離し、米国の証券取引委員会(SEC)並みに独立した組織に改革するしかない。 財政と金融の分離のため、旧大蔵省から金融部門を分離したのは正しい選択だった。金融庁なしには不良債権処理もままならなかったはずである。しかし、それは金融行政改革の第一歩にすぎなかった。いま求められるのは大蔵省銀行局の流れをくむ裁量行政の復活ではなく、厳正なルールにもとづく公正な監視体制の強化である。 グローバルな市場間競争を生き抜くためにも、東京証券取引所は自主的改革を急がなければならない。証券犯罪に対する罰則も強化することだ。 エンロン事件から五年。強欲な元経営者の裁判が始まったが、米国の資本主義は完全に信頼を取り戻している。危機感を共有し、摩擦を恐れず素早く行動したからにほかならない。どんな資本主義システムにも欠陥はある。しかし、過ちを直ちに改革につなげる米国資本主義の強じんさには学ぶところが多い。 株価が戻り市場のライブドア・ショックが終息したからといって、安心してはならない。一番危険なのは危機に際して手をこまぬき、不作為から危機の根を残してしまうことである。日本はいまこそ資本市場を抜本的に改革し、資本主義を鍛え直すときである。世界がそれを凝視している。****************正直この記事で書かれている程米国の資本主義が素晴らしいとも思わない。今でも不正会計に関する疑念や事件は続いている。つい先日も大手保険会社AIGの不正疑惑が明るみにでたばかりだ。しかし日本と比べての相対的部分で学ぶべき所はあるだろう。ホリエモンは確かに法的・制度的不備を突いた事業拡大経営を中核にしていた。制度上の不備でやらなかった事に新たに挑戦した。ただし一線を越えてしまった事に対しては許されない。さてここで一番大切なのが記事でも書かれているように資本主義という思想をどのような形で高め、守り、生活に役立てていくかと言うことだ。つまり経済制度の一つである資本主義はその社会で暮らす人々の為にあるのであり、倫理観が問われるのはどんな社会でも当然のことであると言うことなのだ。
2006.01.30
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日経産業新聞に「仕事人秘録」と言うコラムがある。日経の私の履歴書に似たコラムと考えてもらっていいと思う。そこに先日まで塩水港精糖会長久野修慈氏のコラムが掲載されていた。実は塩水港精糖は以前「オリゴ糖」の商品化で名前を派したことがあるのだがそれ以外であまり注目される事も無く社名をちゃんと読める人も少ないと思う。会社の起源は戦前の台湾にあり色々な意味で変わった会社の一つだろう。ホントに不思議と偶然なのだが去年の暮から082の株チャートに取り上げてある会社と言うことでも不思議なご縁のある会社である。その会社の会長が久野修慈氏。そして彼が大洋漁業時代に秘書として勤めたのが以前082でご紹介した白洲次郎氏である。東北電力会長を退職したあと中部謙吉社長の相談役として大洋漁業に来た次郎氏は久野氏を秘書に指名する。その理由が「課長代理クラスの五人が秘書候補としてリストアップされていた」のに「白洲さんは一人一人の行状を取材し、労組時代に経営陣にかみついた私を適任と判断した」そうだ。つまり次郎さんの「手がける仕事には、オーナーの中部家にゴマをすらない、ニュートラルな人間が必要だった。」ということである。採用の基準が「経営陣にかみついた」経験がある人と言うのはいかにも次郎さんらしい話ではないだろうか。
2006.01.27
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082のノートブックです。
2006.01.23
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ホリエモン批判が蔓延するマスコミ、昨日のヒーローは今日の憎まれもの。ホントにホリエモンに文句があるなら彼が元気なうちに何で言えないのか。窮地に陥った人間を批判する事は082には出来ない。何れにせよ株式市場にあれだけの影響を与えた後の週末大雪が一転した晴天の空の日曜の朝久しぶりに政治番組のチャネルに合わせてみた。相変らずマスコミの報道姿勢にうんざりしながらもホリエモン大嫌いのフジテレビの政治番組を少しだけ除いてみた。何時もの竹村健一節を炸裂していた彼の番組の最後のコラムから言葉から一つ紹介したい。「指桑罵槐」しそうばかいと読むそうだ。簡単に言えば「分り易い事(桑)を指摘して、大切なこと(槐)を暗に批判する」と言ったことだろうか。竹村氏も、昨今の中国の「靖国問題」(桑)はそれ以外の根本的問題(日中問題)を引き合いに出していたがいい例だろう。今回のライブドアショックを仕掛けた特捜部、もしかするとホリエモンは「桑」、ならば「槐」はいったいなんなのだろうか。報道関係者もこの辺りを確りついてほしいものである。
2006.01.20
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この世に必ずと言うことがあるならばそれは「死と税金」。だから必ず上がる株なんてある訳はない。ただ必然的に上がる株がないわけではない。この必然が株取引の成功の鍵である。そんな事を悠長に書いている間にライブドアショックが市場を駆け抜けた。久しぶりの荒れ相場の中17日と18日のパニックセリングの中19日の市場開始でボトムフィッシング(市場全体が下がった中の割安株を買うこと)を出切る事が鍵となる。ライブドアのライバル会社楽天は18日の後場から、ネット関連の不動産オークション会社IDUは19日一気に株価を上げた。これらの会社がライブドアの置かれている状況と(短期的には)関連性がない事を考えれば値を戻すのは必然のこと。同時に数千億円と言われる時価総額が消えたライブドアの17%を所有するフジテレビジョンの株価がここ三日間で僅か5%しか下げていない事(19日は7.4%高)を考えればこの後株価を下げるのも必然。出切れば明日フジテレビの空売りを仕掛けてみてはいかがなものか。
2006.01.16
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何千何万とある株式の中から投資対象を選ぶのはプロでも大変なこと。日々取引される株価の中で二割以上上げる銘柄は数多くある。日によっては株価が五割も上がると言うこともある。そんな銘柄に全資金を投資できれば一日で一年の平均リターン以上をあげる事が理論上可能なのに、現実は名の通ったヘッジファンドでも年率20%を越えるリターンを毎年出す事は希である。暴騰する株を当てる事が出切れば、ヘッジファンドも、投資信託も、株のポートフォリオも要らないことになる。ただそう言う株をピンポイントで言い当てられない事実を知ることこそが「無知を知る」ことであり、投資の始まりだ。昨年の株式インデックスのリターンが約五割。つまり平均で50%儲かった計算になる。ところが毎年そう言う年があるかと言うとそうは行かない。因みに過去五年間日経平均に投資した人の通期のリターンはマイナス20%程になる。一般的には長期間の投資における株の優位性が言われている。ここでは長期投資の株式のリターンを語るのではなく、毎年毎年株式でそれなりのリターンを上げるにはどうしたら良いかをテーマにしたい。明日二割値を上げる銘柄をピンポイントで当てる事は難しいけど近い内に二割上がる銘柄を選ぶのは可能はことだ。遅かれ早かれ日の目を見る銘柄探しを中心に投資をするのである。必ず勝つ銘柄を探すのではなく自分の知っている銘柄の中から勝てる銘柄を作り上げるのだ。
2006.01.13
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今年最初の082からの挨拶は「Keep it Simple, Stupid!」と言うわけ。本屋である雑誌を立ち読みしながら頭に浮かんだ言葉。それでもこの格言もう二十年ほど使っている。実はその雑誌とは株の話。東証一部上場企業が1704社。二部は508社。マザースは164社で、ヘラクレスが131社。そしてジャスダックは976社。合計なんと3483社の上場会社があることになる。そんなに数多ある株式銘柄に加え投信やファンドの数はそれ以上の数がある。それだけじゃない外国株や債権投資、為替、商品取引なんてのもある。じゃいったいどうやって銘柄や投資先を見つけたらいいのか。それが「KISS」の始まり。ところでこの格言今までいい日本語訳に出あった事がなかった。本屋で株の雑誌をよんでいて最初に思いついた言葉は「無知の知」。それから「KISS」を連想した。そんな訳でこの後は「無知の知」を使いながら話を進めてみたい。
2006.01.09
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歴史とは過去の事実の事。現代を生きる僕たち以前におきた事は歴史と言うことになる。一方未来はこれから起こること。過去の歴史を如何に認識するか、そして未来に伝えて行くかはとても大切なことだろう。過去の歴史の中には「焚書」等に代表される歴史の塗り替え作業が何度と行なわれてきた。例えば2000年以上前の秦の焚書や20世紀のナチの焚書等は良く知られている。多かれ少なかれ歴史を変えていくことは日常茶飯事である。例えば会社で都合の悪い事が起こると前の上司のせいにしたり、会社を辞めて行った人のせいにするなどよく聞いたりしたりしていないだろうか。つまり現在における歴史と将来における歴史とは必ずしも一致しないのである。身近な歴史に触れてみた。例えば昭和史。平成18年になってもまだ082の年の過半数は昭和だ。この言い方だと今年36歳以下の人は平成人、それ以上は昭和人かもしれない。何れにせよ、昭和人から見た昭和の歴史と平成人から見た昭和の歴史は違うだろう。そして平成人が彼らの次の世代に昭和と言う時代を伝えていくのだ。最近本屋で立ち読みした文芸春秋の『鮮やかな「昭和人」50人』と言う記事を読みながらそんな事を思っていた。ここに登場している人物たち。平成人に如何に評価を受けるのだろうか。将来例えば20年後に書かれる「昭和の50人」はおそらく違った人物達になるのだろう。そのころには082も平成人として今の50人のうち何人がそのリストにいるのか見てみたい。
2006.01.06
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今年の正月休は4日から仕事始めと言う人が結構居たように聞いている。一方年末は23日の天皇誕生日から思い切って休んでいる人も居たのではないだろうか。何れにせよこのゴールデンウィーク、お盆と並ぶ日本三大バケーションシーズンの年末年始を今年も皆楽しんで頂けたことと思う。クリスチャンの少ない日本もクリスマスが商業化されて久しい。最近では町の飾りも正月飾り以上にクリスマスで盛り上がっている。日本のクリスマスに関してはここであまり語りつもりはないのだが、082の住み慣れた英語圏(大方クリスチャン)の国だと師走の後半ともなると「良いお年を」と言う変わりに「メリークリスマス」と言って握手あるいは抱擁や軽いキスを交すのが社交上の習慣になっている。一方この「メリクリ」を意図的に言わない国もある。それは非クリスチャンに対する考慮からだ。多文化が同居する社会の中ではこう言った配慮は優しさの表現にもなっている。そんな社会の影響を受けてか、もう十年以上もメール等の挨拶には「メリークリスマス」とは言わなくなった。勿論相手がクリスチャンと分っている場合は逆である。つまり意図的にそう言っている。イスラエル人に対してハヌカを尊重してあげるのも同じ理由だ。だから082のグリーティングカード(クリスマスカードではありません)はいつも「ハッピーホリデーシーズン」を使っている。そんなことを言っているとさぞかしちゃんとグリーティングカードや賀状を出しているようだけど今年は全くだった。メールも殆どである。今年の暮れにはちゃんとまた手書きの挨拶をかける生活に戻ってみたい。これが082の新年の抱負と言うことになるのだろうか。
2006.01.02
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