~さわやかに香る風~

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 夜十時過ぎ。
 巧と亮介、希色の三人は希色の家までの夜道を歩いていた。十一月に入ると、外はひんやりして肌寒い。
 住宅地らしく、辺りはしんと静まり返っている。雨も再び降り出した様子もなく、道路も乾いてきていた。この分だと、明日は晴れかもしれない。
「ごめんね、私、いつの間にか…」
 頬を赤らめて謝罪をする希色。実際は彼女に悪いところなど何もなかったのだが。
「いやいや、気にしなくていいって。疲れてたんだよ、きっと」
 巧は真実がばれないよう、ごまかしの言葉を作る。

 希色は先ほどの事件を思い出し、赤らめていた表情を今度は青ざめていく。
 よほど恐かったのだろう。そのことは意識を失ったことからもわかったが、希色を家まで送ると言った時には心底嬉しそうだった。
「えっ!?そんなことが?…それは恐いね~」
 やっぱ覚えてたんだ…。
 巧は、バレるのも時間の問題だと言っていたロイキの言葉を思い出した。
 希色ちゃんを送って、帰ってからミックたちにどうやって事実を希色ちゃんに伝えればいいか相談してみよう。
 ただ、せめて今夜だけは混乱させるようなことはしたくない。そのためにはどう返事をしていいものやら。
 意識をすると返って墓穴を掘りそうで、巧が返事に詰まっていると、亮介が
「立花さん大丈夫だって!実際んなこと起こってないから。タクの話聞いたり、もう一人のタクを見たりしたからそういう夢見たんだって」
 とフォローを入れた。
 しかし希色の不安げな表情は変わらない。

 そこまで言ってしまうと、希色は歩んでいた足を止め、今にも泣き出さんばかりに両手で顔を覆った。
「希色ちゃん…」
 このような状況にあまり遭遇したことのない巧。一瞬どうしたらよいか視線が泳いでしまったが、希色の様子を見るとたまらなくなって、希色の正面にまわって向かい合わせになると、言葉を選ぶように言った。希色はうつむいたままだ。
「もし本当にそんなことが起きても、大丈夫。俺と…亮介もいるし、みんな一緒だったら乗り越えられるよ。っていうのも、希色ちゃんがそう言ってくれたから俺、今平気で居られるんだと思う。あの時、協力してくれるって言ってくれた時は、本当に心強かったんだ」
 希色はそれを聞くと、えっとちいさく声を発して、顔を上げると巧と視線を合わせた。

「そうそう、問題ないって!逆に楽しくなるかもよ?」
 亮介も一言添えて笑い飛ばす。
「巧くん…浅葱くん…」
 希色は巧と亮介を交互に見て、ゆっくりと目ばたきをした。
 巧は希色の目を潤ませた表情を見ながら、こんなことを言っておいて果たしてそれは希色のためになることだったのかと不安になった。しかしその不安は希色が笑顔を見せてくれたことで、すぐに拭われた。
「ありがとう…!すごく安心したよ。ごめんね、取り乱しちゃって…。巧くんの家ではあんな風に言ってたけど、ほんとはやっぱり恐かったんだ。でも、巧くんのことを思ったら、私が助けてあげなきゃって思って…」
「俺達も、同じ気持ちだよ。希色ちゃんが困ってたら、絶対力になるからさ」
 巧は言いながら、夢の話が事実であることを伝えた後でも、希色はまた笑顔に戻ってくれるだろうかと思う。
 希色はそのような巧の胸の内も知らず、笑顔で応える。
「うん、ありがとう。本当にごめんね、実際に起きたわけじゃないのに…あんなリアルな夢見たの初めてだったし、巧くんの身には実際起きてることだったから、私、急に恐くなっちゃって…。でももう、大丈夫!もしもう一人の私が出てきても、巧くん達がいるし…もしかしたら、その子と仲良くなれちゃうかもだし!…うふふ、そう考えるとおかしくなってきちゃった」
 緊張の糸が切れたのか、希色はそのまま腹を抱えて笑い出すと、しばらく笑いが止まらなかった。
 巧は希色のその様子を見て、とりあえず今日言ってしまわなくてよかったと思った。この様子なら、今度真実を告げたとしても、希色ならきっと今日のように受け止めてくれるだろう。
 巧は一人で頷くと、わずかに笑みを浮かべ、
「…じゃ、行こっか。おばちゃん心配するしさ」
「巧くん達には心配かけちゃったけどね。うん、行こう!」
 その後希色の家までの道中、希色の笑顔が絶えることはなかった。


 希色の家の前。玄関の戸のところで希色と母親が話をしているのを、門の外で巧と亮介はその様子を見守っていた。
 希色の家は母親の趣味なのか、全体がメルヘンチックに綺麗にまとめられている。綺麗に刈り揃えられた芝生に、白い小さなブランコのある庭。建物自体もちょっとしたお城のようで可愛らしい。
 巧は希色が、母親が今度は噴水を付けようとしているという話をしていたのを思い出した。
「ただいま、お母さん。ごめんね遅くなっちゃって。恥ずかしいんだけど私、巧くん家で寝ちゃったみたいで。しかも送ってもらっちゃった」
 希色が巧達の方を振り返りながら、事のいきさつを話す。
「そのまま泊まってきてもよかったのよ?うふふ。…あら、何だか顔色が良くないみたいだけど…?」
 母親というのは子どもの変化には敏感である。
 すでに涙のことなど忘れかけていた希色は、その指摘に内心驚きながら答える。
「えっ…?あぁ、寝起きだからそう見えるんじゃないかな?…やだもう、私どうして寝ちゃったんだろう、恥ずかしいなぁ」
 希色はそう言って靴を脱ぎ、玄関から上がろうとしたが、そのままドアの方へと寄って行き、親子で開いたドアから巧達の方を向いた。
「巧くん、それから…浅葱くん、だったかしら?ありがとうね。ちょっと上がっていって、って言うような時間じゃないから残念だけど、今度ぜひ家にもいらっしゃいね。気を付けて帰るのよ?」
 巧達は希色の母の言葉に小さく礼をする。
「そうだよ、その時はまた何か作ってご馳走したげるよ!」
 母親の意見に希色も同調する。
「ありがとう、喜んで行くよ。また明日ね!」
「立花さん、料理上手いから楽しみだな~。その時はまた呼んでよ!んじゃね!」
 巧と亮介が手を振って帰ろうとすると、
「あ、ちょっと待って!」
 と希色がそれを止めた。
 二人が「ん?」といった顔で続きを待っていると、彼女は
「明日は作戦続行だからね!マジョンナ先生のこと、忘れないでよ?じゃあね~」
 とだけ言い、「バイバイ」と口パクで手を振ると、ドアをバタンと閉めた。
「…」
 巧が閉められたドアを見つめたまま黙っていると、
「…立花さん、しっかりしてるなー。そういうことはちゃんと覚えてたんだ…」
 と亮介が呟いた。

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最終更新日  2006.06.22 16:29:16
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