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その湖は、ほとんどの人が訪れたことのない。と言って良いほど、人影まばらな、まぼろしの湖。著名な名のある山もなくホテルも旅館もないのでいつも湖畔には人影がまばら。湖畔の周囲は歩いて、数時間かかる広大な湖。白樺の樹林が湖畔に迫り熊笹の野が囲む。明るい落葉樹の潅木が熊笹のなかに点在する。一周できるぶなや白樺の美しい紅葉樹林の尾根に囲まれた珠玉の湖。白樺の黄葉が湖畔に映える頃、尾根は紅葉に染まる。その頃が、最もその美しい容姿を際立たせる。夏にはやなぎらんの桃色の花が熊笹の野に咲き乱れる。そのすぐそばにテントを張ることができた。湖畔には、人工物といえば手前に1軒の売店、奥に山小屋風の管理棟だけ。泊まるにはテントかわずかばかりのバンガローだけ。周囲数十キロの湖畔には、他に人工物がまったくない。真反対なのが、白樺湖。湖畔を村民に切り売りされた湖。別荘やレストランが湖畔を占拠し、お金を払わずに湖畔にたどり着けるのはわずか。湖畔のすべてを人工物が営利目的で陣取っている。それに比べると、この湖はただ、ありのままの姿で存在している。軽井沢から北へ山峡を車で走ること一時間半近く、突然、広大な展望に出る。今年も、その尾根の紅葉の樹林を歩いて、紅に染まった。ヒントは尻焼き温泉から北へ20分。帰りに、尻焼き温泉の露天風呂で汗を流しましょう。
2004/10/20
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昔、長崎にいたころ、従兄弟に長崎医大の若い小児科のお医者さんがいた。松尾郁雄と言う名の優しい人で、才気煥発、多芸多才。注射はできるだけしないで、自力で回復した方がいい。盲腸の手術の後、数日後でも、アイスクリームでもなんでも食べていい。小児科は子供を見るだけではだめ。子供を抱いた母親を部屋に入った時から観察して、母親の子供に対する接したかを見て処方しないといけないと、経験から来る自論をもった若い名医者だったそう。小児科なので、子供を笑わすのが天才。バッチ・アダムスの長崎版のような人だったもよう。自分を後にして必ず人を先に立てるので、どんな難しい看護婦さんも使いこなせると評判だった。従兄弟姉妹が集まると、いつも中心になって遊んでくれた。ある葬式の時に、退屈なお経に耐えられず、なにかつぶやいた。神妙にしていた我等、前列の従兄弟みなが笑い出し、全員、恐い伯父に、退室を命じられた。手塚治虫の漫画を自在に描き、行動はいつもユーモアあふれていた。自宅でカクテルパーティをを開くと約束したら、バーテン見習いになってカクテルをマスターして本格派のカクテルをだしたとか。ある日、乞食の格好して医学部に来れるかと賭けをした。当日、体中に靴墨を塗り、稲のむしろだけを体に巻き荒縄で縛った。その姿で電車に乗り、運転手に切符を求められた。腹巻からクシャクシャに折ったお札を差し出した。その姿で自宅から医学部に行ったとか。人に気配りをし過ぎ、研究で無理を重ねた結果、体をこわして、結婚後、子供も生まれる前に亡くなった。翌年、その精霊流しのために「○○ちゃんもぜひ長崎に帰ってきて」といわれた。本人が去った悲しみを払拭するように、長崎の人は、壮大な精霊船を作って親戚みなで担いで長崎市内を練り歩く。僕は、爆竹がかり。20連発の爆竹に火をつけては、道路に鈴なりになった観客の足元に放り投げいれた。医者になって後悔する人はいないよと何度も言われた。けど、僕は当時は花形の工学部に進んだ。工学部3年の時に、医学部に編入しようと試みた。しかし、僕は、編入に必要な生物を高校で習っていない。おかしいなと思ったら、余った内申書をひそかに開けてみてあとで判った。僕の成績書は、生物を習ったことになっているが、実際は、化学の復習の成績を生物の成績にしてあった。学校の受験成績を良くするための、長崎東高校の校長の不正な工作だったよう。ともあれ、従兄弟は僕の心の中にいつも目標として導いてくれた人だった。凝り性で、絵画が好きで、いたずら好きなところは遺伝かも。スペイン巡礼路の水彩画を一番見せたかった人。まだ、いろんな事を教えてもらいたかった身近な忘れえぬ人。さて、秋の気配が深まると、空はあてどなく深くなる。若いときは、その果てしない深さに寂しさが伴っていた。そんな思いで描いた水彩画「遠い雲」
2004/10/09
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元ロンドンに滞在していたロシアのスパイの本を読んでいる。彼は、イギリスが大好き。なぜならイギリス人は、礼儀正しいから。どんなことも露骨に言わず、「もし・・・ならば」と、仮定法で婉曲に言うから。スパイ活動のために無灯火で運転していた折にも、イギリスの警官は、灯りをつけろ! とはいわない。「もし、灯火をつけたら、より良く見えますよ。」と、表現が紳士的。ある日、動物園に小さな娘をつれた貴婦人がいた。猿の群れを見ていたときのこと、二匹の猿が、ふたりの目の前で愛の行為を始めた。幼い娘は、無邪気に一心にそれを見つめて去ろうとしない。困った婦人は、園の飼育員に問うた。「もし、このお菓子をあげたら、やめるでしょうか。」と。しばし、熟考した飼育員は、イギリス風の仮定法で婉曲に答えた。「もし、あなただったら、おやめになりますか? マダム」もうひとつ。イギリス紳士が、ある婦人に「ブタ!」と言って訴えられた。有罪を宣告された紳士は裁判官に問うた。「マダムをブタと言うと有罪だそうですが、もし、ブタにマダムと言ったら・・・・罪になりますか? 」裁判官は、「ブタにマダムと言っても罪にはならないでしょう」と当惑気味に答えた。紳士は、おもむろに訴えた婦人に向かってひとこと言った。「失礼をおわびします。マダム!」写真は、アゼルバイジャンの英国パブの仲間たち。共通しているのは、彼らはなぜか椅子に座らない。何時間も常に立ち飲み。ビール一杯で何時間もわいわい冗談を言い合っていた。世界各地からやってきた渡り鳥たちは、みな気が良い。バーにたむろしてビリヤードなどを楽しんでる。一緒に玉突きを楽しむアゼルバイジャンの乙女たちは、みな恋人のように、仲むつまじかった。一人でぶらりと出かけていって、その場に居合わせた者同士が、すぐに友達になって楽しくすごせる場。日本には、こんなところは少ないなあ。六本木や、麻布には、同じように外国人が集まるこういう場所がたくさんある。英語を学びたい人は、こういう場所で実践するといい。ひとつかふたつ、気の利いたユーモア話を仕入れておいて披露すると歓迎され仲間に入れてくれるでしょう。
2004/10/03
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