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さて、私が、最初にこの鶴林寺を訪れたのは5月の下旬。(先日アップしたのは、その時の写真です。)その際、来月半ば、本堂前の沙羅の木と、菩提樹が同時に咲く貴重なタイミングがある、と、境内にあるカフェ(セルフでベンチの簡易カフェ)のお姉さんに聞き、「境内にそれはそれはいい香りが漂って・・・」という話に、すっかり夢中になりました。といっても、菩提樹は6月中旬から1ヶ月ほどぼちぼち咲き続けるのに比べ、沙羅の木は、6月上旬~中旬の、何処かのタイミングで一気呵成に咲いて散るそうで、両者が同時に見られるのはなかなか難しい、ということでした。だから、観に行く事をすっかり諦めていたんですけど・・・予定がぽっかり開いた日、再訪決行しちゃいました。といっても、今年は特に6月上旬が暑かったため、開花が早いという情報があり、両方の花を見ることは叶うまい、と半ば諦めてもいたのですが。沙羅の木、 咲いてる。 咲き始めのように見えるのに、地上には既に散った花が沢山あります。朝咲いて、夕方散ってしまう一日花です。これから7月上旬までは、咲き続けてくれるそうです。沙羅樹がお寺で植えられるのは、お釈迦様が入滅した際にその近くにあったから、という事ですが、日本では耐寒性が弱く、生育に適さない為に、代用の「夏椿」を植えます。夏椿が沙羅の木(シャラノキ)と呼ばれるようになった所以ですが、本当の沙羅の木とは違うそうです。 これが菩提樹。本当に、いーい香りがします。 境内中に漂っています。菩提樹は、お釈迦様がその木の下で悟りを得た事で知られますが、これも、本物のインドボダイジュ(クワ科)は熱帯性で日本の気候には合わない為、日本では、葉の形がよく似たシナノキ科の落葉高木を「菩提樹」としています。 石塔の後ろの菩提樹。 (南北朝時代の石造宝篋印塔、と思っていましたが、よく見ると先端部の石が新しいので違うようです)終わりかけの花に、実がなっています。お寺では、これを数珠にして販売しています。蜂が一杯です。 香りが呼ぶのでしょう。御住職も仰っておられましたが、二つの花が同時に見られるなんて、ついてたな、・・・私。食田飲太さんのブログで、開花状況を聞けたのが良かったです。もう大分咲き進んだだろう、と思いながらお伺いしたら、「蕾でした」とのお答え、去年の開花実績から類推し、逆算して、「いける(花が見られる)かも」と踏んで、これで半分、決行決意が固まりました(笑)。 ありがとうございました。・・・ですが、これでこの日は終わらないんですね。(笑)もうちょっと、このお寺の話にお付き合いください。
2014.06.28
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『・・・あそこんちの娘さん、フニンやてな』『らしいな。 病院行っとったらしいで』『上のお姉ちゃん、直ぐ出来たのにな』『年上やのにな、せやな』・・・電車の中で、耳に入ってきた年配の女性の声。多分、いつも普通にそういう会話をしているんだろう、住んでいてなんだが、こういう時の関西弁って、実に不快なのだけれど、一般にはそうでもないらしい。・・・私の視線に気付いたか、女性達は口を噤んだ。匿名性を以って投げつける野次と、見えない所で交わされる同情めいた中傷と。面と向かって、でない分、後者の方が罪は少ないのだろうか。しかし、それを聞いている第三者が感じる不快感は、罪にカウントされないのだろうか。・・・不思議だな、多分、どんな議会においても、多かれ少なかれ野次なんてものは風物詩で、ネットの某大型掲示板並みに、悪口も飛び交うものだろうと思っていた。今回、ジェンダーやら、ハラスメント的側面が一部からピックアップされた為に、大騒ぎになってしまった。・・・本当は、それを意外に思うほうが、問題なのだが、前述の女性のような発言を、一般でもよく聞くために、『ひとがシチュエーションに関わらず、無責任発言をすることは、よくあることじゃなかったのか』、と思ってしまうあたり、社会の歪みなのか、それとも「私の」歪みなのか。不快は不快。『誰某の為に言った』なんて、腐った言い訳する奴は、肥溜めに蹴り落としたい。この一件で、野次を飛ばす連中は冷や水を浴びて口を慎むだろうから、一連の話は、誰かの、何かの為になった、といえると思うが、件の発言に深く傷つき、不眠を訴える女性都議には可哀想な出来事だった。・・・因みに、私は件の、泣かされた都議は、別の理由から支持はしないけれども。
2014.06.26
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前回載せた写真は最中でした。^^この三重塔を模したものです。 長谷川銘菓堂、「鶴林もなか」。餅が入った餡は甘さ控えめ、原材料は国産限定、保存料添加物一切なし。なかなか優しいお味でしたー。^^加古川の名刹、鶴林寺。 4月~6月 『JR西日本 春季ちょこっと関西歴史たび』という企画で宣伝されていたので、それは行かなければ、と。JR加古川駅から、25分ほど歩いたら着きます。(バスもあります)その途中で、かっつんとデミーちゃんの石像に逢った訳です(笑)寺は、思った以上の古刹でした。創建は聖徳太子、だから「刀田の太子さん」と呼ばれ、「播磨の法隆寺」とも呼ばれます。先の三重塔は室町時代のもの。 近代に一度放火され、内部を損傷するという事があり、修復は済んだものの、普段は非公開であったものをイベントに合わせて御開帳されました。県の指定重要文化財。本堂これも室町時代。 国宝の立派な建物です。本尊の薬師如来、日光、月光、毘沙門、持国、十二神将がおわします。しかし秘仏中の秘仏。 ・・・60年に一度御開帳されます。その、千載一遇のチャンスが数年前だったので、逃した私は、もう生きている間に御目文字は叶いますまい。本堂の色褪せたお写真を眺めて、我慢するしかありません。太子堂国宝。 これは平安時代の建物。 平安! 京都で見た石仏より数百年も古い訳で・・・木造建築物の思わぬ長寿に眩暈がします。中は、長年焚かれてきた蝋燭のすすで真っ黒です。 しかし近年、赤外線で何が描かれいるかが判明し、描き起こした画を宝物館で観る事が出来ます。聖徳太子像も描かれていますが、秘仏扱いで観ることは出来ません。太子堂も普段は非公開ですが、特別公開されていましたので、有難く拝見してきました。鐘楼室町時代。 中に吊られている高麗期の梵鐘共々重要文化財ですが、入ることは出来ません。はー・・・ここまで書いても、まだ半分・・・読みにくくてすみません、一旦切る事にします。
2014.06.21
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誰でしょうこれ。かっつん と、デミーちゃん だそうです(笑)兵庫県加古川市、加古川観光協会のPRキャラクターです。加古川市、と聞かれてもぴんと来ない方もいらっしゃいますよね。・・・ええ、すみません、私も余り興味はありませんでした・・・。これが、加古川名物とされるかつめし。戦後、加古川駅前の食堂で、お箸で気軽に食べられる洋食、というコンセプトで始まったものが、広がった模様・・・・・・私は正直、かつと飯は別々に戴いた方がいいな、と思いましたハイ。(これは好みです、好み。 バーモントカレー甘口こそ至高!という方が居れば、ありゃカレーじゃねえ、という方が居るのと同じ。)昨今はB級グルメという言葉が市民権を得ていて、当然、それは神戸にもあるわけですが、これを観光の目玉(キャラ)にしてしまうというのは、なかなか以って斬新(に思えます)。ふなっしーは梨、人工加工ナシですやん?(上手い事言ったつもりじゃ・・・^^;)因みに、かっつんとデミーちゃんの体重は、かっつん大盛り、デミーちゃん並盛り、だそうです。 ・・・体重ちゃうやん。脱線しました。全く縁の無い場所、という訳ではありませんでしたが、特に縁を求める場所でもなかった私が訪れた理由。書いた直後に消えた、梅小路の話は置いておいて(目下、士気がなくなりました)、取り敢えず今回は、此方を先に書いていきたいと思います。(ナンジャモンジャの木:名前に似合わず可愛い花なんです)・・・ええ、そうです。 寺です、寺(笑)・・・ここに、すごいお寺があったのです。これ、なーんだ。
2014.06.20
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姫路城って、昔傾いてたことがあるんだよなぁ・・・昭和の大修理で、そのへんはもう完璧に直してるだろうし、今回の平成の大修理では、抜かりなくチェックもしてるだろう。そういえば、城の全景は見えるようになったけど、大修理事業の完了はいつなんだ?そう思ってぼんやり検索をかけていたら、姫路城のHPで見逃せない情報をgetした。ブルーインパルスの祝賀飛行の決定についてふぉぉぉぉぉ! マジですかーーー!!行くー、行きたいー!!セントレアの飛行展示と同じで、多分駐機しない10分程度の飛行でもー!!姫路城の上空を旋回するブルー・・・観たい!!因みに修理事業の完了は平成27年の3月、だそうです。その祝賀イベントの一環として、ブルーが飛来するのだそうで。行けると・・・いいな。
2014.06.18
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父と、電話で久々大喧嘩した。・・・思い起こせば、きっかけは些細な事だった。 しかし双方イライラしていた為に、口論がエスカレートした。父『お前、今日、家に来て何をした!』私『何って、・・・空気清浄機の掃除して、ホウレン草と小松菜茹でて、皿洗って』父『皿洗って、まな板どこ置いた! あんなとこに置いたら台無しだろうが!常識だ!』私『はぁぁぁぁぁぁ!? 〇〇家のルールなんか知る訳無いわ』父『悪いと思わない己の感性を反省しろ!』私『二言目には「感性、感性」と、ファジーな表現は聞き飽きたわ お父さんの感性は誇れるって訳?』父『育ててもらっておいて、その言い草は何だ!!』私『んなこと関係ないわっっ』父『でしゃばりが! もう何もするな!』私『エー、エー、何もしやしませんよ 頼まれたってな!』・・・元々は母が悪い。母が高い熱を出して寝込んだために、心細かったのであろう父が電話を寄越し、私は様子見に実家を訪問した。呼吸をする時、母の喉からかなりの雑音が聞こえたのが気になって(母は肺に持病がある)、病院へ行って欲しいと言うも、母は「寝ていればいい」と、頑として首を縦に振らなかった。手を焼いて妹に報告した結果、心配した妹が泣きながら実家に電話をかけ、妹に泣かれた父が、「どうして心配させるような事を妹に言うのか」と、私に怒りの電話をかけてきたのだった。元々、小さな姪っ子が先月罹ったウィルス性の病気が感染元で寝込んだなら、早く手当てしないと高齢者にはかなり辛い、妹は自分の責任かも知れぬと思いつめて、病院へ行ってくれと頼んだのだ。それがヒートアップして前述の流れ。・・・いやもう、家の外にまで駄々漏れする大声だったようだ。 ・・・母が大人しく病院に行ってさえいたら。・・・私は、その後も、喰らった暴言が心に突き刺さったまま、暗い恨みの炎を燃やし続けて、友人を捕まえて愚痴ったりした。母はその後、重い腰を上げて主治医の元を訪れ、肺炎になっていた事が判明した。ただ、奇跡的に峠は越していた為、投薬治療で済む事になった。『一週間前に何故来ない!?』と、医者にお叱りを受けたそうだ。 ・・・そりゃそうだ。一方、私の父に対する蟠りは、日増しに強くなるばかりだった。父の日にプレゼントがあると思うな、いや、嫌がらせになるものを送ってやろうか、そんな事をじめじめ考えていたある日、妹から電話があった。『お母さん入院したの、聞いた?』聞いていなかった。『お父さんから電話があって・・・検査入院らしいんだけど、余りよく解らなくて・・・お姉ちゃん聞いてるかと思って』観念した。『判った。 ・・・私からお父さんに電話する』 ・・・母は、二年前同様、下血と貧血が再発したのだという。 通り一遍の検査では、原因が全く不明なため、医者の言う通り、取り敢えず今回は検査入院し、徹底的に悪いところを探る事になった事、母は今、特に寝込んでいるわけではない事・・・入院は明日から一週間。 そこで原因が判らなければ、そのまま別の病院へ転院し、検査を受ける。 今、準備をしている。そんな事を淡々と父は話した。『お前にお父さんがどんな気持ちで居るのか、わかるのか?』私はそれに対し、何も言わなかった。『お父さん頑張ったね、・・・急にそんな・・・大変だったね、一人で。心がしんどかったでしょう。』折悪しく、外線着信が入ってきた。『うん、じゃあ、又詳しい事教えてよ、私も病院行って顔見せたいしさ』『・・・わかった。』・・・『この間はごめんな、言い過ぎた。』電話を切る間際、父が謝った。『此方こそ、ごめんね。』私も謝った。その後、検査が終わるたびに、実家の父から電話がかかってくる。『(病院から)帰るのに、雨でずぶ濡れになった。 もう散々だ。』『お母さんは意識が朦朧としてると、此方が何か言いかけても、冷たく「又にして」とか言うんだ。 ・・・全く、コドモみたいだ。』父の愚痴を聞く。聞きながら、俯いて受話器を持っていた私は、顔を上げた。そこにあった鏡に、自分の顔が映っていた。・・・鏡の中の私は、苦笑していた。「熱過ぎってか・・・『あと1℃低かったら最適な温度の風呂に浸かってる』感じ(になる)?」私の愚痴を聞いて、友人が評した私の家族像。・・・父の日には、欲しいと言っていた、国産の極上蜂蜜でも贈ろうと思う。
2014.06.07
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