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とあるさびれた商店街の一角で、あるしけた店の店主の独り言。「いやー、このところさっぱり客がきやしねー、どうにもこうにもしようがねーよ、ったく。近頃の客ときた日にはよー、そもそも商品を買おうって気がこれっぱかしもねーのよ、じっさい。ふらふらっと入ってくる客にしたって、入ってきた瞬間にはどうやってこの店出ていけばいいのかってことしか考えちゃいない。まったく情けない話よー。買う気力っていうのかな、商品を選ぶ以前にだね、まず今日は買うぞーって気力っていうの、やる気っていうのかなー、そういうものがまるで感じられないのね。これじゃー、こちとらやってらんねーよ。まったくやる気なくなっちゃう、これでこの先のニッポン、ほんとにだいじょうぶかね。心配になってくるよ、こちとら」いかがであろうか。この独白をお聞きになった感想は。え、なんですって。とんでもない話だって、そうあなたはおっしゃるんですか。「あんたねー、勘違いもはなはだしいとはあんたのことだよ。そもそも客に買う気がないんじゃなくって、あんたんとこの商品にこれっぱかしも魅力がないから、客がそっぽむいて、見向きもしないわけでしょー。それをなんですか、客の買う気がそもそもないって話にすりかえるとは、まったくもってとんでもない話ですよ。そんな愚痴垂れる前に、まずは自分とこの商品の品揃えと陳列の仕方、それから接客技術と広報活動、それらを徹底的にチェックするほうが先決ですよ。いまどき、こんなに意識の低い経営者はほんと、ひさしぶりに見たよなー、あんた、ある意味では貴重品ですよ。そんなことでよく今まで飢え死にせずに生きてこれたもんだ、感心しますよ、実際」なかなか的確な評言です。私もそう思います。これがもしもさびれた商店街の店主の話だとしたら、私もまったく同じことを言うでしょう。でもですね、これがまったく違う職種の話だとしたら、いったいどういうことになるでしょう。「まったく最近の生徒ときたら、ほとんど話にならない。授業中の態度を見ていても、まずのっけから無気力でやる気が感じられない。教え方云々の前にまず学ぶ意欲というか、学習して知識を身につけようという主体性に欠けている生徒が圧倒的に増えました。学ぶ気力どころか生きる気力そのものが欠落しているような生徒ばかり。これではいくら私たちが研鑽に研鑽を重ねて授業スキルを高めてもほとんど意味ないですよ。こんな学ぶ意欲そのものを喪失した人間ばかりが世間に増殖する世の中で、はたしてニッポンはこれから先どうなっていくんでしょーねー、私はもう心配で、心配で。」ある県の教育委員会から請われて高校の入試研修会に呼ばれた。進学校の先生方が十何人ずらりと席を並べて謹聴される中、私は講師を仰せつかって生徒指導の実際について小一時間の講演をし、その後、質疑応答を受けた。今挙げたのは、その席でさる高名な高等学校教育機関の顧問の方がいわれたコメントである。周りの先生方はこの話を聞いて深く頷いておられた。「おいおい、それって、教える方のコンテンツが貧困で味わいに乏しく創意に欠けているから、生徒が見向きもしないって話しじゃないのー、顔洗って、自分たちの授業の質を高めるのが先決なんじゃないのー」という話は誰一人としてしなかった。おそらくそれは私の胸の中のつぶやきとしてしか存在しなかったのである。でもみなさん、どう思われます?さびれた商店街の店主の話と、この話って、そっくりだと思われませんか。学力低下、生きる意欲の低下、学びからの逃走。その原因はいったいどこにあるのか。これはそういう話につながるのです。学びを教えることはむずかしい。たしかにそうです。学びとは本来教えられるものではない。私はそう思います。学びとはある意味では伝染病のようなものです。教えようとして教えられるものではないが、そんなこと考えなくても真に学んでいる者に接していれば、自然に感染してしまうもの、それが学びなのです。だから学びを教えるためには資格も技術も経験も原則的には必要ないんです。一つだけそれに必要な資格があるとしたら、それは「自ら学ぶ姿勢をもっているか」ということに尽きます。いや、それは別に学術研究である必要はありません。パチンコでもいい、ばくちでもいい、音楽でも、絵でも、短歌でも、俳句でも、恋愛でも、盆栽でも、切手蒐集でも、映画鑑賞でも、能でも、歌舞伎でも、スポーツでもなんでもいいんです。とにかくひとつでも、自ら真剣に学び、身につけようという分野をもっていれば、それだけでその人は最低限、人に教えるための資質をもっていることになる、私はそう思います。逆に何も学ぶものがない人、学びを行おうという意欲に欠けている人、そういう人は、生徒の学ぶ意欲を高めることはけっしてできません。できるわけがないじゃないですか。生徒の学ぶ意欲とは、現に学んでいる人間の至福の笑みを盗み見るところからしか湧いてこないものなのですから。昨日私は五日連続の授業を終えました。今から半年前に事務の人間とこういう会話が交わされました。「えっと、○○さん、去年やったこの授業なんですけどー」「ああ、○大国語ね」「そうなんですよ、○大国語。でも去年から○大さん、入試の筆記試験やめちゃって、帰国生は滞在国のスコアで判定することにしちゃったんですよね」「そうだね、いままでの筆記試験もほとんど選抜には使わず、入学後の補習を受けさせるかどうかの判断にしか使っていなかったのは周知の事実だったけどね」「そうなんですよ。それでですね。はっきりいうと、この授業を今後存続させる意味があるかどうかってご相談に今日は来たんですよ。予備校の常識としては、かんむり講座で大学名が載っている授業にはそこそこ人が来る。でもそのかんむりが外れれば生徒は半分以下に減る。そういわれますよね。」「まあ、それが現実だね」「でしょ。先生も授業以外の仕事をヤマほど抱えておられるわけだし、はたしてこの授業を存続させるべきかどうか、先生と相談してこいって責任者に言われて、私、来たんですよ」「うーん、原則的には私はどっちでもいいよ。なくしてもかまわない。でも去年はおそらく40人くらいの生徒が来ていた。○大を受ける人間はその半分以下。そうだったよね」「ええ、そうです。いっぱい来てましたよね、生徒。」「オレはあそこでめちゃめちゃハードな授業やったんだ。必修ではとてもできないようなハードなやり方だけど、生徒が自発的に選ぶ選択授業ならそれが可能だと思ったんで」「そうなんです。私もそれが気になっていたんですよ。生徒の声も聴いていましたし。じゃあ、どうでしょう、ハイレベル○○という授業名にして存続するというのは。」「いや、それはありがたい話だけど、それでだいじょうぶなの」「いや、うちの責任者も先生におまかせって感じだったんで、おっけーですよ」その授業が昨日終わった。一週間前に確認した生徒の申込数15名。やっぱり予備校の常識ってのもバカにならないなー、というのが第一印象。でも15名は立派だ。ほんとなら午前中みっちり勉強して午後は帰りたくなって当然。その前の週に私が教えた40人あまりの生徒のうち15人もわざわざ選択してとってくれているのなら、光栄に感じなければならない。そう思いながら、今週の月曜日の昼過ぎ、私は教室に入った。ドアを開ける前から教室内にはざわざわとざわめきが聞こえる。ドアを開けて教壇に立って驚いた。教室の最後列まで生徒が詰まっている。「なんだー、これはー、なんで、こんなにいっぱいいるのー」生徒は一様ににやにやと笑っている。私は目で端から数えていった。52名。そして、昨日、最終日にはなぜか55名に人数が増えていた。最後の授業で小論文を書かせた。かなりの難問で時間内で書き上がった生徒はわずかに2、3名。終了2分前に私はマイクをとった。「書いてる人間には雑音になってすまない。でもこれで五日間の授業が終わる。一言挨拶をさせてほしい」私はそういって、先ほどの授業存続の経緯を簡潔に説明した。そして、これだけの人間にこの授業で出会えたことに対して、珍しく正面から感謝のことばを述べた。そして、その最後をこう締めくくった。「私の好きな歌手にマーヴィン・ゲイという人がいる。彼には「PRIDE AND JOY」というヒット曲がある。恋人に対して君はオレの誇りであり、喜びだと切々と歌いあげるラブソングだ。だけど、英語の YOUは幸い複数の意味ももっている。」「YOU ARE MY PRIDE AND JOY. 君たちは私の誇りであり、喜びだ。五日間つきあってくれてありがとう。」口に出した瞬間、しまったと思った。顔から火が出るほど恥ずかしかった。あまりに疲れすぎていて抑制機能が麻痺していたみたいだ。書きかけの小論文からぬっと顔を上げた男子生徒が「なんすかー」という怪訝な顔をしてこちらを見ている。「かっこいいよー、先生」という好意的な女子の声が聞こえる。そのあと少しずつ拍手の輪が広がって、私の顔からはさらに火が噴き出すことになる。PRIDE AND JOYーー私が恋人以外にこのことばを使ったのは生涯初めてのことである。
2006.07.29
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アスファルトの海に首までつかっているような重い疲れの中に身を浸している時、こころの中に消え残った燃えかすが黄色い煙を渦巻きながら立ち上らせている時、私たちはいったいどんな音楽を聴いたらいいのだろうか。引きずるような体の重み、淀みくすんだこころの苦み。どのような音の連なりがそれらから私たちの体とこころを解き放ってくれるのだろうか。「こころよ、澄め」と、何度も何度も繰り返し念じる時、意識の向こうからかすかに響いてくる音がある。遠くから呼びかけてくる音がある。私はその音に注意深く耳を澄ます。こころを澄ませる音楽。それはいったいどのような形をとっているのだろうか。バッハ?たしかにあの音の連なりの中には整然たる秩序がある。天上を目指して昇る階段を規則正しく上下に動いていく音の律動と、そこからもたらされる自然な喜びがある。しかし、あそこには泥沼はない。泥沼につかった人間の苦渋はない。その人間の頭上に広がる天上の光景はたしかにあるが、そこを目指すためにはまず自分自身の足を泥沼から引き上げなければならない。自分の足を泥沼からずぼりと引き抜くような野卑で生々しい力をバッハの音楽に求めることはできない。その音楽の一方には絶望と悲哀、もう一方には救済と歓喜があるけれども、その中間にあるべき泥濘やぬかるみはない。バッハの音は私の耳にはそのように聞こえる。モーツァルト?音自身の躍動、ダンス、律動。そこからもたらされる自然音と見まがうような立体的な音楽世界。それは空中に浮かぶ黄金色の球体を思わせる。それは自己完結しており、自足している。その球体の中に入ると、音はそれ自体の運動法則に則って自然に、かつリズミカルに空中を駆け回る。その球体の中に入り、内側からドアをぱたんと閉めた時、それはもう単に音楽を聴くという経験ではなくなる。それは「聴く」ということばよりも、むしろ「生きる」ということばがふさわしい、そういう経験である。「死ぬということは、モーツァルトの音楽が聴けなくなるということだ」というある音楽学者のことばは、おそらくこの間の消息を語っているもののように思える。ベートーヴェン?泥沼にあえぐ人間にはやや勇壮すぎる音楽だろうか。巨大な苦悩とそこからの飛翔、歓喜。ここにも人間特有の中間世界の淀みやためらいはほとんど感じとることができない。白と黒の間に広がる灰色の階調、凡俗のつぶやき、泥濘の甘い眠り。そのようなものを彼の音楽から聴き取ることはできない。もっとも天才にそのようなものを求めること自体が誤っているといわれれば、その通りとしかいいようはないのだけれど。シューベルト?調べの音楽。甘く、時には苦く、せつない歌から生まれた音の流れ。これもまた泥沼というには余りにも若く、みずみずしい音の世界だ。では、泥沼につかった人間の耳にはどのような音楽がふさわしいのか。遠くから角笛のようなゆったりとしたチェロの調べが聞こえてくる。その調べは祈りそのものだ。旋律は切ない願いのようにゆっくりと上昇してゆく。そして、薄い雲の広がりのようにゆるやかに空を覆ってゆく。その調べは時には高い弦に担われ、時には金管の響きを交えながら何度も繰り返される。そこに可憐な第二主題が顔を覗かせ、徐々にその形を大きくしていく。やるせない旋律同士があちこちで微妙に絡まり合い、もつれ合う。そして、旋律全体が徐々に大きさを増し、やがて空全体を覆い尽くそうとする瞬間、一瞬の小爆発が引き起こされる。その後に静寂が訪れ、願いはゆったりとした踊りのリズムを伴いながら、再び地表から天上へ向けて立ち昇ってゆく。何度も何度も。それはまるで大地から立ち昇る水蒸気のように、切れ目なく執拗に繰り返される。時には空を駆ける小鳥のさえずりがそこに混じる。それをきっかけとして音はまた大きくふくらみ、ふと新しい旋律を思いついたように、先ほどとは異なる形に雲を広げていく。やがて、ゆったりとしたホルンが旋律を唄い始める。細い金属の笛がそれに呼応する。空の上にもくもくと入道雲がふくらみ始める。そして巨大なクライマックスが訪れる。入道雲は巨人の形をとりながら、ゆったりとしたダンスを踊り始める。奇妙で無骨なダンスだ。そして天上にラッパの音が響き渡る。弦の合奏が背後で風の音を奏でる。空から何かが降りてくる。痩せた人の形をしたものが空から地表の方へ降りてくる。チェロが荘厳な調べでそれを迎える。それは喜びのようにも、また深い哀しみのようにも聞こえる。高い弦がそれにからむ。ピッコロが人々の踊りを促す。小さな休息の後、巨大な金管の咆哮が始まる。その後、冒頭の旋律に戻る。しかし、その色は単色ではない。背後にさまざまな色調の光をまといながら、旋律はさまざまに形を変えていく。そしてまた単一の願いの旋律へと戻る。高い弦の風音があたりに響き渡る。音楽は時にためらい、とまどい、低回し、逡巡し、彷徨し、目指すべき方向を見失いそうになることすらある。しかし、そこに基調として存在しているのは、凡俗な人間のせつない祈り、その切実さ、無骨で土俗的な踊りのリズム、ぬかるみに足をつけたまま、太い猪首をもたげて、ドイツの深い森の上方に広がる青い空を見上げ、懸命に祈りを捧げる男の内面にある巨大な、ほとんど宇宙的といってもよいようなエネルギーだ。音楽はまた冒頭に戻ってくる。地の底からの轟きのようなティンパニの響きを伴って。男の巨大な願いは、願いのまま巨大な石像を形作り、やがて、その曲は終わる。次楽章の深い鎮魂の響きを予感させながら。泥沼の中にあって天上に救いを求める無骨で粗野な男の切実な願い。それを音として結晶化した楽曲。ブルックナー 交響曲第七番 第一楽章。今プレイヤーに載っているのは、ARTE NOVA CLASSICS 「ANTON BRUCKNER SYMPHONY NO.7 SAARBRUCKEN RADIO SYMPHONY ORCHESTRA STANISLAW SKROWACZEWSKI,CONDUCTOR」である。たしか1000円程度で買える盤ではなかったろうか。この盤は初めて聴いたが、情緒過多でもなく、理の勝ちすぎた演奏でもなく、知的な整序を感じさせながらも、深みを湛えた臨場感溢れるライブ演奏である。演奏時間は21分45秒。けっして聞きやすい音楽ではないかもしれない。でも、この曲には他のどの曲にも聞くことのできない、たしかな「実質」がある。「リアリティ」がある。泥沼の中から見上げる青空の鮮烈な輝きがある。ここにはなにものかの死と、なにものかの生誕がたしかに聴き取れる。これまで10種類以上の盤でこの曲を聴いたと思うが、この演奏はすばらしい。買ったまま棚ざらしにしていて、この文章を書くために偶然プレイヤーに入れたのだが、思わぬ収穫だった。音楽に自然な流れがあり、その中にゆっくりと身を浸し、こころを委ねることができる。泥沼の中で救いを求める人間にはまことにふさわしい楽曲であり、演奏である。
2006.07.29
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とりあえず夏期講習の第一週目が終了。午前中90分×2の授業を五日間こなしたことになる。これだけではたいしたことはないが、通常の業務は容赦なくなだれのように襲いかかってくるので、残る半日で一日分の仕事をこなさなければならない。突然のイベントで土日をつぶされ、学校行事で休講日をつぶされ、八日間休みなしで働いていると、さすがに疲れがたまってくる。疲れがたまるというのは、頭がとにかくぼーーーーっとして、腰から下に漁師さんがよく履いている腰まである巨大なゴム長ずぼんをつけて歩いているように体が重くなる状態である。しかし、授業中はなぜか元気。抑制が効かない分、無意識のうちに冗談が出る。時にとまらなくなる。生徒は腹を抱えて苦しそうである。ま、いいか。とりあえず、授業が終わって、「はい、これで、今日は終わりー」というと、生徒全員で声を揃えて「ありがとうございましたー」と答えてくれるクラスなんて、いまどきこの国にどれくらいあるだろう。そういう意味では幸せ者といわなければならない。一昔前には授業が終わって職場に戻る時には、「今日は何勝何敗だったな」と考えることが多かった。一日二コマなら最低一勝一敗。負けることはしかたないが、プロは連敗するべきではない。一日のうちできるだけイーブン以上に持ち込む。それを最低限の目標にしていた。でも最近はそういうことは考えなくなった。どうしてだろう。あまり「負けた」とか「失敗だった」と思うことがなくなった。ひとつには経験ということがあるだろう。しかし、それだけではない。瞬発的な爆発力はおそらく昔のほうがあっただろうし、条件反射も以前のほうが速かったと思う。それに今でも調子の悪い時、流れにうまく乗れない時、口が回らない時、ことばがなめらかに出ない時はしばしばである。しかし、ひとつの授業全体で「失敗した」と思うようなことはなくなった。その理由をあらためて考えてみると、おそらくは時間を「割る」ことができるようになったからではないかと思う。人前で話していると、悪い流れに入ることがある。昔はそこに入るとそのまま流されて終わりということがしばしばあった。でも、今は以前よりも90分という時間を細かく割れるようになった。小さな刻みのポイントを置き、それぞれのポイントでチェックして流れが悪い時にはさまざまな修正を行い、なんとか軌道を正常な状態に戻す。経験によって上達したのはおそらくこの時間の割り方ではないだろうか。プロといえども一発勝負ならば負けることはある。三番勝負、七番勝負でも負けることもあるだろう。でも番数が増えれば増えるほど自力のあるものが勝つ。これが勝負の鉄則である。だから、自分の力にある程度の自信があれば、そしてそれが一定の時間内で勝負がつくものだとしたら、時間を細かく刻めば刻むほど、実質的な番数は増えることになる。それにしたがって勝率も上がる。そういうことではないかと思う。これは一日の過ごし方にもあてはまる。何もせず、朝からぼーと横になり、テレビをつけっぱなしでだらだらしているというのは、時にはいいかもしれないが、やはり「負け」につながる場合が多い。一日の時間の流れにいくつかの刻み目を入れ、少し流れを変え、一日をいくつかのブロックに割る。そうした方が「勝つ」確率は増えてくる。私が見るところ、女性の方がこの時間の割り方がうまいのではないだろうか。男はしばしば一日を一本の棒のように割れ目なし、刻み目なしで過ごしてしまうことが多い。それは休日に限らない。たとえ一日中猛烈に働いていたとしても、男の場合にはその時間に切れ目がなく、巨大な塊となっている時には、長い目でみると、負けていることが多いように思える。自殺者の頭の中を私は思う。おそらく彼の頭の中では、時間は巨大なコンクリートの塊のようなものとして意識されている。過去から未来へ延びるのっぺらぼうの巨大な時間の棒。それが彼の頭上にそびえたち、彼の生を間断なく圧迫し、やがては彼の背中をぐいっと押して、死の淵の底へと突き落とす。「去年(こぞ)今年 貫く棒の 如きもの」という俳句を作ったのは虚子だったろうか。この句には去年から今年にかけて連続する時間の棒がのっそりと貫徹しているというイメージがあざやかに描出されている。時間は割るものであり、生は刻むものである。そのために人間は時計を発明し、予定表を作り、時間割を作り、目覚ましを鳴らし、チャイムを鳴らし、行事を作る。しかし、誰かの割った時間の枠組みに自分の生を流し込んでいるだけでは、生はやがて割られてひからびた板チョコのかけらのようなものになってしまう。たしかに時間を割ることは大事だが、その割手はあくまでも自分自身でなくてはならない。割ることを他者に委ねると、やがて生は有機的なつながりを失って寸断され、生命のない断片と化してしまう。できることならば、まっさらの白木の板のような自分の人生に、鋭くとがった彫刻刀をざっくりと入れ、威勢良く木屑をとばしながら、思うように自分の生に切れ目を入れてみたい。そこに陰翳のある生の軌跡を刻んでみたい。そう思うのは私だけだろうか。生を刻む。時間を割る。その割れ目から、刻み目から、生の深淵が顔を覗かせる。そのわずかなスリットから覗く光で自分の生を照らしてみたい。たとえそれが剃刀のように私の眼を刺し貫く残酷な光であったとしても。
2006.07.22
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今日で六日連続出勤。初日、高校生向けに講演。二日目の海の日から五日間の授業開始。一日で2コマ、三時間連続の授業をする。三日目、四日目、初日同様。本日、授業は休講だが、代わりに父兄会。生徒を交えて進学相談。夕方四時前に終わり、その後、三週間に一度の診療にM病院に出かける。患者が長蛇の列をなしており、二時間近く待ち、七時前に会社に戻り、残った仕事を片づけて、帰宅。明日、明後日と授業は続く。帰ってから明日の授業の準備もしなければならない。よれよれぼろぼろになって帰宅。夕飯を食べながら手元に夕刊を広げる。購読紙は朝日。(そのわりには「朝日」の悪口書いてるなって?だってとってなければ悪口書けませんもの)一面に大きな記事。「靖国A級戦犯合祀 昭和天皇が不快感 参拝中止『それが私の心』」このニュースは朝出かける時、日経の特ダネとしてラジオで聞いた。「ほーぉ」というのが第一印象。まあ、これがもっとも一般的な反応ではないだろうか。慎重居士の裕仁天皇がそこまで率直に述べられているとはという、これは「ほーぉ」である。しかし、夕刊を広げて眺めているうちになんとなくイヤな気分が広がってくる。どうもこの新聞社はこの記事を書きながら喜んでいる。はしゃいでいる。そういう雰囲気がただよっている。靖国参拝に理がないことを「あの」昭和天皇が保証してくれている。なんだか自らの主張に強力無比な御墨付きをもらってはしゃいでいるような感じがうかがえる。その様子を見ているとなんとなく不快感が増してくる。いっておくが、これは政治的立場云々という話ではない。政治的立場を異にする意見を耳にしたから不愉快になったというのではないのだ。首相の靖国参拝に個人的に私は賛成しない。でも、ここで感じた不愉快とそのこととは直接の関係はない。靖国の問題は根源的には死者をどう悼むかという問題である。死者をどう葬るかという問題である。だから、それは儀式の問題であり、儀礼の問題であり、習俗の問題であるのだと思う。その儀式や儀礼や習俗の正統性を議論する際に政治的立場が絡んでくる。そういうことだ。順序は逆ではない。政治的な立場が葬儀の様式を決めるのではない。政治的立場が死者への悼みの感情の前にあるわけではない。政治は死者への追悼のあくまでも従属物なのだ。そのことはわきまえておいたほうがいいと思う。死者を政治的に利用すべきではないのだ。だから死者をどう追悼すべきかという話題で急に「元気になる人間」、「はしゃぎだす人間」、「自らの利を図ろうとする人間」。そういう人間を私は心の底から軽蔑する。主義主張とは関係ない。非業の死、不慮の死、無念の死を遂げた人間の心を思う時、そのような人間は死者の鎮魂を妨げるだけの存在であると思う。死者を利用して自らの利を図ろうとするさもしい心根の持ち主だと思う。参拝に賛成か、反対かなど関係ない。死者の追悼に関して、はしゃぎだす人間の気持ちが私には理解できないし、理解しようとも思わない。非業の死を遂げた人間は、われわれ生者に対して、「あなた方が信用できる人間と信用できない人間を判定してあげましょう」というメッセージを戦後60年経過した現在、われわれに発してくれているように私には思える。「死者を利用する者を信じるな」、そう彼らはわれわれに教える。彼らを非業の死に駆り立てた者たちもまた盛大に他者の死を利用した者たちだったからだ。朝日の夕刊に話を戻す。靖国にA級戦犯が合祀されたことに対して裕仁天皇は不快感を示されたという。それは興味深い歴史的事実として記録する価値のある事柄である。しかし、ことは戦争犯罪の問題である。この記事は天皇自身の戦争責任に関して一言も言及していない。参拝賛成派、反対派の意見をお行儀よく並記する前に、A級戦犯の合祀に不快感を表明した天皇自身の戦争責任について自らはどのようなスタンスをとるか。それを明らかにしておくべきではないだろうか。A級戦犯合祀に対して感じた天皇の抵抗感と、天皇が自ら抱いた戦争責任への意識。それを問わない限り、「だから私あれ以来参拝していない、それが私の心だ」というメモにある天皇の発言の「私の心」を解き明かすことはできないのではないだろうか。私の感じた不快感の根はどうもそのあたりにあるようだ。
2006.07.20
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音楽ジャンルの中で「ロック」ほど定義しづらいものはない。定義とはカテゴライズであり、カテゴライズされた枠組みを破壊するのがロック・ミュージックの根源的衝動だから、これは当然といえば当然の事態である。ロックスターも一般化しづらい。個々の名前を挙げれば、誰がロックスターで、そうでないのかは一目瞭然だが、ではそれらの人間に共通する一般項を指摘しろといわれると、うーんとうなってしまう。たしかにむずかしい問題ではあるけれども、私の考えるロック、ないしはロックスターには、ある種の破壊性、暴力性、凶暴性と、内面的な繊細さ、センチメンタリズム、詩情の両面があり、その二者の合体、融合、共存という側面があるように思える。外面的には強烈なビートや炸裂するリズム、絶叫や喧噪、怒声が目につくが、実はそれだけではロックにはならない。それだけでは、せいぜい中学生向きの単純ハード・ロックか、似非パンクがいいところである。その音楽の内面に、あるいはその音楽を作り出す人間の内面に、もろくくずれやすい砂糖菓子のような繊細さ、膝を抱えてうずくまったまま動かない閉塞感、けっして手の届くことのない憧れに向かって手を差し伸べるセンチメンタリズムと詩情、そういうものがなければ、けっしてロックとはいえない。けっしてロックにはならない。もちろんそれはあくまでも私見であって、世の中にはそれら(特に後者)の欠落した音楽が氾濫しているが、私はそういう音楽はロックとは呼ばない。(そういえば一時期は「商業ロック」「産業ロック」という呼称が使われていたように思うがージャーニーとかですねー、最近は聞かれなくなった。おそらくはその種の音楽が蔓延しすぎて、あえて名称を付す必要がなくなったからではないかと思うが、そう考えると事態はかなり深刻である)ビートルズの後期、アニマルズ、キンクス、ドアーズ、レッドツェッペリン、いずれもそのような二面性、あるいは相異なる二者の共存が感じられる。(ローリング・ストーンズはやや微妙か。でももちろんある種の叙情性はこのバンドにも濃厚に漂っている)プレスリー、ジョン・レノン、ブルース・スプリングスティーン、ジャニス・ジョップリン、ジミ・ヘンドリックス、デビット・ボーイに至るまで、やはり凶暴性と叙情性の共存はロックスターの必須の条件と思える。そして、シド・ヴィシャス。日本だとどうなるだろう。明らかに対象者の数はぐっと少なくなる。甲本ヒロト、おっけー。スガシカオも大丈夫。彼の場合には後者の要素がやや勝っている気はするが。後は誰だろう。ああ、そうだ、大事な人を忘れるところだった。「あの人」だ。あの人は世間的には「ちょっと変わった」というイメージで受けとられることが多いかもしれない。ロックスターと聞くと、ちょっとぴんとこないという印象をもつ人もいるかもしれない。しかし、私の知るところでは彼こそ日本のロックスターである。彼がタモリの「笑っていいとも」の初期の頃に登場したことを思い出す。ギターをもって登場した彼は、話などせず、いきなりライブ・パフォーマンスを始める。10分間ほど強烈な演奏を展開する。客は口あんぐり。およそその演奏とは無縁な若い女性客ばかりだった。彼はひとしきり演奏を終えると、茫然としている客席を見渡して、一言。「 ブ キ ミ ナ ヤ ツ ラ ダ ゼー」私は思わずテレビの前で拍手喝采してしまった。それ以来、自分自身が「なんだこいつら」という集団の中に入れられた場合など、このフレーズをこころの中で呟くのを常としている。これ、けっこー、使い勝手いいですよー。「 コ イ ツ ラ ブ キ ミ ナ ヤ ツ ラ ダ ゼー 」こう念じると、少しだけこころが和む。彼の破壊性、攻撃性は次の曲によく表れている。私の大好きな曲である。心屈した時には大音量でよく聞く。イントロのタイトなリズムセクションもすばらしい。あきれて物も言えないどっかの山師が オレが死んでるって 言ったってさよく言うぜ あの野郎 よく言うぜあきれて物も言えないどっかの山師が オレが死んでるって 言ったってよよく言うぜ あの野郎 よく言うぜあきれて物も言えないところが おエラ方 それで血迷ったか次の週には 香典が届いた前の土曜日に ガンバローって乾杯したばかりなのにオイラ その香典集めて こうして遊んでるってワケさますます 好き勝手なことができる オー ベイビーさあ オマエに何を買ってやろうか山師が 大手を振って歩いてる世の中さ汗だくになって やるよりも死んでる方が まだマシだぜおっと社長さん「オマエは死んだ もうクビだ」と言いたいさあ さあ ハッキリ言ってみな オマエはクビだと 言ってみな何をビビってるのよ 社長 みっともないぜさあさあ あのガッツは どこ行った今までに何人も クビ切った アンタじゃないかどっかの山師が オレが死んでるって 言ったってさよく言うぜ イモ野郎 よく言うぜあきれて物も言えない低能な山師と 信念を金で売っちまう おエラ方が動かしてる世の中さ 良くなるわけがないあきれて 物も言えないだからBaby さあ 今夜はどこで遊ぼうかまだまだ 香典 集まりそうだ当分 苦労はさせないぜ彼のボーカリゼーションはおそらくこの時、絶頂期を迎えていたと思う。何度聞いても鳥肌が立つ。こういう「ロック」をもつことができた幸せをわれわれはもう一度じっくりと噛みしめる必要がある。切実にそう思う。だが、彼の音楽性のアルバムをくるっと持ち上げてひっくり返し、B面をターンテーブルに載せてみる。さて、どんな曲が聞こえてくるだろうか。 エンジェル調子にのってるぜ 運のいいエンジェルまた想いだしちゃう やさしくされたこと歩道橋渡る時 空に踊るエンジェルお月様 おねがい あの娘をかえしてうそつきだから 甘いメロディ 知ってるいつも笑い返して ぼくに見えないことしてる調子にのってるぜ うそつきエンジェルガード・レールけとばして 見上げる空調子っぱずれだぜ うそつきエンジェルまた想いだしちゃう やさしくされたこと歩道橋渡る時 空に踊るエンジェルお月様 おねがい あの娘をかえしてこの曲は、彼のバンドのファンだった10代の少女が自殺した知らせを聞いて、彼が作った曲である。かの名曲「スロー・バラード」に比べると知名度は高くないが、一度聞いてみてほしい。失われたものに向かって、これほど切実に、ひたむきに、手の届く限り、せいいっぱいに腕をさしのばした曲が、他にあっただろうか。これほど哀切な「ロック」をこの国がもったことがはたしてあっただろうか。私はあるライブで、甲本ヒロト、彼、永積タカシを同じステージで見たことがある。会場は渋谷アックスだった。すばらしい瞬間だった。おそらくは日本のロックを代表する三人が互いにはにかみあいながら、ライブでパフォーマンスを繰り広げている。そして、その私の隣には。まあ、いいや。私にとっては人生至福の時間だった。彼の名は忌野清志郎。この国が生んだ最高のロックスターである。彼が喉頭癌であるということを先日ニュースで知った。癌がなんぼのもんじゃい。彼のロックスピリッツを奪える癌などこの世には存在しない。そして、あのライブで聴いた彼のギターの繊細で甘美な音。最悪の場合でも、彼にはギターという喉がある。「うそつきだから 甘いメロディー知ってる」もう一度、あの破壊衝動とやるせないセンチメンタリズムをまぜあわせた毒団子をオレたちの口の中にねじりこんでください。忌野清志郎兄。祈、快癒。
2006.07.17
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ふー、さっき仕事から帰ってやっとデスクに座ったところ。なんですか、世間様では三連休とかいっておりますが、私の耳には火星の天気予報のように聞こえますです、はい。今日から8日連続出勤。三連休休みなし。明日講演、明後日から三週連続の夏期講習。一年でもっとも厳しい季節がやってきました。もう、いいかげん年とってるんだから、かんべんしろよなーと思うのですが、仕事量は毎年増える一方。うーん、私は三週間後、はたして生きてお天道様をおがめるのであろうか。ということで、このブログもこれからどうなるのか、私自身見当もつきません。すばらしい読み手の方に恵まれて、なんとか書き続けていきたいとは思っているのですが、なにしろ恐ろしいスケジュールの中に突入しますので、まったく予測不能状態です。まあ、このブログがなければ夜も日も明けないという方はさいわい一人もいらっしゃらないでしょうから、別に私がこんなに気を揉むこともないんですけどね。でも、生徒の顔を見ると、これまでの経験からして、ブログなんか頭から吹っ飛びそうな気もするし。なんだろうな、この気持ちは。でも、毎年総替えのトランプのように生徒の顔は変わるんだけど、こいつらがいないとオレはどうなっていたんだろうと思う。毎年毎年ほんとにたくさんのエネルギーとメッセージをくれる。こんなちんけな人間がなんとか世間並みに生きていけるのもこいつらが夏が来る毎にわらわらとオレの周囲に押し寄せてくれるからである。彼らの誰一人としてオレを裏切らなかったし、オレから何かを奪おうともしなかった。ほとんど20年間近く、オレのなけなしの力を引き出し、鼓舞し、励起してくれた。ついには、「おまえ、人の可能性を伸ばせ、伸ばせっていいつづけてるけど、自分の可能性も少しは面倒みてやれば」というメッセージをくれ、こんなブログを始めることにもなってしまったわけである。今年こそ最後かな、とこの数年思いつづけながら、また来週から過酷なシーズンが始まる。でもオレにとってはこれは「スィート・シーズンズ」の始まりでもあるのだ。ま、しょうがない、朽ち果てるまでやることにするか。でもこのブログ読んでる方々は、「この人、いったいどういう仕事してるんだろう」と思われてることでしょうね。目の前にいる生徒に「先生、いったい先生の仕事ってなんなの、けっきょく」といわれると、説明するのに骨が折れるくらいだから。えっと、予備校の教材編集、原稿執筆、各種分析、問題作成、解説執筆、本の編集(先日も500pくらいの本が完成)、各種講演、資料作成、企画、立案、業務管理。まあ、これが中心。プラスして授業、その一貫としての添削、生徒指導その他その他。いったいどういう仕事なんだろう。自分でもよくわからなくなる。おまけに問題集2冊出したりしてるし。会社で午前5千字、午後6千字、帰宅してブログ4千字書いた時には、さすがに「おまえはあほか」と自分でつっこみをいれてしまった。ほんとうだったら、オレだってうちに帰ったらおもむろにチェロでバッハの無伴奏を一節弾いて、ハーブティーでも飲みながら描きかけの水彩画に筆を入れ、寝る前にモネの画集でも読んで、シェリー酒でも舐めながら、夜景を眺めてあごひげでもなでさすりたいのである。でも、文章書く以外、なーんもできないんだもん。おまけにその文章すらおぼつかなくて、よれよれだし。でも、そんな夢想に耽っている余裕はないのだ。その手持ちのすべての業務に来週からいっせいにスイッチが入る。スロットのドラムが猛烈に回転しはじめる。もしもブログ更新が滞ったら1 ぶったおれて寝ている2 授業で忙殺されている3 ぶったおれて寝ながら授業をしている4 心肺停止状態であるこのなかのどれかだと思って、気長に待っててくださいね。おまけにかつてないほど心身ともに最悪の状態だし(昨日のブログなんか、ほとんどきち○○さんの文章ですよね)、はたして私の運命はいかに。それは神のみぞ知る、亀の味噌汁、スタミナ抜群、頭がぽっかり。ということで、なんとか時間をみつけてぼちぼちやりますので、お見限りなきように。ちゃお。
2006.07.15
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おそらくいままで一度も使ったことがないことば。世間でもほとんど使われることのないことば。でも、時折頭の中に明滅しては消えていくことば。そういうことばがある。そのことばははたして自分を形容するためのものなのか。あるいは誰か特定の人間に対して用いるためのものなのか。よくわからない。ただ、そのことばがふっと浮かび上がってきて、何の発展も結実も見せないまま、しばらくの間、意識の上をただよい、やがて静かにこころの底に沈んでいく。ただそれだけだ。おそらくそのことばには何らかの恐怖がまとわりついている。そういう気がする。でもその恐怖の中味ははっきりしない。そのことば自体を恐れているのか。そのことばで自分のことを形容されることを恐れているのか。あるいはそのことばで形容されるものを恐れているのか。よくわからない。しかし、何らかの恐怖心がそのことばを呼び出していることだけはわかる。そう、このことばを呼び出しているのは自分の意識ではなく、恐怖心なのだ。こちらの意識とは関係なく、恐怖心が勝手に呼び出しているのだ。それは「実のない」ということばだ。「実のない人」「実のないことば」この「実」は、実質ともとれる。誠実ともとれる。実りととってもおかしくはない。「実のない」とは、だから、空虚で空しく中味がない、ということを意味する。なぜこのことばが時折意識の表面に浮上するのか、その理由がわからない。しかし、事実として、突如、このことばは浮かび上がってくる。そして、なんとも形容のしようのない錆びた釘を舐めたような渋い味が舌一面に広がる。これはオレを指していわれているのか。それともオレがもっとも嫌うものにかぶせられたものなのか。あるいは、そのふたつは同じものなのか。このことばが招き寄せる恐ろしさはこうして徐々に広がっていく。「実のない人」「実のないことば」私はそれを嫌う。しかし、その嫌悪の対象が実は自分自身なのではないかという恐怖にひそかにおののく。たとえば「愛」ということばを軽々しく使うこと。そのことばの背後にあるはずの「永遠」を忘れ、「あ、ごめん」と一言断れば、その「愛」を捨てられると軽信するこころ。私はそれを激しく憎む。しかし、その憎悪の鋭くとがった舌の先端が自分のこころに届かないと言い切れるかどうか。私は断言できない。そう考えると、じっと下を向いてうつむいてしまう。私は鉛の分銅のような、小さいけれどもぎっちりと中味の詰まったことばの感触を愛する。舶来の弱々しい血統書付きの飼い犬の頭を撫でるような手つきで、自分を甘やかせるためだけに紡ぎだされる中味のない空虚なことばを激しく憎む。でも、自分のことばが行動を伴わない、指先で軽く弾き跳ばせるような3gの分銅でないと誰が言い切れるか。そう考えると、また私は頭を抱え込んでしまう。要するにお前はことばだけの人間なんだ。そのことばの重みなんて、現実世界の重みに比べれば、3gの分銅にすぎないものなんだ。オレのくしゃみでも吹き飛ばせるぜ。そんなもの。そういわれると、私は反論できない。ことばの重みなんてしょせん幻想にすぎないものさ。そういうつぶやきが自分自身の胸の奥からも聞こえてくる。あるいはそうかもしれない。しかし、私は自分の生の重みを盛る容器をことば以外には持ち合わせていない。だから、どれだけ非難されようと、私はこの小さな器に自分の生を盛るしか術を知らないのだ。現実から眼を背けている?あるいはそうかもしれない。現実的に無力なことばをつぶやき続けることにどれほどの意味があるというのか。あなたはそう問うかもしれない。私にもう一度頭を抱え、うなだれさせようとして。でも、ことばから切り離された現実っていったいなんなのだ。それにはどれだけの重みがあるのか。たしかに3gの分銅よりもそれは重いかもしれない。でもその重さは、所詮動かしにくさを示すだけの重圧にすぎないものではないか。3gの分銅は違う。それは人間のこころを、人と人とのつながりを、そして世界を動かすための起点となりうる重さなのだ。ゼロとは決定的に異なる。物事を固定するにはあまりにも頼りないけれども、この世界の価値あるものをすべてそれを基準にしてとらえうる「起点」の重さなのだ。どれほど無力だと思われても、どれほど現実から眼を背けていると非難されても、地に足がついていないと口汚くののしられても、私はこの3gの分銅を手放さない。私の口が「愛」と呟く時には、その分銅の底には「永遠」という文字が小さく、しかし確かに刻まれているのだ。私は「実のない」人間にはなりたくない。私は「実のない」ことばを操る人間にだけはなりたくない。たとえ「実のある」人間になることができなくても、「実のある」ことばの所有者になれないとしても、私は「実のない」ことばには決して加担したくない。「実のない」ことばに加担するくらいなら、私はむしろ「何もない」断崖の向こうに身を投じることを選ぶだろう。「実のないことば」「実のない人」私はあるいは自分自身を憎んでいるのだろうか。
2006.07.14
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このあいだの日曜日、暇をもてあまして近所のブックオフへ出かける。(他にいくとこないんかい。あ、は、はい、とくにないんです、すいません)いつもの105円コーナーの「ま」の棚からチェックを始める。そういえば、春樹本のほとんどすべてを私はこの棚から拾い集めたのである。かれこれ30冊以上。しかし、春樹本はいつも少ない。その隣にある「村上某」の棚にはいつも何十冊も在庫があるのに。しかも、ブックオフの店員さんのおそらく27パーセント前後の方々は、「村上春樹」と「村上某」の区別がついていないようである。いつも「春樹」棚をチェックして、「ああ、今日は何もないな」と思って、おもむろに「村上某」棚をチェックすると、しばしば「遠い太鼓」とか「シドニー」が並んでいることがある。たしかにこの二作は「村上某」が書いててもおかしくはないタイトルではあるけれども。しかし、今日の春樹本もとくに収穫はないようだ。「ノルウェイの森」下、一冊のみか。せっかくきたのになー、ついてないよなー、とぼやきつつ、一応念のために「村上某」の棚もチェック。おやおや、やっぱり春樹さんの本が紛れ込んでるじゃないか、しょうがねーなー、居心地悪そうだから、こっちに移してやるか、とひとりごちながら、その本を春樹棚のほうへ。そして、背表紙を見ながら、「おや、これは」と、しばし立ちすくむ。「えーと、村上春樹って書いてあるよな、それはまちがいない。そして、その横に連名で、えーと、村上龍って書いてある。えー、なんだこの本。二人の共著ってこと?ひょっとして、これって、あの本?」そう、この本は「これってあれ」なのでした。村上春樹、村上龍共著「ウォーク・ドント・ラン」。ヤフー・オークションで一万六千円の値がついているという、あの幻の絶版本、「ウォーク・ドント・ラン」なのであります。思わず値段を確かめると、105円。ブックオフばんざーい、っと叫びながら、即時購入。さきほど読了いたしました。読後の感想。けっこー、おもしろかったですよ、この本。好事家が一万円以上で買い求めても、「あー、損したなー」とは思わないくらいインタレスティングな本です。おそらくまだこの本を読んでいないという方が多いと思いますし、このブログには少なからぬ春樹ファンも立ち寄られていることにかんがみ、今日は特別にこの幻の本の紹介をすることにします。とくにお世話になったあの方に、おちゅうげーんでございます。以下、箇条書きで。・ まず中扉の後に二人の顔写真が二枚並んで載っている。あちゃー、春樹さん、これ痛いっすよー。このころ(1980年)の村上龍はめちゃめちゃもてそうな顔してます。信じられないでしょうが、顔すっきりしまってます。しかし、春樹さんはどうかというと。ほとんど爆笑問題の太田がお多福風邪引いたような顔してます。クルーネックの白のTシャツの上に、チャックのシャツ、さらにその上にVネックのセーター。うーん、私がいうのもなんですが、垢抜けてません。それに対して龍くんは革ジャン一枚。髪無雑作に真ん中分け。春樹くん、七三。うーん、春樹君が絶版にしたがったのもわかるような気がしてきた。・ でも、読み始めてみると、あの傲慢不遜の龍氏がなんと春樹さんに敬語使ってます。先輩立ててます。これって九州に生まれ育った人間の、体育会系資質そのまんまですね。はっきりいって龍ちゃん、謙虚。かなり春樹くんを尊敬していることが言葉のはしばしから感じとれます。このへん、生まれが隠せませんね。「都会人にはかなわんもんね」という雰囲気がそこはかとなく漂ってます。 あとはてきとーな抜粋をば。「龍 春樹さんの小説では、言葉が選ばれてるでしょう。比喩にもね。春樹さんの言葉に対する好みが実によく出てますよ。 春樹 使いたい言葉と使いたくない言葉をはっきり分けて、使いたくない言葉は絶対使いませんね。」「龍 ぼくは一八年間、九州弁でしゃべってたわけですよね。小説って東京弁で書いてあるでしょう。ぼくは東京弁が下手なんですね。他人がしゃべっているように書けなかったんですよ。 春樹 ぼくも一八まで関西弁しかしゃべらなかったんで、東京へ出てきてどうなるかと思ったら、三日で完璧にしゃべれるようになったね。あれは、なんか性格の問題じゃないのかなあ。ぼくは順応性が高いらしい。」私は春樹派だ。三日で標準語しゃべれたし。この後、文学の話はさっぱり盛り上がらないが、なぜか猫とジャズの話は大いに盛り上がる。あと盛り上がるのは「うちのかみさん」という章。「龍 (うちのかみさんは)とにかく、ぼくの書くもの、まったく読まないんです。推理小説が好きで、ガードナーがいちばん好きなんです。「ペリー・メイスン」は全部、読んでる。」「春樹 うちのかみさんは夢野久作とかポーなんかの怪奇小説ばっかり読んでますよ。」「龍 なぜぼくのもの読まないかって、べつに意識しているわけじゃないんですよね。どうしてだって訊いたら、「おもしろくない」っていう(笑)」「春樹 あっ、うちもそれいう(笑)「おもしろくない」って。ぼくは書くと、まずかみさんに見せるんですよ。おもしろくないと捨てちゃうんだね。」「龍 ひえー。」「(中略)春樹 エッセイなんかでも、すらすら書けたなと思って渡すでしょう。そしたら、「哲学がない」って捨てちゃうのね(笑)。なかなかあるわけないんだ。そんなもの。でも、やっぱり夫婦っておもしろいよね。」「龍 ま、共通してるのは、仕事の上において、あんまり尊敬されてないってことですね(笑)。」「春樹 尊敬されてないねえ。たとえば、洗濯物干せっていわれる。「ぼくは原稿書いてるから干せない」っていうと、「そういうくだらない原稿書くより、洗濯物干すほうがずっと大事なんだ」って、こんこんといわれるわけ(笑)。しょうがない、ぼくが干しちゃうんだね。それで「洗濯物干したくなかったら、もっと人を感動させる文章書きなさい」って言うわけ。これはね、説得力あるよ。」最高。ノーコメント。この後もなかなか興味深い展開が続く。たとえば春樹氏が龍氏の「コインロッカー・ベイビーズ」を激賞する。(イメージしにくいでしょう)。この時点(1980年)では、お互いにデビューから三作目まで書いている。龍氏の三作目が「コインロッカー」、春樹氏のそれは「街とその不確かな壁」、これは「世界の終り」の原型となった作品である。龍氏は春樹氏に向かって、さかんにあの三作目をもっと長いものにして書いたほうがいいよ、とアドバイスしているのである。このへんはなかなか興味深い。あとは春樹氏の印象的な科白を抜粋しよう。「春樹 書くときはね、これを読んでくれるであろう読者を一人、頭の中に想定します。非常に平凡な人をね。ぜんぜんぼくも会ったことないし、会ってもうまく話せないだろうという感じの人、共通する話題もたいしてないしさ。けっこう気むずかしかったり、かと思うと意外に涙もろかったり、で、何かパッとしない仕事しててというふうに。わりとそういう人のために書いているという気があるのね。」オレですか、これ。「春樹 文章を書くってことはある意味では、むなしいし、辛いですよね。通りの真ん中でズボンを脱ぐような感じがするね。」うわー、わかるわー、ここ。「春樹 ぼくはね、たとえばだれとでも寝る女の子っているわけじゃない。そういう女の子と寝るというのはものすごく落ち着くのね。むかしからそうだったんだけど」(!)「龍 あ、ものすごいですな。」「春樹 どっちかというとね、好きな女の子と寝るというのはさ、どうも落ち着かないのね、むかしから。不思議だな。」(!)!!!「春樹 ぼくはどうもセックスっていうのはビター・スイートという感じでしかとらえられないな。」「春樹 一人っ子ってわがままだっていわれるじゃない、小さいころ。で、そうならないようにしようとね、一所懸命努めてきているのね。でもいまでもね。何がしあわせかっていうと、家に帰るでしょう。だれもいなくてね。電気が消えてて真暗というのがいちばん好きだね。」「龍 ふーん。」ふーん、面白いな。「春樹 それから夏目漱石なんかわりに読みやすいような気がするよ。あの人は、英語をやってたんでしょう。英文学。だから何となくね、眺めていると日本語的じゃないような気がするんですよね、使われている言葉は古いけど。いつかまとめて読んでみたいと思いますね。好きになれそうな気がする。」ふーん、そうか。ということで、今日は稀少本の著作権法ぎりぎりの「引用」ブログでした。春樹ファンへの大還元サービスであります。春樹さん、怒るかな。でも、全編を通して春樹口調はまったく変わっておりません。もう一箇所引かれたところがあったんですが、それはまたブログで書きますね。長くなりそうだから。けっこういい本でしたよ。おそらくはこの本を絶版にしたのは春樹くんでしょうね。あのおおざっぱな龍氏がそんなこと気にするとは思えないし。「おい、龍、あれさ、絶版にしとこうぜ、いいだろ、講談社にはオレのほうからいっといたからな。」「え、ええ、あ、そうすか、べつにいいすよ、春樹さんがそういうなら(別に絶版にしなくてもいいんじゃないの)」というような会話がどこからか聞こえてきそうである。
2006.07.13
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「せんせー、ちょっと、いいっすかー」「なんだ、○○、しけた顔してんなー」「いそがしいとこ、わるいんすけどー」「ほんと、いそがしいんだよ、いま。上がアホばっかだから、そのしわよせがみんなオレんとこ来てて、どうしようもないの。また、こんどひまなときにこいよ。」「ずいぶん、つめたいっすねー、ちょっとくらいいいじゃないすかー」「うっせーな、ったく、なんだよ、いったい。まあ、そこ座れよ」「あ、どうも。あのですね、先生、オレ最近思うんすけど、世界中に人間っていっぱいいますよねー」「ああ、いっぱいるな。くさるほどいる。くさったやつもいっぱいいる。それがどうかしたか。」「そのいっぱいいる人間のなかでですねー、本当の愛にめぐりあえる人間っていったいどのくらいいるんでしょう」「3パーセント」「は?」「だから3パーセント。100分の3。どぅーゆーあんだすたん?」「いや、先生、それちょっとおかしくないっすか。ふつうですね、本当の愛にめぐりあえる人間がどのくらいいるかって、オレが質問したらですよ。『なんだ、いきなり』とか『なんかあったのか』とか『彼女にふられたのか』とかいわないっすか、ふつう。それがナチュラルな日本語会話っちゅうもんですよ。」「だって、おまえはなんかあって、そのなんかっていうのは女の子に振られたことなんだろ」「えっ……」「そんなことは、一目見ればわかるよ。わかりきったことたずねてもしかたないだろ。それでそこはカットしたわけ」「はあ、でもですね、それはいいとしても、いきなり3パーセントって具体的な数字あげるの、やっぱ変じゃないっすか。それじゃ、なにがなんだかさっぱりわからないっすよー」「だって、おまえはほんとの愛にめぐりあえる人間の確率が知りたいんだろ」「ええ、まあ」「だから3パーセント」「だからー、それじゃわかんないっすよー。何を根拠に3パーセントっていいきれるんすかー」「なんだおまえ、根拠が知りたいのか。それならそうと早くいえよ。」「はあ、いちおう根拠知りたいっす」「まあ、100分の3っていうことは100人のうち3人ってことだけど、頭の中でいきなり100人という人間を思い浮かべろっていってもけっこうたいへんだよな」「はあ、ちょっとイメージしにくいっすねー」「じゃあ、考えやすくするために、10人か5人にしよう。とりあえずお前の知り合いでもクラスメートでもなんでもいいから、同年代の人間を10人か5人、ま、めんどくさいから5人にすっか。アトランダムにイメージしてみ」「5人すか。えーと、あいつとあいつとあいつとと、だいたいイメージできました」「とくに目立つ奴とか、とくに不細工とかじゃなくて、できるだけ平均的な集団にしとけよ。全員刺青とか入れてると話がややこしくなる」「はあ、とりあえず刺青はないっす。」「その5人のうちなー、本当の愛に出会える奴って何人いると思う?」「へっ、5人のうちすか、これはきびしいっすねー、一人もいないかもしれない。」「そんな気するよなー、たしかに。でもだな、人生には希望が大事だ。ここはひとつ、ちょっと多めに見積もってもかまわん。そうすると、どうなる」「えっと、甘めに見積もっても一人かな」「そうだよなー、一人いれば上出来だよな。これを10人に増やすとどうかな」「そうっすねー、5人に一人がちょっと甘めだったから、10人に一人か二人ってとこすかね」「まあ、そんなとこだろ。さて、甘めの見積もりでいくか。5人に一人ということは五分の一ということだ。だけど、これは自分のこころの中に本当の愛をみつけた人間だ。そうだよな。」「あ、はい」「でも、愛は一方通行では意味ないわけだ。この五人に一人は片思いでほんとの愛に出会える確率。これが相思相愛の場合だとどういう確率になる?」「えっとー、五分の一かける五分の一で二五分の一かな」「おっ、計算速いじゃん。その通り。でももともと甘い見積もりだったんだから、一〇人に一人でも計算しておくと、十分の一かける十分の一。いくつになる。」「一〇〇分の一っす」「お、すげーな。おまえ、冴えてんじゃん。愛を断念した分、頭まわってるんじゃないの」「あのー、先生、そういう笑えない冗談はやめてください」「あー、すまん、すまん。えーと、二五分の一はすなわち一〇〇分の四、だけど、これはちょっと甘めだからすこし押さえよう、そうだな。一〇〇分の二か三にしとこうか。若者の未来に配慮して、その中でちょっと明るいほうの数値をとることにしよう。一〇〇分の三。つまり、3パーセントだ。」「あー、そういう話になるんすかー、なるほど。」「けっこう妥当な数字だとおもわんか」「そっすねー、けっこうリアルかもしれない」「だろ、だから本当の愛に出会える人間は3パーセントくらいなんだよ、実際の話。」「ふーん。」「でだなー、その愛が破局を迎える。そう仮定してみるな」「あ、先生、なんか胸のあたりがずきっと痛むっす。」「おまえ、狭心症じゃないか。とにかく破局したと仮定してだな、もう一回真実の愛に出会う確率は何パーセントになると思う?」「えっとー、百分の三かける百分の三だから一万分の九。〇、〇九パーセントっすか。」「そ、およそ〇、一パーセントだ。千人に一人。」「うわっ、絶望的じゃないっすかー、先生」「そうかな。宝くじよりはぜんぜん確率高くないか。しかもだな、本当の愛が幸せかっていうと、これはちょっと考える余地があるぞ」「なんでですか。」「これだからな、未経験者は。だって、本当の愛ってのは、ほとんどあらゆる規制や縛りをぶち破るくらいのパワーをもってるんだぞ。おそらくそれはこじんまりした小市民的生活とはあんまりなじまないものだと思う。愛の命じるところにとことんつきあおうとしたら、生活も壊れるかもしれんし、社会からもそっぽ向かれるかもしれん。そうはおもわんか。」「はー、ほんものなら、そういうこともたしかにありえますねー」「だろ、この世にたくさんいる人間のうち、真実に耐えられる人間がどれくらいいると思う。おそらく3パーセントもおらんだろう。そして愛に耐えられるのも3パーセント未満。真実の愛に耐えられるのはつまり〇、〇九パーセントということになる。千人に一人だ。するとだな、真実の愛に出会える確率が一〇〇分の三、つまり千分の三〇、この中でそれに耐えられるのが一人しかおらんということになる。二九人は出会ったはいいが、脱落するというわけだ」「はあ。」「するとだな、真実の愛よりももっと日常的なほんわかした幸せを手にして、ちょっと物足りないなーというくらいの生活をしたほうが、ふつうの人間にはふさわしいとはおもわんか。」「そういわれると、そっすねー。オレもとくに何ができるというわけでもないし、とりえもすくないし。」「同じクラスのA子さー、お前のこと、けっこうかっこいいっていってたぞー。バスケうまいって。」「え、まじっすか。先生。」「な、だから、もうすこし現実的な幸せを追求しろよ。しけた顔してないでさー」「なんかすこしだけ、やるきでてきたっす。じゃ、先生、お忙しいところすいませんでした。」「おっ、おまえの敬語なんて聞くのいつ以来だろ」「先生、最後にひとつ聞いていいっすか」「なんだ」「先生は、その一〇〇〇分の一に入る自信ありますか。」「あるよ」「へ、あるんすか。すっごい自信すねー」「だって世の中には人間はごまんといるけど、オレは一人しかいないもん。確率なんか通用しないよ。オレは本当の愛に出会えると信じてるもん。根拠なしで。いいか、客観的判断には根拠はいるけど、個人的信念には根拠はいらないの。オレは自分を信じてるもん。」「なんだか、よくわかんないっすけど、先生もとりあえずがんばって生きてくださいね。」「なんだよ、その言い方」「ちょっと悪いと思ったから言わなかったすけど、最近の先生も、かなりしけた顔してましたからねー」「なんだと、このやろう」と言いかけたら、○○は脱兎のごとく駆け去った後だった。
2006.07.11
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ここ数日、夏目漱石の『門』を読んでいる。いつか読もうと思って本棚に置いておいたのだが、ある日、ぼんやりと本棚を眺めていると、「おい、おい」と向こうから手招きして呼ばれたのである。しばしその意味を考えたのだが、なるほどと思い当たる節もあり、手にとって読むことにした。あと50頁ほどで読み終わるところだが、一言でいうと、すばらしい作品だと思う。なにより文章がみごとだ。漱石の文章はピストル型とでもいおうか、周囲の情景や登場人物の心情の核心を短銃で的確に次々と射抜いてゆくような感触がある。射的場の標的が端からぱたぱたと倒れていくような小気味良い爽快感を感じる。もちろんその情景や心情は時に暗鬱で混迷を極め、暗闇や深淵がほの見えることも少なくないのだが、そういう部分でも文章が小気味よい呼吸やリズムを失うことはない。「韜晦」ということばとこれほど隔絶した文章もないだろう。表現は簡潔、的確でありながら、豊かな実質に満ち、文末には快い余韻がただよう。漢文の素養を失ってしまったわれわれにはもう身につけるべくもない文章であり、文体である。読み進むにつれて、無性に真似をしたくなる魅力と感染力をもった文章なのだが、物真似をすることすらかなわない自らの表現力の乏しさにため息が出る。彼我の差はそれほど大きいのである。こういう文章を読んでいると、背骨が鮭の中骨の缶詰のようにぐにゃぐにゃぼろぼろになった一部の現代作家の文章なんか読む気がしなくなる。この作品のテーマも現代的で切実だし、あらためて漱石をまとめて読もうかという気が起きてくる。思えば漱石との出会いは不幸というか、「運」がなかった。中学校に入りたての頃、松本清張の「点と線」を読み、衝撃を受けたことがある。どんな衝撃だったかはあらかた忘れてしまったが、やはり文章の簡潔、的確、かつ雄渾というか強靱というか、その文体の力強さに魅了されたのだと思う。そして、彼の文学上のアイドルが森鴎外であることを知り、鴎外の作品をあれこれと読み囓ることになった。しかし、その時、漱石の門に入るきっかけというか、導きの糸を見つけることはついにできなかった。もちろん「坊っちゃん」も「吾輩は猫である」も読むことは読んだ。しかし、前者は面白いとは思ったものの、感動したというほどではなかったし、後者はチューボーに理解しろというのが、土台無理な注文である。「細君」ってずいぶん出て来るけど変わった苗字だなと思っていたら、奥さんのことだと知ったという、中学生の頭は所詮、その程度のものである。しかし、これではいかんと思って、高校の頃、「三四郎」を読んだことがある。これもセレクトがあまり良くなかったようだ。既にいっぱしの口をきくようになっていた小生意気な高校生は「なんだか浅いな、これ」と思って、それ以降の作品を読むのをやめてしまったのである。今考えると不幸なことだった。先年、思い立って「それから」を読んだが、実に面白かった。せめてここまででもたどりついていたら、そこから向こうの世界へ行けたものを、とも思うのだが、まあ、これも運命であり、定めである。高校生の頃、「それから」の何がわかったかと考えると、この年で漱石が初読できることをむしろよろこびと感じるべきなのかもしれない。さらに今から10年ほど前には「さすがに『こころ』も読んでないのは、いくらなんでもひどいよなあ」と思って、会社の行き帰りの電車の中で読んだことがある。しかし、私ははっきりいってこの作品は買わない。私の目にはどうみても失敗作にしか見えないのだ。作者の作為や意図が表に出すぎてしまっている。「頭」の高さに比べて「手」のほうがちょっとね、という気もする。これなら私は断然「それから」の方を押す。(まだ読み終えていないが、「門」はさらにそれを凌駕している)面白さからいってもこちらの方がはるかに上だと思うのだが、なぜ「こころ」はあれほどに評価が高いのだろうか。いまだに高校の教科書にはほとんどすべてこの作品が掲載されている。そのために漱石を読み損ねてしまっている人も数多い(私もそのひとりだが)のではないだろうか。『門』は大学時代の友人、安井の恋人御米(およね)を主人公である宗助が奪い、社会に背を向けてひっそりと二人で日々を過ごしているという話である。前半部は、その生活のさまが描写されるが、なぜ彼らがそのような生活を余儀なくされているかという説明はいっさいなされない。作品の半ばを過ぎてから、おもむろにその経緯が述べられるわけだが、その書きぶりはあくまでも簡潔で抑制が効いている。全体の構成としては、裾野から徐々に山の頂上を目指して歩いていき、その頂上近辺で御米の三度の出産の失敗と、過去の経緯が説明される。この構成がうまくいっているかどうかは微妙なところだが、その作品の頂上付近の漱石の筆は冴えわたっていると同時に、本人が自らの描写力に並々ならぬ自信を持っていることがうかがえる。御米の三度目の出産の失敗、すなわち死産の描写はリアルであり、凄惨ですらある。「胎児は出る間際まで健康であったのである。けれども臍帯纏絡(さいたいてんらく)と云って、俗に云う胞(えな)を頚へ捲き付けていた。こう云う異常の場合には、固より産婆の腕で切り抜けるより外に仕様のないもので、経験のある婆さんなら、取り上げる時に、旨く頚に掛かった胞を外して引き出す筈であった。」「しかし、胎児の頚を絡んでいた臍帯は、時たまある如く一重ではなかった。二重に細い咽頭を巻いている胞を、あの細い所を通す時に外し損なったので、小児はぐっと気管を絞められて窒息してしまったのである。」この描写は凄い。さらに御米と宗助との出会いの場面。ここはこの作品の白眉でもあろうが、漱石の筆は惜しみに惜しまれており、これが果たして恋愛の描写であろうかというほど水のように清く淡い。しかし、その心情の絡みあいの核心を漱石ははずさない。御米に関しては容姿の描写がまずほとんど見られない。目鼻立ちも表情も皆目わからない。ただひっそりと影のような女性とのみ書かれている。互いに思いを寄せ合うこころの内も直截的には描かれない。しかし、わずかに書かれたその部分には万感の思いがこもっている。たとえば、二人が初めてことばを交わす場面。「宗助はこの三、四分間に取り換わした互の言葉を、いまだに覚えていた。それは只の男が只の女に対して人間たる親しみを表わすために、遣り取りする簡略な言葉に過ぎなかった。形容すれば水の様に浅く淡いものであった。彼は今日まで路傍道上に於て、何かの折に触れて、知らない人を相手に、これ程の挨拶をどの位繰り返して来たか分らなかった。 宗助は極めて短かいその時の談話を、一々思い浮べるたびに、その一々が、殆んど無着色と云っていい程に、平淡であったことを認めた。そうして、斯く透明な声が、二人の未来を、どうしてああ真赤に、塗り付けたかを不思議に思った。」恋愛の始まりをこれほど鮮やかに描き出すということが、今日の作家のいったい何人にできるだろうか。激しい恋の多くは実は何気ない世間話から始まるのである。さらに宗助が御米に心を惹かれていることを暗示する場面。宗助はこれ以前で京都の風流に既に倦んでいた。「御米は着物の裾を捲くって、長襦袢だけを足袋の上まで牽いて、細い傘を杖にした。山の上から一町も下に見える流れに日が射して、水の底が明らかに遠くから透かされた時、御米は『京都は好い所ね』と云って二人を顧みた。それを一所に眺めた宗助にも、京都は全く好い所の様に思われた。」御米への恋情の描写はこれだけである。心の内を表すのを極力押さえ、限った分だけ表現に心がこもっている。しかし、御米の宗助への思いの描写はさらに抑制されたものである。私はこの部分を読んで、ひそかに絶句してしまった。御米の恋人安井は病を得て、転地療養する。御米も当然一緒である。何度誘われてもその地に赴かなかった宗助は病が癒えたという知らせを受け、ついに彼の地を訪れる。そこでの描写である。「明るい燈火の下に三人が待設けた顔を合わした時、宗助は何よりも先ず病人の色沢(いろつや)の回復して来たことに気が付いた。立つ前よりも却って好い位に見えた。安井自身もそんな心持がすると云って、わざわざ襁衣(シャツ)の袖を捲り上げて、青筋の入った腕を独(ひとり)で撫でていた。御米も嬉しそうに眼を輝かした。宗助にはその活溌な眼遣いが殊に珍しく受取れた。今まで宗助の心に映じた御米は、色と音の撩乱する裏(なか)に立ってさえ、極めて落ち付いていた。そうしてその落ち付きの大部分はやたらに動かさない眼の働らきから来たとしか思われなかった。」これだけである。しかし、御米の眼はなぜ輝き、なぜ活発に動いているのか。それが安井の回復のせいでないことだけはたしかである。この微細な観察眼と描写力には感服するほかない。漱石の文章の妙。彼の臍の胡麻ほどでもいい。なんとかそれを身につけることはできないものか。そうだ、今日は冷蔵庫に千円札をマグネットで貼って、こめかみを押さえながら寝ることにしよう。官九郎くんのドラマも今週で終わることだし。
2006.07.10
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赤とピンクの違いをことばで説明しろと言われたら、なんと答えればいいだろう。唐突にこういう質問がうかんだ。うーん、両者の違いをことばだけで説明するのはかなりむずかしそうだ。だが、異なる二者を説明するのは、説明問題の基本である。ちょっとやってみよう。二つのものの違いを説明するにはいくつかの方法が考えられる。いま友人と立ち話をしていたとする。すると向こうからAさんとBさんが並んで歩いてくる。私は両人と面識があるが、私の友人には面識はない。どちらがAさんでどちらがBさんであるかを指をささないで友人に伝えようとすると、どうすればいいか。1 比較「二人のうち背の高い方がAさんだよ」これがもっともわかりやすい。あるいは、2 対比「メガネをかけているのがAさん、かけてないのがBさん」この場合は「Aにはあるが、Bにはない」もの(あるいはその逆)に着眼すればいい。さらに3 定義「Aさんは~で、~で、~、一方、Bさんは……で、……で、……。」というように、双方の性質を並記して定義づける方法である。ちょっとくどいけれども、対象の性質が複雑な場合にはこのやり方が効果的だ。さてと、お題は「赤とピンク」か。色彩の場合、ことばで比較するのはむずかしそうだ。まずは2の「対比」からいってみようか。赤とピンクを並べてみる。一方が濃く、一方が薄いと比較しても具体的な色合いの違いはわからない。単純な対比もむずかしいので、「関係づけ」をしてみる。Aに何かを加えればBになる、というように。「赤に白を加えればピンクになる」まあ、これはいえそうだ。でもこれではピンクはわかるけど、起点となった赤は説明できていない。説明として不十分だ。しかし、ここからピンクという色の中に「白」が含まれるということはいえるだろう。それに比べて赤の中には何色があるだろう。どうも「白」があるという感じはしない。赤の中に含まれる重要な色として何が挙げられるだろうか。私は頭の中に深紅を思い浮かべる。その中に潜んでいる色とは何か。赤い血、赤ワイン、うーん、あの赤をどんどん濃くしていくと、徐々に黒に近づいていく感触がある。赤の背後には「黒」が存在しているのではないか。「赤の背後には黒があり、ピンクの背後には白がある」これで一応の対比はできたけれども、これもすでに赤とピンクの色を知っている人にしか通用しない説明だな。うーん。対比はここまでか。次は定義。ここは性質を並記するというよりも、それぞれの色を帯びた典型的なものを挙げていくしかなさそうだ。定義というよりも「例示」にとどめることにする。あまり面白みがないので、対象はひとつに絞りこんだほうがいいだろう。「赤は血、ピンクは粘膜」うわ、すごいのが出てきたな。これではブログの品位が……。まあ、しかし、出てきたものはしかたがない。血の色が赤いのはヘモグロビンのせいである。ヘモグロビンは人体の各部に酸素を供給する働きをしている。人間の生命活動に必須の物質を運搬する乗り物の色が「赤」なのだ。だから、この色は人間の生命活動の根源に関わる色、生命にとって本質的、根源的な色ということができるだろう。粘膜組織がピンク色なのもその表面に微細な血管が縦横に走っているからだ。しかし、それはあくまでも表面の色である。ピンクは赤に比べると、より表面的、表層的な色といえるかもしれない。生命の本質に結びつく根源的な「赤」。生命活動の表にあらわれる表層的で軽やかな「ピンク」。定義もあんまりぱっとしなかったかな。でも軽重、深浅という両者の性質の違いは出てきたようだ。しょうがない。第4の方法でいくか。それは「比喩」である。4 比喩「Aは~、Bは……」それぞれを何かにたとえる。正確さには欠けるが、広がりとふくらみは出る。おまけにごまかしも効く。私はこの方法を多様する(しすぎる)傾向がある。「赤は愛、ピンクは恋」うわ、なんか今日は変なものばかり出てくるな。オレはフランス人か。しかし、これはさきほどの「定義」のところで出てきた説明と関連しているようだ。より深く生命の根源につながる「愛」、その生命の軽やかな舞踏であり、飛翔である「恋」。ワインに毒物を混入しようとして白ワインに入れる人間はいないだろう。ロゼもぴんとこない。やはりこの場合には深いルビー色の赤ワインが最適である。あの赤の中には黒い憎しみすら受け入れる不気味な奥行きがある。だから、愛は赤なのだ。それに対して、ピンクの背後には「白」がある。「白」は無垢であり、無知であり、純朴であり、しばしば無神経でもある。そこには軽やかなたわむれがあり、優雅な飛翔があり、当然のことながら、突然の落下もある。憎しみ、恨み、哀しみなどの重みのある感情に耐えて飛び続ける忍耐と持続性に欠ける。一瞬の落下、消滅。さわやかではあるが、はかない。軽やかではあるが、重みに欠ける。それがピンクだ。最初の問いに戻ろう。赤とピンクの違いをことばで説明しろと言われたら、なんと答えればいいだろう。赤は愛。ピンクは恋。赤のエッセンスを若さの白の中に一滴垂らせば鮮やかなピンクが生まれる。しかし、ピンクを煮詰めて赤にするのは至難の技。それほど赤の濃度は高く、ピンクのそれは低い。赤には黒い感情をも受けとめる奥行きと深さ、忍耐と持続性が存在する。ピンクは重い感情には耐えられず、軽やかではあるが、奥行きと深みに欠ける。しばしば突発的、衝動的であり、忍耐と持続性に欠ける。赤は生命の澱(おり)の色、ピンクは生命の上澄みの色。人生は血沈のようなものである。時間とともに赤血球が沈降し、赤い澱を作る。その上層には上清(うわずみ)が残る。赤は人生の澱の色。ピンクはそこへ至る過程の色。うーん、これで何点くらいだろう。58点くらいかな。皆さんだったら冒頭の問いにどう答えますか。
2006.07.08
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中田英寿選手の引退メッセージを読む。彼のHPを見るのはこれが初めてである。一読して、これほど整った文章の書き手だったのかということに少なからぬ驚きを覚えた。この文章の書き手は「音」や「響き」を意識しながら文章を書いている。文字や単語の数、文章のバランス、センテンスとセンテンスの間の間合いや呼吸に無神経な人間はこのような文章を書くことができない。きわめて強い意志力とある種の強固な美意識の持ち主であることが文章の端々からうかがえる。もちろんこの文章にまったく問題がないわけではない。「思わず使いたくなる便利なことば」に対してもう少し自制心を働かせることができれば、彼は自分の内面にさらに一歩近づくことばを手にすることができただろう。ほんの少しだけヒロイックな言い回しを好み、その言い回しに時に耽溺する傾向があるようにも思える(「おい、おい、それをお前に言われたくないよな」って声がどこからかかすかに聞こえてくるな。空耳かな。)ただ、この文章を読んで一番印象に残るのは、彼が何十回となく推敲を重ねた末に、本文をアップロードしているということだ。ほとんど疵が見あたらず、リズムの崩れや言い回しのほつれがない。これは何十回と推敲に推敲を重ねない限り、実現することのできないものである。もちろん文章を書く経験を積めば、ほとんど「一発録り」で疵のない文章を書くことはできる。しかし、そのようにして書かれた文章には、もっと躍動感というか、ライブのノリに近い臨場感が伴うものである。この文章からはそういう「ナマな」息づかいや鼓動を感じとることができない。いろいろな箇所を慎重に、かつ丁寧にハサミで切りそろえたような細かな細工・手入れの跡を私は感じる。少し意地悪な言い方をすれば、彼は完成度を優先して、文章の「のびやかさ」を犠牲にしている。そういってもいいかもしれない。しかし、文章のプロでもない人間が、自ら書いた文章を何十回も読み返して推敲できるかというと、これは至難の技である。おそらくそれは私のようなサッカーのど素人が何百回もリフティングをするよりもはるかにむずかしい作業だと思う。この一事をもってしても、彼が並はずれた集中力と、自らの文章表現に対する熱意の持ち主であるということは十分に推測できる。そういえば、去年の今頃、ある国立大学を目指す海外からの帰国生に小論文を教えたことがある。毎年恒例の授業で、三日間の集中講義である。生徒は例年15名ほどだったが、その年はやや人数が少なく、9名だった。生徒の志望学部を見ると、その年には顕著な傾向があった。とにかく体育学部志望が多かったのである。その大学は国立でありながら、スポーツ医学その他の研究でも有名であり、トップクラスのアスリートが入学することでも知られている。当然のことながら、彼らは体育的実践に日々いそしんでおり、「小論文」などという辛気くさい作業に時間を割く余裕はほとんどない。小論文を書くのははじめてという生徒が大半である。だから、なるべく人間性をストレートに嫌味なく示す素朴な文章を書くようにと指導する。三日間ではそれくらいが限度である。最初の時間、そのクラスに入る。9名だから、すぐに顔も名前も覚えられる。私は型通りの小論文入門講座を始める。話し始めてしばらくすると、いつもとは少し違う感触を感じる。こちらの調子はいつも通りなのだが、何か生徒の反応のなかに例年とは違う微妙な違和感を感じる。いったいこれはなんだろう。しばらく授業を続けているうちにその原因がわかる。一番うしろの席に座っている色の浅黒いいかにもスポーツマンという感じの凛々しい青年がその違和感の発信源だ。しかし、彼がことさら変わった反応をしているわけではない。彼はきちんと背を伸ばしてこちらに正対し、私の話をワンフレーズごとにしっかりと聞き取り、理解しようと努めている。まったく模範的な生徒というべき態度である。しかし、その聞き取りの集中力とすなおさがはんぱではない。まるでアメリカ製の強力な吸引力をもった大型の電気掃除機で、私のアドバイスが口から出された途端に、あっという間に吸い取られているような気がする。彼はときおり手を挙げて、簡潔な質問をする。私はその問いに簡潔、的確に答える。その答えはまた彼の脳髄に瞬時のうちに吸い込まれる。ちょうど乾ききった地面の上にそそがれたコップの水のように、それはあっという間に吸収されてしまう。私は緊張した。もしここで誤ったアドバイスをすれば、彼はその誤りまで完璧に吸い取ってしまう。こういう緊張感を強いる生徒はめったにいるものではない。私は慎重に、慎重に、と自分に言い聞かせながら授業を続ける。この授業では都合三枚の小論文を書かせる。そして、すべて私が自分で添削を行う。一枚目、彼の小論文はまるで作文だった。私は小論文と作文の原理的な違いを彼に教える。彼は瞬時にしてその意味を理解する。二日目に彼が書いた文章は、紛れもなく小論文になっていた。しかし、全体の構成に難があった。一枚目はC評価、二枚目はB評価。私は彼に構成の要諦を教えた。彼はそのことばを例の高性能の吸引ホースでしっかり吸い取った。三日目、彼の書いた文章はA評価。ほとんど完璧な文章になっていた。「あのねー、こんなに短期間に文章が変わるってことはふつうありえないんだよ。いったいどうなってるの」と私は思い、「君は体育学部志望らしいけど、運動は何やってたの」と聞いてみた。「サッカーっす」「でも、ふつうの選手じゃないよね、たぶん。これはオレの勘なんだけど」「はあ、一応全日本のユースのレギュラーっす」なるほどね。トップアスリートというのはこういう能力をもっているのか。自分にプラスになるアドバイスのできる人間を瞬時に見きわめ、おそろしい集中力でそのアドバイスを貪欲に吸収し、即座に実行する。しかし、たいへんなものである。「先生、あと何か気をつけたほうがいいことってありますか?」「ああ、とりあえず毎日ちゃんと食べて、よく寝ること。それさえ実行すれば、まちがいなく合格するから」「ありがとうございますっ」彼は5月の空のような笑顔を見せてぺこりと頭を下げた。当然のように彼はその大学に合格した。例年2~3名の合格者しか出ないその授業では、出席者9名のうち、なんと6名が合格してしまった。彼の貪欲な吸収力が私の潜在的な能力まで通常レベル以上に発揮させてしまったようである。しかし、すさまじい男だったな、あいつ。中田選手の文章を読んで、去年のその生徒のことを思いだした。あのレベルの人間にとっては、もはや「あたま」とか「からだ」とかいう区別すらたいした意味をもたなくなってしまう。自分にプラスになるものを吸い取る力の強さにおいて、常人をはるかに凌駕する人間というものがこの世にはたしかに存在するのである。しかし、僭越ながら、中田選手に一言だけアドバイスをするとしたら、私はこう言いたい。「あなたは実にすばらしい文章を書く。すみずみまでよく考え抜き、自分のこころの核心を把握し、それを伝えるという強い意志をもって、文章を書いている。それは実にすばらしいことだ。しかも、いったん書き終わっても、けっして自分の文章に溺れることなく、全体のリズム、トーン、ボイス、バランスに考慮して、徹底的な推敲を行っている。もちろんこの文章がある意味では「歴史的な文書」になるという自覚もあってのことではあると思うけれども、ここまでの完成度の高い文章を綴ることができるということはまぎれもなくすばらしいことであると私は思う。」「でもね、中田さん。この文章をプロの添削屋が読むと、少しだけ息がつまる。少しだけ息苦しくなる。素朴な感想としてそれだけはいっておきたい。おそらくあなたは何か行動を起こそうとするとき、まず息を「すっ」と吸ってから始動する癖があるのではないだろうか。走り始めるとき、言葉を紡ごうとするとき、重大な決意をするとき、大事なメッセージをチームメイトに伝えようとするとき、あなたはその直前に息を吸う癖をもってはいないだろうか。」「おそらくはその癖が、あなたのことばを聞く人間を少しだけ息苦しくしてしまうのだ。それがおそらくはあなたのいうコミュニケーションの問題につながるのだと思う。息を吸うことは緊張を強いることであり、その緊張のもとにことばを発することは、そのことばの担うメッセージ以前に、相手に緊張を強いる結果になってしまうのだ。だから、中田さん、あなたに対する私の唯一のアドバイスは、何かを始める直前にいったん肺の中にある空気をゆっくりと吐ききって、吐きおわった後、自然に息を吸い込んでから、行動を開始すること。それだけです。息を吐いて、いったん体をゆるめて自然体で次の行動を開始すること。おそらく、いままでのあなたはそういう余裕をもつことすら許されないほど過酷な環境で生きてきたのでしょう。それがあなたの文章の端々から痛いほど感じとれます。でも、もうそんなに無理に息を詰めてがんばる必要はないのですよ。ゆったりと息を吐いて、次に何をしようかをのんびりと考えればいいのです。あなたの文章を読んで、私のできるアドバイスはただそれだけです。」中田選手、おつかれさまでした。ゆっくりやすんで息を吐き切り、体の緊張をゆるめてください。そこから自然に次のメッセージがあなたの口から出てくるはずです。そして、そのことばはいまよりももっとしなやかでのびのある輝かしい文章になっていると私は思います。周囲の雑音など気にせず、ゆっくりと息を吐ききること。私のアドバイスは以上です。
2006.07.05
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マンションのベランダに植えている植物の緑色が濃さを増している。所有者が朝晩「湯水のように」水分を補給するので(風呂の残り湯なので正確な表現ではあるが、正確すぎて比喩ではなくなってしまった)、よろよろふらふら状態のオーナーよりもはるかに元気がいい。冬のあいだ、行き倒れの死体のようだったジャコバサボテンもいつのまにか息を吹き返して、つやつやとした肉厚の葉を出しているし、鉢植えのカロライナジャスミンも連休中に黄色いかぐわしい花を咲かせた後は、緑色の柔らかなつるを天に向かってぐんぐん伸ばしつつある。生育が良すぎて謎の巨大生物と化したピンク色のゼラニウムも、暑いのは苦手そうだが、なんとか細々と花をつけているのがけなげだ。プランターには観葉植物のアイビーが洪水のようにあふれだしているが、一ヶ月ほど前、そのプランターの空いた場所に朝顔と夕顔の苗を植えた。プランターがベランダの手すりの真下にあるので、その木枠からベランダの手すりまで麻紐を4~5本くらい縦に張り、紐と紐の間にも横に紐を渡して粗雑なハンモックみたいなものを作り、そこにつるを匍わせている。つるは毎日律儀によちよちと紐を上ってくる。既にネットの大半は葉っぱに覆われつつある。朝顔の苗が五つ、夕顔がひとつ。あさがおの葉は小さな毛に覆われ、人はいいのだがいささか粗雑なアメリカの娘さんの肌を思わせる。それに対して、つんとすましたスペード形の葉を逆向きに垂らした夕顔さんは、しっとりとしたなめらかな肌をもつ大和撫子の風情である。朝顔さんほど元気で旺盛に花をつけるわけではないが、夏の夕暮れにぽっかりと白くかぐわしい花を開くさまはたとえようもなくすばらしい。その私のささやかな願いが聞き入れられるといいのだがと思ってそちらを見ると、夕顔さんはそしらぬ顔で「そんなこと知りませんわよ、わたくし」という感じ。このへんがフレンドリーな西洋朝顔さんとは違うところだ。ご機嫌を損ねないように気をつけねばならない。残る花はエアコンの室外機の上に鎮座しているルリマツリがふた鉢。カタカナで書くといささか味気ないが「瑠璃茉莉」とは優雅な名である(瑠璃は青色の宝石。茉莉はジャスミンに花の形が似ているところからつけられた、と聞いたことがある)。丈夫で病害虫にも強く、花はすずやかで、私の大好きな花のひとつである。一つは薄いブルー(アガパンサスの花色に似ている)で、もうひとつは白。瑠璃というくらいだから、白はルリマツリとは呼ばないのかもしれないが、学名「プルンバーゴ」ではかれんな瑠璃ちゃんがかわいそうだ。ブルーのルリマツリは今年で既に3年目か4年目になる。冬は枯れた状態でベランダの隅に放置されているのだが、春とともに目覚め、毎年年越しをする。そういう意味でも愛着のある花である。この青瑠璃さんは実は冬枯れの時期に家人に枯れ木と思われ、燃えないゴミの袋に詰められてゴミ収集所に出されたことがある。それを知った持ち主が血相を変えて、階下に駈け降り、間一髪のところでゴミの収集車からその可憐な命を守り、ひしと抱きしめたというギリシャ神話のような(でもないか)せつない逸話の持ち主である。それ以来、恩義を感じてか、夏が来るたびに見事な花を咲かせてくれる。今年も最初の花弁が開きかけ、つぶつぶのついたさや状のつぼみからすずやかな青色が顔を覗かせている。ということで、なんだかねじのゆるんだ天声人語みたいになりつつあるので、このへんでトーンを変えて、と。朝夕、水やりをしながら彼女たちに接していると、「植物的生」とはなにかということを考えさせられる。昔の中国の皇帝は不老不死を願い、その秘薬を求めてさまざまな試みを行ったという。それらは伝説として今に語り継がれているが、不死などというものはそれほどおおげさに考えるほどのものではない。実現しようと思えば、さほど困難ではないのだ。どうすればいいかって?要するに植物になればいいのである。植物的生においては、「個」というものが意識の上にのぼることはない。種が芽をふき、双葉をつけ、葉を茂らせ、実を結び、やがてさやから種を落とし、そこからまた芽がふいてくる。どこで個体が消滅したかなどということは誰も気にしないし、当人も気にしている様子はない。そこには連続した生があり、連綿と続く生命活動があるだけだ。第一、植物には「株分け」というものが存在するではないか。二つに分けられた株が「ああ、俺のアイデンティティはどこにいったのだ」と苦悩の叫びをあげたりはしない。だから、不死を願う皇帝は植物になるための手だてを探せばよかったのである。中国四千年の歴史で、人間を植物に変えるくらいの技法はなんとか調達できたのではないだろうか。植物から動物へと「進化」し(こう言い切っていいかどうかは疑問だが)、移動の自由を手に入れ、能動性と攻撃性を身につけることで、その生物の内面には「個」の意識が宿るようになる。そして、同時にそのかけがえのない「個」を喪失することは、動物の個体にとってもっとも大きな恐怖の対象ともなる。その動物の中でも最高度に「進化」した(と自己申告している)ホモ・サピエンスに至っては「個」は唯一絶対の動かしがたい存在のよりどころとなった。しかしそのかけがえのない「個」は必然的に「孤」に通じている。閉ざされた個の意識は、他の生とのつながりを断ち切られ、広大な宇宙空間の中でおびえ、ふるえるかぼそい一本の葦となった。人間が不死の存在となる唯一の方法。それは他の個体との生のつながりを回復することだ。肉親という血のつながりのなかに生の延長を感じとるのもいいだろう。あるいは、見知らぬ他者との間に共感の絆を築くことで生の意識を拡大するのもいいだろう。とにかく他者との間に生命の交流、命の流れを体感することができれば、人間はその蒼白い貧血状態の意識を脱して、あたたかい血の色に頬を輝かすことができるのだ。生のぬくもりのなかで、みずからの体温を相手の腕のなかに感じ、相手のぬくもりを自分の体熱と溶け合わせることができるのだ。それなのに、なぜ人は他者との分離ばかりを考えるのだろう、せっかく結び合わせた絆を断ちきって、個の意識に立ち戻ることばかりを考えようとするのだろうか。他者との生のつながりを回復すること、その方法を模索すべきではないだろうか。日が暮れて、ベランダにも涼しい風が吹きはじめる。生まれたての緑色の葉を涼風にそよがせながら、さやさやと彼女たちがささやく声が聞こえる。「さみしいおもいをするよりも、そっとそばによりそうこと」「しずかにささやきかけるこえを、しっかりとそのむねにかんじとること」彼女たちのサ行を強調したひそかなささやきは私の耳にはそう聞こえるのである。
2006.07.04
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先週の週末と今日の二回に分けて、手持ちのCDを大量に処分する。「失意の時には部屋掃除」の実践である。おそらく200~300枚のCDを売り払ったろうか。その結果、私のCD棚はどうなったか。さぞや「がらがらすかすか」状態になったと思われるかもしれないが、なぜかいまだにぎっしりと寸分の隙もない状態である。なぜそうなるかというと、既に書棚から大量にあふれ出したCDをベッドの下の収納スペースにぎゅうぎゅうに押し込み、書棚の上の段ボールにも詰め込み、今回処分したのはそこに棲息していた日陰者だったからである。まだどう少なく見積もっても、1500~2000枚はありそうだ。やれやれ。もう余命いくばくもないというのに、これではどうしようもない。片っ端から売り払わないとどうにも身動きがとれない。だが、CDを売ろうとすると、「残す」カテゴリーと「売る」カテゴリーの間にグレーゾーンが生まれ、両者の線引きのために、そのグレーゾーンの曲を聴かざるをえなくなる。プレイボタンを押し、最初の数秒で直観的に判断し、右(残す)か左(売る)かに峻別する。貧農の家の主が娘を遊郭に売ろうかどうしようかと迷っているような、悩ましい時間を経験することになる。なんだかわけもなく罪深い気持ちになってくる。まあ、罪深い人生を送っているので、分相応の所感といえば、それまでなのだが。そうして仕分け作業を行っているうちに、とても地味なジャケットのアルバムに目がとまる。薄いグレーの色遣い。バックはニューヨークの遠景だろうか。ほとんど影絵のようにうっすらと高層ビルが浮かび上がっている。ジャケットの中央には、小さな写真がはめこまれている。背の高い短髪のハンサムな青年がたてのストライプの半袖シャツを着て立っている。袖を少しまくっているのが時代を感じさせる。60年代かな。切れ長の目とやや濃くまっすぐに伸びた眉毛。すっきりとした目鼻立ちの好男子である。彼は小柄な女性の肩を右手でそっと包みこむように抱いている。女性はブロンドの短めの髪。愛嬌のある顔。少しはにかんで首を少し傾けて、とても幸せそうな顔をして、彼の顎の下に頭をもたせかけている。男性の涼やかな視線からは自信が感じとれる。女性の穏やかな微笑みをたたえた表情からは心から信頼と愛情を傍らの男性に委ねる、ふっくらとしたやわらかな情感が漂ってくる。おそらくは20代前半の祝福されたカップルの幸せそうな姿である。「これがね、パパとママの若い頃の写真なの。パパってとっても男前でしょう」「えー、信じられなーい。これがパパなの」そういう会話を思い描きながら、気の置けない友人にとってもらったスナップ写真という感じだ。写真に写った二人は、二人でありながらほとんど一人に見える。愛情と信頼と尊敬と希望がふたりをゆるやかな一本の紐によりあわせているのだ。この数年後、幸福そうに微笑む彼女がシンガーソングライターとして自立し、累計2000万枚以上のアルバムセールスを記録しなかったならば、これは新婚夫婦のかけがえのない、しかし平凡な記念写真として、二人の家族のアルバムの中にひっそりと収まっていただろう。その写真の上にはアルバムのタイトルが記されている。GOFFIN&KING SONGBOOK この女性の名前をCAROLE KINGという。男性はGERRY GOFFIN。彼女は1958年、わずか16歳で結婚した。そして、曲を作るのは得意だが歌詞はさっぱりという彼女と、作詞は得意だが作曲はさっぱりという音楽仲間の二人は、GOFFIN&KING という名前で強力なヒットメーカーとしての活動を開始する。KINGがレコード会社にデモ・テープを送ろうと音楽仲間に相談すると、「トム&ジェリー」というふざけた名前のバンドを作っていた背の低い男性がデモ・テープの作り方を親切に教えてくれる。彼の名前をポール・サイモンという。なんだか幕末維新の志士伝を読んでいるような気がしてくる。GOFFIN&KING の記念すべき一曲目を紹介しよう。Tonight you're mine completely 今夜、あなたのすべては私のものYou give your love so sweetly あなたはとてもやさしく愛してくれるTonight the light of love is in your eyes 今夜、あなたの瞳には愛の光がともっているBut will you love me tomorrow? でも、明日も私のことを愛してくれるかしら?Is this a lasting treasure これは永遠に続く宝物なの?Or just a moment's pleasure? それともひとときの喜びにすぎないもの?Can I believe the magic in your sighs? あなたのそのため息の魔術を信じてもいいの?Will you still love me tomorrow? 明日も私のことを愛してくれるかしら?Tonight with words unspoken 今夜、あなたはことばを使わずにYou say that I'm the only one おまえだけだよ、っていってくれるBut will the spell be broken でもその魔法は解けてしまうのかしらWhen the night meets the morning sun? 夜が朝日と出会うその時にI'd like to know that your love 知りたいのよ、あなたの愛はIs love I can be sure of 私が信じることのできる愛なのかどうかSo tell me now, and I won't ask again ねえ、教えて。もう二度ときかないからWill you still love me tomorrow? 明日も私のことを愛してくれる?(INSTRUMENTAL) So tell me now, and I won't ask again ねえ、教えて、お願い。二度ときかないから。Will you still love me tomorrow? 明日も私のこと愛してくれる?Will you still love me tomorrow? 明日も私のこと愛してくれる?Will you still love me tomorrow?明日も私のこと愛してくれる?WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROWというタイトルのこの曲は、THE SHIRELLESというコーラス・グループが唄い、全米ナンバーワンのヒット曲となる。その歌は、ちょっとはすっぱで遊び好きな少女が、遊び人の彼氏を見上げながらだだをこねるような甘えた軽い調子で唄われる。軽快なポップソングという風情だ。1967年、二人は離婚する。1971年。彼女はパーマをかけた髪を無雑作に伸ばし、ジーパンに素足という姿で窓際に腰掛け、初のソロアルバムのジャケット写真を撮る。手前には「へっ」という顔をした小さな猫がクッションの上からこちらを振り返っている。世界中で2200万枚以上のセールスを記録した怪物的アルバム「Tapestry」がこうして作られた。珠玉の名曲揃いのこのアルバムの9曲目には、彼女自身が唄うWILL YOU STILL LOVE ME TOMORROWが収められている。彼女はゆったりとしたテンポで内省的にピアノを弾きながら、この曲を歌う。おそらくはGOFFINの作ったであろうシンプルで奥行きのあるこの歌の世界を、虚飾を排したシンプルで、かつ奥行きのある歌声で。そこにはもう若い頃のあの嬌声を聞くことはできない。すっと背筋を伸ばした自立した女性が「あなたは私を明日も愛してくれるの」と真摯な眼差しで正面から男性に問いかける。そういう情景があざやかに浮かんでくる。だが、実は私がもっとも愛するこの曲のバージョンは、別にある。それを唄うのはROBERTA FLACKである。彼女もまた自らピアノを弾きながら、シンプルなアレンジでこの曲を唄う。ベースはRON CARTER。そこには知的で内省的な女性の深い悲しみを帯びた痛切な響きが聴きとれる。その声には明るい希望よりも、むしろやるせないあきらめが漂う。人生は思い通りにならないもの、やるせなく希望をうち砕くもの、でもだからこそ私は希望を失わない。深い願いをこめて、その唄は感動的なエンディングを迎える。10代の可憐な少女は20代の自立した女性に姿を変え、さらに30代で深い哀しみを内に秘めながら、なお明日への希望を失わない。たったひとつの曲でありながら、一人の女性の生きる姿をこれほどあざやかに描き出すことのできる曲が他にあるだろうか。WILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW名曲中の名曲である。ぜひこの三つの歌唱を順を追って味わっていただきたい。そこには時間とともに変わりゆくものと変わることのないものとが、ふたつながら生き生きと音の中に浮かび上がってくる。あなたは明日もまだ私のことを愛してくれるの?
2006.07.01
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