仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2012.06.02
XML
カテゴリ: 仙台
寛永13年(1636)、38歳の忠宗公は2代藩主となった。襲封後間もない頃、牡鹿半島の遠島に舟遊びにでかけた。ところが、晴天が一転し嵐となった。驚いた近習頭の上田帯刀良膳は舟を脱出するため公に裸になるよう進言した。しかし、忠宗公は、大名たるもの人前で裸になれぬ、舟が岸に着けぬとあらば予は腹を切って死ぬ、と答えた。

このとき、側に仕えていた17歳の御小姓中尾覚之進は、恐れながら拙者が岸辺に泳いで参りますので皆様の帯をお解き下さいと申し出、集まった帯を固く結び合わせて、一方を舳先に、他方を口にくわえて荒海に飛び込み、背の立つところまで抜き手を切って泳いでいった。そして、心配して海岸に集まった人たちと力を合わせて無事舟を岸に引っ張り戻すことができた。

一命を取り留めた忠宗公は喜び、覚乃進に300石加増が申し渡された。時の幕府は事あらば大名家を取り潰そうと虎視眈々と目を光らせており、もしこの時忠宗公が亡くなった場合、御家断絶となったかも知れないのである(仙台人名大辞典より)。

仙台藩志会の会員にこの覚乃進の子孫がおられる。千葉県在住の中尾庄二郎さん。武士の子孫にふさわしく剣道六段、小野派一刀流の達人で中尾道場の主である。

■伊達泰宗、白石宗靖『伊達家の秘話 独眼竜一族の知られざる素顔』2010年、PHP研究所
(白石宗靖さん執筆部分)





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2012.06.02 13:34:44
コメントを書く
[仙台] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

コメント新着

おだずまジャーナル @ Re[1]:荒巻地区の新町名と宅地開発史(12/14) 荒巻昭和人さんへ コメントありがとうご…
荒巻昭和人@ Re:荒巻地区の新町名と宅地開発史(12/14) 団地名なつかしいですね。広告に使われて…

プロフィール

おだずまジャーナル

おだずまジャーナル

サイド自由欄

071001ずっぱり特派員証

画像をクリックして下さい (ずっぱり岩手にリンク!)。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: