仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2015.04.20
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カテゴリ: 東北
明治元年に岩手県下閉伊郡遠野町の南部藩の学者の家に生まれ、のち東京に出て坪井正五郎博士に人類学を学ぶ。28歳で台湾に渡る。晩年は郷土につくして大正14年、58歳で死去。(いのうよしのり)

日清戦争で台湾を領土としたものの、野蛮人の巣のように思われた当地の特に奥地については全くわかっていなかった。伊能は、ひとり台湾にわたり探検と研究に10年を費やして、50年にわたる台湾統治で暮らしやすさと日本の発展の足がかりのきっかけをつくった。

明治38年遠野に帰り、台湾で書き留めたものの整理をしながら『上閉伊郡誌』、『遠野方言誌』などを書き、郷土史研究の方法を明らかにした。生涯を捧げて書いた『台湾文化志』は死後に出版されたが、いまでも台湾を知る最も大事な資料とされている。

■宮本常一『辺境を歩いた人々』(河出書房新社、2005年)から当ジャーナル整理
■関連する過去の記事  笹森儀助 (2015年4月19日)





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最終更新日  2015.04.20 07:07:46
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Re:伊能嘉矩(04/20)  
名の読みは遠野市ホームページなどでは「かのり」とされているようだ。宮本著書では「よしのり」のルビ (2015.04.22 06:07:42)

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