仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2012.11.11
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カテゴリ: 仙台
福岡空港でいつも思うことが2つある。ひとつは、よど号ハイジャック事件の時になぜここを平壌空港と偽装しようとしたのかという素朴な疑問で、それはさておき、もう1つが大事。空港が街の真ん中にあるのでアクセスがきわめて軽快だ。地下鉄で数分なのだから。

高度規制や騒音などの都市行政上の課題は地元ではもちろん少なくないだろうが、いつも感心する。そして、思うのだ。

仙台も霞目を民間利用させていれば、都市づくりとしてもベストだったのではないか。東西線を活かしたまちづくりを今さかんにやっているが、都市構造も重層的となり、地下鉄を引くのならもっと早かったろう。インフラ投資も軽減でき、なにより国内外の交流基盤充実により仙台・東北の経済産業の振興に寄与すること大きいかと思われる。

市街地に近いことで有名なのが、福岡、松山、宮崎の3空港だそうだ。松山の知人から聞いた話だ(3つめは那覇だったかも)。長短両面で話題になるというところだろうか。

ところで、この霞目飛行場は、陸上自衛隊の所管。

郵便物輸送とその乗員養成のため昭和8年に建設された。しかし日中戦争のため養成された乗員は卒業すると陸軍の実戦部隊へと配属されていった。さらに飛行場も飛行機も所管が逓信省から陸軍省に変わった。
(白萩町の国分尼寺には、戦死した乗員養成所出身者の慰霊碑がある。逓信省航空局仙台航空機乗員養成所と刻まれ、昭和56年建立。)
昭和20年終戦により10月に飛行場は米軍に接収された。昭和26年の講和条約で返還されることになり、仙台市は民間飛行場への誘致を図ったが、昭和28年には霞目をやめ、岩沼の矢ノ目飛行場を民間飛行場とするよう動き出した。
昭和31年領飛行場は米軍より返還され、霞目は防衛庁が使用し、矢ノ目飛行場は運輸省と防衛庁が共同使用することとなった。霞目には陸上自衛隊霞目駐屯地がおかれ、矢ノ目飛行場はのち仙台空港と命名され運輸省単独の所管となる。


戦後の一時期、県や仙台市が民間利用を企て、また仙台空港の国際化や滑走路3000m延長などが叫ばれ官民共同でプロジェクトを推進していた昭和50年代あたりでも、なお霞の目の空港拡張と民間利用論が経済界の一部に根強くあったように記憶(伝承的なものも含めてですが)している。





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最終更新日  2012.11.11 11:38:14
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