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夫の浮気が原因で離婚したテリーサは、息子が父親と一緒に過ごす間、自分も休暇を取りケープコッドにやってきた。ある日海岸でジョギング中に手紙の入ったボトルを拾う。それは亡くなった女性に宛てた愛情のこもった手紙だった。感動したテリ-サは、勤務するシカゴの新聞社でこの手紙のことを話題にする。ボスがこの手紙を新聞の記事にした事で反響を呼び、テリ-サは手紙の書き主を探しにノースカロライナの港町へと出かける。そこで手紙の書き主ギャレットと知り合い、彼は2年前に亡くした妻を今でも深く愛していて、心を閉ざしたままでいる事を知る。テリ-サはボトルのメッセージを拾った事も、新聞の記事にした事も言えないまま、二人は惹かれあっていく。その後、シカゴのテリーサの所へやってきたギャレットが、彼女の部屋で自分が流したボトルを偶然に見つけて混乱し、テリーサの元を去ろうとする。しかし、彼の父親のドッジから「新しい愛に生きろ」と言われ亡き妻に別れを告げようと自分の船で沖へ出ていく…この映画が封切られた頃、雑誌などで評論家の意見は賛否両論だったことを記憶していく。ベストセラー小説の映画化だが、私の今回観た感想は…良い映画だったと思う。ちょっと『世界の中心で~』的な要素もあったが。逢ってすぐに恋におちるものだろうか、とか、2年も忘れられない妻がいたのにあっという間に恋が出来るか、とかいろいろ言っていた評論も覚えているが、恋なんてある日突然訪れるものだろう。最初は手紙の内容に恋しているように思えたが、きっかけは何であれ、そんなことは関係ないと思う。妻との愛は想像も出来ないくらい深いものだったのだろうけど、新しい恋に揺れるギャレットの気持ちはよくわかる。妻の事を忘れたくない、でも自分でもこのままじゃいけないとわかっているし、テリーサには惹かれているし。もどかしいギャレット。でも、テリーサもそこのところはよく判っている大人の女性だ。ギャレットとテリーサが、毛布にくるまって海を見つめるシーンが美しい。夕暮れの海を見つめる二人は静かに愛を育んでいるように見える。新しい恋に踏み切れないでいる息子を心配する、父親役のポール・ニューマンが良かった。実を言うと私には、内容よりも、主役の二人より、ポールが一番光っていて、ドッジが彼でなかったらこの映画そんなに印象に残らなかったかもしれない。渋くて、ちょっとだけワルな雰囲気も漂わせて。やっぱりポールはすてきだな。切なくなる大人の恋愛映画だった。
2004.10.27
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ずうっと観たい、観たいと思っていた1962年のフランス映画を、先日やっと観る事が出来た。最初の映像は戦争中。ピエールは戦争中に少女を射殺したと思いこみ、パイロットだった彼は墜落のショックで記憶喪失になってしまった。運びこまれた病院にいたのは、看護士のマドレーヌ。今では恋人同士で一緒に住んでいるが、自分の過去に不安を抱いているピエールは、マドレーヌの献身的な愛情にも応えられないでいる。ある日、ピエールは父親に寄宿学校に入れられようとしていたひとりの少女と出会う。彼女は父親から捨てられてしまったのだった。何故か彼女の事が気になったピエールは、父親だと嘘をついて、日曜日毎に彼女に面会に行く。公園の池のほとりでたわいのない話しをするピエールと少女フランソワ-ズ。彼女といる時は、ピエールは心から笑うことができる。マドレーヌはピエールの変化に気付き、叉周りから2人のことを聞いて、ある日曜日にピエールの後を追う。しかし、池のほとりで遊ぶ二人の姿は、ピエールも子供のようで彼女は安心してその場から去った。しかし、クリスマスイブに、ピエールが友人の芸術家カルロスの部屋のクリスマスツリーを持っていってしまった事を心配したマドレーヌが医師のベルナールに相談したが、ピエールを変質者扱いしていた彼は警察に連絡してしまった…シベールとはフランソワ-ズの本名。寄宿学校ではシスター達が、異教徒的な名だということで、フランソワ-ズと呼んでいた。シベールは最初ピエールにも本名を明かさない。風見鶏をくれたら教えてあげる、と言っている。クリスマスに、マッチ箱のプレゼントをピエールに渡し、その中に「シベール」と書いた紙が入っていた。これが彼女からのクリスマスプレゼントだったのだ。自分の名前をプレゼントにしたところがグッとくる。家族から見捨てられてしまった独りぼっちの幼い少女と、過去をなくしてしまった恋人はいるが孤独な大人の男性。親子ほどの歳の差はあるが、二人にはどこかで共通するものがあり、心を許せる事が出来た。池のほとりの風景が美しく、真っ白な帽子の似合うシベールが愛らしい。いつも何かに怯えるように、自分の過去を探す手がかりはないかと町をさまようピエールの唯一のホッと出来る時間は、シベールと逢う日曜日。二人の純粋な友情と愛情が、美しい風景と共に心に刻みこまれた。シベールの最後のあの表情が目に焼き付いている。あまりに悲しい最後。いかにもフランス映画という感じがする。でも、きっといつまでも心に残る映画だろう。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~新潟の地震には驚いた。従妹の結婚式が終わり、叔父の家にみんなで集まったところそのニュース。一夜明けたら、悲惨な状況が伝わってきて、毎日ニュースを見ながら悲しい気持ちでいっぱいになる。近くだったら炊き出しして、食料を持っていきたい気持ちだ。大きな地震、日本国中いつどこで起こるかわからない。改めて、普段から防災に対しての心掛けが大切だと痛感した。これから先、段々と寒くなってくる。1日も早く余震も終息し、被災者のみなさんが普通の生活に戻れる事を願うばかり。
2004.10.26
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むか~し観た事がある映画を、叉久しぶりに観た。アントワーヌ・ドワネルは、パリの小さなアパルトマンに母親と継父と一緒に暮らしている少年。学校の成績はあまりよくなく、教師からは目の敵のようにされている。家では共働きの両親の手伝いもよくやっている。だが母親はいつも不機嫌で、アントワーヌを叱ってばかりいる。父親はいつも叱られているアントワーヌをかばい、母親にあまり叱るなと言ってくれたりもしてくれる。あの日まではそうだった。ある日、友達のルネと学校をさぼりその理由を教師から尋ねられたアントワーヌは思わず、「母親が死んだ」と嘘をつく。その嘘がばれて父親から叱られたアントワーヌは家出をする。心配した母親が迎えに来てくれて、珍しく彼にやさしく接してくれた。3人で映画を観て、車の中からは楽しい笑い声が聞こえてくる。しかし、学校の作文での嘘がばれ教師から停学をくらったアントワーヌとルネ。ルネの部屋へと叉家出をするが、お金欲しさに父親が勤める会社のタイプライターを盗んでしまう。そして彼は少年鑑別所へと送られる事になる…1959年のフランソワ・トリュフォー監督のあまりに有名な作品。パリの街並がモノクロの映像と共に郷愁をよぶ。少年達のファッションも、普通なんだけどかっこいいのだこれが。アントワーヌはいつも食事前には皿やフォークを並べ、母親から「小麦を買って来て!」と言われればすぐに買いに行き、毎晩ごみを捨てる、といったような手伝いを文句も言わずにきちんとやっているような少年。この時代の子供って、どこの子もそうだったのだろうか。教師はみんな、理由を聞こうともせず頭ごなしに生徒を叱りつけ、あれでは子供達は素直になれるはずもない。あの時代、教師はどこでもそうだったのだろうか。アントワーヌは子供の頃里子に出され、後に祖母と暮らし現在に至っている。望まれて生まれた子供ではない事を知っていて、母親からは愛されていないと思っている。もう少し親に愛情があれば、自分たちでどうにかしていただろう。いくら悪さをするからと言って、まだ12、13歳の少年だ。3人で映画に行った時のアントワーヌのあの楽しそうな笑顔、笑い声。一家団らんがいつでもあれば、彼は好きな映画の話しを両親に聞かせ、それを聞いてくれる余裕のある親だったら…少年鑑別所へ送られる時に、車の中から夜のパリの街を見て涙を流すシーンが悲しい。最後のシーン、アントワーヌが波打ち際へと走って行き振り向いた顔は、寂しさなのだろうか、安心なのだろうか。以前観た時は私もこどもだったので、感想はあまり覚えていない。今回観て、トリュフォーはこれを何歳の時に撮ったのだろうかと思った。子供の心理をすごく良くとらえている。現在はこういった作品はかなり多いが、45年前にこの作品はかなりセンセーショナルだっただろう。<語り継がれる映画> こんな理由からだろう。
2004.10.19
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2000年のベルギー、フランス、オランダの映画。BSであったものを録画して観た。17歳のマルヴァは、歌手になる事を夢見てカラオケコンテストによく出場しているが、なかなか良い点数を出してもらえない。父親のジャンは審査員達には娘の才能がわかっていないと嘆く。一生懸命娘を応援しているジャンだが、年頃のマルヴァからは疎ましがられている。ジャンは鼻歌でカセットにメロディを吹きこみ娘の為に曲を作り始める。おおかた曲も出来て気持ちよくしている所に、勤めている工場が倒産したとの知らせ。クビになったことは家族には内緒にして、何とかしなければとあせるジャン。そんな時、車が故障してしまったジャンの所に偶然人気歌手のデビーが通りかかる。ジャンはデビーを誘拐し、工場での仕事仲間のウィリーに一儲けしようと持ちかける。だが、ジャンがデビーのマネージャーを呼び出しデビーを開放する為に持ち出した条件は、お金ではなく自分が作った曲を聴いて欲しいとの要求だった…娘の為に、家族の為に解雇された一労働者が何とかせねばと孤軍奮闘ぶりがちょっと滑稽。どう見ても、どう聴いても、とてもスター歌手にはなれそうもないマルヴァに親ばかとはいえちょっと期待しすぎの父親。デビーの誘拐も何の計画性もないので、「それじゃすぐに捕まるだろう」と思えるまるで幼稚な誘拐犯。だが、デビーのマネージャーはそこを上手く利用していて、そこに芸能界の裏表を見れる。ストーリーは荒唐無稽で「まさか!」を連発。次の展開へ行く場面も「普通はそうはしないでしょ」と思わず突っ込みたくなる。まあ、でも、おばかな父親だけど娘のことを愛していて必死な様子にはちょっと同情してしまった。確かに最後には『みんな有名』になってしまうこと間違いなし。
2004.10.18
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タイトルからしてきっとふざけた映画なんだろう、と思って見た。映画はいきなり、ヨークシャーの美しい風景の中をバイク(サイドカー付き)で走る男女。ケンは『オンリー・ユー』を口ずさみご機嫌だが実はリストラにあってしまった事を妻のデイジーに打ち明ける。ちょっと太めの体型を気にしているデイジーだが、ケンはダイエットすると言う妻に、「今の君がいい!」とラブラブ。家賃も払えずこれからどうしようかと思っていると、ケンはデイジーに彼女のヌード写真をとってそれを絵葉書にして売ろうと真剣に考える。でも、それではどうにもならないことがわかっているデイジーは、缶詰工場へ働きに出る。そしてある日、その工場の主任から呼ばれた。実はそこには相撲に取り組む女性たちの秘密の結社があったのだ。体格の良い女性たちがたくさんいて、デイジーはスカウトされたわけだ。最初は不安を抱いていたデイジーだが、次第に相撲にのめり込んで行く。だが、この結社のことはあくまでも秘密にしておくように言われているので、ケンにも内緒だ。ケンは妻の変化や行動に疑問を抱くようになる。UFOやSF大好きの友人のビリーに相談したケンは、ビリーから彼女の行動をチェックするように提案される。ある日デイジーの後をつけたケンは、湖のほとりで着物を着た(ただしケンにはこれがきものだとはわかっていない)集団が、怪しい動きをしているのを見て、宇宙人に妻が体をのっとられようとしていると思ってしまう。秘密結社のリーダー、マーリ-ンが10年前に日本に旅行をして、相撲の魅力にとりつかれた、と言う事になっているが、マーリ-ンの部屋は和室で襖や障子、日本庭園と真からの日本びいきと言う事が伺える。女性たちが、相撲の四股を踏んだりすり足をしたり、土俵入りとか清めたり武器は持っていません、といった動作(何ていうのかしりません)を事細かにやったり、<心・技・体>の説明をしたりとかかなり、叉、試合で物言いがつきビデオ判定する所なんて、この監督はよっぽど相撲に詳しいか、よく調べたのだろう。ただ、マーリ-ンが「イチ、ニ、サン、シ」と声を掛けながら、みんなでゆっくり歩くシーンがあるのだけど、あれが何なのか???お相撲さんの歩き方?着物を着て蛇の目をさして歩くシーンは、お相撲さんが雨の日歩く様子を見た事があるのだろうか。時々思わず失笑してしまう場面も、もちろんあって。相撲に関してのシーンはなんか怪しい。相撲は外国人から見たら、きっと摩訶不思議な儀式や動作があるのだろう。日本人の私から見ても、「あれは何の意味?」と思う事が多いもの。エイリアンのアマゾネスがグラマーな女性だけを連れ去る、というオタクなビデオを借りてきて、デイジーにエイリアンが憑いていると思ってしまうケンのシーンが笑える。最後に日本の横浜からきた男性力士と公式試合のシーンがあるのだが、そこで女性力士がみんな実際にまわしをつけていたのには驚いた。実際に四股を踏むのは難しいと思うけど、頑張ってやっていたのに感心した。爆笑コメディーではないけど、「クククッ」という笑いで楽しめた。デイジー役の女優サンが太めだけどかわいい。ケン役の俳優、歌が上手い!「オンリー・ユー」いい声してた。
2004.10.17
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何度も観た映画で、観るたびに最後には心の中がポッカリと空いてしまうような感じになる。大好きな作品。エリックは12歳の夏休みも、家でテレビゲームばかりやっている。両親は離婚していて、母親は仕事に追われて息子の事を構ってくれない。最近隣に引っ越してきたデクスターは、幼い頃の輸血が原因でエイズに感染していた。最初偏見からデクスターを避けていたエリックだが、そのうち2人はとても親しくなっていく。友達のエイズを治そうと、チョコレートを食べ続けたり、ある医師が植物からエイズの特効薬を見つけたという新聞記事を見て、いろんな所に生えている植物を取ってきて煎じて飲んでみる方法を試みる。しかし、それが元である日毒草を飲んだデクスターが病院に担ぎ込まれてしまう。特効薬を分けてもらおうと、エリックはデクスターを説得し(半ば強制的に)2人はこっそりとある夜家を出る。ボートで川を下り、2人は楽しく旅をするが…デクスター役は、『ジュラシック・パーク』に出ていたジョセフ・マゼロ。今のところエイズに治療法がない事を淡々とエリックに語るデクスター。2人でテントの中で話した時、初めて「このまま暗闇から目が覚めなかったら」と、恐怖を語り、またある時は「自分の血は毒だ!」と一瞬本当に寂しい表情を見せるデクスターのジョセフがとても好演していた。そして、エリックはブラッド・レンフロ。時にデクスターにとんでもない治療法を提案してハラハラするが、そこがまだ12歳の少年なのだろう。2人の無邪気な、でも病気に対して真剣に治そうとするところが微笑ましい。いつも明るくしているデクスターの母親は、でも時々どうしようもなく不安になり、息子の運命にひとり涙にくれる。母親役のアナベル・シオラの演技がまた素晴らしかった。ネタバレになってしまうので多くは語れないが、二人の母親同士の最後の方のシーンは胸を打たれる。エリックに辛く当たっていた母親も、きっと何かを感じとってくれたことを祈りたい。そしてラストの靴の場面。テントの中で話した時、「エリックの靴は臭くって…」のくだりだが、その事をエリックはデクスターに忘れさせないかのようにお互いの靴を交換して…デクスターの母親とエリックが車の中で話すシーンと、最後のシーンはを観たとき号泣してしまった。生徒がいたにもかかわらず。良い映画は時々教材として観せている。もちろん自分で観てこれなら観せても良いと思う作品だが、この作品は実は最初に観た時、母親同士のシーンまでしか私は観ていなかった。でも、大丈夫だと思ったので生徒にも観せることにしたが、まさか最後であんなにグッと来るとは思わずみせたので、不覚にも鼻水ビチョビチョ(笑)にして泣いてしまった。ちょっと恥ずかしいと思ったが、小学6年生の男子と女子は真剣にこの映画を観ていたし、女子は全員泣いていてそのことも私の涙も(鼻水も)茶化す子はもちろんいなかった。彼らはきっとシリアスにこの映画を受け止めたのではないか。その後も6年生くらいになるとこの作品を観せるが、エイズの事とか、差別とか、人の死とかをこの映画から何か感じ取っているようだ。先日も、「学校でエイズの勉強をした時、普通に遊んでも感染はしないし、差別をしたらいけないってあの映画の事を思い出した。」と言っている子もいた。ただのお涙頂戴の話ではなく、いろんな事を深く考えさせられる作品。でも、やっぱり泣かずにはいられない。最後に流れていく靴をジ-ッと見つめるエリック役のレンフロが、あんな少年なのにとってもステキで、心を奪われてしまった。子役の頃から上手くて光っていたが、最近観てないけどどうしてるかな、レンフロ。もう22、23歳のステキな男性になっているはずなんだけど…
2004.10.16
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数ヶ月前に観たが、やっと今日日記に書く事に。1957年のアメリカ、コネチカット。会社重役の夫と2人の子供を持つ良妻賢母のキャシー。会社のシンボル的存在の夫婦は絵に描いたような幸せな家庭を築いていた。だが、夫は実は同性愛者で、その事が原因で幸せだった家庭にだんだんきしみが出てくる。誰にも言えない苦しみをときほぐしてくれたのは黒人の庭師。2人は次第に親しくなって行き…映像がとにかく美しい。アメリカ東部の秋の様子がものすごく鮮やかに映し出されていて、最近の映画なのだが、50年代を意識して作ったのが伺える。ファッションも私の好きな50年代のデザインが鮮やかな色と共に、脳裏にやきついている。同性愛者の夫は、その事を病気だと思って治そうと努力したいと真から思っているのだが、その当時はゲイは病気としか考えられていなかったのだろう。キャシーだって、お医者様にかかっていれば治るくらいにしか考えていないようなふしがある。50年代、まだ黒人は認められておらず、白人が黒人と話しているだけでもみんなからヒソヒソ言われた時代。キャシーはそんな事に無頓着かのごとく自然と接するのだが、ちょっと無知なんじゃないかと思えるくらい無防備な感じもする。夫のこともそうなのだが、無垢で育ちのよいお嬢様がそのまま大人になっていったというか。ジュリアン・ムーアがとても上品にキャシーを演じていた。幸せな家庭にある日突然ふりかかってきた不幸のカケラ。どこの家庭にも起こりそうな事だけど、50年代は今とは全然感覚が違っているから、古きよき時代と言われる当時だったらこういう解釈なのだろうな、と思いながら観た。気になるのはラスト。結局キャシーはその後どうやって生活して行くのだろう。あの町にそのまま住んでいられるだろうか。いろんな事を考えてしまった。
2004.10.13
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大好きなんだな~、万華鏡。これってボケ-ッと何にも考えずに見てられるから、リラックスできて癒される。最近3Dのカードを頂いて、それを見てたら万華鏡の事を思い出した。持っていたものを探し出して見てたらなんだか楽しくて。でもそれって昔のものだからカシャカシャ回さなければいけないんだけど、今のは液体のだからまたきれい。今日雑貨屋さんをのぞいたらたまたまあったので買ってしまった。楽天のショップを調べてみたらかなりの数の万華鏡があるみたい。値段もピンからキリまでだが、私が今日買ったのは安いけど、とってもきれい。これでそうなんだから、高いものってどんなんだろう? 興味津々。でも、私はこれで満足。時々万華鏡をのぞいて、夢の世界へ入りこんでいけそう。しあわせ・・・
2004.10.12
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昨日の朝起きて鏡を見たら、左目の下が少し腫れぼったいと思ったんだけど、起きてすぐだからと思いそのまま洗顔して化粧をしてしばらくしたら、痒くなってちょっと掻いたら上瞼まであっという間に腫れてしまった。そのうち右の目の周りも赤く痒くなったので、化粧を落としてなにもつけずに1日過ごした。左目の上瞼の腫れが特にひどい。なぜ?と考えてみたら、前の晩クリームがドレッサーのそばにおいてなくて、2階に取りに行けばあったんだけど面倒なのでたまたま置いてあったオイルを使ったのが原因? 他は思い当たらない。でもそのオリーブオイル以前も使っていて、肌荒れする事もなかったのだけど… 久しぶりだったのがいけなかったのかな。今朝は昨日よりは腫れもひいたけど、洗顔後にローションをつけたらちょっとヒリヒリ。目の回りはカサカサしてる。アー、今日はイベントがあって午後から行く予定だったけどこれじゃ行けない。化粧はできないし、しないで外出すると絶対紫外線で叉悪化する事はわかっている。連休中ずっとこうなんだろうか。火曜日には治ってないと、どうしても外出しないければいけない用事があるから、頼みます。どうか、治って!!
2004.10.10
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棚を整理していたら久保田利伸の『SHAKE IT PARADISE』が目に入ったので、久しぶりに聴いてみた。ん~ やっぱりいいわ。昔、金曜日の夜、小堺一機と山口美江が司会のトーク番組で流れていた曲がすごく良くて、実はそれがこのアルバムの中の曲だった。”流星のサドル”そして、番組のラストでいつも流れていたのが ”Missing ”久保田の歌って難しいと思うけど、ひとりこの "Missing" をものすごく上手く歌う人を知っていて、何度かカラオケ一緒に行ったけど、私は必ず彼にこの曲をリクエストする。久しぶりに聴いてどの曲も今の久保田利伸の曲よりはポップな感じが強いけど、それはそれで好きだな。アメリカで出した今度のアルバムがとても好評だと、先日テレビで言っていた。向こうに渡ってもう随分経つが、本場で認めてもらえて良かったね、久保田さん。『シェイク・イット・パラダイス』
2004.10.09
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バーバラ・ストライザンドとロバート・レッドフォード主演の1973年の作品。1937年大学の同級生のケイティーとハベル。髪の毛が激しくくせ毛のケイティーは政治活動に熱中し、反戦運動に学内をかけまわり演説していた。一方ハベルはケイティの活動にはまったく興味を示さない育ちの良いハンサムなお坊ちゃま(風)。ハベルは同じ創作活動のクラスで、才能を光らせる。そんなハベルに反感を抱きながらも憧れるケイティー。第2次世界大戦中のニューヨークで2人は再会する。くせのあった髪の毛もアイロンで伸ばし、すっかりきれいになったケイティと海軍大尉のハベルはやがて恋人同士になる。その間もケイティーは政治活動に熱心で、ハベルに叉小説を書くように促す。ハベルは相変わらずケイティーの活動には関心を持たない。終戦後2人は結婚しハリウッドに移り、ハベルは映画の脚本も手がけるようになり、ケイティーも妊娠。幸せな生活を送っていたかのような2人だったが、ハリウッドの赤狩りの時期、ケイティーは叉も政治活動に執心するようになった頃、そう言った風潮から身を引きたいと考えたハベルは…。公開当時はまだこの映画を観るには子供だったけど、当時<スクリーン>や<ロードショー>といった映画雑誌をよく読んでいたので、ハベルが大学時代の恋人キャロル・アンと肩を並べて笑いながら写っている姿をよく覚えている。20歳過ぎてテレビでやっているのを初めて観たが、その当時は、生真面目すぎて融通が利かず、我が強くて、相手の事はあまり考えずに、好きな人に自分の気持ちをぶつけるケイティーにうんざりし、子供が生まれるのに別れる2人に納得がいかず、どちらかというと悔しい思いで観た記憶がある。しかし、今回あらためて観て、共感できる部分が多かった。もともと生活スタイル、考え方が違っていた2人がその事で何度も別れの危機に至り、その都度ケイティーがハベルを好きなあまりに何とか自分を変えようと試みるのだが、昔と比べ随分柔軟な考えが出きるようになったと言っても、心の奥底にあるものはやはりどうしても変えられるものではない。そして、結局愛する人のことを思い、自分から別れを申し出たケイティー。子供が産まれるまでそばにいて、とハベルに頼んで。ストライザンドの個性と同じように強烈な個性を振りまくケイティと、美しくステキなレッドフォード、ちょっと見は合いそうにない2人が、途中からなんだかしっくり似合っていたのが不思議。実は、数日前にレッドフォードがインタビューを受けている模様をテレビでちょっと見たら、久しぶりに見た彼はあまりに年をとっていたので(・・;)となり、若い頃の姿が見たくなってこの映画を観た訳。でも、観て良かった。若き日の彼は本当に美しい。最後に月日がたって、叉ニューヨークで2人が再会するシーンが何ともいえない。懐かしくて、うれしくて、でも切なくて。過ぎ去った愛の日々を胸に抱き、お互いを思いやるように言葉を交わし抱擁する2人。生まれたとき以来逢っていない娘の事を尋ねる父親としての想い。泣けました…若い頃観た映画をもう一度観なおすと、前よりも良いと思うか悪いと思うかは判らないが、必ず新たな発見があると思う。"The Way We Were" 胸に染みる曲です。
2004.10.08
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11月、12月と相次いでフラの発表会がある。11月は文化協会の発表会。12月は私達の先生の教室合同の毎年行われている発表会。合同発表会は、今年は何にも言われないのでもうないのかと思っていたら、急に夕べになって話があった。12月って、さむ~。昨年は9月の初めだったからまだトロピカルムードで良かったけど、数年前も12月の発表会があったそうだ。夕べ両発表会の選曲があったんだけど、会場が全然別の所なので11月と12月同じ曲もあって、やる方としてはやり易いが、その曲が最近習った苦手なフラ。練習大変だ~。衣装は、グループのメンバーの娘さんに大阪の卸問屋さんで見つけてもらったので、安くでハワイ製の布が手に入ることになったそうだ。自分たちで作るんだけど、そっちが心配。上手く出来るかな?でも、洋裁の専門家がいるから大丈夫でしょう。どんな布が届くかな?
2004.10.06
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ジャニス・ベア-ドはスコットランドのリビングストンに住んでいる。彼女が産まれた時出産に立ち会った父親は死亡し、それがショックで鬱状態(広場恐怖症と言っているが)の母親は、それ以来1歩も家から出ないでいる。そんな母親を何とか喜ばせようと、ジャニスは幼い頃から作り話をしていた。それがいつしか誇大妄想のようになっていく。23年間一度も家から出ない母親を何とかしなければと、治療費を稼ぐ為にジャニスはロンドンに行く事を決心する。ロンドンで派遣社員として働くジャニス。しかし失敗ばかりでアパート代も払えず、会社も解雇される始末。そこに幼なじみのヴァイが現われて、彼女の勤務先の大手の自動車会社に派遣社員で働く事になる。そこでも例の作り話をしたり、仕事も出来ない、あまりに正直過ぎてみんなから変に思われ、お局様からはイヤミたらたら。メッセンジャーボーイのショーンとはデートに誘われイイ雰囲気。でも、実はショーンは産業スパイで、ジャニスも…何にも取り柄のないOLが、知らないところでそのマヌケさを買われて?利用されるが、何か知らないところでチョットした魅力もあって、結局彼女は最後には成功するサクセスストーリー。特別に<良い映画>とは言わないけど、退屈せずに観れた。お局様のジュリアがすごく意地悪なんだけど、彼女も最初は何も出来なかったと打ち明けるところの、ジャニスとの雰囲気が良かった。あの場面では、落ち込むジャニスがジュリアにそう言わせるような雰囲気を持っていたのだろう。一番下っ端のジャニスが、みんなのお茶を入れるのだけど、イギリスでもそうなんだ。友達のヴァイがいたからこそジャニスはあの会社でどうにかやっていったけど、そうじゃなきゃなかなかジャニスのような人は受け入れてもらえないだろうな。あまりヴァイの事そう言う感じでは出てなかったけど、ジャニス、ヴァイに感謝しなくちゃね。でもそう言うヴァイもちょっと風変わり。絶対に紫色の服しか着なくて、赤は凶。その赤をジャニスから勧められ着ることになるのだが、着てみればなんて言う事ない。お互い持ちつ持たれつの関係か。ちょっと画面が暗い感じが。
2004.10.05
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この映画が封切られた当時話題になったが、『ディア・ハンター』つまり<鹿を狩る人>の映画なんて退屈そう、という印象しかなかった。実は戦争を扱った映画と知ったのはそれから数年たってからだった。まだこういった戦争映画は難しい年齢だった(そうでもないか?)し、戦争映画は観た方がいいとわかっていても、何となく避けていたところがあって、とうとう最近まで観なかったが、観てみたらやっぱり奥の深い話しで。ベトナム戦争真っ盛りの頃のアメリカ、ペンシルバニア州の鉄鋼業の町。工場で働くマイケル、ニック、スティーヴン、スタン、アクセルは休日にはよく山へ一緒に鹿狩りに行った。ある日、ベトナムに徴兵されるマイケル、ニック、スティーヴンの送別会と、スティーヴンとアンジェラの結婚式が合同で行われた。そして、ベトナム。残虐極まりないベトコンは、逃げ惑う農民を容赦なく殺していく。マイケル、ニック、スティーヴンは捕虜となり、小屋ではロシアン・ルーレットが行われていた。その様子を見ていたスティーヴンは発狂寸前。マイケルとニックは奇策を練り、自分たちに向けた銃でベトコンを撃ち、逃げる事が出来た。しかし、逃げる途中濁流の中丸太につかまっていた彼らを助けにきたヘリに、ニックは引き上げられるが、マイケルとスティーヴンは力尽きて落ちてしまい、結局3人は離れ離れになってしまう。それからしばらくしてマイケルは帰郷する。歓迎のパーティーを仲間は準備して待っているが、マイケルはそれを避けてモーテルに泊まる。スティーヴンが帰国している事を知り陸軍病院に訪ねていくと、片足を失ったスティーヴンがいた。そしてスティーヴンは、毎月ベトナムのニックから自分にお金が送られてくると言う。マイケルはニックを迎えに行く為に、崩落寸前のベトナムへ向かッたが…。初めの方、送別会と結婚式でのシーンがやたらと長い。祝辞があり、ロシアのフォークダンスを何曲も踊り続ける。結婚の喜びと、別れの寂しさを表わしているからだろうか。だが、その楽しそうな雰囲気から一変して、ベトナムの戦場の異常な場面。一発だけ弾丸を入れた銃を自分のこめかみにあてて、運を天に任せるだけのロシアン・ルーレット。こんな状況の中でおかしくならないわけがない。逃げ惑う農民に容赦なく銃を乱射するベトコン。ロシアン・ルーレットの犠牲になるアメリカ兵。ここではアメリカの立場から描かれているが、全く逆の立場から、ベトコン側も同じような状況だったと言えるかもしれない。戦場に立てば、生きるか死ぬか、自分が行きぬく為には人を殺さなければならない。ある知り合いのおじいさんの話だが、第2次世界大戦中、中国の戦場にいたその人は、敵の兵士と一対一になりとうとう相手を殺してしまった。殺さなければ自分が殺されてしまうという状況で、それはどうしようもなかったことだ。だがその方は、その事が何年経っても頭から離れず、戦後しばらくして、毎年四国の八十八ヶ所参りに行くようになった。この話しを聞いたのは数年前だが、自分の足で歩ける限りは行くとおっしゃっていた。実際戦場に行った人はみんな、心に大きな傷をかかえて生きていらっしゃるのだろう。『ディア・ハンター』を観ていて、そのおじいさんの話を思い出していた。主題曲がいい。静かで、でも、哀しくなる。
2004.10.03
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9月30日までブルーフォンセFukuokaのケーキバイキングだった。28日しか暇がなくて、3時頃雨の中妹とてくてく歩いて行ったら、予約がいっぱいで今日はもうこれで終わりだと。「エ-ッ!」と思ったけど仕方ない。もう明日は来れないし、残念。どこかに入ってケーキでも食べようかと思ったら、Nikkoでもケーキバイキングをやっているとの情報が。行くしかないでしょ。そこもいっぱいでしばらく待たされたが、おいしいケーキをいっぱい食べた。特にゴマのクリームと抹茶のスポンジにアズキが入っている和風ケーキが気に入った。実は少しコレステロールが高くって食事を考えないといけないみたい。だから、この日でケーキは食べ収め。しばらくは甘いもの我慢することに。だから、どうしても食べたかったのです。そんなに太っているわけではないんだけど、それでコレステロール高めって事は内臓脂肪が多いって事だから、そっちの方が怖い。おいしいものより健康を第一に考えて、食欲の秋がまんしましょ。チョットツライケド…
2004.10.02
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先日ラファエル・アマルゴ舞踊団のフラメンコショーに行って来た。今回は10列目のほぼ中央という良い席が取れた。本場のダンサーの大きな舞台でのショーは今回で3回目だが、今までのどのショーよりもシンプルで、今まで見た中で、もしかしたらこれが一番本場で踊られるフラメンコダンスの様式に近いのかもしれないと思った。(スペインで見たことないのでわからないけど)最初に5~6人のダンサー達が出てきて踊り、その中にひとり貫禄のある人がいて(いつでも際立っている人がカンパニーの中にいる)どうしてもその人に目がいく。そして、ラファエル・アマルゴが登場してソロ。まだ若いのだけど、貫禄もありキレが良く、ステップがすごい。後半になるにつれて、動きも激しくステップも早く汗が飛び散る。そしてとにかく、カッコ良くてかわいい!甘さの中に渋さもあるというか。ファンサービスもすごくて、2回のソロがあったが、2回とも途中客席に下りて握手攻め。なんだかアイドルのライブか、はたまた演歌歌手の歌謡ショーのような気もした。でも、握手した人うらやましい。通路側の席だったら良かった…(^_^;)ひとりかなり年配の女性ダンサーがいたのだが、歌も歌う彼女は途中、「ナミダ~ノ、ナミダ~ノ、ナミダ~ノ、トウキョウ♪」って言っているように聞こえたんだけど、「アレ、なんだこの歌?」。後で連れに聞いたら「あれは『ラブ・ユー・東京』じゃない?」と言っていた。タイトルが本当にそう言うタイトルだったかは定かじゃないんだけど、「ア~聴いたことある!」っていう歌だった。でも、フラメンコ風に歌うと全然違う曲に聞こえるんだけど。ほとんどは若いダンサーだが、「ラブ・ユー・東京」のおばちゃまとあと歌手のおばちゃま2人組みは体格もすごくいいのだけど、ダンスも出来るし(でも、日本の盆踊りみたいなもんだから、スペインの人は誰でも踊れるんだろう、きっと)、歌はド迫力だし、スペインもおばちゃまパワーはすごいと感じた。以前アマルゴは東京の「エル・フラメンコ」で半年間ステージに立っていたらしく、最後に日本語であいさつをしたが、たどたどしい日本語も叉かわいらしい。(笑)私が行ったのは今回のジャパンツアーの初日らしく、アマルゴもカンパニーの人達もきっと緊張と喜びでいっぱいだったと思う。スタンディングオベーション、鳴り止まない拍手を背に出演者達は、歌いながら、手拍子をとりながらステージを後にした。フラメンコはやっぱりかっこいいナ~。でも、踊るのは日本人には向いてなさそう。眉間にしわを寄せて真剣な表情で、ものすごく情熱的に踊るんだもの。でも、ステキに踊れただらめちゃくちゃかっこいいと思う。私には日舞やハワイアン・フラの方が合ってるみたい。フラメンコは見るだけにしておこう。
2004.10.01
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