全5件 (5件中 1-5件目)
1
良江はバットの上のトンカツが冷めたのを確かめると、まな板に移し包丁で切っていく。サクサクと小気味良い音をたてて2cm幅に切られたそれは、重箱の中、卵焼きの横に収まる。砂糖だけで味付けされた卵焼きはケンタロウの好物だ。手の込んだものよりもそういう素朴なもので喜ぶ我が子のあどけなさに自然と笑みがこぼれる。「そろそろ、起こしてこないと」この物語はフィクションであり. 登場する人物、団体名称は実在のものとは一切関係ありません。 こんな時はトンカツ揚げるんやろな、と思いつつ、我が家のキッチンではフライドダンプリングが揚がってる。ジャマイカ料理の朝の定番である(数少ないボンの好物)。運動会ではおやつが支給されないため、ここで胃袋を満たすか否かが、この後の運命を左右する。半ば強引にミロのカップを彼の口に押し付ける。飲んでくれた!と思った次の瞬間シャツの胸元が褐色に染まる・・。ゼッケンをつけかえる猶予は残されていない。晴れの日を、染みの付いたTシャツで迎える運命を呪いながら出発。起きてきたばかりのオトンを背に。並べられた小さな椅子に鎮座する子供たちの隣には、年少さんたちのテント。この非日常性を対処すべくそれぞれのリアクション。泣く子。先生にすがる子。先生にボンを引き渡す。クラスメイトに会えたせいか、泣かなかった。ホッ(てか、うち最後やんか)。この日のためにフンパツしたビデオカメラを回す。「エイエイオー!」家であんなに練習してたお歌が、本番では耳に入ってない様子。キョロキョロ。フラフラ。隙を見ては脱出をはかる我が子をただカメラで追い続ける現実・・。後半やっと調子が戻り大はしゃぎ。クラスメイトと顔を見合わせ笑顔。あぁ、あんな小さくても自分の社会を築きつつあるんや・・。クラスの出し物が終わり父との再会を喜ぶ。オトンはなぁ、アンタの晴れ舞台に遅れてきやがったんやでぇ。同じクラスのハーフちゃん親子とご対面。Tom, Mike. Mike,Tom. とやるのかな、と思ってたがママ同士の世間話に終始してしまった。ラスタマン、社交性ゼロやんけ。オルタナ系若者が相手じゃ接点がないのも無理ないか・・。ラスタマン、玉入れで、子供たちが玉をかご持ちのパパにぶつけてるとこで爆笑。日本の運動の祭典に娯楽性を見いだしたようだ。見渡せば親もいろいろ。デューク更家か山本寛斎か、派手なおっちゃん。ウッドストックを彷佛とさせるヒッピー父ちゃん(何の仕事してるか非常に気になる)。人間ウォッチングも楽しや。ビデオカメラのテレビCMは、決まって子供の運動会や入学式。田中律子なんかが演じるうそっぽい家族に、欺瞞を感じずにはいられなかった。でもそれは、内心うらやましかったからかもしれない。最後にそんな普通の家族の仲間入りさせてくれて、ありがとボン。
2008/09/28
コメント(4)

I Am Legend襲われると自分も仲間入りしてしまうのがゾンビ映画のお約束である。ゾンビと化した愛する者を、自らの手であやめなければわが身を守れないというジレンマもお決まりである。そういった救いようのない恐怖が醍醐味なのだろう。この映画も世界が終わってしまうほど全てゾンビ(伝染病にかかった人類)に埋め尽くされるが、その恐怖はあまり重要ではない(いくぶんコミカルなディテールがそれをうかがわせる)。それより何よりたった一人でゾンビとの戦いにいどむ人間の孤独感/正義が克明に描かれ引き込まれる。相変わらず化け物退治してるけど、ウィル・スミスはいつのまにか演技派俳優になってた。全てを失った男の悲壮感を見事に演じきってた。女優が脱いでナンボなら(?)、男は泣いてナンボ?「幸せのちから(pursuit of happiness )」から新境地開拓か?笑わせる男から泣かせる男へ・・。男の涙には弱いわ、ホンマ。映画の中で彼が敬愛するのがなんとボブ・マーリー。ヒーローのヒーローはボブ様でっせ。Three Little Birdsを口ずさみ、ゾンビ狩り。なんてシュール。あぁ、ボブ・マーリーの歌詞はなぜにこうも絶対的なのだろう。まるで聖書のように、どんな状況でも救いとなるリリック(やはり神様?)。孤独には、ユーモアと音楽を。忙しくて映画なんて見る暇ない!という貴女、ご安心ください。この映画、セリフが少ない!映像とウィル・スミスの演技だけで見せる。子供の相手をしながらでも十分楽しめます。(でもこれ見た後子供がゾンビ狩りごっこを始めても責任はとりません→それってうちの子やん・・)
2008/09/21
コメント(4)
AM7:00 Mission Impossible今日は保育園の懇談会。夕方の貴重な時間をさくには命がけの準備が必要。こういう時はカレーライス。困った時のカレー様。弁当を作り終え、ひよこ豆を煮た後は野菜を煮込む。我が家の一番の働き者はこの圧力なべやろう。出かける前に米を洗えた。奇跡や。これでどんなに帰りが遅くなっても15分以内に晩ご飯が食べられる(しかもカレーはボンの好物)。朝に晩ご飯を作れることがこれで証明されたが、こんな嵐のような朝はもういやや。「お母さん、夕方のお迎えはいいから」と先生。懇談会が終わるまで預けっぱなしでいいらしい。仕事がはけた後の1時間のフリータイムが約束された。Whoa、何しょう。仕事帰りに買い物?日記更新?ハワイアンキルト?飛躍する妄想。PM5:00 Something Waiting for Me家に帰ると待ち構えてた現実。山積みの汚れた食器。洗濯物も取り込んでたたまねば。ボンの下着を漂泊し、晩ご飯を作って久々にゆっくり食事できた。PM6:00 Briefing子供用の低いテーブルを囲みスタート。普段の様子を撮った写真が回される。私の知らない場所で眠ってるボン。なんかよその子みたい。給食を食べたりお遊戯したり。不憫な思いをさせてると思ってたけど、意外と楽しそう。担任の先生のお話が終わり自己紹介タイム。こういのプレッシャー。笑わせてなんぼの関西人気質が邪魔をする。「お盆休みを境に人見知りが激しくなり・・」「まだ母乳をやってて・・」「気に入らないとごはんを引っくり返して・・」あぁ、うちだけじゃなかったんや。「歩くとご飯粒が足にささって痛くて・・ちらかしたまんまなんで」「いつも子供に病気うつされて。今日も点滴してきたんです」「予防接種、もう誰がまだなのかわからなくなっきて」いつのまにか自虐ネタ合戦。大変なんはどこの家も一緒や。最後は笑いをこらえるのに苦心。PM7:30 Dark Night初めて長時間母親と離れてたわりには、すっきりした笑顔でボンは迎えてくれた。おやつも食べ、大勢の友達に囲まれ楽しかったのか。外はとっぷり暮れてた。「ダー!」darkと言ってたのかもしれない。「言葉を話すようになって、つらい子育てがちょっと楽しくなってきました」笑いはとれなかったけど、これが私の言ったこと。
2008/09/18
コメント(4)
ハイウェイに乗れるか乗れないかは永遠のテーマである。目の前に突如現れる標識に、ハンドルをきる即時の判断力は、私にはない。またも高速乗り損ねた。全ての道はローマへと続く。の言葉にすがるように迷走。軌道に乗ったのは出発時刻の一時間後。非日常性がボンの空腹中枢を刺激し、おにぎりわしづかみでほうばる彼。いつもこれぐらい食べてくれたら・・。横にはおこぼれの飯粒をつまむ私。視界が開け山と湖が姿を見せる。いかに普段コンクリートの固まりに囲まれて生活してるか思い知る。母親宅へ到着したのは夕方を回ってた。一か月ぶりの祖母と伯母との再会にノーリアクションのボン。夕飯の買い物に足をのばし敦賀へ。少しいくだけでここは日本海。商店街のアーケードが広い。建物が低い。雪国のたたずまい。ショッピングセンターはレジャー性も兼ね備え子連れにもやさしい設備。うまい米と海の幸。姉ちゃんはきれい。幸せな人生設計がここで完結してる気がした。(だってみんな幸せそう)「かわいい~」ボブマーリーのTシャツをきた若いママに、ボンへそ出して答える。夕飯は妹が台所に立つ。魚介類のカルパッチョ(ちなみに翌日は生春巻き)。あぁ火が通ったもん食いてえ(たぶん旦那も同意見)。アジの南蛮づけ、がんばって作ってきてよかった。ボンはというと白ごはんとみそ汁で乗り切る(食べるものがない時、この2アイテムに何度救われてることか)。ボンを食わせるのにおわれ食いっぱぐれの私を気づかうものは誰もいない。もくもくと箸を進める冷たい家族。夜、階段昇降が止まらないボンの相手をする者も私以外に誰もいなかった(人手が多いと楽できるという考えは間違いのようです)。母と妹の蔵書(私と全くクロスオーバーせず)。洗面所に並ぶ高級(私には)化粧品。未知の世界がここにも広がってる。「お姉ちゃんってもたいまさこに似てるわ」彼女の視力は正常に戻った。
2008/09/14
コメント(3)
プライドと偏見/ジェーン・オースティンヨン様に始まり、ハンカチ王子にハニカミ王子。女は常にファンタジーを求めてる?(何も女に限ったことちゃうけど)白馬に乗った王子様を夢見るのは、今に始まったわけじゃないらしい。ラブストーリーの王道、全てはこれから始まったとも言うべき恋愛小説。古き良きイギリスの田園地帯を舞台に・・(モーリスとか、眺めのいい部屋の世界?)。数えきれないほどの乙女(元、も含め)の胸をときめかせたであろう文芸作品に、何を隠そうこの汚いおばはんも仲間入り。イギリス貴族とか、ゴシック調とかとは対極の、普段はおむつ洗ってる人間なんですが。別に壮大な歴史ロマンとか、華麗なる貴族社会が描かれてるわけじゃなく、女主人公の心情が淡々と綴られ、微細な会話がどこまでも続く。途中「ずっとこの調子か?」と不安がよぎるが、いつのまにかこの世界に引き込まれてた。恋愛というものは普遍的なものかもしれん。何世紀もたった今でも映画化され人々に愛され続けてるのは、作者が巧みに描く心理的描写がいまでも共感を得てるからだろう。それにもうひとつ。これは私の独断と偏見ですが、メロドラマや少女マンガ(ハーレクインとか)はこの作品から派生したのではないかというぐらい、都合よすぎるシンデレラストーリー。欠点だらけの自分でも、最高の恋人(金持ち)が現れる。洗脳でもされそうな、一辺倒のそれらの産物を私は有害図書に指定したい頃もあったけど、今は違う。ファンタジーは生活必需品やから。何を隠そう、ヒーローが馬に乗って現れるシーンで胸きゅんです(さむ・・)。作者オースティンの生きていた時代、女の権利は今よりはるかに制限され、世界もせまかったのだろう。そんな環境で、洞察力と創造力を駆使しこれだけの作品を生み出したのは才能以外の何ものでもない。ちなみにブリジット・ジョーンズの日記のモチーフになってるので、好きな人は二度おいしいかも。
2008/09/06
コメント(2)
全5件 (5件中 1-5件目)
1