仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2011.10.25
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カテゴリ: 宮城
天平21年(749)の春、奈良東大寺の大仏鋳造は完成に近づいていました。しかし銅造の仏体を鍍金する肝心の金が足らず聖武天皇をはじめ関係者の憂慮が深かったのです。このような時、陸奥守百済王敬福(くだらのこにきしきょうふく)が小田郡(遠田郡東部)の黄金山(現在の黄金山神社一帯の山)から産出した黄金を献上しました。

このことは国内で最初の産金事件として祝福され、天皇は宣命を発し、年号を天平感宝と改め、大赦や税の免除、叙位などを矢継ぎ早に行いました。

(中略)

大仏様の鍍金には約60kgの金が必要で、百済王敬福が献上した最初の金の900両(約13kg)は4分の1弱に過ぎません。

そこで政府は、天正勝宝4年(752)春、陸奥国多賀郡から北の諸郡の成年男子に黄金を納めさせることにして金の調達をはかりました。これにより黄金山はゴールドラッシュの到来で、谷(沢)という谷(沢)が、流水を利用して砂金を洗い取る大勢の人々で涌(湧)きかえりました。

涌谷の地名のおこりでありましょう。

■涌谷町観光ガイド(平成23年10月1日発行)より





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最終更新日  2011.10.26 00:01:03
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