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飯田橋の東京しごとセンターでやっている「在宅ワークって何?再就職のための“就業体験”」というセミナーに行ってまいりました。(財)東京しごと財団、(財)社会経済生産性本部主催。去年も、どーしょーと思ったまま行かずじまいだったんですが、今年は、「来ないの~」というお声が掛かったので、「い、行きますっ」と。テープ起こしの就業体験の講師を廿里美さんがやっていらしたんだけど、テープ起こしの就業体験コースに潜入するのもなんやらいやらしいかと思って、山口智子さんがファシリテーターやってるパネルディスカッションのほうを聞いてきました。【結局は人脈なのか? でも人脈ってどうやってつくるの?】パネリストのみなさんのサクセスストーリーをまずお聞きするわけですが、ネット環境は数年で全然違うなあというのがまず感想ですね。かつてのニフティ・フォーラムやオープンな掲示板というのはもう成り立たなくなってますものね。みなさんの共通体験に、ネットの中で目立ったというのがあるんですよね。有象無象の中から「あっ、この人の言ってることはまともだ」「この人、この前も書いていた」「この人なら仕事できそう」みたいにしてピックアップされてきたわけですよ。そういう場がねー、今は環境が全然違いますよね。私も、テープ起こしのメーリングリストで年間100通ペースの投稿をしていた時期があります。たぶん3年間ぐらいはそうだったと思います。今ブログをあちこちに書いていて、ネットに書き込んでいる分量としては現在のほうが多いと思いますが(笑)、メーリングリストでの年間100通はね、コミュニケーションのボリュームが違います。改めて考えてみると、その頃の人脈で現在の仕事が成り立っているわけですよ。それを今、mixiでやってごらんと言われても、mixiの使い方って難しい。【なんでも屋的才能があれば、渡っていけるのか?】(ネットも含めて)環境がどうあろうと、世の中を渡っていける人は渡っていけるのよ、とか言ってしまうと、なんか身も蓋もありませんがね。これって、その人物のポテンシャルがもともと高いってことですよね。ポテンシャルを途中で上げていく方法として、「なんでも屋」になるという話がちょっとでていましたが、私自身はなんでも屋はあまりやりたくないし、実際にやっていません。「ちょっと苦手な、あるいはやったことがない仕事の打診がきたらどうするか?」という質問に対して、なんでも屋励賛をしても、受け止められる人と受け止められない人がいると思う。その人のステージによっても微妙に違うし。「なんでも屋」は言葉悪いですけど(会場ではこういう言い方はしていませんでしたよ)、深く突っ込んでいくか、手を広げていくかといったら、手を広げていくほうが一般的には川上に行く近道だと思うんです。でも、深くつっこんでいって川上に回れたら、それはそれでとても幸せなんじゃないか。いや、そういう考え方もありますよね。【会社の中にいたって、大きな曲がり角はある】これはねえ、転職前に大企業にいたパネリストがおっしゃっていて、とても印象的だったので記しておきます。大きい会社は部署ごとにまるで違う職種の場合もあるので、企業内の転勤は転職より困難なこともあるんですよね。そう思ったら、転職なんか普通のこと。収入的にステップアップしていかれるかどうかは別問題だけど、新しい仕事にチャレンジするのなんか、いつだって、誰だってできるもんじゃないかと。ははは、言い過ぎですね。でも、セミナーにはもう一つ、人脈を広げるという大きな目的があります。今回は、(実は)リアルではほとんどお会いしたことがない山口さんに会いに行くというのが第一目的でしたから、目標達成。終わってから講師陣と名刺交換して、お茶してきました。楽しかった。バズーカみたいな発言をしてしまうので気づかれませんが、これでも緊張しいなので、家に着いたら胃が痛くてへこみました。
2007年09月26日
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学術的な言葉に特別な翻訳語をあててしまうと、その概念をピンポイントで表す以外には使わないことが多いので、いつまでたっても日本語として普及しない。わりと平易な漢字の熟語なのに、概念が難しい。音を聞いて、元の漢字が想像できない。そんなのを二つ。【審級】うちのATOKでは出ません。一般的には法律用語。一審、二審、三審と同一の訴訟に対する裁判の上下関係のことを示します。この意味では、「審」も「級」もしっくりくる漢字ですね。 裁判のシンキュウが違うからという文が突然出てきたら、この言葉を知らなくてもわりと簡単に漢字にたどり着けそうです。もう一つの使い方は、これをもっと一般的な評価や基準の上下関係に当てはめます。「超越的な審級」とか「第三者の審級」とか「自己の審級」とか。「裁く」ことができるのは、もともとは神や絶対権力者であったり、自分自身の意思であったりしたわけで、そういう哲学的な概念にも使われるんですね。大乗仏教では、人間の知覚のレベルを次のようなレベルで分解します。1.眼識(がんしき)2.耳識(にしき)3.鼻識(びしき)4.舌識(ぜつしき)5.身識(しんしき)6.意識(いしき)7.末那識(まなしき)8.阿頼耶識(あらやしき)五感の下の「意識」は、普通にいえば「第六感」のことですかね。大乗仏教って(という言い方は大きな括りすぎますが)、途中までものすごく数学的に理論構築していて、話として聞いている分には楽しいです。そんでもって理路整然と積み上げてきた理論の最後で、「部分と全体は一緒だ」とか、「始まりと終わりは同じだ」とかピョーンと飛ぶのがね、すさまじいんですけど。こういうのの上下関係にも「審級」という言葉が使われちゃうらしいんですね。 日常というシンキュウに立ち返るなんて出てきたらどうですかね。苦労しそうです。【表象】symbolとかideaとかpresentationとか、英語で書いたほうがピンときます。過去の人々が何を考えていたかを調べるには、ここに連れてきてインタビューするわけにはいかないから、モノから想像する。モノには人間の思想が表現されているということです。これは最初に出会ったとき、前後の文脈が関係なく、 ほかにもヒョウショウについて研究しています。という文章だったので、たどり着くのにちょっと苦労した記憶があります。哲学、心理学、社会学、文化人類学あたりに無縁な人は知らない単語ですよねえ。でも、表象の話は面白くてね。「モノ」と書きましたが、曼荼羅みたいな荘厳なものじゃなくて、例えば昔話で繰り返し出てくるテーマの変遷とか、サブカルチャーの考察とか、身近なものほど市井の人の感情を表していたりするわけで、そういうものに解釈を与えてもらうとちょっとわくわくしますね。
2007年09月14日
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台風が近づいて、雨が降ったりやんだりする猛烈な湿度の中、録音に行ってきました。昔読んだSF漫画に、何世代か宇宙で暮らしていた人類が初めて地球に降り立ったとき、その湿度に圧倒されるシーンがありました。「水の惑星だ。でも、不快ではない」てな感じのせりふを言うんです。うろ覚えですが。(最近アニメ化されましたが、観ていません)そうか何世代も宇宙で暮らしていると大気があることに感激するのかと驚いた、そんな昔の記憶が突然浮かび上がってくるような、昨日は本当に圧倒される大気の重さでした。私は宇宙で暮らしていないので、全くもって不快でしたけれど。昨日の講演者は、本質的に難解なことをおっしゃるタイプだと思っていたので、かなり覚悟して録音に臨みました。でも、ちょうど著書を出版されたばかりで、そのストーリーを意識された講演だったので、横道にそれない、きれいなストーリーが展開されて、ひとまず安心。現場でのメモは、発言者と言い出しの部分、数字や聞き取りにくい単語を拾っていきます。講演を聞くというより、単語単位で拾う感じです。でも、昨日は資料が充実していたので、単語のチェックがわりと楽にできました。それで、発言そのものではなく、要約メモをつくりながら聞いていました。矢印書いたり、丸で囲んだり、結論のところにアンダーライン引いたりする、学校で講義のノートをとるような普通のメモですね。大雑把な章立てもできて、終わったときには小見出しの見当もついていました。 こういう聞き方するのって楽しいんですよね。テープ起こし者としてはかなり異端のメモ作成だろうと思いますが、自分で起こすわけですし、まあいいかと思っています。でも、講演がわかりやすいときは、質疑応答には皆さんが参加するので話題が拡散しがちです。こっちは小見出しどころではありませんでした。なかなか学術的にしか使わないだろうなという面白い単語が二つありましたので、別エントリでアップします。
2007年09月06日
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