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藤真利子さんがナレーションを務める、KBS京都の「京都・国宝浪漫」が面白い。何が面白いって、解説が一通り終わった後、藤真利子さんの感想が一言入るのだが、それが余りにも「取ってつけた」ようで、笑いを禁じえない。なんというか、「・・・取敢えず、スゴイですネッ」という感じ。(言ってはいないけれども)あれ、台本のままなのかなぁ・・・無くてもいいような気もする・・・。*******姪っ子が三歳になりました。・・・・・・『早く大きくなりなね、おばちゃん教えてあげたいことがたくさんあるから。』二年前に、ブログでこんな事書いてた私。もうね、自惚れるのもいい加減にしろと言いたい。本当に、完成した大人なんて、どう足掻いても、後は能力にしろ機能にしろ、衰えていく一方な訳です。方や、小さい子ってのは、吸収と成長しかない訳ですから、そのポテンシャルたるや、今のところ無限大です。昨日出来なかった事が、今日になっていきなり出来る、というように。時々あたしなんか、目の前にいるのが、ふなっしーであるかのような錯覚を覚えるから。もうホント。 一時たりともじっとしてない。一時たりとも黙ってない。ハイテンションMAXの時は、おばちゃん正直ついていけない・・・。時々、さらっと凄い事言いますしね。こないだは、美川憲一が降臨してましたよ。『なぁ~にしてんのよォ~オ』大人は今後、いっそう口を慎まないと・・・もう!お金にね、興味シンシンなんですが、「このおかねはね、ばっちいの。 ワルイだいちょうきんでいっぱいなの。触ったら、せっけん付けてお手手洗わないといけないのよ。」と諭しました。 ・・・手ぇ洗うの嫌がるから。そしたら、「〇〇ちゃんのおかねはきたないの? ばっちいの?」と、何度も繰り返す。「うん、ちゃーちゃんのおかね(オモチャ)はキレイだよ?」と、返していたら・・・『私のお金は大腸菌で一杯でばっちぃ』、って事になってたよね。次に会った時、おかねみせてよぅ、とせがまれて、わざわざ100円玉を出して見せてあげたら、「うわっ」とか、言われたよ。「〇〇ちゃんのおかね、だいちょうきんでいっぱいで、ばっちぃ!」っつて。もう何度も言うのね。いや、間違いじゃないよ、一般論としてお金は汚いもんよね、一説によると、便器並みに汚いとかね、でもさ、「うわっ」とか言われたら、おばちゃん地味に傷つくわー。「だいちょうきん」の意味も知らないくせに・・・。もう、こんな感じで、油断ならない。〇〇ちゃんここにほくろあるよね、と、私が姪に言われているのを聞いた妹(母親)が、「私なんか、『かおじゅうほくろいっぱいだね』」って言われるのよ、と嘆いていた。私がご飯食べていると、さっさと食べ終わった彼女は、私と遊ぼうと手薬煉引いて待っている。「お茶が熱くて飲めないの~、ちゃーちゃん、ちょっと待ってて」とか、「お茶がニガニガで、早く飲めないよ~」とか言って、妹と話をする時間を引き延ばしていたら、「もう!!〇〇ちゃん!! たべすぎだよッ!!」と、怒られた・・・。*****ウン、キミのポテンシャルに乾杯・・・いやァ、完敗だよ。
2014.10.31
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早いなぁ・・・もうアレから一年か・・・遠く、奈良まで現金を殆ど持たずに出掛け、最後は、ホントに電車賃もギリギリで帰宅したという、私の中では、ある種忘れ得ぬ記憶となった、去年の奈良国立博物館『正倉院展』訪問。今年も招待状を送って頂いたので、参戦しない訳には行きますまい・・・。財布とICカードのチャージ残高を確認し、出掛けました(笑)。***京都は遠いけれど、まあ、来慣れていると言えなくもないです。しかし奈良はやっぱり遠い・・・。正倉院展に行く前に、今年は何処の寺に行くべきか・・・考え考えやって来ましたが、着いたら既に11時だったので・・・彼方此方見て回るには余裕がなく、早速昼ごはん抜きが決定されました。 ・・・もうあと一時間、早く神戸を出るべきだった。さて、何処へ行こうかと、奈良公園をぶらぶらします。・・・フォトジェニックな柿。 誰かが、わざと置いてくれたに違いない。 奈良は柿の名産地です。奈良といえば、鹿ですよね。御存知かと思いますが、奈良は鹿を神獣として大切にしています。その為、家の前で死なれたりでもすると大事なので、朝早く起き出して、家の周囲に鹿が居ないか確認する、なんて話を聞いた事があります。 奈良公園の鷺池に浮かぶ、浮見堂です。 桧皮葺の六角のお堂が雰囲気あります。何とはなしに、春日大社の方向へ歩いていたら、萬葉植物園を見つけました。わが国で最古の植物園なのだそうですが、私は知らなかった・・・!行かない訳には行かないじゃありませんか・・・!という訳で、脳内は「植物園>寺」で、目標確定され(朱印帖持ってたのに)、正倉院展が始まる13:30前まで(この日は内覧会なので、一般公開はされていない)、ここで過ごす事に決めたのでした。池のほとりにやってくると、「鯉の餌100円」が無人で売られており、一つ買って徐に池に近づきます。鯉たちは気配を察して、水面が沸き立つ上へ下への大騒ぎ。そこへ餅まきのように餌をまいてやる訳です・・・ああ、楽しい。一人ではしゃいでいると、鯉の大騒ぎに、写真を撮っていた白人観光客がやって来て、Canonのカメラで撮影していった・・・。・・・餌、買わないんですか、そうですか。***これ、すごいです、これ!!『臥龍のイチイガシ』と呼ばれています。 奈良の指定文化財認定を受けています。幹周は3m。 若いうちに一度倒れ、倒れたまま、上体を起こして、今の姿になるまで成長を続けたのです。春日大社が出来たのがおよそ1300年前。 その頃に芽吹いたとしても御年1300歳。本当に、木の下にナニか居ると思いました・・・。これ、横から写した姿なんです。 正面からの姿はもっと凄かった。・・・撮れなかった理由は後ほど。これも、同じように倒れている別のイチイの古木。 状態は力強く空へ向かっていますが、根っこの部分は皮一枚で繋がっているようなもの。しかし、倒れた部分の樹皮から、無数の根が地面をしっかり抱え込んでいます。 ホトトギスが一杯咲いてる。本来、こういう風に咲くものなのね・・・私は園芸用の株しか知らなかったので・・・。 園内には、こういった小さな水田がありました。 出来たお米は大社に献上かな?万葉名をもつ植物を育成し、万葉歌と共に展示する、というのが、この植物園の趣向です。稲には、『稲つけばかかる吾が手を今夜もか殿の若子が取りて嘆かむ(作者不詳)』というプレートがありました。また、下り藤が社紋である故、春日大社では藤が大切にされてきました。なので、この植物園には200本もの藤が植えられています。花期に是非一度、訪れたいものです。綺麗な苔・・・太陽光と湿度の安定調和の賜物。 見惚れてしまう・・・。人の手では決して作ることのできない自然の造形美。・・・そうやって、一人で植物園を満喫していましたら、視界の端に動くものがありまして。目を凝らしてみると、綺麗な緑色の蛇でした。 マムシじゃないことは直ぐ判りましたので、もう、写真を撮ろうと夢中になって後をつけ、スマホの液晶を覗き込んでいると、急に画面が暗転しました。驚いて目を離した隙に、蛇はススキの藪の中へ消えていきました。スマホのバッテリー切れ。普通は、バッテリー残量が20%という所で、警告のダイアログが出るはずなのですが、それも出ないで、いきなり。ちょっと呆然でした。私はへび神様を怒らせてしまったようです。・・・神域で、無闇に写真を撮ってはいけないのでしょう。そして呆然と振り返った場所が、先ほどの臥龍のイチイガシのちょうど正面でした・・・。・・・物凄い迫力で、一時目が離せなかった・・・。しかし、バッテリーの切れたスマホで写真を撮ることは叶わず・・・私は暫く立ち尽くした後、しおしおと植物園を後にしました。・・・尻尾があったら、垂れてたよね。正倉院展? 勿論良かったですよ! それはもう。今年の目玉、「鳥毛立女屏風」は、歴史の教科書では、誰もが皆、観た事ある程の有名なもの。・・・毎年こういったものを見せていただく事は、望外の喜び・・・ですが、私には、より萬葉植物園の感動が凄かった。春に、又行きます・・・うん。(ナンバンギセル・・・ススキに寄生する植物です。 又の名を「オモイグサ」とも)
2014.10.23
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時々。ホントに時々ですが、ネットの「怖い話」シリーズを貪り読むことがあります。といっても、レベル99の「怖い話」に挑む度胸はなくて、ほんのレベル2、3なんですけどね。読み終わった後、『勝った・・・!』と思えるのが良いんですかね、(読み終わっても、平気で居られる=「勝った」)霊感はありませんが、そのテの話に強くもありません。小学生の頃、転地学習の「肝試し」の際は、怖がって、さめざめ泣くクラスメートを、羨ましいと思う自分の浅ましい神経くらいは、自覚できてました。・・・でも、本当に怖いことって別にあったわ。この間、仕事に行ってですね、ロッカー開けたんですよ。ロッカーって、扉に鏡が付いてるやつでして。前日にね、唇を酷く火傷したんです。 詳細は省きますが。一晩寝たら傷がぱっくり開いて、笑うたびに、唇が引き攣れてピリッと皮膚が破れた。で、直ぐに流血するんで、出勤前のメイクの時、仕方ナシとはいえ、口紅を後回しにしたのが良くなかった。念入りに唇にファンデを埋め込んで、そのまんま、口紅塗るの忘れて出勤しちゃったんですね。ロッカー開けて、鏡を見て、『ひぃ!』って、小さく叫んだよね。血の気が全く無い自分の顔って、怖いわ、ホント。道理で、警備員さんが不思議な顔する筈だよ・・・。ああ、恐怖は身近にある。ネットのほん怖レベル99が克服されなくたって、私が克服するべきレベルは、他にある。
2014.10.15
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この間、久しぶりに友人たちとカラオケに行った。「ねーさん、チャゲアスどーですか、チャゲアス!」と、年下の女の子が言うので、「・・・やだよー、落ちた偶像だよ、あれは。 かつて好きだったものには、(ASKAの犯罪は)赦しがたい裏切りだから、歌も歌ってやんないの」と、答えた。そんなこんなで三時間、よくそんなに歌うものがあったな、という感じでグダグダ歌い続け、(半分喋っている)終了時間まで後五分、というところで「私達が全員一緒に歌える曲を歌おう」と、光GENJIの「ガラスの十代」を熱唱した。やれやれ終わった!と、画面を見ると、ガラスの十代 作詞・作曲:飛鳥涼 と、表示が出ていて、(有名らしいけど、私は芸能界に興味が無いので、知らなかった)やれ、結局ASKAの曲歌っちゃった!という風に終わった訳だが。・・・なるほどなぁと。今更ながら、あの人は色々な曲を手掛けてきたんだなぁと。表立って活動しなくたって、たつきの道は残されているんだなぁと。そう思うと、少々忌々しさが増した。純粋に好きだと思っていた頃の気持ちを返して、って。もう二度と、あの気持ちには戻れない友達がダビングしてくれたテープを、それこそ、伸びるほど貪るように聴いた、(テープは本当に伸びた)あの時の気持ちには。法廷での彼の身勝手な言動を聞き及ぶと、一度は好き、と思った人物であるというだけで、残念、という言葉では表わせない、もっと黒い感情が出てくる。多分これは、これから彼が、ビル・ゲイツ並に稼いだ金を、全世界に寄付したとて変えられない。・・・ということを言えば、じゃあ、人は絶対に間違いを犯すことはないのか?お前は間違いを犯すことはないのか?間違いを犯したものは赦されてはいけないのか?という話になるのだろうけれど、この話を始めると、軽微な犯罪から重犯罪、犯人の身内から友人知人、単に聞きかじっただけの、市井の人間の無責任な感情論、犯罪論から刑罰論まで評価も為すべきこともすべて変わって来て、とても私なんかの浅薄な知識では追えず、ぶち上げられない。・・・過去形の「好き」、の反対は、「無関心」ではなく、「嫌い」になったという、単純な感情論。熱狂的なファンの心境は、それこそ、私なんかの比ではない大荒れだったろうと、同情してしまう。ASKAに、せめてファンや家族のの悲しみが、届いていればいいと思う。建前でなく。彼にそれが届かなければ、「ガラスの十代」は、少なくとも卒業式で歌われる事は無くなるのだろう。
2014.10.08
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