仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2005.11.22
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カテゴリ: 宮城
大それた検証だが、 第1回 に次いで、第2回で最終回。実は第1回直後に書くつもりでしたが、知事選挙の論戦やマスコミの評価を踏まえてから冷静に整理するのも良いかなと思って置いていたもの。置いているウチに新知事が就任してしまいました。
ちょっと長いです。なお、浅野県政の検証を踏まえた新知事の県政への期待は別項。

1 情報公開の成果

 3週間くらい前に週刊朝日の浅野知事のインタビュー記事(警察報償費に関するもの)を立ち読みしましたが、浅野氏は最後に情報公開で胸を張る県政になれた、との趣旨を述べていた。これは客観的にも全くそのとおりで、浅野県政最大の成果だと思う。氏の主観と実績とが一致するほぼ唯一で最大の成果でしょう。

 私もズバリ浅野県政の情報公開は改革の名に値する顕著な成果を挙げたと思います。ただ、一般とは少々重点が異なるので、やや抽象的ながら以下に整理します。

(1)一般には、公費の不正経理問題の処理を代表例として、旧弊を次々と暴き改革に結びつけていった点で、大きく評価されていると思われます。その後も、県民の声を大切にした政策評価体系をつくり入札改革に先進的に取り組むなど、世間からは評価されています。
(2)ただ、私はより重要で最大の成果は、役所の業務風土と行政に関わる県政の風土をまさに「改革」re・formしたことだと考えています。
 抽象的論議に入りますが、従来型の業務風土を、さしあたり「業務手続の暗黙性」と「人間臭さ」と意義づけます。とすると、最大の成果とは、前者の暗黙性を明示的で科学的に変革した、ということです。

 情報公開の導入と旧弊を改善する過程は、ややジャーナリスティックに過ぎましたが、結果として定着した姿を見れば、依拠すべきルールの暗黙性を明示化させることで、それに反する行動を許さないという風土を生み、またその内容も住民に対して説明できる「適正な」内容となったわけです。情報公開こそが行政の信頼の道だと言うことを示したわけです。
(ちなみに、秘密主義なのに揺るぎない信頼を集めているのが、ノーベル賞の選考過程だそうです。これは不思議ですが、情報公開以上に信頼を得る何者かがあるのでしょう。)
 すなわち、役所の内外で行動する人たちが上記のような同一性障害から開放されるという大きな成果が生じたと言うことです。本来あるべき姿になったというだけなのですが。
 そして、結果として、サービス向上と経費効率化にも向かうことになります。
(3)もっとも役所内部や行政に関わる在り方としては、多少の問題も生じます。従来型の業務風土に含まれた良い面「人間臭さ」も失われゆく懸念があるからです。法律による行政原理(自由主義理念に基づく行政の恣意抑制)の要請から、また効率性と公平性から、行政とは本来的にルール従属的な活動です。それにしても、魂がないと機械的に過ぎて時として妥当性のない対処が生じます。
 情報公開が進むことで、余計な説明責任を回避したがるあまりに(出過ぎたことは一切しない)、何でもかんでもルール従属で、機械に徹してしまう行政スタイルが懸念されます(例えば、教育と警察を考えよ。人間力発揮を自粛するようになったらオシマイ)。
 ただ、これも恐らく過渡的な面があって、情報公開も役所アタックや監視の道具という使われ方から、双方向的な常時的なものと認識されてくることで、落ち着いてくると思われます。良い意味での「人間臭さ」も住民の信認を得てくると思われます。(この辺抽象論でスミマセン)

 以上、きわめて大まかに言えば、行政スタイルの新しい(実は本来の)姿になった、正規化(normalize)されたという、成果です。(ノーマルとは、according to what is expected(LDCE)であり、本来の姿になることがノーマライゼーションである。)

 突然思い出すのですが、長野県知事に田中康夫知事が就任した際に、ある県幹部が新知事から手渡された名刺を面前で握りつぶしたという報道がありました。一般には、民意の結果を素直に受け入れられない何か既得権益にまみれた閉鎖的官僚機構の表れ、というイメージでしょう。しかし、これまで築いた組織文化を黒船に破壊されんと考えてしまったリーダーの気持ちも何となくわかる気もします。良い意味でのプライドも必要です。ただその時は感情的発露に走ってしまった、だけなでしょう。でも、民意(公選された人)を拒否することだけは出来ません。そこは受けるしかない。その意味で、象徴的なシーンでした。
 今は長野県庁もそんな組織風土ではないでしょう。(と思っていたら、中央公論11月号に田中知事の行政のまずさを指摘する県庁OBの記事もあったが。議論は大いに。)

 と来ると、ここで国家レベルの行政がいかに旧態依然かということを言いたくなるのですが、長くなるので今はやめます。(もう十分長い...)



 さて、浅野県政の評価はさまざまあるでしょうが、一言で言えばこの知事は、良くも悪くも、明朗快活、自由自在だったと思います。「受け」や演出にこだわり、好みました。従来にないスタイルでした。機敏で新鮮な浅野流が、何かこれまでと違うと人々に期待を抱かせました。初期は。
 自らは、「脱政党」の誇らしい宮城の文化を根付かせたと言っていますが、皮肉にも本当に脱政党の選挙をした第2期以降には、福祉、教育、産業再生などで浅野流の「みやぎ発」連発の割には、後世に評価されるものは少ないです(結果的に財政改革が進んだと私は考えていることは、第1回に記した)。明朗快活なる浅野流の限界です。
 やや分析的に言えば、情報公開や官官接待は、官僚制組織の悪弊で地方政治家の利害感覚とも矛盾しないから放置されていたが、客観的には誰も良いとは思わないし反対応援団も表面化すはずもない、政治的利害調整過程の苦労のない問題だから、要はトップが勇気を持って決断すれば実行できる(皆しなかったが)。浅野氏は、これを華麗にやってのけて、もちろん成果も出した。決断の勇気は大いに評価されねばならない。

 ただ、その「スタイルの華麗さ」だけを、その後も追い求めた。

 他の行政課題は、そうはいかない。例えば、入札改革。透明化と行政コスト低減は素晴らしい成果と言えそうだが、公共事業圧縮とあわせて地域の建設関連事業の倒産などによる景気と雇用の沈滞が叫ばれている。入札改革による沈滞論は少々オーバーな面もあり、冷静に見なければならないが、いずれにしても、政治家としては声がある以上どう答えるか策を提示して成果を出さねばならない。なれあい体質の打破と地域経済の活性化とを両立するのは困難だろうが、これに向き合ってこそ「改革」と言えると思います。


 私の専門(エ~ッ!そんなのあったの?)の政策分析論で言うと、こういう状況を「酔っぱらいの物探し」などと表現する場合があります。本当は、1960年代の米国で、本来政治介入など非計量変数を含むオープンモデルたるべき予算編成に、敢えて数理モデル偏重の手法を導入した愚行を、電柱の下の明るい所でしか落とし物を捜さない酔っぱらいと同様だ、と批判した政治学者A.Kaplanの言葉です。
 90年代以降の宮城県政にたとえれば、こうなります。「なぜドロドロした利害の調整に手を染めないのですか?」「だってそこはスタイルを発揮できないからね。」

 こう見ると、情報公開はむしろ特殊な例外だったのであって、スタイル重視の浅野流はそもそも政治課題解決にはおのずと限界をはらんでいた、のではないかと考えています。
 政権末期には、三位一体改革に随分力を入れて、ある程度の成果を示したと言えます。ただ、皮肉を言えば、県内のドロドロ利害調整とは一応別個の制度論だったから、氏の本領が発揮できたと言えます。
 さすがに浅野氏も悟ったのか、3期目の半ばに、ユニークな「緊急経済産業再生戦略」というのを打ち出しました。教員や警察官の給料をカットした、あの戦略です。しかし、その斬新さは、給料をカットしたことと、中身は産学官に考えさせる、ということにあったようで、結局「スタイル重視」は変わっていなかったのです。(当初予算に計上もしないのは議会軽視だ、という批判も、単なる議員のやっかみ以上の重要さを含んでいた。)
 私は、産業再生や所得増加に対する浅野氏の「中身の」本気度(「非本気度」というべき。)が、かえって馬脚を現した、と残念に思っています。
 今回の選挙戦は、自ら不出馬のサプライズを演じたかと思えば、寂しくなって自分が立候補した以上に露出し、「県民文化」「伝統」を守れ、という。中身ではなく、スタイルを思い切り昇華させた氏の論法は(そうするしかなかったのだが)、政治や政策の中身ではなく、スタイルや業務風土の論理だけが空回り。これには正直言って県民も呆れたのではないだろうか。
 退任時の言葉が新聞で報じられましたが、自身も、政策の中身ではなく、これらスタイルと業務風土の点だけをもって、「日本に誇れる宮城にした」というまとめ方でした。「中身」ではないのですね。やっぱり。
 それに12年間付き合った県民は何なんだろう。もっとも、政治的にみれば、その責めは、浅野氏ではなく、自民党を中心とした県政界中心勢力が負うべきものです(以前の日記  10月16日 10月7日 9月29日  )。

3 新知事への期待

 新しい知事には、スタイルではなく成果を真剣に考える「政治家」であって欲しいと思います。少し象徴的に言わせてもらえば、
  ○ 手続より中身を
  ○ 業務論より出力論を
  ○ 巧言令色より本質論を
  ○ インスタントな「受け」よりも将来の県民と地域の姿を
 という感じです。初登庁日の今日(21日)の記者会見などを夜のテレビで見ましたが、実直という印象を受けます。
 不肖の私としても、スタイルや手続論ではない、政策の中身を論じさせて頂きたい、その意味では、申し訳ないが浅野流を大改革していただきたい。期待いたします。

 宮城の顔を演ずる舞台から去る浅野氏には、ひとりの県民として、まずは長い間ご苦労様でした、と申し上げたい。





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最終更新日  2005.11.22 00:46:52コメント(0) | コメントを書く
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