仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2007.09.01
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カテゴリ: 仙台
仙台に煉瓦造り建築をもたらしたのは、煉瓦職人の植木留吉だ。

日本で初めて煉瓦を焼いたのは伊豆の代官江川太郎左衛門で、その子の江川英敏が元治元年(1864年)に東京で反射炉を建設するために舟方村(北区堀船)で焼き始めた。この舟方村出身の職人植木留吉が仙台に煉瓦造りの技術を伝えたのである。

植木は宮城県監獄の水野重教に招かれ、仙台産初の煉瓦が明治13年にできる。囚人に煉瓦製造を指導したあと、植木は独立して元河原町字中河原(長町移転前の南警察署の裏)に、仙台初の煉瓦工場を建設した。仙台初の煉瓦建築は仙台警察署。続いて裁判所、大学、民間の建築も普及した。野蒜築港にも関わるなど、仙台初のレンガ技術者として仙台・宮城の近代化に大きな功績があったといえる。

明治22年9月11日、増水した広瀬川に煉瓦工場はたちまち孤立し、妻と養女ら家族3人と雇い人3人を乗せた救助の小舟が転覆し、帰らぬ人となる悲劇があったそうだ。また、あるサイトを見ていたら、植木瓦店さん(木町)がご子孫にあたるとか。宮城県瓦工事業組合の理事長として、震災対策にも力を入れておられるようです。

■参考 市川正巳監修『博学紀行宮城県』福武書店、1983年 ほか





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最終更新日  2007.09.01 10:46:22
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