仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2007.07.21
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カテゴリ: 東北
東奥日報の主筆であった成田鉄四郎が、明治27年(1894年)に刊行した『陸奥湾之将来』で論じている。東北本線が青森まで全通し(1891年)、青森県の振興が期待された時期だ。

国際貿易の進展によって、函館港と青森港を抱える津軽海峡が拠点となる。青森港を世界の埠頭と位置づけ、青森県は東北の貧弱国から東洋の最栄地になる。

そのために、下北半島に運河を開削して、太平洋航路を直接陸奥湾に導く、という巨大プロジェクトを構想した。

実は下北運河構想は、江戸時代からあり、明治に入ってからも何度か議論されていた。成田は運河開削の調査のため2度下北半島を踏査し、東奥日報にも掲載。鷹架(たかほこ)村(現在の六ヶ所村)の平和安穏の様子を踏まえて、運河開削は無邪気なる太古の民を犠牲にするが、生存競争の趨勢は是非もない、と述べている。

社説では本格的な運河開削計画を論じ、既に地位を築いていた函館港に追いつき追い越す秘策として主張した。完成すれば、大船が尻屋崎沖の遭難の危険を回避して太平洋から直結できる。陸奥湾が、ウラジオストク航路、北米航路、豪州航路、中国航路などの一大拠点となる。

■参考 河西英通『東北-つくられた異境』中央公論新社(中公新書1584)、2001年





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最終更新日  2007.07.21 08:24:31
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