仙台・宮城・東北を考える おだずまジャーナル

2022.06.02
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カテゴリ: 東北
鬼剣舞というと、ある映像が脳裏に残っている。それは、乱舞する「鬼」がドンと目の前に一升瓶を置いて、緊張感の高い声で「北上の酒、オニケンバイ!」と叫ぶ、テレビCMのラストカットだ。小学生のころ見ていた。たぶん、地元の芸能の誇示と映像作品としての美も追求したのではなかったかと思う。

酒のCMといえば、岩手川も懐かしい。岩手誉、関山、酔仙、などなど、子どもながらに銘柄が頭にスンナリ入っていた気がする。

それはともかく、鬼剣舞は全国にも有名なのだ。下記の本にも書いている。

■八木透『日本の民俗信仰を知るための30章』淡交社、2020年(2版)(初版2019年)
(以下引用)
東北地方、特に岩手県には京都から伝わったとされる種々の念仏踊りがみられる。例えば北上市の「鬼剣舞」は関西でも著名であるし、紫波町の「犬吠森(いぬほえもり)念仏剣舞」は、大傘の踊りをともなった風流豊かな念仏踊りとして知られている。
(引用ここまで)

念仏踊り(踊り念仏)とは、災害や疫病で多数の死者が出た場合などに、その鎮魂のために、強く地面を足踏みすることで死者の荒ぶる怨霊を鎮めるものである。

4月に行われる京都の今宮神社の摂社の疫(えき)神社の祭礼である「やすらい花(やすらい祭)」では、赤と黒の長い髪をもつ4匹の鬼が、鉦や太鼓をたたき激しく跳びかいながら、春に蔓延する疫病を鎮めることを目的とする。

また、この祭りの一番の特徴は、春の草花で飾られた大きな傘であり、花傘、風流(ふりゅう)傘と呼ばれる。この中に入ると厄をのがれられると伝えられてきた。

やすらい花の起源は久寿元年(1154)とされるが、そもそも今宮神社のある京都市北区紫野は、近隣の船岡や蓮台野(れんだいの)とともに平安時代からの葬地であった。正歴5年(994)の疫病の猛威ははげしく、人々は門戸を閉ざし都大路の路上から人影が消える事態となり、紫野船岡山で盛大な御霊会が営まれた。御霊会は、非業の死者が未練や恨みから疫病を振りまくとの思想から、その荒ぶる霊魂を歓待し慰撫して都の外に送る仏教儀礼である。このときの会では、最後に、御霊たちの依代である幣帛(へいはく)を神輿に移して難波の海まで送ったといわれる。



■関連する過去の記事
ナマハゲやスネカの起源と神(鬼)の両義性 (2022年5月29日)





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最終更新日  2022.06.02 00:36:29
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