『福島の歴史物語」

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2008.04.22
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          脱 亜 の 志 士

 一八八九(明治二十二)年、富造二十六歳の四月二十五日、晴、午前六時、東京に住んでいた家族みんなが、そして友人たちが二人の出発を新橋駅まで見送りに来てくれた。そこに一時は、「見知らぬアメリカにまで行って、野垂れ死にでもする積もりか!」と怒って身じろぎもしなかった父と、それを見てオロオロとしていた母の姿もあった。汽車の窓越しに家族の姿を見た富造は、不覚にも涙ぐんだ。重教にはアメリカでの予定の日程があったが、富造にはそれがなかった。
 ──日本にミネを連れに戻って来れるだろうか?
 その想いは強かった。父や母の、そしてミネの涙ぐんだ淋しそうな姿が、強烈に胸に迫った。とりあえずミネは東京を離れ、三春の実家へ預けられることで話がまとまっていた。それもあって、汽車から降りて行くのをやめようかとさえ思った。ゆっくり動きはじめた汽車の窓から身を乗り出し、帽子を振った。堰を切ったように涙が流れ、妻の姿が霞んでいた。それに結婚してまだ二ケ月に足らない妻のミネの腹に小さな命が宿されているのを、富造はまだ知らなかったのである。
 その日の九時、二人が乗り込んだアメリカの汽船ニューヨーク号は、横浜からサンフランシスコへ向けて十一時に出航した。
 エンジンの音がゴクゴクゴクと腹の底に単調に響いていたが、しばらくすると船首の波を切る音が、ざわっザワッと聞こえるようになっていた。二人は船尾に立って、こよなく愛する国、大切な人たちが住む町が小さくなっていくのを食い入るようにして見詰めていた。そして遠くに見える富士山には、白い雪が輝いていた。見送りでもするかのようにマストにまとわりついていた鴎も、いつの間にか見えなくなっていた。航跡が扇のように後ろに白く広がり、泡立っていた。外海の波は高くなり、船は大きく揺れはじめた。煙突からは火の粉まじりの黒煙がたなびき、甲板に流れてきたりしていた。
 富造兄弟の乗った船底の下等室は、蒸れかえるような匂いで充たされていた。海が荒れはじめ、船は前後左右に大きく揺れて波浪が船に激突する音が響き、絶えずぎしぎしと重苦しい音をあげていた。その上はじめの数日はペンキの強い匂いで増幅された船酔いで、二人とも食物が喉を通らなかった。ようやく船酔いには慣れてきたが、その後も「食事はうまい」という訳にはいかなかった。
 渡米の準備から親戚友人への挨拶、そして外国船での航海と連続していた緊張も、ようやくほぐれてきた。そして天気も落ち着き、船酔いから解放されると、船客の様子が少しずつ見えてきた。大丸髷の見るからに田舎臭い新妻を連れた人もいた。正月でもないのに一升瓶を持ち出しては、「元旦や 一系の天子 富士の山」などと言いながら、誰れ彼れなく酒を注ぐ人もいた。船には人種もなにも、雑多な人が乗っていた。
 二人は船底のきつい匂いを逃れて、ほとんど一日中船の甲板で過ごした。来る日も来る日も、船から見えるのは青い海ばかりであった。その先の水平線は、船の揺れに合わせてゆっくりと上下していた。その水平線をかすめるような影を島かと思って目を凝らすと、雲だったりした。甲板の上からイルカの群れを見つけた。船内は大いに沸いた。船客たちはイルカの群れに歓声をあげ、手を叩いた。その群れは横になったり船と平行になったり、背鰭で水を切ったと思うと海面から踊り上がりまた海中に没したりしていた。キラキラ光る陽光が、イルカの動きを飾っていた。
「重ちゃん。あの船室で賭け花札をやっている連中には参ったね。よくも飽きもせず、薄暗い蝋燭の下でやっているわ」
 富造は自分の顔が、少しゆがんでいるように思えた。
「まったく嫌な奴等だ。それにあの中の一人は態度も悪いし、まちがいなく女衒だぞ」
 重教はきっぱりと言った。
「やっぱりそうか。どうもだらしなく浴衣を着た女たちは見るからに薄汚いから、そうかなとは思っていました。あいつらはアメリカにまで行って清国人や黒人に身体を売る気ですかね? 国の恥さらし奴が!」
 富造は、ちっ、と小さく舌打ちをした。
 このころ欧米では、「移民とは母国でない国に永住の目的で移ること」と定義されていた。つまり移民という行為には、移住地に定住、あるいは永住することが前提とされていた。ところが当時アメリカを目指した多くの日本人たちの目的は、単刀直入に出稼ぎ、つまり「錦衣帰郷ノ栄ヲ得ル」ことにあった。それであるから移民という言葉の意味もまったく理解されないままに出航して行った。それに横浜や神戸のような開港場には、いわゆる移民斡旋業者が高まっていた渡米熱を利用して金儲け目的で出稼ぎ労務者を募り、送り出していたこともあった。そしてこれらの労務者を相手にする女たちもここに集まってきていたが、その彼女らを「アメリカで働くとカネになる」という甘い言葉が、渡米熱を煽っていた。しかし渡米してしまえば何の保証もなく、国籍など無関係に本来の業務? をさせられることになってしまうのである。彼女らもまた、故郷に錦を夢見ていた。
「しかしあ奴らとて身体を売ったカネを故郷のわが家に送金をし、苦しい生活を助けようと自分から進んで出てきた連中なのかも知れん。それに外部から見ると貧乏で嫌な奴とも思えるが、『自分が身体を売って送金をすると家が豊かになる。その上それは日本が外貨を獲得することにもなり、結局は国の富になる』と自己弁護をしているのかも知れないな。もっとも例えそういうカネであっても、外貨が欲しいという日本の国自身も問題だがな」
「なるほどね、すると重ちゃん。そんな生活が海外雄飛と言えるかどうかは別にして、海外へ出るということは日本の発展ということとつながっている、つまりは別な形での愛国心の発露ということにでもなるのかな?」
 そうは言ったものの富造は考えていた。
 ──俺や兄貴はあ奴らとは別だ。ともかく菅原に迷惑をかけることになるかも知れないが、日本人の気概をみせてやる。いまに見ていろ。
 イルカは船のスピードに合わせたかのように、そばを離れずに泳いでいた。富造の目はイルカを見ていた。








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最終更新日  2008.04.22 09:40:28
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