仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2008.12.21
XML
カテゴリ: 東北
江戸に大いに名を馳せたのが、盛岡藩の南部火消し。寛永18(1641)年の大火に際して、三代藩主南部重直は家臣と共に町に飛び出して猛火を食い止めた。このとき重直は参勤交代で上京の遅れを咎められ、江戸屋敷に謹慎中の身であったが、禁を犯して火消しに奮闘した。これが家光に激賞されて恩赦となる。

更に、最大とされる明暦の大火に際しても重直は自ら家臣の先頭に立ち消火活動を行い、南部火消しの名声を大いに高めた。

盛岡では、町人による町火消が組織されていたが、明治10年に消防組に改組される。藩政時代の「よ組」は、盛岡消防組第4部と改められ、現在は市内に23ある分団のうちの第5分団となっている。そして、大正2(1913)年建築の紺屋町番屋を今に伝えている。望楼など外見は洋風だが、内部は畳敷きで、05年末まで会合などに使われていた。戦時下には空襲警報として半鐘を打ち鳴らしたという。

昔のままの番屋が残っているのは紺屋町だけだが、これが日本で現存最古の消防番屋である。

□ 高田京子・清澤謙一『ニッポン最古巡礼』新潮社(新潮新書231)、2007年 から

南部火消しについては、 広報もりおか にも出ている。

団員が年々減少していることが課題とある。18歳以上で心身ともに健康であれば、団員になれるそうだ。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008.12.22 00:55:29
コメントを書く
[東北] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

コメント新着

おだずまジャーナル @ Re[1]:荒巻地区の新町名と宅地開発史(12/14) 荒巻昭和人さんへ コメントありがとうご…
荒巻昭和人@ Re:荒巻地区の新町名と宅地開発史(12/14) 団地名なつかしいですね。広告に使われて…

プロフィール

おだずまジャーナル

おだずまジャーナル

サイド自由欄

071001ずっぱり特派員証

画像をクリックして下さい (ずっぱり岩手にリンク!)。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: