仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2015.11.13
XML
カテゴリ: 東北
「州」は中国古代の行政区画で、国の意味にも使われた。「州」は二川を合わせた合意文字で、水面より高いところ、また、川の流れが二つに分かれてまた合流する象形文字とし、川中に囲まれた小地面を示す。これから転じて、水中の区切られた場所、区画の意となり、国の意味となった。

わが国にこの文字と用法が伝わり、古くから用いられた。従って、七州とは、7つの国の意味である。

明治元年12月7日、陸奥と出羽の両国が、磐城、岩城、陸前、陸中、陸奥、羽前、羽後の7国に分割された以来の用例である。

東北七州自由党(若生精一郎など、明治14年)
「国分街・・・東北七州無比の繁盛ナリ」(「仙台繁昌記」第1巻、有竹小三郎、明治16年刊)
旧制二高校歌

東北の一体感連帯感を昂揚する響きをもって、明治期には盛んに使用された。

なお、「州」を国の意とした実例として、「九州」(筑前、筑後、肥前、肥後、薩摩、大隅、日向、豊前、豊後)、「本州」、「関八州」(武蔵、相模、安房、上総、下総、常陸、上野、下野)などがある。

■参考 仙台市民図書館編『要説宮城の郷土誌(続)』宝文堂、1996年


(土井晩翠作詞、楠美恩三郎作曲、明治38年制定)
天(そら)は東北 山高く 水清き郷 七州(しちしゅう)の
光教(おしえ)の 因るところ 庭のあしたの 玲瓏(れいろう)の
露に塵なし 踏みわくる われ人生の 朝ぼらけ
(以下略)

■東北七州自由党
 明治14年3月、東北の連携のもとに、河野広中(福島)、鈴木舎定(岩手)、柴田浅五郎(秋田)、本田庸一(青森)、若生精一郎(宮城)らの自由民権活動家が仙台で結成。中央に自由党が立党される7か月前で、「自由党」の名を冠するわが国最初の政党。しかし、6月の秋田事件の影響もあって、さしたる活動をすることなく消滅。以後、東北の自由民権運動家の団結は、明治15年11月結成の東北会に継承される。

■若生精一郎
 若生文十郎の弟。仙台培根小学校(現在の木町通小学校)の好調となる。明治11年仙台に圏内最初の民権結社鶴鳴社をつくり、自由民権運動を展開。翌年教職を辞し、宮城日報を発刊、社長に。明治13年、村松亀一郎らと本立社を組織。福島の河野、岩手の鈴木らと東北連合会(明治13年)、東北七州自由党(明治14年)を結成し、東北民権運動の団結を図った。後に復職して、古川小学校校長。明治15年3月没。

■関連する過去の記事
東北七州とは何か





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2015.11.13 21:02:09
コメントを書く
[東北] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

コメント新着

おだずまジャーナル @ Re[1]:荒巻地区の新町名と宅地開発史(12/14) 荒巻昭和人さんへ コメントありがとうご…
荒巻昭和人@ Re:荒巻地区の新町名と宅地開発史(12/14) 団地名なつかしいですね。広告に使われて…

プロフィール

おだずまジャーナル

おだずまジャーナル

サイド自由欄

071001ずっぱり特派員証

画像をクリックして下さい (ずっぱり岩手にリンク!)。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: