仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2006.01.31
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カテゴリ: 宮城
東北大学の研究成果の産業化というと東洋刃物が思いつきますが、東北大学の研究成果の産業化の歴史を、以下に企業名で整理します。
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(1) 東洋刃物株式会社
○ 数々の特許を誇る世界一の工業用鉄鋼刃物メーカー
○ トップページにある鉄と剪断技術についての文章は感動的で素晴らしい!
○ 大正14年創立、国内3工場(多賀城、富谷、大阪)のほか、海外に営業拠点(ジャカルタ、香港、シンガポール、マレー)と関連会社(仁川、上海)を持つ。

(2) NECトーキン株式会社
○ 昭和13年、逓信省の勧奨で通信機器用金属材料国産化のため日本特殊金属株式会社設立、同年に東北大学金属材料研究所の増本博士の発明したセンダストの工業化のために設立された東北金属工業株式会社を吸収合併(東北金属工業株式会社)、1988年株式会社トーキンに変更、2002年にNEC・電子部品事業と統合、NECトーキン株式会社に社名変更。本店は仙台市太白区郡山六丁目。
○ 宮城県民には昭和59年(1984年)11月テレホンカード生産の白石工場設立が懐かしい。

○  第1回ものづくり日本大賞(2005年) 受賞

(3) 通研電気工業株式会社
○ 昭和21年東北帝大電気通信研究所の研究成果を活用したベンチャー企業として設立。昭和31年に東北電力の資本参加をうけ、電力設備運用自動化の遠隔監視制御装置をはじめ、情報伝送装置、ネットワークシステムなどの電子応用機器を開発・製造。
○ 新潟を含む東北7県にネットワーク。

(4) 東北電子産業株式会社
○ 昭和43年設立、電気計測機器、応用機器、医科用機器で世界唯一の技術を誇る。
○ NEC在職中に発明60件の実績を残し特許の重要性を認識する佐伯社長が、大学と連携して研究開発に努めた。著名な発明であるケミルミネッセンス・アナライザは、東北大学電気通信研究所との産学共同研究の成果をベースに、東北大学農学部との共同研究の中で開発。
○ 本社は太白区向山3丁目。利府町に工場。編集長も向山の本社二階で佐伯社長からお話を伺ったことがあります。

(5) 八木アンテナ株式会社
○ 創業者は八木式アンテナ(八木・宇田アンテナ)の発明者である八木秀次博士。大正14(1925)年、長中波大陸間無線通信が脚光を集め、短波によるラジオ放送すらなかった当時、八木率いる東北大学電子工学科は夢物語だったマイクロ波に挑み、超短波の送受信方法を理論的に解明したが、国内学界から無視された。しかし八木の研究成果はニューヨーク高い評価を受け、先進各国では八木の指向性アンテナの原理を応用し着々とレーダーを開発。日本政府は重要性を理解できず、日本軍が占領した英国植民地シンガポールで最新のアンテナを見つけ、英兵が持っていた技術書(ニューマン・ノート)の中に"Yagi"という文字を見つけ、大変驚嘆したという逸話がある。

○ 昭和27年八木アンテナ株式会社発足、八木が初代社長。平成12年に国際電気(株)・日立電子(株)・八木アンテナ(株)が合併し、株式会社日立国際電気へ。平成16年10月分社により(新生)八木アンテナ株式会社発足。17年4月株式会社日立国際電気サービス八木システム本部を会社分割により八木アンテナ株式会社へ統合。

(6) 株式会社本山製作所
○ 流体器機の専門メーカーですが、労働法ゼミだった私には労働争議の方が有名でした。
○ 1924(大正13)年、本山重寿が本山商会を創設、冷暖房衛生工事設計に従事。東北大学金属材料研究所長本多光太郎博士の指導を受け金属ベローズ国産第1号を完成。その応用製品としてスチームトラップ、減圧弁等を商品化。1938(昭和13)年、北仙台に本社・工場を新設し、株式会社本山製作所と改組。
○ 昭和60年東北大学の技術指導で半導体製造ガスプロセス用ウルトラクリーンバルブ(UCV)を開発。

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他にも、例えば 東北特殊鋼株式会社 (現在は村田町に本社を置き、長町の本社・工場跡地は西友のザ・モールとなった)は、東北大学の技術協力があるようです。詳しくは手が回りませんでしたが西澤潤一も言っているので、あるはず。

以上、整理していても仙台・宮城の人間として誇らしく胸を張りたくなる。でも、同時にいつもながらの落胆も感じます。

つい先週も、中部国際空港(セントレア)のパンフレットにで「中部圏にある企業」のページを見ますと、「中部にはメイドインジャパンを象徴する企業が数多くあります」なんて、言っている。
トヨタ、ブラザー、ヤマハ、INAX、スズキ、セイコーエプソン(以上は本社所在)、三菱重工業、シャープ、三洋(以上は工場所在)、など、圧倒的です。

例えば、仙台空港の振興を考えようと比較すると、背後の経済界の実力の違いに、いまさら仕方ないことと思いながらも愕然としてしまいます。中京地域の財界は、口ばかりでなく、ちゃんと金も出すでしょうし、実際に空港の経営までするのだから。比較するんじゃないぞ。はい、わかっちゃいるけど。はぁ~(ため息)

宮城の産業は、仙台の商業特に卸売りにボリュームがあるものの、製造業は地場の食品関連などを除いて域内連関が薄く企業立地の波及効果も発揮しにくい。これは何十年も変わらない本県の特質だ。大学の研究成果や人材供給力が長所とされてきたが、立地企業も上滑りで地域産業に定着しない。そもそも経済界中軸がガードの堅い仙台商人たち。

それでも、仙台市や県の地道な努力がジワジワと効果を発揮し、個別の領域で有力な経営者が輩出し出してきた感がある。ただ、どうもモノづくり分野ではやっぱり発展・集積は望めない。規模はともかく域内集積の厚みは山形、福島、岩手に負ける。

東洋刃物のような企業があと100個あれば、と思うこともあるけれど、わが宮城県はうまい米と魚で「心豊かに」(はんだや参照)生きてきたのだ、それはそれで仕方がない。コメ本位経済だったことを誇りに思えばいい。東北大学や誘致企業が上滑り(域内経済循環につながらない)なのも当然。
教科書的な産業発展モデルはあきらめて(追求する必要もない)、こうした個別分野をテコにして、都市の総合力(人材、大学、空港など)を活かして、できればコメ本位で生きてきたことを逆手に(つまり例えば「食材」です)、モノ作りか新手のサービス業か、何かわからないけどネットワークが形成されて、いつのまにか産業集積して経済が域内で活性化するという姿を目指すことになりましょう。
経済資源の流動の射程距離は宮城県では狭すぎ、少なくとも近接県までは考えるべき。本県内にモノづくり集積がないことを嘆く必要はない。

その時、やっぱり大学は重要な役割を果たすはずです。これまでの裸の集積が薄いだけに相対的にそうなるのですが、そういう消極的理由以上に、今後の強い武器として使えるからです。幸い、行政や大学も前向きですし、ベンチャーなどの支援体制も定着してきつつあるように思います。宮城の企業で世界に進出しているものの大半がこれら企業であることも(他には弘進ゴムとアイリスオーヤマか)、それを物語ると思います。
東北大学の産学連携も、IT技術、学生ベンチャーなどを含めて、多様な展開が出て来ているようです。

大学のみならず、せっかく東北の他の県都より抜きんでて成長した(それも実は他県のお陰なのですけど)大都市仙台の総合力を今こそ発揮の時。梅原市長も総合力とか伝統重視とか言う様ですが、仙台(市)という狭い料簡で伝統を論じない方が良い。田舎の雄藩のプライドに満足し安閑・無為と足引っ張りの閉鎖体質を重んじないでいただきたい。空間的には東北他県も視野に、経済主体の面ではヨソ者こそ大切にして、また気風の点でも進取や珍奇を賞賛して... 本当の政宗の気概はこうなのだろうと思うのだけど、その後が良くなかったか。(この辺は後日テーマを細分化して客観的に整理する用意あり。)

ところで、これを書いている過程で、仙台市のHPの中に、起業教育・キャリア教育の教材として「 仙台立志伝 仙台の起業家102人の履歴書 」というのを見つけました。
色んな分野の方がいて、面白いですね。自由闊達、多彩に、仙台の経済界、宮城の産業界の明日の天気図をカラッと塗り替えていただきたいです。





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最終更新日  2006.01.31 06:36:04
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