仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2007.05.20
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カテゴリ: 仙台
仙台城(青葉城)に秘密の抜け道があるとの話は気になっていた。おそらくは噂話として伝わってきたというところなのだろう。

仙台城は山城だが本丸の西側に泉が沸いて水の心配はない。問題は抜け道ということになり、平城の場合には地下道も考えられることから、仙台城の抜け道について噂が起こったのではないだろうか。

仙台城は三方が断崖の自然の要塞だ。山道としては、西方に向かって茂庭大梅寺に伝わるルートが確保されたそうだ。大梅寺とは、仙台宮城ICや折立団地の付近(仙台市HPから 資料 )。つまり、本丸からほぼ真西方向をめざして青葉山を横断する難路だ。現在の工学部や金属博物館のあたりを通ったのだろうか。

ちょっと違うのだが、学生時代に青葉台(バスの終点)から山道を歩いて、朝鮮学校や八木山の住宅地に出たことがある。狭くて草の生えた山道だったが、もちろん400年前の青葉山に比べれば遙かに通りやすいだろう。

そして、何と何と、榴岡まで延々とトンネルが掘られていたという伝説も一時はまことしやかに流れていたのだそうだ。榴岡は政宗が築城の候補に挙げた地でもあり、平坦な平野部で一段小高い場所だ。うなずける気もする。

しかしそれにしても広瀬川を潜ってのトンネルは奇想天外。とは言え、本当に着手していたのかもしれない。考えてみれば、仙台の東西の道路大動脈は積年の大きな課題。仙台西道路はできたが、広瀬通から西方面に抜ける道路は、区画整理の関係もあって進まなかった。一時は地下の弾丸道路構想なども飛び出した。

とすると、やっぱり昔の伊達の発想は偉大だった。もし川内と榴岡を結ぶ地下通路があったなら... いや実はあるのかも知れない! 

■関連する過去の日記(仙台城関連)
仙台城の「奥」のようす (06年7月4日)
 ○ 青葉城の概要と略史 (06年7月1日)
 ○ 仙台城を考える (06年6月28日)
 ○ 政宗公騎馬像の歴史 (06年6月11日)

■参考 田村昭編著『仙台の珍談奇談』宝文堂、1984年

追記 仙台の宝文堂が幕を閉じるという。この本もだが、郷土の歴史や文化を紹介する無数の本を出版した功績はまことに大きい。この本の巻末に紹介された同社の出版物のラインナップを眺めて、淋しい気持ちを抑えられない。





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最終更新日  2007.05.20 08:48:40
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