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いやぁ、色々と続くものですなぁ。びっくりですわ。 ようやく法事の段取りにも慣れ、旦那なんぞ、ランニングとステテコで新聞を読むくつろいだ一瞬も持てるようになったかと思ったのです。そこへ、オムツを替えていたらズボンを穿かずに逃げて行った、パンツ小僧ならぬオムツ丸出し小僧の宝良くんが、ちょっかいを出しに行って、なんと平和な光景……と写真を撮った週末、法要も、自宅であと一回、六七日(むなのか)をしたら、その次は、お寺での四九日(しじゅうくにち)で、取り敢えず、一息つけるだろうと、先が見えてきた気分だったのです。 何分、お舅さんの介護から始まり、お葬式、法要の準備で、学校もいっぱい欠席し、もう、前期はこれ以上休めないところまで来てしまって、ここでまた出席不足になると、今でも3度目の一年生科目履修なのに、来年4度目が確定するよ。短大だっていうのに………、という訳で、やっと、ぎりぎりセーフで学校へも通えるかと、日常生活を取り戻し始めていたの。 さて、そんな光が見えかけた、でも、疲れの溜まりきった、週明け、月曜日の夜、深夜トイレへ起きた夫が、トイレから戻ってきて、「目がおかしい」と言い出した。「左目の下半分が見えない。」と。 視野が欠けるって……、私の頭には、まず、緑内障がよぎった。 一ヶ月前に、会社の健康診断のとき、眼科の検診も受けていたので、もし、緑内障が始まったのに今気づいたとしても、一ヶ月前には無かったはず。とにかく明日、朝早めに眼科へ行ってみよう。ということに。 さてさて、翌朝火曜日、私のその日のスケジュールは、午前中は学校へ、昼から仕事で総会&座談会に参加、夜は仕事関係の人たちと会食という、びっしりの予定だった。 午前中の授業中、夫から携帯が鳴る。授業中だから取れない。チャイムが鳴って、携帯の留守電を確認。「網膜剥離で、手術が必要とのことで、今から大きな病院へ紹介状を持って回ることになった」と。 あぁぁ、何てこと!あの写真を撮った、一瞬の平和は、本当に、一瞬だった。 もう、私、座り込みそうでしたわよ。丁度、私の出席がギリギリなのを心配した先生が、どう落ち着いた? と声をかけてくださったけど、留守電を聞いていた私は、しどろもどろ。「ねぇ、ほんとうに、お払いに行ったら?」と先生に真顔で心配して貰ってしまった。 さて、でも、手術だの何だのと言われても、今日の午後は、仕事を引き受けているから、今更すっぽかせないので、学校から総会会場へ直行。 夫から、そのまま入院になったと連絡が入る。うーん、引き受けた仕事が終わるのが16:30。病院は、私が宝良ちゃんを生むのに、何度も入院した病院なので、様子は手に取るように分かる。夕飯の時間は18時前後。それまでに、「お箸とパジャマと着替え、スリッパ、その他」を届ければ何とかなる。 16:30から、翌日営業に私と同行して回るために県外から来てくれている方を職場等へ案内して、19:30からスタッフ数名と落ち合って会食という予定だった。 総会と座談会の合間休憩などにトイレからスタッフにSOSの電話。スタッフに事情を説明して、職場案内などを変わって貰うことができた。 もう、ずっと仕事上スタッフに面倒をかけっぱなし。本当にありがとうね。 で、私は、お受けした仕事が終わって、タクシーを手配して置いて、ダッシュで自宅へ戻り、夫の入院道具を揃え、到着したタクシーに詰め込んで、保育所へ回って貰い、宝良ちゃんを迎えに寄って、宝良ちゃんを連れて、ダーリンの病院へ。入院の道具のセッティングをして、(有料駐車場に停めっぱなしだった)夫の車に宝良ちゃんを乗せて、会食の席へ。 会食の場で、宝良ちゃんも同席して、食べられそうなものをなんとか食べて貰う。でも、もう眠いよね………、ごめんよ。 22時過ぎてお開き。疲れ果てている宝良くんをつれて、実家へ回る。夫の入院書類の連帯保証人欄を記入して貰う為ね。 というのが、タイミング悪いことに、私の両親がその翌日から居ない予定だったの。アメリカに住む兄家族のところへ出かける予定で。 というわけで、何とかギリギリ書類に連帯保証人の印はもらえたけど、翌日からジジババは居ず、宝良ちゃんのお世話も、仕事も、学校も、そして、翌週の自宅での法要も、翌々週のお寺での四十九日も、入院した夫の洗濯等々も、私の肩にズドーーーーーーンと丸ごと降りかかってきたのだったのよぉ。 あぁ、人生チャレンジ月間、どこまで続くのやら。
2007.06.26
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初七日は、お葬式の日にそのまま葬祭会館で執り行ったので、今日が初めての自宅での法要。 この日を迎えるまでが、本当~に大変だったよ。結局ね、毎週20数名の親類が集まってくれた。 30人近くの人が座れるように、家具を移動させ、大掃除をし、座布団を買いそろえ、障子を貼り替えて、様々な準備をほぼ一人ですることになり、家事代行の方にお願いしたりして、何とかこの日を迎えたのでした。 午前中にお仏壇納品。 昼から、お花とお供えと、お菓子とお茶と、うどんと、お寿司の準備。 夕方から法要の開始。お寺さんが来てくださって、親戚が集まって、新しいお仏壇なので、まず入仏の読経。それから、通常の法要をして、お茶、お菓子、お寿司、うどん、お供え分けの準備。 そして、皆さんが帰られた後、何と言っても、毎週続くので、しっかりとお片付けand来週の準備。 就寝は毎回夜中2時を回ってましたね。 ああ、大変でした。 しかし、しかし、これも、お舅さんのプレゼントだったかも……なんて思ってる。 私、姑にあの家追い出されてから、夫の親戚とはほとんどつきあいがなかったの、ずっと。で、宝良ちゃん、もうほぼひとりっこ確定でしょ、将来、孤独にならないか…、それが本当に心配な私。 おじさんやおばさんが毎週自宅に来てくれることで、急にたくさん親しくなって、そこに同い年の孫がいたりして、宝良ちゃんの世界が拡がった気がする。 この法要、私には、とっても体力的にきつかったけど、宝良ちゃんの将来に、お舅さんがくれた大きな贈り物だったのかも、と、思う今日このごろなのでした。
2007.06.03
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