仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2015.02.21
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カテゴリ: 東北
国道48号関山峠は今年も大雪で通行止めに。山形と仙台をむすぶ大動脈だけに、両県側で防災対策を国に求めている。

ところで、関山街道の歴史は古く、陸奥出羽の交通は平安時代に始まる。近世には京都方面の物資は酒田から最上川をのぼって、関山越えに仙台に運ばれた。仙台藩では、今の仙山線作並駅の西北方、旧道沿いの作並の宿場に境目番所を置き、峠直下の坂ノ下に出先の関門を立て2人の足軽並み百姓を定置して交通を取り締まった。

山形県の初代県令三島通庸は、山岳に囲まれた袋状の盆地で産業も文化も孤立無援である同県には、何をさておいても東京と直結する交通路が急務であると考え、道路の鬼となる。

その第一が、米沢福島間の栗子街道と、仙台山形間の関山街道である。関山街道は、三島が県令となる2年前の明治7年に岩崎弥太郎の三菱汽船が石巻市の荻ノ浜に発着したので、塩竈を中継地とする関山街道に魅力を感じたのだろう。福島に来た内務卿伊藤博文に現地を視察してもらい、国庫から5万2千円の支出を即決してくれた。

三島の計画は、関山の直下標高600メートルに幅員14尺、長さ69間のトンネルを抜き、併せて延長4400間の新道に改修するもので、工費6万円で明治13年6月着工。

1か月後の7月21日には、坂ノ下の番所跡で、トンネル掘削用の爆薬を運搬していた40人余りのの労働者が休息していたところ、煙草火から引火して死者22人の大惨事にあう。東京から仙台に着いた爆薬の運搬で、多くは東根の住民。中には秋保や愛子、作並の者もいた。当時はダイナマイトのような安全性の高い爆薬はなく、打ち上げ花火につかう引火しやすい危険な黒色の粉火薬で、煙草は厳禁されていたのだが、一人が点火した煙草の灰が、包装が不完全で箱の隙間から地面に落ちていた火薬粉に引火して、40箱の爆薬全部が、山谷をゆるがす大爆音もろとも40人を宙に吹き飛ばした。

爆死者の供養碑は、山形側の東根大滝の路傍と遭難現場の坂ノ下路傍の2か所に立っている。

大きな犠牲を払って、関山新道は15年11月3日落成。その5年後の明治20年には東北線が仙台まで開通。このころが関山街道の全盛時代で、関山部落に20軒の宿場が建ったという。

明治24年奥羽線開通後しばらく衰微したが、昭和43年10月、旧トンネルの北700メートルの地に全長890メートルの新トンネルができ、毎日2000台が走っている。



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最終更新日  2015.02.21 14:08:29
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