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毎年年末からこの1月から3月の時期は、体調的にも精神的にも不調で、自分でも建て直しがなかなか出来なかったりします。受験や進級や進学や卒業の時期とも重なるので、子どもが不登校になってからは、余計プレッシャーもかかるような。なるべく自分の時間をとるようにして乗りきっていく感じですね。私の場合は比較的仕事が忙しい時期とも重なっているので、それで救われてるところもあります。子どもと自分とは別物と思っても、やはり子どもが落ちてると気になるし、何とかしてあげたいと思ってしまう。これは上から目線なのかな?子どもの力を信じていないのかな?でももし子どもが不登校になっていなかったとしたら、きっと自分は親が子どものことを心配したり、あれこれと手を出したり、口出しするのは当然と思い込んでいただろうなあと感じます。自分の持ち物のようにずっと思ってしまったのではないかな?わからないけど。だから家はこれが必然だったのかもなあ~と思うときもたまにあります。過保護過干渉は自覚しています。子どもが傷ついたり失敗したりすることがとっても怖かったのでしょうね。今でも怖いですよ。正直なところ。でもその怖さはあくまでも自分のもの。あなたのせいで怖いのよと子どものせいにはしなくなりました。自分の不安を子どもに乗せなくなったかな?不安ってどこからくるのかしら?勿論不安が全く無い人なんて居ないのだろうと思っていますが、不安の強い人とそうじゃ無い人は居ますよね。今少しずつ読んでる本があります。小池龍之介さんというお坊さんの書かれた『しない生活 煩悩を静める108のお稽古』という本。これを読むと人間は煩悩だらけだわ~と思ってしまいます(笑)。 困ったときほど立ち止まって次の手を打たずに「しない」でただ、内面を見るだけに踏み留まることが必要らしいですね~そうすれば不安を増幅せずに生きられるのかな?でもなかなかその境地になるのは難しいかもね・・・まだまだかかりそう何事も焦りは禁物ですね~それはよくわかってはいるつもりです。目の前の現実に自分勝手な妄想を付け加えないこと、毎日の生活を丁寧におくること、自分が楽しいと思える時間を出来るだけ多く持つこと。そう出来れば、この時期もあまり辛くならずに心穏やかに過ごせるかしらね。今はそんな気持ちで過ごしていますね。予定はあくまでも予定であって、その通りにならないことの方が多いですものね 1月のはじめに行ったあべのハルカス息子は今のところまだ帰っていません~こちらからは電話しないようにしていますが、3日に1度位かかってきます。元気そうな時も落ち込んでるような時もあります。人との距離の取り方や、時間の管理やモチベーションの保ち方、勉強の仕方等色々と考えているみたいです。たとえ結果として単位に結び付かなかったとしても、彼の中に経験として残るかなと思います。人生なんて先のことは誰もわからない。そんな気持ちで過ごせたら良いなあと今感じています。
2015.01.31
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私自身のことで気づいたことですが、読みたい方だけ読んでくださいね。年末に頂いたコメントのお返事にも書いたのですが、自分が「怒りを表すのが苦手」「怒りを出すことに罪悪感がある」と言うことについてここ最近読んだ本の中にその答えらしきものを見つけました。そして自分では「なるほど~」と、とても納得したので書いておきますね。片田珠実さんの著書のなかです。この方は自称「たたかう精神科医」と言っておられる方みたいです。ものすごくハッキリとものを言われる方です。私はたまたまテレビで観て知ったのですが、それから4、5冊この方の書かれたものを読ませて頂きました。以前書いた『正義と言う名の凶器』もそうです。以下長くなりますが『なぜ、怒るのをやめられないのか』より。 我々は子どもの頃から「怒るのはよくない、怒りを出すと、そのために 自分自身が困ることになるだろう。そんなものは捨ててしまいなさい」 というメッセージを送られ続けて育つ。また他人にも同様のメッセージを 送っている。そのような環境で育つと「いい人」でありたいと思う人ほど 怒りを隠そうとする。ー中略ー 怒りというのは「いま何かうまくいってないことがある」というサイン であり、生きるうえで非常に重要な感情であるといえる。 ところがこの重要な感情である「怒り」を自覚することの大切さを教えて もらえずに我慢させられるばかりで育つと「怒り恐怖症」ともいうべき 症状を呈するのようになる。ー中略ー だが先に述べたように抑圧された怒りは必ず別の形で表れ人間関係を壊し たり、自分自身を苦しめたりすることにつながる。 それゆえ、まず何よりも自分自身が怒りを溜めこんでいること、それゆえに つらくなっていることに気づく必要がある。 気づくだけでも随分違うが、その怒りは爆発させることなく表現すべき なのだ。そのためには「怒る技術」とでもいうべきものを身につける必要が ある、と私は常々痛感している。ー中略ー 自分の怒りの感情に対して、親から非難と拒絶しか示されなかった子は 一体どうすればいいのだろうか? たいていの場合自分が怒ってるから愛してもらえないのだと理解し次の ように推論する「自分が怒りを表に出さなければ愛してもらえるだろう」 中略ーこういう事態を防ぐために必要なのは、怒りを抑え込むのではなく、怒りを適切に表現する技術、いわば「怒る技術」だと思っている。そして そのためには、まず何よりも自分の感情を感じ取る能力が不可欠なので ある。また感じ取った感情を言葉にする能力も身につけなければならない。 何よりも重要なのは、親が子どもに自分が感じた怒りを大切にするように 教えることである。この負のエネルギーを周囲の人に理解・容認してもら える仕方で放出する技術を伸ばしていけるよう、手助けすべきなのである。非常に長々と引用しましたが、全部大事かなと私は感じたので、書かせて 頂きました。自分が今まで生きてきた中で、実家で親類の家で、近所で学校で、結婚してからの家で、そして子どもに対しても、あてはまることが非常に多いです。私と同じように育って来られた方も多いのではないかなと感じました。片田さんは自分自身に怒りを向けたり、怒ることとキレることを混同したりする怖さ、怒りをタブー視する裏にある恐怖等についても書かれていました。私は読んで少し楽になりました。自分は全くあてはまらないと思われる方には余計なお節介ですが、少しでも興味がある方は読んでみて下さい~
2015.01.24
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日記も書こうと思いながら、あっという間に1週間が過ぎてしまいました。いや別に書くほどの事でもないのかもなあとも思いますが、最近とみに記憶力が衰えつつあり、すぐ忘れてしまうので自分のために書いておきます。書いておくと後から参考になる時があるし、カウンセリングで話す時も役に立ちますものね~それにしても私って自己開示が相変わらず苦手だなと思いますね。これについてはまた書けたら書いてみたいです・・・まず自分のことを。実家の母の実の姉の伯母がお正月明けに亡くなりました。お葬式やお通夜があって何となくバタバタしていましたね。伯母にはとても可愛がってもらったから心からお見送りしたかったです。よく泣いた。すごく久々に従兄弟たちにも会って、みんな歳とってたわ。自分もそうなんでしょうね。当たり前のことですが。私より5才上の従兄弟が急に「人生楽しいですか?」って聞いてきて「いやいや楽しいことばかりじゃないよ」と言うと「それが人生なの」なんて言われたり。自分の親をおくる時は・・・とか考えたりね。色々考えさせられる時間でした。人が亡くなるってとても大きいことなんだな、と改めて感じました。その他では家の仕事がちょっと立て込んでいて、その関連で出かけたり。資料を作ったり週明けにも会計事務所に行く用事もあったりで、少しバタバタしています。息子が会計ソフトに手を加えてくれたので、格段に使い易くなってお礼を言いました。だてにいつもパソコンをいじってるわけじゃないのね(笑)私が車で聴いてるSDカードにも曲を入れてくれたりで助かってます。音楽聴く時間はとても気分転換になってるし。「これやってくれる?」「今は無理だけどあとで」「そうなん」「ありがとう」「助かった」こんな何気ない会話が出来るようになったことが嬉しいです。そう出来なかった時もあったから。振り返れば、何を言っても操作してるようにとらたれた時期もありましたね。息子の表情もトゲトゲしたところがなく、柔らかくなってきたように感じます。考えるところや悩みもあるのだろうけど、全般的には明るくなりました。明るいことがいいことと言うのではないんですけど、軽やかになりつつあるのかな?アップダウンしながら。そんな彼ですが今は家に居ません。スクーリングと試験に行ってます。通信制の大学の仕組みは私はよく知らないのですが、レポートと試験でとる単位と、授業と試験でとる単位があるのかな。今までも何回かあったのですが今回少し長くて2週間です。宿泊や交通機関の予約や申し込みも自分でして(ネットで)、私は言われたお金を渡しただけ。なので行くとは思っていましたが、最後まで行くかどうかはわかりませんね。途中で帰ってくることも想定内です。ガイダンスのようなものも無く、年度初めに渡された冊子だけが手がかりで。試験や授業の申し込も、試験に関することもテキストも全部自分が動かなければならないので、1つ1つ確認しながらやってるようです。自分のペースで出来るのは彼には良いみたいですね。「わからないところは大学で聞いてくる」と言って出かけて行きました。娘のことも少し。正月明けに県外のお友だちと会った以外に、クリスマスの頃に学校のお友だちとカラオケに行きました。それ以外に出かけたことは無いです。塾はずっとお休みしてるので「どうする?」と1度聞いたことはことはあります。「辞めるとは決めてない。今考えてるから待って」と言われました。家ではスポーツやドラマや歌番組をよく観てます。映画は私は結構観たいのですが、今はあんまり外に出たくないみたいですね。後期のレポートも郵送しました。体調の波はあってそれに連動して気分も上がったり下がったりしてるようですが、私に吐き出してくるようなことはありません。家庭教師の先生とはわりと話しているようです夫は仕事が忙しくかつストレスも溜まるようで、お外で働くのはやはり大変なことも多いみたい。珍しく色々吐き出しもあり、私もただ聴くだけしか出来ないですが「聴いてもらうと楽になる」ようです。誰でもそうなんでしょうね~どうするか決めるのは本人で、その人の問題はその人しか解決出来ない。そう思えるから私も家族の吐き出しを聴けるし、そのことを自分に取り入れなくなったと言うか、自分まで重たくならなくなったと言うか・・・それでも言いようのない不安が湧いてくる時はあるのですけど、日々の生活をしているとそれが段々と薄れてきます。これからもそんな感じで過ぎていくのでしょうか。ここ最近は本を読んだりレンタルのDVDを観たりすることが多くて、相変わらずお家で過ごすのが主流ですが、たまにお人と会って話たいなあと思えたり、行動してみたくなったり、自分も日々気持ちは変化してるように思います。体調の波もありますしね。とりとめのないことばかりですが、自分の記録のためにも書いてみました。最後まで読んでいただいてありがとうございます ビオラ
2015.01.24
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この1週間ほどで一気に春の兆しが見えてきたなあ~と感じました。残念ながら写真の腕が今ひとつなので、なかなかその感動をお知らせすることは出来ないのですけど・・・(笑)何となくですが、成人式の前後少し気持ちが落ちてまして、あまり花にも目が行かなかったのかな?息子は以前からそう言ってたように式には参加しませんでしたし。彼が自分で決めたことなので私からは何も言うことはありません。家族ではささやかなお祝いはしました私自身は地元に居たこともあり、式には参加しましたが、あまり印象に残ってません。夫は地元に居なかったこともあって参加しなかったようですね。本当に人それぞれなんでしょうね昨日は私は地元の親の会に参加して、その後楽しい新年会に行きました。日頃お互いに子どものことしかあまりお話ししない方々と、色んなお話が出来て、人見知りの自分も大分言葉が出た気がします。よく笑ったし。明るい会なのでとても元気が貰えた気がします~気持ちもです。今日夕方庭で撮った写真です日が長くなってきましたね~夕暮れ前の空。雲が綺麗でした。 水仙開く前のミニバラ 蝋梅蝋梅 寄せ植えした葉牡丹地植えした葉牡丹 椿の蕾はまだ固い2,3日前に借りていたレンタルのDVDを観ていて、とても素敵な言葉を発見しました。(「ベニシアさんの四季の庭」より)全然予想外と言うか嬉しい発見だったので、書いておきますね~ヨーロッパの貴族の出身で今は京都に家を構えて暮らされてる方です。私はテレビで何回か拝見してその自然体の暮らし方が素敵だなあと、以前から思っていたのです。・庭は神様に一番近い場所。・庭は枯れたようになる時もあるけれど、また新しく出てくる。人生も一緒。・人生を悪い方向から見るのではなく、そばにある美しいものに目を向けて 前向きでいること。・困難は自分を成長させるもの。・大切なのは何が起きたかではなく、それにどう対処したかということ。・真の贈り物は心の庭にある。それぞれの心の深いところの一瞬一瞬の中に。日々の暮らしに感謝しながら、家族と生きていくことを改めて思いました。昨日は阪神淡路大震災から20年の日でしたね。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。私が住んでいるところも震度6位だったと思います。当時生後数ヶ月で添い寝していた息子に、思わず覆い被さった位激しい揺れでした。天井の電灯がいつまでもゆらゆらと揺れてたなあ。私たちは日々生かされているのですよね。それは凄いことなのでしょうね。何かまとまりがありませんが、今の気持ちのままに書いてみました
2015.01.18
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ブログも書きたいなあと思うのですが、文字にしてみるとなんとなくですが自分の今の気持ちを的確に表せない気がして、なかなか難しいものですね。昨日と今日はこの時期にしては比較的暖かく、庭に出ることも多かったので犬と遊んだり庭仕事したりしていました。写真も何枚か撮りました春の訪れにはまだ少し早いですがほんのりと、早春の兆しらしきものも感じられました。こんなとき写真や絵や音楽や詩等で気持ちを表現出来たら良いなあ 蝋梅 冬の空と蝋梅の木 沈丁花の蕾 山茶花の花 買ってきて活けたチューリップ蝋梅が咲き始めて撮ろうと思ったらピンぼけばかり・・・また撮れたらアップします。とってもいい香りがします
2015.01.13
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それはどうしてかと言うと、地方に住んでいるため講演等を聞きに行く機会もあまりなく、積極的にも探さず、また生来出不精でもあるので、外へ出るよりお家の中が好きだから。あとテレビも観ますが、そんなに時間は長くない方ですね。仕事も自営なので、家族以外のお人と会う機会も少ないかな?お店を経営されてる自営の方は、また違うのでしょうが。こう書いてみると圧倒的に世界が狭いっ!(笑)元々数少なかったお友だちも、ママ友を中心にますます減っていますし。でも無理してお付き合いしたいとも思わない方ですし。あっ、でも人嫌いではないんですよ~念のために。元来自分に自信が無かった上に、ここ数年拍車がかかり面倒に感じると言うか、交遊関係を広げようと思う余裕が無かったのだと思います。怖さが先にたってしまってるからかしら。でも約3年前にこちらでブログを書くようになってから、読んで頂いた方からコメントを貰ったり、実際にリアルでお会いしたりする機会も増え、自分でも自分の変化に驚いています。息子の不登校から約6年たちました。最初の3年間よりは、自分の行動範囲も交遊関係も、少しずつですが広がったと思います。広がるのが全て良いこととは思わないけど、視野も少し広くなりました。やはり実体験に勝るものは無いのでしょうね~ここ3年の変化と言えば、1年半前に地元の親の会に参加するようになって、同じような子どもの不登校を経験するお母さんたちと知り合えたことも大きかったですね。地域性もあるし育った環境も似てるし、そう言う意味ではわかりあえる時間も早いです。ただお子さんの元気の段階や置かれた状況は様々です。自分が通ってきた道や、これから通るかもしれない道、色々と感じる所もありますし勉強になります。1年ほど前からはネットで子どもの繋がりじゃない、どちかと言うと素の自分に近い繋がりも頂きました。これはホントに楽しいですね。その中でリアルに知ってる方は数人ですが、私の日常をよく見てくださる方が居るのは、何となく生きる励みにもなります。確かに毎日の営みがあり、生きてるんだと思える。大げさかしらね~そして自分も相手の方の人生を垣間見させて頂いて、みんな一生懸命幸せに生きたいと思ってるんだなあ~家族やお友だちと笑っていたいのだなあと、日々感じたりもします。人生は楽しい時や順調な時ばかりじゃないけれど、ごくたまに嬉しいと心から思える時もあったり、生きてて良かったと思えたり、そう捨てたものでもないと思えます。 お正月明けに娘が県外のお友だちと会いたいと言い、「1人では自信が無いから行き帰りついてきて」と言われました。私はそちらではフリーなので、1人で行きたい所に行くと言う選択肢もあり、以前の自分ならそうしたかも知れません。でも今回は会いたいと思う方がいて、前日に思いきって連絡したら(遅っ!)快く会ってくださいました。朝から夕方までお付き合い頂いて一杯お話も出来、見たかった美術展も見れ大満足の1日となりました。本当にありがとうございました。率直でオープンで飾り気なく温かく接して頂いたので、私も自分の思ったことがどんどん話せたんだと思います。そして帰ってきてからは、長年年賀状の儀礼的なお付き合いだけしていた友人2人から、メールと電話があったりして近々お会いするかもです。自分の気持ちも少しずつ外に向いてきたのかしら?いやまた内に向くかもしれませんが、この変化を少し楽しんでみようかしらね~と今思います。このブログの更新もこんな感じでまとまりなく、上がったり下がったり、ボツボツになりそうですが、皆さま今年もよろしくお願いいたします。よろしければお付き合い頂けたらと思います
2015.01.08
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