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久しぶりに、実家に両親の顔を見に行った。お茶をすすって、何てことの無い話をしていると、視界の端でテレビのニュースを見ていた母が、『私、これ解らないのよね』と言う。何かと思えば、「振り込め詐欺」に付いての報道だった。『こんなに、繰り返し繰り返しニュースで言われているのに、人はどうしてお金払っちゃうのかしら? 解らないわ。』『ふぅん、じゃぁねぇ、・・・』私は少し考えて、話し始めた。ある日、ココ(実家)に電話がかかってくる訳よ。 誠実そうな話し方をする、妹と同い年くらいの若い女性の声。その人が、電話口で言ってるところを思い浮かべてみ?「もしもし、A(妹の名)さんのお母様でいらっしゃいますか、私、Aさんと同じマンションに住む、Tと申します。突然にすみません、先ほど、急にB(孫)ちゃんが高熱を出し、痙攣を起こして救急搬送されました。緊急入院と言う事で、AさんがつきっきりでBちゃんに付いてるんですけど、入院して、特殊治療が必要なのだそうで・・・治療を受けるのに、取り敢えず先に病院にお支払いするお金が、20万程要るそうなんです。立て替えて差し上げたいんですけど、申し訳ないのですが、私はお金がなくて・・・一刻も早く、治療を始めないといけないのですが・・・。そしたら、Aさんが、「母に頼んで欲しい」って言うので、代わりにお電話した次第です。」お母さん、こう言われたら、・・・どうする?』母は、非常に意表を突かれた様な顔をした。一瞬口篭り、『・・・信じるわ、私』と言った。『お金、・・・払う。』・・・意表を突かれたのは、私だった。『信じちゃうの? え? 今の出任せで信じちゃうの??』『ちょちょちょ、待ってよ、有り得ないよ? 苦しんでる子供を前に、一刻を争う処置が必要なら、余程の事がなければ、病院はお金を待たず、迷いなく処置するよ!?』『いやいやいや、先に確認してよ!! まずA本人に。 それが繋がらなければA旦那さんに。』『今の流れで、某所ATMで待ち合わせの約束させられたり、とか、病院に連れて行ってあげる、って言われて車に乗せられでもしたら、20万どころじゃないんだよ? 危機感を持とうよ!』『・・・勿論、本当に親切なお友達である可能性は、いつでも残ってる。 でも、確認を怠っちゃ駄目だ。 確認に要する10分が待てない病院なんかありゃしません。第三者に確認する事が失礼に当たるなら、後で誠心誠意謝ればいい。 何なら私が謝る。』くどくど説教する私に、母は黙って項垂れた。(ちょっと可哀想だったかもしれない)『でも』母が、少し恨みがましく言う。『あなた、どうしてそんなにぺらぺらと詐欺話が作れるのよ?』『少し考えりゃ出来るよっ!』 私はつい、ヒートアップしてしまった。『考えてみ? ・・・私でさえ、口から出任せでこんな話が出来るんだよ、本気で、人から金を巻き上げようとしている奴等の口は百戦錬磨、ありとあらゆる情報と出任せ使って、相手の思考を封じるわ!』そこまで一気に話したら、洗面所にいた父が顔を出し、『ありがとね』と言った。(どうも、母に対する、教育的効果の事を言っているらしい)いやー、驚いた。本当に驚いた。正直、ここまで「ちょろい」とは思わなかった・・・母よ・・・(泣)。よく言われてはいるが、本当に一度、どの御家庭も、対振り込め詐欺的シミュレーションをした方がいいかもしれない。相手は、こちらの一番弱いところを抉ってくる、のだろうから。・・・過信は禁物、です。STOP THE 振り込め詐欺!!
2014.04.28
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ここ。立ち入り禁止なんです・・・。先日触れた、石仏の里の・・・とあるお寺の跡地で、・・・往時は規模も大きかったそうですが(鎌倉期)、今は鎮守のお社のみが建っているといいます。(中に入れないので、自分の目で確認できません)その神様は、どなたか保守しているのでしょうか。惹かれて惹かれて、なりません。『よく考えてご覧、人の来ない神社って不気味じゃないの?』『・・・うん、不気味だねえ』『人の目の及ばない空間で、犯罪が起こったりでもしたらどうするの?』考えたくは無いけれど・・・確かに、荒れた中学に在学中の中坊時代、誰かが呼び出しを喰らった、と言えば薄暗い神社の境内だった。リンチを受け、顔中を腫らしている少年を見て、この世は救いが無いと絶望もした。・・・神様の恩前じゃないの? 救いは無いの?と。あの時、この世に怖いものなど無く、人を傷つけては笑っていた者共は、報いを受けたのか。どうして人の立ち入りを禁止されているんだろう。やはり監視が難しいからなのか。では、守るものを失った神様(鎮守)は、己をどう位置付けているのか、どうしてもオカルト的に考えてしまいがちになるのは、あの場所の、特異な空気のせいだろうか。因みに、件の(行方不明者を探す)警察官は、何の躊躇いもなく飛び込み、石段を段飛ばしに登っていき、収穫が無く、走って戻ってきた。行方不明者の捜索に、その手の『立ち入り禁止』な結界など、意味を成さないのだ。私は、例え許可されても立ち竦むだろうその参道から飛び出してきた警官を、尊敬した。遂に夢にまで出てくるとは、私はどれだけこの廃寺に惹かれているんだろう。廃寺でありながら、掃き清められた石段や、長い年月を経てもそう傷んでいないように見える燈篭が、私の興味を掻きたてる。(これらは後世のものかもしれないが、ネットには資料がない)この石段を登ったとて、何もありはしないのに。(寺の建物は火災に遭って、礎石を残し、何も残っていないらしい)そこでふと、先に述べた、中坊の頃、同級生からリンチに遭って顔を腫らしていた少年を思い出した。彼とは共通の友人の結婚式で再会した。(元々小学生の頃、同級生だった)DQNに殴られて怯えていた少年は、大人になって、すっかり変わっていた。小学生の頃ほぼ同じだった背の高さは、私より20cmは伸び、パンチパーマに柄物スーツという姿だったので仰天した。彼は私の事を覚えており(小学生時代の)、普通に笑いながら会話をしたのも懐かしい。半分、同じ中学時代を過ごした私たちも、既に『中年』が板に付いて久しい。彼が、その後どんな人生を送っているかは全く知らないけれど、彼は、社会にそれなりの居場所があるような気がする。あの時のDQN達はどうか、知ったことではないけれど、少なくとも、一方的に人を蝕んだ者が、同じ幸せを得ているとは考えたくない。きっと都合のいい曲解に過ぎないのだろうけれど、神は、「きっと」居て、境内で起った事も、全てお見通しだったと思いたい。DQNにとっては、大人の目の届かぬ都合の良いだけの空間だったかもしれないが、神社である事を忘れたウツケには、きっと報いがあったのだ。・・・と言うわけで、私は、先に貼った画像の石段を登る事が出来ない。人を案じ、その姿を求めて飛び込んで行った勇敢な警察官には、何も起らないだろうが、決して単なる好奇心で踏み込んではならない、そんな気がするのだ。でも、好奇心が止まらないんだよなぁ・・・。・・・ダレカ、トメテ。
2014.04.25
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『南の方の人ですかッ?』美容院で髪を洗ってもらっていると、そんな声がした。 (「流行の服はお嫌いですか?」のイントネーションと、全く同じで。)・・・ああ、またか。『父が鹿児島です。 判ります?』目を閉じたままぞんざいに答える。(答えも判ってる)『立派な眉と、クリッとした目をしてらっしゃいますからねえ』(嬉しそう)私『ははは』(乾いた笑い)・・・そういえば、小学生の頃、九州在住の従兄弟が、西郷隆盛の絵を描いて、手紙を送ってくれたよなあ。あの頃は、西郷隆盛なんぞ知らなかった・・・何故かカタカナで、『イットデヨカデカエッテキモンセ(一度でいいから帰ってらっしゃい)』と一文が添えてあって、今も、私のわかる唯一の鹿児島弁だ。その鉛筆イラストの西郷どんの眉が、余りにも凄かったので、『立派な眉』、と聞くと、今もあの絵が瞬時に脳裏に浮かぶ。あの手紙はとうに失われたのに。そして自分の眉を『立派』と評されると、意味も無くムッとする。・・・申し添えておくなら。あの時の従兄弟の西郷どんイラストのように、私の眉はゲジ眉ではない、・・・と、思いたい。***一瞬にして回想モードは終わり。・・・今も美容院は苦手だ。床屋方式がいい。 お願いだからほっといて欲しい。 ・・・静かに寝てる(寝たふりしてる)から。私は現在、AとBの美容院を行ったり来たりしている。毎回、『お久しぶり』で始まる挨拶が面倒くさい上、言い訳を考えるのが厄介だが、同一の美容院に通うのは厭だ。正しくは、同一の美容院で、美容師さんの話を聞くのは苦痛だ。美容院というのは、美容師さんの愚痴や何かを聞くところなのか?12月には、兄弟をえこひいきする親御さんの愚痴を、一時間にわたって聞かされたし、今回は愚痴じゃないが、親の葬祭に付いて延々聞かされる羽目になった。まじめに聞いてるフリ、だって疲れるのだ。お陰で、私は美容院を出る頃にはクタクタだ。***美容師『凄い傷だねえ』・・・これも苦手だ。幼い頃からずっと触れられているので、今更傷つくほど小娘でもないが、幼少の頃、額を怪我して縫った痕は、気付いた美容師さんなら触れない訳には行かないらしい。『・・・あの人、あの人と同じ前髪にするといいよ、似合うよ!』やおら、美容師さんが、傍の雑誌を取り上げる。『んー。 名前が出てこないな、(出て来て)欲しい時には、出てこないもんだね』・・・て、ヘアカタログじゃなくて、なんで『女性セブン』メクッテマスカ??ややあって、美容師さんは『ああ、これこれ』と、とあるページを私に見せた。それは、二月の時の人、氷上のプリンス、一時はメディアが報道しない日が無かったあの人、・・・羽生結弦。・・・ッばばばバカな事言ってんじゃないよ、アナタ命知らずですか!?彼に、どれだけシンパ付いてると思うんですか?私『・・・・・・・・・・はぁ。』彼は、「アスリート系美男子」ですよ? 共通項が全く無いじゃないですか。・・・一ミリたりとも、参考にならぬ・・・。取り敢えず終わった。 ・・・もう帰る。 とっとと帰る。頼んじゃいないが、美容師さんは、いつもわざわざお店の戸口を出てお見送りをしてくれる。これも苦痛。 背中で見送ってください、頼むから。 ・・・なのに、美容師『前髪、是非、参考にしてくださいよーゥ』私『はぁ、まぁ。』・・・おじさん、もう勘弁してください。・・・こうして苦行が終わる。終わったのに、・・・三ヵ月後、再び受けねばならない苦行に思いを馳せて、暗鬱な気分になる。
2014.04.15
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オスカー・ワイルドの『幸福な王子』という話があるでしょう?読めば、誰もが一度は思うと思う、人のために為し、その身を削った結果、打ち捨てられ、王子は幸せだっただろうか、って。自分に共感してくれたツバメは、あたら失わずとも良い命を落としてしまった・・・。王子は何も望まなかった。 ・・・人からの賞賛も、感謝も。だから、悲しむべき事ではないかもしれない。でも、王子の鉛の心臓は割れた。 あれが悲しみや怒りの表現でないなら、なんだというの。私の神は、世界を七日間で作った方ではない。 だから、神によって「尊いもの」として天へ迎えられ、永遠の幸せを手に入れたという王子の気持ちが、私にはよく解らない。***北風正造という人を知った。・・・全くの偶然で、とあるお寺の境内に、かなり傷んだ顕彰碑を見つけた。大きく葉を広げた蘇鉄に隠れ、間近で見る事も出来ない場所にあった上に、文字も剥落していて、見落とせばそれまでだっただろう。しかし通路沿いに古い説明板があったため、私はその石碑の意味を理解する事が出来た。兵庫の豪商 北風正造君顕彰碑 兵庫廻船問屋 兵庫新川開発の発起人そこには、明治元年、北風氏が、鳥羽伏見の戦の際に有栖川宮に駿馬と三千両を献上した事、又、姫路藩が官軍の攻撃を受け、城下町が戦場になろうとした際、北風氏が仲裁に入り、軍需金15万両と引き換えに紛争を解決した事、さまざまな役職に就き、開発事業を進め、大きな仕事を立ち上げ、実業界に貢献した、兵庫きっての豪商であり、神戸発展の功労者、明治二十八年に62歳で死去、とある。碑の文字は伊藤博文の揮毫、二十九年に時の兵庫県知事・周布公平が顕彰碑を建立、などという事が書かれていた。流し読みをしただけでは、お金でトラブルを解決する、物凄いお金持ちが居た、という感想だけだったのだが、『白鷺城(姫路城)が無傷で現存するのはこの人のお陰である』との一文に、興味をひかれた。早速、調べてみて驚いた。本当に、この人は、おそろしいほど勤皇の心を持ち、『身命、資財みな尊皇の御預かりもの』との人生訓から、惜しみなく私財を投げ打った人だった。姫路城を守ったというのも、天業とも言える行動の一つだったのだろう。幕末、朝敵と目された姫路藩は、城を新政府軍に包囲され、城門を吹き飛ばされ、戦まで一触即発のところを、北風正造氏が自身のお金の力で収めたという事件があったのだ。凄いとしか言いようがない。(しかし、差し出された軍需金は政府軍の何に使われたのか)その後も北風氏は、公共事業を推し進め、参画出来る事をことの他喜び、お金を出し、自分の所有地に駅が出来ると知っては、気前良く用地を無償で差し出した。その結果、この北風氏は古代から続く家を没落させてしまう。先祖伝来の金も尽き、家人に金を持ち逃げされ、友人である伊藤博文や、姫路を救った恩義からか、旧姫路藩主より援助を受けるも、・・・最終的には役には立たなかったらしい。(彼の起こした会社が倒産する年、この人は兵庫県に病院用地を寄付さえしている。)病に冒され、家財の差し押さえを受け、逃げるように(見えるだけか)兵庫の地を離れ、東京で失意のうちに客死している。北風家から、救済を訴える嘆願書が出たのは彼の死後だというが、行政は何かをしたのだろうか。・・・その結果、彼には、友人たちの建てた顕彰碑だけが残ったのだった。・・・激しい謗りを受けたこともあったのではないだろうか、奥さんや子が居たはずだが、その後どうなったのだろうか。今の社会では、「愚かしい」とされてしまう行為かもしれない。実際、名誉や賞賛のためにしたことが無い訳でもないだろう。かつてその頑なまでに理想を追う姿勢は、友人伊藤博文にさえ、諌められている。しかし、理想に生き、人生訓に忠実に従った結果、彼は一つの生き方を完遂した。「幸福な王子」のように、彼は『この街で最も尊いもの』として、彼の信ずる処に迎えてもらえたのではないだろうか。長く神戸に住みながら、たった今まで、この人を知らなかった私でさえ、彼に守られてきたところがあったのだと知った。(恐らくは、大多数の神戸市民は知らない)彼の幸福を、・・・心から願わずに居られない。
2014.04.14
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私はこの頃抜けている。思い込みがいつもに増して強過ぎる。***冷蔵庫に入っていた深い器に入れた透明の液体を、パルスィート・・・甘味料だと思って、コーヒーにぞんざいに注いだ。寝惚けた頭を覚ますべく、一気に喉に流し込んだら、コーヒーに入れたのは、パルスィートならぬ料理酒であった。・・・これはいけない。 料理酒入りのコーヒーは、全く以って戴けない。 ・・・チョベリバである。顔を顰め、何でコイツはアルコール臭いんだ?と考え込み(吐く間も無かった。毒なら即死だ)、コーヒーに入れたのは料理酒である、という認識に至るまでに時間がかかった為に、問題がはっきりした頃には、私の胃は当該物を吐き出すことを拒否してしまった。しかし・・・そう、此処まで来ると、朝っぱらからお酒を飲んでしまった、と言う事実に愕然とするまでに、間はかからなかった。今から仕事だ、っつのに!!!40分後には着替えるんだってのに!!!自慢ではないけれど、私は、よほど酒を飲まないうちは、酒が顔に顕われる事がない。そして、甘味料的に入れた位の量で酔っ払う程弱くも無い。(しかし、大層ぞんざいに入れたので、ティースプーン二杯などと言う可愛らしい量じゃない)後は匂いだ。 料理酒といえど酒、ごくりと飲めば、身体から飲酒的匂いがしないとも限らない。ウィスキーボンボンを食べたら、車を運転出来ないというじゃないか。・・・だが。ええい、仕方ない!万が一、顔を顰められたら、『昨晩飲み過ぎちゃってェ』で、乗り切るしかなかろう。仕事に行く朝っぱらから飲んでいた、などと思われるのは恥であるし、それが料理酒である間抜けな理由など、最早説明する事を考えるのも鬱なレベルだ。***私は良くやったと思う。誰に咎められる事も無く、飲んだことを忘れるほど、よく動いた。だが、酒は酒、身体は正直なのだ。始業後一時間身体を動かし、汗をかいた私には、普段あまりつけぬ香水の力を以ってしても抗えない、酒の気配がほんのり付きまとったのであった・・・料理酒侮り難し。・・・料理酒が冷蔵庫に入っていた理由。恐らくはお察しの通り。前日に、ペットボトルのごみ収集があったために、少なくなった料理酒を器に移してしまい、入っていたペットボトルを洗って回収に回したのだ。同じ理由で、パルスィートも、別の器に入れて、冷蔵してあった。どちらも記名は無い。それを取り違えた、というもの。・・・うん、料理酒のペットボトルのフライング廃棄は、もう、やらない。
2014.04.04
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ここに何度か書いたけれど、私は廃墟が好きだった。オカルト的な意味ではない。そこに居た人の気配や生活臭がもはや薄く、遺跡の如く、浄化された姿で遺されている場所(形としては荒れているけれど)、それを見ると、どうしようもなく心が沸き立つ。数ヶ月前、荒れ果てた植物園跡地を見て心が躍ったのも、同じ理由ではないかと思う。神戸の異人館には、有名な廃墟があった。ペルシャ館と呼ばれる建物で、私は往時、まだ閉館していない頃に見ているはずだが、よくは覚えていない。阪神大震災で半壊し、持ち主はほったらかして外国へ帰ってしまい、異人館としての登録も消され、蔦の生い茂る、見事なまでの廃墟となった(倒壊の危険はあったが)。固定資産税の滞納から、市によって差し押さえられ、今は取り壊されて更地だが、取り壊し前の美しい姿(廃墟として)は、今もネットのあちこちに残っている。・・・崩れ落ちそうな外壁の一部に、綺麗なステンドグラスが嵌めこんであって、それが夕日の中に輝く画像を見た時、どうしようもなく心を揺すぶられたのだ。・・・ああ、私も、直に見たかった。ただ古い、と言うだけで癒しを求めたのは間違いだったのかもしれない。私が訪れたのは、とある山村の、かなり奥まった場所だった。と、言っても、観光案内ガイドには載っているし、ネットでは数多くの人が訪れ、その彼方此方にある遺構やなんかの画像をアップしている。普通のハイキングコースのようなものだと、行く前は思っていた。道は舗装してある。なのに何故だろう、歩みを進めるのに気が進まない。道の両脇に植わった竹は全く人の手が入っておらず、荒れ放題。その葉ずれの音が、身体に纏わりつくように絶えず降り注ぐ。晴れているはずなのに、どうしてこんなに暗いんだろう。行過ぎる人は、地域住民も、ハイカーも誰も居ない。そして、暗く、名も判らぬ神社に行き着いた。榊が一応挿してはあるが、殆ど誰も来ないであろうことは一目瞭然だった。小さな祠の扉は堅く閉じ、その先には神様がいらっしゃるはずなのに、禍々しい空気すら感じるような、そんな場所だった。廃屋じゃない、確かにおわすのだから。 通りが見えなければ、怖くてとても入れまい。笹が揺れる。 ・・・風があるはずなのに、空気が動かない。街灯が無い。 ・・・夜の漆黒を思うと身が縮んだ。やっとの思いでその場所を抜けると、小さな集落があった。・・・だが、彼方此方に廃屋がある。時間と共に劣化が進み、土塀は剥がれ、屋根の重みが空気で地面に伝わりそうな程の重苦しさ。昔は人が住み、生活があり、音や賑わいもあったであろうに。今も人が住んでいる住宅もあるが、ハイクにはとても似つかわしくない路地だった。廃屋を見ているうちに、・・・私は耐えられなくなった。集落を抜け、先に進めば、何があるかを知っていたのに、この空気を引き摺ったまま、とてもそこまで行く勇気がなかった。私は逃げるようにして、元来た道を戻った。あの空気は、ネットでも本でも解らなかった。逆に、行かねば判らなかった事ともいえる。『廃墟にロマンがあるのは、廃墟になってかなりの年月がたってからやな。人の想いも記憶も浄化されて、後に残ったのが建物だけの場所で、在りし日の人々や過ぎ去った年月に思いを馳せるのよ。それが廃墟マニアってもんよ。燻り続けてる最中に行ったら、サン値もピンチどころか、ライフは0になってまうわwww』友人に指摘されて気が付いた。「燻る」・・・静かに朽ちていく過程を見るうちに、呼び起こされるのは、『不安』、予見されるのは、『無』。乾いた空気を持つ廃墟とは、似て異質なるもの。・・・そして、人の訪れなくなった神社は、人を拒むのかも知れない。あの時、日中にも拘らず薄暗く、薄ぼんやりした景色の中、止まない葉ずれの音が、今も耳に付いて離れない。
2014.04.03
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