仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2022.05.30
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カテゴリ: 東北
下記文献で、津軽岩木山信仰についての章を読んでいて、これまで当ジャーナルで何度も取り上げてきた 靄山 (もや山)にまた「出会う」ことができた。

文献による説明は次のようなものである。

(おだずまジャーナルでだいぶ要約しています。)


 津軽平野の中央に聳える独立峰の岩木山は、秀麗で津軽富士とも呼ばれ、富士山同様に山自体がご神体として崇められてきた。山頂には岩木山神社の奥宮が祀られている。
 岩木山神社は別称「お岩木さま」「お山」「奥日光」とも呼ばれる津軽国一宮で、宝亀11年(780)に山頂に社殿を造営したのが起源とされる。延暦19年(800)に坂上田村麻呂が社殿を再建したという。寛治5年(1091)神宣により東南麓の百沢地区に遷座し、百沢寺と称したのが現在の岩木山神社となっている。
 旧暦の八朔(8月1日)に五穀豊穣と家内安全を祈願して集団登拝する行事は、お山参詣あるいはヤマカゲと呼ばれ、一説に鎌倉時代に始まったというが、現在のように形式化したのは江戸中期と考えられる。当時は、8月1日だけは一般の人は入山できず津軽藩主のみが登拝するものであったという。明治には一般の人によるお山参詣が盛んになったといわれる。
 お山参詣は昭和59年に国の重要無形民俗文化財に指定され、向山、宵山、朔日山と3日間にわたり行われる。
 ところで津軽地方のほとんどの地域から岩木山を臨むことができるが、鉄道開通以前は、実際に参詣が困難な地域では、それぞれ地域の山を模擬岩木山として参詣する習俗があった。
 例えば 脇元地区 モヤ山 」と称される標高152mの円錐形の小高い丘である。山頂には脇元岩木山神社が祀られている。この山は、鎌倉時代より津軽三千坊のひとつとされ、修験者の信仰の山として崇められてきた。近世以降は 脇元岩木山神社 として、旧暦8月1日に岩木山神社と同様の祭礼が行われるようになり、遠方からの参詣者が増加したため、一時期、岩木山神社の遙拝所と位置付けられたこともある。
 なお、地元では、モヤ山が姉で、岩木山が妹、と伝えられている。

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最終更新日  2022.06.01 23:40:42
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