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私は感情を表すことが、へたです。 自分の感情を丁寧に感じていくように心がけるようになってから、特にこのことを強く 思うようになりました。 本当に色々な感情があります。 息子が不登校になった最初の頃は、毎日、「辛い」「苦しい」「悲しい」「消えたい」 「逃げたい」等の感情が、まるでマグマのように心の中から湧き出してきて、それを 止めることができませんでした。 その頃は丁寧にそれを感じることも出来ず、ただ「泣く」ことで発散させていました。 今思えば、それで感情を表していたのですね。 少し落ち着いてくると、段々と周りの景色も、見えてくるようになりました。 でもなかなか、気持ちを切り替えて、楽しむ、楽になる、ことは出来ませんでした。 自分のことも責めていましたし、いつも暗い表情をしていたと思います。 楽しそうな人、生き生きとした人、元気な人、無邪気な人を見ると、何かひいてしまい ました。自分はそんな人たちとは、真反対に居るような気がして、避けていました。 そこへ近づくだけで、ただでさえ少ないエネルギーを奪われるような気がして・・・ それ以上傷つくことが、恐かったのだと思います。 でも、心の奥底では求めていました。自分も一緒に笑ってみたいなって。 この頃の感情は、「ほうっておいてほしい」「1人になりたい」「いらいらする」 「腹がたつ」「寂しい」等でしょうか。相反する感情が一緒に心にありました。 最近は気持ちがゆれる時もやはりあるけれど、安定している時は「楽しい」「嬉しい」 「ありがたい」「気持ちいい」「おもしろい」「やりたい」等のプラスの感情も感じら れるようになってきました。 そんなプラスの感情だけでなく、マイナスの感情ももちろん同じぐらいあるのですが、 どちらも自分の価値観で、いいとか悪いとかジャッジせずに、ただ感じるように心がけ ています。 が、それらの感情を外に表すとなると、又、ハードルが高くなるのです。 今までは、どちらかというと、感情をおさえてあまり表さないように、ふるまってきま したから・・・まだまだ感情を表すことがへたです。 でもやっとそのスタートに立てたのだと、今は思えます。 だから少しずつ、色々な感情を表せたらいいなと感じています。 まずは、「楽しい」感情からかしら?無理せず、自然に。
2012.02.29
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家は上が男で、下が女4歳半、年が離れています。 私が昔よく人に言っていたのは「1人っ子の子育てを2回したような感じです」という セリフでした。 1人っ子を育てたことはないのですが、息子は4歳ぐらいまで1人っ子だったし、娘は 息子が幼稚園にあがってから生まれたようなものだし・・・でも、想像でしかないので すが~ 息子は娘が生まれるまで、本当に王子様のようでしたし、年が離れているせいか、同性 でなかったせいか、あまり兄妹喧嘩もなかったように思います。 私自身は姉と2歳違いで、小中学校位まで、毎日喧嘩していたような記憶があります。 ライバル視していました。私が(笑) 子どもの性格は、本人が持って生まれたものや、環境、親や周りの人たちの接し方で、 決まってくるように思うのですが・・・ 息子はおっとりしていて、競争が嫌い、小さい頃は人と争うことは好まない性格だった ように思います。(今は少し変わってきたみたいですが) 周りの状況もよく見ていて、人の気持ちをよく感じます。そして、外に出ると、案外 社交的なところもあります。(私が強迫的に、挨拶やお礼を強要していた過去がありま す。反省しています・・・) 娘は今でも、外ではあまり自分を出しません。おとなしいです。でも内面は強いと思い ます。家の中ではとてもうるさいです。 そして、マイペース。あまり周りの事は、気にしていないように見えますが、本人曰く 「学校ではメチャクチャ気遣ってる」らしいです。 これは私という母親から見た2人の子どもの姿なので、(しかも家庭での)外や、違う 人の目から見てどうかは分かりません。 子どもって、色々な面があり、その時と場合によって、色々な顔を見せるから~一概に 「こう」と決めつけてはいけませんよね~それはレッテルをはっていることになるから
2012.02.27
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朝起きたら一番にすること。身支度、洗面、朝食のしたく(前日の洗い物がある時も) 夫の弁当準備、娘を起こす、娘の朝食につき合う(話を聞いたり)、犬の朝ごはんを 用意してやる。犬のトイレの世話。ゴミの日はゴミを出す。 娘登校、見送り。夫の朝食、夫出勤(今の職場は遅出のため、この時間になる) 自分の朝食。片づけ、洗い物。洗濯機をまわす(早くまわしていれば干す)化粧をする 犬を庭に出す。庭と玄関など、外回りの掃除をする。 犬を入れて、家の簡単な片づけや掃除をする(はぶくこともあり)洗濯物が干せていな ければ干す。この間にブログを書くこともある。大体朝起きた時にパソコンは開いてる この後、買い物に行ったり、仕事の用事や、義母のお付き合いで出かけたり・・・ 大体こんな感じで過ごしていますね。今のところは。 寒くなってくると、布団からなかなか出られません。前の夜、遅くまで起きていること が多いので、起きづらいです。平日の睡眠時間は、6時間弱ぐらいです。 でも、寝ているわけにはいきませんから、頑張って(笑)起きています。 息子の不登校の初期は、「朝が来なければいいのに」と何度も思いました。朝起きるの がとても辛かったです。 「今日も学校へ行けないのかな」「起きてこないのかな」と布団の中で考えると、起き るのが怖かったです。(現実を見たくなかったのだと思います) その時は、学校へどうしても行かせなくては、と思っていましたから・・・ 学校へ行けない息子を、心の中で責めていました。 「なんで学校へ行かないの」「〇〇のせいで、こんなに苦しんでるのに」って、口には 出さなくても、態度や表情に出していたと思います。 息子ももっと苦しかったと思います。「行きたいのに行けない」とよく言ってました。 「起きれないだけだ」とも。私は息子の表面に出た言葉だけに反応していました。 「なんとか学校に行けるようにしてやらなくては」と思い、色々なことをしました。 病院につれていったり、学校と頻繁に連絡をとったり・・・ でも結果的にそれらのことは、ますます息子をおいつめることになりました。 彼の逃げ道や、居場所をなくすことになりました。 息子の本心は「学校に行きたくない」だったのです。でも親の「学校に行ってほしい」 というオーラを受けて、それを素直に出せなかったのだと、今は思います。 そして、それを心の中に溜めこんでいって、心はよけいに深く傷ついていったのではな いかと・・・これは中学の時ですが。 今でも、その頃の朝のことを思い出すと、胸が痛いです。 なんであんなに必死になって、学校へ行かせようとしたのかなって。 学校へ行けないと、なんであんなに苦しかったのかなって。 それまでに自分にすりこまれた「学校へ行かなければならない」という固定観念にしば られて、私は目の前の子どもの姿が、ちゃんと見えていなかったのだと思います。
2012.02.26
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白梅 前に読んだ本の中にあった言葉です。本の中身はあまり覚えていないのですが、この 「隣なる人」(「となりなるひと」と読むかどうかは忘れました)という言葉が新鮮で 印象に残っていました。意味は、 子どもたちの思春期までの課題は「隣なる人」を特定の大人との持続的な関係を 介して、内部に作ることだ。 母親(子どもの無条件の受け止め手)に相当する「誰か」のことを「隣なる人」 と名付ける。 「誰がこの子を受けとめるのか」 菅原哲男著 子どもが精神的に自立していく為には、心の中に特別な誰かの存在がいる。その信頼 する誰かがいることによって、初めて1人になれる(自立できる)といったことが書い てあったと思います。(ここでは、経済的自立は指していません) そして母親が、その誰かになることが多いのだけど、何かの事情でそうならない時は、 母親に代わる「隣なる人」がいればいいそうなのです。 母親だけが子どもにとって、1番の存在ではないということに、まず驚きました。 でも、考えてみれば、母親がいない子や、いても、なんらかの事情で、親としての役目 を果たせない場合もあるのですから、そうですよね。 息子が不登校になってから、私はずっと長い間、自分のことを責めていました。 自分のせいで、不登校になった、と思っていた時期もありました。 私がもっと早くに息子の気持ちに気づいていれば、そこまで苦しむこともなかったん じゃないかな?って。 確かに反省しなければならないことは、たくさんありました。 よかれと思って、自分の意見を押し付けたこと、息子の本当の気持ちを分かろうとしな かったこと(尊重しなかったこと)、最初病気と決めつけて、病院で治してもらおうと したこと・・・等々です。 そして、息子と私との関係だけしか見えていませんでした。確かに母子の関係は大事だ と思うのですが、本当に狭い世界でしか考えていませんでした。 でも子どもの世界ってもっと広いのですよね。子どもも色々な人と係わって生きている のですよね。私から見た息子だけが、息子の全てではないということに気づきました。 母親だけが子どもを育てているわけじゃないということにも・・・ そして、子どもは、案外たくましい、自ら「生きる力」を持っているということも。 息子の中に「隣なる人」がすでにいるかどうかは、分かりません。 今は、息子の「隣なる人」のひとりになれればいいなと思っています。 どちらが上も下もなく、心の中で、一緒に歩んでいくという感じでしょうか。
2012.02.24
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娘が昨日から3日間、学年末のテストです。私は、息子が中1の時は、学校や部活動の 予定は全部把握していて、色々と口出しもしていました。 娘に関しては、自分で予定に合わせて、持ち物も準備したりしているので、宿題したか どうかも分からない状態できています。今のところはですが・・・ 学校の予定も、あまり見ていないのです(給食の献立はよく見ます)が、4,5日前か ら情緒不安定で、やつあたりしてきたり、急に泣いたり、「テスト受けたくない~」と 言ったりしていたので、もうすぐテストなんだと分かりました。 大体月に1,2回のペースで、大きいテストがあります。二週間ぐらい前もあったかな 中学校に入学した最初の方は、テストの意味もよく分からなくて、番数がつくことが、 何かゲームのような感じでした。 でも、友達の話や、先生の話から、どうも、 「テストでいい番数をとらないといけないらしい」という価値観が、植えつけられて きました。高校入試の話も聞いているみたいです。 息子が中学の時や、高校入試の時は、娘はまだ小学校で、中学受験もしなかったし、 塾にも行ってなかったので、そういう話にはうとかったのです。 中学に入る少し前から、英語だけは習いに行っています。 娘のクラスの担任は、前回のテストより番数が10番以上下がると、居残り勉強をさせ るらしいです。娘も1回受けました。 「それは変だと思う」って、私も思わず言ってしまいました。 勉強しても番数は下がることもある。 努力=結果が出る ことばかりじゃない。 それに「罰」のようにする勉強が、身につくとも思えません。 娘にとっては、屈辱的な体験だったみたいで、この居残りは避けたいらしいです。 それでテストの前になると、居残りはしたくない→いい番数をとらないといけない→ でも勉強はしたくない→どうしよう という葛藤が生まれるのです。 かといって、テストに備えて前々から勉強するというわけでもなく、たいていは前日か 前々日ぐらいからしか、やる気が出ないので、ほとんど一夜漬け状態なのですが・・・ こうやって、段々と勉強嫌いになっていくのかも~と思って見ていますが、テストを無 くすわけにはいきませんから、どうしようもないです。 それに、娘にとってはプレッシャーになるみたいですが、番数がつくことでやる気にな る子もいるでしょうから。 「とりあえず参加することに意義があるのよ~」という気持ちで見ています。口には出 しませんが。昨夜娘が、 「なんで勉強しろって言わんの?〇〇がテスト出来んでもいいと思ってる?」って聞い てきました。私は 「そんなことは思ってないよ。テストは〇〇の問題だから、言わないんだよ」とだけ、 言いました。 勉強してもテスト範囲の内容が分からなかったのか 「もっと頭が良く、生んで欲しかった」とも言われました。 「ここ分からんから教えて」って言われて少し教えましたが、理科の計算問題とか私で も解けなかったのもあった・・・ 娘に伝わるといいなあ。テストが出来ても、出来なくても、大切な子どもなんだよ~~ っていう気持ちが。
2012.02.23
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色々な問題がおこっても、すぐに解決しようとせずに、自然にまかせて置いておくと、 自分でも気付かない間に、問題にならなくなっていることがあります。 根本的に解決したわけではないのですが、支障がなくなってくるというか・・・ 自分のもののとらえ方や、考え方が変化するからかもしれません。 だからこれに気をよくして、最近は何か問題が起きても、結論を急がず、保留すること が、段々と出来るようになってきました。 問題を先送りしているだけかもしれませんが(笑) 先日、父が病院で検査して肺の腫瘍(?)をとる手術の予約をした時に、先生がこんな ことを、おっしゃっていました。 「4月に手術の予定を入れておきます。その為に3月中旬にもう1回CTをとります。 その時に影が消えていれば、手術はしなくてもいいですよ。」って。 私たちは一瞬「?」となりました。今までずっと、レントゲンやCTを撮って、その度 腫瘍の存在を確認していたからです。先生は、 「何でも、絶対とは言えないのですよ。人間の体って不思議ですからね~今までも、 そんな例もありましたから。」と、おっしゃっていました。 そんなことも、あるのでしょうね。科学や理屈で割り切れないこと。 良い方に起こることもあれば、悪い方に起こることもある。 何か運命のようなものが働くことが、世の中にはあるんだってこと・・・ 今まで何でも結論を急ぎ過ぎていたように思います。 「待つ」ということが、なかなか出来ませんでした。 学校へ行けなくなった。じゃあどうしようか?って。子どもが焦っているのに、自分も 焦って、今すぐ決めないと、将来すごく困るように思って、いつも不安の先取りをして ゆれゆれで、どっしりとかまえることが出来ませんでした。 子どもの問題を自分の問題にしていた部分も大きかったと思います。 自分の心に正直に、毎日を丁寧に精一杯生きる、人の生き方は人の生き方で尊重する、 そんな過ごし方をしていれば(これがなかなか難しいのですが~)、何が起こっても 後悔することなく、自ずと自分の進むべき道に導かれていくのではないか? そんなふうに今感じています・・・楽観的すぎるかもしれませんが・・・ 明日になったら、気が変わっているかもしれませんが(笑)
2012.02.22
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前に「成長のスピード」という日記を書いた時に、ケロリンさんが薦めてくださった 毛利子来先生(小児科医)の書かれた本を、最近読みました。その中に、子どもの 「発達」について書かれている部分があって、非常に腑に落ちたので、書いてみます。 正常な『発達』の筋道なるものは、大多数が辿る筋道にすぎない。 当然、それと異なる筋道を辿る子どももいる。 自然界の現象は全て、そういうものだ。同じ松の木でも、様々な枝振りで成長する ではないか。なのに大多数者と異なる子どもがいると『異常』と決めつけてしまう のは、自然の法則に反する。人間の場合は、個性の無視、ひいては少数派の差別 にも通じかねない。 それに、発達の基準が『できる』に置かれていることにも、疑問がある。 『できるようになる』ことは、必ず『できなくなる』ことを伴う。 二本脚で歩けるようになれば、常に這い這いでは動けなくなる。這い這いで見えて いた世界も見えなくなる。 饒舌にしゃべるようになると、黙ってはいられなくなる。沈黙や寡黙が含む深みを 解せなくなる。つまり『できない』ことの良さを失ってしまうのだ。 こうした結果が招かれるのは、発達の理想ないし目標が、近代社会の生産性に置か れているからにほかならない。 そこでは青壮年の大多数が持つ労働力と効率の高さにだけ価値が認められる。 だから子どもたちは、それにふさわしい発達を求められる。 いきおい、子ども時代は、『できる』大人になるために、発達すべき修行の時期に されてしまう。-中略ー 全ての子どもから幼い時にしか味わえない「子ども時代」 を奪ってしまうことにもなる。 「えせ医者Mの伝説」 毛利子来著より これを読んで、私は息子や娘が幼い時、まさに「発達すべき修行の時期」を過ごさせて いたのではないか。。。という思いを強くしました。もっと、もっと、子どもが幼い 時期を、おもしろがって、一緒に楽しめばよかったんだなあって。 「発達」って、何か基準があって、そこまでしなければならないというものではなく、 その子その子で、色々な道や方法をたどりながら、自然に育っていくものなのですね。 もちろん、人と比べるものでもなく、こうあらねばというものでもない。 親はその子その子の発達を見守って、その環境を整えていくお手伝いをするだけなの ですね。この本を読んで、今までの「発達」の概念がまた、くつがえりました。
2012.02.20
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昨日は、娘の13歳の誕生日でした。 リクエストで、久しぶりにケーキを焼きました。 子どもが小さい頃は、結構焼いていたのですが、最近は買ってきたのばかりで 台は娘の好きな、チーズケーキです。 飾りつけは、本当に適当(笑)ろうそくは5本しかなかったので。。。 来年はもっとちゃんとしたのを作ろうかな~~ 昨年の誕生日は、どんなにしていたか、ほとんど忘れています。 息子が引っ越ししたばかりで、まだ片付けもできず、しょっちゅう電話もあり ケーキを買ってきて食べたのしか覚えていません。 年々記憶力が衰えていきますね。。。
2012.02.19
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昨年9月の末からブログを始めて、約5カ月が経とうとしています。 その中で感じたことは、 書くことで、自分の考えや経験を整理することができる 文字にしたものを読むことで、その時の自分の行動や気持ちを確認できる 過去の忘れているようなことを、ふと思い出すことがある 吐き出しになる コメントをいただくことで、新たな発見がある 自分でも気が付いていなかったような、自分の意外な一面を感じることがある 表現がおかしくないか、考えたりするので頭を使う 等でしょうか。 自分の身の回りに起こったこまごましたことや、自分の経験したことしか書けないので 非常にせまい範囲のことばかりになります。 出来るだけ、その時々に感じている、自分の正直な気持ちを書きたいので、以前書いた ことと、変わっていることもあります。 また、その時の気分によって、ハイな時も落ち込み気味の時もあるので、「同じ人?」 と思われる時もあるかと思いますが、流してください(笑) 子どもの頃から、日記は書いている時もありましたが、結局一週間ぐらいしか続かなか ったことが多かったのです。 でも、その時と違うところは、書いたものを読んでくださる方がいるということです。 共感していただいたり、ちょっと違うという意見をいただいたりすること、また実際に コメントをいただかなくても、読んでくださるということが、とてもありがたいです。 励みになります。そして、コメントをいただいたことによって、自分の偏った考え方に も気づけるし、もう1度考えるきっかけにもなります。 今、人と繋がることが、とっても楽しいです。 とりあえず、最初の目標であった100件まできました。ずっと続けておられる方から すれば、まだまだなのでしょうが、私の中ではすごいことなのです~ 正直、どこまで続けられるか分かりません。更新が途切れることもあるかもしれません こらからも、ボツボツと思いついた時に書くことにします。 たまにすご~く書きたい気分の時もあるのですが、そうでない時もあるので。。。
2012.02.18
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娘の父親離れが、段々と始まっています。 私自身が、父親と離れるようになったのが、ちょうど中学校に入った頃だったように 思います。小学校位までは、どちらかというと父親と話すことが多かったように思うの ですが、急速に話さなくなり、母親と話すようになっていったように記憶しています。 だから娘もそろそろかな~と思って見ています。 父親との距離も年齢とともに変わるというか、学生時代は「居るのがあたり前」で空気 のような存在で、社会人になった頃に一時的に尊敬し、その後結婚してからはずっと、 「頑固な父」という目で見てきたように思います。 子どもを持ってからは、おじいちゃんとして。そして年をとってきてからは、体のこと 等を心配する目で見ています。 自分のその時におかれた状態で、距離が近くなったり、遠くなったりします。 息子も中学校に入った頃から、父親とあまりしゃべらなくなってきました。 不登校中は半年位、ほとんど口をきかない時期もありました。父親は社会の象徴だから 不登校の子どもには、登校刺激になるって聞いたことがあります。 夫は学校のことに関しては、あまり言わなかったのですが・・・ 娘が求める父親像と、息子が求める父親像は違うと思うのですが、なんか夫が少し、 かわいそうになる時があります。 子どもが小さい頃は、とてもかわいがっていて、結構一緒に遊んだり、旅行にもよく 連れて行ったりしていたのです。でも思春期に入った、息子や娘からは、あまり相手に されていません。父親ってそういうものなのでしょうか? 夫は娘とどう接していいか、わからないみたいです。 話しかけていっては、うざがられています。「空気よめない」とか「むかつく」とか 言われています。愛情表現したいんだけど、から回りしているような感じかな。 私もどうアドバイスしてあげていいか分かりません。とりあえず、 「邪魔せずに、呼ばれた時だけ行ったら」と言ってますが、自然に落ち着くところに ところに落ち着くのでしょうね~私はどうすることも出来ません。
2012.02.17
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私は大学は地元だったので、その時の友達は半分位、地元に残っています。 でも近くに居ながら、なかなか会えず、自分からもあまり連絡をとらないので、今でも リアルによく会う友達は1人だけです。 大学時代に入っていたサークルの関係で、県外から来た友達が何人かいます。皆、卒業 以来1回ぐらいしか会っていません。(サークルの懇親会で) あとは年賀状の付き合いです。3、4人かな?先日、日記に書いた子どもさんが不登校 になった方とか、あと色々な所に居るけど、皆どうしているのでしょう? 他にも悩みをかかえている方も、いらっしゃるでしょうね。 息子が不登校になった当初は、回りに同じような経験をした方もあまりいなかったので 「こんな辛い思いをする親は、そうそういないだろう」って思っていました。 自分のことをかわいそうって。そして自分の母親とかに「皆色々なことで悩んでいるん だよ。ただ子どもが道に迷っているだけだよ。」と言われると、とても腹が立っていま した。 「私の気持ちなんか分からない。経験したこともないのに。」って。どうにかなるなん て思えなかったのです。その時は。だから親にやつあたりしていました。 子どもが学校に行けないことで、自分の人生の計画が、崩れていったからでしょうか? 自分が思い描いたような人生を、子どもに歩んでほしいと思っていたのでしょうね。 だから、そういう気持ちが確かに自分の中にあるんだということを、まず自分で認めて あげることが、最初だったように思います。 「自分がそう思うのは当然だよね」「気持を切り替えるのは大変だよね」「そんなに すぐに、悟りをひらいたような心境にはなれないよね」って。そういうふうに自分で 自分を認めてあげて、やっと現実を受け入れることができるようになってきました。 「しょうがないよね」「学校へ行きたくても行けないんだから」「1番辛いのは本人な んだから」って。でも、そうなるまでには、すご~く時間がかかりましたけど。。。 そして、学校には行けないかもしれないけど、確かに息子は「生きている」ということ それがすべてなんだって。 2年前、大学時代のサークルのBちゃんに年賀状を出したのですが、返事が返ってきま せんでした。お正月過ぎてハガキで近況を知らせてくれました。そこには長男さんが、 サッカーの練習中に急死したと書いてありました。まだ現実を受け入れられないって。 決して人と不幸比べをしているわけではありません。「幸せ」が人と比べられないよう に、「不幸」も人と比べられないと思うのです。 でも子どもが「生きている」。そのことがどんなにありがたいことか。 それが「一番大事なこと」だということを、いつも自分の心の中に、おいておかないと いけないと思っています。
2012.02.16
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ここ数年、私はこのことを、いつも考えてきました。 私は決しておしゃべりな方ではありません(と思います)。そんなに口数も多くありま せん。しゃべらずに過ごそうと思えば、しゃべらずにいられると思っていました。 でも、それは「子どもに」という言葉は抜きで・・・ 子どもにはついしゃべってしまう、それが癖になっていたので、なかなかその習慣を変 えるのが大変でした。 息子が不登校になって家で過ごすようになると、1日中一緒に居ることになります。 別の部屋に居る時や、寝ている時もありましたが、一緒の部屋で過ごすことも多かった ので。そうすると、ついよけいなことを言いそうになるのです。 提案しそうになるのです「~したら?」って。手伝いたくなるのです「~しておこうか ?」「~買ってこようか?」って。先のことを、聞きたくなるのです「~はどうするの ?」って。でもどれもこれも、息子には余計なお世話なのですよね。 息子が荒れている時は、もちろん控えましたが、段々落ち着いてくると、気持ちがゆる んできてしまいます。 そして、たまに息子から何かふられると、とっさに言葉につまりました。 「何か元気になるようなことを言わなくてはいけないんじゃないかな?」って。 でもそれは提案になるし、息子の本心はそんなことは望んでいないのかも?って迷う。 そんなことを繰り返していました。 これは息子と一緒に居る時間を、出来るだけ短くしないと、よけいなことを言ってしま う、と感じました。それで、できるだけ用事を作って外へ出ることにしました。 幸い息子は1人で居るのは平気だったので、出れたのですけど・・・ 仕事は自営なので、そう毎日決まった仕事があるわけではないのですが、アパートまで 行って、ぐるっと回ってゴミを拾ったり、簡単な掃除をしたりしました。 買い物も少し離れた店まで行って、めずらしい物を見つけたり、図書館で本を借りるだ けでなく座って雑誌を読んだり。 そんなにしょっちゅうは行かれないけど、近場のスーパー銭湯に行ったりネットカフェ に行って2時間ぐらい過ごしたり、あまりお金がかからずに息抜きできる方法をさがし ました。 とにかく1人で過ごしたかった。実家はわりと近くて行ける範囲にありましたが、行き ませんでした。「〇〇はどうしてる?」って聞かれるのがいやで。 そんなことをしている間は、息子によけいなことを言わずにすむし、自分の気分転換に もなったように思います。 物理的に離れることが可能であれば、離れてみるのもいいかと思います。 ただ、気持ちはなかなか離れられないというか、いつも心の中にはあるんですけどね。 それは今でも同じです。だんだんと小さくはなってきましたけど。。。
2012.02.14
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明日はバレンタインですが、娘は今年から手作りチョコは作らないみたいです。 私自身は、チョコを作ったり、作らなくても送ったりしだしたのは、中学校ぐらいから だったように思うのですが・・・最近は早くなったのか、娘は小学校の時からさんざん チョコを作って(友チョコ)いたので、今はちょっと飽きてきたのかな? 「今年はチョコは買ってくるけど、家でチョコフォンデュがしたい。」 というリクエストで、昨日初めてしました。 チーズフォンデュはしたことがあるのですが、あれのチョコ版です。市販のセットを 買ってきました。(チョコもついてて1500円ぐらい) おなべに刻んだ板チョコとミルクを入れて、トロトロにとかし(固まりが残ってたけど あまり気にしない)、それに果物やマシュマロ、パン等を絡めて食べました。 結構いけました。 私は「いちご」と「キーウィ」がおいしいと思いました。 娘は「バナナ」と「マシュマロ」だそうです。 夫は休日出勤でいなかったので、娘と2人で食べつくしました(笑) 明日はチョコを買ってきて渡します。
2012.02.13
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私は子どもを持つまでずっと(自分が子どもの時のことは除いて)、合理的なこと ばかり学んできたように思います。 合理的にも色々な意味があると思うのですが、道理や論理にかなっているというか、 「~したら~になる」というようなことばかり。。。学校で習うことってそうですよね だから、特に意識しなくても、自分の頭にそれはインプットされていて、それが普通の ことだと思ってきたのです。 そして、合理的なことに対応する方法ばかりを、学んできました。ちょっと違うなと 思うことでも、自分の中で考え方を少し変えれば、合理的にわりきれました。 結婚してじぶんとは違う感じ方の人間(夫)と暮らすようになっても、それは変わり ませんでした。夫はきわめて常識人なので。。。私のそれまでの考え方を大きく変える 必要はなかったのです。 子どもが生まれました。確かに育児書通りには育ちませんでした。 合理的にわりきれることばかりではありませんでした。でも、どうにか自分の理解の 範囲内で育ってきました。自分のそれまでに描いていた子ども像から、そんなに離れる ことはありませんでした。 息子からしたら、無理に合わせていたのかもしれないのですが。。。 ところが、息子が不登校になって、初めて大きな壁にあたったのです。 「~したら~になる」ということが通用しなくなったのです。今まで自分が考えたいた 「合理的な生き方」から「非合理的な生き方」も受け入れなくてはならなくなりました なにか大きな流れにのみ込まれたようで、その流れに逆らっていくことは難しくなりま した。「必然」だったのかもしれません。理屈ではわりきれないようなことばかりが 起こりました。 それまでに自分が子どもに対してしてきたことから考えると、「合理的」に納得できる こともありましたが、そうでないこともありました。 「人間は感情の動物である」「その感情は1人1人違う」「人の感情を(たとえ自分の 子どもであっても)コントロールすることはできない」ということにも気づきました そして、世の中には「合理的なこと」と「非合理的なこと」があり、どちらもありなん だということにも気づきました。 初めて気づいたのです! おそっ! ですが、気づけてよかったです。 「非合理的なこと」、理屈ではわりきれないことや自然の流れにまかせてみること、 予想がつきませんが、なんかワクワクします。その時々で楽しめればいいなと思います
2012.02.12
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私は今、息子に何も言わない。前はいっぱい言ってたけど。 自分の価値観を、これでもかって、押し付けていたけど。今は言わない。 学校へ行ってる?も聞かない。息子が必要と思えば行くだろうし。。。 ご飯食べてる? 寝れてる? は聞く。健康に関することだから。。。 何かリクエストがあれば送る。それだけ。。。 時々、不安になる。こんなんでいいのかな?って。 まだ17歳の高校生。普通の高校生を持つお母さんって、もっと色々言ってるだろうな って。睡眠障害もいまだにある。少し無理をすると、起きられなくなる。 病院行かなくていいのかな?って思う。(本人は全く行く気がないんだけど)彼の 発達の機会を、よりよく生きるための機会を、のがしているんじゃないかって 大事なことを伝えられていないんじゃないかなって。 一緒に暮らせないことも少し寂しい。会話しなくても、一緒にご飯を食べたい。 一緒にテレビを観たい。笑顔も見てみたい。憂鬱そうな顔も見てみたい。たまにね。。 私って、こんなに息子ラブだったのか~って思う。家に居る時には分からなかった。 息子から電話がかかってくることもある。 今までは、たいていバイトの帰り。「今、バイト終わった。疲れた」「めちゃ寒い。」 誰かに聞いてほしいんだね。頑張ったことを。「お疲れさん」って言う。 今日こんなことがあって、これがいやだったとか、腹がたったとか、これはうまくいっ たとか。たわいのない話しを聴く。「そうなんだ」「そうそう」「よかったね」などの 相槌を打つ。 電話を切った後に思う。今日も生きてるなって。
2012.02.11
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息子が今の高校に入る前に通っていた高校の生活がどんなだったかなあ~彼にとって それは、1つでも楽しいことがあった高校生活だったのかな?と考えてみると。。。 私には分かりません。私から見てどんなに見えても、当事者である息子がどう感じて いたかは、本人でないと分からないことですから・・・だから、私から見た彼の姿が 彼の気持ちではないと思います。 ただ、息子は前の高校を転出しなければならなくなった時、 「なんでこんなことになったんだろうな。」ってつぶやいていました。内面は分かり ませんが、見た目にはそんなに悲しそうでもなく、ぼそっと。。。 息子自身もその時は、現実のこととして充分とらえられなかったのかもしれません。 私はそれを聞いて、胸がつぶれそうになったのですが、それは私の感傷であって、私が 深読みしても、しかたがないことではあるのですが・・・ 息子にとって学校生活は、中学校も高校も、部活動抜きには成立しないみたいでした。 それは彼の中に、いつ頃からかは分からないけど、刷り込まれていた価値観でした。 体調が充分でない息子が、高校のハードな運動部の練習についていけるかどうか・・・ 出来ないと決めつけてはいけないのですが・・・私には疑問でした。 中学校以上に練習時間は長く、夏休みは早朝涼しいうちからの朝練もありました。当然 息子は起きられず、参加できませんでした。 普段の日も部活を終えて帰宅すると、8時を回っていました。朝は授業の前に1時間の 早朝補習があり(これも6月ぐらいから行けなくなりました)、家で過ごす時間は、 ご飯を食べて、お風呂に入って寝るぐらいで、テレビを見る時間もあまりなかったよう に思います。 ただ、友達は出来たみたいで、週末夜に遊びに出たりすることもありました。土日も 大体部活があったので、睡眠時間があまりとれないようにもなりました。でも、それま でほとんど家で過ごし、友達と遊ぶ経験に乏しかったので、息子がそれで楽しければと 見守っていました。 そちらの方の付き合いは、色々とトラブルもあったみたいで、よく分かりませんが・・ 段々と消滅して、そのうち7月ぐらいからは、朝起きられなくなり、休みも増えてきま した。あきらかに、エネルギー切れをおこしていました。 留年が決定するまでの間、何回か担任の先生と2人で面談をしました。その時に先生が 「今の子は皆、ストレスを溜めていますからね。自分のストレスを発散する対象をいつ も求めているんですよ。人であったり物であったり。自分は自分でいいという気持ち を強く持たないと、なかなかやっていけませんよね。」 っておっしゃったのが、とても印象に残っています。 高校生活で何に比重を置くかは、個々によって違ってくるでしょうが、やはりある程度 皆と一緒のことをしながらも、自分自身をしっかりと持つということが、一番求められ るのかなと思ったりしました。 せっかく合格した高校を10カ月で去らなければならなくなったことは、私は経験がな いので、推測でしか言えませんが、本人にとってはとても不本意なことであったと思い ます。 今はまだそう思えなくてもずっと後で振り返ってみて、息子自身がこの最初の高校生活 を、「いい経験になった」と思える日がくればいいなと感じています。
2012.02.10
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相手の方にどう伝えたらいいか。。。なかなか難しいことですね~ 相手にもよると思うのですが、 自分と親しい人か、親しくない人か、 人の話を分かってくれようとする人か、そうでない人か、 それによって、言うか、言わないかを考えてみるということでしょうか? 今まで、自分が「いや」(嫌悪感)とか、「見たくない、聞きたくない」(不快感) とかいう感情を、自分の中で持ってはいけない感情としてきたように思います。 できるだけ、そう思わないように、たとえそう思ったとしても、それを出さないように 自分の心をコントロールしてきました。それが大人になると言うことだと思ってきま した。1回、2回ならそれも可能です。でもたび重なると、段々辛くなってきます。 なかったことにしていた、これらの感情が、心の中で大きくなってきます。 だから最近は、それらの感情は持ってもいいと思えるようになってきました。 人間なんだから、好き嫌いはあって当たり前、快不快もあって当たり前、それが自然 なんだなって。 でも、今度はその感情を、相手の方に伝えるかどうかという問題が生じてきました。 喧嘩ではなく。今までは避けていました。言ったことによって、その後どうなるかと 考えてしまうのです。よけい嫌な思いをしないかとか。 でもそれは、お相手の感情なので、自分でどうすることも出来ません。 でも相手の方が分かってくれなかったら、それで自分との縁が切れてしまったら・・・ 切れてしまってもいいと思えるなら、それもよしなのでしょうが。 そう考えると、最初のところに、戻ってしまうのです。 どうしたらいいのでしょうか? 人生相談です~(笑)
2012.02.08
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息子は中学校の1.2年あるスポーツの部活動に所属していました。彼はこの部活動が 大好きでした。だから、練習には全部参加していました。 毎日の放課後の練習、休日の練習、試合、長期の休みの練習合宿等。ほとんど休みは ありませんでした。休みは盆と正月ぐらいだったように思います。 でも、好きだったから、真夏でも真冬でも、多少無理しても参加していました。 「練習さぼると、試合に出してもらえん」とも言っていました。 団体戦が主だったのですが、部員数が多いので、レギュラーに入るのは、なかなか難し いことみたいでした。1年生のうちは、もちろん試合は応援だけ(新人戦以外)で、 2年生になってからですが・・・ だから2年生に入って、朝段々と起きるのが難しくなっても、休みの日の練習や試合 だけは、とび起きて行っていました。あきらかに無理をしていました。 でも、彼が1番したいことだったので、止めることはできませんでした。 「おにぎり持って行ったけど、吐きそうになって食べれんかった」って試合の時、よく 言ってました。 部活動って、その部活によって色々なルールがあるんですね。 私はよく分かりませんが・・・ 練習には休まず、真面目に参加する。 礼儀を大切にする。挨拶をきちんとする。 遅刻はもってのほか。 連絡なしに無断で休まない。 等々 娘の部活はそこまでは厳しくなかったようですが。 「休むと、他のメンバーに、しかとされる。」とも息子は言っていました。 確かにエネルギーが充分の子どもさんなら、それも可能なのでしょうね。 でも、部活には参加したいけど、今、エネルギーが充分でないという子はどうなんでし ょうか?休むということは、部活動からの脱落を意味するのでしょうか。 みんな、「~ねばならない」に追い立てられているように感じます。 夫は「部活動は強制じゃない。やりたい者だけがやるものだし、まして、運動部なら、 勝ち負けにこだわって、色々なルールがあるのはあたりまえだ。」と言います。 確かに正論なのでしょうが・・・ でも、中学校の部活なんだから、もっと「力を抜いて」いってもいいんじゃないかな、 「楽しんで参加する」というスタンスでもいいんじゃないかな、と思うのは甘いのでし ょうか?
2012.02.07
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実家の父親に、昨年4月、検査で腫瘍が見つかっていたのですが、初期でまだ小さい為 何カ月かおきにCTをとって、経過を見ていました。病院の先生も、 「手術するかしないかは、ご本人とご家族の判断で決めてください。」とおっしゃって いたので。悪性かどうかは、実際にとって調べないとはっきりしないそうです。肺です 父はずっとタバコを吸っていて、若い頃はヘビースモーカーだったのですが、年をとっ ってからは1日10本ぐらい(自己申告)だったらしいです。 姉の子どもや、私の子どもたちが、小さい頃は、外や空気清浄機の前で吸わされていま した(笑)母はもうあきらめていましたけど。。禁煙は。。 でも、昨年9月に、50年以上吸っていたタバコを辞めました。それからは1本も吸っ ていないらしいです。病気が分かって、こわかったみたいです。 昨年12月に病院へ行った時、 「やはり、少しずつ大きくなっているので、手術でとってみてはどうですか。」 と言われました。高齢のため、進みぐあいも遅く、自覚症状もあまりなかったので、先 にのばしていたのです。肺炎など、手術のリスクもあるし。 それで、先週、外科の方に紹介されて、決めてきました。 父が言うには 「ここまできたら1,2か月早く手術しても一緒、今は寒い(?)から、4月ぐらいの 暖かい時に手術したい。」そうです。 病院の中なので、寒くても暖かくても、あまり関係がないと思うのですが・・・ なにせ、父の価値観なので変えられません。結構頑固です。母ともそれでよく喧嘩にな るみたいですが、父は家族の「こうしたら」という助言は聞きません。 先生は 「できるだけ早くしてくれと言われると、調整が難しいけど、遅くするのはいくらでも できますよ。」と笑いながらおっしゃっていました。 父は病院から帰る時、 「いい先生や~人の話をよく聞いてくれて」と言っていました。 やはり、本人の「意志を尊重する」ことにつきるのですね。本人の人生ですから。 そう言えば、夫も義母も息子も、私の「病院に行ったら」という助言は聞きません。 いつも却下されます。「自分で行こうと思ったら行く」そうです。 でも、つい心配で言ってしまうのですけどね~ そういう点では、みんな自立しているのね~~
2012.02.06
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最近うれしかったことが、2つありました。 スーパーで、息子と娘共通のママ友さんと会いました。 性別が違うだけで、上の子も下の子も、ずっと一緒なのです。幼稚園からなので12年 来の知り合い。正確にはあちらは3人のお子さんがいるので、間にもう1人いらっしゃ るのですが。 「久しぶり~」って普通に話せました。笑顔で。違和感なく。とてもいい方なのですが 1番上のお子さんは、息子の最初の高校とは違う高校に行ったので、話せたのかも・・ 世間話ですが。。。以前の私だったら、姿が見えた瞬間に避けていたと思うのです。 今回は、きちんと顔を見て話せました。 ほんと変わるんですね~人って・・・なんかうれしくなりました。 後もう1つは、大学の時の友達とも、卒業してから5年後ぐらいに会ったきり、1度も 会っていなかったのですが、メールで繋がることができました。 その友達が、今年の年賀状に、娘さんのことを書かれていたのです。アルバイトしなが ら、通信の高校に行っているって。なんとなく同じにおいを感じて(笑)連絡してみた ら、中学時代不登校で、全日制の高校に入ったけど、1年の秋から通えなくなったって 息子と全く一緒でした。それで、今は1年おくれで入学した高校に行ってるそうです。 最初の年はなかなか行けなかったけど、今は卒業後の目標も出来て、バイトもしながら 通ってるよって知らせてくれました。 「決して無理強いはせず、寄り添ってきた」そうです。アップダウンはあったみたい。 お互いの近況を知らせ合って、「価値観が変わったよね」とか「自分がずっと順調に きたから(中ー高ー大)受け入れるのに時間がかかったよね」とか「やっぱり祖父母 には、なかなか理解してもらえないよね」とか「なるようになるよね」とか一緒~~ と思うことばかりでした。 1時外出できなかった娘さんも、少しずつ1人で外に出られるようになったって。。。 小さい頃年賀状で見た、明るい笑顔を思い出して、なんか涙がでるほど嬉しかったです 実際は1度も会ったことないのに。。。 幸せの基準って、自分の中で、どうにでも変えられるものだなって思います。 幸せの種って、よく見たらあちこちに落ちているけど、しんどい時にはそれが見えて いないだけなんだな。色々なことに幸せが感じられる柔軟な心を持ちたいなあ。
2012.02.04
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息子を見ていてよく思うことは、やりたい気持ちは確かにあっても(口に出して言って も)、実際それを実行に移せるかどうかは、別ということがよくあります。 大人である自分でもそうなのですから、ましてや、より色々な経験の少ない子どもであ らばなおさらなのでしょうね。不安も大きいでしょうし。 また、自己肯定感があるかどうかでも違うというか、初めてのことでも、今までは出来 なかったことでも、やってみようと思えるには、「出来なくても、失敗しても大丈夫」 「自分ならなんとかなる」という安心感(自己肯定感)が必要だということ。 たとえ「なりたい自分」像が子どもの中にあったとしても、実際は「やりたい気持ち」 と、「自己肯定感」とのバランスがうまくとれないと、実現はなかなか難しいだろうな って思います。 昨日、カウンセリングに行っていたのですが、 「自己肯定感」と「なりたい自分」像のギャップが大きいほど、「葛藤」が強くなり、 葛藤が強いと、「やりたい気持ち」が段々となくなってくるらしいです。 「理想を言えば自己肯定感の少し上ぐらいに、なりたい自分像があるのがいいのです」 というお話しをお聞きしました。先生は、 「なりたい自分像(目標)に至るまでを、何段階かに分けて、簡単なものから少しずつ クリアーして、達成感を味わっていくと、次に進みやすくなるんですよ。」 と、おっしゃっていました。 息子の場合、「なりたい自分」像は、まだはっきりとは決まっていないようです(いや 断定ではないのですが・・・) それに、子どもにとって、なりたい自分像って、「大学や専門学校に合格した自分」 「〇〇の資格をとる自分」「〇〇の職業につく自分」とか以外にはなかなか想像できな いのではないのかな?と思います。自分が子どもの頃を考えてもそうですし。。。 それだけで、モチベーションがあがって、やる気が出るなら、それもよしなのでしょう でも、いい学校を出て、いい会社に就職すれば、人生安泰みたいなことが通じないよう な時代になって、自分の心からの「こうしたい」という「やりたい気持ち」がなければ なかなか先に進み辛くなっている。 それが、今の子どもたちの、生き辛さになっているようにも思います。そして、そんな ことをゆっくりと自分で考える時間もあまりない。そういう意味では、私たちが子ども の頃の時代以上に、今の時代の方が、より「なりたい自分」像を見つけ辛くなっている のでは?と、カウンセリングの帰りに思いました。 そして、自己肯定感も、いくら家庭で無条件の受容をして、持てたとしても、外へ出て 潰されることも多々あるだろうし・・・ 本当に少しずつなのでしょうね。行きつ戻りつしながら子どもが自ら進んでいく、現在 の子どもの姿を肯定し、親が焦らせないことが大事なのかなと改めて感じました。 やはり、「成るようになる」ということなのでしょうか~
2012.02.03
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我が家の次男、犬、2歳、毎日元気で、よく食べ、よく遊び、よく吠え、すこやかに 過ごしております。 娘が言います。「〇〇はえらそう」「〇〇は態度がおおきい」って。 確かに娘のことは、自分より下(?)と思っているのかな? 犬は群れで行動するから、リーダーを決めるそうですね。では、我が家の犬は、誰を リーダーと思っているのでしょうか? 夫?、(家に居る時間が短いし、違うかな。。)義母?(ちょっとあるかも。。) 私?(ごはんは、大体私があげてるからな。。)息子?(たまに帰ってくるけど、 家族っていうのは分かってる。よき遊び相手。。)娘?(自分と同レベルと思ってる 可能性が大。。) 犬に聞いてみないと。。分からないですね~~一緒に居る時間は私が一番長いけど~ 家族みんなが、かわいがっているので、あまりおこられた経験なしです。 悪いこともしないですが・・・手袋、靴下はよく噛んで、穴あけられたりします。 おっとりした性格だと思います。 そして、人間のことも大好き。あまり警戒心もないようです。 病院に予防接種に行ったりすると、「〇〇くんは、おりこうだね。」ってよく言って もらいます。そんな時は親バカ全開です。犬には全く境界線ひけてないわ~~私。 ただただ、かわいいです。何しても、かわいいです。 外から帰って来ると、いつも玄関まで、お出迎えしてくれます。とてもうれしそうに、 シッポを振ってくれます。まとわりついてきます。いつも癒されてます。 犬の気持ちは分からないけど。。。 明日は節分、みんな豆まきするの?ワン
2012.02.02
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