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花火はお祭りの間、3日間打ち上げられました。 先日の花火の写真以外の日に撮った分もアップしておきます 犬は3日間ずっと花火の間中、吠え続け、走り回り、少しお疲れ気味でした。。。 その分昼間はお昼寝してたけど~犬のように、本能のおもむくまま無心に生きてみたい それにしても毎日暑くて大変ですね~ あまりにも暑過ぎて、娘の懇談の時間を勘違いしていて、先生をお待たせしてしまいま した。。。(汗)
2012.07.31
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オクラの花 先のことはあまり考えずに、この夏休みを出来るだけ楽しく過ごしたいなと、今思って います。息子も娘も夏休みに突入してもう10日位経ちました。 息子はこの夏は部活もバイトも予定がないので、1週間ほど前に帰って来ています。 それぞれにしなければならないことはあるみたいですが(宿題やテスト勉強)、それは 本人の問題で、本人がすることなので、私は全くノータッチです。 娘の学校と息子の学校の懇談が、夏休みの間に入っているぐらいで。。。 私がすることは、毎日のご飯作りと、日々の食材の買い物と、洗濯と家の掃除、ワンコ のお世話、お風呂の支度と寝床の準備、ぐらいでしょうか? 息子が中学の時、なんであんなに学校の宿題のことが気になったのでしょうか? 本人の問題なのに~明らかに境界線が引けていなかったわ~寝起きする時間もだけど、 部屋が片付いていないことも、気になっていたし。。。それは今でも少~しは気になり ますが、それも手出しはしません。部屋の片づけもそれぞれでしてもらいます。 あとは送迎を頼まれたらするぐらいで、余計なことは言わず(これが難しい~) 家事と仕事と実家に行く以外の、自由な時間は出来るだけ自分の為に使いたいなあ~ 夏休み中の特に大きな計画は、今のところは無いのですが、夫と1泊でどこかに行けた らいいなと思っています。具体的な行き先はまだ未定ですが~犬は子どもに頼んで~ 私の車が11年めでちょっと限界に近い状態なので、8月に買い替えの予定です。 すでに予約済みで、今度はナビ付きにしたから楽しみです~これを乗りこなせるように することを自分の課題にします。 最近体力が落ちてすぐバテるから、食生活も見直して、少し運動もして体力維持に努め たいです~あわよくばちょっと減量も~それくらいかしら? 出来る範囲でよくばらずやってみたいです。出来なくても凹まないようにしようっと。 親類がお盆に帰って来る予定ですが、心穏やかに過ごしたいなあ。お墓参りも丁寧に してこようと思っています 特に自分以外のことは先のことを心配してもしょうがないから、なるようになるの精神 で。。。生きていればどうにかなるさっていう気持ちで。。。 今を大事に生きたいなあ~今の生活を丁寧に~さてさてどうなるかしら~ 夫はオリンピック観戦を楽しみにしているみたいですね。 家族それぞれが、それぞれの思う夏休みになればいいかな~ どうなるかは神のみぞ知るというところでしょうか~人間って煩悩のかたまりだから、 少しでも心穏やかに過ごしたいものです
2012.07.30
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家の近くの河川敷で、毎年今の時期にちょっとしたお祭りが開かれます。 息子も中学校の時に友達と行ったし、今年娘も友達と遊びに行きました。 歌のステージ(カラオケ)もあるし、夜店もたくさん出ます。バーベキューもあります そしてお祭りの最後には、20分位花火も打ち上げられます。 子どもが小さい時は、一緒に見に行ったことも何回かあります~夜店ものぞいて~ 今はもっぱら家のベランダから眺めています。結構よく見えます。 犬は花火の音に過剰に反応して、吠えながら階段を上へ下への大騒ぎです~ そんなに大きなお祭りでもありませんし、花火もそんなに大がかりなものではありませ んが、夏の夜空にあがる花火は、やはり風情がありますね
2012.07.29
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おしろい花 娘の矯正歯科の治療が、昨日取り合えず一旦終了しました。 娘は顎の大きさが、歯の大きさに比べて小さく(多分遺伝的なもの)、乳歯も重なって はえてきたりしたので、小3の冬から矯正歯科に通っていました。 歯をあまり抜きたくなかったので、上下の顎の大きさを広げる装置を作ってもらって、 最初は上あごだけ2年位、途中から下あごも追加して、夜寝る時だけ装置を入れて、 約4年半位治療しました。 前回レントゲンを撮ると、まだ下の歯ではえてきていない歯があり、位置がおかしいの でこのままはえない可能性もあるということで、歯全体を一つずつ動かす装置を入れる 治療をすすめられました。取り外しはしないで2年間位入れる装置らしいです。 娘の気持ちを確かめると、「それは嫌」「はえてこなくてもいい」と言うので、先生に その旨をお伝えして、一度治療はストップすることにしました。 (あとで気が変われば、その時からでも出来るそうです。今表面上は異常はないので) 娘は先のことより今を選びました。今そうすることは、娘にとってはすごく苦痛で嫌な ことなのだそうです。 昨日その治療を選ばないことを先生にお伝えすると、残念そうにされていました。 逆に娘は帰りの車の中で、ふっきれたみたいな明るい表情でした。娘なりに考えてちょ と悩んだらしいです~ 娘がこの矯正治療に通い出したのが、ちょうど息子が不登校になる1年位前でした。 2か月か3カ月に1度の歯医者通いでしたが、治療の間には気が重く行きたくないこと も多々ありました(私が~)。息子が家から1歩も出られない時、ひどく落ち込んでい る時、荒れている時。。。いつもいつも気持ちの中でそのことが引っ掛かっていました 息子自身も顎の形の関係から、かみ合わせが悪いと学校の検診で指摘され、小2から 中1まで矯正歯科で治療を受けていました。娘とは違う歯医者さんで最後はドタキャン して行かなくなってしまいましたが~ 装置を入れていたこともあるし、途中で歯を抜歯したこともあります。小学校高学年の 時ですごく痛そうだった。その時は私も息子のためになることと思い、息子の意志も 聞かずに、先生の言う通りの治療を受けさせていましたが、今考えるとすごいストレス があったんじゃないかと思います。 歯磨きや予約のことなどに、結構厳しい歯医者さんでしたから。 子どもの気持ちをきちんと受け止めることが出来ていなかったなあ。 ねばならないで、ずっと子育てしてきたなあって、今さらですが思い出しました。 子どもに良くなる方を強要してた。パーフェクト(自分にとっての)を求める気持ちが あったんですね~何かに追い立てられるように。。。
2012.07.29
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義母がよく言う言葉「あの人は本当に常識がないよね」「~するなんて非常識よね」っ て口癖のように言います。 「常識」と「非常識」っていったい何なんでしょうね。 最近子どものように「何?」「どうして?」の疑問がよくわきます~ 常識 「ある社会のある時期において、一般の人々がとくに反省することもなく共通に 認めている意見や判断のこと」 非常識「当然知っていなければならないことを知らなかったり、当然従うべき社会的 規範に外れたりしていること。またそのさま」 ここに書いた定義が、すべてあてはまるというわけではありませんが、おおまかな所は あたっていると思います。ということは常識も非常識も、「ある社会」の「ある時期」 において適用されるものであって、社会や時期が変われば当然それにつれて、変わって くるものなのでしょうね。「一般の人々」というのもあいまいだし。。。 ある程度ここからここぐらいまでが「常識」かな?という範囲の予想はついてもそれは 幅があり、人によってその幅を決める基準も違ってくるということでしょうか~ それで義母の言う「常識」は、私にとっては「それって常識?」って思うようなことが 多々あるのが、よくわかりました~「常識」と言うよりは義母の「価値観」と思った方 が理解しやすいですね。 息子が五月雨登校をしていた時、何についてかははっきりとはわからないのですが、 「俺はそんなことは、絶対に無理。そんなんが当たり前(常識)とか言うのは、考え られないから」と義母に言ったことがあります。 義母が自分の常識を息子に押し付けようとしたことに反発したのですが。。。 きっとかなりのひらきがあったのだと思います。 そうかと思えば息子は、結構常識的なことを口にすることもよくあります。 育ってきた環境育ってきた時代、家族構成、職場(学校)での環境、その人を取り巻く 人間関係等々によって、その人の「常識」が形成されるのでしょうか。 それともある程度こんなものと形が決まっているものに、自分を合わせていくように 変えていかなければならないものなのかしら。自分が生きやすくなるために。。。 私も働いてお金をいただいている時は、その職場の「常識」にどっぷりとつかっていた し、多少の違和感を感じていても、そうせざるをえなかったし。ケースバイケースなの でしょうか? 自分にとって「常識」と思えることは何なんだろうか? 今まで「常識」と思わされてきたけれど、本当にそれは「常識」なんだろうか? とか色々と考えてしまいます。 「常識」・・・う~ん「価値観」とも違うし・・・ 「共通に認めている意見や判断」というところにカギがありそう~ 「常識」を全く無視して社会生活はおくれないし、かといってそれに縛られ過ぎると、 自分の生き方が窮屈になってしまうし~兼ね合いが難しいですね。常識って。。。
2012.07.27
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3日前から夕方30分くらい、家の近くを散歩することにしています。 年齢的なものや暑さのせいもあると思いますが、最近疲れやすく体力の衰えを感じる ので。。。夕食の支度をある程度整えた後や、子どもだけ先に食べた後とか、少し早め に食事を済ませてからとか、そこら辺は臨機応変に考えて、行ける時に行っています。 大体7時前後が多いかしら~少し薄暗くなりかける頃ですね。 犬は連れて行きません。犬を連れて行くと犬のペースになるし行く場所も限られるから 最近暑くて犬もバテぎみで、庭ではなすことが多いです。。。 家の近所ばかりですが、毎回気分によってコースを変えています。 昨日は娘の英語があったので、送って行くついでに散歩しました。その場所に車を置い ておいて近所を。家から近いのですが、帰りが遅いので車で送迎が多いです。 普段はあまり歩かないような裏道の住宅街を歩いていると、向こうから1台の車が~ なかなかこちらに来ないで、止まったままだと思って見てみると、息子の中学校の時の 同級生のママさんでした。 「〇〇さん。お久しぶり~」って挨拶してくださいました。わざわざ車の窓を開けて~ 本当にお久しぶりなのです。息子が中学校3年生の始めの頃、PTAの役員会でお会い して以来なので、約3年ぶりになります。結構息子が仲が良かったお子さんのママさん だったから、懐かしかったです。「わ~お久しぶりです~ちょっと散歩してるのよ~」 って挨拶して、「ああそうなの~またね」って言葉をかわしました。 そう言えばこのご近所だったわ。おうちが~息子とは違う高校に進学したようですが、 息子のことはお子さんから聞いているのかな?ってちらっと思ったのですが。。。 夕方日がおちると暑さがすこ~しましになってきます。 でもコンクリートは焼けているので、少し歩くだけで汗ばみますね。 風も少し出てくるから、あまりかっかしない心地良い汗です。 最近車で移動が多くて、あまり運動らしい運動をしていないから、少しきついですが、 あまり気負わずに、夕方の散歩を続けられたらいいなあと思います。 いつまで続くかしらね~ 前に犬が脱走した土手の道 よその家のきれいなお花 おおきなクモの巣 夕暮れの神社の木
2012.07.27
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今私が週に1回受けているピラティスの講座は、公的な施設で行われている講座なので 1回あたりにすると800円位の料金で教えてもらえます。15回が1クールで、終了 すると少しお休みがあって、次の講座を申し込むようになっています。 継続は3回までOK。それを過ぎると定員オーバーの時は抽選になってしまいます。 ほとんどが継続の方で、新しく入られる方は毎回2,3人なので、滅多に外れることは ないみたいです。私も1年と少しが過ぎましたが、ずっと継続出来ています。 先生がここの場所で講座を持たれたのが、今から5年位前みたいです。 1番古い方は、その頃から来られているみたいで、今も変わらずに来られている方が、 1人いらっしゃいます。 この方お名前は存じ上げないのですが、とても感じのいい方です。 いつも後ろの方のあまりめだたない場所にいらっしゃるのですが、すれちがったりする と、あちらから先に、にこにこして挨拶してくださいます。 初めて1人で講座に参加した方がいると、さりげなく寄って行ってお話しされています ずっと続けてされているのに、決して目立たず、出しゃばらず、いるかいらっしゃらな いかわからないような感じなのですが、その方がそこに居るだけで安心感があるような 素敵な方です。多分私より少し年上で、すらっとしてスタイルのいい方です~ いつも少し離れたところから見ています。1回ゆっくりとお話ししてみたいなあと思っ ているのですが、私と同じでシャイそうな方なので、きっとずっとこのままなのでしょ うね~見つめるだけ・・・なんか初恋みたいですね~(笑) 穏やかな優しい目線で見ると、自分のごく身近にも、素敵な方っているんですね。 なんか嬉しくなりました。今日も来られているかな~
2012.07.25
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「1日24時間どのように過ごそうと自由です。」 もしそう言われたら、自分は何をするかな? 寝て、食べて、録画してまだ観れていないテレビ番組を観て、DVDを借りてきて観て 普段あまり時間がなくて読めずに置いてあった本を読んで(それも寝ころんで)、掃除 もご飯作りも、食材の買い物もみ~んなパスして、家にある作らなくていいもの食べて それとも外へ出かけるかな? 映画を観たり、前から入りたかったお店で、1人でコーヒー飲んだり、ランチしたり、 お風呂に入りに行ったり。。。 いや~どちらかと言うと出不精で、インドア派だから、家でワンコとまったりするかな お風呂も家でゆっくりと入るかな~ なんて考えただけでワクワクしてきます。 でもそうなった時、「何もしない時間」ってとれるものかな? ただ何もせずに、ぼーっと過ごす時間て、考えたらあまりないんですよね~私は。 自由時間がとれても、いつも何かしてるし。。。 息子が不登校になった時家でずっと居た時は、寝ている時間以外は何をしてもいい 時間だったけど、息子もいつも何かしていたように思います。布団の中でもんもんと している時間もあったとは思いますが~ たいていはゲームかネット。ネットでは息子はオンラインゲームはしていなかったので 何か調べたり(ゲームの攻略法が多かった)無料で出来るゲームをしたりユーチューブ で音楽を聴いたり、動画を観たりしていることが多かったと思います。。。 今は家に居ないからよく分かりませんが、スマホに変えてからはあまりパソコンに向か うことが無くなったみたいです。 アプリでゲームしたり、動画で映画や漫才を観たりしてるみたい。 ブログやツイッターはしていないみたい。この前に帰った時はそう言っていました。 時々休みの日とか、「何もせんと半日ぼーっとしてた。」って言ったりすることもあり ます。「何も?」ときくと、「うん何も」って答えます。 本当に何もせずに半日も過ごすなんて(寝ている以外で)私は出来ませんが、それって リラックスしているってことなのかしら?それとも頭の中ではめまぐるしく色々なこと を考えているのかなあ?わかりませんが。。。 本当のゆとりって「何もしない時間」から生まれるのかしらねー。
2012.07.24
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以前は庭の端の方に、小さな畑があり、義父や義母が夏になるとナスやきゅうりや トマトなどを植えて、収穫していたけれど、ここ数年はあまり植えずにきています。 水を毎日やったり、ささえをしたりする手間が大変らしく、たまに義母がゴーヤを 少し植えるぐらいになってきました。 以前畑だったところは、コスモスの種を撒き、今はコスモスが一面にはえています。 今年はゴーヤのほかに、ピーマン、オクラ等の苗を少し植えてみましたが(私が~) あまり世話をしなかったせいか、ピーマンは全滅、オクラは1本だけが育ちました。 ゴーヤは植えた場所がよかったのか、苗がよかったのか、義母の世話がよかったのか 3本ともグングンと大きくなり、つるも伸び花も咲いています。 家庭菜園で採れたものは、お店で売っているものと比べると、皮はどうしても固く なってしまいますが、充分にならせたものなので、味は濃いように思います ゴーヤは義母と私以外の家族は、どちらかというと苦手なのですが、体にいいので 食卓には時々登場します。わたをしっかりととって、薄くスライスして、油で素揚げ して、塩をふるゴーヤチップスにすると、子どももわりと食べます。 あと植えてはいないんですが、カボチャが芽を出しつるも伸び花も咲いたので、写真 に撮ってみました。何故はえてきたかは?です。 家庭菜園と言っても植えているのはほんの少し。。。でも収穫は楽しみです~ オクラ カボチャ
2012.07.22
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昨日娘と一緒に、大型ショッピングセンターのバーゲンに行ってきました。 中に色々な店舗が入っています。 結果・・・私はユ〇クロで数点の品を購入しただけ・・・バーゲンでも何でもないし~ 超お買い得の、500円の長Tはバーゲン品かな?土日限定商品は買ったけど~ あとは娘のものばかり。。。 白のスキニーパンツ(足がきれいに見えるからと言ってご購入。娘は私と違い細~い から試着しないでもサイズみただけで買える)、薄いオレンジ色の半袖のカーデイガン 水玉模様のスカパン(一見スカートに見えるパンツをこう呼ぶらしい~)、 だぼっとしたボーダーのトップス、ミリタリー調のカーキ色の半袖シャツ、長T2枚 (日焼け防止のため、半額だった)、サンダル(3軒はしごしてやっと見つかった)、 柄のついたソックス(夏休みのお出かけ用。学校は白の無地しかダメ)、 ネックレスとイヤリング(これは自分のお小遣いで購入)。 昼過ぎから夕方近くまで、広い店内をほとんど歩きっぱなし、立ちっぱなしでした。 足が疲れた~途中でちょっとお休みしたかったけど、買い物に忙しくてそんな間もなく お茶&スイーツしたかったのですが。。。 帰りの車の中でペットボトルのジュースを飲んだ~喉カラカラだった。 バーゲンのせいか、それとも土日のせいか、60%オフなんてのもあったり、店によっ てはそこからさらに20%オフとかもあったりで、お姉さんが呼び込みしてた。。。 いったいこの服の定価っていくら?と思いました。 3点買っても3000円ちょっとだったり~ 昔に比べて、バーゲンの時期って段々早くなってきていませんか?私が若い頃は、なか なかバーゲンにならなくて、早くならないかなあってよく思っていたものです そして物の値段もお安くなっている気がします。高いものは高いけど~ あっ私はあと髪留めと、文庫本2冊を買いました。なんてかわいいものだわ~私って。 それにひきかえ娘の強欲なことよ(笑)。 でも皆が自分の欲しいものを手に入れているであろうキラキラした目を見て、やっぱり バーゲンは楽しいと思ったのでした
2012.07.22
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について改めて考えてみました。 「子どもを信じる、心から信じる」「信じて黙る」「信じてすべてまかせる」 「本気で信じる」「信頼には信頼がかえってくる」etc. 今までよく見聞きし、自分の中でもそうしようと、心で唱えてきた言葉です。 「出来てきたかな?」って少し思う時もあれば、「まだまだ信じ切れていないな」と 思う時もあります。「信じる」と「信じ切れない」の間を右往左往する時も。。。 信じる気持ちを阻むものは、やはり「不安」と「焦り」かなあ~ 「同じ年ごろの周りの子は~なのに」とか「ずっとこんなことを続けていていいの かしら」っていう、心配や不安がわいてくると(大体は比較することからはじまる) 気持ちの中に焦りが出てきます。 自分の子どもへの対応のし方について、「何かしないといけないんじゃないか」 「このまま、ほうっておいて(子どもの好きにさせて)いいのかな」って思う。。。 子どもへの信頼の目がくもってしまう。何か手出ししてしまいたくなる。 本来の過保護、過干渉の気質が目覚めてしまうというか~(笑) <「待つ」ということは「感謝」すること> 「待つ」というのは「何もしない」という意味ではなく、「子どもの成長を信じる」 ということです。「問題」ではなく「子ども本人」に焦点を当てたものの見方なの です。 いろいろなゆらぎはあっても、この子は人間として大丈夫だという信頼のような ものです。-中略ー もう1つ「待つ」ということは子どものペースを尊重するという意味があります。 成長にはそれぞれの子どもに合ったペースがあります。-中略ー 「生きていてくれること」「できるようになったこと」への感謝は子どもに必ず伝わ ります。自尊心を持つには、ありのままの姿を受け入れてもらう必要があります。 「生きていてくれること」「できるようになったこと」に注目していくと、子どもの ありのままを受けいれやすくなります。 『10代の子を持つ親が知っておきたいこと』 水島広子著より あるがまま、そのままの子どもを受けいれる。 子どもが生きていることに感謝する。上から目線の言動をなくし子どもを尊重する。 それが子どもを信頼することにつながるのかなと、今思っています。
2012.07.21
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今日夕方ごろに帰ったらしく電話がありました。 何かはわからないけど、ひどく落ち込んでいます。声も暗い。 「自分のこの性格が嫌」「学校も嫌」「将来のことも考えられない」らしいです。。。 そうなんだね~辛いよね~でもどうしようもないんだよね~私には何も出来ない。 日程は無事にこなしたらしい。でも虚しくて、心がスカスカになっているみたいでした 「取り合えず、何か食べて寝たら」としか言えませんでした。 「自分のことをもっと突き放してほしい」「そしたら楽になれる」とも言ってた。。。 私の中にまだまだ息子に対して「期待」する気持ちが残っているのかしら? そうですね、正直皆無ではないですね。口では「どんな道に進もうと好きにしていい」 とは言っていても~息子がまだそう思っているならば、まだまだ重たい母であるので しょうね。私自身がもっと変わらなくてはね。。。 「生きるのも死ぬのも自由にしたい」らしいです。あ~そこはまだ手放せていません。 子供の人生を本当に子供に返す。親は淡々と親の人生を歩む。 子供の葛藤は子供のもの。親はそれを邪魔しない。言葉は重くなく軽くなく聴く。 気持ちに寄り添っても、決して気持ちに同化はしない。 そんな言葉が今、頭の中をぐるぐると回っています。 今夜眠れば落ち着くかしら。お互いに。時間にまかせるしかなさそうですね~今は。
2012.07.19
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私は今2,3カ月に1回、美容院に行っています(カット&カラー)。 息子は結構髪型にこだわりがあるみたいで、今は1か月半に1回位のペースで髪を切り に行っているみたいです。短髪です。 犬は子犬の頃は家でシャンプーしていたのですが、体が大きくなった1歳ぐらいから、 洗って乾かす手間が大変になってきて(毛の量も多いし)、お店でシャンプーしてもら うことが多くなってきました。今は1か月に1回位行っていますね。家の中で犬が一番 贅沢かも。。。 ほかの家族は義母が2か月に1回位で、夫なんかチェーン店のお安い散髪屋さんだし、 娘もどちらかというと長い方だから、あまり美容院に行かないし~ 1歳からお世話になっているところだから、犬も慣れているのですが、シャンプーは あまり好きではないみたいです。じっとしているのが嫌みたいです。 そのお店では小型犬と大型犬を2匹飼っていて(個人でされているお店なので)、あと お客さんで来ている犬もいて、連れて行くと匂いを嗅ぎ合ったりしています。 前に用事で1泊預けたこともあって、その時も大丈夫だったけど大分ストレスが溜まっ たみたいで、連れて帰って来てからは1日中寝てばかりいました。 犬なりに気を遣っていたのかしら?わかりませんが。。。 薬は今のところ、月1回のフィラリアの飲み薬(5月~11月まで飲ませる)と、月1 回体につける、ノミ、ダニ防止用の薬をしています。 飲み薬は獣医さんのところで、体につける方はネットで購入しています。 犬1匹飼うと、病気予防のワクチンの注射、薬、シャンプー代と出費が多いです(泣) でも家族の一員だし、出来るだけ長生きしてもらいたいし、この出費はしょうがないで すね~家の場合は、夫が犬を溺愛しているのも大きいと思います(笑) 毛皮着てるから暑そう~(>_
2012.07.19
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ゴーヤの花 息子が昨日の朝、スクーリングに出発しました。 通信制のサポート校に所属しているので、スクーリングは参加必須で、この2泊3日の スクーリングで、実技教科(?)の何単位かが取れるみたいです。 学校によっても違うみたいですが、息子の学校では大体年に1回(もしくは2回)位 参加するようになっているみたいです。 事前学習も含めて、前々から「あまり参加したくない」気持ちがありありでしたが、 覚悟を決めて行きました。 1昨日「スクーリングに持って行く〇〇が無いから持ってきて」と連絡があったので 届け、昨日も朝集合だったため、私はそのまま泊まりました。 最近は、まあまあ規則正しい生活を送っているみたいで、朝も起きられそうな感じでは あったのですが。。。 泊まった日の夜は祝日で寮の食事もなかったから、前々から目をつけていた近所にある 老舗の洋食屋さんに2人で食べに行きました。 カウンター席だけの間口の狭いお店で、たまに前を通ると、お客さんが一杯入っている みたいで、いいにおいも漂っていて、ずっと気になっていたのです。 おじいさんが作って、おばあさんがサービスや会計をする、70代ぐらいのご夫婦と、 少し若い男の人が出前をする、小さなお店です。 息子はカニクリームコロッケとハンバーグとライス、私はオムライスを注文。 「コロッケ、感動するぐらいうまい」と息子が言っていたので、私も次の機会にはそれ にしようと思いました。オムライスもおいしかったけどね~ その日の夜はこれからのことも少し話したりして、朝もすんなりと起きて行きましたが 駅まで歩いて行く時に、ため息混じりに、 「将来のことを考えると、何か吐きそうになる」 と言っていました。それが本音かな?プレッシャーを感じているのかしら。 「先のことはどうなるか誰もわからないからね~今のことだけ考えたら~」 って思わず言ってしまったのですが。。。余計なひと言だったかしら。。。 別れる時軽く手をあげて、大きなカバンを肩から下げた息子の後ろ姿が、みるみる小さ くなっていくのを見送りました。
2012.07.18
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芙蓉 毎日湿度がすごいですね~雨も多いですし。 これだけ気温が高く、湿気も多いと、アパートの方の掃除が結構大変です。 クモの巣があちこちに張ったり、階段や廊下に泥がたくさん落ちたり。 廊下や天井の高いところや、照明器具、玄関ドアや窓ガラスのすみに、あっという間に クモの巣が張ります。庭の木の間や枝の間もすごいけど。。。 蚊と一緒で、梅雨が開けてカンカン照りの日が続くようになると、段々と少なくなる ように思いますが。。。 それで掃除するのですが、義母のこだわりで、「払うだけでは、またすぐにクモの巣が 張るから吸い取って」ということで、掃除機の先に長いノズルをつけて、天井にいる クモや、クモの卵、クモの巣を吸い取っています。 びっくりしてあちこち逃げ惑うクモを、追いかけて吸い取る~(クモちゃんゴメンね) でもそれだけ徹底的に吸い取ったはずなのに、、一週間もすると又新たなクモの巣が。 たくましいわ~ 私は虫類はわりと平気なので(ゴキちゃんも)、そんなに苦痛じゃないけど、ずっと 上ばかり向いているから、首が痛いし、掃除機を持つ手もだるくなってくる。。。 あとは雑草とのたたかい。抜いても抜いても、はえてくる~ 特に雨が降ると、ぐんぐんと伸びる、伸びる。 ここらへんのご近所の方、草抜きが趣味の方(?)が多いのか、週に2回の燃えるゴミ の日は、普通のゴミよりも、抜いた草がギッシリと入ったビニール袋の方が多く並んで いることも~特に今の時期は。 「あそこの家は草抜きもしていない~」ってご近所から言われるからって、義母はよく 言うのですが、そういう家もあった方が、みんなの心も和むっていうか、余裕が出来き るっていうか、そんなのもありじゃないのーーーって私は思うんだけどなあ~ 言えないけど
2012.07.15
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戦争おたくです(この言葉が適切かどうかは分かりませんが~) 色々な戦争(主に第二次世界大戦)の史実の本を読んだり、テレビ番組(主にNH〇) をよく観たりしています。いつ頃からそうであったかは知りませんが、少なくとも私と 結婚した時、気がついたらそうでした(笑) 後余談ですが、ビートルズファンで(ビートルズ世代よりはあとですが)、中学高校の 時はあまり興味がなく大学の時に目覚めたらしいのですが、もう何十年もファンクラブ に入っていて、今だに会報もおくられてきます。 将来は是非、リバプールに行きたいらしいです その夫が前に話していたことで印象に残っているのですが、第二次世界大戦の終盤、 日本とアメリカが戦っていた時、アメリカ軍は、たとえ戦闘機が撃たれて炎上、墜落 しても、兵士の命を守るために、操縦席の周りは色々なものを貼りめぐらせて、出来る だけ頑丈に作っていたのだそうです。 兵士一人を育成するために、多大な労力とお金が使われていたからというのもあるけど それだけ人の命が重視されていたそうです。 それにひきかえ日本軍の方は、戦闘機を出来るだけ軽くして飛びやすくするために、 操縦席の周りはほとんど守られるものがなかったそうです。特攻隊の方々は最初から 死ぬことを前提に敵の中に突入していったし。。。人の命が軽んじられていた。。。 国の力の差もあったけれど、国の利益や秩序を守るために、個人の利益や命がないがし ろにされる社会ーこれは豊かな社会とは言えないなあと思います。 戦後日本は確かに経済的には豊かな社会になってきたと思います。でも心まで豊かな 社会になってきたかというと疑問です。 どうすれば真に豊かな社会になれるのか。人命が一番優先される社会になれるのか。 一人一人に出来ることは微々たるものですが、そういうことをいつも考えられる人に なりたいと思います。 瀬戸内寂聴さんの本にこんな一節がありました。 『「何故人を殺してはいけないの」と子供にきかれたら、「お前は人間に生まれたから 人を殺してはいけないんだ」と答えるべきです。 理屈も何もない、人間は人を殺してはいけないのです。』と。。。 寂聴さんは人が人を殺す戦争は、あってはならないとおっしゃっています。
2012.07.14
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実家の親がだんだんと年をとってきて、病気や介護のことが現実味を帯びてくると、 ふと思い出されるのが伯母のことです。 私が大学を卒業して県外で就職していた時に、この伯母が亡くなったのですが、多分 まだ60そこそこだったと思います。動脈瘤かなにかで手術して入院していました。 何故か最近その時のことが、リアルに思い出されてくるのです。 仕事が休みになった夏、帰省すると母から、 「伯母ちゃんが危篤だから、帰っている間に早くお見舞いに行ったほうがいい。」 と言われました。 この伯母は母方の親類で、母の実家の兄嫁にあたります。 小さい頃から、かわいがってもらいました。 自分は男の子3人の母だったから、「女の子が一人いると華やかになるわ~」「〇〇 ちゃんはかわいいからこの家の子になったら(お世辞とわかっていても嬉しかった)」 とか、遊びに行くとよくほめてもらっていました。一人でも泊まったりしてたなあ。 私は嬉しくて、伯母の後をついて回って、一緒に料理したり、店番したりしてました。 伯母は料理は得意で、おいしかったけど、掃除は苦手みたいで、家の中はぐちゃぐちゃ だったけど、全く気にしていませんでした。 母の実家はその頃高校の前で、小さな文房具店をしていました。伯父は外で違う商売を していたから、店番は伯母の役目でした。 伯母はとてもおおらかで話し好きの人だったから、色々と買いに来たお客さんと話こん で、一日中店にいるような人でした。ちょっとした駄菓子やジュースなんかも置いてい たから、そこで食べていく生徒さんもいたりして、伯母も話に加わったりしていました そこは私にとっても、とても楽しい空間でした。 病院にお見舞いに行くと、伯母はとても苦しそうでした。 肩で息をしていて、「誰?」と言いました。伯父が私が来たことを耳元で伝えると、 「よく来てくれたね」と小さな声で、しかしはっきりと言いました。 お見舞いに持って行ったオレンジを絞って、その汁を口元まで持っていったと思います 「おいしい」と言った伯母の顔は土色だった。 私がお見舞いに行った次の次の日だったか「亡くなった」と伯父から連絡がありました お通夜、お葬式と、夢か現実かわからないような気持ちで、出席しました。 伯父が「いい時に見舞いに来てくれた」と言ったのはよく覚えています。 その伯父も、伯母が亡くなってから7年後ぐらいに、病気で亡くなりました。 今でも伯母の元気な時の、にこにこした笑い顔と、病院での苦しそうな顔が両方脳裏に はっきりとうかんでくるのです。 この夏のお盆は、久しぶりに実家のお墓参りに行きたいと思います。
2012.07.13
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先生と先日お会いして、お話しさせていただく機会がありました。 この先生元CAさん。ご主人様は歯〇者さんで、セレブな奥様です~ 私も最初は会うと、ちょっと緊張したのですが、お話してみると、話題も豊富で、 とーっても気さくで、明るい方なのです。 3人お子さんがいらして、一番上のお姉ちゃんは大学で教員免許をとって、今臨時採用 されて教えてるみたい。「これから本採用されるかどうか、分からないから」と言って 専門学校にまた行って、すぐに就職に結びつくような資格を取ろうか考え中だとか。。 2番目のお兄ちゃんは、県外で大学生をしてるみたい(どこの大学かは知らないけど) 3番目の息子と同じ年の子は「勉強嫌いでね。部活頑張ってる」らしいです。。。 「今は大学を出ても就職なかなか難しいよね。お姉ちゃんの彼氏もフリーターだから~ 結婚出来ないのよ。今の子は大変だよね」と言うようなお話を聞きました。 娘のことも「〇〇ちゃんも、やる気が出たらもっと伸びると思うけどね~まあ本人次第 だし、本人がしたいことするのが一番よね。」ってあまりせっつかずにみてくれている みたいです。 そのせいかどうか、娘も英語だけは嫌がらずに今のところ続いています。 小学校の時、ピアノもテニスもスイミングも行ってたことがあるけど、全部やめました そう言えば、私も大学で教員免許を取って、その後も簿記や宅建の資格も取ったけど、 今役に立っているのは、自動車の運転免許だけですね~これが無いと私の生活上、 本当に困るし。。。 学歴って何なんだろう?何のために皆大学に行くんだろう? そこでどうしても勉強してみたいことがある、そこで勉強しないと自分のつきたい仕事 につくことが出来ない。そんな確固とした目的があるのならって思うのですが。 そこまで考えなくてもいいのかな?実際自分もそこまで考えていなかったようにも思い ますし。。。 私は自分のきちんとした教育観があるわけでは無いのですが、何か自分の感じたことを 思いつくままに書いてしまいました。 コメントをいただけると嬉しいですが、お返事は的外れになるかもしれません。 と、あらかじめことわっておきます(笑)
2012.07.12
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娘は今13歳、中学2年生です。 自分が中学校2年生の時と、今の娘とを比べてみると、時代が違うのもありますが、 自分の容姿や服装へのこだわりが、大分違うように感じます。鏡をみる時間も(笑) それとも同じ年齢でも、その子、その子によって違うのかしら? 朝娘は準備に結構時間がかかります。だから登校する1時間以上前には起きています。 まずお湯とお水を交互にして(?)、洗顔を丁寧にして、化粧水などをつけます。 その後自分の部屋にこもること約30分ぐらい、鏡に向かって髪を結わえ(たまに結わ えない時も、ドライヤーで丁寧に伸ばし)、まとまったら制汗スプレーをして(?)、 制服に着替え、胸のリボンのくくり方をチェックして、やっと朝食。 私と夫は朝はパン食ですが、子どもはご飯党なので、ご飯とみそ汁、簡単なおかずを 食べます。(たいていは、夫の弁当のおかずと共通) あまり急ぐでもなくゆっくりと食べ、最後にニキビ予防のためビタミンBを1錠飲む。 その後また部屋に戻り、日焼け止めを塗ったりして、歯磨き、トイレタイム。 リップなどをぬり、もう一度鏡で全身のチェックをしてやっと登校になります。 だから早く起きたわりには、いつも出るのはギリギリにですね。自転車で。 この間髪型がうまくまとまらない、寝ぐせがとれない、リボンの結び方が気にいらない 眼がはれぼったい、クマができている、ニキビが増えている等々で急に情緒不安定に なって、泣く時もあります。 でもたいていは自分で又気持ちを立て直しています。たまに「大丈夫よ」と言う時もあ りますが、娘の場合はあまりこちらから何も言わない方が、気持ちが落ち着くみたい 学校から帰ると一応私服に着替えるのですが、その時も又鏡でチェック。変な組み合わ せの服は嫌みたいです。あまり高い服はいらないんです。自分が気に入れば。 でも、私が中学校の時は平日学校から帰っても、体操服でいることが多かったなあ。 ヘアースタイルも変えてリボンとかつけている。(学校は禁止) アクセサリーをつけている時もある。ネックレスとか。(どこにも行かないのに。。) 「スカートの折りが変だから」とか「汚れたから」とかで制服を洗うこともしょっちゅ うあります(私が~)。息子は私が何も言わない限り、ずっと洗わなかったのに。 でも自分の部屋は、どんなに服が散乱していても、机の上が雪崩状態でも、床が足の踏 み場がなくても、ぜ~んぜ~ん気にならないみたいです~ 娘のこだわりは、私にはやはり理解出来ません。。。
2012.07.10
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子どもが不登校になると、色々なことに非常にナーバスに反応してしまう時期がありま した。(と過去形でいいのかな?)それを見ると自分が平常でいられなくなって、ちら っとでも見ることが怖くなるのです。 一番多かったのが登下校する学生の姿です。 自転車で走る学校帰りの男子高校生の姿や、並んでおしゃべりしながら歩く女子中学生 の楽しそうな姿、家の近くのグラウンドに向かうユニフォーム姿の学生の集団・・・ 一番辛い時は、少しでも視界に入るだけで、涙が出てくることもよくありました。 息子もそうだったと思います。最初の高校を留年して完全不登校に入った頃、テレビの ローカル番組で、色々な高校の部活紹介のコーナーを目にした時、「消して」と言い捨 てて、ご飯も途中に不機嫌そうに席を立ったことがあります。 ああ思い出して辛かったんだなあ。悪いことしたなあって感じました。 親からしたらこうあって欲しい子どもの姿、子どもからしたらこうありたかった自分の 姿、それがどうしても重なってしまうのでしょうね。 そしてそんな当たり前の人の幸せに嫉妬してしまう自分を感じて凹んでしまう・・・ 一時は自分たちとは全く関係のない世界の、学園物のドラマでさえ観れない時期があり ました。余程学校に固執していたのだと思います。 また新聞に入ってくる塾や予備校の広告、テレビの通信教育や家庭教師のCM、家にか かってくる塾や家庭教師の勧誘の電話さえも、子どもが全く勉強に手をつけられなかっ た時期(鉛筆さえ持てなかった時)は、観るのも聞くのもきつかった。 色々な案内の郵便物は、子どもの目に触れないようにすぐにゴミ箱行き。 学校、勉強に関するものを、一切排除している時期もありました。 少し前の新聞記事に、障害のあるお子さんを持たれているお母さんが書かれていたので すが『街にはられている子育て支援のポスター「元気な子どもは社会の宝」という言葉 に追い詰められ、傷つく思いがする』って・・・ 多数派の価値観だけで物事を進めると、(少数派の人もいるという)当たり前のことに 気づけなくなる。そういうことに気づけることは、私の誇りですって。 きっと自分もその立場にならなければ、気づけなかったことなのでしょうね。 これからも、そういうことに気づける自分でありたいと思います。 そして、そんなナーバスな時や、人にどうしても嫉妬してしまう時、人を羨んでしまう 時、そんな時の自分もみんな自分なんだなあ~別に悪いことじゃないんだなあ~って 感じています 今は楽しそうな学生の姿を見ても、それほどナーバスにはならなくなりました。 ただまだ、少し寂しい時はあります。
2012.07.09
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義母がお取り寄せしたお菓子「パネトーネ」これで大きさは直径20センチぐらい。 イタリアの伝統的なクリスマスのお菓子らしいです。パンフレットには、 その昔、ミラノの菓子店トニーの娘に、良家の若者が恋をしました。 しかし、身分の違いで結婚が許されなかったため、若者は自分の鷹を売った お金で最上の材料を揃え、トニーに最高のクリスマス菓子を作らせました。 これが「トニーのパン」、転じて「パネトーネ」。 大ヒットしたこの発酵菓子でトニーは一財を築き、若者と娘も結婚を許されました。 と書かれていました 中にはレーズン、オレンジピール、シトロンピールなどのドライフルーツが混ざって いて、表面はしっかりと焼き色がつき、ふんわりとしているけどずっしり感もあって 丁度パンとお菓子の中間のような感じでした。 マスカルポーネチーズをのせて食べてみたらグットでした!
2012.07.08
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息子からの電話が3日に1回ぐらいになってきました。(続けての時もありますが) 一時のように毎日ということは無くなってきたのですが、やはりかかって来る時は吐き 出したい時です。 学校行事で、皆で一緒に何かしなければならないことに参加した時に、特にかかって きます。 昨日も「もうめちゃテンション下がるわ~ありえんし」と言ってかかってきました。 もうすぐあるスクーリングに参加するために、事前にどうしても出席しなければならな い授業があるみたいです。 なんか皆でゲームのようなことをしたみたいで(よく分かりません、楽しそうなのに) 「あんな小学生がするようなことしたくない。あれでコミュニケーションとれて仲良く なれると思うこと事体考えられんわ」と不満一杯です~ (ああ、あなたはそう思うのよね) 単位を取得するためにはスクーリングは必須だし、そのスクーリングに参加するために は、この授業は参加必須なのです。そんなことは息子もわかっているだろうなあと思っ てだまってきいていました。(だから行ったのよね) そしてそれを割り切って考えられないからしんどい。そのしんどさを吐き出してる。。 「俺、嫌なことってなかなか忘れられん。小学校1年の時のこともよく覚えてる」 「いつまでもひきずる。それでやる気出んようになることもよくある」 「いいことって、あんまり覚えてないんやけど。。。」 「そうなんだ。忘れられないんだね~それは辛いよね~」(私) 「いや思い出しても今は辛くないんだけど、嫌だったっていうんは忘れられん」 「なんで忘れられんかは、わからんけど」 「昔のことは、思い出しても今は辛くはないんやね」(私) 「でもその時の自分がかわいそうになる時はある。最近の嫌なことは思い出すと辛い というか、やっぱりまだ腹がたつなあ~」 ああそうなのね~私とはちょっと違うのねって再認識しました。そこまで気にならない んですよね。私は。でも息子ぐらいの年頃では、なかなか流せないことも多かったかも 提出しないといけないレポートは全部出したみたいです。 それを私に報告したところに、気を遣っているのかなあとは思いましたが。。。
2012.07.07
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ロベリア ここで言う買い物とは、主に毎日の食事のための食材の買い物のことですが、息子が 不登校になる前は、結構計画的に買い物に行っていたと思います。 あらかじめ2,3日ぶんの献立を決めて、(メインの魚か肉料理ぐらいですが・・・) 買い物に行っていたし、スーパーのチラシも結構まめにチェックしてより安い物を買う のに燃えていました。買い物に行く回数も3日に1回ぐらいだったかな? ところが息子が不登校になった当初は、パニックになっていたので、食事を作ることも 上の空、「今日は何を作ろうか~」なんて考える余裕もなかったから、取り合えず行き あたりばったりに目につくものを買って、その日の食事を作るというふうに変わってき ました。「買って来たお惣菜」が増えてきたのもこの頃からです。 メニューもワンパターンになり(今でもその傾向はありますが)、野菜料理も煮物や あえ物よりは、洗って切っただけのサラダが増え、手の込んだ料理をする気力もなかっ たように思います。 ご飯を作るのが苦痛で苦痛でしょうがない時期がありました。余裕がなかったんでしょ うね~私も息子もあまり食欲もなく、作っても食べない時もよくありましたし・・・ なのでこの頃から買い物もほぼ毎日行くようになりました。 何を買っていいかが決まらなかったから、実際お店に行ってから決めていました。 今は少し落ち着いてきたから、買い物も2日に1回位の時もあるし、新しい料理に挑戦 してみようと思えるようにもなりました。 ところが前のように計画的に買うということは、なかなか出来なくなりました。 その日の気分によって食べたい物って変わるから、あらかじめ決められないなあって 思うようになって。家族に何が食べたいか聞く時もあるけれど、たいていは私が食べた いものになります 最近我が家のエンゲル係数は、上昇しっぱなしです。家計簿をつけるのもやめたし・・ 外食も滅多に行かないわりには高いわ~夫も毎日晩酌するし酒代も高い~節約おかずを 考えなくてはと思っています。 大分湿度も気温もあがってきて、食品もいたみやすくなってきたから、今日はこれから 冷蔵庫の掃除と整理をしてみようかと思っています。 どんなものが出てくるか~少し怖い気もする
2012.07.06
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子どもが不登校になって今までで、ほぼ3年半の月日がたちました。 この間、五月雨登校の時も完全不登校の時もありましたし、途中で学校復帰したことも あります。 その時々で悩んだり、泣いたり、死にたいとまで思ったり(親子で)、希望の高校に 合格して、これでやっと不登校から脱出出来たんだって、親子で喜んだりした時もあり ました。そして又奈落の底に落ちた時も・・・ 一喜一憂ドラマのように目まぐるしく変わっていった毎日。日替わりで刻々と変化して いったこともあれば、このままの状態がずっと続くのかなと思った日もありました。 そして一時に比べると、小波になったようには思いますが、今もそれは続いています。 自分が今まで生きてきた中で、この約3年半の毎日はいい意味でも悪い意味でも、 非常に中身の濃いものになりました。 なぜならこの間、自分の気持ちを「感じること」と新しいことを「知ること」が本当に よくあったからです。 毎日のように否が応でも自分の気持ちを感じ(主として負の感情)、子どもの気持ちを 感じ、家族や他人の気持ちを感じ、そして本で、ネットで、他の方や自分の体験したこ とで、不登校について色々なことを知りました。まだ知りえていないことも多いと思い ますが・・・ 実際に感じて知ったことは、リアルなこともリアルでないことも、自分の中に取り込ま れ、自分の経験となりそれまでの考え方を、大きく変えることになったと思います。 たとえば私たちの考え方は2つのことで変わります。1つは「感じること」もう1つは 「知ること」です。その2つのうちどちらが大事かといえば、どちらも大事です。 人はこの2つの世界のあいだで振り子のように揺れながら自分の道筋をつくっていく のです。 『自力と他力』 五木寛之著より これからも日々「感じること」「知ること」によって、自分の人生の道筋や生き方は 変化していくように思います。 昨日娘が中学校で、実際に空襲を体験した方からの、お話しを聞いてきたらしいです。 「体育館の中メッチャ暑かった~死ぬかと思った~」と帰るなり言っていたけれど、 きっと心の中のどこかでは、娘なりに感じるところはあったのでは?と思います。 昨年の人権集会では東日本大震災の時、ボランティアで現地に行かれた方のお話も 聞いたし。単に知識だけでなく、こういうことを子どもたちにきちんと知らせてくれる ことも、学校の大きな役割かしらって思いました。 子どもたちの心って、本当に純粋で柔らかいから。。。
2012.07.05
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この前息子の幼稚園の頃を振り返っていて、色々と思い出していたのですが・・・ ママ友とのお付き合いが始まったのが、息子が幼稚園に入って半年ぐらいした頃でした 幼稚園に入る前も公園に連れて行ったり、近くの保育所の親子開放の日に連れて行った りしたこともあったけど、あまり長続きせず、気が向いた時に行くぐらいで・・・ もともとそういうお付き合いを、私が煩わしく感じることもあったし、息子も積極的に 行きたがらなかったこともあり、たまに一緒になった子供さんと遊ぶことはあったけど これといって決まったお友達はいませんでした。 だから幼稚園に入るまでは、もっぱら義父母の家に息子を連れて行って(その頃は同居 していなかったけど毎日行ってた)、遊ばせていました。 公園デビューしそこねていましたね(笑) 幼稚園は家から近い公立の2年保育の幼稚園でしたが、年少、年長、2,3クラスの わりとこじんまりとした幼稚園でした。 「自由保育」ていうのかしら?特にあまり時間割のようなものはなくて、たまに一緒に 歌をうたったり、工作をしたり、絵を描いたりはあったけど、ほとんど何をしてもいい ような感じでした。もちろんお勉強もなし。 ところがこれがおとなしめの子どもには、結構大変なのです。時間つぶしが・・・ 誰と遊ぶかも、何をして遊ぶかも、どこで遊ぶかも、お弁当を誰と食べるかも全部自分 で決めるから~息子は最初の頃はよく教室でブロックやパズルをして遊んでいたみたい 「シャボン玉しよう」「水遊びしよう」「砂遊びしよう」「ジャングルジムしよう」 って先生が誘い出してくれたら、一緒に外へ出ていたみたいですが・・・ 私も娘が小さかったから、夏位まではあまりお迎えに行かなかったし、たまに迎えに 行っても、娘を預けているのでさっと帰っていたから、他のママさんたちと話をする ことも、あまりなかったように思います。後で聞くとこの頃から、お母さん同志で話し こんで、そこで子ども同士も仲良くなって、お互いの家を行来きするグループが出来て いたみたいです。私も娘の時はそうでしたが・・・ 秋ぐらいに息子が自分で初めて、1人のお友達と遊ぶ約束をしてきました。 一人っ子の祖父母同居のかわいい男の子。この子の家にはよく遊びに行かせてもらいま した。来てもらうのが好きな子だったのか、家に来たことは1度もありませんでしたが 連れて行って、夕方お迎えに行って、時々あがって少し話ししたりもしました。 それから段々とお友達の輪が広がっていって、結構活発な子たちとも遊ぶようになって きて、〇〇レンジャーごっこをして遊んだりして、4,5人でお互いの家を訪問し合っ たりもしました。 行った先のお宅で一緒にお茶したりして、ママ友とのお付き合いが本格的に始まりまし た。でもこの時もやはり自分の中には壁があったように思います。子どもだけを預けて 帰った時もあるけれど、「あがって」と言われるとなかなか断ることが出来ずそのうち 2,3時間もいるようになったりして(笑)、結構楽しい時もあったと思いますが~ 自分がお母さんたちと仲良く出来ないと、子どもも仲良くしてもらえないんじゃないか っていう気持ちが心の中にあったと思います。 それで何かリラックス出来ず、いつも緊張感がありました。 ママ友とのお付き合いは、それからずっとあった。息子の時も娘の時も小学校中学年位 まで続いていたかしら。娘のママ友とはよくランチも行ったし。 でも自分の本当の友達にはなりませんでした。どうしても子ども同志のお付き合いが 前提にあるし、話題も子どもがらみのことや情報交換ばかりだし、そして子ども同士を 比べてしまうんです。私だけかなあ 今は息子、娘のママ友で繋がっている方は、2人ぐらいです。あちらから時々連絡いた だく方だけになりましたね。まあそれはそれでいいかなあと思っています。
2012.07.04
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何なのかしらって最近考える 自分を心から信じられないのは 何故かしら 自分を愛し、信じられない人が 子どもを信じることは出来ないですよね まず、自分なんですよね~ 世間体かしら? 自分を良く見せたいという思い 自意識過剰? プライド? う~ん 何なんでしょうね~ 存在不安が根底にあるのかな? 「ありのままの あなたでいい」って、受けとめられなかったのかな? だいだい 「ありのままの自分って何?」ってところからわからないし・・・ そこからが、スタートかしら~ 人よりもまず自分を第一に 自分の感情を大切に 気持ちを感じて そうしてみようかな 自然体で・・・
2012.07.03
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だから、親子の数ほど色々な形があり、それだけ考え方も色々なのだと思います。 最近特にそう思うようになりました。 息子は中学校の2年生の冬に不登校になったわけですが、同じ親子でも小学校の時の 不登校と、中学校の時の不登校、高校、大学の時では、親も子もその受けとめ方も違う し、学校側からの働きかけも様々だし。。。そのなった時期によって違った気持ちに なり、違った感じ方になるのではと思います。(当たり前といえば当たり前ですが) これは私が息子の不登校を経験して感じたことですが、やはり子供が小さいほど、親子 の境界線を引くのが難しく、「自分がなんとかしてやらなくては」と親もより思うので はないかな?と思います。人それぞれなのかしら~少なくとも私はそうでした。 息子が中学校の時の不登校と高校の時の不登校では気持ちが大分違ったと思います 経験しているか、経験していないかの差によるところも大きいとは思いますが。。。 中学校の時は、自分の自責の気持ちがより強く、自分が早く気付いて対処してやらな かったから子供が不登校になったんだと、長い間自分を責めている時期がありました。 後で、誰が悪いのでもない、自分を責めてもいいことはない、と気付きましたが。。。 また子供との一体感も強く境界線もあいまいでした。子供の力も信じられませんでした 守ってやらなくてはという気持ちも強くありました。 今考えると子供には大変失礼なことなのですが、子供が学校へ行けないことが、かわい そうでかわいそうでしかたがなかった時期もありました。泣いてばかりいました。 高校の時再度不登校になった時もやはり悩みましたが、「子供の問題」とまかせること が大分出来るようになったと思います。(全部ではありませんが) ただ子供の落ち込み方は、中学校とは又違った意味で深かったように思います。 自分の将来への絶望感も、自己否定も、自責も。。。それを横で見ているのは辛かった でも自分の子供であっても、自分には何も出来ないんだと腹をくくることは出来た。 そういう意味では私の気持ちの中の焦りは、中学校の時の不登校の時ほど無かったよう に思います。 中学校の時は高校へ行けなかったらどうしようという思いが、いつも頭の中にありまし たから~それまでの自分に刷り込まれた価値観によるものだったとは思いますが。 両方経験してみて私が思うのは、やはり辛さは比べられない。本当に1人1人の個人的 なものであるということです。それは親子の間でも同じだと思います。子供の本当の 辛さは、子供自身にしかわからないじゃないかな。想像は出来ても。。。 この後息子の人生がどうなるか、大学や専門学校へ進学するか、または就職するか、 (その前に高校を卒業するかどうかも含め)、まだ未知の世界です。家に帰って来るこ とになるかもしれないという気持ちも、どこかにはあります。 でもどうなろうと、自分の子供であることに変わりはないのですよね。 先のことばかり考えてもしょうがないですし。。。 そして自分とは別の人格を持った人間である以上、どのような道に進もうとそれは本人 が決めて本人がすることなので、親がとやかく言うことではないかなと思っています。 我欲はいっぱいありますが~(笑) そして不登校になったとしても、子供が生きていてくれる限り、何とかなるんですよね そんなに怖いものではないんですよね。当時は死にたいと思ったほど辛かったわけです が、死ななくてよかったと、今つくづく思っています。 時間が解決してくれるところは大きいと感じています。 そして自分の心も、少し強くなったように思います
2012.07.02
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人の表情や話の内容をよく読む子供でした。よく周りを見ているというか。 だからあまり危ないこともせず、危なそうなところにも近づかなかった。 考えてみれば、今までに大きな怪我をしたこともありませんでした。よく言えば、 「育てやすい子供」だったのかも知れません。 もともとそんな慎重な資質を持っていたのに、私が躓かないように先回りして育てた ものだから、失敗の経験もあまりなく、挫折を知らずに育ったのでしょうね。きっと。 完璧主義になるのも、当たり前ですね。 息子が2年保育の幼稚園に入る少し前に、娘が生まれました。 初めての集団生活に入るのだから、今考えてみると、不安も一杯あったんじゃないかと 思います。でも全くそんな素振りは見せず、幼稚園に行くことを嫌がったことは一度も ありませんでした。 年少の頃は、娘が2か月の新生児だったから、朝は夫が送って行って、義母がお迎えに 行ってくれることが多かった。たまに娘を預けて私が行ったりもしたけれど。。。 私はこの頃、入園式や参観日の行事の時位しか、幼稚園に行くことはありませんでした 息子は幼稚園でも、夏位まではあまりお友達と遊ぶこともなく、先生のあとをくっつい ていたみたいでした。 泣くことも、悪いこともせず、ただ淡々と通っていたから、楽しいのかどうかもよく わからなかった。回りに元気のいい子も多く、滑り台の上から落とされそうになったり いきなり顔面をパンチされて、鼻血が出たりしたこともあったなあ~ 秋ぐらいから、家を行来きするような仲のいいお友達も出来て、ホッとしたのを覚えて います。 きっと彼なりにいっぱい我慢していたのだと思います。 いい子にしていないと、お母さんが困るんじゃないかって。 でも私はそんなことには、全く気付かなかった。当たり前のように息子を「早く早く」 とせきたてて、幼稚園に行く支度をさせて、幼稚園から帰っても、下の子の世話に忙し く、幼稚園であったことをゆっくりと聞く間もなく、「お友達と何して遊んだの?」 「誰と遊んだの?」なんて自分の知りたいことだけを聞いて、息子が自分から話したい という気持ちを、だんだんと無くさせていたんだと思います。 「ゆとり」がなかったんですね。 もっとあの頃、息子の本当に話したかったことを、ゆっくりと聞いてあげればよかった なって今になって後悔しています。いっぱい甘えさせてあげればよかったなあ。。。
2012.07.01
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