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通勤電車の中でちょっとした小競り合いが行われているのを見ることがある。その多くは押した押さないのたわいもない喧嘩だが、はたで聞いているとののしりことばがいかにも貧弱であることに気づく。「このやろー」「ざけんなよ」「てめー」、ややヒートアップして「ぶっころすぞ」くらいである。いずれも一音か二音で終わってしまうフレーズであり、さりとてすぐにぽかすかなぐりあいを始める勇気もないようで、延々とこれらがリピートされることになり、芸のないことこの上ない。ののしりことばというのは単なる宣戦布告の意味をもつだけではなく、戦いを猶予する時間の確保にもつながるわけだから、ある程度の長さはあったほうがよい。そうしないとセレモニーとしての格好がつかない。東京近辺では伝統的にこのような短期(短気?)決戦が好まれていたのだろうか。このののしりことばの「味気なさ」にはいつまでたってもなじめないところがある。たとえば博多を例にとってみよう。ここでの喧嘩の作法は少なくとも東京近辺よりは洗練されていたように思う。少なくとも日常的にそれが起こる頻度が高く、定型句もそれなりにイディオム化しやすいのかもしれない。喧嘩が多いというと「まあ、野蛮人ね」と思われる向きもあるかもしれないが、それは違う。喧嘩が日常的に多いということは仲直りをする機会もそれに応じて多いということであり、喧嘩によって決定的に衝突、決裂することが少ないということを意味する。ろくにものもいわないでいきなり殴り殺してしまうというようなのを「野蛮」というのであって、「喧嘩-仲直り」という反復運動を日常的に行っているというのはまぎれもない文明人の証左といえるのである。(ほんとかな)しかし、博多近辺でけんかの頻度が多いなどということは、そこに暮らしている時には考えもしなかった。東京の大学で他の地域の友だちと話をするようになってはじめて気づいたことである。たとえば体育の授業で球技を行う場合、ラグビー(え、体育でラグビーするの?と驚かれたこともあったな、たしか。高校でやりますよ。母親にバスタオルかなんかでヘッドキャップ作ってもらって。合法的に「なぐるける」ことができるので、けっこう楽しかった記憶があります)、サッカー、バスケなどですね、必ずあちこちでけんかが起こる、という話をすると驚かれる。これってふつうじゃないですかね。バスケでひじうちが入って、コートの隅で二人がくんずほぐれつのなぐりあいをしていて、それとは無関係に試合が進行しているというのは日常的な風景だと思っていたんですが。そして、そういう場合、基本的に誰も止めません。勝手にやらせておきます。そのうち、「いや、オレが悪かった」「いや、オレのほうが」ということで比較的短時間で二人は仲直りします。この「けんかー仲直り」のインターバルが短ければ短いほど「男らしい」とみなされるので、喧嘩しながら双方ともにそのタイミングをはかっているんですね。時には「オレが悪かった」「いやオレが悪かった」「オレのほうが悪かったというとろーが」「なんかキサン!(注「貴様」のこと)」ということでもう一度「ぽかすか」が始まったりすることもありますが。こういうことが体育の時間ではほぼ「毎時間」行われていたというと、「えー」と驚かれることが多かった。ふつうのことだと思うんだけどな。ふつうじゃないですかねえ、これって。どうも彼の地では「あそび」というものの概念が他の地域とは若干異なるような気がします。たとえば独楽回し、凧揚げというようなものを取り上げてみても、こちらに出て来て子どもたちに聞くと、それはたんに独楽を回して遊ぶ、凧を揚げて遊ぶという意味なんですね。びっくりしました。なぜ驚くかというと、そういうことは博多では考えられないからです。独楽回しとは誰かが独楽を回している、それを目がけて自分の独楽を上段から投げつけ、相手の独楽の中心部に命中させて、敵の独楽をたたき割る。これが博多の独楽回しのルールです。凧揚げとは、相手の揚げている凧に自分の凧を接近させ、糸をからませて相手の糸を「ぶちっ」と切断する、そういう遊びなんです。独楽回しでは毎年必ず相手の投げた独楽が頭に突き刺さって病院に運ばれる人間がいたものですが、これってふつうのことじゃなかったんですか。メンコ(向こうではパッチンといいますが)でも基本的に勝ったものの総取り。負けたものは泣き叫びながら帰っていくというのが日常的な風景でした。「負けたものが泣き叫ぶ」というのが遊びを成り立たせるための重要なエレメントのひとつだったんですね、考えてみると。話をののしりことばに戻しますが、AとBが路上ですれ違う。互いににらみ合ってけんかを始めるときには、選択の余地なく、ストックフレーズが決まっているんです。それは次のようなものです。「きさん、なんばつやつけとうとか、のぼせあがっとっちゃなかぞー。くらさるーぞー。」訳しますね。「おい、おまえ、なにをかっこつけてるんだ、あんまりいい気になってんじゃないぞ。ぶんなぐるぞ」ということになります。標準語に訳すとインパクトが3~4割減じる感じがしますが。そもそもかっこつけていい気になってるとなぜ他人に殴られなければならないのかという根本的な疑問が生じますが、これはなにしろイディオムですから、そういう詮索をしてもしようがないのです。彼の地でそういうことをいうと「理屈をいうな」といって相手をさらに激昂させてしまうことになるので要注意です。先ほどのせりふを相手の足のつま先から徐々に視線を上げながら言うわけですね。すると相手は、「なんか、きさん、くらさるーとはきさんのほうたい」といいます。これはいくつかバリエーションがあります。両者の力関係によって一通りではありません。もちろん「……」(無言)という返答も多く見られます。ただいきなり殴り合いというのはまずありませんね。ことばの抑揚と視線のからませ方で勝負の帰趨がほぼ決しますから、ここは大切なところです。なぐることは基本的には「くらす」といいます。「くらわす」の転と聞いたことがありますが、使っている人間はそんなことは気に懸けていません。「くらす」は「くらす」です。でも、このことばにも微妙な強弱のニュアンスの違いがあります。「くらすぞ」は威嚇ですね。実際にはこれだけで殴りかかることはまずありません。「くらさるーぞ」(くらさるるぞ)は受け身表現。こちらのほうが殴打に一歩接近している感触があります。「おまえが殴られている状態をオレはいま脳裏にありありと思い浮かべているぞ」ということですから、この受け身にはいくぶん切迫感、臨場感が伴ってくるわけです。「bad-worse-worst」という比較の形に即して言うと、博多では「くらすーくらさるるぞ」と来て、その最上級は「ぼてくりこかっそー」(ぼてくりこかすぞ)となるわけです。すごい最上級でしょう。「ぼてくりこかす」。なんだか足を引っかけて倒した後、馬乗りになってぼこぼこにするというような、三つくらいの動作がひとつの動詞の中につまっている感じがします。ここまでことばが強くなると、かえって殴り合いにならないケースも多いようです。頻度としては「くらさるーぞ」がいちばん一般的ですかね。でも、考えてみると、こういうことばの後で実際に殴り合いが始まるケースというのは実は数が少ないように思えます。これらの一連の表現は、実際になぐる行為の代替表現になっているのかもしれません。えーと、この相手には三段階のどのレベルを使って、どのような語順でどういう構文を作るか、それに対する相手の反応に応じて次の発話をどうするか、と考えていると、集中力が語彙や話法や構文や抑揚に奪われて、どんどんこぶしから離れていってしまう。結局はにらみあいながら徐々に離れていくということが多かったような気がします。ぽかすか殴り合うという単純な実行行為を避けるために、複雑な語彙、話法を発達させ、そちらに注意力とエネルギーを向けさせるというのは、やはりなかなかに文明的な所作ではないかと思えるのですが、いかがでしょうか。「なんか、きさん、うだうだ気色のわるかりくつばこねくりまわしよったら、くらさるーぞー」「あ、はい、どうもすいません」「ひょーじゅんごばつかうなっていいよろうが、きしょくのわるか」あ、そうか、えーとこういう場合の返答は、どうするんだっけ。「なんか、きさん、おれはくさ、ひょーじゅんごばつこうとる気色のわるか連中より、きさんたちのほうがよっぽど頭のよかやり方ばしようってほめてやりようとぞー。それもわからんでいちゃもんつけよったら、ぼてくりこかすぞー、こら。わかったか。おー、わかりゃよかったい、わかりゃー」こんなもんでよかったんだっけ。すっかり標準語が身について都会人として洗練されちゃったから、うまく文明の作法を使いこなせなくなっちゃったなー。反省。
2006.03.31
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今ここに一人の人がいたとしよう。その人は社会的にある程度の公平性が要求される職業についている。その公平性を審査して、その人がその職業に適しているかどうかを確かめるためにはどういう方法が考えられるだろうか。まずは様々な問題について彼がどのような判断を下したかを検討、吟味する方法がある。これがもっともオーソドックスなやり方だろう。そして、その際には、いわゆる一般的な問題ではなく、彼の個人的利害に関係した問題についての判断を吟味したほうが効果的である。自分が直接的に関係していない問題について一般的、客観的に公平性を保つ(あるいはそれを装う)ことは比較的容易である。なんといっても他人事だから、そうすることで何の痛みも感じることはないわけだし。しかし自分に直接利害が及ぶ問題に関してはなかなかそう達観はできない。おもわず我を忘れて自己弁護に走ったり、ひどく攻撃的になったりしがちである。だから、そのような問題に対する態度を観察したほうが、その人間の公平性を判定するためにはより有効と考えられるわけである。これは必ずしも個人に限定される話ではない。組織にもそのままあてはまる。その組織の利害に直接関係する問題に関してどれほど公平な姿勢を保つことができるか。その様子を観察することはその組織が公平性を有しているかどうかを判定するためのひとつの有力な判断材料となるだろう。数日前に、新聞の「再販制度見直し」、「特殊指定見直し」という報道がなされた。私はこの問題に関してまったくのしろうとだが、この件に関する報道にはほとんど直感的に「おかしいな」という違和感を抱いた。新聞の再販制度見直しや特殊指定見直しというのは、おそらく現在、新聞が再販価格を認められている、その制度を改めようという動きだろう。再販制度とは、その商品の作り手がその販売価格を決定できるようなシステムである。一昔前の化粧品や電機製品がそうだった。メーカーは直営店に商品を渡すときに「これこれの値段で売ってくれよ。勝手に値引きなんかすんじゃねーよ」といって、事実上価格を決定していたわけである。でも最近ではずいぶん変わってきた。マツモトキヨシでいろいろなメーカーの化粧品が並んでいたり、松下電器の商品をメーカーの直営店ではなく、ヨドバシカメラやサクラヤで購入するのはきわめて当たり前のことになっている。おそらくそういう改革が成されるときには新聞も肯定的な論調だったように記憶しているのだが、違っただろうか。しかし、今回の見直しに関しては新聞報道は完全に反対論一色に染め上げられている。なぜ見直しが唱えられているか、その背景そのものすらほとんど報道されていない。試しに「新聞 特殊指定見直し」ということばでグーグルで検索をかけると、検索された記事は見事に「反対」論一色である。これはかなり異常な事態といえる。新聞お得意の賛成、反対両論併記の記事などは一件も見あたらない。ひたすら「言論の自由を守れ」「宅配制度維持」の大合唱である。でもこれって論点がずれていませんか。再販制度というのは独占禁止法の例外規定であり、見直しを検討しているのは公正取引委員会だろう。でもそれは価格を自由に決められるようにしようということであって、それに対する反対の根拠が「言論の自由」や「宅配制度維持」では既に論点がずれてしまっている。そんなことをいうのだったら、資生堂は「女性のお肌を守れ」、松下は「電機製品の安全性を守れ」と訴えて再販価格を維持できたはずだし、自由価格で宅配制度が崩壊するならば、牛乳の宅配制度はとっくに消滅しているはずである。あれはスーパーの目玉商品でしょっちゅう値引きされているではないですか。どうもよくわからない。第一、新聞というのは公共性を有する言論機関のはずである。そこではある程度の公平性が必要とされる。それなのに再販制度の見直しがなぜ唱えられているのかという報道すらほとんど行わず、一方的に反対を自社の「報道記事」として掲載するのは自らの公共性、公平性を否定することになるのではないか。もちろん新聞社といっても私営企業である。自らの存立に関わる制度の見直しに異を唱えることは自由だ。でもそれは意見広告として紙面を買ってそこで行うべきことではないだろうか。社販がきくのかどうかは知らないが、自分の新聞の紙面を買って意見広告を載せるくらい、なんでもないことではないか。少なくとも新聞社以外の企業はすべてそうやって自社の立場を社会に訴えているはずである。さらにこういう記事も目にした。「新聞宅配継続 86%『望む』」(東京新聞)「全国どこでも同じ新聞であれば原則的に同一価格と定め戸別配達(宅配)制度を支える独禁法の「特殊指定」見直し問題を受け、共同通信社が二十五、二十六両日に実施した全国電話世論調査で、宅配制度を「続ける方がよい」との回答は86・6%に達し「続ける必要はない」とする10・5%を大幅に上回った。 また同一紙ならどの地域でも「同じ価格がよい」が73・5%だったのに対し、「価格差があってもよい」は24・2%。特殊指定が撤廃されれば、宅配制度崩壊の恐れもあると指摘されているが、多くの人はこうした状況を望んでいないことが浮き彫りになった。」(ちなみに回答数はなんと1036人。この「多くの人」の実数は761人ということになります)これはなかなかすごい記事です。そう思いませんか。少なくとも再販制度問題をいつのまにか「宅配」の問題にすり替えて、あたかも国民の86%が再販価格維持を望んでいるかのような記事に仕立て上げている。ほとんど戦時の統制報道を思わせるような報道姿勢である。しかも「同じ価格がよい」が四分の三、「価格差があってもよい」が四分の一という結果を受けて「多くの人はこうした状況を望んでいないことが浮き彫りになった」というのはすごい表現だ。四分の一というのはけっして無視していいほどの少数ではないはずなのに、四人に一人の人間をほとんど人間としてカウントしていないというのも驚きである。第一、この質問はあたかも自由価格になると宅配制度が崩壊するというストーリーに即して配置されていた可能性があり、これだけを単独で質問したら、はたしてこれほどの差がついたかどうか、疑問が残る。「宅配制度崩壊の恐れもあると指摘されている」と書かれているが、指摘しているのは「あんた」でしょう、といいたくなってくる。こういう客観性を装った主観の押しつけこそ新聞報道が最も避けるべきものではないだろうか。こういう報道が「言論の自由を守るため」に行われているということに驚きを感じる。新聞の宅配制度を行うために公的機関の認可が必要なわけではない。それはあくまでも販売店の判断による。その販売店を事実上、新聞社は抱え込んでいるわけだから、A社がもしも宅配をやめようとするのならば、B社は敢然として「我が社は宅配制度を維持する」と訴えて部数を増やせばいい。ただそれだけの話ではないか。第一、今の時代に作り手と売り手がこれほど癒着している業界が他にあるだろうか。マツモトキヨシやヨドバシ、サクラヤを見るとそのことがよくわかる。みな熾烈な価格競争を行っている。はたしてそのことによって医薬品や電機製品の安全性が大きく損なわれたことがあっただろうか。先ほどのアンケート記事にはこういう記述が続く。 「調査では、宅配制度や同一価格の是非のほか、新聞について特に重視する点も質問。「記事の内容が良い」を挙げたのが71・1%を占めた。「読者に対するサービスが良い」が12・9%で続き、「価格が安い」は11・8%にとどまった。」「語るに落ちる」とはこのことだろう。値段が安いからこの新聞とっちゃおうと考えるのは10人に1人くらいだという結果が出ている。「多くの人」は記事の内容で判断するわけである。だったら自由価格にしても問題はないではないか。自由価格になると愚かな購読者は安売りの新聞に走り、市場が無秩序状態になって言論機関が混乱するというのが新聞社の立場なら、このアンケートでその心配は払拭されたことになるわけだ。再販価格の維持が新聞社や系列店の経営を安定させるというのならば、堂々とそう主張すればよろしい。そして言論機関の経営的安定が自由な言論を保障する上で「ひとつの」条件であることを論証すれば一応の筋は通る。それを宅配制度の維持にからめてあたかも国民を代表して言論の自由の守護者のような顔をするから、わけのわからない報道をする羽目になるのである。それじゃ、あんた、まったく「朝日新聞」みたいじゃないか。って、えっと、これは比喩としてはおかしいな。ぜんぜん比喩になってないや。これじゃ太ってる豚に「ぶた」って言ってるようなもんだしね。でもこの件に関する報道を注視していると、現在の新聞の抱えている問題点が「浮き彫りになり」、様々な矛盾点が「見え隠れする」のではないかと思われる今日この頃なのである。へんなの。
2006.03.29
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大学時代、時々コンパというものに出かけた。もちろんいやいやである。なんだか疑り深い視線を感じるが、ほんとにそうなんです。悪友とか後輩が「頼むから来てくれ」というので渋々付き合っていたのだが、実際に行くと「頼むから帰ってくれ」といわれたような記憶がぼんやりと残っているような。いや、これは何かの思い違いだな。さて、そのコンパの席で悪友が隣の女性に「手相を見てあげるよ」といって、よく占いの真似事をしていた。要するに女性の手を握るのが目的で、肝心の手相のほうは口からでまかせという例のあれですね。傍で見ていても実にさもしい振る舞いで情けなくなってくる。第一、当の女性に「ぜんぜん当たってないー」とか言われていて、恥ずかしいことこのうえない。「いや、俺はあんまり得意じゃないんだけど、こいつの占いはけっこう当たるんだよ」といって、苦しまぎれに私のほうへやってくる。おいおい、冗談じゃないぞ、こっちは一人で呑んでるんだから、ほっとけよ。手相なんか見たこともないし。しかし友人の目はまるで捨てられそうになった子犬の目のように哀願と哀愁の色を漂わせている。「藁にもすがる思い」という字を和紙に書いて背中に貼ってやりたいくらいである。しょうがねーなー。女性にだらしない以外はなかなかいい奴なんだがな、と思いながら、重い腰を上げることにする。友人は女性を連れて私の隣に来る。耳元で「手にさわんじゃねーぞ」とささやきながら。ったく、いいかげんしろよな、こいつ。「手相見れるんですかー」「ちょっとだけね」「この人のは全然当たらなかったんだけど」「あー、こいつはだめ、邪念で頭がくもってるから。ちょっとテーブルの上に両手を広げて置いてくれるかな」「こーですか。でも暗いから見えないんじゃないんですか」「あー、いいの、いいの。目で見るわけじゃないから。」「え、どこで見るんですか」「ここだよ、ここ」と私は自分の心臓のあたりを指さす。そしてちらっと女性を観察する。活発そうな女性である。勝ち気で積極性があって物怖じしない。そういう性格に見える。「私の性格とかわかりますー?」「うん。ちょっと待って。そうだな。まわりからは明るくて積極的で活発だと思われているけど」「うん」「実はちがうね。けっこう寂しがりやで、つまらないことをくよくよと一人で悔やんだりする。落ち込みやすく、一人の時にはいろいろ思い悩んだりするタイプじゃないかな」「すごい、あたってるー。その通りだわ。」「けっこう人見知りで恥ずかしがりやだ。今日もここに来るのは実は気が進まなかったけど、友達に頼まれていやいや来たって感じかな。頼まれるといやっていえないタイプだから。」「ほんと、その通り。すごーい。なんでわかるの。」「なんとなく」彼女のご機嫌は直り、友人は軽いウィンクをして二人でむこうの席へ移動する。まったく世話の焼けるやつだ。帰り道にその友人が私に尋ねてくる。「いや、しかし、お前が手相見れるなんて知らなかったよ。苦し紛れで話振っただけなんだけどさ。彼女感心してたぜ。」「手相なんか見れないよ」「え、でも初対面でちゃんと性格当ててたじゃんかよ」「ああ、あれか。あれは誰でもできるんだよ。」「え、俺でもできんのかよ。教えてくれよ、ねー」「だめ、おまえはすぐに悪用するから」この手相見の原理は簡単である。みなさんはおわかりになりますか。まあ、誰でもできるといっても一応最低限の観察力は必要になります。どの程度の観察力かといえば、相手が話す様子を見て、おとなしいか、活発か、外向的か、内向的か、積極的か、消極的か、を見分けるくらいのレベルですね。たいていの人はこのくらいはできますよね。さて、それからどうするか。え、それをそのまま言えばいいんじゃないかって。ちっ、ちっ、ちっ。いくらなんでもそれで感心する人なんていませんよ。だって、そんなの見れば誰にもわかることじゃないですか。ポイントは観察した相手の性格と正反対のことをいうんです。活発で外向的だと思ったら、「実は」といって、「あなたはおとなしくてさみしがりやの一面をもっていますね」といえばいいんです。その瞬間、相手は目を輝かせて「なんでわかるの」というでしょう。逆におとなしくて地味な女性の場合には、「あなたには実は活発で大胆な一面がありますね」といいます。反応は上に同じです。とても簡単でしょう。見た目と逆をいうだけです。でもそれを言われた相手はまず例外なく「なんでわかるの」と感嘆します。なぜでしょう。人間存在を球体にたとえるというのはユングの基本的な人間観です。地球儀のような球体を頭に思い浮かべてください。てっぺんに北極がありますね。それが自我の中心と考えてください。自我というのは意識の世界における自分自身のことです。その中心から光を放射します。かなり明るい光でもそれは北半球の上半分を照らすくらいにとどまります。緯度でいうと北緯45度くらい、日本だと北海道のてっぺんくらい、ヨーロッパだとフランスあたりでしょうか。それが意識的な自我の及ぶ範囲です。面積でいってもそれは全体の四分の一弱。意識の世界は実はそれよりもずっと狭いと思われますが、まあ、今は説明の便宜上そういうことにしておきましょう。それより南はまったく意識の光の届かない部分です。ユングは自己実現を北極から南極へと至る冒険の旅のようなものだと考えました。意識の世界を越え、自我の対極へと旅を続け、それらを意識の世界の中へ統合することによって自分の領域は徐々に拡大していく。北極にともる煌々とした自我の明かりの届かない地球の裏側にも実は自分自身の領域が広がっている。その大部分は無意識と呼ばれます。その領域をどれだけ取り入れることができるか、それが自己実現の過程であり、そうすることが自分の生の目標である。ユングはそう考えました。そしてそのような旅程の末に獲得された自分の領域を「自己(self)」と名づけ、「自我(ego)」と区別しました。自我の中心が北極点だとすると、自己の中心はおそらくは地中深くマグマの煮えたぎる地球の中心部のあたりということになるでしょうか。さきほどの手相の話に戻ります。相手を観察して得られたその人の性格は北極点です。手相を見るふりをして、その人の南極点の存在を示唆すれば、人は誰でも「当たってる」と思うものなのです。人は誰でも自らの一面性を克服しようという無意識的なこころの動きを潜在的にもっており、それをかなえたいという願望をもっているからです。第一100%明るいだけの人間や100%暗いだけの人間がこの世に存在するわけがありません。外界に向かって提示している部分と相反する部分を、人間は常に内面において感じているものなのです。そしてそのことを誰にもわかってもらえないと思っている。だから見た目とは逆のことをいうとみんな感心してしまうんです。テレビに出てくる霊能者や占い師も実はこの原理を使って相手の同意をとりつける技術を使っています。彼らが霊視や占いをする場合、例外なく相手の表情をつぶさに観察していることからもそれがわかります。彼らは手探りで一歩一歩相手の表情や微細なしぐさを観察し、彼らの同意する方向へと話を発展させていきます。「相手にこういってほしい」というシグナルを慎重に読みとり、相手の「こういってほしい」ということを彼らは口にするのです。そしてその中に外面に現れているその人間の特徴と逆の側面を巧みに取り入れるとさらに効果的です。えっ、これを読んでるあなたの性格を当てろっていうんですか。あなたの姿が私には見えないのにですか。いいでしょう、やってみましょう。うーん。あなたは自分という人間の本質を周囲の人たちが理解してくれていないと思っています。そして、せめて自分が周囲の人たちを理解している程度に、周囲の人たちがあなたのことを理解してくれればどれほどこの世界は住みやすいものになるだろう。そう思ってますね。ちがいますか。念のためにいっておきますが、いまあなたの隣にいる誰かさんもまったく同じことを思ってますよ。試しに聞いてごらんになるといいですよ。では。また。
2006.03.27
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桜の花がほころびはじめた。まだ一分咲きというところだが、日当たりのよいところでは、すでにこんもりとした花の「まり」が出来はじめている。大学進学で上京するまで桜の花やお花見などまるで興味がなかった。小生意気な若造がそんなものに惹かれるわけがない。一言「ふん」といってそれで終わりである。通い始めた大学の傍には大きな墓地があった。私はその墓地を通って大学へ行くことにしていた。人通りが少なく、緑が多く、考えごとをしながら歩くのにちょうどよかったからだ。その墓地の中を抜ける道の両側には多くの桜の木があった。桜が咲きはじめても花見客は誰もいない。さすがに墓石の傍に敷物を広げて馬鹿騒ぎをするのはためらわれるのだろう。桜を眺めながら散歩する人が少し増える程度で、そこはいつも通りのひっそりとした場所のままだった。ひとつ、またひとつと桜がほころんでいく。薄いピンクの花びらがそっと開くたびになぜか墓場の静謐はさらに深まるように思われた。その薄い花弁が周囲の物音を吸い込んでいるようでもあった。やがて桜の花の「まり」の重みに枝がたわみはじめると、その静けさはさらに深まる。つぼみをついばむヒヨドリの「ピー」という甲高い啼き声が空に上がる以外には何も聞こえない。見上げると、春の青空を背景に薄桃色の花びらがいっせいに広がっている。その花びらは自らの体を開けば開くほど、その色を薄めていく。それは病弱な女性のひそやかな裸身を思わせるほどにはかなげで、死の予感に満ちている。やがて桜は散りはじめる。私がこの花の時期に平静ではいられなくなったのは、上京して初めてこの花の散り際に接してからである。桜が散りはじめてまもなく夜通し強風が吹き荒れたことがあった。朝になってようやく風は収まり、空は一面の快晴である。私はいつも通り、墓場を抜けて大学への道を歩いていた。するとなにか周囲の状況が一変しているような感じを受けた。しかし周囲を見渡してもとくに大きな変化はない。桜の花が落ち、その枝から若葉が伸び始めている以外にはとくに変わったところはない。私は通路を右に曲がる。私は目の前に現れた細い通路を見て、思わず息を呑んだ。幅一メートル足らずのその通路は、びっしりと桜の花びらに覆われ、それが何重にも積み重なり、ふっくらとした厚みを帯びたじゅうたんがそこに敷き詰められていたのである。その上を一歩また一歩と進むたびにまるで雪道を歩く時のように「さくっ、さくっ」と音がする。そこへ横殴りの風が吹いてくる。目の前に桜花が嵐のように舞い上がる。桜の木の黒い幹と薄墨色の墓石を背景として桜花の吹雪が吹き上げられる。陽射しは春。空は快晴。踏みしだく花びらの音と、地に落ちた花びらが舞い上がる際に擦れあうさわさわとした衣擦れのような音以外には何の音もない。頭の中に「じーん」という沈黙の音が鳴り響く。とても平静ではいられない。何か自分で声を出さなければ、この風景の中に吸い込まれて、元に戻ってこれなくなるような不安を感じる。私は小さく「あー」と言ってみる。効果はない。もう少し大きな声で「わー」といってみる。少し落ちついてくる。でもこの情景から自分の意識を切り離すことができない。私はほとんどこの情景に呑み込まれてしまっている。自分の体が桜の花びら状に細分化し、それが端からぱらぱらと崩れ落ち、風に煽られて外界に飛散していくようだ。ほっておくとそのままどこまでも自身の断片が剥ぎ取られ、後には黒々とした枯れ枝だけがぽつんと残される。そんな気がしてくる。私は薄桃色の分厚い絨毯の上を走りはじめる。墓場の通路を走り抜け、近くにある住宅街へ走り、その角にある酒屋の自販機でワンカップを買う。そしてまた墓場に戻り、墓場の通路の敷石に腰掛け、吹き荒れる桜吹雪の中で一気に酒を飲み干す。はるか昔、同じ季節、同じ時候に、同じものを見、同じことを感じ、同じように酒をあおった人間がたしかにいたことを、私はその時に確信する。桜の狂気に吸い込まれないように酒をあおって自らの狂気を呼び起こそうとした人間がいたに違いないと思う。眼前にある風景を遠い昔に見ていたような奇妙な既視感を味わう。そこへ通学途中の私の友人が数名通りかかる。「お、いいことやってんな」彼らはめいめいにつまみや酒を買いに走り、戻ってきて私の傍に座り込む。真面目そうな女子学生がわれわれを一瞥し、眉をひそめて、小走りに大学のほうへ去っていく。原初の花見が始まる。しかし友人達にとってはそれはいつものおきまりの年中行事にすぎない。彼らにとっては単なる野外の飲み会にすぎないのだ。いささかロケーション的に不謹慎な場所ではあるけれども。酔いが回ってきた私も、この原初の花見のきっかけをすでに忘れかけている。でもいつかどこかでこうしてこの儀式が生まれたんだという確信だけは心の中に残っている。桜、死者、狂気、酒。これらは遠い昔の春の昼下がりにたしかにひとつにつながったに違いない。「そうなんだよ」背後で誰かの声がする。私は振り向く。誰もいない。苔むした小さな墓石がそこにあるだけである。誰もお参りにきた様子もなく、荒れ果てて、献花のひとつもない、小さくみすぼらしい墓石が。ひょっとして、という私の思いは、友人の歓声にかき消される。死者と生者は散り行く桜とそれが引き起こす狂気をなかだちとして結びつき、互いに酒を酌み交わすのだ。そして互いの魂を慰めあう。散りゆく花は死者の碑の上に積もってその霊魂を癒し、生者のこころをあやしく掻きたて狂気へといざなう。墓場で行われた原初の花見はその後もはてしなく続いた。
2006.03.26
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もうずいぶん以前のことだが、日高敏隆氏のエッセイで次のような話を読んだことがある。それは発光体をもつ魚に関する話だった。その魚は海中の比較的浅い水域に棲息しており、腹部の下の方に発光体をもっている。研究者の間ではその魚がなぜ腹部に発光体をもっているのかが長年の謎であったという。けっして強い光ではないが、その腹部にはぼんやりとした明かりがともっている。チョウチンアンコウのように頭部に発光体があれば、前方を照らすための明かりだということがわかる。だが、腹部に明かりをともして、どんな利益があるのだろう。その発光は熱を伴わないので、身体を温めるためでもなさそうだ。多くの研究者たちはその理由を考えあぐねた。薄暗い海中で自分自身を目立たせるためだろうと考えた者もいたが、自分を目立たせてもなんの利益にもならない。むしろ捕獲者に自分の存在を知らせることになって不利である。またエサを捕獲する際にも、相手に自分の姿を察知されてしまう。発光体を作るにはかなり複雑な機構が必要である。なぜそんな手間暇をかけて、無駄としか思えない機能を発達させたのだろうか。長い間、このことは疑問のままであったという。ある日、一人の研究者が論文を発表し、その魚の発光体の存在理由について仮説を立てた。その発光体は「捕獲者の目から自分自身を隠すため」に存在しているというのである。研究者仲間は口々に異を唱えた。「そんなバカな。光を出せばかえって目立ってしまうじゃないか。なぜ光を出すことが姿を隠すことに役立つんだ」と。もっともな疑問である。それに対してその研究者はこう答えた。「そう思うのはあなた方が魚を上から見ているからです。でも、この魚の捕獲者は海中深く棲息している魚類です。彼らは『上から』ではなく、『下から』この魚を見るのです。海に潜って海面を見上げてください。そこには明るい海面をバックに魚たちがシルエットとしてくっきりと浮かび上がります。その影をめがけて捕獲者は水中を上昇し、その魚を捕獲するのです。もしもその魚が腹部にライトをともせばどうなるでしょう。その光は海面の明るさと一体化し、シルエットは薄まり、見えにくくなるはずです。このようにして、彼らは光を発して自らの姿を消そうと試みているのです。」研究者仲間は一様に感心した。それは彼らにはまったく思い浮かばない発想だった。観察する視点を上から下へと転換することによって、背景が闇から光へと転じ、その結果、光を発することが自らの姿を隠すことにつながる。この発見はきわめて斬新であった。研究者の間ではしばらくこの論文の話でもちきりだったそうである。ここまで読み進めた私もすっかり感心してしまった。いわれてみればけっして不思議な考え方ではない。しかし、固定的な枠に縛られていると、こういう発想は出てこない。この学者の発想力はたいしたものだ。そう思った。しかし、この話はこれで終わりではない。この仮説は後日誤りであったことが判明する。なぜか。その魚はなんと夜行性だったのである。先ほどの仮説はあくまでも海面が明るいという前提のもとに成り立っている。その魚が夜行性であるということで、研究者仲間をうならせたこの斬新な仮説もあっけなく誤りであることが判明してしまったのである。しかし、それを知った当の研究者はこともなげにこう言ったという。「いいじゃないか、面白かったんだから。君たちも楽しんだだろう。」と。私がこの話をほとんど20年近くたった今でも覚えているのは、最後にこのせりふがあったからである。「いいじゃないか、面白かったんだから。」いいせりふである。普通ならば自らの努力がむだになって、がっくりと肩を落とし、ため息のひとつももらすところである。でも彼はそうしなかった。自分の立てた仮説の面白さに満足した。これは「過程」を楽しむ姿勢である。この場合は「仮定」を楽しむと言い換えても同じことだ。これは生きる上ではかなり大切な姿勢ではないかと私は思う。過程を楽しむ姿勢をもてば、万一結果が伴わなくても、少なくとも過程の楽しさだけは残る。結果が伴えば喜びは二倍になる。この足し算の考え方は好ましい。過程のマイナスを結果のプラスで取り戻そうとすると、どうしても息苦しくなる。結果が出ないとマイナスだけが残る。この引き算方式では皮肉なことにストレスだけがたまっていく。考えてみれば、人生は過程だ。生のゴールとして「死」を考えることもできるが、少なくとも生きている本人にはそれを知覚することはできない。そもそも知覚がなくなった状態を「死」と呼ぶのだから。人生はどこまでも続く過程であり、その延長線上に永遠に知り得ない「消失点」としての「死」が存在している。そう考えられるように思う。だから人生を楽しむことは、過程を楽しむことなのだ。「いいじゃないか、面白かったんだから。」このことばをおへそのあたりにしっかりとくくりつけて、悠然と水中を漂うように生きていけたらどんなにいいだろう。ひょっとしてそのお腹のあたりにはかすかなあかりがぽっと灯っているかもしれない。その光はその人間のまわりをあたたかい光で照らし出しているかもしれない。臨終の床で虚空をむなしくつかみながら「もっと光を!」と叫んでこときれるのもドラマチックではあるけれども、できたらにっこり笑って「いいじゃないか、面白かったんだから。」といって最後の息をほっと吐くほうがはるかに好ましく思える。まあ、なかなかそんなふうにはいかないもんですけどね、実際には。
2006.03.24
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「憲法改正」という文字が新聞紙上で目につくようになってきた。その動きに抗していわゆる「護憲本」といわれる書籍の出版もあちこちに見られるようである。このブログではこのような大ネタについてはあまり触れないつもりであったが、「さすがにちょっと」と思われることがあるので、ここで一言私見を述べさせていただく。まず憲法改正論議から。率直にいって私にはこの動きは「札つきのワルの校則改正運動」のようにしか見えないのである。どういうことか、説明しよう。現在の日本の政治システムの基本は普通選挙にもとづく間接民主制である。これには異論はないだろう。二十歳以上の日本国民による一人一票の選挙によって代議員を選び、彼らが民意を代表し、政治を行う。そういうシステムである。考えてみると、この一人一票の普通選挙というのはある意味ではずいぶん乱暴なシステムである。少年時代から犯罪行為を重ね、少年院で十代の大半を過ごし、出所して組織暴力団の準構成員として成人を迎えるに至った人も一票、若い頃から社会運動に邁進し、六十を過ぎた現在も地域の奉仕活動に寝食を忘れて打ち込んでいる有徳の士も一票というのは、ちょっとおかしいんじゃないの、という意見が出ても、別に不思議はないのである。「有徳の士は2票とまではいかなくても、せめて1.5票か、少なくとも1.3票くらいにカウントしたほうが妥当だと思うんだけど」と思われる方がいてもけっしておかしくはないのである。でもそんなことを考え出すとキリがなくなる。あらゆる人間を査定にかけて、その政治的意思を社会への貢献度に応じて算出することなどできるはずがない。考えるとキリがないことは最初から考えるのはやめましょうというのが、実は現在の普通選挙のシステムなのである。「悪平等」とか「機械的平等」とかいうことばをよく目にするが、平等とは本来機械的で乱暴なものなのである。だってピンからキリまでいる多種多様な人間を「おんなじ」とみなすわけだから、乱暴にならざるをえないわけだ。たしかに乱暴ではあるけれども、考えてみると「キリがないことは最初から考えないでおこう」というのは、けっこう頭のよいやり方ではないかと私は思う。少なくともこうすることによって個人的な恣意の入り込む余地はなくなるわけだから。しかし、そのかわりに「一人一票」というシステムは徹底して厳格に守る。投票の秘密も厳守する。現在の政治はこのような一見乱暴に見える「平等」の割り切りと、しかし、その割り切った「平等」の適用においては一切の例外を認めないという厳格さを表裏一体とするシステムの上に築かれているといえるのである。ここまでは特に問題はないだろう。そして「一人一票」という前提条件を厳格に守るからには、選挙によって代議員を選出する場合、何票獲得すれば代議員になれるかという基準もまた厳格に一律なものとしなければならない。これは自明のことがらであろう。この基準が地域によってまちまちになると、何のために「一人一票」のルールを厳守したのか、わからなくなってしまうからである。ちなみに現在の日本社会では何票獲得すれば国会議員になれるかという基準はばらばらである。いわゆる「一票の格差」といわれる問題がそれに当たる。現在、最も格差の開いている地域で4.9倍ほどだったと記憶するが、これはおそるべき状態といわねばならない。前述の素行の悪い青年を一票扱いにするならば、地域活動に奉仕する篤志家は五票扱いにしますね、ということとこれは同じことだからだ。「地域性」を理由にこういう事態を説明しようとする向きもあるが、国家の政治システムの根幹にある大前提が地域性などというものによって歪められることが許されるはずがない。これは明白な憲法違反である。事実、最高裁でも違憲判決が出ている。以上が前置きである。(ずいぶん長い前置きだな)さて、憲法改正の話に戻る。現在の憲法改正を唱えている人々の多くは国会議員である。その国会議員を選出する国政選挙は以上見てきたように、憲法に抵触した状態、いわば違法状態で行われている。さらに現在の国会の状況を鑑みるに、彼らは定数是正に本気で取り組もうとしているとはまったく思えない。もしそう考えているとしたら、マジックであちこち塗りつぶされた怪しげなメールを振りかざして神聖なる国会を二週間近くも空転させることなど起こりようもないはずである。このような状況をたとえると、学校でも有名な鼻つまみものの札つきのワルが、おとなしく善良な生徒を脅かして生徒会長選挙で自分に投票させ、当選した挙げ句、学校で生徒が自由に喫煙できるようにしようという校則改正運動を行っているのと、原理的には何も変わらないのである。いったい何を考えているのだろうか。しかもなぜか彼らの運動は優勢で、校則はいままで通りでいいという立場の人間が、「なぜ学校で生徒が禁煙をしなければならないか」という広報活動を積極的に行わなくてはならない羽目に陥っている。これを異常事態といわずして、何を異常といえばいいのだろうか。憲法というのは最高法規である。国家の基本原理である。これを守るのは国民の義務である。公布依頼60年、施行以来59年に及ぶ国の最高法規に関して、なぜ「憲法を変えてはならない」というような論陣をことさらに張らなければならないのか。この60年間、日本が極貧のなかにあえぎ、戦禍で国土が荒廃し、戦死者が累々とあちこちに放置されているというのならば、話は別である。しかし、現実はどうだろう。現在の憲法が日本国民にどのように深刻な災厄をもたらしたというのだろうか。私は寡聞にしてそのような悲劇的状況を知らない。もちろん憲法を絶対変えてはならないといっているのではない。憲法自身に改正の手続き規定が明記してある以上、それは変えてもいいのである。けれど、もし変えるのならば、「なぜ変えなければならないのか。今変えないと日本国はこのような悲惨な事態に直面するぞ。」ということを、改正論者は誰にもわかるように具体的かつ明確に国民の一人一人に示さなければならないはずだ。立証責任とまではいわないが、少なくとも論証責任は改正論者の側にある。護憲論者は腕を組んで黙ってそれをみておればよろしい。そして、その論証に不備やほつれ、論理の破綻がないかを慎重に吟味する。それが本来の筋道ではないだろうか。しかし、そのような本筋を離れたところで、改正論議がどんどん現実的なテーブルに近いところにまで迫ってきている。このような状況を憂えて、あえて「護憲論」を世に訴えなければならない状況におかれたのだろうが、これでは攻守が逆転しているではないか。どう考えても、これは憲法改正を是とする世の風潮のほうがおかしい。そうは思いませんか。憲法というのは国の支柱であり、建築物の基礎にあたる部分である。屋根の葺き替えや瓦の色を変えるのとはわけが違うのである。「今の時代にあった憲法を」などという発言を聞いていると、まるで壁の塗り替えでも行おうと思っているのではないかと思えてしまう。土台に手を入れるならば、データを挙げて、「なぜそうしなければならないのか」ということをそこに住む人間全員に具体的に説明する必要がある。だからこそ、現行憲法は改正の発議(改正ではない)を行うためだけでも、各議院の総議員の3分の2以上の賛成を求めているのである。それにそもそも、国会議員は憲法改正を訴える前にやっておかなければならない仕事があるはずである。それはいうまでもなく5倍近く開いた一票の格差を是正して、自らの存立基盤の違法性、違憲性を正すことである。自らの足下で憲法を踏みにじっておいて、憲法の改正を唱えるなどは、正道を踏み外すことはなはだしいといわねばならない。(なんだかいつもとずいぶん口調がちがうな)札つきのワルの喫煙礼賛論などわれわれは聞いている暇はないのである。「喫煙によって肺にある程度の刺激物を与えることにより、循環器系の抵抗力はむしろ強まるのであって云々」というような寝言を聞いている余裕はないのだ。だから護憲派の方々もあくまでも言論によって冷静に「喫煙がいかに健康を損なうか」を諄々と説き聞かせるのもいいかもしれないが、ここは本来、強く一喝して終わりというところである。「おまえら、校則がどうの、自由がどうのと利いた風な口を叩く前に、まずは自分自身の素行を改めろ。いいたいことがあるなら、その後で聞こうじゃないか。顔を洗って出直してこい!」すぱっとこう啖呵を切ったほうがいいのではないかと私は思うのである。ああ、疲れた、こういう文体は疲れますね。第一、こういうことは無記名で発言することではありません。きちんと署名入りで言うべきことがらですね。ちょっと興奮してしまいました。まあ、無記名かつ感情的な意見などというものは単なる与太話にすぎませんから、その程度のレベルの話だとお考えください。でも憲法改正の発議を行いたいのなら、その大前提として「一票の格差」を限りなくゼロに近づける定数是正を行う必要があるということ、これが私の言いたいことです。一票の格差をゼロに近づけることなど、憲法改正に比べれば、はるかに容易に実行できるはずです。それすら行わないで、性急に憲法を改正しようとするとすれば、そこには「何か」それ以外の目的があると考えざるをえません。自らの足元にある違憲状態を放置してまで、憲法を改正することで彼らは何を手に入れようとしているのか。そこを考えないといけなくなってきます。でもこんな当たり前で凡庸な意見すら、私は新聞やマスコミでほとんど目にしたことがないのですが、いったいなぜなんでしょう。私はいつのまにか頭がおかしくなってしまったのでしょうか。
2006.03.23
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たとえばこういう会話がある。「ねー、○○って、好き?」「好き、好き、大好き。」「○○って、いいよねー」「ほんっと、最高。」また、こういう会話もある。「ねー、××って、私きらいなんだけど。」「あー、私もきらい、だいっきらい、××」「××って最低だよねー」「ほんっと最低」前者には好みの共有があり、後者には嫌悪の共有がある。そして、いずれも根拠の説明はない。私の感覚では前者には自然さを感じるが、後者にはなにか「いやな感じ」を受ける。両者の違いはどこにあるのか。基本的に好きなものには理由はいらないのだと思う。その根拠や理由を明らかにしたところで、そこで何かまったく新たなものが得られるということはないからだ。しかし、嫌いなものには理由や根拠が必要だ。それは以下のような理由による。民主主義の社会というものの成り立ちを考えてみる。自らの政治的意思を代弁する政治家を一人一票のシステムで選出する。一票でも票数の多い者が勝つ。民主制とは基本的にそういうシステムである。アメリカの大統領選挙のように国政の最高権力者を国民の直接選挙で選ぶというシステムが選択される場合もある。こういうシステムが成立するにあたってはそれなりの理由があったと考えられる。人間が集団を作る時、そこには必然的に闘争が生まれる。その闘争は時として武力を伴い、その結果、時には集団そのものが壊滅的なダメージをこうむる場合も考えられる。そのような事態はなんとか避けなければならない。それを防ぐ手だてのひとつが民主制というシステムである。そもそも相互に異なる主張や利害をもつ集団の発生そのものを防ぐことは不可能だ。それは人間の本性に反する。また、その集団同士が何らかの形で闘争を行うことを防ぐこともまずできない。だがその闘争の結果として決定的な敗者が生まれると、そこには復讐心が生じ、それが次の戦いの火種になる。決定的な敗者を復讐に駆り立てない方法はなにか考えられないか。敗者を慰めるにはどういうことばが有効か。まずは彼の肩をそっと叩いて「気を落とすなよ、次があるじゃないか」。こういう方法がある。つまりもう一度戦うチャンスを与えること。2年後、3年後、4年後に必ず次回の戦いを準備する。この「機会の確保」がまずは求められる。次に考えられる慰め方、それは「仕方ないじゃないか、正々堂々と戦って破れたんだから。おまえはやるだけはやったよ。」これも悪くない。つまり、その戦いは正当なルールにのっとって行われた公正なものである。このことを保証することも必要だ。不正な手段や理不尽な力で敗者に追いやられたと感じさせることは、強い恩讐の意識を生む。これはつまり「正統性の確保」ということになる。つまり民主制における選挙とは、次回の戦いという「機会の確保」と、戦いそのものの「正統性の確保」という条件を満たすために作られたシステムと考えられるのである。いちおうこの二つの条件が揃えば、敗者の戦後処理は可能になる。でもこれだけではまだ不十分だ。戦闘直後の敗者を慰めるだけですべての問題が解決されるわけではない。ある戦いから次の戦いに至るまでにはかなり長い時間的スパンがある。この間にどのようにして安定した秩序を維持するかという、より大きな問題がそこには残っているのである。具体的にいえば、51対49で勝敗が決したとして、ほぼ半数の非賛同者を抱えて、その社会にどのように安定した秩序を形成するかという問題がそこには残る。この状況の問題点を一言でいうならば、それは全体の半数近い反対者とどう共存するかという問題である。これは勝者、敗者双方にいえることである。何年間かの間、自分とは異なる主張をもった、いわば「敵」と共存していくこと、それが民主制には求められる。ことばを換えれば、自分の嫌いなものとどう共存するかということが民主制を成り立たせるための必須の条件になるということである。そもそも人間は多くの場合、好きなものは無条件に好き、嫌いなものは無条件に嫌いである。これは好きなものに関してはとくに問題を生じさせない。むしろ人間の作る集団は、この「好き」という感情を接着剤として利用しているということもいえそうだ。問題は「嫌い」のほうである。これは前述したような集団間の争いの原因となりかねない。この「嫌いなものとの共存」はいかにして可能になるのか。嫌いなものと共存するために必要なことはなにか。それは嫌いなものから目をそらすことである。嫌いなものをじっと見つめていると、ますます嫌いになってくる。だから、目をそらすのである。でも嫌いなものを自分の意識の外へ追いやってしまっては、そもそも嫌いなものとの共存はできなくなる。では、どうするか。考えられる方法は「言語化」である。嫌いなものを言語で表現するのではない。それは対象を凝視することになってかえって逆効果だ。対象をことばで描写するのではなくて、「自分がなぜそのものを嫌うのか」をことばで説明しようと試みるのである。そうすると、自分の視線は当の嫌いなものからぐるっと迂回して、自分の方へ戻ってくる。なぜ自分はそれを嫌うのかというのは、嫌われた対象の問題ではなく、あくまでもその対象を嫌う自分の問題になるからだ。しかも、その理由を言語化することで、認識の対象は対象そのものから、その対象を客観的に分析した自分のことばへと移る。視線を嫌いなものから自分の内面へと移し、対象を嫌いなものそのものからそれを分析する自分のことばへと置き換える。これによって嫌悪感はかなり薄まってくる。この状態ならば、「嫌いなものとの共存」はかろうじて可能になる。(それでもまだ困難な場合は多いが)民主制の社会では必然的に嫌いなものとの共存が求められる。その共存を可能にするためにはその対象がなぜ嫌いなのかという根拠をことばによって説明する必要がある。ことばという緩衝材を間に挟むことによって、対象との距離をとるのである。好きなものとは密着したい、嫌いなものとは離れたい。この人間の本性にのっとる形で問題は解決されなければならない。だから民主政治においてことばによる活発な議論が尊ばれるのは、それが嫌いなものとの共存を行うための最も有効な手段だからなのである。「ねー、××って、私きらいなんだけど。」「あー、私もきらい、だいっきらい、××」「××って最低だよねー」「ほんっと最低」この会話にはほんのわずかではあるけれど、民主制のシステムの原理に反する「嫌いなものの徹底的な排除」の姿勢が感じられる。だから私がこのブログでいろいろと嫌いなものをとりあげて延々と文章を書き連ねているのは、けっして私が狭量な人間だからではなく、むしろ民主政治の原理にのっとったきわめて正統的かつ倫理的な振る舞いだったのだということが、賢明な読者諸君にはおわかりになったであろうと思うのである。(ふ~ん、そうだったのか、ぜんぜん知らなかったっす。※筆者談)
2006.03.22
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昨日の昼過ぎから急に全身に寒気を感じる。外にはうららかな春の陽射しがあふれているのに、体内には木枯らしが吹きすさんでいるようである。どうしたんだろうと思ったが、とにかくがたがたと身体のふるえがとまらない。普通に考えると、これは高熱の症状である。でもおかしいな。数日前から副鼻腔炎をわずらい、4,5日放置して、昨日かかりつけの医者に行って薬をもらったばかりである。その薬はほとんど軽い風邪の薬とかわりない。軽めの抗生物質とその作用を促す生薬成分の炎症止めと上気道の炎症を押さえる薬である。おかげで鼻の症状は緩和している。ふつうならばこれで終了というところである。しかし全身に悪寒が走る。このメカニズムがよくわからない。風邪薬を呑んで風邪を引くというようなことがはたして起こるのであろうか。でもわからないものを考えていてもしようがないし、第一思考力そのものが鈍っている。家に帰って体温計を脇に挟むと8度6分。「なんだ平熱じゃないか」。「それは6度8分!」。と一人でつっこんでいてもしかたがないので、アイスノンをもってよろよろとベッドへ。一時間ほど寝て夜の7時、体温8度2分。体調かわらず。食事しないと薬も呑めないので夕食をとる。不思議に食欲は全然落ちていない。ばくばく食って、またずるずるとベッドへ。一時間ほど寝床でラジオを聴いて眠りに落ちる。朝方3時に目を覚まして体温を測ると、6度8分。さらに2時間寝ると、体温は6度4分。ここで完全に平熱に戻る。頭の芯にすこしダメージが残っているものの、なんとか出勤する。しかし、人間の身体というのは不思議なものである。「私の身体は頭がいい」というステキなタイトルの著者は内田樹先生だが、こういうときには「身体は何を考えているのか」と考えたほうがいいようである。人間存在という一個の有機体において、その統括責任者は「身体」であると私は考えている。「意識」は副統括といったところだろうか。身体不如意の状態を観察、分析し、通院という行動を決定し、薬を服用するというのは副統括の所轄事項である。そこではなるたけ客観的、分析的な振る舞いが要求される。しかし、そこで予想外の事態が起こった場合、副統括の判断ミスではないかと考えるよりは、より上位に位置する統括本部長の判断がそこに関与していると考えたほうがよいのではないだろうか。副統括のあずかり知らぬところで、「ここはこの身体にひとつ熱を生じさせてやっかいな炎症を熱によってひとまずは片づけよう。昨日あたりから内服薬の援軍も来ているようだから、ここは勝負時だ。戦いを長引かせ、慢性化させるよりは、一気に勝負に出て、発熱でけりをつけたほうが得策だ。おそらくはこの行動の意味を副統括も理解できるだろう。そして副統括が全軍に、行動を停止し、即時待機状態をとって安静につとめよ、という指令を出せば、なんとかなりそうだ。」どうも統括本部長はそう判断したようである。やはり肩書き通り判断レベルが一段上なので、その指示には従わざるをえない。統括本部長と副統括の組み合わせは4通りしか考えられない。「○-○」これは心身ともにきわめて健全な理想状態。「×-×」いうまでもなく「ご愁傷様」状態。「○-×」植物人間状態ですね、これは。「×-○」あえていえばこれは霊体浮遊状態というところだろうが、私はこういう経験がないので、この組み合わせはカット。以上の前提からわかるのは、統括・副統括は基本的に一心同体、もしも両者の意見が分かれれば統括の指示に従うのが正解。自ずからこういうことになるのではないだろうか。不思議に思えるのは、意識優位、理性的判断優位の立場をとる人は、人間の意識が身体を離れても存在しうるという神秘主義的な考えの持ち主と同じカテゴリーに属すということである。一方、身体的判断優位の立場は、合理的な推論から導かれる。このへんの「ねじれ」はなかなかに興味深い現象だと私には思える。さて、今日いろんな資料を拾い読みしていて、こういう一節に行きあたった。「自然界で草をはみ、若葉を食べる動物は(少なくとも土壌にふれて生活する動物は)、通常は極めて痩せている。--鍛錬された人間も同様である。動物は食物を得るためにいつも動き回らなければならないし、また餌になる野生の食物は、カロリーや脂肪が多すぎることがない。一般に野生のアフリカ哺乳動物の全体の脂肪含有量は4%である。」(マーク・N・コーエン「健康と文明の人類史」人文書院)アフリカの動物の体脂肪率は4%なんですね。ちょうどボクシングの亀田か徳山あたりの身体を想像してもらえばいい。たしかに彼らの肉体は、アフリカの草原を走り回っている猛禽類のそれに近い印象があります。さらにその文章は以下のように続く。「これに対し家畜化された動物は、エサの供給量がますます増えている。特に現代の家畜類は穀物を食べ、しばしば脂肪分は25~30%にも達している。」と。自らの体脂肪率を考えると「家畜化された動物」さんが他人とは思えなくなってきます。私の体脂肪率が19~20%くらいだから、これはやや貧相な家畜というところだろうか。なんだか喜んでいいのか、悲しんでいいのか、よくわからなくなってきますが。でも話はこれだけでは終わらない。この話は家畜化された現代人の生活に警鐘を鳴らす単なるアナロジーではなく、もっと現実的な問題をはらんでいるのです。さらに引用を続けます。「加えて、野生動物の脂肪は多価不飽和脂肪酸の含有量が多く、家畜におけるその割合より5倍も多いとされる。エサの中の多価不飽和脂肪酸は、血清コレステロールを低下させる作用があるのである。こんなわけで、家畜の肉は高血圧、アレローム性硬化症、心疾患や脳卒中など現代の危険因子に関係してくる。一方野生動物の肉は、同程度食べてもその危険は少ないのである。」要するに野生動物と家畜動物とでは、脂肪の成分が異なるということです。野生動物の肉であればばくばくと食っても、そのことによって起こる弊害を防ぐ物質が家畜のそれより5倍も多く含まれているのでだいじょうぶということです。こう考えてくると、人間において家畜化の弊害は二重の形で襲ってきていることがわかります。第一は自らの生活が家畜化し、慢性的な運動不足と栄養過剰に陥っていること。第二はその栄養過剰な食生活の中で摂取する肉のほとんどが家畜の肉だということ。成人病といわれるものの多くがこのいわば「家畜化の二乗現象」から生じているといえるかもしれません。きつい言い方になりますが、現在の文明国の食生活は「家畜が家畜を食う」共食い状態に陥っているといっても過言ではないのです。さらに家畜動物の動物性油脂を純粋に抽出し、それらを使ったポテトチップスや菓子類をばくばくと食べるといったい人間はどうなってしまうのか。おそるべき家畜化の三乗現象がそこには出現してくるのではないでしょうか。前掲書ではさらに豊かな国家の市民がカロリーの35~40%を安価な糖分と脂肪という形で摂っているのに対し、文明化していない国の食事では脂肪分は約15%だと書かれている。もちろん豊かな国の市民が摂取する肉のほとんどは家畜のそれであり、文明化していない国の食事では野生動物の比率が高いと考えられるので、両者の差は実質的にはさらに広がることになる。今日のお昼はマックかケンタッキーあたりで済ませたよという方々、「げふっ」という悪いげっぷがこみあげてはきませんか。蔵相時代に「貧乏人は麦を食え」といって失職し、後に総理大臣になった政治家がいましたが、彼は実は低所得者層の生活の向上を願う優秀な健康アドバイザーだったんですね。もっともその当人の掲げた政治的目標が「所得倍増計画」であったことは、なんとも皮肉なことではありましたが。
2006.03.22
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「アンダーグラウンド」(村上春樹)を400頁ほど読み進めている。この本に載せられている数多くの証言の中に印象的な夢の話がふたつでてくる。ひとつ目は次のようなものである。「病院での夜はずいぶん怖い思いをしました。ベッドに寝ていますと、枠のパイプの縁がありますね。あのパイプをさわりますと、何か濡れた手で闇の中にひきずりこまれそうな気がするんです。昼間は明るいし、まわりに誰かいてくれるから、そういうことはないんですが、夜になって眠ろうとして、手や足がパイプに触れると、濡れた手が伸びてきて、ぐうっと引き込まれていくような感じがするんですね。」(同書p279~280、菅崎廣重氏の証言の一部。)これは被害を負った後に近くの病院に入院していた頃の話である。目の前で死線をさまよう多数の人々の姿を見、それを否応なく頭に焼きつけてしまった後の精神状態として感覚的によくわかる気がする。自分のすぐ目の前に存在していた「死」が濡れた手で自分を執拗に闇の中に引きずり込もうとする情景はきわめてリアルである。われわれが死をイメージする場合、このような心象風景が生じることはかなりの程度において一般的、普遍的現象ではないかと思われる。しかし、もうひとつの夢の話を読んで、私は少し考えこんでしまった。その夢は次のようなものである。「でも退院したあと、僕はほとんど眠れなくなってしまったんだ。三週間のあいだ、僕は夜眠ることをやめてしまった。というのは、眠りにつくのがすごく怖かったからだ。眠ると、必ず夢を見た。必ず見る。それもいつも同じ夢だ。誰かがやってきて、大きなハンマーで僕の頭をがつんと叩く。そんな夢だ。 でもその夢はとても不思議なんだ。最初そのハンマーはすごく硬くて、痛かった。しかし毎日毎日それがだんだん柔らかくなっていくんだね。少しずつその衝撃は弱くなっていく。そして最後の頃には、叩かれても、まるで枕で打たれたような感じしかしなくなっていた。」(同書p306、マイケル・ケネディー氏の証言の一部。)マイケル氏は世界的にも有名なアイルランドの騎手であり、事件当時は日本競馬協会の招きで千葉の競馬学校で若い騎手たちにプロの乗馬法を教えていた。彼のインタビューは英語で行われ、その証言は村上春樹氏自身によって訳されている。こちらもきわめて印象的な夢の情景である。最初に気づくのはこの夢がどこまでも輪郭が鮮明で、曖昧さがみじんもなく、夢の話自体がすでに解釈まで含んでいると思われるほどに明瞭なことである。そこでは「死」は「ハンマーをもった誰か」として擬人化されている。その死は彼を暴力的な道具によって決定的に損なう。しかし事件のもたらす衝撃が彼の内面で徐々にやわらいでいくにつれ、凶器も少しずつソフトなものになっていく。そしてついには安らぎをもたらす「枕」へと変わることにより、彼はその衝撃の内面的な処理を終えるのである。だが、もしも私が同じような事件に遭遇したとして、その後にマイケル氏のような夢を見るかと考えてみると、その可能性はほとんどゼロに近いだろう。もちろんマイケル氏は強烈な個性とアイデンティティの持ち主であり、これをして「日本対西欧」というような乱暴な一般化の図式にはめることは慎まなければならない。彼はおそらく母国においても傑出したユニークな個性の持ち主なのだと思う。現にこの本に収められた60人以上の証言の中でも彼の証言はきわめて印象的なものであり、そこに示された人生哲学はとても興味深い。彼はある文化圏や民族の特徴を平均的に体現するような一般的な人間でないことは確かだろう。しかし、それにしても、ここに示された対照的なふたつの夢のあり方は、私にふたつの「死」のイメージの存在を思わせる。ひとつはこうである。死の世界は、膨大な死者の集合体であり、われわれはその時が来ると、彼らから「呼ばれ」、その世界に否応なく「引き込まれる」というイメージである。少なくとも私はこのような死のイメージに少しも違和感を感じない。死は大きな波のようなものである。われわれ生者は海岸の砂浜に座って、毎日毎日砂の城をせっせと作りつづけている。ある日、何メートルもある高波が海岸にやってくる。われわれは恐怖のあまり体をすくませ、目を見開いてその大きな波を見上げる。やがてその波はわれわれの頭上に襲いかかり、一瞬のうちにわれわれを呑み込み、遠い沖合へと一気にさらっていってしまう。それが死である。そういう感覚が少なくとも私の中にはある。だから「一人で高波にさらわれるのはちょっとさびしいな」という感じをもつことも理解できる。「できれば連れがほしいな」という気持ちもわからないではない。「愛する人と別れるくらいなら、いっそ一緒に手に手をとって」という感覚もかろうじて理解することはできる。(最後の気持ちは私の個人的な感覚としては許容範囲を越えているが)考えてみると、入水や心中という死に方はこのような死のイメージをシンボリックに表現した方法といえるかもしれない。日本人は水の中に身を投げ、高いビルの屋上から墜落するとき、その向こうに集合的な死者の世界の存在を確信しているのではないだろうか。これらは日本人の死の感覚としてはかなり一般的なものといえるように思う。一方、死を擬人化した特定の「誰か」ととらえ、その人物が自分の生命を致命的に損なうという死のイメージをもつのは、少なくとも私には困難だ。全身黒づくめの男がある夜、ドアをこんこんとノックして「レクイエム」の作曲を依頼する。こういう情景を「自分自身の死」に重ね合わせることは私にはできそうにない。しかし、そういうイメージが現に存在していることは事実である。私たちは自分たちに近しい「死のイメージ」だけを一般化してしまいがちだが、そうするとわれわれの死の理解は狭量なものとなってしまう。「レクイエム」の依頼者に向かってならば、あるいは頑として「ノー」といい、ドアを閉めようと試みることも可能かもしれない。少なくとも自分がその依頼を受けたからといって、奥のリビングにいる妻や子に向かって「おおい、おまえたちも早く荷物をまとめて、出かける準備をしなさい」というのはずいぶんと非道なことと感じられるだろう。日本的な心中が他の国の人々に受け入れがたいものと見なされることもこう考えると、わかるような気がしてくる。人間はいずれ必ず死を迎えるという意味では単一の存在であるけれども、その受容の仕方においてはきわめて多様な生き物である。ちょうど人間の幸福のあり方に比べて、不幸のあり方がはるかに多くの選択肢をもっているように。11年前の3月20日、日曜と祝日の間にはさまれた「気持ちよく晴れ上がった初春の朝」に起こった事件のことを思いながら、ふとそんなことを考えた。12名の犠牲者の方々のご冥福をお祈りする。
2006.03.20
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むかしむかしあるところにひとりの詩人がおりました。その詩人は毎日毎日ことばを使って世界の謎を綴っていました。そのことばは平明で透明、やさしくやわらかな響きをもちながら、時にきびしく強い力をそなえていました。しかし詩人というものは元来それほど裕福な暮らしをしているものではありません。もちろんその詩人には豊かな才能と清新な感覚がありましたから、自分の暮らしに困るようなことはありませんでしたが、彼のまわりの詩人たちの暮らしぶりは貧しく、とても詩だけを書いて生活が成り立つというレベルではありません。詩人はそのことに常日頃から心を痛めておりました。詩というものはやはり世間の荒波にもまれている大人たちよりも、こどもたちや若者に好まれる傾向があります。とくに幼い子どもにはみずみずしいことばで書かれた詩を与えてやりたいという気持ちが、彼らにものごとを教える立場の人間には当然起こってきます。ことばを学びはじめる子どもたちのテキストにも彼の詩が載せられることが多くなってきました。そして大人たちよりもむしろ子どもたちに、彼の詩はいっそう支持されるようになりました。それは彼にとって純粋、かつ大きなよろこびでした。ここまでは何の問題もありません。すぐれた詩を子どもたちが純粋に味わい、それを書いた者もそのことによろこびを感じる。ことばの世界においてこれほどまざりもののない純粋なよろこびを味わうことはまれなことかもしれません。けれど、教育とか学習ということになると、どうしてもそれだけではすまない。いや、それだけでは十分ではないと考える大人たちがでてきます。「やはり、ただよろこんでいるだけでは不十分だ。子どもがそれらをどれだけきちんと身につけているかを何らかの形で確かめる必要がある。」そう考える大人たちも出てきます。彼らはテストを作って生徒の理解を判定しようとします。あまり望ましいことではないかもしれませんが、まあ、ある意味では「必要悪」ともいえるでしょう。多くの学校でこれと同じことが行われていますから。でも学校の先生はいそがしい。生徒の生活指導もしなければならないし、家庭訪問もあるし、遠足や学校行事もたくさんある。とても自分でそのテストを作ってはいられない。どうしても町のテスト屋さんに頼んで、彼らの作ったテストを買ってきて、それを子どもたちにやらせるということになります。教科書と同じ文章や詩が載っているテストがあれば、そちらのほうがより望ましい。先生たちはそう考えました。そして、そういう問題集は「ドリル」と呼ばれるようになりました。でもここで問題が起こりました。テスト屋さんはその詩人に「この詩を使いますよ」という許可を得ていなかったのです。テキストを作る時には、そういう許可をする決まりになっていますから問題はなかったのですが、そのテキストに基づいてドリルを作る時には、あらためて詩人の許可を取るという習慣がそれまでなかったのです。ドリルを作っている人たちも、その多くは小さな会社で、「あんまりお金もないし、それにこれはなんといっても子どもたちにいい詩を読ませたいという気持ちでやっていることなんだから、まあ、許されることじゃないかな」そういうふうに思っていたのです。その詩人もそのことにはあまり関心をもっていませんでした。そもそもそんなドリルのことなど詩人はよく知りませんでしたし。その詩人はとても人気があったのでお友だちもたくさんいました。その中に外国生活が長くて、写真関係の仕事をしている人がいました。写真関係といってもカメラマンではありません。カメラマンに代わって「この写真を使うんだったらちゃんと許可をとって、お金を払わなくちゃいけませんよ」という仕事をしている人です。そこの国ではそういうことはとてもきちんとなされていました。その人は詩人にこういいました。「他人の詩を無許可で勝手に使うなんてぼくには考えられないな。そういうことを許しておくと、君のまわりの貧しい詩人たちはますます貧しくなってしまう。君はそれでもいいのかい。」詩人はそれはいけないと思いました。自分は人気があってなんとか暮らしをなりたたせていくことはできる。でもまわりの詩人の友だちはそうではない。少なくとも彼らの生活をさらに苦しくするようなことをぼくがしていいはずはない。正義感の強い詩人はそう思いました。「いったい、どうすればいいんだろう」「僕の住んでた国ではそういう場合は訴えをおこすことになっている。そして、そんなことをしてはいけないということを国の機関に認めてもらうんだ。そして、これまでしてはいけないことをしてきたことに対しては賠償金を払わせるんだ。そういうシステムになってる。」「訴えをおこすのかい。」詩人はちょっと考え込みました。詩人の常として彼は争いごとを好みません。できれば平和的に話し合いで解決できないだろうか。そう思ったのです。だいいちどうやって訴えをおこすのか、その方法もわかりません。「だいじょうぶ、ぼくはね、その国でそういう訴えを起こす方法を勉強してきたんだ。ぼくにまかせておけばだいじょうぶだよ」友人はそういいました。詩人は決心しました。なにより友だちの詩人たちの暮らしが少しでもよくなるようにという、それは純粋な気持ちからでした。訴えはおこされました。そして、その訴えは認められ、裁判所は、テスト屋さんに大きな額の補償金を支払うよう命じました。詩人は勝ったのです。その時にはすでに訴えをおこした詩人の友だちは、他の詩人や作家にも声をかけ、会を作っていました。詩人は有名でもあるし、人柄も信頼されていたため、多くの人がその会に入りました。もっとも、何十年も昔から存在しているえらい作家の人たちが入っている名門会に比べると、その数はまだ十分の一程度というところでしたけれども。私は朝晩舟に乗って川を上り下りしながらいろいろな荷物を運ぶ仕事をしています。今お話した話は、その川の右岸にある村で起こった話です。その川は「コピー川」と名づけられていました。一方、川の左岸にはひときわ大きな樹のそびえる村がありました。そこには体の大きな村長さんがいて、いつもにこにこと子どもたちを教えていました。勉強はもちろん、体育や武道の指導も行い、子どもたちにはたいへん人気がありました。その村長さんも毎日せっせと文章を書き、それを子どもたちに自由に読ませておりました。学校のテキストやドリルを作る人たちは、これはこの村長さんにもあいさつをしておかなければいけないなと思い、「あのー、村長さんの文章を使いたいんですけど、どうすればいいでしょうか」とおうかがいをたてました。村長さんは「がはは」と笑い、「なに、許可?そんなものは必要ないよ。じゃかすか使ってかまわんよ。だって、俺様の頭のなかにある考えだって、ほんというとどっかで読んだこととか、どっかで聞いたことばっかりなんだし、俺はそんなもの許可なんか取らないでじゃかすか書いちゃってるわけだから、ぜんぜん気にすることないよ。むしろ宣伝になってありがたいくらいのもんだよ。がはははは」といいます。村長さんは豪快さんだったんですね。こういう人を「大人」といいます。「おとな」と読んでもいいですけど、「たいじん」と読むと、「この人、人間がでっけーなー」という意味の表現になります。よい子は覚えておきましょうね。私は毎日川を上り下りしながら、川の両岸にあるふたつの村の様子をじっと眺めます。世の中のたいていのことがそうであるように、正しいのは右か左か、黒か白か、マルかバツか、なんてことは簡単に決められることではありません。どちらにももっともな根拠があり、どちらにもそれはどうだろう?という問題点があります。世の中の問題というのはそういうものです。でも同じ船頭仲間の一人がこの間そっと私に耳打ちをしていきました。「これはあくまでも噂なんだけどね」と前置きをした上で。あの有名な詩人の会にいって、「すいません、許可をもらいたいんですけど」っていったドリル屋さんがいるそうなんです。そしたら、会の事務の人が出てきて、「もし許可をもらいたいんなら、これまで不正に使ってきたんだから、10年前まで遡って使用料を払ってもらいたいな。」と言ったそうです。そして、その使用料はこれまで名門会に払っていた金額の3倍近かったそうです。「そんなお金払ったら俺たち倒産しちまうし、あきらめて帰って来ちゃったよ」と、そのドリル屋さんはこぼしていたということです。また他の船頭はこんな噂を聞いたといっていました。「あの会で訴えを起こして補償金をたくさんもらっただろ。でもその半分以上は実は詩人の人じゃなくて、会を組織した人のところへいっちゃったらしいよ」って。しょせん不確かな噂です。そんなことは事実じゃないだろうと私は思います。でも気になるのは、そういう噂があるおかげで、その会の会員である詩人の作品は、「これはもし万一なにかトラブルがあるといけないから使うのはやめとこうよ」ということで使われなくなっているというんです。これでは貧しい詩人の人はまったくもうからないばかりか、むしろもっと貧しくなってしまうじゃないか。私はそう思ってしまうんです。「それにね」ともう一人の私の友達は私に耳打ちするんです。「あの会ってさ、会員の名簿をまったく非公開にしてるらしいんだ」これはどうもほんとうらしいです。さすがの私もそれはちょっとおかしいんじゃないかという気がしてきます。貧しい詩人を助けるための正しい会なんだから会員名は正々堂々と発表できるはずです。なぜそれを秘密にする必要があるのでしょうか。でもよくわからなくなってきます。コピー川の右岸の村の人も左岸の村の人も「善意」から行動しているはずなんです。どちらの村にも私の大好きな文章の書き手がいます。信頼もし、尊敬もしている人がいるんです。でも、どうしてこんなことになってしまったのでしょう。世の中って複雑でよくわからないことが多いですね。今日も私は舟を漕ぎながら、川の両岸の村をぼんやりと見つめ、そう思って、深―いため息をつくんです。ふーーーって。みなさんはどう思いますか?
2006.03.19
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子供の頃、父はとても無口だった。精神的訓話というようなものはまず一言も口にしなかった。「たまには精神的なことでも話せばいいのに」と息子の私が思うほどに、父は寡黙だった。息子が父親の精神的訓話を求めるなどという話は聞いたこともない。もっとも父が実際にそういうことを口にすれば、私は猛烈に反発したに違いないのだけれど。だが父は食事の作法にはとても厳しかった。「口にものを入れてしゃべるな」「椀は静かにおけ」「くちゃくちゃ音をたてるな」「飯粒を一粒も残すな」「とにかく食い物を残すな」「きれいに食え」ーーなんて細かい親父だと思った。でもさすがに毎日そんなことを言われつづけるのはいやだから、そのうちに自然とそういう食事の作法が身についてくる。その後、東京で一人暮らしをするようになって、何度か食事の作法をほめられたことがある。ずいぶん変なところをほめる人だなとしか、その時には思わなかったが。でも年をとってきて、徐々に自分が幼い頃に身につけた作法の意味がわかってくる。きれいにものを食べることの意味というものが理解できるようになる。悲しいことにそれはたいてい「きたないな」という食べ方を目にしたときが多いのだが、ともかくも自分の身につけた作法のもつ意味というのは、ずいぶん時間がたってからわかるものである。実のところ、年をとればもっといろいろなことがわかるものだと漠然と思っていたが、そんなことはぜんぜんない。年をとるだけでわかることなんてほとんどないのだ。年をとってわかるのは、「人間は年をとっても何もわからない」ということだけだ。知恵はいつも遅れてやってくる。ミネルヴァのふくろうは日が暮れてから飛んでくる。そしてそのことに気づくのはさらに夜もとっぷりと暮れてからである。その時にはもう遅い。年をとってわかるのは、人間は多くのことをわからないままに死んでいく存在だということくらいである。それと同時に「作法」の意味というものがぼんやりとだがわかってくる。そもそも外から与えられた知識と、内面的な気づきと、そのどちらに大きな意味があり、そのどちらが自分の身となり肉となるかというと、考えるまでもなくそれは後者だろう。そして、知恵がいつも後からやってくるものだとすれば、ある行動の意味を知る前に、あらかじめその行動を自らのものとして身につけていなければいけないということがわかる。つまり、意味のわからない状態でその行動をあらかじめ身につけておかない限り、その行動の意味がわかる瞬間は永遠に訪れないのだ。そのことがわかってくる。そして、それを可能にするための手段が「作法」なのだということも。ある行動をまず身につける。意味などわからなくていい。とにかくそのことを体に馴染ませ、染みこませる。そのために、その行動を何度も反復する。やがて、その行動が体にしみついていることさえ意識しなくなった時、その行動が自分の自然な振る舞いの中に吸収されてしまった時、ある日忽然と、そのことの意味がわかる瞬間が訪れる。人間の知恵はそういう形でしかやってこないものなのだ。今日、比較的大きな催し物があった。何人かの講師が聴衆の前で講演を行う。聴衆は素人ではない。玄人に玄人が技術的、精神的アドバイスを行う。そういう講演である。しかし講演者はプロ中のプロだ。何十年にもわたってバトルロイヤルを勝ち抜いてきた猛者連中である。私の役割は最後列に座って、その猛者の講演を見守ることだ。講演者はパフォーマンスを始める直前に私の隣に座る。偶然、そういうことになってしまった。今まであまり身近に接することのなかった人たちではあるが、そばにいると彼らは例外なく緊張している。しかし、それと同時に異常に高いレベルで精神を集中させていることがわかる。くだらない冗談を言ったりはしているが、緊張と集中がその心の中でせめぎあっていることはひしひしと伝わってくる。私とて素人ではない。20年以上プロとして生きてきた身である。戦いの直前の心境は自分なりに理解できる。隣に座る講演者に、私は立ち上がって深々と礼をし、「よろしくおねがいします」という。皆しっかりと私の目を見、「どうも」とか「ありがとう」といって、しかし、その直後には自分の中に没頭している。作法はきちんと守るが、その何十分の一秒か後には、そのことすらすっかり忘れている。でもそれでいいのだ。それが作法というものだから。気がつくと、最後の講演者が隣に座っている。休憩時間のうちに少し早めに席についていたようだ。私はこれまでと同じく立ち上がって深々と礼をし、挨拶をする。しかし、彼は胸を傲然と張ったまま、こちらを見ようともしない。頭を下げても、完全に無視をしている。おまえなんかおれの目には入らないんだよ、という顔つきである。日頃から礼に欠けるところのある人間ではあったが、これほどの不遜な態度は初めて目にした。そしてその時、「こいつ失敗するな」という確信をもった。失礼だったからではない。当然守るべき作法を守っていないからである。学生時代、野球をやっていた時、未知のチームと対戦するときには、守備練習に入る前のキャッチボールを注視することにしていた。投げたボールがことごとく相手の胸元に吸い込まれていくチームは強敵である。しょっちゅう受け手がジャンプしたり、後方に球を取りに走っているチームは取るに足りない相手である。その予測がはずれることはまずなかった。最も基礎的な練習に集中しているチームがいちばん手強い。彼らは練習で集中している分、本番ではリラックスして全力を発揮することができるからだ。最後の講演が始まる。講演者は、一時期、この世界に並ぶ者がないとまで言われた猛者中の猛者である。こんな場面など何百回となくらくらくとクリアしてきた人間である。しかし、ちょうど3年前くらいだったろうか、私はその人間よりもはるかに年長で、かつ尊敬すべき先輩ととても大事な打ち合わせをしていた。5メートルほど離れたところで、彼は海外旅行の猥談を大声でわめきちらしていた。私はおもわず彼の顔をにらみつけたが、彼は大きな腹を揺すって笑い転げていた。あの頃から予兆はあったのである。彼のなめらかであるべき口調は妙にくぐもり、リズムは寸断され、なんとか流れにのりかけたところで、自分でそれを断ち切り、また元に戻り、口調が徐々にいらついてくる。必要以上に強調表現が増え、刺激的なことばづかいが増えてくる。それとともに聴衆の集中力が損なわれていく。われわれが人前で話をする直前に一番心がける作法は、沈黙しないことである。大きな声で挨拶をし、たわいのない世間話をすることである。そのことによって、われわれは相手と視線を交わし合い、相手のことばを受け、それを相手に返す呼吸を計り、自分の意思を相手の胸元に放り、相手から放たれた意思を胸元できっちりと受けとめる訓練をするのだ。そういう意思疎通を円滑に行うために欠かせない準備運動、それが「挨拶」という作法なのである。講演は10分経過した。準備不足は明らかであり、彼は話の方向性を見失って、途方に暮れている。場つなぎの自慢話で聴衆の失笑を買い、助けるようにわれわれのほうへ目線を投げる。「なんだかもう話すのやめろっていうような冷たい視線を後方からびしびし感じるんすけど。」というような冗談にもならない冗談を言いながら。やっと聴衆の目に焦点を当てることの大事さに気がついたようだな。でも、その聴衆が私だったのはいかにも不幸だ。そして、気づくのがいかにも遅すぎた。私はいたたまれなくなっておもわず目をそらす。講演は予定時間を大幅にオーバーし、収拾のつかない状態で終わった。今日の失敗を取り戻すことはけっして不可能ではない。でも彼がその失敗の原因に気づかない限り、彼が浮上してくることは二度とないだろう。知ることはいつも遅れてやってくる。だから作法をおろそかにしてはならないのだ。彼がそのことに気づいていればいいのだが。彼は顔面蒼白の状態で顔一面に脂汗をかきながら、もつれた舌でしどろもどろに話を締めくくり、逃げるように講演会場を後にしていった。彼の頭上にふくろうが訪れる日ははたしてやってくるのだろうか。
2006.03.18
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昨日の朝から左鼻奥の具合がおかしい。おそらくは副鼻腔をやられている感触である。これは鼻炎よりもつらい。副鼻腔というのは頭蓋骨にぽこぽこと開いている穴ぼこのことだが、目の奥のあたりに位置し、ここが炎症を起こすとうっとうしいことこの上ないのである。というようなことをぶつぶついっていてもしかたがないので、頭痛に耐えながら、午前中にM整形外科へ。まあ、これは鼻とは別口の定期検診のようなものなのでらくちんなのだが、さすがにこういう日にはわずらわしい。雑居ビルの二階でエレベータを下りると、目の前に患者があふれている。待合室に入りきれずに外へはみ出しているのである。首、肩、腰に不具合を抱えた中高年の方々がいかに多いかということがよくわかる。小一時間待って診察室へ。「先生、すごい人ですね」「ふー、人が多くて多くて、わしゃかなわんよ。なんとかならんかのー」「なんともならんでしょうね」「そうか、なんともならんか。休みでもとってのんびりしたいんじゃが、そうもいかんしのー」「連休はとれないんですか」「暦通りじゃ。普通のサラリーマンは一週間とか10日とか連休取れるんじゃろ。うらやましいのー」「そうかな。そんなに取れるのかな、いずれにしても私は普通のサラリーマンじゃないからわかりませんけど」「そうじゃったなー、わしも○○さんも同じ裏街道を歩く身じゃもんなー、ひひひ。」「ひひひ。その通りですね。先生。お互い人様の弱みをついて生きているわけですからあんまり大きな顔はできませんね」「たしかに。でもあれじゃなー。わしが大学の法学部でも出て、役人になっとったら、今頃は天下りでろくに仕事もせんで、高給をはんどるんじゃろうなー。失敗したかもしれんなー、人生を。」「何いってんですか。役人なんか勤まるわけないでしょう、先生に。三日でやめちゃいますよ、喧嘩して。」「ほっ、ほっ、ほっ、よくわかるのー。おい、××(看護婦さん)、おまえ、笑いすぎじゃ。でも、あれじゃなー、予備校あたりだったらわしもなんとかなるんじゃないかのー。」「そうですね、先生、予備校だったらぜんぜんおっけーですよ。私が保証します。」「わがままなやつが多いんじゃろ。あそこは。」「そうじゃないやつを探すのがむずかしいくらいですね、たしかに。先生だったら、トップ講師くらい軽くなれますよ」「そっかー、そうじゃろなー」「でもね、先生」「なんじゃ」「それでどうなるかというとですね、授業が終わって講師室に座ってる先生のところに、テキスト持った生徒がずらっと並んで質問にくるわけですよ。そして、『もう、人が多くて多くて、わしゃかなわんのー。なんとかならんのかのー』って言うはめになるんですよ。」「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。」「市川団十郎みたいに無間地獄から抜け出すのはむずかしそうですね、われわれは。」「ふぉっ、ふぉっ、たしかにのー。ところで○○さん、どっこも具合わるいとこはないんじゃろ」「とくにないっすねー、だいじょうぶです」ということで東大医学部卒、オックスフォード大留学経験あり、発表論文、和文200、英文50、みのもんた司会のTV番組出演歴ありの高名なる名医の診察終了というわけである。ところで、つい先日行われた東京大学後期試験で村上春樹氏の文章が出題されたことをご存じだろうか。なにぶん狭い社会の話なので、興味のある方のために一言ご報告をしておきたい。出題されたのは東京大学後期試験論文2(文1)の第1問。新聞社や各予備校のサイトで問題文を読むことは簡単にできます。出典は「アンダーグラウンド」の「はじめに」の一節。単行本だとp18~26あたりです。(途中、中略箇所が3つある)設問は3問。問1 村上氏は、下線部1(証言者をマスコミ媒体を通じて募る方法も考えられたが、その方法はとらなかったという記述部分)にもあるように、証言者を一般公募の形で募らなかった。なぜだろうか。考えたところを300字以内で述べなさい。問2 「アンダーグラウンド」において、証言者の実名が用いられることにどのような意義があるか。あなたの考えを300字以内で述べなさい。問3 下線部2(「私はできることなら、その固定された図式を外したいと思った。」)に関して「固定された図式を外」すとはどういうことか。またそれにはどういう意味があるのか。600字以内であなたの考えを述べなさい。というものである。まあ、正直申し上げて問題の出来はあまりかんばしくないというのが第一印象です。まず問1ですが、問題文では下線部1の直後が「中略」になっています。でも本ではそこに春樹氏の考えるそのことの利点が箇条書きにされているんです。つまり、答を隠しちゃってるわけですね。もちろんそれ以外の解答も幅広く認められるわけですが、こういうのはあまりフェアとはいえません。公正を重んじる春樹氏の文章を使って、なにもこんな問題作らなくてもいいんじゃないの。そういう気がします。率直にいって。問2も出題の狙いがちょっと見えにくい。実名が用いられることの意義を考えさせる意図がぴんときませんが、読者の方はいかがでしょう。証言者を「なるべく実名で発表したい」と春樹氏が考えたのは事実であり、そこにはそれなりの理由があるとは思いますが、しかし、結果的には仮名であっても証言を掲載することの方を彼が選択している以上、実名の意義だけを問うことにどれだけの意味があるのか。すこしピントがずれているように私には思えます。問3。この「固定された図式」とは、いうまでもなく「加害者=オウム関係者=顔のある悪党たち」と「被害者=一般市民=(顔のない)健全な市民」という図式のことです。まあ、この問題は内容的には妥当だと思います。東大らしいオーソドックスな問題ですね。とくに感心するというほどでもありませんが。私が唯一興味を惹かれたのは、三つある中略箇所の三番目です。一つ目はさきほど述べたように解答にあたる箇所だからカットしたわけです。二つめの中略は取材にあたっての細かい記述部分なので、設問に直接関係しないということでカットしたということでしょう。これはわかります。三つ目の省略箇所。それは「そこにいる生身の人間を『顔のない多くの被害者の一人(ワン・オブ・ゼム)』で終わらせたくなかったからだ。」という文章に後続する部分です。省略箇所はわずかに6行。とくに省略してもしなくても字数にはさほど影響しない。しかし、私はこの部分の省略には出題者の隠された意図があるのではないかと思います。みなさんもその意図を考えてみてください。省略された部分を再現しますね。「職業的作家だからということもあるかもしれないが、私は『総合的な概念的な』情報というものにはそれほど興味が持てない。一人ひとりの人間の具体的なーー交換不可能(困難)--なあり方にしか興味が持てない。だから私はインタビュイーを前にして、その限られた二時間くらいのあいだに、意識を集中して『この人はどういう人なのか』ということを深く具体的に理解しようとつとめたし、それを読者にそのままのかたちで伝えようと、文章化につとめた。実際にはインタビュイーの事情で活字にできないことが多かったけれど。」普通に考えると、これは問3のヒントになるからカットした。そう思えます。つまりこれも答えになる箇所を伏せちゃったわけですね。考えてみると、問2においても二番目の中略箇所には答えになりうる部分があります。(「証言を本の中に掲載する場合、証言者が実名を出して語った方が、メッセージの持つ現実的なインパクトははるかに強いものになることが多いからだ。」)要するに、3問ともすべて「伏せ字黒塗り」問題なんですね。だから、「出来はあんまり」といったわけです。しかし、そういう問題の作り方の是非はともかく、「じゃあ、なぜその部分を解答として伏せなくてはならないような問題を作ったのか」という問いを立てることもできそうに思います。私が興味をもったのは、問3に関する出題者の半ば無意識的なこころの動きです。おそらくは「私は『総合的な概念的な』情報というものにはそれほど興味が持てない。一人ひとりの人間の具体的なーー交換不可能(困難)--なあり方にしか興味が持てない。」という部分にひっかかり、この箇所を無意識的に回避したのではないかと私は思うんです。おいおい、東大法学部で学問にいそしむぼくちゃんには聞き捨てならないせりふだな、その言い回しは。早稲田の一文の、それも演劇科卒のやつにそんなこといわれたくないよな、ったく。いくらおんなこどもに人気があるからってさ、これから法学部で学問に励もうとする若者たちにこんな情報を与えるのは教育上好ましくないな、マジックで消しちゃおう、ちょいちょい。こんなこと考えてなければいいんですけどね。いや、あくまでも無意識の話ですよ、無意識の。でもそれなら村上春樹氏の文章を最初から使わなければいいんじゃないでしょうかね。それとも、「おんなこども」に、「ぼくちゃんはね、ちゃんと村上春樹なんかも読みこなしちゃうんだよ。法律の専門書だけじゃなくってさ。入試問題にも使っちゃったりするわけよ」っていいたかったんだろうか。でもさっきの省略箇所にはこういう記述もありますよ。「それを読者にそのままのかたちで伝えようと、文章化につとめた。」と。ここも気に入らなかったのかな。もぐらたたきじゃないんだから、春樹くんの文章に穴ぼこ作って、それが答えになるような小論文の問題作んなくてもいいんじゃないだろうか。おっと、なんだかずいぶん悪口をいってしまったような。そんな気はなかったのにな。でも、この問題に対する「ノルウェイの森」の永沢さんのコメントを聞いてみたい気がします。出題者に向かって、「おまえの頭の中の固定された図式をまず外したほうがいいんじゃないか。そちらのほうがよっぽど意味がある。」冷たい声でそういいそうな気が私はするんですけど。
2006.03.17
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文藝春秋4月号の村上春樹「ある編集者の生と死」を読む。実は読みたいという気持ちと、(少なくとも)今はあまり読みたくないという気持ちが相半ばしていた。人並みの好奇心はもちろんある。だが、ある話題に集中豪雨的に人々の関心が集まり、短期間でその話題をむさぼり食い、しばらくすると噛み終わったチューインガムのように道端に吐き捨てられる。そういう光景をこれまであまりにもしばしば目にしていただけに、そのような動きに荷担したくないという気持ちを抱いていたのも事実である。この文章は、新聞報道などで彼の原稿流出事件を知り、まだ「文藝春秋」の当該の文章を読んでおられない方に向かって書くことにする。おそらくはいちばんやきもきし、かたづかない気持ちを抱えておられるのは、そのような方々だと推察するからである。まずは自分自身のこの文章を読む前の心情について述べておこう。おそらくは多くの方とそれほど違いはないのではないかと思うのだが、私の心情は「春樹さん?」というものであった。報道で知る限り、彼は被害者である。これは間違いない。その告発は正当である。これもほぼ間違いない。だから、理は当然、彼の側にある。そう思いながらも、かすかなクエスチョンマークが頭の中に点滅する。「なぜ告発のタイミングが今なのだろう」、「なぜ告発すべき相手が死者なのだろう」「なぜ告発の媒体が『文藝春秋』なのだろう」。私の疑問はこの三点に尽きる。その中でも最も大きな疑問は最後のものだった。しかし、それについては後述することにする。念のために私の立場も明らかにしておこう。私は村上春樹作品の愛読者である。ただし、一年半ほど前から。それ以前は一文字たりとも彼の文章は読んでいない。生来のあまのじゃくで、ベストセラー本などはあらかじめ視界からシャットオフされてしまう。まあ、偏狭固陋な人間だと考えてください。ただし、それ以降、読書のほぼ7割以上は春樹氏のものだったのではないかと思う。翻訳を除けばほとんどの著作は読んでいるかもしれない。ただし彼の「ファン」ではない。というのは彼がつまらない作品を書けば、即座に罵倒する心づもりがあるということである。ふつう「ファン」というのはそういうものではありませんよね。だから、私は「ファン」ではない。これまで誰のファンでもあったためしがないんですけどね。だからこの文章を読む前の私は基本的にはニュートラルなスタンスだったと思う。特に春樹氏寄りだったということはない。ちょっと前置きが長くなってしまいましたね。本題に入ります。読後の第一印象。頭の中の三つのクエスチョンマークのうち、二つは消えました。「だいじょうぶです、この文章を書いたのは、まちがいなく、あの村上春樹です」というところです。だから、彼の文章を愛してやまない読者の方々、村上春樹氏はこの事件の前後で何も変わってはいません。この文章の書き手は私がよく知っている、あの村上春樹氏でした。とくに彼の文章、というよりも彼の基本的な考え方の核心をなす「公正さ」において、私は彼に対するイメージをいささかも修正する必要を感じませんでした。ご心配の読者の方々にはまずこのことをご報告しておかねばならないと思います。そして、その次に私の頭に浮かんだこと。それは「この文章は丸ごと読まねばならない」ということです。この文章に書かれた内容は、この文章全体の字数、構成、各ブロックごとのバランスを通して表現されているので、読むのならば最初から最後まできちんと読まなければならないということです。つまみ食いは基本的にやめたほうがいいと思います。少し極端なことを言いますが、この事件に対する感想なり意見なりを目にする時には、「引用」のあるものは基本的に信用しないほうがいいと思います。むちゃくちゃな暴論だと思いますが、私はこの文章を読んで、一部分を引用しようとは考えません。そんな乱暴なことは私にはできません。要約も不可能です。彼はこの文章をいったん書き終えてからかなり細かく手を入れているように思います。そして、そこで彼の念頭にあったのは、意味のまとまりをなす各ブロックのバランスだったのではないでしょうか。この文章においては、文字の流れを目で追うだけでなく、ちょっと文章から目を離して「鳥の目」で見てみる必要があると私は感じます。安原氏との交流の部分と今回の「事件」について書かれた部分の分量的バランス。そのバランスを通して村上氏が何を言おうとしているのか。そこに耳を澄まさなければ、彼の声は聞こえてこないと思います。だから、この文章は引用してはいけないんだと思います。少なくとも私はこの文章に対する感想や意見の中に「引用」があれば、その瞬間に疑いの気持ちをもつでしょう。それはその引用を行った人間の文章に対する感覚への疑念です。「むちゃくちゃいうなよ」といわれるかもしれません。でも私は「むちゃくちゃ」をいうんです、ときには。世の中にはごく少数ですが、引用を許さない文章というものがあります。そして、この文章はそのカテゴリーに属する文章なんです。私はそう思います。この文章を読む時には、前もって読んでいた「引用」部が邪魔になります。村上氏があえてこの分量で、このバランスで、だからこそ、ここでこういう言葉遣いをし、こういう流れを作っているんだという、文章の全体像を作りあげる作業を、事前に知っていた「引用」が邪魔するんです。私ははっきりそう思いました。だからまだこの文章を読んでおられず、これから自分で読もうと思われている方は、「引用」を読まないほうがいいです。私のこの文章でも一切引用はしません。彼の言いたいことは彼の書いた文章全体の中にあります(一部ではなく全体です)。それはしっかり読めば、きちんと感じとれます。彼は日本でも有数の文章の書き手です。この文章のエッセンスを引用を交えて紹介するにはおそらく彼以上の文章力が必要になるでしょう。要するに「本文を読むにしくはなし」ということですね。真実はいつも単純なものです。だから、できたら図書館で読むか、本屋さんで立ち読みするかして、全文を読まれるのがいいだろうと思います。またむちゃくちゃなことをいいますが、この雑誌は買わないほうがいいです。最初に述べた三つの疑問のうち、最初の二つは解けました。でもその答を説明しようとすると先ほどの「引用」を行う愚に近づくのであえてここには書きません。春樹さんがよく言われるように「答は風の中にある」、いや「答は文章の中にある」か。読めばわかります。「引用」を読むと、逆にわかんなくなります。でも三つめの疑問。実はこの疑問だけは解けなかったんです。なぜ媒体が「文藝春秋」だったのか、その説明は残念ながら、この文章の中にもありませんでした。きついことばづかいをするならば、作家の手書き原稿を売り飛ばした編集者を告発し、同種の行為を未然に防ごうとする意図は正当なものだと思いますが、その告発を「商品」にする意図が私にはどうしてもわかりませんでした。まあ、そういう言い方は穏当ではありませんね。彼の文章は結果的にきわめて商品価値の高いオブジェクトになった。そう言い直しましょう。でもそういう可能性を彼が予見できなかったはずはない。彼はなぜそのことを回避しなかったのか。彼はこの文章をウェブサイトで発表することもできたはずですし、法的手続きをとることも可能だったでしょう。その疑問だけが、私には最後まで解けませんでした。実は先日、内田樹先生のブログ(村上春樹恐怖症)にトラックバックを張らせてもらいました。内容的には村上氏とは関係のないもので、むしろ内田先生に対する個人的なメッセージのつもりだったんです。しかし、そのアクセス数はまさに驚異的なものでした。「なんだよ、ぜんぜん関係ないじゃないかよー。ったく」と舌打ちされた方がたくさんいらっしゃったと思います。どうもごめんなさい。でもそのアクセス数の多さといったら、こちらの予測をはるかに超えるものでした。それに対する罪滅ぼしの意味もこの文章には少しこめられているわけですが、それはともかくとして、人々のこの問題に寄せる関心の高さには並々ならぬものがあるとその時に思いました。今月号の「文藝春秋」が何部刷ったのかは知りませんが、この記事のおかげでその売り上げは急増すると思われます。その事実にだけは、私は何か釈然としないものを感じます。そう感じざるをえないのです。拙い感想文は以上です。中味のない感想ですいません。でもこの文章についての感想は読まないほうがいいというのが私の感想だったものですから、こう書くしかなかったんです。でも、へたくそな文章はなぜこんなに簡単に要約できちゃうんだろう。いやになっちゃいますね。だから村上春樹氏の愛読者(およびファンの方々)は、とりあえず出来るだけ雑誌を購入することなく、この文章を自分自身で読んで、これに関する感想文からは極力遠ざかる、それが正解だろうと思います。そして、その後は春樹氏の本でもゆっくり読んだほうがいいですよ。翻訳本なんかいいんじゃないでしょうか。え、何がいいかって?そうですね、これなんかぴったりじゃないでしょうか。レイモンド・カーヴァー『頼むから静かにしてくれ』。
2006.03.15
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数日前から村上春樹の「アンダーグラウンド」を読んでいる。ずいぶん以前にハードカバーを買ってはいたのだが、さすがに手にとって読み始めるまでにかなりの時間がかかった。この本の「重み」に自分が耐えられるかというのが逡巡の理由である。おそらくは同様の理由でこの作品だけは読んでいないという方もおられるのではないだろうか。まだ前半の150ページを読んだくらいだから、確かなことはいえない。だが、いくつか気づいたことはある。ひとつはテープ起こしに村上氏自身が手をいれている(これ自身がすごいことだと思うが)ことから、文体が統一されていることである。極力、発言者のニュアンスを損なわない配慮はなされているが、細かな言い回しはやはり春樹氏のそれである。だから、彼の作品という感触はこちらにちゃんと伝わってくる。証言者の発言を忠実に再現することと、全体の文体をある程度揃えることとのバランスをとることは至難の業であったと思うが、その点がきちんと整理されている。さらに不謹慎なことばづかいを許してもらえるならば、ここには読み手を作品世界に引き込む文体的魅力というか、文章のもつ牽引力ともいうべきものがしっかりと感じとれる。これは村上春樹という文学者が自らの社会的使命として行った「誠実なる」仕事という以上の意味を、この作品がもっていることを意味している。彼は自らの「崇高な意図」に酔ってはいない。これは誠実な文学者の編んだ単なる証言集という意味を越えて、あくまでも村上春樹の一作品として成立している。そうしようとした作者の気概を私はこの文章の背後から感じとることができる。彼は社会的な使命感の陰に隠れて、作品の完成度をおろそかにするという愚を犯してはいない。社会的発言を行う使命感を口実に、作品の完成度を見る眼を曇らせてはいない。そのことだけは言っておきたいと思う。この作品においても、彼は読者を自らの文章の力で引っぱっていこうとしている。私はそのことをとても好ましいことだと思った。この作品の全体を通して作者が表現しようとしたことについては、通読した後で改めて感想を述べることとして、当座の断片的印象だけを書き連ねるとすれば、ここで試みられているのは、ある事件の「立体化」ではないかと思う。ある事件の立体化とは何か。それは「地下鉄サリン事件」ということばを人が耳にした時の最も一般的な反応、そう「ああ、あの事件ね」という表現に対するアンチテーゼではなかったかと思う。彼は「ああ、あの事件ね」という反応をいつも思い浮かべながら、それへのアンチテーゼとしてこの作品を作り上げたのではないかという印象をもった。「ああ、あの事件ね」私たちはいつもそう口にする。でもあらためて考えてみると、なぜ「ああ」なのか、なぜ「あの」なのか、うまく説明することはできない。「ああ」とは何か。「あの」とは何を指すのか。われわれは半ば無意識のうちにこれらのことばを口にする。この本はそれに対してこういう問いを突きつける。「その『ああ』っていったいなんですか。」、「その『あの』って何を指しているんですか」と。私はその問いになんとか答えようと試みる。「ああ」は、おそらくその情報が既知のものであることを示す表現だろう。「そのことは既に知っている」の「ああ」である。人間は未知のものに畏れを抱く生き物である。したがって、身の回りの事物に「既に知っている」という「既知」ワッペンをぺったりと貼りつけることでとりあえずは安心できる。少なくとも無用な畏れからは解放される。この「ああ」という感動詞は、精神安定剤の役割をする「ああ」なのである。これに対してこの本はさらにこう問いかけてくる。「あなたは何を知っているのか」と。そこで私たちはかすかにひるむ。いったい私は何を知っているのだろう。その問いを突きつけられた瞬間、われわれの無知は露呈する。われわれは心の中にべったりと貼り付けていた「既知」ワッペンをそっと引き剥がそうとする。びりびりという音を立てながらそれが剥がされる瞬間、ちょうど傷跡の薄皮を引き剥がす時に感じるようなぴりっとした痛みをわれわれは感じる。そして、同時にそれは少しだけ生理的な快感ももたらすのだ。それを引き剥がすと赤ん坊の無垢の柔肌のようなピンク色のなめらかな表皮が露出する、その瞬間のかすかなときめきのようなものを私は感じる。そこでもうひとつの問いかけが本の向こうから聞こえてくる。さっき、あなたは「ああ、あのサリン事件ね」といいましたね。その「あの」っていったいなんなんですか、と。うーん、そうだな。それはいわゆる「マスコミ報道で知るところの」というぐらいの意味だよ。そう私は答える。その「マスコミ報道であなたは何を知っているのですか。」本のページの向こうからさらなる問いかけが聞こえてくる。私はマスコミ報道でいったい何を知っているのだろう。ハンカチで口を押さえ、路上に横たわる多数の人々、オウム真理教の幹部の発言とその表情、麻原の資料映像、事件の再現映像。そのどれもが「異常」なものであったことにわれわれは気づく。その異常さをデフォルメする強烈なバイアスがこの事件に関する報道にはかけられていたことにも。でも、だからといって、一概にマスコミの報道が偏向していたといってみても始まらない。あの事件はたしかに異常な事件だった。それを報じるのに異常性に焦点を当ててはいけないのか。マスコミ関係者はそういうだろう。あなたがその時、報道する側に立っていたら、いったいどういう視点から報じましたか。われわれと違うどういう方向性が考えられるんですか。そう問いかけられたら、私はうなだれて沈黙するだろうと思う。異常な事件の異常性に焦点を当てることのどこに問題があるのか。その問いかけにすぐに答えられるかどうか、私には自信がない。でも、と私は思う。マスコミ報道に問題はなかったか。もちろんそこには大きな問題があった。異常な事件の異常性を描き出すことには問題はないとしても、その異常性の描き方、異常性への焦点の当て方には幾通りかの方向性が考えられたはずだ。「異常性」をどう描き出すか。まずはその異常性が瞬間的なものか、継続的なものか、そのいずれに焦点を当てるかという選択肢があっただろう。マスコミ報道の多くは、その異常の瞬間性に焦点を当てるものだった。しかし、あの事件がもたらした恐怖感はけっして一過性のものではなかったはずだ。急激な地震や津波の恐怖感というよりも、ぼろぼろと足元の地面が崩れ落ちていくような継続性のある恐怖感がそこには感じとれた。そのような永続する恐怖感を伝えるためには、永続的な意思のもとになされる報道が必要である。瞬間的に沸騰して、すぐに冷却する報道姿勢では、その恐怖の永続を表現することはできない。この「アンダーグラウンド」という本は、その粘り強い、ある意味では執拗ともいうべき取材を通して、あの事件の永続的な恐怖感をわれわれの脳裏に刻み込む。そのこともまたここで指摘しておきたいことだ。多くのマスコミ報道はあの事件に、比較的短い賞味期限を設定し、短期間でその物語を消費し尽くそうとした。その姿勢に対するひとつのアンチテーゼがこの本の中にはある。私はそう思う。そして、衝撃的な事件、異常な事件の、衝撃性、異常性を描き出すためには少なくとも二つの方法が考えられるのではないだろうか。それは日常生活では考えられないほどの「轟音」をどう表現するかということを考えてみればいい。一つの方法は、高感度マイクをもってその衝撃的な音をなるべく忠実に記録媒体に残すことである。十分なダイナミックレンジをもったハードとソフトを用いて、原音に忠実に、その衝撃音を再現する。これがひとつの方法である。しかし、この方法にも一つの難点がある。それは何度も何度も繰り返し、その再生音を聞いていると、われわれの耳はいつしかその音に馴化し、最初に聞いた時の衝撃を次第に忘れてしまうということである。次々に衝撃的な事件が起こると、やがてわれわれの神経は、それに馴化し、鈍化してしまう。やがてそのような刺激は刺激とは感じられなくなり、日常生活の一部に取り入れられてしまう。衝撃を忠実に再現しようとして、いつしかその衝撃を衝撃とは感じとれなくしてしまう。サリン事件の報道にもこのような馴化作用があったように思う。そのような報道姿勢に対するアンチテーゼがはたしてありうるだろうか。ひとつだけ方法が考えられる。それは巨大な音の衝撃を、それ自身を再現することによってではなく、それが消え去った後の静寂を通して、いわば裏返しに表現することである。衝撃的な音の響きをそれ自身ではなく、その音が消え去った後の静けさ、草むらの虫の鳴き声で表現することも可能ではないか。この事件に即していえば、その非日常的な異常性を、被害者の日常性を描き出すことで裏側から表現することもできるのではないか。そのようなアンチテーゼも私はこの本から感じとることができる。非日常的な異様な轟音を、その後に訪れた日常的な静けさを克明に描くことによって反対側からあぶりだすこと。それはオウム真理教という非日常的な現象を、われわれの日々の日常から逆向きにあぶりだす作業を意味している。地底へと続く階段の踊り場に立って、今日考えたことはおおよそ以上のようなことである。この階段を下ることでまた新たな風景や音が私の目の前に出現するかもしれない。でも、とりあえず、今日はこの踊り場にじっとうずくまって、ひとときの眠りにつこうと思う。地表の騒々しいざわめきから遠く離れたこの場所で、自分の膝を抱え込んで、たったひとりで。
2006.03.14
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最近、「自我の肥大」ということがよく言われる。特に子どもたちについてこのことばが口にされることが多い。本来ならば、一定の枠の中に収まるべき自我がどこまでも拡張し、自分でも制御することのできないほどに膨脹を続けた結果、さまざまな弊害を引き起こしている、などというふうに。でも、これは考えてみるとおかしな話だ。たしかに人間の自我は本来膨脹する性質をもっている。ここまではわかる。でも、その自我の膨脹は自ずから制限され、一定の枠の中に収まるはずである。なぜといって、その自我の膨脹は、その隣にあるもうひとつの自我の膨脹によって行く手を阻まれるからだ。われわれの活動するスペースには自ずから制限があり、制約がある。自我がどこまでも膨脹しようとしたところで、それは周囲の自我のゾーン・ディフェンスに取り囲まれる。互いに膨脹する自我は、結果的にそれぞれのスペースを共存可能な範囲に収め、特定の自我が無限に膨脹することを防ぐ。そういうメカニズムがそこには働くはずである。ここで私の頭は別のところへワープする。日常生活の中で、なんだかとても腹立たしいことがある。その理由がはっきりとわかるものもあれば、なぜそんなに腹を立てているのか、怒っている当人にもその理由が判然としないこともある。そのことについて述べる。たとえば電車に乗っているとしよう。親子三人の家族連れが向かいの席に座っている。子供が大きな声で母親に話しかけ、母親はそれに輪をかけた大声でそれに答える。たいていの場合、父親は弱々しい声で二人の機嫌をとっている。よくある光景だ。まあ、あまり心地よい光景とはいえないが、かといって、不快感をもたらす風景ともいえない。一言でいってよくある風景という以外に形容しようのない光景だ。でもそういう光景を見ている私は限りなく不快そうだと、愛する人は私に言う。「そんなに親子連れが嫌いなの?」「いや、そんなことはない。ぜんぜんない。私は自分がひねくれているせいか、仲のいい親子を見ると心がやすらぐ。その様子を見て不快に思うなんてことはぜんぜんないよ」「でも、なんだかすごく不愉快そうな顔してたわよ」「うん、さっきの親子連れだろ。たしかに不愉快だった。」「だから、私、あなたが親子連れそのものを嫌ってるのかと思ったのよ。」「いや、そんなことはない。親子連れが嫌いなわけじゃないんだ。俺が不愉快だったのは、彼ら自身というよりも彼らの周囲に張りめぐらされていたぶよぶよとした膜のようなものなんだ」「ぶよぶよとした膜?」「うん、ちょうどカエルの卵を包んでいるゼラチン質のようなもの。彼らはじぶんちのリビングをそのまんまその半透明なゼラチン質ですっぽりとくるんで、よっこらしょと自分たち三人の肩に背負ったまま電車に乗ってるんだ。そんな気、しなかった?」「そういわれてみれば、そんな気もするわ。まわりの人間がぜんぜん視野に入ってないっていうか」「そう、その通り。自分たちのリビングをやどかりみたいに背中に背負って、どこにいってもそれをテントみたいに広げ、自分たち家族はその中にすっぽりとはいっちゃうんだ。」「でも、それを見て、あんなに不愉快そうな顔することもないじゃない」「たしかにそうだね。自分でもその風景がなぜそんなに嫌いなのか、理由がよくわからないんだ。でも、なんだか生理的に受け入れがたいもの、それ自体はたいした問題ではないんだけど、それがゆくゆくは大きな問題につながってしまうような予感。そういうものを感じるんだ。」「どんな予感なの、それは」「それが自分でもよくわからないんだ。」私の頭はふたたび「自我の肥大」というテーマに戻る。自我の肥大は向こう三軒両隣の自我によって自ずから制限を受け、そんなに勝手気ままに膨脹を続けることは不可能だという、冒頭の話に。でもひとつだけ無限に自我を膨脹させる方法がある。私はそのことに気づく。どうすればいいかって。言われてみればとっても簡単な方法だ。何も難しいことはない。自我を拡大するにはスペースが必要だ。スペースとは空間であり、世界である。その空間や世界が他者と共有するスペースである以上、そこには自ずと制約がある。そのスペースをそこに住む人間の頭数で割っていくと、適正な個人の専有空間というものが自ずから算出される。でも待てよ。自我を拡大するには必ずしもスペースを拡大する必要はない。むしろ自分の世界を狭くするという方法もあるのではないか。要するに自我の肥大感を満足させるには自分の専有するスペースの物理的な面積を広げるよりも、むしろ自我の専有比率を限りなく100%に近づけるほうが近道ではないだろうか。だとしたら、世界を広げるのではなく、逆に世界を狭めてしまえばいい。小さな世界に住めば、ほんのわずかな専有面積を占めるだけで大きな専有比率を獲得することができる。さらにそこが他者が介入しない空間であれば、占有率をほぼ100%にまで高めることが可能だ。もうおわかりかもしれない。果てしのない膨脹を願う未成熟な自我がどのような空間を自ら選択するかを。いうまでもない、それは「家族」だ。「家庭」だ。ここには他者は容易なことでは介入してこない。核家族のシェルターの蓋をがっちりとしめ、鍵をかけてしまえば、そこにはもう家族の頭数以上の人間は介入する余地がない。ここで世界の輪郭は画定する。あとは専有比率の問題だけだ。父親はもとからとるに足りない存在だ。残るは母親だけだ。こいつにさえ決定的なダメージを与えてしまえば、後は限りなく100パーセントに近い専有比率を占めることができる。そのためには外部世界との連絡を絶ち、この家に籠城するのがいちばんだ。そして母親を端女(はしため)として隷属させれば、自我は世界をどこまでも専有することに成功する。かくして自我の野望は、郊外の小さな二階建ての一軒家の中で成就することになる。私が電車のなかで、核家族の、ニューファミリーの(ふるいな)、ゼラチン質で自分のリビングルームを包みこみ、それを背中に乗せてあちこちを移動しているやどかり家族を見ていて、なぜあんなに嫌悪感を感じるのかがようやくわかってきた。あれは悪魔を育てる装置なのである。本来絶対に実現不可能な、自我の拡張欲求の100%を実現させる悪魔の養成装置、悪魔の培養土を私は目の前にしていたのである。うすぼんやりとした気弱でお追従ばかり口にする父親と、ボリュームコントロールの壊れた発声装置で子どもに口やかましく指令する母親のそばで、小さな悪魔は淡々と自我のまったき膨脹を準備しているのである。そのビニールに包まれた、むっとするような温室の中で10年後、20年後に起こるおぞましい事態の予兆を、私の生理的感覚は察知していたのだ。だからこそ、あれほどの嫌悪感を感じたのである。でも、小首を傾げて不思議そうに私の顔を覗き込む最愛の人に私はなんと説明すればいいのだろう。「知恵の哀しみということばがある。人間は物事を知れば知るほど、それに応じて自らの哀しみを増殖させる生き物なのだ。」私が五木寛之だったらきっとそういうだろう。その後、「生きる力」とか「他力」とか小さな声でつぶやくかもしれない。でも問題は、私は目の前の家族連れよりも、その巧妙な悪魔の培養装置よりも、五木寛之のほうがはるかに嫌いだということだ。私は愛する人のあどけない表情を見ながら、むなしく一人煩悶するのである。自我なんてどんなに膨脹させたって、しょせんはちっぽけな箱庭にすぎない。その背後には広大な「無意識」という名の原野が広がっているのだ。「あ、その話、どっかで読んだわ。なんだったかしら。『他力』だったかな。」なんていわれたらどうしよう。そんなこと書いてないですよね、たぶん。私には確かめようもないことなのだけれど。だって、五木嫌いだし。
2006.03.13
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大学時代、下宿生活をしていてひとつ気づいたことがある。貧乏な六畳一間暮らしだったのだが、ラジカセやレコードプレイヤー、レシーバーなどオーディオ関係の機械が比較的多く、畳の上をコード類が錯綜している状態だった。たまに(ほんとにたまに)掃除をしようとすると、必ずそのコード類がもつれてからみあっているのである。それもひとひねり、ふたひねりというレベルではなく、よじれを戻してもとの二本なり三本の線に戻すのに一苦労するほど、複雑にコードがよじれあっているのである。なぜこんな状態になるんだろう。素朴にそう思った。別にそうさせるような目に見える外力の働きがあるわけではない。それらのコードは雑然とした部屋のなかにただぼんやりと横たわっているだけである。しかし、気がつくと自然にそれらはひとつの線を形成すべく互いに身を寄せ合い、交差し、からまりあって、ねじりんぼう状態を形成している。ここには何かたいせつな力の働きがあるのではないか。そう考えた。私はねじれたものを頭の中にイメージしてみる。そう、銀河星雲の螺旋形、台風、竜巻、ハリケーン、渦潮、洗濯機の渦流、注連縄、ソフトクリーム。実に数多くのねじれたものが思い浮かぶ。そして、その中でも最も示唆深いもの。それは遺伝子の二重螺旋構造である。二本の線をよじらせ、互いを二つの異なる塩基でつないでいく、あのワトソン君、クリック君、よく見つけたね、の遺伝子の構造図である。どうも地球上には、二本のラインが存在するとき、それを互いにからみつかせる力が働いているのではないだろうか。ちょうど地球上がまだまったりとした原始スープ状態だった時、単線の遺伝子の鎖が二本、塩基を媒介物としてよりあわされることで、新たな生命体を誕生させたように。ふたつのものをひとつにする。そしてその結果、生まれたひとつのものをまた二分する。さらに二分したものをよりあわせる。こういう無限の順列、組み合わせの中から、地球上の生命の多様性が生まれてきたように私には思える。なにか新たなものを生み出すためには、単線の積み重なりでは不十分であり、そこには単線を相互に結びあわせる「ねじりんぼう」パワーが必要なのではないだろうか。ここで唐突に私はロダンの「抱擁」を思い浮かべる。みなさん、ご存知ですか、かの五味川純平の「人間の条件」の冒頭シーンに出てくる、あの「抱擁」ですよ。(って、わかりませんよね。ふつう)とにかく男女が抱き合う姿を思い浮かべてください。そこにはある種の「ねじれ」現象が生じているとは思われませんか。男という一本の線と、女という一本の線が、単純に重なり合えば、両者の結合は可能であるように思えます。しかし、実際にはそれは単線の重なり合いではありません。人間の場合、両者の結合はやむにやまれぬ、互いに互いを求める気持ちが自分の心の底へねじれるように深まっていき、その二本のねじれた線は螺旋階段のようにしっかりと結びつき、互いに決して離れることのない、強固な鎖の結合を生み出すのです。そして、そういう一対の男女が抱き合う姿は、それ自身がねじれた二本の線のからまりあいをわれわれにイメージさせるのです。男女が向かい合い、互いに求め、抱き合う時、そこには「ねじれ」が生じます。その抱擁は、二本の線を互いに絡みつかせる。ちょうど電源コードが互いにねじれあった状態を形づくるように。そして、それはまた遺伝子の二重螺旋構造をもわれわれに想起させます。ことばの世界でも、この「ねじれ」は重要な役割を果たします。いうまでもなく「逆説」、「パラドックス」がそれに当たります。常識的な見解をひとひねりする。ちょうど一本の紙の帯をひとひねりして作られる「メビウスの帯」のように。その帯の上にペンで線を引いていくと、それはその帯の表と裏をいつのまにか同一の平面へと変えてしまう。あのメビウスの帯です。それと同じように常識のラインをひとひねりし、それをたどっていくと、常識と非常識とが同じ一本の線でつながれてしまう。そういう不思議な瞬間を体感することができます。これが逆説、パラドックスのもたらす効用です。この地球上で、あるものとあるものとを組み合わせて、新しいものを創造する時、そこには「ねじれ」現象が欠かせない。そういっていいのではないでしょうか。ある物体の奥深くに自らの認識を到達させようとするときにも同じことがいえます。地底深く探索を行おうとする時、人はどのような手段を講じるでしょうか。直線上のものを地表に突き立てたとしても、それが到達する距離はたかが知れています。日常生活で想定するラインをそれが凌駕することはおそらくないでしょう。でも、その直線状のものに螺旋形の切り込みを入れるとどうなるか。それは次々と地面を掘削し、ねじりこむようにどこまでも地底を掘り下げていきます。そうです、それは頑丈なドリルの形をとるのです。事物の創造だけではなく、認識の深化にもまた「ねじれ」が不可欠の手段として要請されることがここからわかります。われわれの日常生活、人間関係も、ときにもつれ、ねじれます。そして、人間は懸命にその「ねじれ」を解きほぐそうとする。このねじれさえなかったら、われわれは原始の素朴な明朗さを取り戻すことができるはずだ。そう信じます。でもはたしてそうなのでしょうか。われわれの体を構成するひとつひとつの細胞の中に組み込まれている遺伝子の配列はすでにして二重螺旋のねじれた形をしているのです。われわれはそれがねじれていることを嘆くのではなく、それがこの惑星の運動を司る基本的な法則であること、そして、だからこそその「ねじれ」がさまざまな創造の根源であり、発見の契機であり、認識の深化を促す屈強なドリルであることを、今一度認識する必要があるのではないでしょうか。宇宙はねじれた空間から生まれ、生物もまたねじれた遺伝子の鎖から生まれ、人間の認識もまたしばしばねじれを生じさせます。そして、その一方で現在のわれわれの生きている時間や空間が、基本的には「近代」と呼ばれる時代の延長線上にあることをわれわれは知っています。そしてその「近代」という時代を象徴するのはけっして「ねじれ」ではなく、異なる二点間を最短距離でつなぐ「直線」であったということも。もしもその近代という時代が今日ある種の行き詰まりを見せているとすれば、その原因はひょっとすると世界の根源に存在する「ねじれ」の軽視にあったのではないか。私はそういう気がしてならないのです。むずかしい話になってすいません。(といいながらまったく反省していない自分が……っと、これでは昨日のブログと同じ結びになってしまいますね。)末筆になりましたが、先生、がんばってくださいね。最近の先生のブログの文章の奥から、私はときおり深いため息を聞いてしまうんです。たとえそれが先生の遊びの朗らかな報告であったとしてもです。以前の先生の文章は、もっとすなおに、ほがらかに、しかし、切れ味鋭く「ねじれて」いました。私はその頃の先生の文章のねじれを思い浮かべながらこの文章をここまで書いてきたんです。これが去年の年末に書いた「内田樹400Mリレー第二走者論」の続編です。「内田樹における『ねじれ』の研究」です。そういう「ねじれ」の文章を私はずっと待っていたんです。でも、すこし待ちくたびれました。先生、こんな半端者の半端ブログにこんな生意気なことをいわせていてはいけません。ここはひとつがつんと小生意気な弱小ブログを叩きつぶすような「ねじれた」文章をお願いします。内田先生、ふぁいと!
2006.03.12
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「自分の思っていることを文章に書いてみなければ、私は自分が何を考えているかがほんとうのところ、よくわからない人間なんです。」こういうフレーズが村上春樹氏の小説およびエッセイにはよく出てくる。へー、そんな人間もいるのか。けっこうめんどくさくて大変だろうな。これが私の第一印象だった。だって、思っていることをいちいち文章に書き留めてみなければ、自分が何を考えてるか、自分自身にもわからないとしたら、これはずいぶんと手間ひまのかかる生き方ですよね。そうか、この世の中にはそういう種類の人間もいるのか。これが私の感想でした。毎日少しずつ文章を書くようになって、ほとんど四ヶ月がすぎた。その過程でほんの少しではあるけれども、文章を書くということの意味について体感として感じとれることが増えたような気がする。たとえば若い頃のことを文章に書く。そうしようと意識しなくても、自然と思い出を語っていることが多いことに気づく。それを読んだ人にこんなことを言われたことがある。「ずいぶん昔のことをよく覚えてるのね」「いや、覚えてるわけじゃないんだ。あれは文章を書いている時に作られてくるものなんだ。」「え、あれって作り話なの」「いや、そうじゃない。まったくの作り話ってわけじゃないんだ。あれに近いことはたしかにあった。でも、まずそれらの記憶があって、それを文章に書き留めているわけではなく、それらの記憶は文章を書き進めるなかで徐々にはっきりとした形をとりはじめてくるものなんだ。」「よくわからない」「たしかにね。ぼくにも実のところはよくわかっていないんだけど。ひとつだけいえることは、文章以前に頭の中に何か確かな記憶なりイメージなりが存在していて、それを書きとめるということが文章を書くという行為の本質でないってことなんだ。」「よくわからないんだけど、たとえば料理を作るのとはちがうってことかしら。コロッケ食べたいなと思う。材料を買ってくる。下ごしらえをする。油を熱し、コロッケを放り込み、きつね色になったところで引き上げる。キャベツの千切りを添えて皿に盛る。文章を書くのって、こういうプロセスとは違うって、あなたはいうわけ?」「うーん、そうだな、たぶんそれとは違うと思う。書き始める時、最初の一行や核心的なワンフレーズが浮かぶことは確かにある。でもそれは『コロッケを作ろう』という気持ちとはかなり違う。そんな全体像があらかじめはっきりと浮かぶというのではないんだ。なんとなくあんなものが食べたいな、という漠然とした気持ちからそれは始まるんだ」「油で揚げたかりっとしたものが食べたいな、とかってこと?」「うーん、それに近いかもしれない。でもとりあえずジャガイモを買ってきてお湯で茹でる。それが最初の一行なんだ。」「それから」「そこからがうまくいえないんだけど、そうだな『何かに導かれていく』といったらいいだろうか、そういう感覚があるんだ」「どういうこと?」「そうだな、文章を書くってことは実はそれほど自由な行為ではないと僕は思うんだ。そこにはある制約というか、法則性というか、こうしたら次はこうなる、そうしたら次はこうでしょう、っていうような流れがあるわけ」「うん」「それをたどっていくわけね。というかそれをたどらない限り、文章というものは書けないんだ。だからそれをたどっていく。そしてそれがある一定の長さになり、流れを形づくると、『たぶん、これはこういう形で終わるのかもしれないな』というような予感が訪れて、文章がひとつのまとまりになるんだ」「だとすると、それはあまり主体的な営みではないということにはならないの」「うん、ある意味ではそういえるかもしれない。でも自分のほんとうの主体性というのはそういう形であらわれるものかもしれないという気もするんだ」「よくわからないわ」「つまり自分が何を考えているかということは実はみんなよくわかっていないような気がする。それはどこから始まり、どこをたどって、どこへ行き着くのかがよくわかってないということなんだけど。こういう流れがわからない限り、自分がほんとうに何を考えているのかはよくわからないと思うんだ。言ってること、わかるかな」「うん、なんとなくわかるような気はする」「たとえばふつうに生きている時、意識の中で自分の考えていることというのは、あくまでもいろいろな瞬間に感じた断片的な感想だよね。その断片はたしかにはっきりと意識できるんだけど、断片をいくらたくさん積み重ねてもそれは全体にはならないんだ。それはジクソーパズルを作り始める前と同じだと僕は思うんだ。」「ピースがただばらばらに存在している状態ってわけね。」「そう、そしてとりあえず最初のピースを置いてみる。多くは角っこの部分だったりするよね。とりあえずそれにつながるピースを見つけてくる。そうしてそのブロックが完成する。そしていくつかのブロックが組み合わされて、徐々に全体像の予感のようなものが感じられてくる。そして最後の一行がぴしっと枠にはまった時、文章ができあがるんだ。そして、背伸びをして、いま作り上げたパズルを遠目に眺めた時、『ああ、これが私の頭の中にあったことなんだ』ってわかる。文章を書くっていうのはそういうことなんだよ」「それって文章を書き終わって、事後的にはじめて自分の考えが自分にも明らかになるってことなの」「うん、だいたいそういうことだね、おそらくは。」「だとしたら、以前あなたが言ってた村上春樹さんの言ってることと同じことなんじゃない。文章を書いてみなければ、自分が何を考えているのか、ほんとうのところはよくわからない、ってことばのこと、このあいだあなたいってなかった?」「そうか、だんだんわかってきた。あのことば読んだときには『ふーん、そんな人もこの世の中にはいるのか』って思ったけど、それは読みが浅かったんだ。彼はほんとうは『文章を書くとはどういうことか』ということを書いていて、ただし『安易な一般化は避けよう。慎重に言おう』と思ったんだ。」「どういうこと?」「つまり『文章を書くってことはジクソーパズルを完成させるようなことで、文章を書いてみてはじめて人は自分が何を考えているかがわかる。』と書こうとして、『いや、待てよ。こんなに簡単に一般化していいんだろうか。これはあくまでも僕一人の実感にすぎない。世の中の人はそういう過程をたどらなくても、ちゃんと自分が何を考えているかしっかり把握しているのかもしれない。だから、こう書かなくちゃいけない。『文章を書くことではじめて自分が何を考えているのかがわかる。私はそういう人間です』、って。」「自分の実感を尊重しながら、その実感を安易に一般化せずに、慎重な保留をつけた表現ってことね」「そう、そうか。なんとなくわかってきた。そうだったのか。そして、これは自分一人の実感にとどまるものではなく、おそらくは一般化することが可能な仮説かもしれないんだ。だから、春樹さんの小説は次第に『文章を書く人』が登場人物として出てきて、その仮説を検証する役割を果たしているのかもしれないね」「『スプートニクの恋人』のすみれちゃんみたいに?」「そう。あるいは『蜂蜜パイ』の淳平くんみたいに」「ふーん」「そういえば春樹さんがある雑誌のインタビュー、正確にいうと若い小説家とのメールのやりとりなんだけど、その中でこういうことをいっていたことを思いだした。『文章を書くということは、経験していない記憶を辿る作業なんだ』って。」「けっこうむずかしい言い方ね」「うん、これは小説の場合、最初の一行を書きつけた時には、その後のことはほとんど何もわかっていない。でも、ひとつひとつ辿っていくとある世界ができあがる。そういうことを言っているんだよ。」「ふつう、記憶って知ってることを辿る作業なんだけど、それを未知の経験にあてはめることが文章を書くってことになるってことかしら」「たぶんね。それは自由気ままでも勝手なことでもない。辿るというのはある法則性に従っていくということだからね。でも、何を辿るかというとそれは未知の経験なんだ。それが文章を書くってことの本質なのかもしれない。文章を書いていて、昔の思い出が生き生きとよみがえるのも、おそらくはこの『辿る』という文章の本質から導かれてくることなのかもしれない」「そして、もうひとつの文章の本質も私はわかったような気がする」「どんなこと」「それは文章を書くことは、昔の自分と今の自分だったり、私とあなただったり、あなたと春樹くんだったり、いずれにしても『対話』をすることだってこと。そうじゃないかしら」「誰かの文章を読むってことは、それを通して自分の内面とその人との対話を行うことであり、自分で文章を書くってことは、その対話の質をいっそう深化させる作業だってことになりそうだね。」なんだか少しわかってきたような気がする。だけど「文章を書く」ことを「文章に書く」ってことはなかなかややこしく、しかしなかなかに興味の尽きないことであることだけはたしかだと感じられるのである。ややこしいブログですみません。(といいながらまったく反省していない自分がこわい)
2006.03.11
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金曜の夜にはノンテーマだらだらブログがふさわしい。(ような気がする)金曜の夜の過ごし方もいろいろ考えられます。まあ、よくあるパターンは「飲みに行く」ですよね。でも、あまりにもあたりまえすぎていささか面白みに欠ける。「早く帰る」という手もある。早く帰って、生まれて初めて聞くシンフォニーを鑑賞する、なんてのもいいかもしれませんね。これは悪くないな。別にシンフォニーでなくてもいいんだけど、「いっちょ、シベリウスでも聴いてみるか」とか、「マーラーの三番に初挑戦」とか、「ショスタコービッチでもいってみよう」(ちょっとこれは金曜の夜にはどうだろう)とか、なかなか悪くない気がしますね。でも、今日の私の金曜の夜の過ごし方はそのどれでもありません。最近発見した過ごし方があるんです。それは「仕事帰りに床屋に行く」です。これもなかなか悪くないですよ。まあ、ふつう、床屋は土日に行かれる方が多いと思います。ゆっくり朝寝して、でろでろ時間つぶして、足の爪なんか切って、やることないなーってあくびして、「そうだ、床屋でもいくか」と思って、サンダル履きで近所の床屋へ。たしかにこれも悪くないです。とくに「床屋でも」の「でも」が味わい深いですよね。でも金曜の夜に床屋へ行くという手もあるんです。まず利点は客が誰もいないこと。さらにこちらは仕事が終わってほっとしている、床屋さんは明日からの繁忙期にそなえてくつろいでる。ちょうど水商売の人がお店を閉めて帰宅する途中に、出勤するサラリーマンとスクランブル交差点ですれ違うような、なんだか不思議な交錯感が味わえるんですね。客の方も週末はプチプチ年末のようなものだから、疲れと汚れを落としてさっぱりするし、床屋さんもひまだからやたらていねいで、使えなかった話のネタも大量にあるしで、けっこうまったりした時間が過ごせるんです。一度試してみる価値はあると思いますよ。閑話休題。今朝、新聞を開いて、いきなり「村上春樹」という活字が飛びこんできて驚きました。社会面の紹介なんだけど「村上春樹氏の原稿流出」って書いてあったらびっくりしますよね。おやおやと思って記事を読んでみたら、フィッツジェラルドの「氷の宮殿」(名作!)の自筆原稿の写真が掲載されていて、さらにびっくり。でも記事を読んで少ししんみりしてしまいました。要するに中央公論社の元編集者が春樹氏の手書き原稿を勝手に古書店に売り飛ばしたという話で、朝日には実名は載っていないけど、これはどうみてもあの安原顕としか思えないわけですよね。春樹さんは「文藝春秋」にこの件に関して文章を書いているみたいだから、それを読んでから、またこのブログでも報告しますけど、おそらくはやむにやまれぬ事情があってのことだとは思うのだけど、やはり一抹の寂しさを感じます。伝説の編集者が晩節を汚したといえばそれで終わりの話かもしれないけれども、いたたまれない話ですね。まあ、事情がまったくわからないので憶測はやめます。「文藝春秋」読んでからコメントしたほうが賢明でしょう。でも、私の頭の中にはやはり「熊を放つ」の巻末の春樹氏のあとがきの最終部が頭に浮かぶのです。そこにはこう書いてあります。「最後になったが、『放たれた熊』とも表すべきパワフルな編集者・安原顕氏の助力なしには本書はなかったかもしれない。 1981/4/21 村 上 春 樹 」人生ってせつないものですね。さて、春樹氏の話をしたところで最近読了した春樹本のことを少し。その本とはなんと「夢で会いましょう」(糸井重里との共著)。私が持っているのはブックオフで買った陽に焼けて変色した105円本。奥付には昭和61年6月15日第一刷発行とありますから、およそ20年前の本です。20年前っていうと、今の会社に勤めはじめた頃のことか、そうすると俺もあの頃に比べるとこんなに茶色に変色して、ページなんかぽろぽろはずれたりしてるんだよな。ふーん、とつぶやいてみる。やっぱり人生ってせつないものですね。(おお、今日のテーマが見えてきたような)。しみじみと古本の表紙を撫でながらそんなことを思ったりしました。まあ、さすがに春樹本も残りわずかになってきて「やっと俺の出番かよ」とこの本もつぶやいているようなタイミングで、ご登場となったわけですが、通勤の電車の中で5日で読み終わりました。私は個人的にイトイがあまり好きではないので(はっきりいうとキライです。でもある種のしごとは評価してますよ。とくに彼のラジオ番組は比較的聞いていると思います)、おもいっきり後回しになったわけですが、読了の感想としては、すなおに面白かったです。私と同じように「イトイはちょっとな」と思われてて、まだこの本を読まれてない方、時間のある時に面白いとこだけ立ち読みすればそれで十分なんだけどな、というかなり態度の悪い春樹ファンの方、私がそっと「こことここだけ立ち読みしておけば、まずはこの本の6割方の楽しみは味わえますよ、ねえ、だんな。」というおいしいところをそっと耳打ちしてさしあげましょう。もちろん春樹氏執筆のものが大半ですが、公平を期して「イトイはキライなんだけど、でもこれはおもしろかった」というイトイものも挙げておきます。まずは春樹編から。「インタヴュー」(氏の後年のインタヴュー嫌いを予言する作品)「シゲサト・イトイ」(春樹氏の批評眼の鋭さが表れてます)「ステレオタイプ」(大傑作です。これだけはぜひ読んでみてください。氏の批評精神はやはり痛烈です。)「ストレート」(海亀とトランプする話です。たった19行の話ですが、最高に面白いですよ。)「マット」(これは怪作です。春樹くんが書いたに違いないのだけど、こんな文体ではたして彼が文章を書くのかと思わされました。彼の「馬糞=批評家」観が濃厚に出ている作品です。文芸批評家への嫌悪を笑いに昇華させた作品。彼の文体模写ははじめてみました)ああ、あと「コーヒー」もいいですね。イトイ編。「オールナイト」(ミスター・オールナイト。ひもの常吉くんのはなしです。)「カーペット」(カーペットに隠された畳の形而上学的意味とは。)「クイズ・ショー」(意外と正攻法ながらよくできてます。)「ショート・ストップ」(脱力感がすてきです)「スペシャル・イシュー」(私はこれは一瞬村上氏の作品かと思いました。「雪だるま族の最後」という雑誌の話です。)「セーター」(これも村上氏かなと思った作品。いい出来です。)「マスカレード」(「仮面」なんていうからインテリさんがかっこつけに使うんだ。「おめん」にしちまえという話。三島の処女作も「おめんの告白」になっちゃうわけですね。個人的にはこれがいちばん好きかもしれない。)なにしろイトイがキライだと公言している私が面白いといっているのだから、これらはまず読んで損はないシロモノです。でも挙げてみるとイトイのほうが多いじゃないか。なんだか不思議ですね。ということで、「今度はちゃんとやります」ブログはこれで終了。それにしても内田先生のブログ一週間心停止状態なんだけど大丈夫かな。こんなことこれまでなかったような気がするんだけど。気になりますね。更新を熱望しております。先生、がんばれー。では。また。
2006.03.10
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以前にも書いたことだが、最近の若者を自分たちとはまったく異なる新人類ととらえることに私は懐疑的である。理由は以下の通り。1 人間はそもそも後続世代に対してそういう見方をしがちである(私がわざわざそれに加担する必要はない)2 若い世代は基本的にわれわれの似姿であり、鏡である。3 日常的に若者に接する機会の多い人間は「最近の若いやつは」という言い方を自制すべきだと思う。(これは根拠ではなくて、信念ですね。なぜそう思うかというと、若者と接する機会の少ない人はその発言をうのみにしちゃう可能性が高いからです。)ただし、だからといって世代間の意識の相違や変化を認めないというわけではない。そんなことはぜんぜんない。こちらの予期しない反応や態度を目にして驚くことはしばしばである。でもそれを若者の傾向ととらえるよりも、同時代に生きる人間の特徴ととらえたほうがフェアな態度ではないかというのが私の基本的な考え方である。ということで前置きは終わり。でもね、と話は続きます。やっぱりびっくりしちゃうことはあるんです。こちらの予想を超えた言動に出会って「びっくり」ということは少なからずあります。今日はそういうお話です。彼らがいわゆる「単語しゃべり」をすること、あるいは「名詞(体言)しゃべり」といってもいいかもしれないが、とにかくぼつぼつと単語(その多くは名詞)を並べてしゃべる傾向が強いということはいえます。でもこれはいまさら驚くことではない。ぬぼーとした18、9のくすんだ服装をしたおにいちゃんが、ドアを開けて入ってきて、「何か用かな」という問いかけに対し、「しょーろんぶーん」。やや間をおいて「ぷりんとー」と答える。これなどは即座に解読できないと仕事がたちいかない。彼が何をいいたいか、おわかりになりますか。そうです。もちろん「私は昨日小論文の授業を欠席したのですが、その時に配ったプリントをいただきたい。まだ残部のプリントは保存してあるでしょうか」と言っているわけです、彼は。これは若者語の解読としては初心者クラスの問題ですね。もちろんこのように解読して、事務的に対応するのは通りすがりとか、初めて会う生徒に限られます。もしも自分の教えている生徒だったら、対応はまったく異なります。「しょーろんぶーん」「ああ、小論文ね、知ってるよ。かれこれ20年近く教えてるからね。むずかしいよねー、小論文。でもあれが意外に奥が深くて、小論文とはなにかという問いに対する究極的な答えをみつけるにはまだいたって……」「ぷりんとー」「そう、そう、小論文教育におけるプリントの重要性、これがまた奥が深くてね。それに関しては大きく分けて三通りの立場があって、そのひとつは……(以下、延々とつづく)」となるわけですね。これを教育的指導、あるいは教育的シカトといいます。徹底的にわからないふりをするわけです。たまにやると面白いですよ。(というか一度やると、二度と彼らは単語しゃべりをしなくなります)しかし、彼にも彼の事情というものがある。それも事実です。たしかに彼らは「ぼけー」としてぼつぼつと単語を並べるだけの話し方をします。しかし、その背後にはちゃんとそうするだけの理由があるのです。彼らは「ぼけー」としているわけではなくて、正確にいうと「ぼけ」なのです。なに、意味がわからない?ほら、「ぼけ」と「つっこみ」っていうでしょ、漫才の。あの「ぼけ」です。つっこみは当然、彼の母親です。彼らの日常会話は以下のようなものです。「しょーろんぶーん」「の授業は昨日だったわよね。でもあんた昨日風邪引いて授業やすんじゃったでしょ。だいじょうぶ。欠席して。でもむこうだってサービス業なんだし、欠席者にはそれなりのアフターサービスってのがあるんじゃない。お金ももったいないし、とりあえずは行って来て聞いてみれば」「ぷりんとー」「そうそう、プリント、プリント。講評とか参考資料とかあるはずよね。きっと昨日の分、保存しておいてあるはずだから、それとってくるといいわよ。ついでに自分の答案ももらってこなきゃ。もしプリントないとかいわれたら、お母さんが後で電話で抗議してあげるからね。はやくいっといで。」ほら、ぼけ役は二単語ですんじゃうでしょう。日常的にこういう「ぼけ、つっこみ」的会話をしてるもんだから、彼らはこういう話し方をするわけです。だから、若いやつがけしからんっていっててもしょうがないですよね。だからこの程度の単語しゃべりでは私はおどろきません。しかし、先日、その私をおどろかせることがあったんです。例によって例のごとく、ぬぼーとした18、9の男登場。なんというかまんぼうが立ち泳ぎしながらチェックのシャツとグレーのジャンパーとジーパンを着て、リュックを背負ったという、そういう出で立ちの男性です。彼は私のほうへやってきて「あのー」といいます。「どうかしましたか。」という私の問いかけに彼はこう答えました。「自習室が」「自習室がどうかしたのかな」「あいてないんですー」「自習室があいてないんです」別におどろくような発言ではない。主述があるし、ごていねいにも助詞まで使っている。でも私は首をひねりました。なぜかって?自習室はあいてるはずなんです。予定では。「おかしいな、自習室あいてるはずなんだけど」「でも自習室、あいてないんです」「ちょっと待って。自習室の予定表もってくるからね」「ああ、はい」「あれ、やっぱりあいていることになってるな」「でもあいてないんです」「そういえば朝私の知ってる人が鍵の当番で、たしか自習室あけてたはずだよ。あいてるはずだよ、きっと。」「でも、あいてないんですー」「そう、じゃ、いっしょに行ってみよう」われわれは二人で自習室に出かけました。すると自習室にはこうこうとあかりがともっています。「あいているじゃない」「あいてないんですー」「おかしいなー。」がちゃ。「やっぱ、あいてるじゃない。自習室。中に人もいっぱいいるよ。みんな勉強してるし」「あいてないんですー」だいじょうぶかな、この子。あたまおかしいのかな。そう思いますよね。ふつう。でも彼の顔をじっと見ていて、私はようやく彼のいわんとすることに思い至ったのです。「わかった。君は自習室にいったけど、自分の席があいてなかったっていってるんだ」「はいー」私はおどろいた。「自習室があいていない」これはどうみても客観描写である。自習室という客体が閉鎖されている。そういう意味にしか私にはとれない。しかし、彼の言説の意味するところはそれとはまったく違うことなのである。「自習室において自分の専有すべき空間があいてない」彼はそういっていたわけです。これはむずかしい。上級者用の問題だ。「自習室=自習室において自分のために空けられておくべき空間」という含意が私には読みとれなかった。まだ会ったことがないので確言はできないのだけれど、もしも神さまという存在がいて、彼と話したとしたら、彼はおそらくこういう話し方をするのではないかとその時思った。自習室は私の創造したものであり、そこには当然私の位置するスペースがあるべきである。もしもそれが存在しないとすれば、これほど理不尽なことはない。当然下々の者にクレームをつけねばならない。どういうクレームか。「じしゅーしつがあいてないー」そっか、彼は「若者は神だ」という深遠なるメッセージを私に伝えていたんだ。むずかしいなー、超難問だなー。って、そんなもんわかるかっ。っていうか、わかってたまるか。うん、まてよ。冒頭の自分の発言となんだか矛盾してるような気がしてきたな。でも、ま、いいか。たぶん、気のせいだ、きっと。なんたって、春先だしな。
2006.03.08
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日曜に公園に出かける。もちろん愛する人との待ち合わせのためである(えっへん)。でも、そこにはなじみの猫さんもいるわけである。陽射しもいつのまにか春のそれになっている。冷気をゆるませるあたたかさから、ぬくもりをさらに高めるあたたかさへ。だが、猫はいない。一匹もいない。しょうがないから、ベンチに座って新聞の書評欄を見る。新聞の書評欄って、使い道がないからとりあえず設置された駐車場みたいなもんだなと思う。何か使い道が見つかったら、即座にさら地にされてしまいそうな、「とりあえずそれまでは使ってていいから」という場所に似ている。基本的にはあってもなくてもいいんだけど、あったらちょっと車をとめてしまう、そういう場所ですよね。書評欄って。でもぜんぜん面白い文章がない。あああ、と思っていると、目の前を悠然とまるっとした虎縞の猫登場。おー、「まるた」じゃないか。自らの内なる食欲と性欲の忠実なるしもべ、異邦人の「くろ」とねんごろな仲となり、「ロビン」と「ミュー」の二児の父親になった、あのまるたじゃないか。(センスのない脚本家みたいな説明的せりふをいわせるなよな)まるたは悠然と私の前を横切り、こちらを一瞥。いつもは愛想がないのに、ちょっと首を傾げて「やー」という。私の足元をぐるぐると回り、もう一声「やー」。わかったよ、ちゃんとポッケにベビーチーズ持ってきたから、それをあげるよ、と公園の左奥に移動。まるたも後から「わかりゃいいんだよー、わかりゃー」という表情でついてくる。するとその向こうにまるたの50%縮小コピー版の猫が一匹登場。「おー、ロビンじゃないか。」二人は文様がまったく同じである。二匹に体重に応じてチーズを配分。二匹ともぱくぱくと食べる。でもあんなに食欲旺盛なまるたも自分のこどもの餌には手を出さない、見向きもしない。こういうところが好きなんだよな。「いや、あっしはもうじゅうぶんですから、あっちに」という顔をしてこちらを見ている。ずいぶん大人になったじゃないか。まるた。ロビンはまだ生後六ヶ月も経っていない。食べ盛りである。ちいさくちぎったベビーチーズをむしゃむしゃと食べている。でも、ふと顔を上げると、私の顔をじっと見つめ、大きく一歩飛び跳ねる。そして、公園の右奥の草むらへ全速力でダッシュする。「なにしてるんだろう」と私はいぶかる。まだチーズは私の手の中にあるのに。そのうちに最愛の人が登場。二人でチーズをあげる。でも、ロビンはさっきと同じ動作を何度も繰り返す。おちつきのないやつだな。餌あげてるんだから、ここでじっと食べてればいいじゃないかと思うのだが、少し食べると一歩飛び跳ねて、また公園の右奥の草むらへ。いったいなんなんだよ。そう思って私もそちらに行く。その草むらの向こうには金属製のフェンスがあり、その向こうに少し薄い毛色の、同じくらいの大きさの子猫がいる。「ミューじゃないか。」私はフェンスの前にちょこんと座ってこっちを見ているロビンをみつめる。「おまえ、ひょっとしてミューにもチーズをあげてくれっていってるのか」とたずねる。ロビンは黙って私を見ている。私は試しにロビンとミューのちょうど中間地点にチーズを置く。ロビンは見向きもしない。ミューがさっとチーズを右手で押さえ、フェンス越しに自分の足元にたぐり寄せ、ぱくっと食べる。ロビン、おまえ、さっきからミューにもチーズをあげてくれっていってたのか。私はロビンの少し赤みがかった目をじっと見る。そして「利他の精神」について考える。生後六ヶ月にも満たないロビンが利他の精神を発揮している。これっていったいなんなんだろう。私は考える。人間は野生状態におかれるとエゴイズムのかたまりと化すのではないかと考える。でも、それはちがうのではないだろうか。文明以前の野生状態において動物はとことん「利己」的である。その後、文明化を経て、それを超克した「利他」の精神が生まれる。人間はそう考えがちだが、実際にはその順序は逆なのではなかろうか。まず「利他」の精神がある。野良猫の食事風景というものをあなたはごらんになったことがありますか。私はこの公園の4~5匹の猫のことしかしりません。だから安易な一般化は避けたいんだけど、少なくともこの公園では、彼ら彼女らはこういう食事をします。それは基本的にとても静かです。鳴き声もせず、争いもありません。新聞紙の上にあけられたキャットフードに顔を寄せ合って彼らはいそいそと食事をします。「きょうはこのくらいでいいか」と思った猫はそっとその場を離れ、毛繕いを始めます。おそらくその餌の量は彼らの食欲を十分満たすには足りないはずです。でも餌の奪い合いは絶対におこりません。誰かが邪魔になって餌に口が届かないと、「ま、しかたないか」という表情で彼らはあっさりと引き下がります。そして静かに食事は終わり、彼らは前足をぺろぺろと舐め、毛繕いをし、のんびりと消化活動にいそしむのです。彼らはけっして「野良猫のように」がつがつと餌を奪い合ったりはしないのです。それはまるで没落貴族の食事風景のように静謐でおだやかなのです。われわれはひょっとすると、まず「利他の精神」を与えられているのではないでしょうか。考えてみると、利己的な行動は、けっしてその個体に利益をもたらしません。生まれたばかりの生き物は必ず他の個体の保護を必要とします。でも利己的な行動をする個体を保護しようとする生き物はいません。そこでは利他的行動をすることが自分の生存を保証する上でもっとも合理的な行動なのです。利他には見返りが想定されますが、利己にはそれは考えられないからです。だから私たちはまず利他的精神をもって生まれてくる。そう考えられるように思います。しかし、自我の肥大が利己的精神を生む。後者は前者を駆逐する。その状態がわれわれが通常イメージする「自然状態」なのではないでしょうか。衣食足りて礼節を知るということばがあります。「人間はまず腹一杯食ってさー、それからだよ、礼儀とか節度とかをわきまえるのはよー」という風に解釈されることの多いことばですが、実はそうではないのではないでしょうか。「足る」という状態はあくまでも主観的なものです。胃が張り裂けるほど食物を詰め込んでも「まだ足りない」という状態は考えられるし、お椀に軽く一杯ご飯を食べて「もうじゅうぶん」ということもあるでしょう。「足る」とはあくまでも主観的な判断なのです。だからどこまでも欲望をつのらせる人間には「足りている」という状態は訪れず、彼はついに礼節をわきまえないまま一生を終えるのではないでしょうか。衣食が足りるというのは物理的な状態を指すことばではなく、精神的、内面的な「自足」の状態を指すのです。そしてその「自足」を知ることのできる精神は、おのずから礼節を知ることができる。かの慣用句はそのことを語っているのではないでしょうか。だから考えようによっては際限なく欲望を募らせることを通して資本の永久運動を実現した資本主義社会では礼節を知ることはきわめて困難なことであるということになります。たとえその人間がどんなに豪勢な食事をし、贅の限りを尽くしたとしても、そうすればするほど礼節はその人間から遠ざかっていくのです。私はもう一度ロビンの顔をじっと見つめる。森の英雄の名前にふさわしい振る舞いをするそのロビンの顔をまじまじと見る。そしてさっきよりちょっと大きめにちぎったチーズのかけらを彼の前に差し出す。「今日、お前が教えてくれたことに対する授業料としてはあまりにも些少な報酬だけどな」と心の中でつぶやきながら。
2006.03.07
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ふー、疲れた。月曜からおもいきり仕事すると疲れますね。頭がくたびれました。ブルー・マンデー。そういえば山下達郎の名曲に「マンデーブルー」があります。初期の作品ですが、インストがとてもかっこいい渋い曲ですね。歌詞もすばらしい。吉田美奈子だったと思います。都会の乾いた短篇小説的歌詞です。あと開高健の「青い月曜日」という作品も傑作ですよ。でも最近本屋で見ませんね。そういえばこのあいだ新宿のジュンク堂に行った時、あきらかに頭のあたたかいおじさんがさかんに店員に話しかけてたんですね。いってることがはちゃめちゃだったんだけど、そのうち文春文庫の棚の前に立って「おねーさーん、かいこうたけしのあおいげつよーびはないのー」と質問して、在庫がないんで絶版だと思いますと答えると、「えー、ぜっぱん、あんないいほん絶版にしてどーするんだー、責任者でてこーい。」と大声でどなってました。生真面目そうな女店員は「んな、本あるわけない」という顔してたけど、あるんだよ、その本。おもわず今のおじさんの発言に一票っていいたくなったけど、がまんしました。不条理な世界の中にもわずかに明晰な論理があり、疲れ果てた世界にも一抹の精神の救済があるように、こわれかけたおじさんの発言にもひとかけらの真実があるのだ。そういうことですね。あのおじさんの次の真実の発言までにはまだかなりの時日を要するだろうとは思いますが。ということで、今日はノンテーマで、だらだら書きます。たまにはいいですよね、こういうのも。よくないといわれても、書いちゃうんですけどね。このまま。村上春樹「シドニー」読了。村上ファンの方々の中でもこの本はちょっとといって二の足を踏む方がいらっしゃるようですね。私はファンではないのですが(体質的に誰かのファンになれないんですよ。アトピーとか花粉症みたいなもんです)、その気持ちはわかるような気がします。私も彼の小説はもう「カフカ」以降しか残ってないし、エッセイはほとんど読んでいるから、あと大物は「シドニー」と「アンダーグラウンド」くらいですかね。「アンダーグラウンド」はさすがに朝夕の電車の中で読むのはどうかとも思いますし(質的側面、量的側面の双方から)、ま、二者択一で「シドニー」に軍配が上がったというわけです。でもなかなか面白かったですよ。ほとんど実際の生活と並行して文章が書かれているので、彼が朝何時に起きて、何分くらい走るのかがわかるし(それがわかってどうなるんだって?どうにもなりませんけどね、たしかに)、自分の仕事に人一倍厳しい彼が通常の仕事ならボツにしたかなという文章もこの本には載っているので、他の作品では味わえない「珍味」的作品ということはいえると思います。水族館、博物館のところは大変面白い、動物園もいいですね。ぜんぜんオリンピックと関係ないところがけっこう面白いです。鮫に食われちゃったサーファーの話とか。競技の話では女子オリンピック、キャシー・フリーマン、ハンドボール決勝のあたりが秀逸です。とくにハンドボールのキーパーの服装の描写のところは満員電車で笑いをこらえるのに苦労しました。「うだつのあがらない中年の体育教師みたいな服装」とか「まるで大晦日にお父さんが納屋の片づけをするときのような出で立ち」とか書いてあるんだもん。必死で笑いこらえてたら腹が痛くなりました。朝夕の通勤のお供にはおすすめできますね。これを読んで通勤すると、人生の重みが30gくらい軽減すると思います。これはそういう本です。だからどうだってことはべつにないですけどね。いや、実は今日何を書こうかとさっき考えていて、「ベタなタイトル特集」ってどうだろうって思ったんだけど、あんまり疲れててネタが思い浮かばなくて断念したんです。こんどもうすこししゃっきりしたときにやりますね。ベタなタイトル、略してベタイトルとはなにか。たとえばテレビの番組名、NHK(ベタイトルの宝庫!)の「ヤング・ミュージック・ショー」とかですね。NHKのラジオ第一では「輝け!熟年」なんてのもあります。NHKのテレビニュースの番組名って知ってますか。「NHKニュース7」「ニュース9」「NHKニュース10」ですよ。これって企画会議とか通ってるのかなー、それにしてもすごいですね、このタイトル。朝は「おはよう日本」ですからね、「おはよう日本」。だったら「こんにちは日本」、「こんばんは日本」でもよさそうなもんですけどね。「こんばんは日本」はまずいか。没落する帝国みたいだしね。こういうのを並べていこうと思ったんだけど、このくらいで息切れしてしまいましたので、また後日。「ニャンという」とか「ワンだふる」とか「モー、かなわん」とか新聞のベタな見出しを入れる手もありますね。いま思いついたのは通貨にも一つあります、ベタな通貨名が。「人民元」ってよく考えるとすごい名前ですよね。なんたって「人民元」ですよ、「人民元」。これはぜひ省略して「元」とかいわないで、フルネームでいいたいですよね。スピード違反して白バイ警官が「罰金、3千人民元ぢゃ」とかいうと、めちゃめちゃリアリティありますもんね。これって中国のお役人の誰かがある日ふと思いついて、全人代で万雷の拍手とともに採用が決定したんでしょうね、きっと。その情景が目に浮かぶようです。熱烈的歓迎というやつですね。彼は報奨金としていったい何人民元もらったんだろう。ということで今日は脱力ブログ編でした。所ジョージのラジオ番組じゃないけど、「次回からしっかりやります。」どうぞお見限りなく。
2006.03.06
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1 「ガセネタ」ということばの由来いうまでもなくこれは一連の馬鹿馬鹿しい騒動の当初、小泉首相の発したことばである。しかし、このことばの選び方はどうみても日頃の彼のワーディングとは異質なものである。彼の内側から自然に発せられたことばとは思えない。彼はああ見えて意外にことばづかいには慎重である。とくにそれが相手を傷つける可能性のある場合にはかなりの注意が払われているように感じる。でも、それは彼が知性的な人物だということを意味するものではない(実際、彼は知性的な人間ではない)。この注意深さはある意味では「博徒」のそれに似ている。相手をとことんまで追いつめると、逃げ場を失った相手は最後は死にもの狂いで抵抗してくる。それを直前で察知し、巧みに逃げ場を用意する。そういう勝負師の勘にもとづく配慮である。身ぐるみはがす直前に「またのご来場をお待ちしております」と客人をきれいに帰す作法を彼は心得ているということである。だから彼は「ガセネタ」というような激しいことばを自分からは使わない。では、なぜそんなことばを使ったのか。おそらくこれは誰かが使ったことばの受け売りだろう。それもそのことばを聞いたのは、答弁を行う直前のことだったと思われる。十分な消化吸収活動を行う時間的余裕のないままに、入ってきたことばがそのまま口からでてしまった。そのような経緯をたどったのではないだろうか。では、このことばは誰の口から出たのか。武部?まさか。疑惑の当事者にその真偽を尋ねてそれを信用するほど彼は愚かではない。そのメールの真偽を客観的に判断できる人間に尋ねたに決まっている。おそらくは検察のトップレベルの人物であろう。「国会で、こんなもんが出てきてるんだけど、これってそっちはつかんでるの。もしホンモノだとしたら、政権がふっとびかねないシロモノだよ、これは。至急調べてみてほしい。」「首相、恐れながらそれはまったくの『ガセ』ですよ。こちらの証拠品のリストにはそんなもの入ってません」「え、なんだって、なんていったんだ。」「ガ・セ・ネ・タですよ、ガセネタ。どっかのごろつきジャーナリストのこしらえもんですよ。気にされる必要はないですよ。」「そうか、わかった、ありがとう」がちゃん。というような会話が行われたと想定される。この電話の相手はいったい誰だったんだろう。これが素朴な疑問その1である。これは法務大臣が翌日の審議で「捜査当局はそのような情報を一切把握していない」という異例の答弁を行ったことにもつながっていく。本来「現在捜査中の事件であり、捜査に関する情報については一切明らかにすることはできない」というべきところである。その件に関して捜査当局が把握していないという情報は、ある意味では「その件を把握している」という情報よりも重要性が高い。容疑者はその件に関しては、それ以降絶対に供述を行わなくなるからである。現場の検事がそんな情報を積極的に伝えるはずがない。誰が首相の問い合わせに答え、誰が翌日の答弁の下準備をしたのか。なぜそれをマスコミは取材しないのか。不思議でならない。2 前原党首の責任 党首討論の話。「このメールが真実であるかどうかは、銀行口座の金の流れを調査すればすぐにわかるはずではないか。」前原党首はこういったはずである。これは明らかな誤りである。こんな初歩的な論理の誤りをおかす人物に政党の代表を務める資格はない。なぜそういう意見が出てこないのだろうか。かりに銀行口座を調べて5千万円の資金の動きが明らかになったとしても、それでメールの真実性は担保されない。当たり前ですよね、こんなこと。メールの真偽はメールそのものの精査によってしか明らかにすることはできない。もしも前原党首の論理が通用するとすれば、捜査当局の証拠捏造はいくらでも許されることになる。捏造された証拠に基づき捜査が行われ、「幸運にも」犯罪事実が明らかになったとすれば、その瞬間、捏造された証拠は「真実のもの」となるからである。松下政経塾のディベート教育のレベルやおそるべしである。3 ライブドア事件の新聞報道は信用できるのかどうもこの事件に関する新聞報道(といっても最近ろくに読んでいないんだけど)には信頼が置けない。彼らはもともとグレーゾーンを自らのビジネスエリアと認識していたはずである。これは常に「万が一」のことを考えて手を打っていたということだろう。特に違法、脱法行為に関しては、慎重に検討していたはずである。少なくともいざというときに合法と言い張るだけの準備を怠っていたとは考えにくい。第一、検察の捜査が「風説の流布」などという容疑から始まっているのもおかしい。これはほとんど見込み捜査だといっているのと同じではなかろうか。なぜ初めから粉飾決算で行かなかったのか。さらに新聞がおどろおどろしく伝えるほどには、どうもこの事案はそれほど大きな犯罪を構成するようには思えない。果たして公判を維持できる十分な証拠はあるのか。ひょっとすると裁判で無罪判決が出る可能性はないのか。その点についてもマスコミは何も検証しようとしない。これが第3の疑問である。4 なぜ誰も検察の姿勢を問わないのか今回の報道の論調は、すべて成金IT社長が一夜にしてその座を滑り落ち、留置所につながれたというストーリーに乗っかったものである。いったい「誰が」それを行ったかという視点がそこには欠けている。どうもこの立件の陰には「あの、やろう、ふざけやがって」というような検察担当者の私怨が感じられてならない。よく言えば正義感ということになるだろうが、検察というのは社会的な正義感を育成する組織ではないはずだ。彼らは物的証拠にもとづいて淡々と違法行為を摘発してくれればそれでいいのである。鈴木宗男、佐藤優の事件の時にもそうだったが、最近の検察には「世の風潮を正そう」というような妙に力みかえった正義感が感じられる。検察は「日本倫理確立委員会」ではない。世の風潮に乗って強引に立件したり、金まみれの風潮を正すために起訴したりするのは、検察本来の仕事ではないはずだ。しかし、誰もそのような検察の姿勢は問わない。まるで堀江に天罰が下ったような報道ぶりである。これはおかしくはないだろうか。報道は検察の姿勢を検証する必要はないのだろうか。5 鳥インフルエンザの原因説話は変わるが、鳥インフルエンザが世界中に拡大する兆しを見せている。そこでさまざまな原因が考えられているが、その一つに「渡り鳥原因説」がある。これっておかしいと思いませんか。一見するともっともな気がするが、おそらくこの説を唱える人の頭の中にはこういうイメージがあると思う。バンコク支社に勤務する日本人商社マンA氏は日本に呼び戻される。3年間のタイ勤務を終えて日本の本社に戻る。栄転である。異国の地で苦労したかいがあったというものだ。彼は意気揚々と帰り支度を始める。しかし、帰国の数日前から体調がすぐれない。熱っぽく、体がだるく、節々が痛む。でも、まあ、飛行機の中で寝ていれば治るだろうと思って、機中では毛布をかぶって休んでいた。だが、その症状はだんだん重くなる。帰って自宅で寝込み、そのうち、その病気が家族に感染、そこから感染が徐々に拡大し、というようなストーリーである。同じことが日常的に海峡を越え、国境を越える渡り鳥にもあてはまるはずだ。だとしたら、渡り鳥があぶない。こういう考えのように思えるのだが、ちがっているだろうか。え、それのどこがおかしいのとあなたはいわれるだろうか。たしかにおかしくはない。でもそれは渡り鳥が飛行機に乗って国境を越えるとしたら、ということですけどね。でも彼らは飛行機のチケットをもっていないし、機中で毛布にくるまって寝るわけにもいかない。致死率のきわめて高い病気に罹患して、どうやって自力で海峡を越え、国境を越えることができるのだろうか。わたしにはそれがわからない。鳥インフルエンザにかかった病気の鳥が国境を渡って飛んでこれるという根拠はどこにあるのだろうか。それよりはよほど、飛行機で空輸されるペット用や食肉用の鳥による感染のほうが確率は高くないですか。まさか科学者ともあろう人が、渡り鳥が飛行機に乗って飛んでくると思っているはずはないが、すくなくともインフルエンザに罹患した鳥が海峡を越えて日本に飛んでくる確率は限りなくゼロに近いと思うのだけれど、この推論はまちがっていますか。なんだかわからないことだらけの世の中である。テレビや新聞から距離を置けば置くほど、このような疑問が増殖してくる。ひょっとしたら私の頭がおかしくなっているんだろうか。でも、こういう疑問をもつのは全然不思議ではないと思うのだけれど、私はまちがっていますかね。それが最後の私の素朴な疑問である。
2006.03.05
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数日前の新聞に米・中・韓・日の青少年意識調査の結果が載っていた。マスコミ各社は、日本の青少年がテレビ、携帯電話、ゲームなどに寄せる関心が高いのに比べ、学業に対する関心が低く、総じて向学心に欠けているという趣旨の報道を行っていた。たまたま記事の最後にリンクが張ってあったので、調査結果そのものを少しのぞいてみた。まあ、四ヶ国の選び方にもやや偏差が感じられるし、質問項目もあまり検討を重ねた結果とは思えないものも多く、これという収穫はなかったものの、やはり日本の青少年の精神的動向の一端はそこに表れているように思った。細かな数字は挙げないが、学業に対する関心は低い。しかし一方で学業に対する不満は高い。これは一見矛盾しているように見える。しかし、他の項目を眺めても、これに類する結果が実に多いのである。おもいきり単純化してその傾向を一言にまとめてしまうと、「不充足感はきわめて高いが、具体的な不満はない」ということになるだろうか。多くの項目から、日本の若者が日常生活において、ぶすぶすとくすぶる濃厚な不充足感を日常的に感じていることはよくわかる。しかし「いったい何が不満なんだ」と正面から問われると、もごもごと口ごもってしまう。そういう特徴があるように私には読みとれた。「えー、今の生活に満足してますかだと。じょうだんじゃねーよ、まんぞくできるわけないだろう、こんな生活によー。えー、じゃあ、具体的に何が不満なんですかってか。それがわかれば苦労はしねえんだよー」若者のメンタリティーはこういうふうに要約できるだろうか。不満を感じてはいるが、具体的な不満はない。そういう存在が身の回りにいないかどうか、私はしばらく頭をめぐらせてみる。心の底から満足している様子はない、しかし一応最低限の生活はできている、でも覇気はない、活力も乏しい、これという目標もない、惰性で生きている、自分で突破口を見出せない、総じて野性的なエネルギーに欠ける。ひとつだけ思い浮かんだ。それは「ペット」である。毎日毎日三度三度の食事は一応まかなわれている。飢える心配はない。だが生きる上でのたしかな目標はない。飼い主の精神面の支えになることはあるけれども、それもあくまでも補助的な役割にすぎない。主食ではなく、サプリメント扱いだ。誰かの目的ではなく、手段だ。守られ、保護され、養われてはいるが、主体的な行動は期待されていない。飼い主の想定内での生活。安逸と退屈の同居。リスクはないが、スリルもない。それがペットの生活である。そもそもペットという存在が、自らの自由を差し出す代わりに生活の保障を受けている以上、そういう生活を余儀なくされるのはやむをえない。いやなら出ていけばいい。飼い主はそういうだろう。でもペットにはそれができない。彼らは生まれながらのペットである。外に出ていった後の生活をイメージすることが彼らにはできない。彼らは行動の自由を奪われているだけではない。それをイメージする自由すら奪われているのだ。イメージできないことを行動に移すことはできない。だから彼らは家の中にいるしかない。不満をぶつけるならば家の中の人間か、けっして自分に抵抗してこない弱い存在に限られる。そうすることによって、彼らの自身に対する不充足感はますます高まる。そういう卑劣な手段でしか抵抗することのできない自分自身のふがいなさも、新たなストレスの原因となるからである。そして日当たりの悪い沼地の表のように、彼らの内面にはいつもぶつぶつと小さな不満の泡が浮かび上がり、それははっきりとした形をとらないままにガスとして力無く空中に放出される。ペット病。自立することを期待されず、予期すらされていないことからくるストレス、そして、自らの自立をイメージすることすらできないことのもたらす絶望。彼らにとっては「学業」というものは自立への手がかりとは認識されない。それはペットの品評会で上位に入賞するための技能訓練にすぎないのだ。そんなものにどうやって熱意をかき立てることができるだろうか。多くの若者はそういうだろう。しかし、考えてもみてほしい。君たちの隷属をもたらしているのはなんなのか。君たちが自らを拘束する鎖を断ち切ることができないのはなぜなのか。それは自立をイメージできない精神の衰弱のもたらす結果ではないのか。もしもそうだとしたら、まずは精神を解放する術を学ぶしかないではないか。そしてそれを可能にするのは、自ら考える力を自らビルトアップすることしかない。そうではないですか。考える力を鍛えるためには、ことばの力を鍛え上げるしかない。黙々とことばの筋力トレーニングを行い、それを使って他者とスパーリングを積み重ねる,それしか方法はない。退屈きわまりない学校生活においても、ことばの力を鍛え上げる上で効果的なものを選択することは可能だ。それらを選択し、組み合わせ、鎖を断ち切るプログラムを自力で作り上げることはけっして不可能ではないはずだ。幸い少子化に拍車がかかり、高校も大学も経営が苦しい。入学は容易であり、選抜方法も複線化、多様化する傾向にある。小論文入試という方法もある。いっておくが、私は若者の将来を憂えているわけではない。自分が死んだ後に若者がどう生きようとそれは君たちの勝手だ。自由にやればいい。私が君たちに関心をもっているのは、君たちが私たちの似姿だからだ。鏡だからだ。若者たちに対してマスコミは多くの情報を発信する。私はそのようなことばをなにひとつ信じない。でも、自分の経験から君たちの特質をひとつだけいうとするならば、それは「すなお」だということだ。後続世代は先行世代を模倣する。そのことに例外はない。ただその模倣は二つの形態をとる。そのままの形で模倣するか、裏返して模倣するか、その二つである。七〇年代まで、この国の多くの若者は後者の模倣を選択してきた。それは多く反逆といわれた。しかし、八〇年代以降、その模倣は前者に移行しつつある。これが私の実感であり、見立てである。私は自分の実感しか信じない。君たちに欠点があるとすれば、それは少しばかり「すなおすぎる」ということである。だから君たちがペット病をわずらっているのは、われわれ先行世代がペットだったということのなによりの証しなのである。私はそう思う。わずかばかりの金銭のために飼い殺しにされ、ぶすぶすと不満の鬱積した顔をぶらさげて満員電車の吊革にぶらさがるわれわれの顔を君たちは目に焼きつけ、それを模倣しているのだ。だから、私は君たちのペット病を黙ってみていることができないのである。それは君たちの問題というよりも、むしろわれわれの問題だからだ。自分の首についている鎖を噛みちぎるためには、ことばの力をつけるしかない。この処方箋も君たちに対してというよりも、自分に対してのものなのである。とにかくも漠然とした不満などというペット病を脱するために、その不満をとりあえずは自らのことばの力に対する不満へと具体化するところからはじめてみてはどうだろうか。あれ、返事が返ってこないな。ああ、そうか、これは自問自答だったんだ。「とりあえずそうすることにしますです。はい。」えっと、いったい、私は何の話をしていたんだっけ。
2006.03.04
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あることばに出会い、そこに立ち止まってしまうことがある。時にはそのことばへの感想すら忘れ、ほとんど虚脱状態でそのことばの前に立ちすくむことがある。宮本常一の『家郷の訓』(岩波文庫)の一節でそういう思いを味わった。 「父は学校で得た学問というのはほんとにわずかであった。その若い日に出稼ぎした社会も文字には縁のないところだったし、結婚してからはずっと田舎で暮らした人であるが、この父が私に出郷に際して実に印象的な言葉をいくつか言いきかせ、これを書きとめさせた。それは、次のようなものであった。一 自分には金が十分にないから思うように勉強させることができぬ。そこで三十まではおまえの意志通りにさせる。私も勘当した気でいる。しかし三十になったら親のあることを思え。また困った時や病気の時はいつでも親の所へ戻って来い。いつも待っている。 二 酒や煙草は三十まで飲むな。三十過ぎたら好きなようにせよ。 三 金は儲けるのは易い。使うのがむずかしいものだ。 四 身をいたわれ、同時に人もいたわれ。 五 自分の正しいと思うことを行え。 これによって私の新たなる首途(かどで)がなされたのである。これらの言葉の中に含まれているものは新しい意志である。」(宮本常一『家郷の訓』岩波文庫) 実に印象的な文章である。まずは学問のない父親が故郷を後にする息子に残すことばを「書きとめさせた」というのがいい。文字に書きとめるということに、非日常的で、厳粛な、ほとんど象徴的といってもいいほどの意味が宿っていた頃の、これは話なのである。一。息子にこれからの生き方を説ききかせるに際し、「金が不十分でおまえに思うように勉強させることができなくてすまぬ」という詫びから入るなどということがいったい誰の頭に思い浮かぶだろうか。息子にあるべき生き方を示すに当たり、まずは自らの生のあり方を無意識のうちに示そうとする姿勢がここには表れている。読んでいて胸が熱くなってくる。この文章はけっして論理的ではないし、整合性もとれていない。むしろ矛盾しているのかもしれない。三十までは好きでやれ。でもそれを過ぎたら親のことを思え。ここまでは首尾一貫しているが、困った時、病気の時にはいつでも親の所に戻ってこい。「いつも待っている」(このフレーズのなんという表現力!)つまり父は「三十までは親を捨てろ、だが、俺たちはおまえをひとときも忘れないぞ」といっているのである。そのような親がいることを知った上で、なおかつその親を捨てた気でおまえは勉強しろといっているのである。おまえは親を捨てろ、しかし俺たちはおまえを捨てないぞといっているのである。これは理屈ではない、息子への教訓ですらない。それは押さえがたい愛情の噴出をじっとこらえる忍耐の表れなのである。この一条だけで、父の教えは十分に伝わっている。短い文言の中に、あふれんばかりの心情が満々とたたえられている。なんということばづかいだろう。二。接続詞も根拠も必要のない文章である。三十という数字の重みがじわっと伝わってくる。それまでにおまえはひとかどの人物になるのだ、という父親のほとんど祈りにも近い願いがこのことばにはこめられている。三。一身の成功のみを思うなという教訓とともに、金を儲けることは人生の手段にすぎぬ。肝心なのはその後だということが言われている。子の成功を願いながら、その成功の後にまで、この父の気遣いは及んでいる。四。ここに見られる「いたわり」ということばのゆたかな意味の広がりはどうだろう。自身の健康への配慮とともに、他人との共生への願いがここには自然な形でこめられている。とりわけ「同時に」ということばには、強く、深い響きが聴き取れる。五。「自分の正しいと思うことを行え」。ここに至って私は絶句する。子への信頼と愛情と祈願がことばの隅々にまでしみわたっている。これは結論であり、要約であり、考えようによっては一~四の否定にもなりかねない文言である。こんなに美しい「さらば」の文句があるだろうか。父はここで万感の思いをこめて「いっておいで」といっているのである。お父さん、「絶句したわりにはずいぶんものをいうじゃないか」という顔でこちらを見られてますね。でももう少しだけいわせてください。わたしたちはこのような「父親」を決定的に失ってしまった。それは時代の流れだ、しかたのないことだ、と人はいうかもしれない。でも、わたしたちの悲劇は、そのような父親像を喪失してしまったということだけにあるのではない。そのような父親像を失ってしまったという意識をもつことすら、われわれは喪失してしまっている、悲劇の本質はそのことの中にある。前述の宮本氏の文章は以下のようにしめくくられている。「また(私が)身体をいためて故里にかえらなくてはならなくなったときも、父母で揃って迎えに来てくれた。『お前の気が丈夫であろうと思って……』これが父の言葉であった。 元来短気な人でよく母を叱ったが、私が病気でねているとき、『母を叱ると私が悲しくなるから……』と言ったら、それきり母に叱言は言わなかった。 そして私の病気がよくなったとき、大阪でかかっていた医者のところへわざわざお礼に出て行った。しかも私は元気になって大阪へ出て来てその医師に逢うまでこの事実を知らなかったのである。百里の道も感謝の念を表するには遠くなかったのである。 この病のために父は壮年母と苦労して拓いた桑園を売った。『せっかく汗の結晶の畑を……』と惜しんだら、『わしの考えで買うた山だから、わしの考えで売っても先祖へ申し訳のたたぬことはない。先祖からのものには手をつけぬ。』と言った。 こういう父の考え方や行き方というものが私もやや分かってきたのは父が死んでからである。」(前掲書) お父さん、わたしはほんとになんにもいえなくなってきました。黙ってもう一度お父さんの五箇条を読み直すことにします。でも明日の朝、目が覚めたら、そんなことすっかり忘れちゃってるんでしょうね。そう思ったら悲しくなります。 学問や勉強っていったい何のためにあるんでしょう。お父さんにそう聞いたら、きっと「学問のない父にそれはわからぬ」と言われることでしょう。でも、わたしは思うんですが、お父さんのような人間を見失ってしまった社会でその質問に正面から答えられる人間はほとんどいないのではないでしょうか。でもひとつだけ言えるのは、このお父さんの感動的なことばは立派な学者となった息子さんを通して、何十年という時間のへだてを越えて、私のところへ届けられたということです。ひょっとするとそこにこそ学問のすばらしさはあるのかもしれません。お父さんの、ことばにかきとめられることのなかった深い人生の意味は、遠く時間の制約を跳び越え、私の心の池の中心に投ぜられました。そして、そこから深く静かな円をゆっくりと周囲に広げ、美しい波紋を描いていきました。生きるということは、自分の思いを、深く周囲の事物や人にこめていくことなんですね。お父さんの残されたことばをこれからの人生で拳拳服膺していきたいと思います。合掌。
2006.03.03
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最近電車の中でこんな人の隣に座ったことはないだろうか。多くは女性。隣に腰を下ろすやいなやごそごそとバッグの中に手を突っ込んでなにやら探しはじめる。まあ、それ自体は別に不思議な行動とはいえない。でも、この探索活動はほとんど彼女が所定の駅で降りるまで延々と続けられる。探すモノもひとつやふたつではない。最後には鳩や万国旗が出てくるのではないかと思うほど、次々にモノをとりだしてはしまい込む。手鏡、化粧品、ウォークマン、MD、文庫本、あんパン、ポテトチップス、手紙、旅行ガイド、雑誌。しまいには消臭スプレーを自分に向かって吹きつける者までいる。こちらにかかっても平然としている。彼女がテロリストでスプレーの中味が毒ガスだったら、こちらは即死してますね、確実に。まあ、捜し物をするのはいい。そういう人間が横にいるとたしかにおちつかないが、無視すればいいことだから。だが、それだけではない。彼女(多くは女性、それも若い女性が多い)たちは捜し物をするたびにひじをごつごつとこちらにぶつけてくる。軽いエルボーバットを小刻みに連打してくるわけですね。こちらの上腕外側にそれがごつごつとあたるわけです。こういう場合、エルボー返しをするというのも紳士のたしなみとしてはのりに外れる行為といえる。ここはひとつ視線ビーム攻撃でと思って、その娘さんをじろりとにらむと、「ああん、これだからいやんなっちゃう」と娘さんは前髪の修復作業に余念がない。「ちゃう、ちゃう。これは軽い非難の眼差しであって」と思ってもちっとも伝わらない。コミュニケーション・ブレークダウンというんですね、こういう状況を。頭の中をジョン・ボーナムの重低音のバスドラがどすどすと鳴り響く(わからない方、ごめんなさい)。これがまた一人や二人ではない。特定の誰かというのではなく、ある程度一般性、普遍性のある現象だと私には思われる。なぜこういう行動があちこちでみられるのか。ひとつ考えられるのは、体感センサーの機能不全ですね。相手にひじが当たってるのにもかかわらず彼女たちはまったくそれに気づいていない。これはおそらく体感センサーが壊れているのではないか。まずはそう考えるのが自然です。でもここでお断りしておきたいのですが、「体感」と「体感センサー」は違います。体感というのは、文字通り触ったときの感触ですね。手で触れた時の感触を感知することを体感という。では、体感センサーとは何か。そう、それは触れる直前、触れるか触れないかという時に働くセンサーのことなんです。多くの人はこのセンサーが正常に働いているから、相手に不快感を与えるような接触を事前に察知し、それを避けることができる。「あっと、もう少しでさわっちゃうかな。だから手をひっこめちゃおう」。これが体感センサーの機能している正常な状態というわけです。彼女たちはこのセンサーが壊れている。だから、ごつごつとひじうちをくらわしながら、それに気づかずきょとんとした顔をしているわけだ。でも、実際にあたっているわけだから、体感の方もかなり鈍くなっているんだろうな、きっと。かわいそうに、若いみそらで、そのように体感が鈍感だと、これから先の人生、かなり索漠とした思いをすることであろう、と思わず同情のひとつもしたくなってくる。でも待てよ。どうもこの仮説にも怪しいところがある。だって、度重なるエルボー攻撃に耐えかねて、私が満を持してひじでぐいっと押し返すと、彼女はきわめて鋭敏な反応を示し、「なにすんのよ」という表情でこちらをにらみ返してくる。あれ、ぜんぜん体感鈍くないじゃん。今の反応速度の速さをどう理解したらいいんだろう。私の頭は混乱する。自分が押してる時には鈍感、押されてる時には敏感。いったいどうなってるんだろう。これ以上、事態がこじれるとややこしいことになりかねないので、ここから先は純粋に頭の中でシミュレーションを行うことにする。そのほうが無難だ。彼女にこういったとしよう。「ちょっと、さっきからひじがこちらにぶつかってるんだけど。」彼女はこれにどう答えるか。「なによー、おとこでしょ、ちっちゃいこと気にしてんじゃないわよー。なにしようと私の自由でしょー。」うん、ぜったいこういいそうだな。まちがいない。私は自由に行動することが許されている。だから、バッグの中を延々と探索するのも当然自由だ。その時にたまたまひじが隣の男に当たったとしてもそれはたいした問題ではない。だからその時、体感は何も告げない。だって私は自由に行動できるんだもん。でもしばらくすると、その男が故意にひじで押し返してくる。私は誰にも邪魔されず自由に電車の座席に座っていられるはずなのに、それをこの男が邪魔している。これは自由の侵害である。すると眠っていた体感はむくむくと起き出し、鋭く反応する。そして、ぎろっと非難の眼差しでにらみ返す。そういうメカニズムが働いているんだ。私は少し納得する。でも、と私は思う。それは少しおかしくはないか。何がって。「自由」のとらえ方がだよ。え、何?自由には当然それに伴う義務がある、それを忘れてるからおかしいと思うんでしょって。いや、ちがう、それはぜんぜん違う。自由と義務とはワンペアであるという話でしょ、それは。校長先生の朝礼とフジテレビの日曜の朝7時台に話されることの多い、例のアレでしょう、それはぜんぜん違うね。だって、それは要するに「借金したらお金を返しましょう」って話でしょう。え、意味がよくわからない。つまり、常識ではあるけれども例外はたくさんあるって話でしょうっていっているわけ。え、まだわからない。ものわかりのわるい人だな。よく聞いて。借金をする、そのお金を返す。これは常識だよね。でも返さない奴もいる。これは例外だ。これもわかるよね。自由も一緒、自由の向こうには義務がある。これは常識。でも他人の自由をかすめとってのうのうと生きてる奴らもいる。こいつらは義務を果たさない。だから例外。でもこの例外は社会的にとても有利だ。他人の自由をかすめ取ってそれで自分の利益を図れるんだから、社会の上位に位置することができるはずだ。そして社会の上位にポジショニングをとったら、その人間はどういう説教をするか。わかるよね。そう「自由には必ずそれに伴う義務がある」っていうんだ。みんながそれを信じていてくれればこそ、自分はそのポジションにつけたんだから、そういう説教をするに決まっている。えっとなんの話だっけ。そう自由だ。自由の女神のエルボーバットの話だった。(ちがったかな)ひじうちをくらわす女性の自由の考え方がおかしいといったんだった。その考え方のどこがおかしいか。その反面にある義務を忘れているからではない。そのおかしさの本質は自由というものを無条件で「いいもの」と考えているところにあると私は思うんだ。私は自由だ。だからひじが少々当たってもそんなこと気にしてられない。そうだよね。そして、私は自由だ。隣の人間にひじで押されると私は自由ではいられない。だから私はにらみつける。そうだよね。たしかに表面的には筋が通ってる。でもこういう「私」がとなり通しに座ったらいったいどうなるんだろう。猛烈なエルボー合戦にならないだろうか。三沢vs 川田の壮絶な60分一本勝負にならないだろうか。(わからない方、ごめんなさい)私はそう思うのである。自由が無条件でいいものだという考え方は誤っている。だって、多くの場合、その自由の所有者は自分であり、自分の自由が無限定に肥大すれば、隣にいる他者の自由は損なわれるにきまっているからだ。そうですよね。だから限定をはずした自由はいいものではありえない。自由というものは慎重に限定に限定を重ね、せめてこの自由だけは死守しましょうね、という社会的な合意のもとに守らないと一気に消滅してしまう性質をもったものなのだ。だって考えてもごらんなさい。無限定の自由が許されたら、自由を損なう自由も認められるわけだよ。大量殺人鬼の自由も病的な強姦魔の自由も公然と認められるわけだ。そして、彼らの立場になってみると、それはいつも「私の自由」という形をとって現れるんだ。だとしたら他者の自由に限定されない「私の自由」なんて危険きわまりないものだということがわかるでしょう。そんな自由を文字通り無限定に認めてたら、今にかけがえのない自由を損なう自由も公然と認められる社会になってしまう。だから自由には慎重な限定という拘束が必要なんだ。そしてその必要不可欠な拘束はいつも「他者の自由」という形をとるんだ。そうではないだろうか。でも私がほんとうに危険だと思うのは、今話したことが理屈ではなく、自分の体の自然な振る舞いとして、ごく自然に、なんのためらいもなく、若い女性の行動としてあちらこちらに見られるということなのである。別に若い女性を目の敵にしなくてもいいじゃない、とあなたはいわれるだろうか。私がそのことにこだわっているのは、彼女たちが次の世代を生み、育てる母親になるからなのである。理屈や理論や思想の誤りならば人はそれを修正し、訂正することができる。しかし、それが理屈以前の、理論以前の、思想以前の、体の自然な振る舞いだったとしたら、それを修正し、修復するにはほとんど気の遠くなるような時間が必要になるのだ。だからこそ私はさっきから電車の中で起こった些事にここまでこだわっているのである。えっと、今電車はどこ走ってるんだっけ。え、宇都宮。宇都宮って大宮のずいぶん先だよね、どうしよう、きょううちに帰れなくなっちゃったじゃないか。私の帰宅の自由はどうなるんだ。人類の将来のこと憂えてたら、今晩うちに帰る自由をうしなっちゃったじゃないか。でも、まあ、その逆の事態よりはいいのかもしれないな。しょうがない、今日は駅のベンチで夜明かしする自由を満喫することにするか。やれやれ。
2006.03.01
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