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3/11が日本人の忘れてはいけない日になって3年経った。その間、被災地のケア、原発問題、復興の問題と山積された問題がマスコミを賑わせた。私はそれを見るごとに「なるほど、政府は、東電は何をやっているんだ」と憤りを覚えたものだ。 でも3年経ち、少しばかり様子が変わってきたように思う。災害直後にはコンビニから食料が無くなり、その後もパン類が1週間以上現れなかった。すべては被災者のために、と我慢したものだった。今はまったく以前と変わらずコンビニにもスーパーにも物があふれている。それを当然のように受け止めている自分がいる。 最近ブーニンのドビュッシーをよく聞く。ドイツグラモフォンへのデビュー盤だ。これは手放そうと思って聞いてみたところ、意外と良かったので手放せなくなってしまったのだ。 ブーニンが1985年、ショパンコンクールで優勝するや、日本で大ブームになった。NHKがショパンコンクールの模様を放送したせいだと思う。どんな難曲も軽々としかも実に楽しそうにスイングした演奏、クラシックの堅苦しいイメージを払拭させるに足るイケメン、ピアノの貴公子ともてはやされたものだった。 ご本人は至って真面目に自分の音楽が受け入れられていると勘違いしていたかもしれない。そのうち洗足学園の講師になったり、よせばいいのに協奏曲の弾き振りまでやっていた。 心ある評論家はブームに乗らずしっかり勉強すべき、みたいな苦言を呈していたが、ご本人は何事も経験と思っていたのだろうか。果たしてあのブームは芸の肥やしになったのかどうか。 彼のドビュッシーは来日公演(のテレビ番組)でのアンコールにトッカータを弾いたとき、メインのショパンより煌めきとリズムに切れがあり、これはいいと思った。彼のメカニカルな技術とロマンティックな表情付けがドビュッシーに合うのではないか、と。さすがドイツグラモフォンもかれの才能を見事に把握し、ショパンコンクールの優勝者にドビュッシーを弾かせるという、荒技に出て成功している。 ただこの盤から聞こえてくるのは、日本の大ブームでも天狗にならず、ひたすら真面目に自己と向き合おうとしている青年の、孤独な背中だ。なんと清々しく、でもどこか寂しげでもあるこのドビュッシーを今聞いて、ブーニンのその後を思うとき、日本人の熱狂と忘れやすさと、本質をつかみ損ね、やたらとショパンを弾かせていた我々は猛省しなければならない。ブーニンは今も弾き続けているようだが、その活動ぶりはあまり聞こえてこない。 3/11を忘れてはいけないと言いながら、普段の生活ではすでに遠い出来事のように感じてしまう。マスコミは事あるごとに特集を組むが、まだ事故の本質にまでは至って無い気がする。そして復興への力強い鎚音が聞かれないまま、すでに3年も経過してしまった。[CD] スタニスラフ・ブーニン(p)/EMI CLASSICS決定盤 1300 395: J.S.バッハ: 目覚めよと呼ぶ声あり、他楽天にはドビュッシーアルバムがないため、バッハアルバムを。これも彼のロマンティックな歌の才能にあふれた盤です。
2014年03月11日
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また訃報です。 フラメンコギターの世界を世に広めた、偉大なるギタリスト、パコ・デ・ルシアが2月25日に亡くなりました。66歳とは早すぎます。NHK NEWS Webから転載。フラメンコギターの名手として世界的に知られるスペインのパコ・デ・ルシアさんが25日、滞在先のメキシコで死亡しました。66歳でした。パコ・デ・ルシアさんは兄とともにフラメンコギターを始め、10代のころからプロのギタリストとして活躍しました。スペイン南部の伝統的なジプシー音楽にジャズやブルース、ロックの要素を取り入れ、フラメンコ音楽の幅を大きく広げました。またジャズ・フュージョンギタリストのアル・ディ・メオラさんやジャズ・ピアニストのチック・コリアさんなど異なるジャンルの著名なミュージシャンとの共演も行いました。パコ・デ・ルシアさんは25日、滞在先のメキシコで突然体調を崩し、66歳で死亡しました。スペインの生まれ故郷では、町長が「文化の世界とアンダルシア地方にとって埋めようのない損失だ」とその功績をたたえるとともに、3日間、町全体で喪に服すことを決めました。フラメンコ音楽に大きな変革をもたらし、世界にその魅力を広めた名手の訃報にスペインでは悲しみが広がっています。 私がパコを知ったのは大学のギターサークルに入ってからでした。このサークルはラテン音楽が中心で、代々必ずフラメンコを継ぐ人がいました。彼らは「パコ最高〜!」と言っては録音から耳コピーして弾いていたものです。それまでクラシック一辺倒だった私にとってその音楽は衝撃的でした。 からだの中から沸き上がるようなリズム、パッション、野太い音、嘆き、悲しみ、、、そして超絶的なテクニック。クラシックの洗練された歌とは違う、野趣満点でありながら心に深くしみ込むそれは音楽の根源を知らしめているかのようでした。 自分もフラメンコを弾きたいと思ったこともありましたが、サークル内のクラシックの火も絶やしてはならないと(変な)使命感でクラシックギターを続けたのでした(今想えばちょっともったいなかった)。 それでもフラメンコのテクニックはスペイン音楽をやるときには役立ったし、リズムの考え方はファリャやアルベニス、ロドリーゴなんかを理解するのに重要でした。(6拍子を2つと3つに交互にアクセントを置くとか) パコの素晴しいところはフラメンコの世界だけでなく、フュージョンやジャズ、クラシックまでも手を伸ばしてチャレンジしたところです。そうやって伝統の世界に安住しない冒険者の姿をある人は批判し、ある人は賛美します。パコにとって音楽にジャンル分けは意味がなかったのでしょう。 今でも思い出すのは映画「カルメン」のワンシーン。ビゼーのカルメンをフラメンコ舞踏化して舞台に出すまでの映画ですが、ギターセクションにパコが出演していて、ビゼーの原曲を聴いてからおもむろにギターで同じ曲を弾き始める。それは既にフラメンコ化されていて、周囲はパコに合わせて伴奏、パルマ(手拍子)を始める。「天才ってのはこういうものか」と驚きました。 (もっともビゼーの原曲は「セギリージヤ」などフラメンコの種類を使っているから、まあやりやすいとも言える) 来日公演にも行ったし、レコードもすり切れるくらい聞きました。今でも時々取り出しては胸を熱くしています。本物の天才に言葉はいりません。ただ聞くだけ。それだけで、人間の深いところへ我々を連れて行ってくれます。そしてこの世に在ることの素晴らしさと悲しみを教えてくれるのです。生きる鼓動と流す涙、光と陰。彼もまた偉大なスペインの芸術家でした。 フラメンコの世界を知ることができたのは間違いなくパコのおかげです。 パコ・デ・ルシア(ルシアの息子)、ありがとうございました。 謹んでご冥福をお祈りいたします。[CD]PACODE LUCIA パコ・デ・ルシア/ENTRE DOS AGUAS【輸入盤】16歳のときの演奏(トラック2)から、大ヒット作「二筋の川」(トラック1)、スーパーギタートリオの「カストロマリン」(トラック11)など、これを聞けばだいたい網羅できます。[CD]PACODE LUCIA パコ・デ・ルシア/CONCIERTO DE ARANJUEZ【輸入盤】 アランフェスをパコが弾く!これだけでも衝撃なのに、結構大真面目に楽譜通り弾いてます。ちなみにパコは楽譜読めなくて、このとき初めて勉強したのだとか。駿河屋なら各種キャンペーンにエントリーするとポイント5倍以上!【中古】ジャズCD パコ・デ・ルシア アル・ディ・メオラ ジョン・マクラフリン/ザ・ギター・トリオ【05P24Feb14】【画】スーパーギタートリオのライブ。ギター小僧(かつても含む)必聴です!パコ・デ・ルシア/ライヴ 1974 【CD】これ!これ聞いて私は魂抜かれました(笑)。フラメンコがクラシックの殿堂スペイン王立劇場でコンサートやるってのは、たいへんな事件だったのです。このときパコは26歳。きれきれです。
2014年03月01日
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