仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2013.10.09
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カテゴリ: 東北
4世紀頃にできはじめた大和政権は、自国をヤマトと呼ぶようになったが、外交上は倭国を名乗ったようだ。

「日本」の国号が使われるようになったのは、689年に飛鳥浄御原令で定められたとの説があるが、それより早い天武の時代とか、701年の大宝律令で明文化とする説もある。

旧唐書東夷伝によると、702年に遣唐使が唐の則天武后に対して、それまで倭王の遣いと述べていたのを初めて日本の遣いと述べたと記されている。

しかし、倭国がそのまま日本になったとも言えない。倭国と日本国は別々の地域を指しており、どちらかは蝦夷だったという考え方がある。

浅井建爾『超雑学 読んだら話したくなる 日本の地名』(日本実業出版社、2010年)には、新潟と山形の県境にある555mの山「日本国」の名について、諸説あるも次のような由来を紹介している。



6世紀後半、蘇我氏に暗殺された崇峻天皇の第一皇子の蜂子皇子が、聖徳太子に助けられて出羽国に落ち延びる。成人して出羽三山の開祖となった。後年、この山に登り、故郷のある未申(南西)を指して、これより彼方は日本国(やまとのくに)と言ったという。





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最終更新日  2013.10.09 21:42:33
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