仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2008.12.13
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カテゴリ: 宮城
朝刊の一面だ。昨日午前中に同社幹部が宮城県庁を訪れて、延期を報告したという。

このような経済情勢から、企業の判断としては自然の成り行きなのであろう。市場回復を見据えてから改めて判断することになる。

このような報に接すると、いつも思う。いわゆる内発的発展論者(の一部)や、あるいは大企業偏重投資批判者、そもそも基盤投資や公共事業に反対の方々などは、言うだろう。それ見ろ、だから企業と癒着した政治なのだ。だから大企業優先の公共投資は誤りなのだ。生活優先の政治や行政であるべきだ、と。

理想論はそうかも知れない。東北の歴史を踏まえて、この地域とは何か。地域の固有の価値に根ざして我々は何を求めているのか。一過性の投資や雇用に一喜一憂せず、未来に残すわが地域とは何か。

しかし、現実に地域を豊かにするために政治はどう判断し資源配分をしていくのか、を冷静に考えなければならない。今のままで良いのか。

現実論は理想論とは別の次元と言っても良い。その意味で、批判はいつの世にも正論なのだろうが、批判だけで県民が納得するはずはない。

私の出身地は、岩手の、当時はまだ出稼ぎの残る貧しい農村だった。子供の頃は、父親には家に居て欲しいと思ったものだ。中高生の頃は、いち早く飛び出したかった。仙台や宮城県は、北東北とはだいぶ事情も気風も違うけれども、経済面での自立した発展の力という意味では東北各県とも大差がないだろう。

企業誘致はよく批判される。大企業の生産の「場」を提供するだけで、都合が悪くなれば真っ先に切り捨てられる。一時のリゾートブームに重ね合わせて批判する向きもある。それは批判として正しい視点を含んでいる。しかし、仙台や宮城を、あるいは東北全体にも言えることだが、経済面で活性化させて豊かにするとすれば(そうしなくていい合意があるのか)、どんな有効策を考えられるのか。
内発論の呪縛を解いて考えるべきでないか。北陸や東海がよくモデルと言われる。あるいは東北でも例えば米沢や村山地方は地場の産業がさかんだと評される。しかし、もとをたどれば、始まりは例えば藩政時代の殖産興業だろう。


有る意味では、発想の転換を提示する政治リーダーシップも求められているのかも知れない。かつての藩主が後世に評価されるように。後発の歴史を恨み、内発の理想を掲げながらも、現実は大型公共投資に頼る政治ではなく、大企業も公共投資も客観的に評価した上で主体的選択的に地域に取り込む方向へ。

経済情勢で一企業の着工延期。そんな報道で、一部はまた批判のトーンを高めて大騒ぎするだろう。発展的でない思考回路にグルグル入っていくだけ。





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最終更新日  2008.12.13 08:10:03
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