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日曜日、27時間テレビを見ていた。フィナーレ近くに、総合司会のSMAPの27曲、45分間のノンストップライブがあった。途中、中居君が苦しそうに何度も水を飲み、「ありがとう」歌っている途中で舞台から消えた。中居君も40歳を過ぎて、大丈夫なんだろうかと心配になった。次の曲から出てきてほっとしたけれど、やっぱりしんどそうだった。歌い終わった時は、もう5人ともフラフラみたいで、もう終わらせてあげたらいいのに、「最後まで汗をかいてもらいましょう」とフジテレビ本社まで歩いて帰って下さいという。フジテレビ、なんてひどいことをするんだと思っていたら、歩く彼らに届けられたのがいろいろな人からのメッセージ。そして、周りに人が少なくなって、最後に読まれたのが、森君からの手紙だった。森君が脱退して18年。森君が脱退した時のことはよく覚えている。1996年、4月からスマスマが始まって、同じ時期に始まった「ロングバケーション」と共に、私は急速にSMAPに嵌っていった。スマスマが始まった直後の5月、森君は脱退した。昔から森君はオートレースの選手になるのが夢で、養成所の年齢制限がその年までだったので、事務所に内緒で試験を受け、合格したらしい。あの頃、SMAPの中で一番人気があったのは木村君と森君。夢がモリモリは、森君がいたからSMAPが出ていたんだと思う。スポーツ万能で、歌も踊りも上手かった。でも、内緒で受けたことが事務所の逆鱗に触れた。5月最後のスマスマの中で、突然森君の脱退が告げられ、「ベストフレンド」を歌いながら、号泣していた中居君を覚えている。引退会見はひっそりと行われ、中居君だけが同席した。それ以降、昔の映像から森君は消され、話題にすることも許されず、SMAPの中に森君は存在すらしてなかったことになってしまった。そんなことが10年以上続いた。でも、5.6年前、剛君の謹慎が解け、復帰したころから、SMAPは森君の話題もよく口にするようになった。(やっぱりそのこと以前書いているわ。)でも、今回の27時間テレビ、オープニングから、原監督が、森君の引退のことに触れ、中居君に、引退した時どう思ったか質問した。それだけでなく、ゴローちゃんと剛君にも、不祥事を起こして謹慎していたときの気持ちや、復帰した時の気持ちなど突っ込んだ質問。ドラマも解散をテーマにするなど、SMAPの本音がバンバン出てくるような展開だった。森君のこと、どこかで出てくるんじゃないかと期待していたら、最後に森君の手紙。森君は、オートレーサーの世界でも活躍しているらしい。違う世界に進んだけれど、お互いに刺激し合っているんだろう。もし、日本一になったら、ビストロのゲストで出てきてほしいなあ。それも、もう近いような気がしている。
2014.07.29
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26日の土曜日の夜は、恒例となったご近所さんとの食事会。場所は、歩いて20分ぐらいのところにある「うずしお」というお店。でもその日の大阪は、気温が37度まで上がり、夕方になっても日差しが強かった。みんなで歩いて行く予定だったけれど、当番のKさんのだんなさんが、車をピストンして送ると言う。その日は、朝の9時から、上の孫二人と過ごしていて、私も疲れていて、帰りも車が欲しかった。「ノンアルコールビール飲むから、私も車出すわよ。」と言って、車で近所の人を乗せていくことにした。参加者は9人。みんな生中を頼んで、私はノンアルコールの瓶ビール。うずしおは昔からあるお店だけれど、長い間行ったことがなかった。でも、その量の多さにびっくり。うざく・かに酢お造り盛り合わせアユの塩焼き・枝豆・から揚げ・ホタテのバター焼きこの一皿がすごいボリューム。もう食べるのがしんどくなってきた。冷しゃぶとサラダ。茶碗蒸し。お寿司が付いているけれど、食べられないのでみんなお土産にしてもらった。最後にフルーツ、スイカ・メロン・マンゴー。お土産に、にぎりずし5貫。帰ってすぐにダンナが食べたので、写真は取り忘れた。結局ビールは2本飲んだ。これで5030円。何度も書いているけれど、このご近所さんとの食事会、夏と冬との年2回、もう30年以上続いている。年齢は上は80代。私は下から2番めで、一番年下のMさんは、今月30日が60才の誕生日。順番で二人ずつ当番になって、お店を決めている。帰り私の車に乗ったのは、年の順で上から4人。残りの4人は、細い近道を通ると言うので、車をガレージに入れてから、家の間でおしゃべりしながら、他の人の到着を待った。9時を過ぎて、風が出てきて気持ちよかった。家に帰ってから、録画していた27時間テレビのオープニングを見た。総合司会はSMAP。日曜日、珍しく息子の仕事が休みだったので、孫たちの家には行かずに、のんびりとテレビを見た。しょうもないなあと思うところもいっぱいあったけれど、ラストの森君の手紙には泣けた。ホントは、それが書きたかったんだけどね。
2014.07.28
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退職仲間と、兵庫県の香雪美術館へ行ってきた。東灘区にある香雪美術館は、住宅地の中にある小さな美術館。そこに円山応挙と、その弟子たちの作品が展示されていた。上の絵のような孔雀や牡丹のように、鳥や花の絵が多かったが、写実的で細部までとても緻密に描かれた絵が多かった。鳥の飛ぶ様子をいろいろな角度から観察して、絵筆でスケッチしたような絵があったり、いろいろな花や鳥などを写生して、図鑑のような作品があったり、忠実に見たものを写生して研究したことがわかる。でも、右の竹の絵や、鯉の泳ぐ水面の様子などを見ると、さっと一筆、ためらいなく描いたような線も多い。才能と努力の人だったのだろう。虎の絵を見て、美術館によく行くTさんが、「この虎の目は、どこから見ても目が合うよ」と教えてくれた。それで、右から見たり左から見たり・・・足のない幽霊が、ふわっと浮くような感じに見えたり、色を塗らないで、紙の地の白を生かして松に積もる雪を表したり、効果的に見せるためにいろいろな技法があるんだなあと思った。約250年前の作品なのに、色彩がとてもきれいだった。美術館を出てから、近くの神戸屋レストランでランチ。私は、これにパンとコーヒーのセット。ベーカリーレストランなので、パンが美味しい。お代わり自由のコーヒーも嬉しかった。
2014.07.22
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最近、週2回ほど夕方から孫たちの家に行っている。今日も、スポーツクラブが終わってから、一度家に帰って、一人で向かった。着いたのは5時前。それから洗濯物を取り入れてたたみ、お味噌汁と、スパゲティーサラダを作った。5時半ごろ、玄関のチャイムを鳴らして、学童保育から次男坊が帰ってきた。いつも自分で鍵を開けて部屋に入る子だけれど、私がいるとわかっていたからかな?お腹が空いたと言うので、レンジポテトを作ってあげた。それを食べると、宿題の本読み。学童保育で、漢字ドリルと計算ドリルは終わっていた。終わると、お手伝い。リビングや廊下をクイックルワイパーで拭いてくれた。しばらくすると、長男が帰ってきた。学校から帰ってきてから、友だちと遊んでいたらしい。まずお手伝い。私がたたんだ洗濯物を、引き出しの中に入れて行ってくれる。右手首を骨折して左手しか使えないので、「パパの服が直されへん」と言うけれど、できることだけ。それが終わったら、宿題の算数のプリントをした。2人とも、お手伝いと宿題を終わって、明日の用意もしたので、200円ずつお小遣いをあげたら、早速、おこづかい帳に書いていた。次男に続いて、長男が骨折し、何か家の中のリズムが上手く回っていないのかもしれないなと思った。5月からTちゃんが新しい職場で働きだし、家に帰ったら、男の子3人の世話に追われている。ご飯を食べさせて、お風呂に入れて、宿題を見て、寝かして、慌ただしく過ごしているんだろう。一番心配なのは、Tちゃんが体を壊さないかと言うことだった。私が勤めている頃、学期末の忙しい時に、時々母が来てくれて、帰ってきたら洗濯物を取りこんでたたんでいてくれて、おかずも少し作ってくれていることがあって、すごく嬉しかった。ヨメと姑の立場だけれど、Tちゃんも喜んでくれるかな?姑に、留守中の家の中に入られるのは嫌という声も聞くので、おかずの材料は、ほとんど持参して、使うのは調味料ぐらい。ママが帰ってくるまでには、宿題を終わっているし、部屋も子どもたちと一緒に片付けているので、ちょっとはゆったりできるかなあと思うんだけど。「○○買って~」と言う孫たちに、「じゃあお小遣い溜めて買いなさい」とはじめたお小遣い制度だけれど、こづかい帳も与えたら、ためることにすごく意欲を燃やしている。
2014.07.16
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今年、9月の岸和田祭りに、ダンナが敦賀の友だちを招待している。NHKの朝ドラの「カーネーション」などにも出てきて有名になったものの、まだまだ地方のお祭りだろうと思っていたら、思った以上に大変。6月下旬にホテルをネットで予約しようと思ったら、近隣のホテルが、その日はどこも満室になってしまっている。直接ホテルに行って聞いてみて、やっと予約を入れることができた。観覧チケットも、去年は取るのが大変だったそうで、だんだん取れるかどうか、心配になってきた。コンビニをしている友人に聞いたら、発売日もぎりぎりにならないとわからないらしい。取れなかったら困るとダンナが言うし、毎日毎日、だんじりチケット発売の情報が無いか、ネットを見ていた。チケットぴあの会員にもなった。「7月10日、木曜日の、午前10時、 チケットぴあと、セブンイレブン、サークルKサンクスで一斉発売、」とネットで出たのは、7月5日。コンビニのオーナーの友だちと、娘やムコにも頼んで、自分もどこかのコンビニに並びながら、チケットぴあに電話をかけようかなあと思っていた。発売前日、ダンナは敦賀に行っていなかった。ちょっと不安になってきて、チケットぴあに直接行って並んだ方が確実かなと思った。場所がわからなかったので下見をしておこうと、和泉市にあるチケットぴあのお店にナビをセットした。プールが終わってから、チケットぴあに着いたのは夕方5時ごろ。もう一人順番を取っていた。毎年、前日に数人並ぶらしい。チケットぴあのお店の人に、朝早くても取れるかどうか聞くと、お店に何枚来るかわからないし、何とも言えないと言う。去年は、10時の時点で、50人ぐらいならんでいたそうで、沢山買う人もいるし、買えなかった人もいたそうだ。「でも、今年は、だんじり協会でも少し販売するそうですよ」と言っていた。当日朝早く来ようと思ったけど、チケットぴあのある施設の駐車場は、朝8時半にならないと開かない。駐車場の入り口から並ぶかもしれないなあと思った。当日は、朝早くから目が覚めた。6時半ごろ、チケットぴあへ行こうと出かけたけれど、その前にだんじり協会にも行ってみようとナビをセットした。台風が近づいていて、雨が降っていた。わかりにくい場所だったけれど、小さな看板の前に二人並んでいた。ぐるっと付近を回って、空き地に車を置いて歩き出そうとしたら、どしゃ降りの横殴りの雨が降ってきて、あわてて車に戻った。また行ってみたら、今度は3人。車のトランクに入れていた、小さな折りたたみ椅子を出して、先に順番を取って、どこかに車を停める場所は無いか聞くと、市民病院の駐車場に入れたらいいと教えてくれた。「順番取っておいてあげるよ」と言ってくれたので、お願いして、車を入れて戻ってきたら、もう2人。でも、最初の2人も、私の次の2人もご夫婦で私は3番目。1番の年配のご夫婦は、だんなさんがだんじりが大好きで、毎年、全ての時間帯を網羅して、いろいろな場所で見るのだと言う。2番の奥さんは、娘さんの嫁ぎ先のご両親を招待したのだと言う。うちと一緒で、確実に6枚取りたいのだと言っていた。4番に並んだご夫婦は、息子さんに頼まれて、いろいろな時間帯と枚数を書いた表を持って来ていた。午前7時から10時まで、待ち時間が長かったけれど、周りの人とおしゃべりしていたら、退屈せずに時間が過ぎた。途中、お互いに荷物を見あって、近くのコンビニにトイレを借りに行った。10時前には30人ぐらいの人が並んでいけれど、確実に取れるだろうと娘にメールを送ったら、反対に、チケットを取ってと頼まれた。10時になって、発売が開始された。チケットぴあやコンビニでは、料金後払いだけれど、ここは直接支払って、手渡し。無事横並びに6枚取ることができてほっ。ダンナから電話がかかってきて、取れたと言うと喜んでいた。娘に取れたよと、ラインを送り、座席番号を知らせると、めちゃめちゃいい席みたい。チケットぴあで見てみると、今日の時点でまだ観覧席が残っている。去年は、岸和田祭りが雨の中で行われて、観覧席の人はずぶ濡れになりながら見たらしい。観覧席に座らずに、アーケードの中に避難した人も多かったそうだ。そんなこともあって、去年より取りやすくなっているのかもしれないな。とりあえず、ほっとした。
2014.07.15
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「日曜日の夜、スポーツクラブのダイビング懇親会があるけど行くの?」久しぶりにプールへ行った木曜日に聞いたけれど、その日は、ヨメの仕事が入っていて、朝早くから孫たちを見ることになっていた。「子守りがあるから行けないわ」と言ったけれど、海洋実習も休んでしまったし、最近スキンダイビングのレッスンも行けてないし、同期7人の中で一人だけ、遅れてしまって、懇親会も休んだら、話題に取り残されてしまうだろうなあ。、もう少し早く連絡してくれたら、ヨメに調節してもらうのになあと思った。木曜日、敦賀から夜遅く帰ってきたダンナに言うと、「子供ら見といてあげるから、行った方がいいよ」と言ってくれた。それで急遽申込み。日曜日は、朝から夕方まで孫たちとすごし、子どもたちを家に連れて帰る前に、私を会場に送ってくれた。ダイビング懇親会の参加者は8名。まずは海洋実習の合格に乾杯。海洋実習の様子をいろいろ教えてくれる。6人に、インストラクターは3人。とても親切で、安心感があったそうだ。経験者が二人参加していた。1人は、現在75才。7年前に取ったのだと言う。去年行った、沖縄や石垣、足摺岬などの写真を持って来ていた。海の中の珍しい魚の写真を写すのが面白いのだと言う。もう一人は、58才。ライセンスを取ったのは、3年前。でもこの人は、両足の股関節に人工関節を入れていて、講習の途中で痛くなったから、学科試験を通ってから、海洋実習に行くまでに1年以上かかったのだと言う、練習中は、保温のために、いつも足首までの水着を着用している。うちのスポーツクラブには、他にも90歳近い高齢方もいるし、大いに刺激を受けて帰ってきた。私が海洋実習絵行くときは、ツアーとしていっしょに参加するからね。と言ってくれる人がいるのが嬉しい。頑張らないと。
2014.07.14
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敦賀の義母は、木曜日に病院に入院した。火曜日ぐらいから、、また認知症の症状が出てきたので、ダンナは、水曜日の朝から敦賀に向かった。「○○さんのお葬式に行かないと」と言って、足を引きずりながら、シルバーカーを押して歩き回ったのだと言う。それで、シルバーカーをそばに置かないことにしたらしい。ケアハウスに入ってから、毎週のように呼び出しがかかって、ダンナもだんだん疲れてきているようだ。二重に費用がかかるのは大変だけど、入院ができてほっとした。2週間前、右手首を骨折した孫は、昨日やっとギブスが取れ、添え木の固定になった。土日、3人で泊まりたいと言っていたけれど、腕にはまだ2本のワイヤーが刺さっているのでとりやめた。最近、私は、週2回ほど孫たちの家へ行くことにしている。夕方行って、孫たちが帰ってくるのを待ち、洗濯物を取り入れ、夕食を少し作ってあげる。孫たちと相談して、帰ってきたら宿題をして、お手伝いもできたら、週200円のお小遣いをあげる約束をした。今まで、お小遣いの習慣のなかった孫たちはやる気満々で、次男坊は掃除機をかけ、長男は左手で、洗濯物を片付けてくれる。土曜日は、次男坊が学童、三男坊が保育所なので、今日は長男と二人で、サイデリアでお昼を食べた。午後は、長男は近所の友だちと一緒に外で遊んでいた。私は、プールへ行くつもりだったけれど、うたた寝して、寝過ごしてしまった。マンションは7階で、風が通って気持ちがいい。喉の調子がまだよくなくて、痰ばかり出る。熱は無いけれど、風邪かなあ。雨に濡れたのが良くなかったんだろうか。台風は、木曜日、紀伊半島の南を通過した。それほど大したことはなかったけれど、一度だけ、木曜日の朝早く、どしゃ降りに遭遇した。このことをまた明日。
2014.07.12
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2カ月ぶりに、元同僚のお宅にランチに行った。前回、こんなのれんのかかっていたお宅だ。テーブルセッティングも、ガラスや貝殻を飾って夏らしい。部屋の片隅には、こんな紫陽花も飾られていた。暑かったので、着いてすぐに出してくれたのがこの飲み物。エルダーフラワーシロップを炭酸で割ったもの。そら豆のスープ。メインディッシュは、鯛のグリル。付けあわせは、人参とズッキーニ。ポテトサラダにオリーブが入っているのは初めて。ライスコロッケは1人2個ずつ、大皿で。大皿のトマト。上にはバルサミコ酢であえた、パセリ、キュウリ、バジル。一人ひとりのサラダは、トマトとアボガドに、サルサソースをかけて。生姜のアイスクリーム。これが美味しくて、作り方を教えてもらった。最後に、コーヒーと、杏仁豆腐とスイカ、グレープフルーツのデザート。喉の調子はすっきりしないし、どうしようかなと思ったけれど、美味しいお料理を食べて、おしゃべりしていたら気分もすっきり。正午前から4時ごろまでゆっくりさせてもらって、これでお代は、1500円。安いでしょ。夏場は避けて、次回は11月。ここで食べて嬉しいのは、材料や作り方を教えてもらえること。前回行ってから、家でよくラタティーユを作るようになった。今回も、ポテトサラダに今度からオリーブを入れると思うし、生姜アイスも作ると思う。盛り付け方やテーブルセッティングもとってもおしゃれで真似したいな。
2014.07.08
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昨日の夕方、孫たちのところへ行った。一番上の孫が泊まりたいと言ったけれど、ちょっと喉が痛くなってきて、気になったので、来週にしてねと断った。夜中に、咳が出て、痰が絡んで何度も起きた。朝起きたら頭も痛い。天気も悪くて、洗濯物も干せないので、一日中ごろごろ。薬を飲んで、頭痛は治まったけれど、喉がすっきりしないし、体がだるい。午後から、プールでスキンダイビングのレッスンがあるので、行こうかなと思ったけれど、やっぱり気分がのらない。痰の絡みを取る、何かいい方法はないんだろうか。龍角散があったので、粉を飲むと、ちょっと取れるけれど、しばらくするとまた絡みだす。ところで、この龍角散、いつのだろう。6.7年前咳が出て困ったことがあったので、その時かな?諸費期限はとっくに過ぎていると思うけれど、まあいいや。普段着のままで、お化粧もせず、テレビを見ながら本当にだらだら。録画した、映画やドラマを消化している。やらないといけないこともいっぱいあるんだけどなあ。まあ、今日一日だけいいかあ。
2014.07.06
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水曜日、義母の介護度を再審査してもらった。認知症は、表面上思ったほどひどくは無い。幻覚も、私が一緒にいる間に2回、何も落ちていないところに、「その白い紙なに?」と言ったりする程度。でも、審査の途中、義母が私も言わせてと、「この病院は、看護婦さんが朝8時にしか来ない。 夜中に何回呼んでも、男の人しか来てくれない。」と何度も訴える。このケアハウスを、病院だと思っているようだ。要介護から要支援に替わったことも、理解できてなかったのかもしれない。無理に歩いて転んだりしたので、ますます足の調子は悪く、シルバーカーを押しながらも3m進むのも大変な状態で、食事も着替えも排泄も手助けが必要で、要介護は間違いないだろうと言うこと。ただ、審査の結果が出るまでに2.3週間かかると言うこと。それでもまだ本人は、大変なことを隠そうとしていた。審査の人が来る前、部屋にあるオムツや、汚れて干してあるシーツを、押し入れに片付けて欲しいと言っていた。審査の時は、家族が詳しく伝えないといけないんだろうなあ。木曜日、病院で内科と整形外科を受診した。MRIやレントゲンをとってもらった。骨は折れていないけれど、変形して歩きにくいので、「入院させてもらえませんか?」と聞いたら、あっさりOKが出た。ただ今は空きベッドが無いので、空いたらと言うこと。手続きの用紙に記入して、ケアハウスの人に渡した。今後、空いたら整形外科に入院して、要介護の診断が出たら、以前いた老健施設に再入所させてもらう予定。でも、老健施設の方も今は空きがないそうだけど。ケアハウスに入ったままの入院や、老健に入所が決まってからも2か月間は、ケアハウスの費用がかかり、二重の支払いになる。8月から私の年金が入ることになって、やっと生活が楽になると思っていたのになあ。でも、元の老健施設も、4月から入ったケアハウスも、今度入院する整形外科も同じ系列。義母は替わったことによって、状態も悪くなり、介護度も重くなった。なんか、うまく回しているような気がしないでもない。
2014.07.05
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骨折した孫は、昨日退院して、今日から学校。仕事が休みの息子が、学校への送り迎えをしたそうだ。敦賀の義母は、明日介護審査の日で、私たちは、明日の朝早く敦賀に向かう。それで今日は、久しぶりにスポーツクラブへ。一週間以上空いてしまっていたダンナは、久しぶりで、ジムで使うショートパンツと靴下を、いつも使っているリュックに入れ忘れ、靴下はスポーツクラブで購入し、履いて行ってた半ズボンで運動していた。私も久しぶりに筋トレをした後、プールとサウナへ。海洋実習に行ったNさんが来ていた。土曜日は雨でとても寒く、「しんどて、もう止めて帰ろうかと思ったわ」と言う。反対に日曜日は、カンカン照りで暑く、口の中が塩辛くて、胃が痛かったそうで、海から上がって戻したそうだ。私より若い男性のNさんが、そんな状態。昨日電話で話したOさんも、しんどかったと言っていた。海の水が汚く、インストラクターの指示がわかりにくかったそうだ。今日も疲れがとれないので休むと言ってた。日頃山登りをしているOさんもそんな状態で、私が行ってたら、大変なことになってたような気がしてならない。自分には、何か霊感のようなものが働いているような気がしてならない。手のひらの真ん中に、神秘十字と言う手相があって、「これは命を守ってくれるから、大切にしなさいよ」と言われたことがある。今回、孫のことがある前から、とっても不安を感じていた。でも、海へのあこがれはある。ビーチリゾートへ行きたいとずっと思っている。海洋実習に参加した6人は、私のことを心配してくれていたそうだ。海洋実習の日に、Cカードを持っている人たちのツアーもあったそうで、今度私が1人で海洋実習に参加するときは、同じところへツアーで参加しようと話してくれていたそうだ。とっても、ありがたいなあと思う。今度参加するときは、すっきりした気持ちで行けると良いなあと思う。
2014.07.01
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