仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2010.05.30
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カテゴリ: 仙台
伊達政宗は実に筆まめで、自筆の手紙は現存するだけで千通以上。秀吉で約80通、家康は25通である。

当時の武将は右筆に代筆させるのが一般的で、自筆は家族や重臣などに宛てたものだが、秀吉は仮名書きが多く、心情をストレートに表現するものが多い。家康は漢字仮名混じりで、要点のみを記して無駄がない。それぞれ人柄を十分表している。

これに対して政宗は、身内のみならず広い相手に自筆の手紙を書いた。表現も、大胆で繊細緻密。相手によって変幻自在。具体的で面白い。

■読んだ本:佐藤憲一『伊達政宗の手紙』洋泉社(MC新書042)、2010年

大志を抱いて南奥を平定し、戦国の晩期にあって秀吉や家康の覇権をかいくぐろうとする。自筆の手紙にかいま見える青年武将の本音や気遣いなど、実に面白い。

後年は仙台城下の経営に心を砕いたが、3万人ともいわれる家臣を賄うには62万石も十分ではない。荒地開墾のため、荒れ地を家臣に与え耕作させる地方知行制に転換する。そして、荒れ地の知行は通常の2倍にする。このような細かいことも自ら指示しなければ気が済まないのが政宗の性格だったようだ。(茂庭石見綱元あて手紙)

新田開発と河川整備を進め、石巻港から江戸に米を供給したのも、江戸の人口増加に着目した政宗の炯眼である。はじめは家臣等の余剰米が中心だが、次第に藩が農民から独占的に買い集める買米制に移行し、量も増加。江戸時代中期には江戸廻米高が年20万石にのぼり、仙台米が江戸の相場を支配するまでになる。

自ら政策立案に知恵を絞り陣頭指揮に奮闘する政宗の苦労である。





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最終更新日  2010.05.30 12:35:59
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