仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2008.02.07
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カテゴリ: 宮城


当初は信夫郡小倉郷(現福島市)にあって陽林寺と称したが、伊達実元(成実の父)の戒名にちなみ雄山寺とし、慶長9年(1604年)に現地に移転。のち3代藩主綱宗の諡号の雄山をはばかり寺号を大雄寺と改める。

画像の正面は成実の霊屋である。霊廟の中には成実の木造彩色甲冑像があるという。霊屋の左手で堂宇の補修工事だろうか、足場が組まれて職人さんが登っていた。冬のおだやかな陽を受けていたが、やっぱり亘理は暖かい。仙台は氷点下続きなのに、気温が7度くらいだった。

成実は、勇猛にして才知あふれる武将。TV画面の三浦友和の印象も残るが、実は私は子どもに成実の名を付けたかった。娘が生まれ、それでも「なるみ」と読ませて名付けようかと思ったほどだ。

亘理2万3千石は、伊達成実が領主となり明治まで14代にわたって治めた。亘理城(御館)は現在の亘理高校、旧舘公園。戊辰の戦では仙台藩の降伏文書調印が亘理城で行われた。

亘理町は由緒ある宮城の要の地で、城下町の風情も幾分残っている立派な町なのだが、宮城県全体の中で見ると、現在の交通の枢軸から外れているためもあってか、注目が集まらないような感じもする。私の勝手な印象に過ぎぬかも知れぬが。

実際に6号線を南下しても、現在の国道は旧市街地を通らないから町を感じ取ることもできない。しかし、歴史も食べ物も豊かなところだ。ホッキ、はらこめし、いちご、何度か我が家でも訪れている。鳥の海に新しい温泉施設もできたから、またゆっくり訪れてみたい。

■参考 『宮城県の歴史散歩』山川出版社、2007年 978-4-634-24604-1





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最終更新日  2008.02.07 06:32:46 コメントを書く
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