仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2006.07.02
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カテゴリ: 東北
三河生まれの教養人菅江真澄は、秋田と縁が深い。前半生は知られていないが、30歳ころから旅に出る。東北や北海道を歴訪した際、天明4年(1784年)象潟を訪れ数年滞在する。やがて佐竹義和から藩の地誌編纂を要請され、角館で没する(文政12年、1829年)。秋田に延べ29年間滞在した真澄の著作は、秋田の民俗をひろく知る手がかりとなる。

■東北地方整備局秋田河川国道事務所の サイト
ITと菅江真澄を活用した社会実験 (終わったのか?)

鉱山では「よろけ」(じん肺)なる病気が多く、40歳前に死ぬから、42の厄年を32歳で祝う、などとの記載もある。佐竹藩は、常陸から秋田に転封されて以来、鉱山資源の開発に力を入れてきた。杉山などの金山、院内などの銀山、そして阿仁銅山。院内銀山の最盛期(慶長の頃)には、町の人口1万数千、全国から参集した鉱山労働者7千人以上と推定されるそうだ。すごい状況だったろう。





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最終更新日  2006.07.02 07:55:08
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