『福島の歴史物語」

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2008.05.08
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 富造は以前に、アムッセン家を訪れたときのことを思い出していた。アムッセン夫妻は、ワシントンを旅したときのアルバムを見せてくれた。そして大統領官邸の写真をみせながら、しみじみとした口調で言った。
「本当に、ここがホワイトハウス(白亜館)という名前でよかった。この回りの住宅には黒人が多くなってしまったから、せめてこれが一つあるだけでも、アメリカは黒人の国ではないという証拠になる」
 それを聞いた富造は、複雑な気持ちになった。にこやかに話している彼らの心の奥底に、「この黄色人奴」という意識が向けられているのかも知れない、と思ったからである。
 ──あのときアムッセン夫妻は、俺のことをどう思っていたのだろうか? あの様子からすると、俺を差別の対象にしたとも思えない。しかし俺を白人だと思う筈もないが・・・。
 アメリカ人は、よくわれわれに主張する。
「アメリカ人は人種差別をしているのではない、自分たちの文化や個性を守りたいだけだ」
 そう言われると、富造は無性に反論したくなる。
 ──それじゃ、われわれ日本人たちの文化や個性はどうなるのか? お互いの文化を知り合うことで自分の国の文化を再確認する。それが大事なのではないのか?
 しかしそれは、できなかった。この国で世話になっているという感覚が、それを押し止めていた。そしてそれ以上に、次の質問が富造を驚かせた。
「日本には宗教教育がないと聞いているが、どうやって道徳教育をしているのか?」
と訊いてきたのである。
 富造は返答に窮した。たしかに日本の学校に宗教教育はない。しかし善悪の規範はもっている。その規範の基礎は、神や仏にある。だからと言って、それ以上のことは自分でも分からない。アムッセン氏は日本のことを良く勉強していると思うと同時に、宗教教育を受けているアメリカ人の間になぜ人種差別が蔓延しているのか? そのことが不思議であった。
 コントリビューター紙が、次のような記事を掲げていた。
「日本人は、英語圏諸国の進歩と成功は、その言語と宗教的性向に大きく関係していると考えているそうである」
 富造には、この穏やかな文字の裏に、差別の牙が隠されているように思えた。ここには、明らかに白人の優位性が主張されていたからである。
 アメリカにおいて、大日本帝国という体制、また天皇制に対する批判が強かったが、それが祖国であることがやるせなかった。自分とはなにかということは、常に直面させられる問題であった。
 ──俺は必ずアメリカ人になってみせる。
 そんなことを思うと、富造は克巳のことが気になった。三歳くらいの子どもが、その両親と一緒に遊んでいるのを見たりすると、胸が締め付けられるような気がした。
 ──手紙では元気だと言って来てはいるが、本当なんだろうか?
 疑念がわくと矢も盾もたまらない気持ちになった。
 ──神様。どうぞ克巳が無事に育っていますように。
 そんなとき富造の両手は自然と組まれ、祈りの形となっていた。
 ──人は何故祈るのか、私は何故祈るのか・・・。夢と失望を紡いで時間がただ流れ、季節は次の季節に移っていく。これでいいのか。このままでいいのか・・・。
 日清戦争は年を越していた。そして日本人と清国人の間の関係に、微妙な変動が起きはじめていた。
 二月二日、 帝国陸軍は、山東半島とこれに続く威海衛を占領した。
 二月十二日、帝国海軍は、東洋最強といわれた清国北洋艦隊を、威海衛軍港に降した。
「一体この戦いに、日本はどれほどの犠牲者を必要とするのでしょうか?」
 富造の戦争に対するあの強硬な態度は、影を潜めていた。
「うん。それは清国がどこの地点で敗北を認めるかに、かかっているのだろう」
 周太郎の言葉に、富造は考え込んでしまった。
 ──下手をすると、あの広大な清国に負けはないのではないのかも知れない。
 二人は日本から送られてくる戦争の記事と、アメリカ側の報道との大きな差に、困惑していた。そしてアメリカの新聞は、日本の報道が管制され自由ではないと報じていた。
 一方サンフランシスコで愛国同盟と並立していた遠征社の機関紙「遠征」は、在米日本人のあり方として、次のように主張していた。「四囲皆異人種の中に漂流せる有数の日本人何となく心細き感情を有する際、救援扶助憐憫等の必要起りて宗教と関係を来す、是第一変遷にして福音会既に起こり支派亦起り在留の同胞殆ど悉く其内に網羅せられ将に渡米せんとする者をし是非とも宗教を信ぜねばならぬかの如くに感ぜしめ、不信者も便宜上信者の面を被るに至らしむ」
                   (米国初期の日本語新聞)
福音会の世話になった富造としては、まったくこのような心理状況にあった。
 ──自分は、その被差別人種の日本人である。そこから逃れるため随分と努力も忍耐もした。それにも関わらずアメリカに長く住んだ自分は、純粋な日本人とは言えなくなったのではあるまいか? とすれば、われわれ移民はなにをアイデンティティとして生きるべきなのか? そして生きるということは、それ自体を探すということなのであろうか? もしそうだとすれば、宗教に頼るということは重要なことなのかも知れない。
 アメリカ人であろうとする富造は、まだ模索を重ねていた。
 四月、心配していた戦争がようやく終わり、日清講和条約が下関で調印された。アメリカにおける日本人社会は、戦勝での昂揚感に包まれた。アメリカ人たちは日本人に対して尊敬とまではいかなくとも、日本人と意識してくれるようになったと思われた。しかしその喜びは、つつましやかなものであった。その喜びを爆発させることは、各種の民族の住むこの地では憚かられることであると理解されていたのである。






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最終更新日  2008.05.08 08:10:13
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