仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2006.03.10
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カテゴリ: 仙台
仙台城下の火事鐘は3カ所、北は亀岡八幡、南は向山虚空蔵堂、そして中心部は北一の勾当台角、旧養賢堂(現在の県庁)西北隅にあった。

この火の見櫓界隈を「櫓下」と通称したが、明治維新のちょっと前に、鉄砲屋方職人に生まれたのが明治の名物男の福の神「櫓下の四郎」である。市長の名を知らずとも、四郎なら誰でも知っていた。

発する言葉は「バアヤン」だけ、年中ドテラに縞のハンテン、いつも両手を組んで懐に入れ、座ると前を合わせないから膝カブを丸出しにする。もらい物を入れる袋を首にかけて毎日市中を徘徊する。

人には絶対仇をすることなく愛嬌がある。欲も得もないから、勘が働く。四郎が舞い込んだ店は必ず繁盛。そのため市中どこでも四郎は無料。いくら呼んでも四郎が見向きもしない店は遠からず左前。

郷土史の研究で有名な三原良吉さんの著作をみると、仙台四郎にまつわる面白い話が載っている。明治31年の春、三原さんが明治30年1月生まれだから満1歳を過ぎて歩き出した頃なのだろう。自宅の前、国分町の道路で遊んでいるうちに行方不明になった。みなで探したが見つからない。

そのうちに、四郎が幼児を抱いて歩いているという通報があり、芭蕉の辻の交番に届け出た。やがてお菓子をいっぱい手にした三原さんを抱いた四郎が、例の「バアヤン」と言って、笑顔で店(三原さんの家。あの有名な時計屋さんですね。)に戻ってきた、のだそうだ。

おそらく四郎と三原さん、愛嬌たっぷりに、市中の方々でお菓子をもらって回ったのでしょう。

以上、三原良吉『郷土史仙臺耳ぶくろ』、宝文堂、昭和57年、を読んで記しました。

この本を見ると、昭和40年前後のことなのだろう、米ヶ袋の自宅にリスが訪ねてきたことが書いてある。また、中山や越路山(八木山)にオオカミやキツネが出たことなど、自然あふれる仙台の情景が記されて、面白いです。





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最終更新日  2006.03.10 04:22:10
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