仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2010.05.09
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カテゴリ: 東北
国道13号は尾花沢だが、奥羽本線の駅は大石田だ。小さい頃は地図で見て、何か政治的な鉄道敷設の際のやりとりか、ぐらいに感じていた。しかし、大石田と尾花沢の場合は、両者の距離が大変近いことが特徴だ。

大石田駅から尾花沢の中心地までは、2.5km程度。距離だけで見れば、地方都市(尾花沢市)が鉄道駅を持つときに、ちょっと中心市街地からはずれたルートになった、という程度のものだ。しかし、明治の町制施行は大石田も尾花沢も同年だし、最上川の舟運で栄えた町として、尾花沢より我が町こそ拠点、むしろ奥羽本線駅があることに誇りを持っているのではないか、と勝手に推測する。尾花沢市は、たしかに東西には大石田と仙台藩を結び、交通の要衝たる宿場町として歴史はあるが、今や人口も2万人を割っている。

地理関係だけなら早々に合併が終わっても良さそうだが、結局流れてしまった。新市名の候補である「最上川市」と「はながさ(花笠)市」はそれぞれ大石田と尾花沢を象徴する名称だが、合併協議会が後者を選んだことを契機に、大石田町側の反対運動が強まり、住民投票を経て協議会解散に至った。もともと、尾花沢との合併に抵抗があるのだろう。

さて、前置きが長くなったが、この短い距離の大石田と尾花沢を結ぶ鉄道路線が昭和45年9月まで存続していた。

徳良湖完成による灌漑で増産される米を運び出すために計画され、1926年8月に開業。しかし、除雪作業員経費などから赤字が累積。昭和18年には、三山電鉄を主体に誕生した山形交通に、高畠鉄道などとともに吸収される。戦後も市民の足として1日16往復してきたが、道路整備に伴い利用者が減った。

大石田駅の尾花沢線ホーム跡には「尾花沢口」駅舎が新設された。現在、地図で見ても、大石田駅の西側(役場、最上川方面)は「駅前」、東側は「尾花沢口」と呼ばれているようだ。

往時の尾花沢線は、現在の地図や航空写真でもほぼ明確に軌跡をたどれるようだ。大石田駅西よりのホームから一旦南に出て、大きく西に転回。北村山高校の付近で県道(大石田街道)の北に抜け、尾花沢に至る。かつての尾花沢駅跡は、ダイエーになった、と下掲書(99年)は記している。地図では、旧尾花沢駅のやや手前のルート上に「交通公園」がある。

今なら、通学生は自転車で大石田駅へ、通勤者は車で尾花沢バイパスを移動、なのだろう。

■参考 宮脇俊三編著『鉄道廃線跡を歩くVI』JTBキャンブックス、1999年





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最終更新日  2010.05.09 10:21:45
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