仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2009.07.07
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カテゴリ: 東北
我が国の近現代社会史を考えるとき、新宗教の存在は欠かせないのではないか。創価学会は政治的側面が強くて報道で知ることはあっても、その他の新宗教は、甲子園で学校名を知るくらいで、私自身は全くと言って良いほど何も知らない。

島田裕巳『日本の10大新宗教』幻冬社、2007年(幻冬社新書061)を読んでいるが、おだずまジャーナルなので、東北との関わりは出てこないか、に注目しながら読んでいる。

農村に典型的な兼業農家に生まれた私は、地域の誰もがそうだったように、地元の寺に属して先祖を供養するのが当たり前で、当たり前だけに宗教を殊更意識することもなかった。小さい頃は、大都会の金持ちは別として、大体の日本人は、同一性があってそんなもんだろう、と思っていた。新宗教などは、たまに事件を起こしてテレビで取り上げられるくらいで、身の回りには、宗教や社会階層や経済事情など、決定的に異なる人は居ないだろう、と意味もなく思っていた。

同書で出てくる東北は、実はほとんどなかった。次の2点くらいか。

1 璽宇(じう)が一時期八戸に拠点を置いたこと

 長岡良(なが)子(璽光尊)を中心とした教団で、1947年に金沢で、引退直後の双葉山や囲碁の名人呉清源らが町中を練り歩く事件を起こす。璽宇は、皇室崇拝の国粋主義の傾向をもっていたが、敗戦と天皇人間宣言を受けて、今度は皇室に代わり自ら世直しをするとして、行軍と称してGHQにまで赴くなどの活動を行っていた。しかし、金沢事件で取締りを受け、邪教であると報道されたため、白眼視を受け、各地を転々。
 金沢を払った後、山中湖、八戸、箱根、横浜、鎌倉、藤沢を経て横浜市港南区に落ち着く。

2 宮沢(ママ)賢治と国柱会

 創価学会の創始者牧口常三郎は、北海道尋常師範学校の頃に、日蓮主義運動に関心を寄せていた。日蓮主義の中心人物は国柱会(こくちゅうかい)を作った田中智学で、皇国史観と日蓮信仰を結びつけ、一世を風靡した。牧口は、智学の講演会に出かけたが、その内容に納得できなかったのか、宮沢賢治や石原莞爾とは異なり、国柱会の会員にはならず、日蓮宗の一派である日蓮正宗に入信する。






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最終更新日  2009.07.07 06:30:00
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